ローブル聖王国。神とまで呼ばれるようになった『ユグドラシル』プレイヤーに建国されたスレイン法国ほどではないが、王国や帝国に比べると宗教色の強い国家である。
国の東側に多数の亜人が生息するアベリオン丘陵なる地帯があり、そこからの亜人勢力の侵攻を防ぐために全長100㎞を超える巨大城壁が築かれているのが最大の特徴だ。
そんな国の首都であるホバンスにその女の姿はあった。白い修道服を被った猫目の金髪。エ・ランテルのアンデッド騒動を引き起こした犯人───クレマンティーヌだ。
彼女は法国を裏切り出奔。その後各地で冒険者や民間人を殺しながら逃亡。自分と同じズーラーノーン幹部のカジットと接触。そこからエ・ランテルを壊滅させた『死の螺旋』を引き起こした。
なぜクレマンティーヌが『死の螺旋』を起こしたかと言えば、法国の追っ手を撒くためだ。彼女は元漆黒聖典所属な事もあり、法国内部の事情に詳しい。それゆえに普通に逃亡していては、どこかで追いつかれる懸念がある。自分は人類でも最上位の戦士であると自覚しているが、追手もまた最強格に近い連中だ。法国で使っていた六大神由来の装備無しで相手をしたくはない。
だからこそのエ・ランテルでの騒ぎだ。あそこで大量にアンデッドが出現したら、法国上層部の性格上放置はできない。それを見越した上での行動だ。
そして目論見は無事成功。都市が完全に封鎖される前に抜け出したクレマンティーヌは、エ・ランテルから北西へ───エ・ぺスペルに向かった。帝国に向かう事も一瞬考慮したが、あちらは滅亡寸前の竜王国に近く法国からも来易い。立地としては微妙だと考えたのだ。
そこから王都を経由してリ・ロベルに。そこを超えて街道を進めば聖王国へと到着する。街道にはモンスターや物盗りが出現するが、英雄級に到達しているクレマンティーヌにとって敵にすらならない。普通に殺して進むだけだ。
なぜ聖王国にしたかと言えば、ここに来るには法国からだと一度リ・エスティーゼ王国を経由しなければならないからだ。それ以外のルートとなるとアベリオン丘陵か、エイヴァーシャー大森林なる巨大樹海を抜けるしかない。
転移魔法もあるにはあるが、クレマンティーヌが聖王国にいる確信が無ければ使いはしない。それに信仰する宗教の関係上、聖王国と法国はそれほど仲が良くない。悪いとまでは言わないが、それでもゴタゴタしている。だからこの国であれば王国以上に介入してこないと彼女は良く知っていた。
とは言え首都から動くべきかどうかをクレマンティーヌは検討している。それはホバンスに来た初日、偶々眼があった少女を殺してしまったからだ。その少女は自分を殺し屋のような目つきで睨みつけて来たのだ。その視線からまさか自分の正体を嗅ぎつけられたかと焦ったクレマンティーヌは、追っ手の一人と勘違いしてその少女を刺殺した。法国が蘇生させられないように念入りに死体の破壊もした。
しかしそれがまずかった。クレマンティーヌが壊した少女は追っ手ではなく聖王国の著名人の一人娘であり、凶悪犯罪者が首都に紛れ込んでいると一瞬で指名手配犯になってしまった。
幸いまだクレマンティーヌの仕業であると発覚はしていないが、もしホバンスに聖典の誰かが来たりしたら自分の存在が知られるかもしれない。
しかしすぐに動くには路銀が心許ない。それがクレマンティーヌの悩みだ。強盗でもして稼ごうにも、街には事件以来巡回が増えてしまった。平和ボケした王国と違い、城壁が完成するまでの間亜人侵攻に悩まされていた聖王国には実力者も多い。徴兵制で国民みな軍人の気質があるこの国で下手に動けば、英雄級のクレマンティーヌでも助からない。
