リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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各国情勢 みんなの思惑

 ラナーとクライムが天に召されることになった忌まわしき土地エ・ランテル。この場所に起きた悲劇はすぐには王都に伝わらない。位階魔法には<伝言(メッセージ)>と呼ばれる遠方と連絡が取れる魔法があるが、これの使用頻度がこの世界では非常に低いからだ。

 

 かつてガテンバーグと呼ばれる国があった。この国は<伝言>を多用していた国なのだが、<伝言>の連絡相手が本人なのか確認できない弱点を突かれて内戦が勃発。亜人や人間国家からの侵略と重なりあえなく滅亡した国家だ。

 

 この国家の教訓と、<伝言>の届く距離や精度が術者の技量に左右される問題からこの魔法を重視する国家は殆どない。フールーダを抱えるジルクニフですら、<伝言>だけでのやり取りは基本駄目としている。<伝言>を使っても良いが、必ず書面や使者を送る事を義務付けている。

 

 ……そして王国は魔法後進国である。要するに技術力が非常に低い国だ。ただでさえ<伝言>の重要度が低いのに加えて、上層部である貴族が魔法に疎いのだから情報伝達に非常に難がある。何かしら伝えるべき事柄があっても、すぐには伝わらないのだ。

 

 ラナーを城塞都市に送り出してからかなりの時間が過ぎた。ランポッサは宮廷会議と言う名の貴族からの突き上げで酷く疲弊していた。議題は様々であるが、やはり一番大きな問題は毎年行われる帝国との戦争だ。

 

 その議題でランポッサは針の筵に座らされた。王が自分の損失を恐れたせいでガゼフを失った。帝国との戦争で被害が拡大するがどうする気だと。

 

 いつもなら帝国なにするものぞと意気込む彼らは、ガゼフなどいなくともどうとでもなると態度に出すのに……いざガゼフがいなくなれば、それをあげつらってランポッサを口撃する。今までであれば、ガゼフに向けられていた不快な相手を見る視線が全て王に集まったのだ。

 

 在位して39年。御年60歳。長い間貴族達との折衝に追われたランポッサは、年齢以上に老いて見える。手足は細く枯れ木のようで、王冠ですら重いと感じるほどに年々体力が落ちつつあった。

 

 横やりを入れた貴族達から無遠慮に薄情だと宣言される。それに王は耐えるほかない。ガゼフ以下王国戦士団を失った自分の力は、かなり削がれてしまっていると己に言い聞かせる。王国を分断する王派閥と貴族派閥の均衡が失われつつあるのだ。

 

「建設的ではない話はそこまでにしましょう」

 

 一人の貴族が声を上げる。金髪をオールバックに固めた細身の男性だ。彼の声は静かな声だったが、その意見に誰も言い返さない。なぜなら彼こそが王国貴族の中でも、最大の力を持つ男だからだ。

 

 エリアス・ブラント・デイル・レエブン。通称レエブン侯。六大貴族と呼ばれる強大な貴族の一人だ。彼は王派閥と貴族派閥両方に顔が効く貴族で、その在り方から蝙蝠などと揶揄される。

 

 だが持つ力から誰も表立っては批難しない。それだけレエブンが王国内でも非常に重要な地位を持っている証左だ。

 

 レエブンが区切りを入れた事で王への口撃は止む。しかし彼らの話す内容はレエブンから見て、決して建設的とは言えない物だった。

 

 やれガゼフ亡き今でも、帝国には負けない。皇帝恐れるに足らず。フールーダなる魔法詠唱者がなんだ。

 

 それらを聞いてレエブンは頭が痛くなっていた。彼は王国内でも随一の理性的な貴族である。もっと言えば現実がきっちりと見えている。王派閥と貴族派閥などとくだらない内部闘争に明け暮れたら、国そのものが崩壊すると危ぶみ、もっとも力を持つ自分が両者の均衡を保たないとまずいと積極的に行動している大貴族、それがレエブン侯だ。そんな彼だからこそガゼフが亡くなった意味を正しく理解していた。

