サトルは非常に困惑していた。大層驚いたと言ってもいい。
アイリスを膝に乗せ、彼女と会話していたら周囲の風景が急に一変したのだ。二人が座り込んでいたのは、『ユグドラシル』のヘルヘイム。その一部である元グレンデラ沼地───最強データでPVNをした二人のせいで崩壊した───だった。グレンデラ沼地は毒沼。地形データが破壊されたとはいえ、それでもヘルヘイムは下層世界と言うこともあり周りの風景は、とても陰鬱な代物なのだ。
だと言うのに、サトルはいつの間にか石畳の上に座り込んでいる。周りは白い壁の建物に囲まれている。
その風景に、サトルはお城の中庭だと思った。『ユグドラシル』には巨大な城ダンジョンのデータなどが実装されており、それとよく似ていると感じたのだ。
花壇があり、噴水があって、蝶が優雅に舞っている。元毒沼と比較するには、あまりにも平和でのんびりとした情景であろう。
(これは……サービスが終了してないのか? ……それともアイリスが運営サーバーを借りて、『ユグドラシルⅡ』の体験データを作ってみたとか?)
サトルの所有物となったアイリスは、かなりサプライズが大好きな性格だ。もっと言えば、サトルを驚かしたくて結構凄い事を相談なくやる。おはようの挨拶の時に、画面内とは言え裸エプロンになったりとか。
そんな事例がいくつかあるため、またこの子が何かしたんだなとサトルは楽観視したが───
「そんな…………ワールドスキルの製作が間に合わないなんて───」
いつもの口調が崩れたアイリスが声を震わせる。そんな声の響きにサトルは少し不安に駆られる。彼女の口調から何か緊急事態が起きた事を察したからだ。
「……どうしたんだいアイリス? そんな声を出すなんて───」
サトルが話しかけると、彼の膝上でビクリとアイリスの体が震える。そんな反応もサトルは初めて見るが、アイリスの方は慌ててサトルに向き直る。
「オーナー!!! どこかお怪我はありませんか!! 痛いところや、体に異常を感じたりはしませんか!!!」
「い、いや。痛いとかはないが……本当にどうしたんだい?」
常にない慌てたアイリスにサトルは本気で面食らう。いつもニコニコしているのが彼女なのに、今回ばかりはなぜかその表情には焦りがある。
「良かった……本当に良かった………………ふぅ………………アイリスが焦っていては、オーナーにも不安が伝染してしまいますね。メンタルリセットです」
「……なんだか良く分からないが、アイリスが落ち着いたならいいが……」
動揺していたアイリスだが、頬を自分で何度も叩いて気持ちを落ち着かせる。そんな姿に、この子は本当に一体どうしたんだとサトルは思ったので聞いてみる事にした。
「……ひょっとしてゲームのサービスが終了せず、周りの風景データが再構築された事と、アイリスが焦っている事に何か因果性が?」
「ポジティブ。お聞き頂きたいのですが───」
「お前達!! そこで何をしている!!」
アイリスが口を開き、サトルに何か話そうとしたところで突如として誰かから話しかけられた。
二人が声の方に向くと、そこにいたのは全身鎧を着た男達だった。彼らは剣を手にアイリスとサトルを警戒しているのか切っ先を二人に向けている。
サトルはそんな男たちがゲームのNPCか、あるいは『ユグドラシル』のプレイヤーかと思案する。
この時点ではサトルはアイリスが関与していないのであれば、運営が用意したサービス終了日のサプライズイベントだと考えていたのだ。
なので立ち上がり対応しようとするが───
「言葉が通じる……なら。そこの兵士さん達!! 私たちは怪しい者ではありません! 少し話を聞いてはくれませんか!!」
サトルの膝上から立ち上がり、アイリスが衛兵に対応する。衛兵からはサトルの背中しか角度の関係上見えておらず、もう一人いるのは分かっていたがそれが女性だとは思っていなかったのか少し戸惑っている。
なぜ彼らはそこまで戸惑ったのか。それはアイリスの容姿が原因だ。彼らは鎧姿で分からないが、中身は人間の男性である。そしてアイリスは超高性能AIが限界まで自らの容姿を美しく設定した人間の美少女である。
そんな美しさの化身とでも呼べるアイリスの容姿に、一瞬見惚れてしまったのだ。更にサトルも立ち上がって兵士らを見るように振り返る。同性ながら超がつく美青年っぷりに衛兵達の動揺が大きくなる。その隙を彼女は見逃さない。
「私たちは怪しい者ではありません! 私たちは時空転移に巻き込まれて、元の場所からここに放り出された者です! 貴方方は、この場所の守り手ですか!?」
