リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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神々への勧誘

 室内に入って来た男女を、フールーダは信じられない思いで見つめる。なるほど確かに恐ろしい程の美形ではあると。だがそんなものは、この場で彼だけに見えている情報に比べたら塵のような価値しかない。

 

 ()()が見えた瞬間、フールーダは己の眼を通して脳が焼き切れると錯覚した。実際にはそんな事にはなっていないが、そう感じるほどの力の奔流。男女の体から信じられない量の魔力が放出されているのだ。

 

 ───これは……な、ん、という。なんということだ……七、八……違う! まさか……まさか……

 

 フールーダは魔力系なら何位階の魔法詠唱者なのか判別できる。成人したてと思わしき女性は魔力系ではないのか読み取れないが、ジルクニフと同年代に見える青年は違う。フールーダが読み取ったのは第十位階魔法詠唱者。それは二百年を超える歳月を生きた彼ですら、あると信じたくはあったが、終ぞ見る事は叶わないとまで諦めていた神話の領域。

 

 それらを前にフールーダは涙を流すほど感動すると同時に、全身が壊れるのではないかと思うほどに震えていた。男女から噴出する力がフールーダの見間違いで無ければ、人間基準で優れているとか天才とかそんな領域は逸脱している……超越している。暗殺者の可能性を考慮して出来る限りの戦力を謁見室に揃えたが、もしこの二人が悪意ある存在なら今日帝国は終わる。誰も助からない……違うと老人は悟った。帝国ではなく、人類が滅び、多数の種族が滅され、数多の国が亡び、大陸が終わって世界が終焉を迎える。

 

 そんなフールーダの思考は露知らず、ジルクニフは純粋に外見の端麗さに目を見張っていた。部下からは綺麗すぎると聞いた時には、何を言っているんだこの馬鹿はと思ったものだが……なるほどと今は納得する。

 

 ジルクニフ自身は容姿に関係なく、優秀であれば取り立てて仕えさせるべしと言う実力主義ではあるが……さりとて外見の美しさの重要性を否定する気はない。彼は皇帝らしく愛妾───いわゆる側室を作りハーレムを形成している。別に女狂いと言う訳ではなく、多数の女を孕ませればそれだけ優秀な子供が産まれやすくなり、後継者を選ぶ際にその中から最も優秀だと思う人間を選別し易くするための作業だ。ジルクニフが選んだ側室は一人を除き、大半は容姿の良さか家柄で選ばれている。

 

 家柄はまだしも容姿で選んでいるのは、次期皇帝となる者にも最低でもジルクニフと同等の外見を持たせるためだ。彼自身も容姿端麗な部類に入る男であり、その甘いマスクを利用して交渉を運ぶ事すら多々ある。上に立つ者にとって、外見の良さとはそれだけ重要な要素となる。

 

 翻って見れば、入室してきた男女は極上を超えている。ジルクニフを見た部下は忖度無しで、彼のことを美青年と表現する。そんな彼よりも、男女の片割れ───サトルは別格の美青年だった。この辺りでは珍しい黒髪に、燃え盛る炎を思わせる赤眼───あえて言葉にするなら灼眼。煌々と光っていると思わせる灼眼に、多数の女が色欲に狂わされて自ら抱かれる事を望んでしまうだろう。幸いにもこの場に女性は四騎士のレイナースしかおらず、彼女はとある事情から男になど構っていられないので惹かれる事もないが。

 

 しかしもう片方の澄んだ宝石の赤目女には、レイナースとフールーダを除く全員が一瞬だけたじろいだのか金属鎧が擦れる音がする。美女と言う言葉が思わず恥ずかしがるほどの容姿を持つ女性。一挙一足に思わず注視してしまう。

 

 あまりにも整い過ぎた顔立ちとは暴力なのだと、ジルクニフはこの日初めて知った。800万人を超える帝国国民。そんな中から、国中の美姫を選びたい放題の皇帝ですら初めてお目にかかる、見た者の心を鷲掴みにしてしまう美貌。ジルクニフですら思わず仰天してしまったのだから、部下達の驚きはそれ以上であろう。

 

 ───何という……こんな美しさが実在するのを許されるのか! これは……

 

 もしも、この女性が不審な侵入者ではなく、街中で偶々見かけた程度の間柄であったならば……ジルクニフは自分の後宮に入れる事すら検討した。最高待遇で迎えてもいい。この容姿一つを巡って、大貴族の間で醜い争いすら起こりえるだろう。そう感じてしまうほどの暴力染みた美の化身───それが最大調整を施したアイリスの外見である。