 

 ……戦士長であるガゼフがいなくなった。つまり帝国騎士に対する強大な守りが一枚無くなったのだ。今年の戦争がどうなるのかは未だ分からないが、少なくとも今まで以上に被害が出るのは確実。ジルクニフの狙いは疲弊させることだとレエブンは気づいている。だから本格侵攻はないと踏んでいるが……もしガゼフ暗殺が実際に帝国の手によるものならば、例年のような小競り合いとは違う可能性もある。

 

 一体何人死者が出るのか。そしてどれだけ財政を逼迫するのか。王国は元々詰みに近い状態だったが、これでますます滅亡に近づいたのだ。それを理解しているレエブンや、数少ない現実が見えている貴族は頭を抱える。

 

 とにもかくにもレエブンがするべきは、ザナックに王位を継がせることだ。弱り気味だったランポッサは、レエブンが見る限り長いようには見えない。年齢からすれば、明日にも逝ってもおかしくはない。仮に今ランポッサが亡くなれば、次の王は六大貴族の内三人が推薦しているバルブロが王になるだろう。

 

 レエブンから見て……と言うよりも、まともな貴族から見てバルブロと言う男は王に決して向いていない。王族として教育は受けているから学はそれなりにあるのだが、根っこの部分が直情的で見栄っ張りなせいか考えなしに行動することが多い。そして欲望に流されやすく、少し金色のお菓子や美女をチラつかせただけで尻尾を振る。またレエブンから見て役に立たないと思う貴族と同じように、偉い身分に生まれた自分は平民をどう取り扱おうが構わないと考えている。

 

 これが権力者らしく民を数字だけで判断する冷徹な側面であれば良いのだが、単純に自分は偉い、だから民を蔑ろにしても良いと考えているだけなので始末に悪い。

 

 上っ面を取り繕うぐらいは可能だが、こと政策となると不安しかない。それか貴族派閥の傀儡になるのが関の山だ。

 

 たいしてザナックはバルブロを欺くために愚かに見せかけているが、実体はかなり優秀。カリスマの面と個人の武力で言えばバルブロに大きく劣るが、それ以外は遥か上だ。カリスマなりで劣る面も、国内最大規模の貴族であるレエブンが補佐すればどうにかなる。

 

 そんな皮算用を立てていたレエブンだが……そんな机上の計算はあっさりと現実に叩き潰された。

 

 数日に渡る宮廷会議も終わりに近づいた頃。その悲報が王宮へと届いた。

 

【エ・ランテルがアンデッドにより陥落】

 

 ……最初それを聞いた貴族達は一切理解出来なかった。エ・ペスペルからの使者がその情報を届けたのだが……何一つ理解の外であった。

 

 エ・ペスペルにその情報を届けたのは、エ・ランテルから脱出できた生存者や冒険者だった。サトル達はンフィーレアだけが生き残りだと思っているが、正門前にデス・ナイトが居座る前に脱出できた者もいるのだ。他にもエ・ランテルを本拠地とし、アンデッド騒動の時には依頼で外に出ていた冒険者などもいる。

 

 外に出ていた者はエ・ランテルに戻ろうとしたところで溢れ出たアンデッドに気が付き、都市に異常が起きたのだと察知してすぐに別の都市に向かった。あるいは命からがら脱出できた者。それらが一番近い大都市であるエ・ペスペルへと向かい、エ・ランテルでの騒動が発覚した。

 

 これが平民などであれば何を世迷言をと流されたかもしれないが、脱出出来た中には男爵家の三男なども混ざっており……アンデッドの規模が桁違いだと知らせたのが、ミスリル級冒険者チームだった事からも事実だと判明。

 

 そこからの反応は様々であった。

 

 エ・ランテルは王の直轄領地であり、そこを失ったのだからランポッサ三世の権力は一気に減衰すると喜ぶ愚か者。

 

