リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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箸休め回



夫婦水入らず

 カチャカチャと少しだけ音をさせながら、皿の上をフォークとナイフが踊る。指揮者はサトルだ。転移当初は不慣れだった食器の使い方にも慣れ、ジルクニフが見ても100点中70点はくれる捌きで夕食を片付けていく。

 

 富裕層向けの値が張る白パンに、エイノック豚の燻製肉と焼いた卵の付け合わせ。パリッとした葉っぱサラダと貴族らしい豪勢な食事だ。

 

 けれどそれらを口にするサトルの表情はあまり良くない。

 

 そんなサトルを少しだけ心配そうに見つめるのは一人の森妖精(エルフ)。エルヤーが所持していた奴隷エルフ三人の内の一人だ。

 

 彼女はエルヤーがサトルにより抹殺された後、奴隷市場に戻される手はずだった。スレイン法国の手により拉致され、あの国で回復魔法を交えた拷問を受けた事で心が折れていた彼女はその運命を受け入れていた。

 

 奴隷として売られた自分は一生奴隷として過ごす。一緒にエルヤーに購入された二人も同じ。買った誰かが死んでも、次の主人に買い取られる。もしも都市外で飼い主が亡くなったりすれば、寄る辺のない自分達は野垂れ死ぬ。

 

 外で死ぬか、買われた動物として一生を過ごすか。それが奴隷として捕らえられたエルフの生涯だ。

 

 仮に主人に逆らい亡き者にして逃亡しても、耳を切り取られたエルフを迎え入れてくれる国など存在しない。そう考えこむように調教された彼女達に安息の地などない。あるのは慰み者として使われるか、炭鉱のカナリアか。

 

 法国で心を折られ、エルヤーに家畜として扱われていた三人のエルフは自分達の運命を静かに受け入れていたのだ。

 

 その運命を受け入れて、帝国騎士団の詰所に軟禁されていた。人権のない奴隷エルフの扱いは決して良いものではなかったが、エルヤーや法国のやり口に慣れていた三人にとって、大した苦痛でもなかった。まぁ、こんなものだろうで済ませられる程度の扱いだ。厠も人間らしく使わせてくれるのだから文句もない。エルヤーは犬のように道端でさせていた。……普通に人目がある場所で。そのせいでエルヤーは帝国住民、とくに女性から蛇蝎の如く嫌われていたが……もう故人なのでどうでもいい話だろう。

 

 そこに現在の主人であるサトルが現れたのだ。彼は皇帝ジルクニフからの書状を詰所の隊長に見せた。その日からだ。彼女達三人の人生が大きく変わったのは。

 

 その時の彼女達にすぐさま理解出来たのは、次の主人がサトルに変わった事ぐらい。

 

 サトルはエルヤーを殺害した人物で、自分達は殺害されたエルヤーの元所有物。主人を殺した人物に所有されることになったわけだが、別段なんの抵抗も三人にはなかった。お前達は人間種ではなく亜人種だと罵り家畜だと怒鳴りつけ、性処理道具として使ったエルヤーに対して三人は何の思い入れもない。死んでくれてすっきりしたぐらいだ。

 

 とは言え次の主人であるサトルへの恐怖が無い訳ではない。三人から見てエルヤーは強靭かつ強力な剣士だった。彼は口先だけの人間ではなく、人類基準では高い実力を備えていた。三人娘から見て強者だったのだ。

 

 そんなエルヤーは新しい主人に数秒で殺された。何の魔法を使ったのかなど理解不能だ。一つだけ確かなのは、新たな主人であるサトルは恐ろしいまでの実力を有する魔法詠唱者だと刻み込まれただけ。

 

 そんな彼に連れられて大きな屋敷へと引き取られて……そこには女神がいた。そしてサトルは女神に惚れられた男神だった。

  

 エルヤーに飼われていた頃の仕事は冒険者稼業の手伝いに、エルヤーのサンドバックに……性処理道具。それが三人の全てだった。しかしサトル邸では全く違う。

 

 手始めに湯浴みをさせられた。体の汚れは淑女として相応しくないと、温泉とやらに三人は叩き込まれた。

 

 次に服を着替えさせられた。みすぼらしい服からクラシカルなメイド服に変更だ。渡した服は<上位道具創造>による量産品で何の効果も付与されていない。しかし<上位道具創造>の品質は作成者のステータスに左右される。世界級エネミーなアイリスが創造した衣服は、魔法効果が付与されていないだけで、頑丈さや品質は現地基準で伝説の衣服と呼べる代物となる。

 

