朝から第一騎士団訓練兵へのパワーレベリングを施したサトルは、昼頃には帰宅する。それ以上の時間を、訓練兵に割いたとしてもあまり意味がないからだ。なぜなら人間種である彼らは、どれだけレベルが上がろうが疲労は必ず溜まってしまう。サトルとのレイドボスバトルはかなりの負担を強いるため、金級以上であり英雄の領域に到達した兵士であっても、恐ろしいまでに体力を消費してしまう。
普通の訓練であれば、早朝から夜更けまで訓練しても彼らはへこたれない。なのに2時間から3時間で全員が、極度の疲労により動けなくなるのだから相当に過酷なのだ。
なので昼頃には帰宅して、サトルは本を読んだりアイリスお手製教材で勉強したりと自分の時間を潰す。それが最近の日課であったが、アイリスがエ・ランテル監視任務から戻った事により、とある検証が行なえるようになったのである場所へと彼女と共に飛んだ。
「ここに来るのも久しぶりだな」
「なのですよ」
二人がやって来たのは南方の都市エリュエンティウ。その上空に浮かぶ八欲王の浮遊要塞だ。都市そのものが結界に覆われており、情報監視に対する防御が一番強固なここで検証を行うつもりだ。
「ここが良さそうだな」
浮遊要塞は見た目以上に、内部空間が拡張されているので非常に広い。二人が来たのは浮遊要塞の中にある、巨大な演習場だ。
そこに辿り着くと同時に、サトルは自分のインベントリからとあるアイテムを取り出す。
それは小手だった。左手は漆黒の輝きを有した禍々しい小手。悪魔の腕と言われたら、そうとしか見えなくなるような形状をしている。
反対に右手は純白に染められた清廉で清らかな小手。天使の腕を模して造られた形状からは神聖さすら伺える。
世界級アイテム『強欲と無欲』。最後のPVNの際に、ナザリックから持ち出された二つの世界級アイテムの一つだ。
『ユグドラシル』の常識において、サトルが持つモモンガ玉のような専用装備以外の世界級を持ち歩くことはまずありえない。なにせオンリーワンのアイテムであり、もし奪われたりでもすれば大損害を被るからだ。
それゆえにアインズ・ウール・ゴウンでも、手に入れた世界級アイテムは基本的に宝物庫に放り込んでいた。手に入れても使われる事はなく埃を被っていたのだ。そんなアイテムたちを最後くらいは使ってあげても良いかもしれないと、宝物庫から持ち出していたのだ。
その一つである『強欲と無欲』をサトルは装備する。
「こっちの準備は完了したよ」
「ポジティブ! それでは行くのですよ!! カモンエンジェル! なのですよ!!!」
アイリスは権能を行使して大量の
「ではアイリスは危ないかもしれないので、退避しておくのですよ」
ギルドの指輪を使ってアイリスはどこかに飛ぶ。残されたのは数多の御供モンスターと『強欲と無欲』を装備したサトルだけ。
「始めるか。<魔法範囲拡大化・
アイリスが退避したのを確認したサトルは、広範囲に影響を及ぼす即死魔法を発動。女性の絶叫にも似た響きが演習場に木霊し、効果範囲内にいたモンスターを全て即死させる。
「起きろ、強欲。そしてその身に喰らうがいい」
強欲を嵌めた左腕をサトルが掲げると、即死したモンスター達の体が溶けて、蒼く輝く小さな光の球に変換される。無数の霊魂にも見える球は強欲めがけて飛んでいく。悪魔の腕に到達した球は次から次へと吸い込まれては消えていく。
「よし! 思った通りだ! 上手くいったぞ!」
遠い場所からサトルの声に応えるように、「ポジティブ! ポジティブ! 」と聞こえて来たのでアイリスもその現象を確認したのだろう。
……二人が行なった検証。それは権能によるモンスターから経験値が発生しているのであれば、『強欲と無欲』を使えば大量の経験値をストックできるのではないか、だ。
『強欲と無欲』は着用者が本来であれば手に入れることが出来た経験値を、横取りし貯蔵するという能力を持つ。その経験値を必要に応じて放出することで、着用者の経験値の肩代わりをしてくれるのだ。
通常プレイヤーがストック出来る余剰経験値は1レベル分のみ。それが全て溜まった場合、どれだけモンスターを狩っても経験値は全て無駄になってしまう。しかし『強欲と無欲』があれば、殺した分だけ無限に経験値をためて置ける。
『ユグドラシル』には経験値を消費する魔法やスキルが存在する。アイテムの中にも経験値を要求する物も珍しくない。例えばサトルが持っている専用世界級アイテムも、最大稼働させる場合には5レベル分の経験値を捧げなければならない。