 

 ───それにあのローブと神官服。指に嵌めている指輪に体を飾る装飾品の数々……分かる。あれは俺がつけている物などよりも遥かに!……

 

 サトルとアイリスが身に着けるのは、全てが世界級アイテム『第五元素(エーテル)』で制作された装備。一つ一つが世界そのものに匹敵すると言うマジックアイテムなのだ。仮にこれらを再現し制作しようとすれば、文字通り星一つを素材にするぐらいの真似をしなければ実現は叶わない。

 

 ───なるほど。部下が何処かの王侯貴族かもしれないと考えるわけだ。これは俺が実際に会って正解だった! ……ならば転移事故とやらで帝城に来たのも事実か? こんな男女二人組が、忍び込むメリットは自分で言うのもなんだが、ここにはない。これは対応を間違えると……まずいな

 

 帝国のNo.1が冷静に物事を見極めようとし、No.2が慄いている事など露知らず。サトルは謁見室の玉座に続く赤いカーペットを必死の想いで歩いていた。

 

(うわ! うわ! ……す、すごい! あの玉座に座ってるのが、皇帝のジルクニフなのか! これだけの部下に囲まれて、あの泰然とした態度! 俺なんか今にも倒れてしまいそうなのに……)

 

 謁見室に入った瞬間に浴びせられた視線の数々。どう考えても強そうにしか見えない騎士達の注目を浴びたサトルは、今にもこの場から逃げ出したかった。彼が感じているのはもしこのまま、囲まれて斬りかかられたらどうしようと言う恐怖。人に注目されたことなんてない人生が故の、臆病さ。もし一人でここに来たのなら、どうすればいいのか途方に暮れたかもしれない。しかし───傍にはアイリスがいる。

 

 謁見室に来るまでの間に、彼女と話し合いをしたサトルだが……皇帝への挨拶などはサトルが担当することになった。第一の理由はこの部屋に来るまでの間に、城内ですれ違った人物にメイドを除き女性が殆どいなかった事。この事から男尊女卑に近い考えがあると悟ったアイリスは、あの兵士への対応と違い、皇帝への挨拶は男性であるサトルが応対した方が良いのかも知れないと考えたのだ。

 

 地球の文化とこの世界の文化にどれほどの類似性があるのか、アイリスはまだ計りかねている。迂闊に女性であるアイリスが皇帝に話しかけたりしたら、それだけで女が口を挟むのは無礼だと手打ちにされる恐れすらある。

 

 そして第二の理由はサトルの尊厳の問題であった。衛兵への対応は状況を理解していたアイリスに殆どを任せてしまったが、旧態依然の考えかもしれないが女性は男性が守らないといけないと思っているサトルにとって少し恥ずかしかった。確かにアイリスはサトルの知恵や希望となり、生涯を共にしてくれると約束したが……それは地球時代の話。彼女の処理能力はAIだった頃に比べると大幅に劣化している。それでも常人に比べれば数字を管理する能力などは遥かに高いらしいが……物理的な強さ。つまり腕力などはサトルとアイリスには微々たる差がない。

 

 元々ゲームデータの強さとしては死霊特化型レベル100魔力系魔法詠唱者のサトルと、支援特化型レベル100信仰系魔法詠唱者のアイリスは同格。そこに16体分ずつ世界級エネミーのデータを仕込んだ事で、やはり互角。

 

 そんな二人が全く見知らぬ世界に放り出されてしまったのだ。そんな状況だと言うのに、アイリスが衛兵に対して即座に状況を説明する事で上手く転んだ部分もあるが、皇帝との謁見まで漕ぎつけた。ならば今度はサトル自身が頑張らなければいけないのだ。

 

(しっかりしろ俺! アイリスに甘えてばっかりじゃ駄目だ! 彼女が俺を守ってくれるなら、俺もこの子を守らなきゃ駄目なんだ! そうじゃなきゃ……託してくれたウルベルトさんに申し訳が立たなくなってしまう)

 

 そんなサトルの意思をアイリスは尊重した。任せるのですと。

 

 この辺りの礼儀作法は知らないので、どうすれば良いのかはここに案内してくれた文官に予めサトルは問うている。

 

 皇帝であるジルクニフの前に到達したサトルとアイリスは、事前にこうしてくださいと聞いていた通りに右膝をつく。こうすることで私は抜剣せず、貴方に服従しますと言うポーズになるのだとか。