 経済都市を失えば国力の低下が致命的になり、財政の面で国全体の崩壊が一気に早まったと察してしまった守銭奴。

 

 帝国との最前線基地であるエ・ランテルを失ったのは惜しいが、帝国から王国へと進軍するならば必ずあの都市の付近を通らねばならないため、防衛の面では有利になったと喜ぶ者。

 

 レエブン侯などは最悪の事態が起きたと渋面になってしまう。エ・ランテルは帝国と法国に面する重要な土地だ。戦争状態の帝国はまだしも、法国からは輸入品などが王国内にも入ってくる。それらは一度経済都市であるエ・ランテルを経由してから国内に入るのだ。

 

 そこを失ったのは大きな痛手過ぎると、レエブンは内心忸怩たる思いだ。エ・ランテルを落としたアンデッドの規模は現状不明だが、もし都市から流れ出たアンデッドがエ・ペスペルや周辺の村を襲い始めたら悲劇は止まらなくなる。

 

 王国はまだ知らない。エ・ランテルに湧き出ているアンデッドの中には、人間基準だと超級の怪物が出現し始めているのをまだ知らない。王国でそれらをどうにか出来るのは、アダマンタイト級冒険者のイビルアイとアズスだけなのも知らない。

 

 それどころか周辺国家でエ・ランテルのアンデッドを、欠片残さず滅せる存在が殆どいないのもまだ知らない。

 

 帝国であれば皇国騎士団がいる。サトルとアイリスであれば、現在のエ・ランテルでも鼻歌混じりで処理できる。それこそソングバードのクラスを持つアイリスであれば、鼻歌を歌いながら通りを歩くだけでレベル60以下のアンデッドは全て消滅する。夫婦で無くともバルキリーを一名派遣するだけでも十分だ。あるいはバルキリーすらいらない。権能で召喚した御供熾天使を一体突入させるだけでも事足りるだろう。

 

 しかし王国のまともな戦力になりそうなのはアダマンタイト冒険者の2名のみ。その2人も皇国騎士団に比べると遥かに劣り、漆黒聖典の神人と比較しても下だ。王国が持つ戦力だけでは到底エ・ランテルの殲滅は叶わないが……それを未だ誰も知らない。唯一知り得たかもしれない知性の怪物(ラナー)は既にこの世にいない。だから……彼らがそれを知るのは先の話だ。

 

 それよりも……王の様子がおかしいと何人かの貴族が気づく。レエブンも気づき、なぜと思ったところでそれを思い出す。エ・ランテルには誰がいたのかを、だ。

 

「……娘は………………ラナーはどうしたのだ…………」

 

 ランポッサの魂が抜けたような声に全員がギョッとする。今回の宮廷会議に参加していたザナックとバルブロもだ。

 

 戦士団への弔問のために、王族として黄金の姫は城塞都市にまで出向いていた。しかしその都市は壊滅したと言うではないか。では黄金の姫───ラナーがどうなったのかなど聞くまでもない。

 

 それでもランポッサは一縷の望みを賭けて、エ・ペスペルからの使いに問いかける。エ・ランテルの騒動に気付いたラナー一行は、すぐに別の都市にまで引き返しただろうと。あるいは脱出した中にいたのではないかと。

 

 だが───

 

「も、申し訳ありません陛下。ラナー殿下やパナソレイ都市長の消息は現在……不明です」

 

 生きているのか死んでいるのかすら分からない。生き残りの中に、ラナーがエ・ランテル入りしていたと知る者は一人もいない。彼女を最後に目撃したのは、エ・ぺスペルとエ・ランテルの間にある小さな都市の都市長達だけだ。エ・ランテルに向かったのを最後に目撃情報は途切れている。そして生き残りの中にラナーはいない。これらを繋ぎ合わせると一つの答えが導かれる。

 