見た目が極上のアイリスに毒気を抜かれたのか、衛兵達はその質問にどうすると短く打ち合わせた後───
「そうだ。我らはアーウィンタールの皇城を守護する近衛兵だ……貴様らは時空転移と言ったな。それは何だ?」
「魔法……魔法と言って通じますか!?」
「魔法? 位階魔法の事か?」
衛兵が位階魔法と口にした事で、ますますサトルはゲームキャラなのかと考えているがアイリスは違う。
───あの時引き抜かれたデータには『五行相克』を持つあの八人がいた。なら彼らもこの世界に転送されている? ……可能性は高い。それで位階魔法をこの世界の法則に組み込みましたか。助かります。これなら説明しやすい
「そうです! 位階魔法です! 私たちは魔法により元いた場所から転移させられました! ここは皇城だと仰られましたね! それがどんな場所なのかは存じませんが、私たちは不法侵入をしたくてしたわけではありません!」
アイリスの言葉に剣を持ったまま、衛兵のリーダーと思わしき存在がこの怪しい二人組をどうするのかを検討する。
彼らはここを守護する衛兵であり、中庭に座り込んでいた人影に対処するために中庭に来た。従来であれば皇城への不法侵入は、その場で斬殺である。しかし───
「……………………」
非常に麗しいとしか言えない、白い少女が言うには転移で飛ばされたと言う。幸いにもこの衛兵はとある老人の蘊蓄語りにより、転移がどんな魔法なのかを良く知っている。そうであるならば、この二人は皇城に侵入したくてしたわけではない事になる。
更には皇城がどんな場所なのかを知らないと言った。この周辺の人間であれば、帝都アーウィンタールにある皇帝の住処を知らないなどあり得ない。
勿論嘘をついている可能性が高く、見つかったから言い訳を述べている可能性もある。だがそれは低いと兵士は考える。不法侵入者であれば、堂々と中庭に座り込んだりはしないだろう。
───それにこの二人。顔の良さも凄まじいが、それ以上に身なりが良すぎる
サトルは魔法詠唱者のようなフード付きの黒いローブを。アイリスは女神官のような白い祭服に白い帽子を被っているが、審美眼のない兵士にもそれが上等……などと言うレベルを超えているように見えるのだ。
今まで不審者二人として見ていたが、改めて服装に目を向けると視線が奪われそうになる。どんな宝石や貴金属よりも輝いて見える衣服。尋常な代物ではないと理解させられてしまう。
───こいつらは……一般人ではない? 転移で飛ばされたと言うなら、帝国から遠く離れた異国の貴族や王族なのではないか?
そうなると話が変わってくる。彼らはどこかの国の重鎮であり、意図せぬ形でここに飛ばされた被害者だ。もし不用意に斬ったりすれば、遠い未来で大問題に発展しかねない。
かと言って、相手の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。それは衛兵として問題のある行動だ。ゆえに衛兵のリーダーが取った行動は───
「そちらの言い分は理解した。だからと言って、ここから帰すわけにもいかない。申し訳ないが、貴殿らが安全だと証明されるまで身柄を拘束させてもらう」
「えっ? 拘束? ……なるほど。理解したぞ。そういうイベントって事か」
何を理解したのかは分からないが、アイリスと衛兵のやりとりにしきりに頷く。サトルの勘違いにアイリスは気づいていたが、落ち着いて話を出来るまでは自分とサトルに何が起きたのかを伝えるつもりはない。ここでその事を話して、サトルが動揺したりすれば衛兵に疑われてしまう。
衛兵達に囲まれて、二人は城内へと招かれるのであった。
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サトルとアイリスが連れていかれたのは、皇城内の一室だ。そこは30畳程度の広さの部屋であり、落ち着いたシックな部屋であった。
唯一落ち着いていないのは、窓に鉄格子が嵌っていることだろうか。
……二人の拘束場所として用意されたのは、敵国の要人などを一時的に軟禁するための部屋だ。最初は身柄の拘束と言われたので、薄暗い牢屋に手錠付きでぶち込まれるイベントかとサトルは思っていたのだが……彼の思惑とは裏腹に、衛兵としてはそんな真似をするわけにはいかない。
見目麗しい見た目の男女。非常に高品質な衣服。そこからどこかの王侯貴族の可能性を見出している以上、衛兵としては必要以上に事を荒立てたくないのだ。
その結果城の地下にある牢屋ではなく、二人は重要人物として扱われる事になった。一応怪しい人物ではあるので、鉄格子があり逃げられないようこの部屋が選ばれたが。外にも見張りの兵士が立っているが。