 

 そして二人は顔を一旦伏せる。次に顔をあげていいのは皇帝から直接赦しを得るか、ジルクニフの意を酌んだ秘書官が許可を出した時だと言う。

 

 二人が膝をつく動作に不慣れなのをジルクニフは見て取った。しかしそれに対して、無能な貴族のように一々何かしらの感情を抱いたりはしない。

 

 ───ふむ? 転移事故とやらでこの辺りに来たと言う事は、私達の礼儀作法には不慣れと言う事か。あるいは立場上膝をつくような事はなかったか……いかんな。前者にしろ、後者にしろ、謁見室ではなく応接室を選ぶべきだったか。とは言え、今更場所を移す事の方が問題になるか。とにかくすぐに顔を上げて貰い、楽な姿勢を取らせるべきだな

 

「両名。顔を───」

「顔を上げて下され魔法の神々よ!! そのような対応は人間が行なう下賤な行為!! 御身らには何一つ相応しくはありません!!!」

 

 ジルクニフが声をかける前に、慌てふためいたフールーダが二人のもとへ近づく。その行動に全員が呆気に取られる。

 

 サトルとアイリスも顔を上げてポカンとしている。完全に聞いていた流れと違うからだ。

 

「どうか! どうか陛下の! ジルの蒙昧さをお許し下され!! 決して……決して御身らを侮り、このような場を設けたわけではありませぬ! どうか! どうかお慈悲を!!!」

 

 まだ膝をついている主従の前でフールーダは平伏する。何度も何度も額を地面に擦り付け、絶対なる魔法神二人の機嫌を損ねないようにと注意する。

 

 魔法を司るとしか思えない神に出会えた喜びが胸にある。だがそれ以上に、全てを滅ぼせると確信できる絶対者に対する恐怖もある。それらが老人の胸の中でごちゃごちゃに混ざり、今の行動を取らせていた。

 

「お、おい爺! 何をしている!」

 

 公式の場ではフールーダと呼ぶのだが、あまりにも唐突に行われた奇行に思わずジルクニフは爺と呼んでしまう。その声に対し、フールーダはジルこそ何を言っているのだと憤ってしまう。

 

「それはこちらの台詞だジルよ! この御方達が何者なのか分からぬのか! 彼らこそ魔法の神! 私共などよりも、よほど上位の御方なのだぞ! それほどの上位者達に膝をつかせるなど……」

 

 奇行に走ったと思ったら、今度はジルクニフに怒り始めたフールーダ。魔法狂いで、少しでも魔法に関する質問をしたら蘊蓄を語り、近衛や四騎士がうんざりしても止まらない悪癖を持つ老人だが……それでも今度ばかりはあまりにも異常な行動であった。

 

 それがゆえにジルクニフはこう考えてしまう。この二人が何かを仕掛けたのではないかと。憶測に過ぎないが、フールーダが異常行動に出た時点で謁見の場など壊れてしまっている。だからこうするより他ないと、ジルクニフは命令を出す。

 

「何を言っているのか、普段以上に良く分からんな……仕方ない。全員で爺を取り押さえよ。それと二人も拘束する。爺の奇行に関わっている可能性が高いからな」

 

 皇帝の命令に従い、騎士達が迅速に動こうとする。彼らにも戸惑いはあるが、命令とあれば即座に動けるように相当の訓練を積んでいる。全員が一歩を踏み出そうとしたところで───

 

「やめんか戯け共! <魔法の矢(マジックアロー)>!」

 

 サトルとアイリスが何かをする前に、フールーダが魔法を発動。近衛兵が数人吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。唖然とする全員を余所に、老人は守護者の如く二人を騎士達から守るように立ち上がるのであった。

 

 

 

    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 フールーダによりぶち壊された謁見。老人は帝国で最強の戦力。彼が魔法を使ってまで抵抗したら、誰も取り押さえられはしない。ストレスに胃が荒れるのを自覚しながらも、ジルクニフは懇切丁寧にフールーダを問いただした。

 

 そこから語られるのは、フールーダがタレントと呼ばれる特殊能力で見た真実だった。二人とも老人など遥かに上回る絶大な魔力の持ち主であり、男性の方は第十位階に到達した魔法詠唱者だと言う事だ。

 

 それを聞いたジルクニフは一瞬だけ呆けた後、どうしてフールーダが奇行に走ったのかを即座に理解した。皇帝だけでなく、この場にいる全員も同じ結論に到達する。

 

