<記憶操作>の魔法で天空城のNPCを味方につけられないか。それは確実に可能だ。NPCであった記憶を改竄して、サトルやジルクニフを主だと認識するように人格を再構築してしまえば良いのだから。
そんな提案に対してアイリスは───
「ポジティブ。承知したのです。それではどんな記憶に書き換えるのか検討しましょう」
あっさりと了承する。常識で考えれば他者の記憶を好き勝手に書き換えるのは悍ましい行為だ。今までの在り方を無理矢理捻じ曲げる所業。魂の殺人と言い換えても良い。そんな行いなのに、アイリスは簡単に頷いてしまう。
……仮に。ワールドスキルが完成しきっていたら、アイリスは記憶改竄に反対していただろう。しかしそんなチートプログラムはなく、現状ではサトルの安全を確保しきるのに不安が残っている。
そんな状況で戦力になる100レベルNPCを30人も確保できるチャンス。逃す手はない。どちらにしろ、彼女達はどうにかしないとより多くの生命が死に絶える。抹殺するか生かして有効活用するか。そのどちらかを選ぶなら、アイリスは生かして有効活用する方を選ぶ。戦力が豊富なのであれば、バルキリーの尊厳を尊重して安らかな眠りにつかせただろうが……今はそんな贅沢な選択肢を選ぶ余裕はないのだから。
サトルの提案に頷いたアイリスは、バルキリーの記憶をどんな風に弄るのかを彼と相談。都市守護者達は仕える事に意義を見出すゴーレムのような存在で、八欲王が亡くなって以来次の主を探していた。そこに現れて自分達を打ち倒したサトルを、次の主だと認めついてくるようになった。大雑把に言えばこんな記憶を、アイリスは<記憶操作>で赤髪のバルキリーの脳に上書きする。
「今回はアイリスも記憶改竄に賛成しましたが、今後<記憶操作>を多用するのはネガティブです。閲覧までならば大丈夫ですが、もしアイリス達が誰でも洗脳出来ると知られたら……アイリス達は誰にも信用されなくなっちゃいます」
記憶の改竄が可能であるとバレたりしたら大騒ぎになる。なにせ自分の記憶が本当に自分の記憶なのか誰にも分からなくなるからだ。ジルクニフですら、自分の記憶が操作されていないか疑心暗鬼に陥ってしまうだろう。洗脳能力とはそれだけ強力かつ社会的混乱を簡単に引き起こせる力なのだ。
「オーナーももし、自分の記憶……ギルドメンバーとの黄金の日々が、誰かに操作された物かもしれないと言われたら、お嫌ですよね?」
アイリスのそんな言葉を聞いて、確かにその通りだとサトルも頷く。自分の人生を彩ってくれた輝かしい思い出。それが全部偽物になってしまう……そんなのサトルには耐えられない。だからアイリスの助言を受け入れる。
そんな風に<記憶操作>の魔法を今後どうするのかを決めている間に、バルキリーの改竄作業が終了する。
「それでは起こします。<上位汎用解呪>」
アイリスが<昏睡>のデバフを解除すると、赤髪が目を覚まし周囲を見渡す。彼女の眼に映るのはサトルの顔だ。ムクリと寝ていた体を起こしてから、彼女は膝をつき
「おはようございますサトル様。御身の御前でありながら、横になっていた無礼をお許しください」
「良し上手くいってる! 大成功だ!!」
「ポジティブ! やったのです!!」
「? どうされましたかサトル様、アイリス様。御喜ばしい事があったのでしょうか?」
「ああ、とても嬉しい事がな……お前は自分が何者か分かるか?」
「はい。私はキルヴィス浮遊要塞をかつて守護していたNPCです。今はサトル様に仕える忠臣で御座いますが……それがどうかされましたか?」
「なに、少し聞いてみたかっただけだ。気にするな」
「左様で御座いますか。何かあれば今後も尋ねてください。主の疑問に答えるのは忠臣の役目ですので」
膝をついたまま恭しく答える赤髪のバルキリーに、サトルは笑顔になる。<記憶操作>によるNPCの捕獲が上手くいったからだ。
「忠臣か……お前にとって忠誠とはなんだ?」
「主に心と体を捧げ尽くす事です。我が体はサトル様のために、我が心は御身のために」
「ほう、そこまで言うか……では私が何かを命じれば、お前は何でもやるのか?」
「勿論で御座います。何なりとご命令ください。必ずや遂行してまいります」
「ではそうだな……お前の仲間が後29人いるはずだ。その者達は未だに亡き主に忠誠を誓い、この世界の尊き命を散らさんと画策している。私としてはこれを見逃すわけにはいかないが……さりとて命を奪うつもりはない。そこでだ。一人ずつここに呼び出せ。お前と同じ洗礼を受けさせる」