 法国に捕らわれる前。故郷の村にいた頃でも着たことがないような、超がつく高品質な衣服を与えられて三人は恐怖に震えた。一体自分達はどこに来てしまったのだと。

 

 次に食事を取らされた。女神曰く───

 

「オーナーを手料理の実験台にするわけにはいきません。この食材とアイリスが知るレシピの相性が悪く、不味い料理となればアイリスの沽券に関わるのです。なので三人には味見をして貰うのですよ」

 

 との事。女神は料理するのは初めてだが、料理は化学。正しい知識と手順さえあれば、味は整うのですと手鍋を振るい、包丁を動かした。

 

 ……その時の感動を三人は忘れられないだろう。見様見真似で作ったらしい野菜炒めは完璧に仕上げられていた。エルフ娘トリオは泣きながら食べる羽目になった。エルヤーの元にいた時には、残飯処理としてゴミを食べさせられることも少なくなかった彼女らにとって、その味は衝撃過ぎた。

 

 そして最後に……耳を治された。法国に奴隷の証として斬り落とされた、エルフの象徴とでも呼べる長い耳が。下位の治療魔法では、一度そういう風に治された怪我は戻らない。不可逆の破壊だった筈なのに、女神はだからどうしたと言わんばかりの態度で、鼻歌混じりに治してしまった。

 

 ……超がつく高度な魔法を駆使する人間の女性。でも人間にそんな魔法が使えるとは思えない。ならばこの人は女神なのだと簡単に受け入れた。そんな女神の夫であり、エルヤーを瞬殺するサトルもまた神なのだと簡単に呑み込めたのだ。

 

 そうして三人のメイドとしての生活は始まった。メイドと言っても、あまり仕事はない。屋敷全体に<保存>が掛けられていることで、建物が汚れる事はなく掃除の手間は必然的に少なくなる。食事は女神が作ってしまうから、手伝えるのは盛り付けぐらい。

 

 それ以外の仕事に関しても、この屋敷には人間ではない働き手がごまんといるせいで仕事が少ない。天使にアンデッドに悪魔とおかしなラインナップが揃っているのだ。アンデッドと悪魔だけなら邪神かと疑うが、天使も混ざるせいでごちゃ混ぜである。エルフにとって、天使は法国が好んで使う召喚モンスターなのであまり良い印象はない。

 

 だが帝国では神が遣わせ使役する種族と呼ばれており、自然には発生しないモンスターなためか神聖な存在として扱われている。天使をただのモンスター扱いするのは王国の貴族ぐらいだ。

 

 そんな神聖な存在と、邪悪な存在を同時に運用するのだから、エルフ娘三人はこの神様達は何の神様なのだと思ってしまった。

 

 それから数日して、今度は人間のメイドが数名新しく雇われた。ジルクニフが推薦したメイド達だ。彼女達は三人娘が先にメイドとして雇われていたことに驚いた。なにせエルフは帝国において、人権のない種族だ。そんなエルフをメイドとして使用しているのだから、驚くのも無理はない。

 

 しかし驚いた理由はそれだけではなかった。ジルクニフが集めたメイド達は、流石に皇帝が推薦しただけあり優秀だ。貴賓館でサトルとアイリスの世話をしていた指詰めメイドもいた。そんな彼女達でも、新たに仕える主人の想像を超える美形に仰天したのだ。

 

 指詰めメイドはすでに見慣れていたので問題ない。奴隷エルフ三人娘にとっては、神様なんだからそんなものだろうと受け入れている。しかしそれ以外は違う。

 

 空恐ろしいほどの美青年とは伺っていた。優秀なメイドとは言え、仕える相手はでっぷりと肥えたおじさんや頭皮の薄くなった中年よりも、やはり若くて格好のよい男性の方が嬉しいものだ。なにせ場合によっては、お手付き女中になることすらある。そうなった時、やはり美形な方が彼女らとしても望むところだ。

 

 けれども、サトルのそれはものが違い過ぎた。軍人のようながっしりとした体格に、整った顔つき。燃えるような灼眼を覗き込むと、火に飛び込む虫のように引き寄せられてしまう。

 

 貴族街に邸宅を構える柔らかな態度の美青年。その上でナヨっとした雰囲気は一切なく、服から覗ける筋骨はしっかりとしている。もしも……もしもだ。愛妾になれたらと考えてしまう。それだけの魅力的な物件が新たな主人だった。

 

 正妻はすでに決まっていると教えられている。だから側室にならと。そんな淡い算段を立てたメイドもいたが……一瞬でその思考は叩き壊された。

 

 主人であるサトルから正妻のアイリスを紹介されて、そんな考えはどこかに消えた。

 