 第十位階魔法にフールーダを超える大魔力。それすなわち黒髪の青年が、人類史上最強の大魔法詠唱者だと言う意味だ。それを理解した事で全員が背筋を震わせる。もしフールーダが魔法を使ってでも、止めていなければ。この場にいる全員が返り討ちにされ、皆殺しにされていたと言う事実。

 

 そこからジルクニフの判断は早かった。謁見室ではなく、応接室を即座にセッティングさせる。サトルとアイリスはメイドではなく、わざわざ皇帝直々にその部屋へと案内された。通常一国の主がこのような対応をする事など絶対にない。しかしフールーダが自ら平伏するような魔法詠唱者相手となれば、そんな常識などジルクニフは簡単に捨て去れる。

 

「謁見の場ではフールーダが悪い事をした。改めて名乗らせて頂こう。私はバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」

「謁見の場を設けて頂きながら、私どものせいであのような事になって申し訳ありません。私はサトル・リンウッドと申します。こちらは妻のアイリス・リンウッドです」

 

 サトルはアイリスと打ち合わせた際に、この国にその文化があるかは分からないが、男女の二人組の関係を分かりやすくするために夫婦と言う事にした。リンウッドはサトルの本名である鈴木悟の鈴木を捩った名前。名前を揃える事で、夫婦間をより詳細に演出させている。

 

 サトルの話し方は拙い敬語であり、皇帝に対する言葉遣いとしては些か減点ポイントだ。だがそれを指摘する気はジルクニフにはない。文化圏が違う相手に言葉遣いを求めても空しいだけであり、そもそも第十位階にまで到達した大魔法詠唱者に下出に出ろなどと要求するほど愚かになった覚えはないからだ。

 

 これが蒙昧無知なリ・エスティーゼ王国の腐敗貴族や、ジルクニフが皇帝になってから処分した無能な貴族であれば、魔法詠唱者の価値も理解せずに上から目線で尊大な言葉を吐いたであろうが。

 

「何を言われる。私に事情も説明せず、奇行にしか見えない行動を取って場を壊したのはフールーダだ。リンウッド殿が申し訳なさを覚える事など、何一つとして存在はしないさ」

 

 自国の重鎮を貶す言葉をジルクニフは口にする。自分達が悪いのだと認める言動を当然のように行うが、もちろんこれにも理由がある。皇帝ともなれば、何かしら煙に巻かなければいけないところだが……彼としてはこの二人に悪印象を持たれたくないのだ。下手に藪を突いて、竜の尻尾など誰が踏みたいと思うものか。

 

「それで……リンウッド殿は時空転移なる魔法により、この帝城に飛ばされたと聞く。詳しい事をお聞かせ願えないだろうか?」

 

 優しい青年を演じたジルクニフの言葉に、サトルはポツリポツリと言葉を紡ぐ。

 

 自分達はユグドラシルのヘルヘイムと言う場所で二人で暮らしていた事。妻であるアイリスを膝に乗せて、他愛のない話をしていたら、どこかから魔法攻撃を受けた事。その結果気が付いたら、この皇城の中庭にいた事。

 

 その言葉や態度に嘘はないとジルクニフは感じ取る。多くの嘘つきを見て来たからこその直観だった。

 

 ───二人で暮らしていた? と言う事は王侯貴族などではないのか?

 

 サトルとアイリスがそう言った身分の高い地位にある人物の可能性は低いと、この時点でジルクニフは洞察する。しかしだからと言って侮ったりはしない。王侯貴族で無かろうとも、第十位階に到達しているとはそれだけ重要な単語である。

 

「なるほど。その魔法が誰の手によるものなのかは、判明されているので?」

「いえ……残念ながら不明です。どのような魔法が使われたのかさえ……」

「そうでしたか。では元の場所に帰る方法などは?」

「そちらも残念ながら。私どもは転移魔法を使えるのですが、元の場所に繋げようとしても……」

 

 訳もなく転移魔法を使えると口にするサトルに、ジルクニフは傍に控えている秘書官のロウネに目配せする。帝国では魔法の研究は盛んではあるが、転移魔法が使えるほどの魔法詠唱者はフールーダたった一人。

 

「───先ほどフールーダは、リンウッド殿の事を第十位階の魔法詠唱者だと。それは本当ですか?」

 

 この質問に対し、サトルはどう答えていいのか検討が付かない。先ほどの老人の雰囲気に加えて皇帝が尋ねる以上、第十位階の魔法が使える事に何かしらの価値があるのだとは察するが……それがどれだけの価値なのか判断しかねる。

