ラキュースはアダマンタイト級冒険者の自分が実家に戻ったら、組合も困る筈だと意地を張ろうとした。しかし誰が見ても酷く気落ちして見える彼女に、モンスター退治は当分の間不可能だとイビルアイ達は結論づけた。
王都どころか王国全体で見ても最上位の一人にラキュースは属する。王都周辺に出現するモンスター相手に普段であれば後れを取る事はない。だがそれは普段の話だ。精神に不調を抱えたまま戦いに臨めば、彼女とて不慮の事故にあいかねない。
それは仲間として見過ごせない。それでなくとも、エ・ランテルの組合が都市もろとも消滅した現況でアダマンタイト級が討ち死にしたりすれば、冒険者全体の士気が落ちかねない。その方が組合にとってよほど迷惑だと説得して、どうにか実家へとラキュースを押し込んだのだ。
最初は渋っていたラキュースだが、実家に戻り両親の優しさに触れた事で張り詰めていた空気が抜けたのか、なんとか平常に見せかけようとしていた感情が決壊した。当人が思っているよりも心の傷は大きかったのだ。
成人した令嬢が人前で無闇に涙を見せるなどはしたない。蒼の薔薇の皆の前では我慢しきれずに涙したが、流石にそれ以外の前では見せるつもりなどなかった。しかし両親にとっては、家出同然に飛び出して冒険者になった跳ね返り娘でも大切な娘なのだ。大切で無ければ、冒険者になってからもアインドラの名を名乗る事を赦していない。
久方ぶりの家族団らんの最中、小さな子供みたいにラキュースは泣いた。ラナーの名前は出さずに、エ・ランテルで大切な友人が亡くなったのだと告げて……大粒の涙を地面に落とした。
両親もエ・ランテルの件は王国貴族として存じている。まだ幼かった頃のラキュースにそうするように頭を撫でたりして……今は休みなさいとだけ穏やかに告げた。
それ以来ラキュースは実家から出て来ていない。蒼の薔薇の面々はそれを怠惰だと罵ったりはしない。今はそっとしておいて、自分の中で踏ん切りが付くまでは一人にさせるつもりだった。……流石に1ヵ月経っても無理なら、仲間として応援しにいくつもりだったが。
リーダーであるラキュースの心療が終わるまでは、冒険者としての活動を休止した蒼の薔薇。王都の組合には話を通しているが、他の都市の組合にはまだその話は伝わっていない。だから彼女らに対して依頼の話が来ることもある。
王都の組合はアダマンタイト級の機嫌を損ねたくは無いので、依頼が来たとしても断るが……跳ね除けるには難しい依頼もある。ラキュースを除く4人の内、居場所が判明していたイビルアイを呼び出して、その依頼について引き受けて貰えないかを打診した。
「……城塞都市エ・ランテルの調査依頼ねぇ」
組合で話を聞いたイビルアイは、三人を宿まで呼び出して打診された依頼の内容を打ち明けた。
王都の組合長から直々に依頼されたのは、アンデッドに支配された都市の調査だ。命からがら都市から脱出できた人物の証言から都市が壊滅したのは確定。しかしどれだけの規模のアンデッドが沸いているのかは、現状王国は一切の情報を握っていない。
アンデッドがアンデッドを呼ぶ以上、脱出組の目撃情報以上にまずい事態には進行していると推測するぐらいが関の山だ。
「エ・ぺスペルのオリハルコン級冒険者を中心にチームを組んで調査を試みたが、成果は殆ど得られずだそうだ」
イビルアイの言葉に全員が難しそうな顔をする。今回の依頼はエ・ペスペルの組合からの協力依頼。依頼人はエ・ペスペル領主のぺスペア候だ。