 今回ジルクニフから推薦されたメイドは、全員が一定以上の美貌を持つ女性ばかりだ。それだけに自分の容姿に自信を持っていた。持っていたからこそ、桁違いの美に魅せられてしまった。決して届かない頂点が存在していたのだから……

 

 何よりもサトルのアイリスに向ける目が、自分達に向けられるものとは違い過ぎた。サトル自身は意識していないだろう。誰よりも自然体に身を任せている。だからこそ……残酷な現実を彼女らに教えてしまう。

 

 女性であるがゆえにメイド達は気づいてしまったのだ。超えられない格差がそこにあると悟ってしまった。あの壁を乗り越えて愛妾の地位を誰が得られるのだろうか。

 

 その考えは妄想ではなく現実であった。集められたメイド達に新たな主人は一切手を出さない。寝屋を共にするのは正妻だけ。それ以外の女性に手を出しはしない。

 

 ……どうしてそんな思考に思い至ったのかは分からない。けれど一人のメイドは一度だけ陰口を叩いた。

 

「アイリス様は自分をアイリスって名前で呼ぶけど、子供っぽくて馬鹿みたい。あのとってつけたようななのですもアホっぽい」

 

 非常に希釈しているが、このような内容を口にしたのだ。

 

 ジルクニフが集めたメイドといえども人間であり、自分より優れた相手に対して僻み恨み嫉妬する。

 

 愚痴られたメイドは別に悪感情も無いので「ああ。うん」ぐらいの生返事だった。アイリスが高慢で嫌な女なら陰口に乗ったかもしれないが、変わった喋り方以外は物腰が柔らかく理想的な奥様である。むしろ自分達のために腕を振るい料理もするので、申し訳ないと思っているくらいだ。

 

 だからこそ陰口を叩いたメイドとしては腹立たしいのだ。天上の美貌に豊満な肉体。家事全般を完璧にこなせて礼儀作法もパーフェクト。その上見た事もないモンスターを簡単に召喚し、使役する高位階の魔法詠唱者。旦那も同じく超がつく美形で最上位の魔法詠唱者。逆にお前は何を持ち得ないのだと陰口メイドは言いたい。

 

 実のところ魔法詠唱者がどうと聞かされても詳しくはメイドには理解不能だが、それでもアイリスが天才と呼ばれる部類に入ることぐらいは分からされてしまう。だから反発するように悪口を呟いた。

 

 彼女はジルクニフに呼び出されて屋敷には戻らなかった。その後どうなったのかは誰も知らない。……ただ一つだけメイド達が理解したことがある。どこから漏れたのかは誰も知らない。どうやってそれが伝わったのかも理解できない。一つだけ確かなのは、サトルがアイリスに向ける目はあまりにも特別なこと。はっきりと線引きされており、誰にも超えられないラインが引かれていること。

 

 これを踏み越えることは誰にも許されない。それを理解したメイド達は全員消えたメイドの事を忘れた。きっと触れてはいけない何かがある。それに彼女は触れてしまったのだ。

 

 ……それを理解しているからこそ、今のサトルにどうしてあまり元気がないのかをエルフメイドは察してしまう。長い間アイリスが屋敷に戻っていないのだ。やるべき用事があると長期出張しているらしい。らしいと言うのも、何をしているのかはメイドは知らない。

 

 そんなエルフメイドの考えは露知らず、サトルは一人夕食を摂る。彼が悩むのは、やはりアイリスについていけば良かった、だ。サトルにはサトルの仕事がある。現在ある実験のために、サトルは帝国騎士団に助力している。そのために帝都に腰を据えており、アイリスのエ・ランテル監視にはついていかなかった。

 

 そろそろ動くはずですと、アイリスがサトル邸を出てから随分経つ。これだけの間、アイリスが自分の所有物となってから離れたことはない。今まですぐ傍にいた誰かがポツリと消えてしまう。

 

 これはサトルにとって、どうしようも無いほどの苦痛を伴う選択肢だ。性格の根っこの部分に、失うことに対する強い忌避感が宿るサトルにとって、これは寂しさを伴う苦痛だ。

 

(一人で食べると味気がないんだよな……)

 

 アンデッドになって以来空腹になったことはない。そもそも食事そのものが必要ない。味が楽しくて口にするが、どうしてか一人で食べるとどんな美食でも味が酷く落ちるのだ。

 

(……俺ってこんなに孤独が寂しかったのかな……)

 

 夕食を取り終えたサトルは私室へと戻る。今日の仕事も終わり、後は寝て明日を迎えるだけ。寝るまでの自由時間は読書なり勉強なりをしても良いが、あまり熱も入らない。

 