それこそ聖騎士団に囲まれたりすれば確実に死ぬ。聖騎士団には同じく英雄級のレメディオス・カストディオが在籍し、冒険者で言えばオリハルコン級の聖騎士達もいる。
最悪冒険者として登録して少しだけ金銭を稼いでから、首都の影響が少ない聖王国の南部を目指すかと算段する。
あれこれと考えながらクレマンティーヌは酒場で腹を満たす作業に戻る。いくら英雄級の実力者と言っても、食べねば腹が減る。法国にいた頃であれば、食事と睡眠が不要になる指輪などが貸与されていたが……生憎そんな便利なマジックアイテムは持ち出せていない。
しっかりと油が乗っている羊の香草焼きを噛みしめ、少しだけ酒で唇を湿らせる。呑みすぎると酔いが回り過ぎて危険だが、ちょっとだけであれば悪い物ではない。
酒場の客の大半は冒険者や日雇い労働者であり、若い女性のクレマンティーヌは少し目立つが話しかけようとはしない。なぜなら今のクレマンティーヌは修道女の恰好をしている。なぜこんな酒場に修道女が……そう思うからこそ話しかけないのだ。絶対に揉め事の雰囲気がする。わざわざコカトリスの尾を踏みに行きたくは無かった。
その筈なのに───今日は違った。
「ここ、空いていますか」
「あ?」
クレマンティーヌに話しかけてきたのは、『漆黒』の戦士だった。金模様が入った全身鎧に、派手な赤マント。グレートソードを二本も担いでいるのに、体幹が一切ブレていない異様な男だった。
一瞬言葉に詰まるクレマンティーヌ。あまりにも怪しすぎる戦士の御登場に酒場の全員も騒然としている。その隣にはこれまた奇怪な女がいる。クレマンと同じ修道女服を着ており、眼を包帯で巻いた少女だ。
「なん……なんでしょうかお兄さん。ここは他にも席があるのですから、そちらに座れば宜しいのではありませんか?」
一瞬なんだ手前と言いそうになり、慌てて口調を戻すクレマンティーヌ。酒場に修道女はかなりおかしな組み合わせだが、一応彼女なりの演技らしい。
「いやいや。私はお嬢さんと一杯やりたくてね。偶々入った酒場で、この子と同じ修道女がいた。そんな貴女から修道女に必要な心得とやらを聞きながら食事がしたくてね」
「は、はぁ……」
「む? ああ、私とこの子が怪しかったかな」
「……そう、ですね。全身鎧と目を隠した修道女の組み合わせは目立つと言いますか……」
口調は演技だが、内容はクレマンティーヌの本音だった。誰が見たって変な二人組だろと。
「では自己紹介からさせて頂きます。私はモモン。この子はアヤメと申します」
モモンと名乗った漆黒の戦士に、「そんな事が聞きたいわけじゃねえよ」と言及したいがグッと堪える。
「そ、それで。モモンさんとアヤメさんは私に何か御用なのでしょうか?」
「はい。実は片田舎から、こちらのホバンスの修道院で私の妹が働くことになりまして。ですが妹は眼が見えなくて……道中危険ですし、護衛としてここまで来たんですよ」
「……そうでしたか。眼が見えないのに修道院で……御立派な事です」
心にもない事を口に出しながら、クレマンティーヌは二人を値踏みする。立派な鎧を着た男は恐らく貴族。そして貴族の妹なら盲目の少女もまた貴族だろう。
貴族の女は普通は政略結婚の道具になるが、盲目となると貰い手も少なくなる。そう言った女は屋敷の奥で飼い殺しにされたり、アヤメのように修道院に送られたりするのが普通だ。
だからクレマンティーヌは少し納得すると同時に、修道女の恰好なんてやめておけば良かったと後悔する。宗教色の強い聖王国なら都合の良い隠れ蓑になるかもと期待しての変装だったが……明日から脱ごうと決める。
