リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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滅国の下準備

 ……そのくだらない会議の間、我ながら良く我慢出来たものだとサトルは自分を褒めたい。スレイン法国のトップである最高神官長、六人の神官長、司法・立法・行政の三機関長、研究機関長。そして軍事責任者の大元帥。

 

 この十二人の反吐が出そうな話し合いを大人しく聞いていられたのは、傍らにいたアイリスにずっと手を握られていたからだ。これが無ければ、すぐさま全員<爆裂(エクスプロージョン)>で塵にしていた。

 

 彼らは十二人しかいないと思って、国の秘密をこれでもかと喋ってくれた。カルネ村を含むリ・エスティーゼ王国の村々を滅ぼし、ガゼフを誘き出したのは自分達だと。

 

 その内容自体は、事前に推測していた内容と変わり映えしないものだった。だから別に構いはしない。重要なのは自分達の罪をジルクニフに被せようとしたことだ。

 

 ……バハルス帝国皇帝ジルクニフ。彼はサトルにとって良い雇用主だ。地球では小学校卒業と同時に社会に出て働き始めたサトルだが、彼は上司になんて恵まれたことがない。正直なところ社会人としての矜持のようなもので我慢していただけで、内心全員嫌いだったと言っても過言ではない。

 

 そんな中、理由があるとは言えジルクニフは良い上司だった。こちらに対して高圧的な態度に出る事はなく、常に気を使ってくれている。貴族なんて社会的地位も約束してくれて、立派な豪邸をプレゼントしてくれて、給料も非常によい。アイリスに日本円に換算して貰ったところ、とんでもない額になりサトルは大層驚いたものだ。

 

 サトルは恩には恩で返すべきだと常々思っている。仇には仇で返すべきだとも。

 

 サトルにはジルクニフへの恩がある。人間が暮らす上で必要な衣食住の内、食と住を約束してくれた。サトルはアンデッドだが、人間の頃の感覚はまだまだある。皇帝が用意してくれた貴賓館で、食と住が充足するとどれだけ素晴らしいのかをその感覚のおかげで十分に堪能した。食事を取る必要なんてないし、睡眠すら本来は不要だ。しかしそれを捨てる気になどなれない。この世界の知恵あるアンデッドは、人里離れた山奥や辺境で暮らすらしいが……そんな寂しい場所に行くつもりなどもない。

 

 サトル自身の要望としても、今更栄えた都市である帝都を離れる気などない。この世界の隅々に至るまで探検したい欲はあるが、それは些か我儘だろう。なにせ隣には権能の影響で純人間種とは言い難いが、それでも種族としては人間種のアイリスがいるのだ。独り身ならどんな無茶でも出来たが、守りたい存在がここにいるのだ。

 

 それに刺激に溢れた冒険も良いが、家族と一緒に安全な場所でのんびりと暮らす。それも一つの幸福なのだとサトルは覚えた。他愛もない話をしながら一日を終える。それで良いのだと……。

 

 ……それら幸福の中には、ジルクニフの存在もある。上司と部下と言う関係だから言ってはいないが、もしジルクニフがサトルに友になろうと持ちかけたなら……サトルは快く承諾する。この知人が少ない転移後世界において、サトルが信頼と信用をおいているのは鮮血帝とまで呼ばれた皇帝なのだ。

 

 殿堂入りで不動の地位を築いているアイリスを抜きにすると、ジルクニフはそれだけサトルからの好感度を稼いでいた。

 

 理屈の面で言えば、サトルはジルクニフの部下であり彼の元で働いている。つまりジルクニフに対する不利益が発生しそうならば、それを防ぐ必要がある。そして個人的感情の面で言えば……恩人である彼の助けになりたい。

 

 そんな皇帝を平然と冤罪で裁こうと抜かす問答。自国の都合で他国の主の暗殺を画策する態度。あらゆる要素がサトルの神経を逆なでする。今すぐにでも即死させてやりたいが、アイリスが止めるのでやってはいないだけ。

 

 会議も終わったのか退席し退室していった長達。彼らが部屋から出るのを合わせて、二人も最奥の間から外に出る。流石に最奥の間がある中央神殿とでも呼ぶべき場所には転移対策があったので、建物の外に出てから<上位転移>でとある場所まで飛ぶ。

 

 そこはエリュエンティウがある砂漠地帯だ。この辺りには生物があまり住んでいない。八欲王が降臨する以前には、砂漠でも問題なく暮らせる亜人なり異形なりが住んでいたのだが、それらは八欲王に族滅させられておりこの世にはもういない。