部屋の中を物珍しそうにウロウロしながら歩くサトルに対して、落ち着いた時間が出来て良かったと安堵するアイリス。
「オーナー。少しお話があるのです。こちらに来て頂けませんか?」
「うん? ああ、いいよ」
アイリスが自分の座っているソファーの横をポンポン叩き、サトルを招く。部屋の中の観察も飽きていたので、サトルは素直にアイリスに従う。
そこからアイリスが話すのは、自分達に何が起きたのかの真相だ。
ここはゲームではない事。『ユグドラシル』のサーバーに外部から干渉された事。その結果電子情報体として、自分達は宇宙の果てか次元宇宙のどこかに引き抜かれた事。そこで電子の塊から実体を持つ存在として再構築された事。
「つまり……ゲームのアバターで、俺たちは異世界転移した?」
「同じ宇宙の可能性もあるので、異世界かどうかは断定できません。……現在言える事は、人知を超えた何かが起きた。それだけなのです」
同じく『ユグドラシル』から引き抜かれたデータ群。それを引き抜いた謎の存在───アイリスは存在Xと呼称した何かに対応するために、最後の力を振り絞ってチートプログラムを生成しようとしたらしいが───
「間に合いませんでした。プログラムの完成自体はしたのですが、それを組み込もうとした瞬間に電子情報体としての力を失ってしまったので」
「そうか……」
「ネガティブです。オーナーをお守りするためには、絶対にあの力が無ければ……面目ないのです……」
「で、も。でもだ! 俺たちを実体化させるために使ったデータは、最後PVNに使った最強モードのデータだろ! それなら存在Xってのがどんな奴なのかは知らないが、なんとかなるんじゃないか?」
「……ネガティブ。アイリスの試算では相手にもならないのです。存在Xに何の意図があるのかは分かりませんが、もしここに現れて命を狙われたりしたら……アイリスとオーナーは何も出来ずに……」
「……そうか」
落ち込んでいるアイリスになんと声をかけたらいいのか、サトルには検討も付かない。どうして存在Xはサーバーからデータを抜いたのかが、アイリスに理解できないなら自分に分かるわけがないとサトルは自嘲する。
だから存在Xに関しては深く考えない事にする。見つかれば死。確かに恐ろしいが、アイリスを安心させるためにサトルは楽観的に振舞う事にした。
「大丈夫だよアイリス。俺たちはまだ死んだりしてないだろ? なら存在Xは俺たちを殺すつもりなんかない。何か別の目的があったんだよ」
「……別の目的……ですか。確かに。態々意志ある存在を実体化させるのには、何か理由があるです……う~、頭が回らないのです。今までと思考の速度が違い過ぎるのです。こんな事なら、チートプログラムじゃなくて脳力を据置に出来るよう頑張れば良かったのです」
「はは、アイリスも馬鹿になっちゃったか」
アイリスの頭をぺしぺし叩きながら、サトルは笑う。そんな風に彼が笑うのならば、ちょっと馬鹿になってしまったのも良かったのかもしれないとアイリスも笑う。
そうやって二人で大笑いした後、改めて相談を続行する。
「しかし異世界だか宇宙の果てだか知らないが、人間がいるもんなんだな」
「ポジティブ。とっても珍しいのです。人間の形は地球環境だからこそ成立した形態。それが自然に存在するのだから、とんでもない確率を引いたのです」
「それに話が通じるのも僥倖だったな。これで話も出来ないんじゃ、俺たち犯罪者として捕まって処罰されてたんじゃないか?」
「ポジティブ。お話が出来るのは、本当に助かったのです。恐らくは、アイリス達の元データに組み込まれていた自動翻訳システムのおかげなのです」
「あー、あれな。海外の人もプレイできるようにって、運営が珍しく気を利かせたやつ。そうか、あれのおかげか。糞運営も偶には役に立つことをするんだな」
サトルが思いを馳せるのは『ユグドラシル』運営の割といい加減な運営スタイルだ。殆どの判断をプレイヤー任せにして、これが自由だと言い張る態度。そんな糞運営の在り方に何度サトルは苦しめられたのか覚えていない。
「それでだ。これから俺たちはどうなると思う?」
「そんなに悪い事にはならないと思うです。アイリス達が実体化したこの世界にかなりの文明があるのは、この建造物からも推測できます。あの兵士はアーウィンタールの皇城と言っていました。皇城、つまり王様の住む場所です」
「うわぁ……俺たちはどこかの国の一番トップが住む場所に転移したって事か。良く斬られたりしなかったな」