六大貴族からの直接依頼。政治不介入の不文律から通常組合が受け付ける事はないが、数十万人がアンデッドに抹殺された事変を放置できるほど組合も強い立場ではない。それにエ・ランテルから溢れたアンデッドの規模によっては、北西に移動を開始してエ・ランテルとエ・ぺエスペルの途中にある小都市を滅ぼしたり、エ・ペスペル自体を取り囲む可能性もある。冒険者組合の理念は人類守護。これ以上の犠牲者が出る事を許容するわけにはいかなかった。
それにどうしてエ・ランテルにアンデッドが溢れたのかも調査しなければいけない。ジルクニフが夫婦から初報を聞いた時に危惧したように、自領で同じことが起きる可能性があるからだ。
大貴族からの膨大な報酬を約束された事で、エ・ペスペルの組合に周辺の都市から選りすぐりの冒険者を集めてエ・ランテルに派遣したが……イビルアイが言うように成果を得られなかった。
唯一の出入り口である城門に、恐ろしく強大なアンデッドが居座っていたからだ。黒い甲冑に漆黒のマントをたなびかせ、骨の馬に跨った騎士がエ・ランテル内への侵入を拒んだのだ。
<飛行>魔法を使える魔法詠唱者達が空から侵入しようにも、
……
何にしろ空路が駄目なら陸路しかない。つまり門を守るアンデッドを打倒するしかないのだ。
覚悟を決めた冒険者達が徒党を組んで挑むも敗北。なんとか死なずに撤退は出来たものの、選出された者たちはアンデッドのあまりの強さに心が折れたらしい。全員この依頼から手を引いたそうだ。
「そんで俺たちに回って来たって訳だ。オリハルコンで駄目なら、アダマンタイト。ま、理には適ってるわな」
「……朱の雫はどうした? 休業を伝えた私たちよりも、向こうの方が適任」
「……向こうのリーダーはうちのボスの叔父だと聞いた。今こちらのボスが伏せているのは向こうも承知のはず」
「朱の雫は現在評議国にいるらしくてな。連絡が取れんそうだ」
だから私たちなんだよとため息を付くイビルアイ。朱の雫がいないなら、アダマンタイト級は蒼の薔薇しかいない。王国内にある冒険者組合が頼れるのは彼女達だけだった。
「帝国にも銀糸鳥や漣八連がいるが、エ・ランテルの組合が率先して潰してたモンスター達が勢いを増したせいで、周辺の街道の危険度は以前よりも遥かに上がっているそうだ」
「……依頼を出すにも、帝国と王国の道は事実上封鎖されてしまったか」
帝国と王国は戦争中であり、国同士での助けは期待できないが冒険者は違う。国境の垣根なく、人類の明日をモンスターから守る事を理念としているため、帝国内の冒険者組合に援助を求める事が出来る。しかしそれをするには、以前よりも危険になった街道を進まねばならない。
エ・ランテル周辺を避けようにも北にはトブの大森林。少し道を反れたらカッツェ平野と迂回路が無く、よほどの手練れで無ければ生きてたどり着くのも難しい。
「それに帝国のアダマンタイトは、純粋な武力だと俺ら以下だ。悪いが今回の件には向いてねえな」
「……そう。……それでどうするつもり? 鬼ボスがいないのに受ける?」
ティアの問いかけにイビルアイとガガーランは少しだけ考え込む。ガガーランとしては断った方が良いと考えている。オリハルコン級が断念するアンデッドとなると、自分達でも確実とは断言できないからだ。アンデッドに対して有利なラキュースがいるならまだしも、欠けた状態で挑むには不安要素が多すぎる。
しかし───
「私は受けるつもりだ」
「……へぇ……意外だな。イビルアイは断ると思ってたぜ」
「そうだな。普段であれば、こんな不確定な情報だらけの依頼受けはしないが……今回は別だ」
「別って……なんでだよ?」
「……ラキュースのためだ。あいつは私たちがエ・ランテルにいれば、何とか出来たと後悔している。しかし話を聞いた限りでは、いたところで解決できたとは思えん。それを確かめにいくつもりだ」