 ラナー王女殿下はエ・ランテルで命を落とした。アンデッドの手によりこの世を去ったのだ。

 

 それを受け止めてしまったランポッサ三世の呼吸が乱れる。心臓がおかしな鼓動を刻む。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……うぐぅ……!!!」

 

 胸を押さえながら王が膝をつき、またもや全員がギョッとする。そんな一同の反応にランポッサは構っていられない。張り裂けそうな胸の痛みに襲われているからだ。

 

 ……ランポッサは元々弱っていた。存命だった頃のガゼフは、王を見るたびにお年を召されたと感じるほどに弱り果てていた。数年前の戦で膝をやって以来、杖が無ければ歩けないほどに体が弱くなっていたのだ。

 

 そんな老体に、腹心であり右腕とまで信頼しているガゼフの死亡。直轄領地の中でも最重要拠点のエ・ランテル壊滅。そして一番溺愛している娘の死亡。しかも娘を死地に追いやったのは自分の許可。それらを浴びせたらどうなるかなど分かり切った結果だ。

 

 体から力を失ったのか倒れるランポッサ。それを見た誰かが───

 

「神官を呼べぇ!! 医務室を開けろ!!!」

 

 数人の貴族が議会室を飛び出していく。メイドを呼んで呑気に呼んでいては間に合わないと判断して、自ら医療魔法を使える神官を呼びに行ったのだ。

 

 立て続けに起きる不幸に貴族派閥の者どもですら顔色が良くない。それらを見ながら、レエブン侯はザナックを見やる。ザナックもレエブン侯を見ていた。なにかとんでもない事態が巻き起こっているのだと二人は通じ合う。誰の手にも負えない異常事態。王国事変が始まったのだと……そう考えてしまった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

「王の容体はどうだ?」

「……一命は取り留めたようだが、けっして良好とは言えないらしい。また発作が起きれば、今度こそ命はないようだ」

 

 王宮に所属する、ランポッサ専属医代わりの神官の言葉を伝えた貴族の言葉に王派閥が顔を曇らせる。異常事態の最中に王が急病で倒れてしまった。リーダーが不在となってしまったのだ。

 

 どう考えてもあまり宜しい状態ではない。ただでさえ王派閥と貴族派閥に分かれて権力闘争をしている状態なのに、そこにリーダー不在となれば国が本当に二つに分かれてしまう。

 

 無理矢理ランポッサを陣頭に立たせたら、それが最後になってしまうかもしれない。それを理解しているからこそレエブンやザナックなどは難しい顔をして───

 

「───こうなった以上、陛下には王の座を引いて貰わねばならんだろう」

 

 六大貴族であるボウロロープ侯の言葉に全員が注目する。その言葉はまずいとレエブン侯は否定しにかかる。

 

「侯よ。御言葉ですが、陛下不在の今そのような話をするのは得策ではないと思いませんか?」

「それはこちらの台詞だレエブン侯よ。これ以上陛下の心労に負担を掛けるつもりか。あのように胸を押さえ苦しむ陛下を見た後に、未だに国王として働けなどと……それでも陛下の臣下ですかな」

 

 ボウロロープの言葉にレエブンは言葉を返せない。心労が祟ってランポッサが倒れたのは事実だからだ。そんな彼にこれ以上玉座を任せるのは正しいかと問われたら……政治に関わる者としては反対だ。ランポッサの年齢を考慮すれば、とっくの昔に引退していてもおかしくない年齢をしている。

 

 それをレエブンも考慮はしている。だがランポッサが玉座から退いたとして、誰がそこに座るのか。候補としては三人いる。

 

 一人はバルブロ王子、もう一人はザナック王子。そしてもう一人は六大貴族のペスペア侯だ。彼は多数の貴族から次期国王に推薦されている。

 

 それらをランポッサ抜きで話し合う貴族達。王派閥ですら、ランポッサにこれ以上現役でいさせるのは不味いと分かっていた。

 