 

『アイリスどう思う? この質問に素直に答えてもいいんだろうか?』

『ポジティブ。態度から察するに、ジルクニフは私達に相当気を使っています。その原因は間違いなく、あの老人。フールーダがオーナーの事を第十位階魔法詠唱者だと口にしたからです。恐らくですが……あの老人はこの国で相当地位の高い魔法詠唱者。私達が最初にあった衛兵は転移と聞いても、疑問に感じてはいませんでした。そして皇帝はオーナーの転移魔法が使えると言う単語に、わざわざ秘書官に目配せした。この事から高い確率で、転移魔法の存在は知っていても、本当なのかどうかを確かめざるを得ないレベルには使い手が貴重な可能性があります。そうなると……六か七。あの老人の使える位階魔法は六か七までだと推測できます。そうなるとオーナーはこの国では存在しなかった、超高位の術者だと思われている。それが私達の安全性の担保になっているかと』

 

 無詠唱での<伝言>はテレパシーのように使える。特別貴賓室にいる間に、この特性を把握していたサトルとアイリスは脳内で言葉のやり取りを済ませる。

 

 自分が貴重な魔法使いであることが、安全を保障してくれる。アイリスの言葉を信じ、サトルは答える事にした。

 

「この国の位階魔法と私が使える位階魔法に差異があるかもしれませんが……フールーダ様が仰られた事は事実です。私は第十位階の魔法詠唱者になります」

「!! まことか……」

 

 こちらの問いに答えたサトルに対して、ジルクニフはひきつりそうになる顔をなんとか抑える。フールーダが看過の魔眼で見た時点で疑ってはいなかったが、改めてそうだと当人に確証を貰うのはまた違った趣がある。いると煩そうなので席を外させているが、ここに老人がいれば狂喜乱舞の末に踊ったりしていたであろう。

 

「ではそちらの可愛らしい奥さんもそうなのでしょうか? フールーダはお二人を指して、魔法の神々と口にしていましたが……」

「───ポジティブ。私もオーナーと同じ、第十位階の魔法使いです」

 

 ポジティブにオーナーと不思議な喋り方をするが、前者が恐らくはいと言う意味で、後者がサトルを指しているのだろうとジルクニフは察する。二人も第十位階の魔法詠唱者がいる事に驚く皇帝だが、しかしそれだと不思議なことがあるとアイリスに質問をする。

 

「そうでしたか。では一つ質問宜しいでしょうか?」

「ポジティブ。どうされましたか?」

「フールーダは特別な目を持っており、見るだけで相手の魔力を見たり使える位階魔法を判別できる。しかし何位階までかは魔力系だけしか分からないらしく……お嬢さんはどの系統の魔法が使えるのですか?」

「信仰系です」

「! それは素晴らしい!!」

 

 本気でジルクニフは心の底から感嘆の声を漏らす。信仰系の第十位階。それは為政者であれば、誰でも傍に仕えさせたいと願うほどの存在だ。特にジルクニフは心の底からそれを渇望してやまない。

 

 ……バハルス帝国は専制君主制。権力の殆どがジルクニフ一人に集約されている。もしここでジルクニフが倒れ亡くなったりすれば、帝国は空中分解する。皇帝の命がイコールで国の命なのだ。そんな事もあり彼の傍には回復魔法や解毒魔法が使える、信仰系の魔法詠唱者が多く配備されている。しかしその殆どは良くて第二位階まで。もしジルクニフが瀕死の重傷を負ったり、即死したら……誰も助けられない。

 

 ジルクニフが内心何に喜んでいるのか、アイリスは察していた。察した上で、その質問が来ることも予測しているが……殊更隠す気はない。必要なのはサトルの安全が確保できるかどうか。自分の有用性を示せば、この皇帝であれば必ずこちらの望むように動いてくれると読んでいた。

 

「では……お嬢さん。いや、アイリス殿と呼んでもいいかな?」

「ポジティブ。お嬢さんはむず痒いですし、リンウッド殿だとオーナーと被るので構いません」

「アイリス殿は……復活魔法を使えますか?」

「───ポジティブ。私は第九位階魔法『真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)』を持っています」

 

