リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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神の言葉

 スルシャーナの語る言葉に語る口調。嘘の見えない語りが終わった。

 

 エ・ランテルでアンデッド騒動を引き起こしたのはスレイン法国。目的は死を司る神の復活。復活させた理由は人類守護のため。

 

 ……全てを聞き終えたイビルアイは……ただ信じられない思いだった。神の実在に法国の狂気。ズーラーノーンがどうして生まれたのか。エ・ランテルがどうして滅んだのか。調査して得たかった答えに、普通に調査しただけでは得られなかった答え迄全て教えてくれた。

 

 だからこそ信じられない。スレイン法国は異形を狩り、人類を守らんとする国だ。イビルアイは国墜としとして、いまだにあの国から狩るべき異形として命を狙われている。彼女がアダマンタイト級冒険者として……あるいは人間と共にモンスター退治を生業としていると知っても、法国は彼女の正体を知れば討伐部隊を編成するだろう。それほどまでに人間種以外に対する増悪が強い。

 

 なのに……なのに都市を一つ……違うとイビルアイは考え直す。一つではない。20年前に実験で小都市を滅ぼしたのだから、滅んだ都市は二つだ。その過程で何人の命が失われたのか。数千や数万では利かない。最低でも20万人。城塞都市エ・ランテルは都市住民だけでなく、多くの旅人や商人もいた。ならば40万から50万は亡くなっている可能性の方が高い。

 

 亜人や異形に与するなら同族であろうと罰する法国だが、エ・ランテルの住民や滅んだ小都市の人間は決して敵ではない。むしろ多くの冒険者もいた事から、法国にとっても味方の筈なのに───

 

「───馬鹿な……ありえない。スレイン法国は人類守護を掲げていて……だから他の種族を打倒するために、人間至上主義を……それがどうして都市を滅ぼすことに繋がる! あべこべではないか!! 何十万人と亡くなったんだぞ!!」

「……そうだな。その通りだ。私も最初これを聞いた時には、なんと愚かな事を……そう感じたよ」

「えっ?」

 

 やれやれと言わんばかりの態度を取るスルシャーナに、イビルアイは疑問を感じる。彼自身も呆れているのかと……

 

「人間を守る。そんな単純な願いがスレイン法国の始まりだ。他の種族よりも弱く、洞窟の中で隠れて震えるしかなかった彼らを見た時が始まり……あの日からその願いは連綿と受け継がれてきたと思っていた。私たちが亡くなっても彼らなら大丈夫だと。そう信じた。……間違いだったよ。彼らは自らを縛り過ぎた。人を守る。守護する。その考えは行き過ぎた信仰を生み、人の在り方を歪め過ぎた」

 

 どこか寂しそうな物言いに、なぜそんな言葉を紡ぐのだろうか。イビルアイの視線がスルシャーナに注がれる。

 

「しかし歪んでいても、守ろうとした人間な事には変わりない。愚かな行為だと糾弾するには、私は役目を果たしていない。亡くなった私を彼らは神だと崇めて復活させようとしたのも、これからの人間種の未来を守るためとあれば……否定しようがない」

「人を……何十万と生贄にして、一柱の神を蘇らせて。その結果が未来だと?」

「未来だよ。私一人のために数十万が亡くなった。しかし私が数百万を救うなら……数千万を助けるなら、数字の上では正となる。私は政治には疎い。それでも1を捨てて9を得られるならば……正しいとなるのが政ではないかな」

 

 スレイン法国の行いを庇うようなスルシャーナの言葉に何かを告げようとして……イビルアイの口は開かない。

 

 そんなイビルアイを見て、スルシャーナは一つ問いかける。

 

「イビルアイ殿。貴女はアンデッドである以上、見た目通りの年齢ではないと見受けられる。差し支えなければで良いのだが、何年生きているのか伺っても構わないかね?」

「……構わない。私は250年以上生きている」

「250年、か。人間に比べると、随分長い間を生きている。ではそんな長生きなイビルアイ殿に問おうか。貴女から見て人間種は……強いかな?」

 

 意地の悪い問いだとイビルアイは感じた。答えは最初から分かり切っているのに、あえて問いかけて来ていると感じてしまう。それが分かっていても、この問いに対する彼女の答えは一つしかない。

 