 

 なぜそんな場所にまで飛んだかと言えば───

 

「アイリス……少しだけ目を瞑り耳を塞いでくれるかい……」

「ラージャ。アイリスは少しだけ離れた場所にいます」

 

 サトルが何をしたいのか。それを読み取ったアイリスが転移魔法でどこかに消える。これから彼が行なう醜態を、自分に見せたくない。そんな想いをしっかりと受け止めたからこの場から消えたのだ。

 

 そんなアイリスに感謝の念を抱くと同時……今まで蓋をしていた憤怒と激怒が胸の内から湧き上がってくる。

 

「糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞がぁ!!!」

 

 たった一人だけになったサトルは、子供がするように地面を何度も蹴り上げる。これが子供であれば他愛のない癇癪だが……サトルは子供とは違う。砂漠の砂が数キロに渡って抉られる。地団駄は地震を起こし、これが法都で行われていたら建物は倒壊して大惨事を招いていた。

 

「あの糞共がぁ! ジルクニフに全てを擦り付けるだと! 自分達の都合でガゼフとやらを殺しておいて! 自分達の土台が揺らぎそうになったらそれを他人にぃ!!」

 

 サトルは心に宿った灼熱にも似た怒りを吐き出すように言葉を紡ぐ。 ただでさえ法国にはあまり良い印象を持っていなかった。人間至上主義で他種族に排他的な国。人間のためならばどんな悪事でも行える国。帝国にもその気がない訳ではない。人間国家なのだからそれは当然だ。だが法国のそれは度を過ぎていると、アイリスの編纂書を読んで思っていたのだ。

 

 ……同時にある忌まわしい記憶がサトルから呼び起こされていた。それは『ユグドラシル』で行われていた、異形種狩りの記憶。最後にはたっち・みーが救い出してくれたものの、あれが無ければこんな糞ゲーと思いすぐに辞めていたほどの忌まわしい記憶だ。そんな異形種狩りに似た何かを行う国家。サトルの中で印象が良くなるわけがない。

 

 アイリスもアンデッドであるサトルとは、決して相性が良い国ではないと言っていたが……今回の一件は相性が良い悪いを超えている。彼が一番嫌いな事は、自分が良いと思った人間にケチを付けられることだ。そしてジルクニフはサトルから唯一かも知れないほど、異世界人の中で信頼されている人物。

 

 つまりこの時点でサトルの中で法国への対応は決定した。何があっても許さない。法国は『ユグドラシル』から転移したプレイヤーを神と呼び、人類に味方してくれるなら敬意を払い敬うらしいが……だからどうしたと言いたい。

 

「自分達が人間至上主義に洗脳教育をしたせいで王国を併呑出来なくなったから!! 帝国に併呑させるだと!! 糞共が!」

 

 どうして法国がガゼフを暗殺したのか、その原因も調べ終わっている。

 

 スレイン法国は人類の守護者を名乗っている事もあり、人間種が全般的に脆いのを自覚している。時たま外れ値と呼ぶべき存在が湧いてくるが、それでも全体で見たら種族的に非常に脆くて弱い。それだけに英雄と呼ばれる人間が出てくるのを、誰よりも渇望していたのが法国だった。

 

 彼らはリ・エスティーゼ王国の中から、肥沃な大地で育まれた強靭な英雄が多く出現するのを待った。その英雄を法国にスカウトして、異種族との闘いで活躍してもらう。そんな算段をしていた。とんでもない他力本願である。

 

 ……他力本願なのだ。積極的に関わらなかったことで、王国は内部から腐ってしまい目論見は外れてしまった。挙句の果てに麻薬を市場に流す犯罪組織が出てきて、優秀に育ちつつあった帝国にも麻薬がばらまかれつつある。

 

 ここで王国に期待する事を法国はやめた。変わりに優秀な帝国に王国を併呑させて、優秀な人間が輩出されるのを待つプランに変更したのだ。

 

 要するに法国としては早く帝国に戦争で勝ってもらい、王国を吸収して欲しかったのだ。そこにジルクニフの都合など一切ない。ただ法国の都合しかなかった。

 

 そして法国は帝国が王国併呑において、ガゼフがいるから時間がかかっていると判断。だから法国が抱える聖典を派遣して彼を暗殺すれば、より早く帝国が勝つだろうと早めようとしたのだ。

 

 無論こんな考えなど、ジルクニフからすればたまったものではない。皇帝が王国に大規模侵攻を仕掛けないのは、様々な思惑があるからだ。例えば帝国内の貴族の締め付けがまだ済んでいない事や、文官の教育が完了していないなど多岐に渡る。