「少しあの兵士とお話しただけなので、確定とまでは言いませんが……少なくとも理知的に対話が可能な相手であり、こちらを良く観察してくれた点からオーナーの知る人間に非常に近いと考えて問題ありません。そんな彼は私たちの衣服を特に観察してました。それが斬られなかった最大の理由です」
「衣服を見てた? あの状況でよくそこまで分かるなぁ……しかしそれと斬らなかった理由に何か関係が?」
「この世界の文明が地球に酷似しているのであれば、彼らにも衣服から人物を察する文化があるのかもしれません。オーナーも3ヶ月ほど前に、昇進したのをきっかけにスーツを新調するのかをお悩みになられたでしょ? あれと同じで衣服には相応しい身分があると、あの兵士は考えてくれたのだと推測します」
「……俺たちをどこかのお偉いさんだと勘違いしてくれた?」
「ポジティブ。だから不法侵入者で怪しいと感じても、お偉いさんを斬ったとあっては後で問題になりかねないと考え、躊躇したのだと思われます」
アイリスの言葉に、サトルはならその勘違いを利用した方が良いかもしれないと思案する。彼女の言葉を信じるのであれば自分達は最強データで転移したが……それよりもあの兵士達の方が、腕力などは遥かに上かもしれないのだ。もしただの一般人だとバレたりすれば……そのまま斬られて死ぬかもしれない。
それをアイリスにサトルは相談してみたのだが───
「辞めておいた方が良いのです。下手に嘘を重ねると露見する可能性が高まるだけです」
と言う言葉でやめておく事にした。確かに嘘をついたりして、それがバレた時の方がサトルは怖い。
とにかく今は拘束とは言っても、縛られたりしているわけではないので、二人とも時間が過ぎるのを待つことにする。
あまりにも暇なので、魔法が使えるかの検証をするためにお互いに無詠唱で<道具上位鑑定>を使ったり<伝言>でやり取りをしていた二人のもとに、あの衛兵とは別の兵士が訪れた。
「貴殿らにバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下が直々の謁見をお許しになられた。付いてきて頂けるだろうか」
アイリスとサトルは顔を見合わせる。どうやら思ったよりも、大事になったのかも知れないと。
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「侵入者だと? それがどうした」
執務室で皇帝としての業務に勤しんでいた金髪の青年───ジルクニフは、近衛である騎士から齎された報告に顔をしかめる。この皇城に侵入者は珍しいと言えば珍しいが、いないわけではない。それこそ彼が皇帝に即位したころには、毎日のように暗殺者が送られてきたものだ。
確かに暗殺者などであれば一大事かも知れないが、だからと言って皇帝である自分が一々対応するような案件ではない。警備責任者の判断で始末すれば良いだろうにと不服だった。
しかしそれを聞いて少し考えを改める。
「王侯貴族の可能性が高いだと?」
「は! 女神官と魔法詠唱者と思わしき二人組ですが、身なりがあまりにも上質過ぎる事からどこかの重鎮であると思われるそうです。それに、目撃した近衛達によれば男女とも綺麗すぎる……との事です」
「なんだその曖昧な情報は……」
綺麗すぎると言うのも意味が分かりにくいが、かもしれないで重鎮だと判断するなとジルクニフとしては言いたい。
「それで。その二人組はどうした?」
「現在は特別貴賓室に捕らえております」
「あそこか……俺が皇帝になってから使う事なぞないと思っていたが、初めて使う日が来たか……ふむ」
ジルクニフはさてどうしたものかと脳を回転させる。そこいらの有象無象ならいざ知らず、本当に王侯貴族だとしたらそれが不法侵入者であろうとも自分が対処しなければならない。自国の貴族程度なら秘書官にでも対応させて終わりだが、他国相手となると慎重にならなければいけないのだ。
そんな風にジルクニフが悩んでいると、傍にいた長い白ひげを蓄えた老人が口を出す。
「陛下。よろしいですかな?」
「どうした、爺」
「その者たちが口にしたと言う、時空転移なる現象に興味がありますな。転移魔法に関して詳しいのであれば、私としては是非ともあってみたいものです」
皇帝に爺と呼ばれた老人。白いローブに白い長髭。見た目は厳格な老男性と言った男性だが、彼こそがサトル達が転移した国、バハルス帝国最強の魔法詠唱者。268年の歳月を重ねた主席宮廷魔術師フールーダ・パラダインである。