転移した世界でその手の経験値を消費する能力などは、おいそれとは使えなかった。なにせ経験値がもう一度手に入るのか分からないからだ。しかし経験値取得の法則がこの世界にも存在し、なおかつ『強欲と無欲』に貯蔵できるのであれば何の問題もない。それを確かめられたからこそ、サトルの声は弾んでいて、未だに「ポジティブなのですよ!」とサトルから離れた場所から聞こえる声には喜色がある。
なにも二人は帝国騎士を強化するために、レベリングさせたわけではない。経験値が存在するのかを確かめる目的もあり、訓練兵を使って実験したのだ。
『強欲と無欲』が機能することを確認したサトルは、次から次へとモンスターを狩り殺していく。彼の顔には満面の笑顔が浮かんでいる。なにせ経験値取得に使ったモンスターは、従来であれば100レベルプレイヤーでも全力を出さないとまずいモンスターばかり。それだけに取得できる経験値の量は非常に多い。それを何万も狩ればどれだけの経験値が世界級の小手に貯蔵できるのか。
そして経験値が過剰にあれば、とある魔法をノーリスクで利用できるようになる。だからこそ、サトルの顔には笑顔がある。あの魔法がほぼ無制限に使用可能になれば、この先非常に動きやすくなると。
1時間ほどかけて全てを抹殺し終えたサトルの元に、アイリスが転移ではなくわざわざ歩きで戻ってくる。
「オーナー! やりましたのですね!」
「そうだ! やったぞアイリス!!」
とてとてと近づいて、ジャンプしたアイリスをサトルは抱きとめる。そのまま数分の間、二人はグルグルと回転する。ついでに口づけもする。大分浮かれていた。
「それじゃ……次はあれがどんな仕様になっているのかの検証……だな」
「ポジティブ!」
大量の経験値を貯蔵出来たからこそ、今までは使えなかったとある魔法をサトルは発動させる。
彼を中心としたドーム型の巨大な魔法陣が展開する。魔法陣は青白く輝き、文字にも記号にも見える不可思議な紋様が生き物のように蠢き波打っている。
これこそ位階魔法を超える究極の魔法。法国では第11位階とも呼ばれている、超位魔法発動の予兆だ。
超位魔法は通常の位階魔法より非常に強力な効果を持つ魔法であり、位階魔法と違って一日の使用回数も決まっている。また発動までに時間が必要で、その間発動者は課金アイテムを使って時間を短縮させるか、棒立ちで待たなければならない。
待つこと数十秒。超位魔法がようやく発動する。
「超位魔法<
使われるのは一つの魔法。ランダムに選ばれる選択肢の中から、一つだけ選ぶことで様々な効果を発揮する。そんな超位魔法だが、バルキリーの記憶を読んだことでこの魔法が極端に変化している事をサトルとアイリスは知っている。
ランダムな選択肢から選ぶのではなく、文字通り自分が望んだ願いを叶える魔法へと効果が変質していたのだ。この魔法の願いを叶える力は、消費した経験値の量に応じて変化する。一番強い効果には5レベル分もの経験値を消費してしまう。だからこそ今までは使わなかった。しかし経験値がストック出来た今、この魔法を使うことによるリスクは存在しない。サトルが支払うはずの経験値は、全て『強欲と無欲』が肩代わりしてくれる。
魔法を発動したサトルの意識が拡大し、この世ではないどこかと接続される。最初に来たのは巨大な何かに触れた恐怖感。次に訪れたのは全てに満たされるような全能感。
今ならなんでもできる。そう確信したサトルは、願いへと触れそれを顕現させて実現させる。
「星よ……
サトルが触れたのは星だ。それは宙に浮かぶ星ではなく、概念としての星。そこにサトルの意識は触れて……実際の手が強く何かを握りしめる。
何かを引き抜くようにサトルが、空中から手を横に振る。彼の手には剣が握られていた。
それは刃が潰されており、およそ剣として使うには向いていない形状をしている。しかしサトルが演習場の床に突き刺すと、簡単に地面に刺さってしまう。もしも手を離したりすれば、この星の裏側にまで突き抜けてしまうかもしれない。そう感じるだけの恐ろしい切れ味を持つ剣が、どこからともなく現れたのだ。
「ポジティブ! その形状! 間違いなくギルド武器なのです!」
「よっしゃあ! <星に願いを>を使ったギルド武器ゲット作戦成功だ!!」
切れ味が良すぎるので下手に地面に置く訳にもいかない。とりあえず自分のインベントリにギルド武器を収納してから、アイリスと手を取り合ってサトルは小踊りする。
「オーナー! 経験値の方はどうですか!?」
「大丈夫だ、問題ない! 俺の経験値じゃなくて、目論見通り強欲と無欲から消費された!」
「ポジティブ! これで今後は色んなことがしやすくなるのです!」
「その通りだアイリス! 多分だけど、<星に願いを>を使えばある程度までのユグドラシルのアイテムが量産できるぞ!! 七色鉱なんかも手に入れられるはずだ!!」