 それをレエブンと彼の派閥に属する貴族は抑えようとするが無意味だった。一度走り始めた車輪は誰にも止められない。

 

 止められないなら、ならばこうするしかないと決断してザナックこそが相応しいとレエブンは推薦したが無駄だった。ぺスペア侯は自分から玉座に座るのを辞退した。若輩の自分が座るには時期尚早だと考えたのと、同じ六大貴族の三人───ウロヴァーナ辺境伯、ボウロロープ侯、リットン伯に恨まれたくなかったからだ。彼ら三人は第一王子のバルブロを王に推薦している。だからこそぺスペアは引き、彼もバルブロを王へと推薦した。

 

 そこからも話し合いは続いたが、最終的にバルブロを王位につけることになった。決め手となったのはブルムラシュー侯もバルブロを推薦したからだ。なぜブルムラシューがそんな事をしたかと言えば、彼が帝国に鞍替えした裏切り者だからだ。ここでバルブロと言う愚かな男を王にすれば、ますます王国は追い詰められる。それを自分の手柄とすれば、併呑後の自分の地位がますます盤石になると考えたから。

 

 六大貴族の内五人がバルブロを推した。ザナックを推すのはレエブンのみ。こうなればレエブン派閥の貴族以外は、数の多いバルブロを推すようになる。

 

 ……こうしてバルブロが次期国王となる事は決定した。止められるランポッサは病床に伏せた。その知恵でバルブロを追い詰められたかもしれないラナーはもういない。誰も第一王子が玉座に座るのを止められない。

 

 その光景をレエブンや一部の貴族は死んだ眼で見守る事しか出来なかった。本当の意味で王国の破滅が決定したのだと気づき、失意の中でそれを祝福する道しか……彼らには残されていなかった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 王国で大惨事が起き、帝国では夫婦が裏で暗躍している頃。

 

 スレイン法国もエ・ランテルに関する情報を掴み、それに対してどうするかの議会が開かれていた。

 

「───以上がエ・ランテルが置かれた状況になります」

 

 法国の最高責任者である十二人は、手元に配られた用紙から城塞都市で起きた悲劇の内容を知った。法国がこれを掴んだのは、当時エ・ランテルに潜んでいた特殊部隊『風花聖典』の一員が命からがら都市から逃げて来たからだ。

 

 その隊員はアンデッド事変を引き起こした黒幕の片割れ、クレマンティーヌを追っていた隊員だ。クレマンティーヌは元漆黒聖典のメンバーであり、諸事情から法国を裏切りサトルが破壊した秘宝『叡者の額冠』を奪い国から逃走。法国には情報収集や諜報活動を得意とし、今回裏切ったクレマンティーヌのような相手を追い詰める部隊として『風花聖典』と『水明聖典』が存在する。

 

 そんな特殊部隊員からの情報により、大規模なアンデッド騒ぎが起きたのだと知った法国上層部は大慌てだ。法国は人間至上主義を掲げ、他種族は滅するべしを基本理念としている。流石にこの場に集まった十二人は人間に迎合する亜人まで殺せとまでは言わないが……それでもアンデッドとなれば話は変わる。

 

 アンデッドは生者を憎み、いつだって害してやろうとしている。これが人間国家の基本的なアンデッドに対する考え方であり、別に法国だけの考え方と言う訳でもない。なんなら人間種に限らず、亜人種や異形種でも似たような思考だ。それだけアンデッドとは全ての種族から危険だと見なされているのだ。

 

 そして今回壊滅したエ・ランテルと、スレイン法国は面している。城塞都市から三日ほどかけて南下すると法国の大都市に到着する。つまりエ・ランテルと距離が離れておらず危険なのだ。

 

 もしエ・ランテルから溢れたアンデッドが架け橋となり、すぐそばにあるアンデッド多発地帯のカッツェ平野と繋がり更に強力なアンデッドが溢れたら、人類圏にとって大きな痛手になる可能性が高い。一番近い法国の都市は酷い損害を被るだろう。

