リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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黄金の大失敗

 バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。リ・エスティーゼ王国の第一王子であり、王位継承権第一位であり次期国王として育てられた男である。

 

 一応第2王子であるザナックもいるので、バルブロの次期国王の座とは盤石ではなかったのだが……様々な事態が彼を王へと昇格させた。

 

 なぜ彼が王になったのか。それは時間を遡ることになる。

 

 それはサトルとアイリスが転移する前の事だ。王国と帝国の国境付近に帝国兵の姿あり。そんな一報が国王であるランポッサ三世の元へと届けられた。

 

 これが事実であった場合、一番近い都市のエ・ランテルから兵を派遣するのが道理。だがエ・ランテルに詰めている兵は練度が低く、専業軍人である帝国兵相手に無理をさせると被害が拡大するばかり。帝国兵相手に互角以上、あるいは圧倒できるのは国王直属の兵隊、ガゼフ率いる王国戦士団だけである。

 

 そのため遠く離れた王都から国境に向かいガゼフは王の命を受けて出陣。その際に国内の貴族から横やりが入り、ガゼフ本来の装備である『五宝物』は剥奪されての出立。これは国内貴族がガゼフに亡くなって欲しいが故の邪魔だ。

 

 そんな事はランポッサもガゼフも承知している。承知しているが……貴族の言い分を無視できるほどランポッサの権力は強くない。これがバハルス帝国であれば、専制君主制を活かしてジルクニフの一声で封殺できた。しかし王国の国王は、貴族の顔色を伺わなければ政策も政治も上手くいかない。それこそ大貴族が反旗を翻したら、その瞬間に血で血を争う内戦が勃発する。

 

 仮に内戦が始まったとしても、ガゼフを擁するランポッサが勝利する。しかしその代償は高くつく。国力は大きく衰退し、国としては絶対に立ち直れなくなる。ゆえに国王でありながら、ランポッサは貴族に強く出れない立場だった。

 

 そんな王の立場を知るからこそ、ガゼフは嵌められたと分かりながらも出陣したのだ。ランポッサは戦士長に対して申し訳なさしかない……しかし彼はガゼフであればそれでも帰還すると信じていた。なにせ今までこんな嫌がらせのような出陣は何回もあった。ガゼフが潜り抜けた死線はいくつもある。その度に周辺国家最強の戦士と呼ばれた男は傷つきながらも、必ず王の元へと戻って来た。

 

 ……最初に異変に気付いたのはエ・ランテルの都市長であるパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアだ。王都から馳せ参じたガゼフは一度城塞都市で休憩を取った後、すぐに村を回ると言って戦士団の部下と共にエ・ランテルを発った。

 

 そして……数日してもガゼフ達王国戦士団の大半は戻らなかった。戻って来たのは襲われていた村の生き残りがエ・ランテルにたどり着くまでの間、警護するために選抜された者だけ。それ以外は誰一人として戻らなかった。ガゼフもだ。

 

 パナソレイはこの時点でガゼフの生存を諦めていたが、都市長として。あるいはランポッサの臣下として確かめる義務がある。エ・ランテルに戻ってきていた王国戦士団のメンバーを筆頭に、偵察隊を編成し派遣。

 

 偵察隊はカルネ村までたどり着き……村の住民とガゼフ達の死体を発見した。村人と戦士団は酷く損壊しており、ガゼフの遺体は特に酷いものだった。

 

 その死体がガゼフだと分かるのは首から上があったからで、体に関してはバラバラにされていたのだ。信仰系魔法に詳しい者であれば、すぐに蘇生対策と分かる破壊の仕方だった。

 

 その後偵察隊によって村人の死体はカルネ村墓地に、戦士団の遺体は全てエ・ランテルへと運び込まれた。戦士団の遺体を見たパナソレイはただ一言───

 

「……ストロノーフ殿。今まで陛下の右腕として良く頑張られました。どうか安らかにお眠りください」

 