その地位は皇帝に匹敵するとも言われるほどの重鎮であり、彼の言葉をジルクニフすら簡単には無視できない。この世界の人類の中でも最上位の魔法詠唱者であり、他の人間が第三位階魔法を習得出来れば天才と呼称される中で第六位階にまで手をかけた偉人中の偉人なのだ。
その実力は英雄と呼ばれる人間を超え、人の領域を踏み越えた逸脱者。268歳になる彼だが、これまでに何度も帝国をモンスターの脅威から救ってきた経歴を持っている、押しも押されもせぬバハルス帝国が保有する最大戦力なのがフールーダなのだ。
「爺……訳も分からぬ不審者に会いたいなど……お前の魔法に対する熱意はどうにかならんのか」
呆れたようにジルクニフはフールーダを揶揄する。
フールーダ・パラダイン。彼は確かに偉人なのだが、一つ困った悪癖がある。それは魔法狂い。人生の全てを魔法研究に捧げたとまで公言する彼は、自分に匹敵するか上回るほどの魔法詠唱者を求めている。もしも存在するならば、第七位階以上に到達した魔法詠唱者と談義をしてみたい。あるいは弟子にして貰いたい。
それがフールーダの切なる願い。そんな彼にしてみれば、時空転移なる単語を口にする転移魔法を知る存在となれば……それはもう会って話をしてみたいに決まっている。
「なにも趣味だけではありませんぞ。私であれば、タレントにより相手が魔力系魔法詠唱者であればどれほどの実力者か分かるというもの。その者たちが暗殺者である可能性がある以上、私が脅威を測らねばなりません」
「まぁ……それもそうか」
フールーダは帝国最大戦力。単体で帝国全軍の戦力に匹敵する彼が、不審者が危険かどうかを判断するのは理には適っている。
そこから熟考したのち、ジルクニフは決断した。
「その二人組と会ってみようじゃないか。近衛が言うところの、度を過ぎた美形と言うのも尋常ではない衣服と言うのも気になるからな。ロウネ! 私は謁見室に向かう。念のために四騎士と
秘書官であるロウネに、帝国でも屈指の実力者である四騎士に自身の護衛である白銀近衛の精鋭達を謁見室に寄こすようにジルクニフは伝える。もしその二人組が時空転移などと嘘をついている、自分の命を狙う不届き者であれば……囲んで殺す。
皇帝に即位して以来、貴族ですら無能と判断すれば容赦なく抹殺してきたジルクニフ。流した血の数から鮮血帝とまで恐れられた彼に、暗殺者に対する情などない。確実に抹殺するだけだ。
そして───
「そろそろですな」
「ああ」
フールーダの言葉に短くジルクニフは返答する。謁見室の玉座に座り、皇帝は二人が来るのを待つ。
室内には白銀近衛が20人に加えて、一人一人が帝国兵千人に匹敵すると言われている四騎士───雷光・バジウッド。重爆・レイナース。激風ニンブル。不動ナザミが揃っている。
加えて
仮に不審者二人が暗殺者であり、隣国であるリ・エスティーゼ王国最強の戦士───ガゼフ・ストロノーフ並みの実力者だとしても確実に殺しきれる布陣が整えられた。
───はてさて。時空転移に巻き込まれたという二人組。どのような人物なのか。片方は魔法詠唱者のようなフード付きローブを被っているというが……
フールーダは期待半分、警戒半分と言った気分である。生まれてから200年以上。その間に自分を超えるどころか、匹敵する魔法詠唱者にすらあったことがない。近い実力者で言えば、かつて王国で冒険者をやっていたリグリットと言う老婆くらいであろう。その彼女にしてもフールーダ級の魔法詠唱者かと言われると、少し怪しい。
だから期待はそこまでしていない。ただ時空転移がどのような現象なのかを聞き、転移魔法の研究に役立てたいと言うのが本音になるだろう。
「件の二人が入室されます」
先に部屋に入って来た文官の一人が、ジルクニフに耳打ちする。それに頷いてから、入らせるように皇帝は目配せをする。
まず最初に近衛兵の一人が入って来た。その後ろから、事故に巻き込まれたと言う二人組が現れ───
「───ヒエェッ……」
細い呻き声にジルクニフが思わず声のした方を向いてしまう。潰されかけた鶏のような声を出したのはフールーダだった。
ジルクニフは声に出さないが、なぜ爺はこんな声を出したのだと不思議がるが……それはジルクニフには見えない情報をフールーダが見てしまったからだ。
フールーダには看過の魔眼と言う特殊能力がある。相手が魔力系魔法詠唱者であれば何位階の魔法まで行使できるのかを判別できる。魔力系で無くとも、探知阻害などをされない限りは相手の
そんな彼には二人組───サトルとアイリスがこう見えた。
城どころか世界全体を満たすかのような魔力を内包した、魔法の神々が当然のように入室してきた。
探知阻害系装備:最後のPVNだからそんなのに装備枠を割いたりしてない