 

 ゆえに聖典を出撃させるべきだと言う話になったが、どんなアンデッドが出現しているのかを確かめる必要がある。戦力分析無しで聖典を派遣して二次災害になったら問題になるからだ。

 

 そして判明してしまった。予想以上にまずい事態が進行していると。

 

「───これは『占星千里』が千里眼で見た事をそのまま書いたようですが……事実なのですか? デス・ナイトやソウルイーターが出現しているなど……」

「事実です。漆黒聖典はモンスターの知識を入隊と同時に叩き込まれる。『占星千里』は能力の関係上、漆黒聖典の知識面も担当します。彼女がいると判断した以上、これは覆らないとお思い下さい」

 

 デス・ナイトにソウルイーター。それ以外にも伝説に謳われるようなアンデッドが目白押しなのだ。加えて低級とは言え、数十万のアンデッドが発生している。

 

 ……デス・ナイトにしろソウルイーターにしろ、帝国にとってはさほど問題にもならないモンスターだ。アイリスが触れたら消し飛び、サトルが触れたら支配完了。バルキリーが殴ったら一撃で瀕死になる。そんな雑魚でしかないが、法国にとっては違う。これらのアンデッドは通常出現したが最後、小国程度なら単体で滅亡に追い込める恐ろしいモンスターなのだ。

 

 六色聖典でも、これら伝説のアンデッドの問題なく片づけられるのは漆黒聖典のみ。それも聖典に属するメンバーの中で、確実に圧殺できると確信できるのは隊長ともう一人の神人───プレイヤーの血を受け継ぎ、それを完全に覚醒させた二人だけだ。

 

 それ以外では相性などの問題から、遅れを取る可能性が非常に高い。だからこそのまずい事態だ。

 

「───レイモン。君に訊きたい。漆黒聖典ならばこの状況を打破できるか?」

 

 六色聖典を纏める神官長であり、元漆黒聖典のメンバーだったレイモンが問われる。彼は難しい顔をした後───

 

「神人の二人であれば問題なく対処できます。ですが皆さまもご存じのように、あの子は白金の竜王の件がある以上表に出すのには問題があります。もう一人の神人に関しては、破滅の竜王への備えが必要なためこちらも動かせないと考えてください」

 

 レイモンの言葉に「そうか……」と全員顔をしかめるしかない。少し前に『占星千里』が占術で、近々トブの大森林に恐ろしい怪物が復活すると未来を読んだのだ。その怪物に対処させる関係上、漆黒聖典には力を温存させなければならない。

 

「そうなると大儀式を行い、最高位天使を招来させるしかないわね。……数の問題から不安が残るけども」

 

 火の神官長であるベレニスの言葉に、みな同意なのか頷く。漆黒聖典は動かせない。漆黒以外の聖典だとデス・ナイト達に後れを取りかねない。ならば法国だけが持つ儀式魔法を用いて、最高位階の天使である主天使(ドミニオン)を召喚すれば良いと考えているのだ。しかしドミニオンの召喚には大儀式が必要で、何度も召喚できるわけではない。呼び出された天使も時間が経てば帰還してしまう。今回のように数十万のアンデッド達を相手するには、時間制限の問題から不安が付きまとってしまうのだ。

 

 ……どうでも良い話だが。スレイン法国ではドミニオンが最高位階の天使だと信じられている。なぜそんな事になっているかと言えば、高位階の魔法を使うには大儀式が必要で、そんな大それた儀式を使ったところで第八位階までしか使えない。そして<第八位階天使召喚>で呼び出されるのはドミニオンだ。そのせいでドミニオンが最高位だと信じられてしまった。

 

 むろんドミニオンが最高位などではない。この上に座天使(ソロネ)智天使(ケルビム)熾天使(セラフ)と続く。そしてさらにどうでも良い話だが、法国がドミニオン一体召喚するのに儀式を用いるのに対し……サトルとアイリスは権能でセラフを無尽蔵と思えるほどに呼び出し、持続時間も桁違いなのだが……これはまた別の話だろう。