 そう告げた。

 

 戦士団の家族は王都にいるが、エ・ランテルから王都まで死体を運びこむのはコストの問題から非常に難しいとパナソレイは判断。ガゼフの首だけはランポッサの元へと送り、それ以外の戦士団は全てエ・ランテルの共同墓地へと埋葬された。

 

 王都のロ・レンテ城で戦士団の帰りを待つ王の元へ届いたのは、パナソレイからの訃報を知らせる書状を携えた使者と戦士団の生き残りのみ。

 

「すまないガゼフ……我に……私に力が足りぬばかりに、お前にかような危険な(めい)を。……私に力が足りぬせいで……すまない……守ってやれず……すまない」

 

 王の嘆きを他人に見せる事は出来ない。もし誰かに、それこそメイドにでも見られたらあまり好ましくない結果になる。王宮にいるメイドの大半はどこかの貴族が送り込んだスパイか、さもなくば名家の御令嬢だ。

 

 彼女らは自分を送り込んだ主人や家族から王の弱みを握れだのと指示されている。それが分かっていてもランポッサには権力が無く、証拠無しではメイドや使用人を追放出来ない。だから一人私室で嘆くだけが彼に許された慰めだった。こんな愚痴を快く聞いてくれた腹心など、ガゼフ一人しかいなかったのだから……

 

 パナソレイからの書状と頭部がある以上ガゼフの死は確定した。彼の王国への貢献は目覚ましく、従来であれば国葬が正しいのだが……王の懐刀とは言え平民出身のガゼフを国葬となれば貴族が絶対に許さない。ランポッサに付き従ってくれる王派閥の貴族であれば賛成してくれるだろうが、王に反発する貴族派閥は否定する。

 

 とは言え貴族派閥も葬儀をするなとまでは言わない。ガゼフの功績からすればひっそりとした……弔われる相手が平民だとするなら立派な葬儀でガゼフは見送られた。最初は蘇生魔法が使えないかが検討されて、王国で唯一の使い手であるアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のラキュースが王宮に呼ばれたが、首だけでは不可能だと告げられて王は激怒しそうになったが……そもそもガゼフを守り切れなかった自分の責を思い出し、その怒りは胸の底に沈められた。

 

 ……ガゼフの葬儀にはランポッサを始めとして、バルブロ、ザナック、ラナーの王族全員が参列した。出なかったのは遠く離れた土地に嫁入りした第一王女と第二王女だけである。

 

 バルブロは最初は平民であるガゼフの葬儀などと渋ったが、宮廷会議のために王都へと赴いていた義理の父であるボウロロープ侯の助言に従い最後にはお悔やみを申し上げた。

 

 ガゼフの葬儀も終わり宮廷会議の時間となったが、ここで一つの問題が生じる。ガゼフの葬儀は行ったのに、戦士団は弔おうとしないのかだ。ガゼフ程ではないとはいえ、戦士団もまた国への貢献は凄まじい。下手な貴族よりもよほど益を国に齎している。

 

 それに貴族派閥はどんな隙でも突いて王派閥を疲弊させようとする。宮廷会議を開けば間違いなくこう言うだろう。

 

「王ともあろう者が、直属の兵士達を弔うこともできませんか。いやはやなんとも情の薄い事で……」

 

 普段は平民風情が王宮をうろつくなど言語道断だと口を開き、王派閥を攻撃するチャンスだと知れば掌を返す。それが貴族派閥の標準的な行動だ。

 

 そこからどんな難癖を付けられるのか知れたものではない。それに貴族派閥の事がなくとも、ランポッサとしてはガゼフを通してとは言え付き従ってくれた戦士団の、きちんとした葬儀ぐらいはしてやりたかった。

 

 しかしランポッサにはこれから宮廷会議がある。だから代理として使者を送ろうとしたが、さて誰を送るのかが問題だった。

 

