ちょっと短め
城塞都市エ・ランテルがアンデッドにより壊滅。この一報はすぐに各都市の冒険者組合を通じて、王国中の冒険者約三千人が知る事になった。
これが一般市民の間に流れている噂程度なら一笑に付して終わる話だが、情報源は自分が所属している組合なのだから笑えない。
少なくとも冒険者組合はこの情報を事実として扱っている。それを無視できるほど豪胆な冒険者はオリハルコン級以上の実力を持つ冒険者か、あるいはワーカーのように組合から脱退した冒険者だけだ。
そう……各都市の冒険者組合を通じて全冒険者がそれを知り得たのだ。組合は都市ごとに独立した組織だが、横のつながりは持っている。どこそこに強力なモンスターが現れて自分の都市だけでは対処できないから、そちらの強力な冒険者を派遣して欲しいと言った具合にだ。
情報伝達に時間はかかるものの、確実にいつかは城塞都市で何があったのかは王都にも伝わる。真っ先に王都でそれを知ったのは王族だが、遅れて冒険者にも伝わり、そして市民にも噂は流れる。
……エ・ランテル事変は彼女にも伝えられた。ラキュースにも伝わったのだ。なにせ彼女が率いるチーム『蒼の薔薇』はアダマンタイト級冒険者チーム。全冒険者の頂点に立つ英雄達なのだから……
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一人は仮面を付けて赤いフードを被った小柄な体躯。『蒼の薔薇』最強であり、同じアダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』のリーダーを除けば王国最強の怪物であるイビルアイだ。
そんな彼女と一緒にいるのは筋骨隆々な体格で、男と見間違えるほどの筋肉に覆われた体を持つガガーランだった。
「……ラキュースは未だに実家に閉じこもって出てこれず、か……」
「ああ。流石に今回の一件は響いたみたいだぜ」
イビルアイのポツリと漏らした言葉に、ガガーランが軽く返答する。朝食がてらに肉を噛みしめるガガーランに「そうか」とイビルアイは短く返す。
……リーダーであるラキュースが精神的に参り実家に戻った事で、現在『蒼の薔薇』は少しだけ休養期間に入っていた。
なぜラキュースが精神的に参ったのか。それは彼女がラナーの友人───ラキュースの視点では無二の大親友だったからだ。
ラナーの頼みならば、特別な友として非合法な仕事ですら引き受けてしまうほどにラキュースはラナーに入れ込んでいた。
……そんな特別な友人のラナーは王都に戻ってこなかった。冒険者にはこの情報は殆ど出回っていない。そもそも第三王女が王都から離れて城塞都市に向かったのを知る者は少ない。
仮に王女が警備の厳しい王宮から出たと知られたら、敵対勢力に身柄を確保されたとしてもおかしくはない。そんな安全上の問題から、ランポッサは一部の信頼できる臣下以外には秘密にしていたからだ。
ラキュースがそれを知っているのはラナーと懇意にしていて、王都を出る前に生前の彼女からエ・ランテルに向かうのを聞いていたからに過ぎない。
組合から教えられたエ・ランテルでアンデッド騒動が始まったであろう日付と、エ・ランテルにラナーが到着したであろう日付。そこから得られる答えはあまりにも残酷な現実だった。
ラキュースは決して愚かではない。王都に戻ってこないラナー。それが何を意味するのかくらい、すぐに察してしまう。それでも大親友であった王女が、非常に高い確率で亡くなっているかもしれない現実などすぐには受け入れられない。
「みんな! 今すぐエ・ランテルに向かうわ!!」
知るや否や、すぐさま城塞都市に向かおうとしたラキュースだが───
「落ち着け馬鹿者! 正しい状況も分からない内に、火の中に飛び込もうとするな!!」
すぐさまイビルアイに止められた。錯乱していたラキュースは、なぜ止めるのだと問い質した。まだ生きているかもしれないのにと。