 

 何はともあれ、法国もすぐにエ・ランテル絡みで動けるわけではない。下準備をしなければ今回の騒動を治められない。ゆえにあと話すべきことがあるとすれば───

 

「……皇帝は立場上辛いかもしれぬな」

 

 ジルクニフはエ・ランテルの件とカルネ村の件を結び付けられて、法国に糾弾されるかもしれないと不安視していたが……それはあり得ない。なぜなら彼らはカルネ村の騒動が、帝国の手によらないと知っているからだ。

 

 ……アイリスが到達した答えである、スレイン法国の六色聖典が下手人。これは真実だからだ。言ってしまえば法国は黒幕であり、ここにいる十二人が部隊に命じて殲滅したのだから帝国が無関係だと一番良く理解している。

 

 とはいえ───

 

「エ・ランテルでなぜアンデッドが大量発生したのか。その原因が分かるまでは、我らは帝国に対するスタンスを固めなければならぬ」

「そうじゃな。わしらが掲げる理念を守るならば、カルネ村で抹殺したガゼフ達の死体と、エ・ランテルのアンデッド騒動に関して帝国に確認を取らねばならん」

「そうでなければ鮮血帝は我らの関与に気付くやもしれん」

「それだけは避けなければならん。エ・ランテルの真相が判明しない間に、私達の関与が表に出たら……今度は私達法国がエ・ランテル事変の黒幕だと疑われかねん」

「……ガゼフの暗殺を企み王国の力を削ごうとした連中が、今度は王国の都市を落とすか。……さぞかし国民から盛大に反発されるだろうな」

 

 何があっても法国の土台が揺らぐわけにはいかない。法国が倒れたら人類は終わる。帝国、王国、聖王国、竜王国だけでは人類を守り切れない。それだけの戦力を4ヵ国は保有していないからだ。神人を抱える法国だけが人間の守護者であれる。

 

 そんな誓いを胸に持つからこそ……何があっても今回の事件に関しては関与を疑われるとまずい。何をしてでも法国はしらばっくれるしかない。

 

「エ・ランテルが、どうしてああなったのかの調査もしなければならんな」

 

 その言葉に全員が賛意を示す。そして───

 

「もしも真相が判明しなかった場合……犯人として帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス、及び逸脱者フールーダ・パラダインを人類に対する反逆者として我らは糾弾する。誰かがこの騒動の責任を取らねばならん。必要ならば皇帝とかの逸脱者が独断で行ったと証拠も捏造して暗殺する。この意見に異論はあるか?」

「……異論がないと言えば嘘になるわ。冤罪で人類に対する戦犯として処罰されるもの」

「それに現皇帝がアンデッドを使って都市を破壊したとなれば、帝国は王国以上に荒れるぞ。それは我らとしても看過は出来ん」

「確かに。だが我らの土台が揺らぐのと、帝国が揺らぐのでは訳が違う。仮に帝国が倒れてもまだ挽回できるが……我々が倒れたら人類は終わりだ。違うかね?」

 

 その言葉を誰も否定できない。脆弱な人間種の明日を勝ち取るには、手段を選んでいられないのだ。例え汚名を被せることになろうとも……だ。その上で最高位天使を用いてエ・ランテルの騒動を治めれば、悪は帝国であり法国は善となる。酷い話だが……これが現実だった。

 

 罪を擦りつける相手としては王国も候補だが、帝国の方が魔法技術が発展しており罪を被ってもらう相手としては適切であった。

 

「すまないな鮮血帝。悪く思うな」

 

 形だけの誰にも届かない謝罪が部屋に響いた。





ランポッサ:倒れた。まだ生きてるけど体力的な衰えが一気に噴き出た

法国:面の皮が厚い。誰だって自国が一番大事
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