 下手に貴族や使者を動かすと、またもや貴族派閥が何か言い出すかもしれない。亡くなったのは王の直属部隊で、亡くなった場所は直轄領地だろうがと。ならば王族だけでどうにかしろと言いだしてもおかしくはない。

 

 ガゼフが死亡した事で王派閥の力は大きく削がれた。そんな状況で貴族派閥を必要以上にランポッサは刺激したくなかったのだ。

 

 ……ただ貴族派閥の横やりが無くとも、王直属の軍隊の葬儀なのだから王族から一人ぐらいは出なければ醜聞が立つのも事実。しかしランポッサは宮廷会議。バルブロとザナックも次期国王候補として出席する。そうなると候補はラナーしかいなくなる。

 

 末っ子のラナーを一人エ・ランテルまで出向かせるなど、ランポッサとしては絶対に嫌な選択肢ではあったが……なんとそんな状況を読んだのかラナーから王へと話があったのだ。

 

「エ・ランテルへの弔問は私が伺います。お父様は宮廷会議で頑張ってください」

 

 ついでに人生で初めての旅行もしてみたいですと、ラナ―はランポッサにお願いしてみた。聡明な娘からの頼みと自分の置かれた立場。エ・ランテル付近にはガゼフを殺せる何かがいる可能性もあるのだ。それらに悩んだ。ランポッサは大層悩んだ。その末にランポッサは許可を出した。

 

 さて……ではラナーと呼ばれる娘はどうしてこんなことを言い出したのか。それには勿論訳がある。

 

 第三王女ラナー。彼女は王国でも随一の美貌を持つと言われる少女であり……同時にとある才能も随一だった。それは頭脳。いわゆるIQが非常に高い。1をみれば10を知る。地球でも時折出現するいわゆる天才。それがラナーだった。彼女は持ち前の聡明さを存分に活かして、宮殿で手に入る情報の断片から真相を突き止めたりするのが得意である。

 

 そんな彼女は今回のガゼフ出撃を少し不思議には思っていた。ジルクニフの狙いからすれば、帝国騎士を辺境に出す意味は薄い。ガゼフ狙いだとするなら、王宮内にいる帝国の間者を通じて毒殺でもする方がよほど効率的だからだ。

 

 ならばガゼフを王宮から切り離したかったのかと邪推。とにかくガゼフ狙いにしろ何にしろ、答えが多すぎて絞り切れなかった。数式のように解が必ずあるならまだしも、今回の件のように解の候補が複数あると確証が無い限り答えは導けない。

 

 あるいは人のランダム性か。理屈と論理だけで世界は動かない。それが知性の怪物の限界だった。彼女は聡明ではあっても、超能力で答えを出したりは出来ない。あくまでも仮定が存在するからこそ導ける天才。決して全知に至ってはいない。

 

 だから読み違えた。ガゼフの戦闘力を正しく認識しているが故に……読み間違えてしまった。彼女の予想では高い確率で戦士長は帰ってくる筈だったのだ。しかし返って来たのは首になった戦士長である。

 

 聡明な彼女はこの時点で国を見限った。ガゼフ亡き後王国がどうなるのか。それを念入りに計算した結果、数ヶ月以内に愚かな長兄が王になると確信。第二王子のザナックと六大貴族のレエブン侯が手を組んで何かしているのは知っているが、あの二人に自分が協力したとしても王国最強の戦士が消えた時点で国の滅亡は確定している。仮にザナックが国王となっても、よほどの事がないと貴族達はついてこない。

 

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。彼女はお優しい博愛の第三王女として知られているが、それは全て演技の賜物。実際の彼女が優しさを向ける相手はたった一人だけで、それ以外に関しては別にどうでもいい。それこそ自分の安全と、その一人───自分の従者であるクライムなる少年が手元にいれば満足出来てしまう。国に対する忠義や愛国心など一切なく、家族に対する情もほぼ皆無。人呼んで精神の異形種……地球風に言えばサイコパス。それがこの少女だ。