()()。どうしようもなく脆弱だ」

「……それはどの程度弱い? 貴女に比べて少し下か? それとも遥かに下か?」

「遥かに下だ。……純粋な人間で私と比べられる相手は殆どいない」

「なるほど。私が見たところ、貴女は私の産み出した従属神程度には強い。強いが……その程度の実力者ならこの大陸に数多くいた。500年前に八欲王(彼ら)が多くの種族を殺し尽くしたのは私も知るところだ。しかし500年もあればどんな種族であれ力を取り戻せる」

 

 呆れたようなスルシャーナの声はどこに向けられたものなのか。法国に対する呆れなのか……異種族に対する感情なのか。あるいは自分に向けたのか。それとも八欲王に対してなのか。イビルアイには判別がつかない。

 

「……人間と他種族の間にはれっきとした力の差がある。イビルアイ殿から見ても弱いように、私から見ても現代の人間は多少は強くなったが、やはりまだまだ弱い。人間の中には英雄と呼ばれる実力者がいる。その者たちであれば、他種族の強者とも互角に戦えるだろう。だが人間にはどうしようもない弱点がある。私の仲間達と同じ弱点……寿命がな。異形や亜人は寿命が長く、数百年生きる事も珍しくない。なのに大半の人間種は猛者でも寿命が来れば、向こう側に逝ってしまう。だから法国には必要だったのだ。寿命に縛られる事なく、他種族の怪物が相手でも抑え込める絶対の力が……」

「それが……貴方。スルシャーナだと?」

「いかにも!」

 

 スルシャーナは自分の太い肋骨を力強く叩く。

 

「私亡き後もスレイン法国は力を蓄え続けた。戸籍表を整え人材を発掘し、新技術の開発と努力をした。それでも他種族からの侵攻を、年々抑えられなくなっているのが現状だ。竜王国へ侵攻を続けるビーストマンの殲滅は叶わず、アベリオン丘陵の亜人台頭も防げない。私たちが遺した遺産も数が減る一方で供給の目処は無い。それでも人類が手を合わせれば……そう法国は願っていた。しかし彼らは裏切られた。だからこそ人類だけで人類の守護は叶わないと絶望して……私の蘇生を決断したのだ」

「待ってくれ! その絶望とはなんだ! 裏切られたとは一体何のことを言っている!」

 

 ヒートアップするスルシャーナの言葉に、イビルアイが待ったをかける。彼女が困惑している姿を見て、スルシャーナもしまったと気づいたのか少し声を抑えた。

 

「……ああ、すまない。些か興奮しすぎてしまったようだ。……よし。ではその辺りの事情も教授しておこうか。ここまで話したのだ。貴女には全てを知る権利があるだろう」

 

「先ほども言葉にしたが人間種は弱い。全員で一致団結しなければ、他種族との生存競争に敗れかねない程には弱い

「それを思い知っている法国は、人間種以外を滅ぼすべし。そんな過激な思考に歪んでしまった。時には罪なき亜人種ですらその手にかけることも……それは知っている? ……そうか。蒼の薔薇は法国の特殊部隊と過去にそれで揉めた事があると……

「それはすまない。……何、気にすることはない。蒼の薔薇には蒼の薔薇の考えがある。法国には法国の考えがある。それだけの話だ

「話を戻そう。法国は時間が経つに連れて弱体化していく。それに対して他種族は時間が経つほど力を付けていく。それを危惧した法国は、自分達が他種族の台頭を喰い止めている間に、他国が力を付ける事を望んだ。他国が力を付ければ、仮に自分達が滅んだとしても人類の存続は望めるからな

「その中でも期待したのは王国だ

「王国は土地に恵まれ出現するモンスターも弱い。ここでなら優秀な人間が輩出されやすいと踏んだのだ

「しかし期待は期待に過ぎなかった。私が聞いた限りでは、王国の上層部はあまりよろしくない人間が集まっていると……それは本当なのか

「……神官長達からすれば、王国は潤沢な資源を使って遊ぶ売国奴……国ではなく、人間種に対する裏切者なので売種奴になった

「神官長達を決定的に後押ししたのは、王国から帝国に麻薬が流れ始めた事だ。帝国は法国の当初の予想を裏切り、強い皇帝を有する強国となりつつある。そんな期待のホープに対して、薬を押し売りする

「逆鱗に触れたんだよ、王国は。人間種全体に対する裏切りだと思われたわけだ

「だからエ・ランテルで禁忌の儀式を行った。私の蘇生儀式『死の螺旋』をな

「なぜエ・ランテルで行ったのか……だと? 狙いは二つある。一つは帝国内への麻薬売買はエ・ランテルを通じて行われていたからだ

「麻薬売買組織八本指にとって、エ・ランテルは帝国へと通じる大事な大動脈だ。八本指だけでなく、王国にとってもかな?