「畏まりました。一人ずつで御座いますね。少々お待ちください」
赤髪のバルキリーが<伝言>を使う。サトルの命を実行して、他のバルキリーを呼び出しているのだ。仲間である赤髪に呼ばれた彼女達は誰一人として疑う事なく、結界の穴が開いた場所まできて……眠らされ赤髪と同じ処置を施される。それを繰り返す事29回。アイリスの手により記憶を改竄されたバルキリー達全員がサトルの前で膝をつき忠誠を誓う。
「皆の者ご苦労! これからお前達は私が仕える主、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下、ひいてはバハルス帝国の剣となり盾となる。その事を誓えるか!」
『誓います! サトル様の主であるエル=ニクス陛下と、バハルス帝国に絶対の忠誠と忠義を!! エル=ニクス陛下万歳!! バハルス帝国万歳!!!』
皇帝万歳、帝国万歳と繰り返すバルキリー三十人にご満悦のサトルと、若干複雑な気持ちはあるがサトルの為の丈夫な肉盾が手に入った事に少しだけホッとするアイリス。最初は都市守護者全員と大規模な戦いになるかもしれないと意気込んでいた二人だが……最終的には頼りになる駒を手に入れてしまった。
「では諸君。早速で悪いが、浮遊要塞に案内してくれないかな? あそこにあるマジックアイテムや財宝を、帝国に持ち帰ると陛下に約束したんだ」
「承知しました。でしたらこれをお使いください」
スッと一人のバルキリーがサトルとアイリスに指輪を差し出してくる。それを受け取った二人は、これが何なのかを察する。
「これはギルドの指輪か」
「はい。こちらをお使いくだされば、浮遊要塞の中を容易に探索出来ます」
「───素晴らしい。君たちの忠誠に感謝しよう。では天空城へと赴こうではないか」
サトルはアイリスの手を取り、<飛行>の魔法で浮かび上がる。その後ろを30人のバルキリー達も自前の羽根を動かしてついてくる。
キルヴィス浮遊要塞に降り立ったサトルは、戦乙女達に城中の財宝を集めるように指示する。動かせるものならば、調度品や家具含めて全てを集めるようにだ。その間に二人はギルドの指輪を使って浮遊要塞の宝物庫へと移動した。
「本当にユグドラシル金貨が殆ど残ってないな。これじゃ持ち帰っても仕方ないか」
「ポジティブ。下手に金貨を持ち帰ったら、ギルド拠点の維持が出来ずに浮遊要塞は崩壊する可能性が高いです。崩落させるよりも、ここは残しておいた方が後々帝国のためになるかと」
「そうだな。ギルド武器とギルド武器すら扱える可能性のある
「ポジティブ。いくつかの文献に、どんなマジックアイテムでも使えるタレントの記述があったのです。それならギルド武器すらも使いこなせる可能性が高いのです」
「そんでもって、ギルド武器はリクってギルド長が持ち出して行方知れずか……まぁ拠点が崩壊してないから、まだ何処かにギルド武器は現存してるんだろうが」
「バルキリーの記憶を見た限りでは、リクが最後に会いにいったらしい竜王、ツァインドルクス=ヴァイシオンの手にあると思うのです」
「そうか。ならいつかその竜王にも会いに行きたいな。それと件のタレント持ちも探さなきゃいけないか。もし本当にどんなマジックアイテムでも扱えるなら……絶対に勧誘してみせるぞ!」
浮遊要塞は移動可能なギルド拠点と言う事もあり、非常に利便性が高い。僅かな金貨の為に崩壊させるよりも、現存させた方が色々と都合が良いので拠点維持費としてサトルはユグドラシル金貨を全て残していくことにした。アイリスの試算では、まだ15年は持つらしい。つまり15年以内にギルド武器とタレント持ちさえ見つければ、帝国は浮遊要塞すらも手に入れられるのだ。
金貨を残す事にした二人だが、それ以外に関しては根こそぎ強奪する。廃人であるサトルの基準からしても、非常に高品質なマジックアイテムが多数宝物庫には残されていた。アイリス曰く竜王との戦争で使われたのか大分減っているらしいが、それでもまだまだ十二分な量だ。貴重なポーションにデータクリスタル。大量の七色鉱に───世界級アイテムがいくつか。
あまりにも多すぎて二人のアイテムボックスを駆使しても、入りきらず。仕方ないのでギルドの指輪を使い一度外に転移。<転移門>を帝都の自宅に繋いで移動、アイテムボックスの中身を全て吐き出してから再度エリュエンティウに転移。これを何度か繰り返す。最後には天空城の財宝を根こそぎ集めて来たバルキリー達にも手伝って貰い、二人は金貨以外の全てを浮遊要塞から運び出すのであった。