 

 今まではクライムが住んでいる国だから多少は良くしようと、権限の少ない王女の立場でありながら四苦八苦していた。しかし滅亡が確定した国にしがみ付くつもりなど毛頭ない。滅ぶなら勝手に滅んでしまえ。それがラナーの本音だ。けれど自分とクライムだけは滅ぶつもりはない。生きながらえてどうにか彼との甘い生活を手に入れて見せる。

 

 このまま王宮で引き籠っていても事態は悪くなるばかりだ。バルブロが王位を手に入れたら、ラナーはどこかの大貴族へと下賜される。いわゆる政略結婚だ。

 

 上手く状況を運べばレエブンの息子を偽装結婚の相手とすることも出来るが、それをするには時間が足りない。父親のランポッサであれば六大貴族のレエブンからの頼みを無碍には出来ず呑むだろうが……バルブロでは駄目だ。同じ大貴族であり義理の父であるボウロロープ侯や、その他の貴族に良いように扱われて自分を嫁に出す。あるいはバルブロが選んだ相手か。

 

 王の地位を退いたランポッサでは絶対にそれを跳ね除けられない。だからその前に行動しなければ……ラナーでも取り返しがつかなくなる。

 

「まずは鮮血帝に連絡を取らないとね」

 

 ガゼフが死んだ。その時点で帝国にいずれ王国は併呑されてしまう。そうなる前に自分の有能さをジルクニフに売り込む。今まではそれとなく分かるように匂わせていただけだが、こうなってはそんな迂遠な手段に出ていては時間が足りない。王都に引き籠っていては手遅れになる。そもそも王都だと父親であるランポッサしかり、あまりにもラナーを見る目が多い。

 

 だから帝国に一番近い都市であるエ・ランテルまで行きたかった。あそこであれば王都と違い、ラナーでもかなり自由に動き回れる。そして城塞都市にいる筈の間者を通じて帝国と密議をしたかった。それがラナーの狙いだ。自分の能力であれば確実に皇帝は欲しがると確信していたから。

 

 なぜかと言えば帝国には文官が足りていないのだ。ジルクニフはかつての封建制を解体するために、旧態依然の貴族を多く処分した。し過ぎてしまった。そのせいで深刻とまでは言わないまでも、かなりの人手不足に陥っている。そんな中ラナ―級の人材が手に入るとなれば、確実に皇帝は動く。動かざるを得ない。

 

 ……とにもかくにも一度エ・ランテルまで戦士団の葬儀を名義に出向く。それを足掛かりに帝国と関係を持つ。ついでにガゼフ暗殺が誰の手によるものなのかを探る。

 

 エ・ランテルまでの護衛としてはクライム他生き残りの戦士団などが選出された。『蒼の薔薇』のラキュースなどは友人として付いていくとごねたりしたが、冒険者には国家運営には首を突っ込まない不文律がある。今回のエ・ランテル訪問は国としての行事だ。そこに『蒼の薔薇』がついてくるのは大変好ましくない。

 

 それにラナーとしてもあまりついてきて欲しくはなかった。クライムであれば幾らでも誤魔化せるラナーだが、ラキュースやイビルアイは意外と勘が鋭いので帝国との密議を察知される可能性もある。それを王女は嫌ったのだ。

 

 そしてエ・ランテルに到着。パナソレイからの熱い歓迎を受けたラナ―と護衛達。今日はもう遅いと言う事で一度貴賓館で過ごした後、翌朝に改めて戦士団の葬儀をしようとなった。

 

 ……ラナーは今回即断即決で動いた。それが仇となる事も知らず……彼女はあまりにも早く国を見限ってしまったのだ。

 

 貴賓館の中で僅かな情報を拾い上げて、帝国の間者がどこにいるのかを探ろうとしていたラナー。彼女は<永続光>が籠められた明かりの中で、頭を巡らせる。それが無意味になる事も知らずに。