 ノロノロとした動作でアイリスが用意したサトル専用の教材を開いてみるが、すぐに閉じてしまう。

 

(アイリスに教師をして貰わないと、あんまりやる気が出ない……)

 

 ……結局何をするでもなく、一人でベッドに寝転がって時間を潰す。こうやっていれば眠くなるかと試してみても、アイリスを抱き枕にしてる時なら一瞬で眠れるのに……今は眠気の一つすら出てこない。

 

(もう五日は寝てないのか……)

 

 ……目を閉じて今日も時間を潰す。いつもと変わらない日常。いつもと同じ風景。けれど今日は違った。

 

 甘い匂いがした。桃とココナッツミルクのような甘い匂い。それを嗅いだサトルはすぐに目を開いた。

 

「おおッ! オーナーがいつになく過敏なのですよ」

 

 エ・ランテルの監視に出かけ、第一フェイズが終わるまでは戻らないと宣言したアイリスが枕元に座っていた。

 

「ただいまなのです! オーナーはお元気にしてたですか?」

 

 出かける前と変わらないとぼけた声と、いつもの柔和なフェイスは間違いなくアイリスだった。それをじっと見つめた後、なんとなくサトルは寝転がったまま腕を広げて構えてみる。どうしてサトルがそんな行動をしたのかを読んだアイリスは、彼の胸に飛び込んでみた。

 

「久しぶりのオーナーのハグなのですよ! これがあるからアイリスは生きていけるのです!!」

 

 きゃっきゃと喜ぶアイリスの頬をサトルは弄ってみる。ムニムニとされるがままにアイリスはそれを受け入れた。耳を指で揉まれたり、唇を指でなぞられたり。

 

(ああ……アイリスは可愛いなぁ……)

 

 まるで大型犬のように喜ぶアイリスに、サトルの顔が綻ぶ。彼にそうされるのは嬉しいのか、アイリスは自分から顔を掌に擦りつけたりしている。

 

 そうしていると何かを思いついたのか、アイリスがサトルの指を咥えて舌で舐めまわす。指にねっとりと絡みつく熱い舌のこそばゆい感触と、あえてそうしているのか上目遣いに見つめてくるアイリスにゾクリと背が震える。このまま進むと戻れなくなる。そうなる前に首尾よく事が運んだのかだけ、サトルは聞いておく。

 

「……第一フェイズは……終了かい?」

「手筈通り……蒼の薔薇のイビルアイがエ・ランテル入りしました。細かい内容は……はむぅ……報告書に全て記載してあります。スルシャーナは優しいので、……ん……ちゅぷ……大部分を教えました」

 

 ならば問題ない。こちらの描いた未来図へと、転がり始めたとサトルは満足気に頷く。

 

「……しかしアイリスは悪い子だな。法国への一手を打ったり、首尾よく進んだのかを報告する前に、俺とのスキンシップを望んだり……さ」

「ごめんらふぁいなのです……でも……がま、ん……できなかったのです」

「そうか。悪い子なのは認めるのか。そんな悪い子には……どんな仕置きがいるんだろうな」

 

 サトルはアイリスの口から指を抜いて、ベッドの上に彼女を組み伏せる。アイリスの腕力と技量なら簡単に抵抗できるだろうに、弱弱しく震えるだけだ。

 

 サトルの獣欲をひどく刺激する行為に、興奮が高まる。久方ぶりの交わりに雄の本能が早くしろと囁く。彼が顔を近づけると、何かを期待するようにアイリスは眼を閉じる。

 

 ……エ・ランテルでのスルシャーナ復活。とんでもない事実をぶつけられて意気消沈したイビルアイ。せっせと神のいる死都への侵攻計画を立てている神官長達。

 

 全ての黒幕ともいえる夫婦は、それらを忘れて肉欲に溺れ狂う。

 

 二人しか真の詳細を知らないとんでも事件が進行する中、一つだけ確かなことがある。二人の夜は長くて煩い。私室近くを通り過ぎたメイドが思わず耳を塞ぐくらいには……激しく喧しかった。





サトル:防音魔法を忘れていた……

アイリス:防音魔法を忘れてたのです

メイド’ズ:うそ! こんなに長時間!!?

バルキリー:戦か?

ベッドくん:夫婦のフルシンクロを超えたパーフェクトシンクロに耐えられなかった

次回以降書きたいのが多すぎる……今回書いた帝国でサトルがやってる実験に法国サイドの動きにイビルアイの動向に聖王国のブチギレパパにエンリ&ンフィーの復讐鬼コンビにハムスケにフォーサイトに闘技場にツアーに八本指にバルブロにレエブンとイベントが渋滞起こしてる……
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