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「こ、これが! これが全てエリュエンティウに残されていたマジックアイテムや財宝なのか!!!……」
行ってその日の内に帰って来た夫婦に、早過ぎるだろと内心突っ込んだジルクニフだが……サトル邸から皇城の大金庫に移された数多のアイテムに度肝を抜かれる。単純な金銀財宝があれば、超がつく高品質な装備もある。この世界の技術では創り出せない高級ポーションに、アダマンタイトを遥かに上回るらしい金属類。持ち帰った量が多すぎたせいか、大金庫に入りきらずあふれ出してしまっている。
「こちらの品々を陛下に献上させて頂きます。どうかお納めください」
驚き慌てふためくジルクニフの前で、膝をつき臣下の礼を取るサトルとアイリス……と付いてきた30人のバルキリー達。二人の言葉に「あ、ああ……」と呻いたジルクニフは、その後ろの見目麗しい羽が生えた女性たちは誰だよと突っ込みが追い付かない。
「り、リンウッド殿。その亜人達は一体……」
「彼女らですか? 彼女達はエリュエンティウの都市守護者です」
「なにぃいいいい!!!! それは、それは一体どういう事だ!! なぜ都市守護者が私に対して膝をついているんだ!!!」
ジルクニフの言葉に、あらかじめ用意しておいた言葉をサトルはぶつける。エリュエンティウを調査したところ、元々自分達と同じ『ユグドラシル』出身の人物の拠点だと判明したこと。彼女達はその拠点を守っていた魔法で造られたゴーレムのような存在であること。主が亡くなった後、仕える相手を探していた彼女達は同じ世界で、自分達に実力を示したサトルを新たな主と見定めてついてきた。
それらを聞いたジルクニフは唸る。あまりにも出鱈目な話だからだ。だが……出鱈目と言うならこの夫婦の存在こそが一番の出鱈目。最近自分の常識が壊れつつある自覚のあったジルクニフは少しだけ躊躇い……もう仕方がないんだろうなと受け入れる。自分が見ている女性たちがゴーレムだと言われても、ジルクニフにはピンとこないが。少しカラフルな髪の色と、背中から天使のような一対の白い羽が生えている以外は容姿の良い女性にしか見えないからだ。
「あー……済まない。君たちがエリュエンティウの都市守護者で魔法生物と言うのは本当かい?」
「はい! 我らはかつて八人の手で命を注ぎ込まれこの世に生を授かりました。しかし八人の主はこの世を去り、我らの心には空虚しかありませんでした……そこに存在意義をサトル様が授けて下さったのです。エル=ニクス陛下はサトル様の主と伺っております。ならば御身も我らの主。陛下の為に、そして陛下が発展させようとしているこの帝国もまた、我らが守るべき対象。かつてはエリュエンティウを守護していた我ら一同。帝都アーウィンタールを! バハルス帝国を必ずやお守りします!!」
『お守りします!!!』
「……そうか。うん。そうか。それはとても有難いよ……」
バルキリー30人の熱意の籠った宣言にちょっとだけジルクニフは慄く。なんかこいつら怖いなと。
「……フールーダからは都市守護者と言えば、竜にも匹敵する猛者だと聞いているが……実際のところどうなんだ。リンウッド殿から見て、彼女達の強さはどれくらいなのだろうか?」
「確かパラダイン様曰く、私の強さがパラダイン様千人分でしたよね? それと同じ表現をするならば、一人一人がパラダイン様百人分はあると思われます」
「…………………………」
ジルクニフ絶句。夫婦と言う超級の戦力を抱えたと思ったら、今度は夫婦には劣るがそれでも怪物としか言えない戦力が30人も増えてしまった。
サトルの言葉に、宝物庫を見に来ていた重鎮達もよくよく見てみれば顔を引き攣らせている。とんでもない量の財宝を持ち帰って来たと思ったら、おまけで超戦力までついてきたのだ。
ジルクニフはなんとか深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。何度も何度も息を吸っては吐いてを繰り返す。無理矢理精神を落ち着けた彼は、二人に労いの言葉を投げかける。
「此度の遠征ご苦労であった。リンウッド殿、アイリス殿、それと……都市守護者の方々は何と呼べばいいのだろうか?」
「種族としては
「バルキリーですか。あい分かりました。バルキリーの皆さんをどうするのかは、また会議を開きますのでそちらで処遇を決定します。それまではリンウッド殿の屋敷で待機して頂けますかな」