 

 そろそろ寝ようかとラナーがベッドに入ろうとしたところで───部屋に人影が飛び込んできた。

 

「ラナー様!!! いますぐに外に出れる支度を!!! ここから脱出します!!!」

「!! どうしたのクライム!?」

 

 部屋に飛び込んできたのはクライムだった。彼はいつにない形相をしていた。ノックをしなくとも良いと伝えてはいるが、それでもこんな勢いで部屋に……それも夜中に彼が部屋に来たことなどない。

 

 何かまずい事態が起きた。それをラナーは知覚した。自分は何かを間違えたのだと。それが何なのかは全知ではないラナーには分からない。理解出来るのはクライムが大慌てになる何かがあった。それだけだ。

 

「共同墓地から都市内にアンデッドがあふれ出ています!! このままではいずれこの貴賓館もモンスターに襲われます!!」

「分かったわ!」

 

 どうしてアンデッドが……。そう思ったラナーはもしかして死体に何か細工があったのかと疑ったが、それを確かめるのはエ・ランテルを脱出してからだ。

 

 これが王宮であれば都市内へと通じる隠し通路などがあるのだが、あいにくこの貴賓館にはそんな物はない。……仮にあったところで都市全域がアンデッドに占領されつつあるのだから無意味なのだが。

 

 ラナーはクライムや戦士団の護衛と共に貴賓館を出る。城塞都市自体が陥落しつつある以上、逃げるなら都市外だ。ルートとしては下水道を通るか地上から門まで抜けるか。

 

 エ・ランテルは軍事拠点として建てられた事もあり、王都以上に下水道は複雑な構造をしており簡単には外には出られない。それに下水道内には下水処理用のスライムなど多くのモンスターがいる。迂闊に踏み入れば命は助からない。ならば地上から正門まで抜け切るしか手は残されていなかった。……仮にラナーがラキュースの頼みを訊き入れてここに『蒼の薔薇』を連れてきていたら……エ・ランテルは助かっていた。アダマンタイト級冒険者であり、その中でも最強格のイビルアイがいればこの事態でもどうにか鎮圧できた。そもそも彼女なら転移魔法が使えるのだから、簡単にラナーをエ・ランテルの外にまで運び出せる。しかし……ここに彼女達はいない。ラナーが自分の悪だくみのために嫌った。それが明暗を分けてしまったのだ。

 

 都市には多くのアンデッドがいた。戦士団が見た事のある者もいれば、初めて見るような怪物もいる。それらをクライムと他の戦士たちは上手く斬り捨てながら進んでいった。けれどその道は遠く長い。貴賓館はエ・ランテルの中心にあり、攻め込まれた時には一番長く持ちこたえる。けれど中から脱出しなければいけない事態になった時に、一番時間がかかるのが貴賓館やパナソレイの邸宅がある場所なのだ。

 

 時間が経つにつれ増えるアンデッド。死んだ人間は次々と負のエネルギーに充てられて不死者へと変化していく。城塞都市の出入り口は都市の性質上、巨大で荘厳な正門しかない。そして正門がある城壁外周部には共同墓地がある。つまり入口に近づくほどより強力なアンデッドが増え、その数も増していく。

 

 ラナーの護衛は次々と倒れていった。最後の最後まで残ったのは、金級冒険者相当の実力を持つクライムのみ。そんな彼も度重なる連戦によりボロボロだった。治癒のポーションは全て使い切り、額から流れる血などを止めようもない。

 

 そんなクライムをラナーは不安そうに見つめるしかない。彼女は知性の怪物だが、言葉が通じない相手からの純粋な暴力には対抗不可能。頭の良さを除けば第三王女とはどこまで行ってもただの少女でしかない。こんな状況に対応可能な武力など持ち合わせていないのだから。

 