「はぁん……そりゃ仲間想いでこって」
皮肉気な口調のガガーランだが、その表情には俺も乗るぜと書いてある。仲間が気に病んでいる件をどうにかする。それなら受けるに値すると直感したからだ。双子忍者も同感なのか、似たような表情をしている。
それを見たイビルアイは「はぁ……」と少し呆れる。
「何を勘違いしているのかは知らんが、この依頼は私一人が受けるつもりだぞ」
「はぁ!! 何言ってんだ!! 危険だって分かってる場所に、一人で乗り込む気かよ!!」
「……筋肉ダルマに同感。自殺行為」
「イビルアイの頭がおかしくなった?」
「頭がおかしくなどなってないわ! 別に私一人で行くのは自殺行為でもなんでもない! むしろ今回ばかりは私だけで行くのが正解なんだ……」
憮然とした感じで答えるイビルアイに、何言ってんだこいつとでも言わんばかりの態度を取る面々。そんな彼女らにある理屈をイビルアイは教える。
「今回調査を依頼されたエ・ランテルは、アンデッドに埋め尽くされた都市だ。アンデッドは生者となれば襲い掛かるが、同じアンデッドには滅多な事では攻撃しない。つまりだな……私一人なら安全に調査できるんだ」
『あっ……』
……アダマンタイト級冒険者のイビルアイ。彼女は見た目は10歳から12歳ぐらいの少女にしか見えないが、実際は250年以上生きる吸血姫───要するにアンデッドだ。普段は仮面で特徴的な牙や赤眼を隠し、更にアンデッドの反応を遮断する指輪を装備する事で人間に見せかけているが、人間ではない。
流石に王都の組合などは人間ではなく、亜人か何かだとは勘づいているが……それでもアンデッドとは知らない。
「よほど知恵があり悪意のあるアンデッドでも無ければ、同じアンデッドの私を生者とは思わん。だからな……今回ばかりは単独行動をさせて貰う。異論はないな?」
その言葉に反論しようとするが……三人は何も言えない。全員で行くよりも、イビルアイ単独で動く方が効率的で生存率も上がる。逆に生者である三人が付いていくと、イビルアイの足手まといになる可能性の方が非常に高い。そんな事実を受け入れざるを得なかった。
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「馬車での移動はここまでです。この先はアンデッドの発生率も、モンスターの出易さも段違いの危険地帯ですので……」
「ここからは徒歩での隠密で無ければ危険か……了解した。お前達はここで待機していてくれ」
王都組合から正式な依頼を受けたイビルアイは、単独でエ・ランテルに向かった。イビルアイは王国でも数少ない長距離転移魔法の使い手だが、生憎とエ・ランテルは転移先に登録されていない。なので時間はかかるものの、組合が用意した馬車での移動だ。
しかし直通ではない。エ・ランテル付近は現在危険地帯になっているため、その手前の小都市までだ。そこからは徒歩での移動となる。
一人エ・ランテルまで向かうイビルアイは、道中ゴブリンに襲われたりするが全て軽くあしらってしまう。異形種としての強靭な身体能力を持つ第五位階の魔法詠唱者。そんなイビルアイにとって、王国に出現するようなモンスターや魔獣は相手にならない。鎧袖一触で蹴散らしてしまう。
アンデッドとしての基本能力により、疲労は肉体に蓄積せず外部からの栄養補給も不要。睡眠もいらず夜でも昼間のような視界を持つイビルアイは、休まずエ・ランテルまで走り抜ける。
小都市から数日かけてエ・ランテルまでたどり着いたイビルアイは、正門に陣取ったアンデッドを見て驚愕の声を上げた。
「