 持っていると言う表現は奇妙ではあるが……そんな事はどうでも良かった。蘇生魔法。それはジルクニフが欲してやまなかった位階魔法だ。どんな有能を雇ったとしても、死んでしまっては大損失。だが復活させられるなら、話は変わる。ジルクニフが知る蘇生魔法とはフールーダに何度も聞かされた<死者復活>。しかしこの魔法は蘇生対象の生命力を著しく損耗させるらしく、対象の生命力が足りないと復活時に肉体が灰になってしまう。

 

 けれど高位階の蘇生魔法ならこの損耗が抑えられる、らしい。それが皇帝の知る情報。低位階の蘇生魔法の使い手ですら、人類には数名しかいないのだ。舌なめずりしたい気分を抑え込み、二人に対してジルクニフは問う事にした。

 

「───お二方がどのような事情でここに来たのかも、どのような人物なのかもある程度分かりました。城内への不法侵入の件は、私の権限で不問とさせて頂きます」

「ありがとうございます! 助かりました!」

「いえいえ……ああ、そうだ。リンウッド殿はこの後、どうされるおつもりですかな?」

「……そうですね。元の場所に帰る手立てもありませんし、どうしたものか途方に暮れているところです」

「そうでしたか。では一つ提案があるのですが……行く当ても無いのであれば、私の下で働いてみませんか?」

 

 ジルクニフの言葉にサトルは目を丸くする。皇帝の下で仕えてみる……案外悪くないんじゃないかと。見知らぬ土地でアイリスと二人彷徨うよりも、この国の権力者の下で安全に暮らす方がいいと思ったのだ。

 

 元々企業の下っ端として汗を流していた事もあり、別段権力者の下で働くことに抵抗はない。この世界の事なんて何も知らない状態で放り出されたとしても困るだけだ。それならいっその事、ジルクニフのスカウトに乗ってみてもいいかも知れないとサトルは考える。

 

 ……仮に一人だけならばその日あったばかりの皇帝にスカウトされたとしても、サトルはそんな簡単に提案に乗っかるような真似はしない。ここで時間を一度貰い、検討した上で答えを出しただろう。

 

 だが彼一人ではなく、アイリスがいて……彼女が反対せず、黙してサトルに任せている以上恐らく悪い話ではない筈。とは言え、一応サトルはジルクニフに聞いておく事にする。

 

「ありがたい話なのですが……働くと言っても、具体的に何をするのでしょうか? 私と妻は転移により移動したため、バハルス帝国について詳しくありません。そんな私達が何かお役に立てるとは……」

 

 そんな言葉にとんでもない謙遜をするものだと、ジルクニフは笑いそうになる。サトルがどんな魔法を使えるのかは知らないが、アイリスが高位階の蘇生魔法を本当に使えるなら、価値があるなどと言う話では納まらない。

 

 ───あるいは復活魔法を覚えながらも、それを使う機会がなかったから価値を見出していないのか? まぁいい。どちらにしろ、本当に十に到達しているなら野に放つわけにはいかない。王国の馬鹿どもはいざ知らず、法国や聖王国であればこの二人の価値が本当であり、それを知ったら放っておくわけがない。間違いなく争奪戦になる。そうなる前に、私が保護する。恩を売り……協力者になって貰う。蘇生魔法が本当なのか確かめて、事実であれば爵位を与えてもいい。何が何でも帝国に居て貰わなければ

 

「ご謙遜を。しかし異国で仕事と言われても、リンウッド殿も困りますよね。今日はもう遅い。この帝城で一夜を過ごしてから、明日お二方がどのような魔法を使えるのかを見せて貰えないでしょうか? そこからどのような仕事をして貰うのかを決めましょう」

 

 爽やかな青年スマイルを浮かべるジルクニフに、一国の皇帝なのに随分ラフで気安くいい人なんだなとサトルは感動する。アイリスは為政者らしい嘘つきスマイルなのですと思っていたが、サトルに危害を加えるつもりがないのであれば放置する。この時点でジルクニフが国のために動ける為政者であると見抜いていたアイリスは、出来得るならば彼の下でサトルの社会的立場を確保したかったのだ。

 

 サトルが手を差し出す。それを見てジルクニフは少し驚く。

 

「私達の国では、右手による握手は最大限の敬意を払う仕草なんです」

 

 アイリスがサトルの行動を補足した事で、自分の勧誘を呑んでくれたのだと理解したジルクニフは同じく右手を差し出して握り返す。

 

 この瞬間に……バハルス帝国は史上最強の戦力を保有することが決定したのであった。





ジルクニフ:大勝利。真なる竜王がこんにちはしてきても返り討ちに出来る
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