 それでもクライムはよく頑張った方だろう。<飛行>魔法が使える冒険者は空を行こうとしても空を漂う骨の竜に叩き落されたりする環境で、護衛対象である姫を門近くまで連れて行って見せたのだから。

 

 しかし二人の逃避行はそこまでだった。最後の正門にはそれが陣取っていた。クライムでは絶対に勝てない相手が……

 

 死の騎士(デス・ナイト)。それが生存者が都市から出るのを邪魔するように立ち塞がっているのだ。デス・ナイトはアンデッドだが、確かな知能と知性がある。だから誰も逃げられないような行動を取っている。

 

「───ラナー様……ここは私が引き受けます。どうかお逃げください……貴女様から頂いた命! ここで使わせて頂きます!!!」

「!!! 駄目ぇえ! 戻りなさいクライム!!!」

 

 引くも地獄。引かぬも地獄。ならば前に進むしかないとは言え、クライムは無謀な突撃を敢行する。自分が生きる理由が死に向かっていくのをラナーは止めようとする。理屈だけで言えば、王家の血筋であるラナーは絶対に生き残らなければならない。だからクライムが命を賭けてでも、正門に陣取るデス・ナイトを相手どろうとするのは正しい。その正しさはしかし、ラナーを苦しめるだけだ。

 

 一秒ラナーは悩んだ。彼女の脳内では様々な後悔が渦巻く。『蒼の薔薇』を連れてくればよかった。ジルクニフと関係を持とうとしなければよかった。王都にいればよかった。エ・ランテルに来なければよかった。クライムを置いてくればよかった。ガゼフを何としても止めればよかった。ザナックやレエブンに早く協力を求めればよかった。他者に本心を打ち明ければよかった。

 

 こうすればよかったのに……彼女の高速思考はそんな後悔を脳内に描き、けれど何一つとして今には繋がらない。選ばれた未来は今であり、これからには繋がらない。

 

 歯が砕けんとばかりにラナーは強く噛み締めて……駆けだす。クライムが注意を引いている間に門をとにかく駆け抜けようとする。彼女が生きて王都に戻りさえすれば、『蒼の薔薇』や『朱の雫』の協力を仰げる。

 

 王都の外へ一人で出た事のないラナーが、どこかの街へたどり着ける可能性は非常に低い。途中でモンスターに襲われるか、あるいは野盗に襲われるか。生存の可能性はほぼないが……それでもこれしかないのだ。これしかない。

 

 ……そんな微かな希望にラナーは縋り付くしかない。クライムがここで亡くなったとしても、死体がアンデッドにならなければまだラキュースが……蘇生魔法の使い手がいる。だからそれに賭けるしかない。そんな想いで足を動かすラナーだが……エ・ランテルに来た時点で彼女の未来は既に潰えている。

 

 視界の端にそれが写る。クライムが一太刀でデス・ナイトに殺害された。王女の思考が一瞬で絶望に塗りつぶされる。発狂しそうになる精神を無理矢理繋ぎとめて正門から抜け出そうとして。甘かった。

 

 デス・ナイトは一瞬でラナーの前に回り込んだ。

 

 ───逃げられない

 

 前にはクライムを瞬殺するアンデッド。後ろには数多のアンデッドが蔓延る魔境。ラナーの未来は詰んだ。この瞬間に生き残る可能性は0になった。

 

「オァアアアアアアオオオオオオ!!!!」

 

 デス・ナイトの咆哮にラナーは怯む。明確な死が傍まで迫っていた。しかしアンデッドはラナ―を威嚇するだけで攻撃しようとはしない。それはなぜかと考えていたラナーの背に剣が付きこまれる。自分の腹から飛び出した刀身を見て───

 

「ごぷッッッ!」

 

 灼熱が腹部と背中を焼き尽くす。実際に燃えているわけではない。神経がズタズタにされた痛みが熱となってラナーを襲っているのだ。

 