エ・ぺスペルに集められた冒険者はそのアンデッドを知らなかったが、流石にイビルアイは存じていた。知り得ているからこその驚愕。どちらも早々出現しない超級のアンデッドだ。イビルアイとて、見たのは生涯において数度あるかどうか。そんな怪物が出ているのだから、驚くに値するが……彼女が驚愕したのはそれだけが理由ではない。
「骨の馬に跨った黒い騎士とは……ソウルイーターに騎乗したデス・ナイトだったか……」
ソウルイーターにデス・ナイト。どちらも単独で小国を堕とせる怪物なのに、なぜかタッグを組んでいるのだ。
「こんなのが陣取っていては、オリハルコンでも叶わんか……むしろ死者を一人も出さずに撤退出来たのは幸運だ」
予想以上に恐ろしいアンデッドが出現している。そう結論付けたイビルアイは指輪と仮面を外してから、正門を通らずに城壁から飛行能力で侵入する。ガガーラン達には襲われる心配はないと説明したが、通常組むことのない伝説のアンデッド同士が手を組んでいる。ありえない状況を警戒して正門を避けたのだ。
これが生者であればスケリトル・ドラゴンが襲ってきて叩き落されるかもしれないが、イビルアイを同じアンデッドだと認識しているのか襲ってはこない。危なげなく都市へと侵入したイビルアイは、まずは墓地から調べるかと辺りを見回して……それを見つけてしまった。正門から近い軍の駐屯地。軍事演習場と思わしき広場に立つ二人のアンデッドを。
生前は高貴な身分の人だったと一目で分かるドレスを着たゾンビと……酷く損壊しているが、目立つ銀色の立派な全身鎧。そのゾンビが誰なのか言うまでもない。なにせ全身鎧の方は、イビルアイ達蒼の薔薇が制作に協力したのだから。
「……クソ……どうして若いやつから先に逝く。死ぬなら私のような老いぼれからだろうが……」
ラナーとクライムの生存の目は消えた。その事実にイビルアイが吐き捨てるように言葉を漏らす。ラキュースには諦めろと言ったイビルアイだが、それでもこうやって目で直接確認すると感情は幾らでも湧いてくる。何よりも……知人がアンデッドになってしまった。二度と生者に戻れない不死者になってしまったのだ。それはイビルアイにとって看過できる事実ではない。未だに彼女の奥底に眠る、拭えない過去が呼び起こされる。そんな忌まわしき記憶を頭を振って彼女は追いだす。今はそんな事を考えている場合じゃないと。
「こんなもの……ラキュースになんと言えばいいんだ」
とてもではないが、ラナーとクライムの現在の姿をラキュースには見せるわけにはいかない。そうイビルアイは考えてしまう。二人のこんな姿を見たら、心優しいラキュースは心が潰れてしまうかもしれない。そうなる前に滅してやるべきかと手を向けるが───すぐにイビルアイは手を下ろす。今日はあくまでも調査だけだ。そう自分に言い聞かせてから、共同墓地へと向かう。
エ・ランテル中にアンデッドが溢れ出し、通りを埋め尽くす光景にまたもや遠い過去の記憶が掘り起こされそうになるが、無理矢理イビルアイはその記憶を沈める。思い出すなと。今すべき事だけに注視しろと。今の自分はインベリアのキーノではない。アダマンタイト級冒険者のイビルアイだ。依頼を受けた冒険者として……あるいはラキュースの仲間としての責を果たせ。そう何度も心の中で自分に言い聞かせる。
「何もない……か」
共同墓地を探ったイビルアイだが、言葉にしたように何も見つけられない。墓地奥にあった霊廟と地下神殿も調べたが何もなかった。アンデッドが原因なのだから、墓地が原因だと睨んでいたが……本当に何もなかった。
「あるいは本当に、市民の間に流れている噂のように帝国が絡んでいるのか?」