溜息を吐きたい気持ちを押し殺しながら、この場だけはお優しい聖女を演じて切り抜けようと決めた。
「……そういう事情がおありなら仕方ありません。私のお話がどれほどお役に立つかは分かりませんが……精一杯尽力させて頂きます」
漆黒聖典の一員は全員表の顔を持っている。クレマンティーヌであれば神官として働いていた。その経験があるおかげで聖女として振舞ってもバレにくい。
「かたじけない。……そう言えばですが。お嬢さんは何という名前なのでしょうか?」
「私はクレマンスと申します。どうぞよしなに」
偽名を名乗るクレマンティーヌ。どこから情報が洩れるか分からない以上、本名を明かす気など彼女にはない。
注文した料理が届いてから、クレマンティーヌから心得を教えて貰う兄妹。その代わりにここの代金は代わりにモモンが請け負う事になった。
路銀が浮いたと喜ぶと同時に、クレマンティーヌの思考に良くない炎が浮かび上がる。街に着いたばかりだと言う貴族の兄妹。金を持っていそうなのに、荒くれ者が多い安酒場を選ぶ世間知らずな振る舞い。大層な鎧を着ているが、鎧には傷一つなくまだ下ろしたてだとすぐさま見て取れる。
更にクレマンティーヌはもう一つ気づいていた。護衛替わりに兄が妹についてきたと言うが、普通貴族なり名家なりはちゃんとした護衛として冒険者を雇ったり私兵をつけたりさせる。なのにそれがいないと言う事は、この妹だけではなく兄も厄介者である可能性が非常に高い。
つまりは───
───襲われても仕方ないよねぇ~。こ、ん、な……世間知らずはさぁ!
金を持っていそう。この街に家族がいない。盲目の妹なんてお邪魔な足手まといを抱えている、新品の鎧を着たおぼっちゃま。
こんなもの自分で無くとも襲ってくださいと言っているようなものだ。金を見せびらかして歩いているのに等しい。
「あら? 料理が無くなってしまいましたわ」
「……名残惜しいですが、お話を聞けるのもここまでのようですね。残念です」
「……うーん……私としましても、モモンさんやアヤメさんとのお話、とても楽しかったですわ!」
そろそろお開きの時間だなとモモンが口にしたことで解散の雰囲気が三人の間に漂う。クレマンティーヌはここを出たら二人の後を追い、宿を取っているらしいのでそこに押し入り殺して金を奪うつもりだった。そうしたらすぐにでもホバンスを発ち、南部の都市デボネを目指す。
そんな算段を立てていたが───
「お兄様。アヤメはまだクレマンス様とお話がしたいです!」
「駄目だ。クレマンスさんにも都合があるんだ。アヤメの我儘を言ってはいけないよ」
「でも! まだまだ夜中まで時間はあるのですよねモモンお兄様! それならクレマンスさんに宿まで来て貰い、もっとたくさん教えて頂きたいのです!!」
盲目の割に元気溌剌と言った感じで声を出すアヤメに、「困った妹ですいません」と謝るモモン。
普通魔法ですら治せない障害となれば、えてして暗い雰囲気を持つのにそんな様子を微塵も感じさせない。それがクレマンティーヌには気に食わない。
───よっぽど甘やかされて育ったか……世間知らずのガキが。
ただ殺すのではなく、辱めて殺してやろうと決めた。焼けた鉄を秘部に押し込めば、この天真爛漫さの仮面も剥がれてみっともなく泣き叫ぶだろう。
「私は構いませんよ。これから共に働くかもしれない後進に、導き教えるのも役目ですから」
部屋まで案内してくれると言うなら乗ってやるだけだ。最初は謙遜していたモモンだが、最後は妹の我儘に折れたのか承諾。
三人で連れたって宿までの道を歩く。時折アヤメが「お姉さまみたいです!」と言って、クレマンティーヌにおんぶをせがんだ。見た目より幼いガキだと思ったが、聖女を演じる彼女はその頼みを了承してアヤメを背負う。