 彼女の体から急速に力が抜けていく。流れ出る血が地面の染みとなる。剣が引き抜かれ、自分の体を支えきれなくなったラナーが地面へと倒れる。

 

 濁りゆく視界の中、見上げた彼女の眼に映るのは一体のゾンビ。それはクライムだった。

 

 ……デス・ナイトには一つの特殊能力がある。それは殺した相手を、殺した時と同じレベルのアンデッドに変えてしまう力だ。従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)と呼ばれるアンデッドにだ。

 

 名前の通り、クライムはデス・ナイトの従者へと変えられてしまった。この効力は永遠に続き二度と人間に戻る事はない。そんな従者になってしまったクライムを操って、デス・ナイトは後ろから目の前の生者を貫いたのだ。

 

 デス・ナイトには知性がある。だからこの生者二人が仲間だと見抜いており、自分が直接手にかけるよりも片方を従者にして殺させた方が面白いと判断したのだ。

 

 自分が生きる理由がアンデッドにされ、唯一愛した人間から殺される屈辱。ラナーの眼から血のような涙が零れるが、それがどこかに届くことはない。ただ地面へと落ち、腹部から零れた血に混ざり溶けるだけだ。

 

 ───クライム……ごめんね……

 

 もはや声も出せないのか、消えていく意識の中ラナ―はクライムに謝る。命が消える間際だからこその素直な想いだった。

 

 ───したいこと……いっぱいあったのに。クライムと初めても交換したかったのに……

 

 王宮に残っていればこんな事にはならなかったのだろうか。国を見限ろうとしたから罰が当たったのだろうか。もはやラナーにすらそれは分からない。彼女が想うのはクライムを拾ってからの楽しい時間だ。

 

 生まれつき図抜けた知性を持っていたラナーは疎外感を持っていた。そんな彼女はある日孤児だったクライムを拾って……その日から灰色だった世界に色がついた。

 

 とても楽しかった。楽しかったのだ。無理解で馬鹿な貴族共とメイド共に悩まされる日々の中で、彼との生活は薔薇色とまでは言わないまでも、色着いた素晴らしい生活だった。それを失いたくないと考え行動した結果が……これだった。

 

 クライムはアンデッドとなり、自分はもうじき死ぬ。そうなればエ・ランテルの住民と同じで、自分もアンデッドになってしまうのだろう。

 

 後悔しかない。睦まじく交われる時間はどこかに消えてしまった。ガゼフと共にその未来は死んでしまった。

 

 ───ああ……もっと馬鹿に生まれたかった。そうすれば……こんなおもい……せ……ずに……

 

 ……クライムが自分の物になってからのそれなりに楽しい日々を、走馬灯のように思い出しながら。リ・エスティーゼ王国第三王女ラナーの呼吸が止まった。

 

 彼女は二度と動かない。ラナーの生命力(レベル)であればアイリスかサトルであれば復活させられるが、生憎ここに二人はいない。だから王女の人生はここで終わった。

 

 暫くして。ラナーの死体に負の力が満ちる。ふらりと立ち上がった彼女の顔にはかつての美貌などない。王国一の美姫と呼ばれた少女の顔は、ゾンビの腐り果てた代物へと変わってしまった。

 

 ふらふらとよろめきながら、元ラナーのゾンビはクライムの傍まで近づいてから動こうとはしなくなった。デス・ナイトはそれを不思議そうに眺めるが、生者で無ければ別に自分の従者の近くにいても良いかと放置することにした。

 

 クライムとラナー。元人間だった二人はゾンビとなり、いつかエ・ランテルが浄化されるその日まで、ここでアンデッドとしてあり続けるだろう。

 

 二人を滅するのは法国の聖典か。あるいは皇国騎士団か。それとも王都にいるアダマンタイト冒険者2チームなのか。それは誰も知らない。





ラナーの敗因:損切の決断が早すぎた
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