「ここを潰してしまえば麻薬を帝国に送れなくなる。これが一つ目の狙いだ

「……そうだ。アンデッドが溢れてしまっては、帝国にも大きな損害が出るだろう。だが私が復活さえすれば、どんなアンデッドであろうとも管理下における。つまり損害を被るのは王国だけとなる。だからこそこれだけ大胆な儀式を行えたわけだ

「二つ目の狙いは、エ・ランテルがカッツェ平野に近いことだよ

「……イビルアイ殿は知らないのか。カッツェ平野は私たち六大神が初めて降臨した土地であり、最後に私が倒れた場所でもある

「死を司る私が倒れたせいで、あの平野はアンデッド多発地帯になってしまったそうだ。これは人類にとって悪い事をしてしまった

「ともあれカッツェ平野に近く、巨大共同墓地があるエ・ランテルは『死の螺旋』を発動する場所として非常にうってつけなのだよ。その上ここが落ちれば王国と、王国に蔓延る裏組織に大打撃を与えられる

「……気づいたか。ガゼフ・ストロノーフの暗殺。あれも王国に対する法国の先手だ

「『死の螺旋』さえ発動してしまえば、もはや誰にも止められない。しかし儀式であるがゆえに、前段階で止められてしまうと不発に終わる

「では儀式を止められる存在とは誰か。言うまでもなく、王国最強の戦士だったガゼフだ

「私はそのガゼフとやらを直接は知らぬが……相当の使い手と聞いている

「エ・ランテルは王国の王直轄領地。そこに有事があれば、一番派遣される確率が高いのはそのガゼフとやらになる……だろう

「だから事前に潰したのだよ。邪魔になる存在は事前に潰す。君たち蒼の薔薇が知るように……法国は罪なき亜人を殺せるように、相手が罪なき人間であれ人類の明日のために亡き者にできる。それが現在の法国だ。少しばかり……嘆かわしいがな」

 

 否定したい。イビルアイは否定したかった。スレイン法国が過激なのは把握している。それでも……人類の明日のために。それがあるから、彼女は自分が命を狙われても仕方ないと納得していた。

 

 法国の在り方は間違っていないと。なのに……それは嘘だった。法国は王国を見限っていた。人間だけでは人間を守れないと絶望して……神の再降臨に踏み切った。

 

 スルシャーナの言葉を否定したい。拒絶したい。でもできない。なぜなら筋が通り過ぎているから。

 

「……ガゼフのやつを……殺したのは誰なんだ?」

「最高神官長が命を下し、陽光聖典が彼を抹殺した。いざという時の切り札として、最高位天使召喚のマジックアイテムまで持たせてな」

「そう……か……」

 

 イビルアイが知る限り、ガゼフは当代屈指の戦士だ。彼が暗殺されたと聞いて、不思議には思っていた。誰が彼を殺せるのかと。

 

 帝国の仕業だと噂されているが、イビルアイのようにガゼフの実力を正しく把握している実力者はそう簡単に倒されるとは信じていない。

 

 しかし最高位天使を召喚可能な聖典部隊が相手となれば……だ。陽光聖典の強さはイビルアイは誰よりもよく知っている。なにせかの部隊と正面切って衝突したのだから。

 

 ガゼフ暗殺の真実。エ・ランテル陥落の真相。麻薬や王国に対する法国のスタンス。ズーラーノーンの設立理由。アンデッドに変えられてしまった住人達。歪んでしまった人類守護の理念。ラナーとクライム。ぐるぐると言葉が頭を回る。

 

 イビルアイは誰よりも知識があると思っていた。けれどそれは誤りだった。スレイン法国はとっくの昔に人類だけでは人類を守れないと見限っていた。

 

 なによりも……王国住民の内数十万人であれば、人類存続の合言葉で滅ぼせるほどに冷徹で冷酷な判断を法国が下せることを……イビルアイは否定できなかったのだ。

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