「……鬼リーダーは冷静さを欠いている。エ・ランテルから王都までは馬車を飛ばしても一週間はかかる。エ・ランテル脱出組は馬車なんて用意している暇もなかったそうだから、徒歩での移動」
「……エ・ランテルからエ・ぺスペルまで徒歩だと、最短でも2週間は必要。でもこれはモンスターや野盗の襲撃は考慮しない理想の最短ルート。脱出組の護衛には、同じく脱出できたミスリル級冒険者もいたらしいけど───」
「───それでも時間は必要。途中にある小都市で休憩も挟んでとなると、更に時間は積み重なる」
「そこからエ・ぺスペルの組合が情報を纏めて、各都市に発信した。ならエ・ランテルが陥落してから、私たちが知るまでの間に何日経った?」
「……それは………………」
「それだけじゃねえ。少なくともミスリル級が討伐は不可能だと断言する規模のアンデッドが湧いたんだ。何の備えもなく飛び込んだら、俺たちもアンデッドの仲間入りになっちまう」
イビルアイが止めた理由を双子忍者のティアとティナ、それにガガーランからも告げられる。ラナーが生存していたなら、とうの昔に王宮へと舞い戻っている。仮に都市内で生存していたとしても時間が経ち過ぎている。ならば亡くなっているのは確実だと4人に諭される。
……王国に限らず<伝言>の信用性が低い国家では、情報伝達速度に難がある。砦などが救援を求めて本国に使者を送り、国から救援が駆け付けたとしても既に砦が壊滅していた例などいくらでもある。
どこぞの夫婦のように転移の使い手でも無ければ、エ・ランテル壊滅を知ってから国の中枢部に数分で伝えに行けるほどの即日速達など不可能だ。例外中の例外二人みたいに最悪転移魔法を封じられても、サトルの持つ九曜の権能で罅を創って移動できるのがおかしいのだ。
今からラキュースが向かったところで助かる命などない。
死体が回収できて、なおかつ損壊していなければ<
それにガガーランが口にしたように、ミスリル級が討伐を断念する事変が起きたのだ。蒼の薔薇はミスリルより上のアダマンタイトであり、個々の戦力も集団としての軍事力も飛びぬけているが……偵察がされない内から火口に身を投じれば何が起きるのかは誰にも分からない。低位のアンデッドであれば銅や鉄級でも対処可能。しかし数が集まれば脅威となるからだ。
「……エ・ぺスペルの組合が纏めた情報によれば、エ・ランテルにはエルダーリッチや初めて見るアンデッドも出現し始めていたそうだ。弱敵ばかりであれば、規模が大きかろうが問題ない。しかし初見のアンデッドがいる場所に対策も無しで飛び込んだら、お前だってただでは済まん」
イビルアイの言葉にラキュースはぐうの音も出ない。これが駆け出しの冒険者の証言ならまだしも、発言主はミスリル級冒険者だ。高位の冒険者が初遭遇するアンデッド。あまりにも危険な相手だ。
正体が判明しているエルダーリッチも、決して侮って良い相手ではない。個体によっては第四位階……現地基準で高位階の魔法を駆使するアンデッドは強敵だ。ラキュースでも油断すれば、<火球>や<雷撃>で命を持って行かれかねない。
4人から説得された事でラキュースは意気消沈し───
「……私のせいだ。私が付いていかなかったから───」
「───それは違う。お前の申し出を断ったのはお姫様の方だ。無理にでも付いていくと我儘を言ったお前を不要だと断ったんだ。そこに責任を持とうとするな」
いらぬ思考に陥りかけたラキュースに、イビルアイは違うと言葉を投げる。国の行事だから冒険者が付いてくると、どこから突かれるか分かったものじゃない。だからラナーが断ったのは正しいのだ。彼女から正式な依頼が会ったならまだしも、ラキュースの方から勝手についていけば冒険者の不文律を真っ向から破る事になる。