やんややんやと二人でワルツを踊る。魔法仕様の変更による万能化。その中でも超位魔法<星に願いを>が無条件で使えるようになったのだ。それが大層嬉しいのか、仲良し主従はステップを刻む。
「今後も経験値が必要になれば、権能産モンスターを狩ってたくさんストックするのですよ!!」
「そうだな! ……まぁ、唯一の欠点があるとすれば、超位魔法は一日に4回までしか使えないのと───」
「───3時間のクールタイムが必要になっちゃう点なのです……でもでも! この世界でユグドラシルのアイテムが手に入る算段が出来たかもしれないのは、とってもポジティブなのですよ!! ……アイリスも超位魔法を使えたら良かったのにですよ……」
アイリスが少ししょんぼりする。NPCは超位魔法を使用できない。NPCが超位魔法を使うには、特定の職業を取得するか……さもなくば世界級アイテムを使う必要がある。
むぅう……と唸るアイリスの頭をポンポン叩き、気にしないでいいさとサトルは慰める。一日に4回までであるが、万能の力を振るえるようになったのだ。それだけでも収穫としては非常に大きい。
三時間後。サトルはもう一度<星に願いを>を使用して、今度はンフィーレアと同じタレントの持ち主がいないかを願う。そうしたら遠く離れた亜人に同じタレントの持ち主がいた。更に三時間後。今度はそのタレントを遠隔で奪えないかを試す。……成功してしまった。まさか成功するとは思っていなかったので、サトルは少し驚愕。アイリスも「ポジ!!」と驚きの声を上げた。……何にしろ手に入ったのなら、有効活用するだけだ。サトルはンフィーレアの分を約束して貰っているので、亜人から奪ったタレントはアイリスに移植した。
全てのマジックアイテムを使えるタレント。これさえあれば、ひょっとすればギルド武器を扱えるかもしれない。そう考察していた二人だが……答えはあっていた。ギルド武器はギルド長にしか扱えないが、このタレントさえあれば十全にギルド武器の性能を発揮できることが判明した。
サトルも元ギルド長だけあり、ギルド武器の特権は良く存じている。ギルド長には様々な特権がある。ギルド管理システムであるマスターソースの操作や、クリエイトツールがないと変更不可能なNPC設定の編集などだ。それらの機能を十全に扱うには、ギルド武器が必要になる。……逆に言えば、ギルド長専用武器であるギルド武器がないと、ギルド長特権は行使できない。
しかしギルド武器がギルド長以外にも扱えたならばどうなるのか。ギルド武器を通じて、ギルドホームのシステムに干渉できてしまった。
マスターソースは最奥でないと開けないと、バルキリーの記憶から知っていた二人は最奥の間に移動して浮遊要塞のマスターソースをギルド武器を使って開いてみる。
「ふふふふふふふふのふ……なのですよ」
主従は見つめ合ってにんまりと笑う。最高レベルの設備を備えた、巨大ギルドが無傷で手に入ったのだ。これを笑わずして、何をしろと言うのだろうか。
とにもかくにも、超位魔法がノーリスクに使えるようになったので、サトルは一日分の超位魔法回数を全て<星に願いを>に回して色々と戦力を増強していく。傭兵モンスター召喚アイテムを願い、ユグドラシル金貨を願い。次々と戦力を浮遊要塞に詰め込んでいく。
その間にアイリスはマスターソースを編集して、ギルドホームの改造を進める。世界で一番の最重要拠点が恐ろしい勢いで強化されていく。
鬼に金棒、世界級エネミーに<星に願いを>。ただでさえこの世界の戦力と、夫婦の戦力には開きがあったのに……誰も知らないところで凶悪な集団が誕生していくのだが。それをまだ誰も知らない。知る由もなかった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
評議国のとある城。そこでは一匹の竜が眼を瞑り、深い眠りについていた。
竜の名はツァインドルクス=ヴァイシオン。
彼は知覚に何かを感じて眼を覚ます。何か違和感を感じたのだ。その違和感が何なのかは分からない。何かがあったのだろうかと辺りを見回し───絶句した。
「はっ?…………」
彼の視線の先には何もない。何もないのだ。本来であればそこに無ければならない、恐ろしく重要な物がないのだ。
「はっ?……………………………………………………」
200年前にとある人物から預かり、守るためにここから動けなくなった重要物品。……そこにあった筈のギルド武器が忽然と姿を消していたのだ。
「はっ?…………………………………………………………………………」
その日。評議国の城に、竜王の絶叫が轟き響いた。
星に願いを:経験値が無限に手に入るなら使うよね、な万能魔法
ツアー:朝起きたら財布が見つからないぐらいの衝撃