髪の毛を無遠慮に触られたりしてより苛つきが跳ね上がっていくが、宿に着くまでの辛抱だと我慢した。
辿り着いた宿は高級店舗であり、やはりこの兄妹は金持ちなのだと思いなおす。この二人を殺して金を奪えば、当分は路銀に困らないだろうと内心で舌なめずりをする。
二人と一緒に部屋へと入る。高級宿だけあり防音の魔法が掛けられた部屋から音が漏れる事は無い。非常に都合が良い事だ。
さてまずは兄の手足から潰してゆっくりと遊ぼうとしたところで───
「オーナー。こいつで間違いありません」
「そうか。ならこれ以上の演技はいらないな」
「は?」
ガラリと兄妹の放つ空気が変貌する。あまりにも急激に変化したものだから、少しだけ困惑するクレマンティーヌに対して───
「<昏睡>」
妹が魔法を使ったのだと気づく前に、クレマンティーヌの意識が消える。地面に体が打ち付けられるが、それを兄妹は一切受け止めようとしない。
「武装を取り上げて手足を拘束しておくか」
「ポジティブ。あとは帝都に運びこんで尋問の時間なのです」
アヤメとモモン……と偽名を名乗っていたサトルとアイリスが、クレマンティーヌの武器であるスティレットとモーニングスターを取り上げてアイテムボックスに放り込む。代わりに取り出した丈夫な紐で拘束していく。
「……はぁ……まさかアイリスの言う通り聖王国にまで逃げ込んでいるとは。無駄に時間をとらせやがって」
少しだけクレマンティーヌにキレるサトル。「まぁまぁ」ととりなすアイリス。なぜこの二人が聖王国にいるのか。それは少しだけ時間を遡る。
ジルクニフに経過報告を済ませた二人は、すぐさまクレマンティーヌの足取りを追った。カジットの記憶を読んだことで、彼女が持っていた武器や道具を知れたことにより、<物体発見>を使えるようになっていたのでそれを最大限にまで有効活用。
カジットが知っていたクレマンティーヌの性格から、どこに向かうかを読んだアイリスはエ・ランテルとローブル聖王国の間にある都市で虱潰しに<物体発見>で探した。
それを繰り返してようやく聖王国の首都で件の人物を見つけ出した。そこから二人で演技をして、この人物がクレマンティーヌなのかどうかを確かめる。アイリスはカジットの記憶のおかげで顔を知っているが、一応確かめておかないと違いましたでは済まない。
最後のおんぶの時に無詠唱<記憶操作>で100%こいつだと確認できたので、あえなく御用となった。
「……しかしとんでもない女だなこいつ。辿り着いてから日数が経ってない筈なのに、もう指名手配されてるのは何の冗談だよ」
「わんだーなのです……」
呆れる二人だが、クレマンティーヌはエ・ランテル事件の真犯人だ。他にも罪状が腐るほどあるが、帝国として重要なのはその一点だけである。
<転移門>を開いてサトル邸の地下室と繋げ、そこにクレマンティーヌを放り込んでおく。見張り役にバルキリーを一人呼んでおいた。
とりあえず聖王国でやる事も終わったので、再び宿に戻った二人は久しぶりにゆっくりと愛を確かめ合う作業に没頭する。そのまま一晩高級宿で過ごしてから、チェックアウトを済ませた二人は転移魔法で帝都まで戻る。
地下室に放り込んだクレマンティーヌとの、ンフィーレアも交えた触れ合いタイムが始まろうとしていた。
逃亡者C:捕まった。なおここで二人に捕まらなくても、あと3日もあれば娘の復讐に燃える聖王国最強格のレンジャーに捕捉されていた。レメディオスやその他聖騎士を連れたパパに突撃訪問されてこんにちは死ねされていたらCさんでも死ぬ