「承知致しました皇帝陛下。その旨、受領致しました」
「今回御二方が持ち帰ってきてくださったマジックアイテムや財宝は、一度魔法省に回して価値を鑑定します。その鑑定結果次第ではありますが、リンウッド殿には叙勲も検討する事になるでしょうね」
「叙勲?」
「そう言えばリンウッド殿が住まわれていたユグドラシルに、貴族制度は無かったのでしたね。叙勲とは国に対して功績をあげた人物に、爵位を授け貴族として任命する事ですよ」
ジルクニフの言葉に「貴族ねぇ……」とあまり乗り気では無さそうな反応をサトルはする。サトル自身は自分を偉いとは思っておらず、そんな偉い貴族になりたいわけでもない。それに貴族になると何かと面倒なのではないかと言う想いがあるのだ。しかしそれとは別に、上の人間の好意を受け取らないのは勤め人として失礼なのではないかと思ってもいる。だからどうしようかなとサトルは悩んでいたのだが、次のジルクニフの言葉で悩みが吹っ飛んだ。
「……リンウッド殿はあまり気乗りしていないみたいですが、貴族になると一つ良い事がありますよ」
「良い事……ですか。それは何なのでしょうか?」
「奥方であるアイリス殿をリンウッド殿から奪い取り、側室にしたいと絡む馬鹿な貴族から法的に守れるようになります」
「え!? た、他人の妻を貴族なら寝取っても良いんですか!!!」
「ねと? ……ええ、可能と言えば可能です。私の代から中央政権を実現させ専制君主制の国として帝国は生まれ変わり、多くの自分勝手な貴族を処刑しましたが……恥ずかしながら、封建制度の頃の感覚が抜けていない貴族は未だに残っています。そう言った輩は私の権力を恐れたりせず、平民にならば未だに何をしても良いと思い上がっているのです。近衛を付けているので大丈夫でしょうが……アイリス殿の美貌ですと、良からぬ事を企んでいる愚か者が出ないとも限りません。しかしリンウッド殿が貴族となれば、彼らもそんな簡単に手出しは出来ない。なにせ格としては同じ爵位持ちなのですから」
アイリスを奪おうとする馬鹿がいるかもしれない。そんな言葉を聞いたら、サトルとしては黙っていられない。この世で一番の宝物がアイリスなのだ。そんな彼女を社会的地位の盾で守れる。そう聞かされると、貴族の地位は確かに魅力的だった。
傍で聞いていたアイリスは、自分を出汁にしてサトルに貴族の地位を授けようとしているなと勘づいてはいたが、帝国で暮らしていくならば貴族の地位がある方がメリットが多いのも事実なので、黙って見守っている。
サトルが貴族……愛するオーナーが偉い立場になる。とてもポジティブである。
またもや夫婦の好感度を荒稼ぎする帝国皇帝ジルクニフ。彼の立場が恐ろしい勢いで盤石になっていく。
「分かりました。その話、受けさせて頂きます」
「はは、そんなに固くならないで下さい。まだ鑑定結果も出ていませんし、叙勲となると流石に私の一存では決められません。将校や文官達との調整もいりますからね。結果に関しては後日になるでしょうが……どうかそれまでの間、お待ち頂けますかな」
そんな言葉を最後に、夫婦とバルキリー30人を見送ったジルクニフは一息ついてから、大金庫から溢れ出しているマジックアイテム群を見やる。
「ロウネ……この財の山にはどれほどの価値があると思う?」
「……空恐ろしい程の金額としか分かりません。国家予算何年分になるのやら……」
「そうだな。間違いなく我が国始まって以来の大戦果だ。あの二人は叙勲について前向きに検討してくれるようだ……一体私はあの夫婦に対し、どれだけの地位を用意すれば報いられるのだろうな」
都市守護者30人と言う大戦力を、引き連れて戻って来た怪物夫婦にジルクニフは思いを馳せる。彼が見るのは八欲王が持っていた財宝の数々。それらを前に立ち尽くしながら呆気に取られている帝国の重鎮達を観察しながら、皇帝はこっそりと溜息を吐き出すのであった。
帝国が抱えている戦力
サトル&アイリス:世界級エネミー16体分x2
浮遊要塞のNPC達:100レベルNPCx30
フールーダ・パラダイン:第六位階魔法詠唱者(40レベル前後)
四騎士:20~24レベルぐらいの戦士職x4
近衛隊長:四騎士と同等
近衛:10~14レベルぐらいの戦士職x80
帝国騎士団:4~8レベルぐらいの戦士職x8万
フールーダのお弟子さん:12~24ぐらいの魔法職x30
帝国魔法省の魔法詠唱者:一杯
覇権国家爆誕