エ・ランテル事変はバハルス帝国の仕業。そんな噂が王国市民の間に流れている。鮮血帝が本格的に王国を滅ぼそうとしていると、出所不明な噂がだ。
その可能性をイビルアイも否定できない。まだイビルアイが冒険者になる前……20年ほど前に、ズーラーノーンなる組織が小都市をアンデッドで滅ぼした事例がある。それと似たような事を帝国が行なったのではないかと言う噂だ。
……実際帝国には外部から見た時、エ・ランテルを滅ぼすに足る理由がある。毎年の小競り合いにおいて前線基地であるエ・ランテルが陥落すれば、王国侵略は容易になると思われているのだ。実際のところは、エ・ランテルが使い物にならなくなるとジルクニフとしても困るのだが……そんな事情を一般市民が知る訳がない。好き勝手に侵略者である帝国の皇帝を扱き下ろすだけだ。
とにもかくにも墓地に原因らしき何かが見当たらないのであれば、エ・ランテル全域を調査するしかない。片っ端から回っていくうちに、恐ろしい事実が発覚した。
「なん、だ……この数の……アンデッド共は……」
イビルアイは正門のデス・ナイトを厄介だと結論づけたが、それは間違いだった。城壁外周部には駆け出しの冒険者でもどうにかなるような低位のアンデットしかいなかった。だが城壁内周部の商業区画などは全く違う。数えるのも馬鹿らしくなるようなデス・ナイトを始めとして、滅多な事では出現しない超級のアンデッドが山のようにいたのだ。
恐らくイビルアイと同じ吸血鬼系のアンデッドも数多い。吸血鬼は醜悪な見た目ほど凶悪だと恐れられている。イビルアイと違い、非常に邪悪な見た目をした吸血鬼はさぞ恐ろしい怪物なのだろう。
「………………すまないがそこをどいてくれるか」
「なぁ!!!」
一体一体なら勝てるだろうが、こんな数どうしようもないと分からされてしまうアンデッド達に気を散らしていたイビルアイは、後ろから声を掛けられた事で反射的に大声を出してしまう。
姦しい声を出したイビルアイに、デス・ナイトと同じく知恵あるアンデッド達は視線を向けるが……なんだ吸血鬼かとすぐに興味を無くしてしまう。
そんな視線に気づかずに、慌てて後ろを振り向く。話しかけて来たのは骸骨の魔法使い達だった。
「そんな場所にいたら邪魔だよ」
「あ、ああ。すまない」
イビルアイが立ち呆けていたのは、メインストリートの真ん中だ。そこに立たれると邪魔なのだろう。道の端を通りなさいと注意されたので、イビルアイは素直に指示に従う。
「なんだここは……アンデッドが暮らしている……のか?」
イビルアイが再度驚きの声を漏らしてしまう。死都と化したエ・ランテル。そこでは伝説に謳われるアンデッド達が、まるで人間のように暮らしているのだ。エルダーリッチと吸血鬼が井戸端会議に花を咲かせ、スケルトン・メイジが重そうな荷物を運んでいたら、デス・ナイトが手伝い代わりに持ち上げる。
……生者がいない事を除けば、アンデッド同士が協力して生活している。あまりにも馬鹿げた光景にイビルアイはクラクラしてしまう。
「ありえない……ありえないだろこんなの……」
200年以上生きたイビルアイだが、アンデッドがこんな風に協力するなど聞いた事も見た事もない。非現実撃な風景に脳が壊れたのかと錯覚してしまう。それだけあり得ない光景だった。
あまりにも普通ではない何かが進行している。それを感じ取ったイビルアイだが、彼女の驚愕はまだ終わらない。
「もし……そこの御方。もしや貴女様は、アダマンタイト級冒険者のイビルアイ様ではありませんか?」
「!!!」
またもや話しかけられた事にイビルアイは強く反応する。
───今度の呼びかけは私の名前を知っているだと!!