それこそラキュースとラナーの個人的な友誼も、実のところあまり推奨されるものではない。ラナーが実権のない王女だから成立していただけで、政治の中枢にいる王族とアダマンタイト級冒険者が友情を結ぶことを組合は推奨していない。人間同士の諍いに巻き込まれる確率が高くなり、政治不参加の理念が揺らぐからだ。
ラキュースが貴族令嬢で我儘が通りやすいアダマンタイト。ラナーが国家運営と関わりの薄い王女。これらの理由から組合は黙認していた……もしラキュースがラナーの個人的な依頼を組合を通さずに受けていたと知れば、話しは変わるだろうが。
「でも! 私たちが付いていればあの子は亡くならなかった!! ううん、あの子だけじゃない!! エ・ランテルの市民も助けられた!! ……私たちはみすみす救えるチャンスを逃したのよ……」
責任感の強すぎるラキュースの言葉に、ガシガシとガガーランは頭を掻く。自分達がいればエ・ランテルは落ちなかったかと言われたら……落ちなかっただろう。
アンデッドはアンデッドを呼ぶ。これは冒険者なら当たり前に知っている事実だ。だからアンデッドが出現する時には、とにかく初動でどれだけ潰せるかにかかっている。それこそ
では蒼の薔薇はそんな英雄の領域かと言われたら……劣るがかなり近い実力がある。特にイビルアイは別格だ。この世界線では実体化していないとある存在───プレアデス級の
デス・ナイトを呼ばれたとしても、補正値とステータス差は嘘をつかない。『死の螺旋』による本格的な大規模連鎖召喚が行われる前なら、問題なく騒動を治められた。
「私たちがいれば……私たちなら助けられたのに……」
けれどそんな現実はここにない。あるのは戦力を持っていながら何一つ出来なかった現実だけだ。未来を決められる選択肢が手の中にあったのに、それは簡単にすり抜けて地面へと墜ちてしまった。振られた賽子は最悪の出目を出してしまった。
……ごめんなさいとラキュースは口にする。それはラナーへの言葉なのか……それとも亡くなってしまったエ・ランテル市民に向けた言葉なのか。蒼の薔薇の4人には判別できない。
ラキュースには才があった。どんな挫折も跳ね除けるような輝く才能。19歳にして独力で第五位階へと到達し、王国で唯一の蘇生魔法を習得した才女。冒険者となって以来、様々な困難を乗り越えてきた彼女だが……初めて超えられない壁に出会ってしまった。その壁は分厚く高い。
ガガーランは人間には不可能なんて幾らでもあると諦めている。ティアとティナは元暗殺者として、理不尽に散った命を幾らでも知っている。イビルアイに至っては、生まれ故郷が数百年前に自分一人を残して無惨に滅んだ。
ラキュースを除く蒼の薔薇の四人は、今回の騒動に対してもかなり割り切っている。ガガーランなどはエ・ランテルに知人もいるが、亡くなってしまったのは仕方ないと呑み込んだ。もし死体がアンデッドになっていたら、破壊して安らかな死を与えるだけだ。冒険者なんてやっていれば、面倒を見た新人冒険者がモンスターに返り討ちにあい喰われるのも珍しくない。
ティアとティナも似たようなものだ。いざとなれば蒼の薔薇の仲間以外は簡単に切り捨てられる。よほど親密な相手でもない限り、一々死に敏感に反応していては疲れるだけだ。
イビルアイも思うところは多々あるが、死んだ命は簡単に還ってこず。当然のようにあるように見える幸福が、薄氷の上にあるのだと理解しているがゆえに仕方ないと割り切った。
けれどラキュースは違う。才能があり過ぎるがゆえに、本当の意味での離別に慣れておらず……真の挫折を知らない。
始めて知った取り返しのつかない敗北の味は、若い彼女にはあまりにも苦過ぎた。ごめんなさいと何度も呟き、嗚咽を漏らすラキュースに誰も何も言えなかった。
こんな精神状態で冒険者としての活動は難しいと全員一致。家出しているものの、家族との仲そのものは復縁しているラキュースは一度実家へと戻されたのだ。