 

 ……帝国の事も、結局人類守護の駒としか見ていない。それが法国だった。人間種を守るためなら、なんであれ許される。それが……どうしようもなく法国なのだ。

 

 では法国は、どうしてそこまで帝国に併呑させる事に拘ったのか。法国自身が王国に戦争を仕掛けて滅ぼす方がよほど簡単だ。なのにそれをしなかった。

 

 これは民意の暴走を神官長達が危ぶんだからだ。

 

 法国では幼いころから、人間が神に選ばれた唯一の種族だと教えられている。そのせいで国全体に他種族は滅ぼすべしな風潮がある。

 

 もし法国が王国を併呑したとしよう。その場合とある存在が問題になる。アーグランド評議国だ。

 

 ここは亜人種が集まって出来た国で、数匹の評議員と呼ばれるドラゴンによって運営されている。そのドラゴンの中には、最強と呼ばれるドラゴン『白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)』も在籍している。

 

 端的に言えば、評議国は法国より遥かに国力が上だ。王国を法国が併呑した場合、こんな国が隣国になってしまう。

 

 ……そうなった時。法国の民意は確実に亜人滅ぼすべしの理念から暴走する。間違いなく評議国との戦争をするべきだと、民衆から神官長達は要求されてしまう。相手の方が国力が上だと説明しても関係がない。なにせ人間種は神から選ばれたのだと教えている。竜より神の方が上だとも教えている。そんな教えがまかり通っている環境で、誰が竜王の力を信じるのだろうか。

 

 神官長達が権力を振りかざせば止められるだろうが、国内には確実に歪みが生じるだろう。それは法国の国力を大きく衰退してしまう。だから法国が直接併呑は出来ない。数百年の教えが国の動き方を制限してしまったから。

 

 だから帝国なのだ。帝国に併呑させて帝国に教育させて、優秀な人材をスカウトする。あるいは帝国にそのまま在籍させて、法国と帝国の間に条約を結んで異種族との連合軍を結成させても良い。そんな皮算用をしていたのだ。

 

 しかしそんな皮算用も、法国に影響が出るかもしれないとなれば捨てられる。帝国が仮に倒れてもどうにかなるが、法国が倒れたら人間種は終わる。これ自体は事実だ。事実だった。あの日二人の神が帝国に降臨するまでは。

 

「糞共がぁ!!!!」

 

 そんな神の片割れにして主神が、法国への怒りを露わにして猛り狂う。もし法国が神の降臨を知っていれば、間違いなくガゼフの暗殺もせず皇帝に対して罪の擦り付けもしなかった。しかしそんな賽子は一切振られず、サトルの逆鱗に触れてしまった。それだけがここにある真実だった。

 

 数分暴れたおかげで少しは気が晴れたのか、サトルの様子が落ち着く。それを見計らっていたのか、アイリスも転移で戻って来た。

 

「落ち着きましたかオーナー? これ冷たくて美味しい果実水なのですよ」

「……ああ。ありがとうアイリス」

 

 どうやら帝都にまで戻っていたのか、アイリスの手には冷えたグラスが握られている。それを受け取りサトルは喉を潤す。別段暴れたところで喉も渇いたりしないのだが、熱した頭には効果があるのかさらに気分が落ち着く。

 

「……美味いな、これは」

「ポジティブ。なんでもリラックス効果のある果実なのだとか。今のオーナーにはとっても嬉しい効果なのですよ」

 

 サトルが暴れた事で、元砂漠となってしまった土地に腰を下ろす。……果実水を見ながら、サトルは隣に持たれるように座ったアイリスに自分の考えを告げる。

 

「……あいつらを俺は許せない。この考えは……間違っていると思うかい?」

「ネガティブ。アイリスにしろ、オーナーにしろ、今はジルクニフの部下です。オーナーには彼の名誉を守り、安全を保障する義務と義理があります」

「そうか。ならば……俺はどこまでやっても許されると思う?」

「……彼らはジルクニフが倒れたら、帝国が終わる事を承知しています。その上で暗殺まで検討しています。ならば……同じように法国が割れる事をやり返されても、決して文句を言えません」

 

 アイリスの肯定に少しだけサトルの気分が晴れる。自分のブレイン役である彼女の肯定は何よりも力になるからだ。

 