ありえない事態の中で、名前を知られている恐怖。それがどれほど恐ろしいのかは、顔を歪めているイビルアイが如実に物語っていた。
「ああ、そんなに警戒しないでください。私は貴女様に危害を加えたいわけではございません。ただ我が主から、イビルアイ様が来られているかも知れないので、連れてくるように仰せつかっただけです」
「我が主……だと?」
名前を知られている事に加えて、主などと気になる単語が出て来た。すぐさま冷静さを取り戻したイビルアイは、話しかけて来たアンデッドを観察する。
そのアンデッドはエルダーリッチだった。
「……ふぅ…………私がエ・ランテルに来たのを、すぐに察知する存在……それに主か。まるで誰かに仕えているかのような物言いだな」
「仕える……ですか。その通りでございます。私は現在のエ・ランテルを治めている、偉大なる至高の御方のしもべで御座いますので」
「待て! ……治める? 治めていると言ったのか!!?」
「……ああ、なるほど。まずはその辺りからの説明が必要で御座いましたか……」
礼儀正しく話すエルダーリッチに、イビルアイはまたもや頭がおかしくなりそうになる。アンデッドが暮らす都市となったエ・ランテルに、治めているらしい至高の御方なる誰か。
その誰かは自分の事を存じていて、しもべらしいエルダーリッチを派遣してきた。これでイビルアイの頭がどうにかなっていないのなら、世界の方がおかしくなっているに違いない。そんな風にイビルアイは錯乱してしまう。
「私から説明してもよろしいのですが……様子を見る限り、私からよりも至高の御方から直接お話して頂く方が、イビルアイ様には良いのかも知れませんね。どうでしょう、我が主の呼びかけに応じては頂けませんか? そうすれば今のイビルアイ様が感じておられる疑問にも、納得がいくのかもしれません」
エルダーリッチの誘いに乗るかどうかを検討し……イビルアイは乗る事にした。あまりにも怪しい誘いだが、逆に怪しすぎて罠の匂いがしない。それにこの都市に自分が来た事に気付ける御方なる存在が、今回のエ・ランテル事変の最重要人物である可能性が高い。ならばここで飛び込むのが正解だ。
───ドラゴンの卵が欲しければ、ドラゴンの巣に飛び込むしかないからな。
決心したイビルアイは「こちらの馬車にお乗りください」と用意された馬車に乗り込む。引く馬が全部ソウルイーターだったことは、精神衛生上よろしくないので見なかった事にした。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
馬車に乗せられて移動した先は、エ・ランテル都市長が使っていた邸宅だ。
馬車から降ろされたイビルアイは、先導するエルダーリッチについていく。
「こちらに我が主はおられます。どうぞお入りください」
エルダーリッチが扉を開けて、中に入るよう促してくる。いよいよ至高の御方とやらとご対面かと意気込み、部屋へと踏み込んで……あまりの圧にイビルアイの背中に震えが走る。
元々は都市長が使っていた執務室なのだろう。広々とした部屋の中に、立派な執務机がある。そんな執務机に負けない玉座にも似た椅子にそれは座っていた。
見た目はスケルトン系のアンデッドだ。金の刺繍に紫が縁に彩られている、法衣にも似た漆黒のローブで体を飾ったスケルトン。最初はエルダーリッチかと疑った。しかし違う。あまりにも圧が違い過ぎる。人間の子供程度なら、部屋を満たす圧を受けるだけで心臓が止まってしまうだろう。それほどの強者特有の圧を放っているのだ。
「……ナイトリッチ……」
イビルアイは自分が知る限りの中では、最高位のスケルトン系アンデッドの名を口にする。それが聞こえたのだろう。
「ナイトリッチか……残念ながら不正解だな」
クツクツとそれは嗤う。自分はナイトリッチなんて弱いアンデッドとは全く違うと。イビルアイの無知を嘲笑う。その嗤い声にイビルアイは少したじろぎ、それを見た怪物は手を振り「すまないすまない。馬鹿にするつもりはなかったのだよ」と謝罪する。あまりにも嘘くさい謝罪にイビルアイの警戒心は最大限になるが、その怪物は気づいていないのか一顧だにしない。
「私はナイトリッチではない。これ以上勘違いをされても不本意だな……ふむ……そうだな、まずは我が種族名を教えておこうか。私は……