「……あいつらは人類の守護者でもある。それを滅ぼしたりすれば……ジルクニフは困らないか?」

「ポジティブ。確かに困るとは思います。法国が倒れたら、今まであの国が抑えていた、他種族からの侵攻が帝国にも襲い掛かります。でも───」

「───俺たちがいる……か」

 

 法国が倒れたら、確かに人間種としては困る。なにせ守り手がいなくなるのだから。しかしそれは今までの話だ。仮に法国が倒れたところで、帝国には皇国騎士団がいる。この三十二人がいる限り帝国は倒れない。その気になれば、八欲王の再来を実現できる。

 

「とは言え、ジルクニフに相談なく事を成すのはネガティブです。命を狙われるかもしれないのは彼です。まずは法国が何を考えているのかを伝えましょう。そこから何をするのかを検討しましょう」

 

 アイリスの尤もな言葉にサトルも頷く。このまま怒りに任せて、法都で超位魔法『黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)』を使って混乱に陥れてやっても良いが……それでジルクニフに迷惑が掛かったら元も子もない。

 

 果実水を全て飲み干したサトルは、アイリスを連れて帝都にまで戻るのであった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 皇城に出向いてジルクニフに出会ったサトルは、スレイン法国の狙いを書面に分かりやすく纏めた上で提出した。アイリスも手伝い理路整然かつ詳細に書かれた内容に、皇帝はたった一言───

 

「あの宗教狂いどもが!!!」

 

 と激怒した。自国都合で帝国の意図を無視して余計なお節介。その上真相が分からなければ自分とフールーダを暗殺。あまりにも舐め腐ったやり方を無視できるほど、彼は穏やかではない。ここで「そうか」の一言で終わらせられるなら、彼は鮮血帝などと呼ばれていない。

 

「……だがこれはまずいな。ことアンデッド絡みの案件となれば、法国に分があるぞ」

 

 少しキレた事で彼も冷静になれたのか、事態の詳細に観察する。スレイン法国が人類を守護するために奮闘していたのは事実だからだ。

 

 エ・ランテルアンデッド事変の真相を帝国は握っており、それを伝えたら法国は何もしないだろう。と言うよりも何も出来なくなる。だがそれ以上を追求は出来なくなってしまう。なにせカルネ村襲撃の証言者は、未だに森の賢王のみ。サトルとアイリスが忍び込んだ事で法国の仕業だと判明はしているが……これをどうやって法国の手によるものだと発表するのか。

 

 そんな風に悩んでいたジルクニフだが───

 

「陛下。今回の一件ですが、アイリスから提案があるそうです」

「アイリス殿から? どのような内容だろうか」

 

 サトルの言葉にアイリスが「ポジティブ」と答える。

 

「皇帝陛下がお許しになられるのならば……ですが。私に一つ策があります。今回エ・ランテルで起きた事件は、元法国市民であるカジットが発端です。クレマンティーヌも、どうしてカジットが『死の螺旋』を行ったのか知りませんでした。つまり陛下と私とオーナーしか真相を知りません。なので───」

 

 アイリスの口から語られる内容。それを聞いたジルクニフは「なるほど」と頷き、サトルもアイリスの計画に「面白そうだ」と乗っかる。直接殺すよりも、よほど屈辱を味わわせられると。

 

「───アイリス殿の計画、良く分かった。スレイン法国は今回私に対して、あからさまな挑発とも呼べる行動を行った。必要ならば証拠の捏造も辞さないと……。ならばこちらも、同じことをするだけだ。御二方には早速で悪いが、仕込みに入って貰っても宜しいだろうか?」

「勿論です陛下」

「ポジティブ。彼らには一泡吹いて貰います」

 

 皇帝の許可を得たサトルとアイリスは部屋を出る。皇帝から憎き神官長共に、鉄槌を下せる機会を貰ったルンルン気分のサトルは気づかない。隣を歩くアイリスが薄く笑っている事に……まだ気づいていない。

 

 法国に激怒したサトルだが……それ以上にアイリスが法国に対して、とある理由から恐ろしいまでの激情を抱いていると……まだ知らない。理知的に見せかけているだけで、根っこの部分はサトル以上に感情的なアイリスの側面が滲み出る。仮にこの作戦が上手くいけば、法国がどう動くのかも読んでいる。読んでいるからこそ彼女は薄く笑う。

 

 ワールドスキルがある世界線ならば、余裕がある事から決して簡単には漏らさないアイリスの本質。あまりにも分厚過い仮面を付けているが故に、理解しにくい彼女の真なる行動原理。とある世界線でしかまだ見せていない、あまりにも危険な本性がようやく顔を覗かせようとしていた。





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