リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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世界級と法国と陽光と死都

 誰も知らない場所で始まった頂点対頂点の大決戦。世界級エネミーの権能を持つ夫婦が、全力を出さないとまずい強敵との闘い。

 

 突如として始まった没レイドボス───『ドゥーベ』との闘いは熾烈を極めた。

 

「異界神門『美しき深み』!」

 

 アイリスの鈴が鳴るような詠い声に反応して大地が海へと変わる。踏ん張れる足元を失った怪獣王が水中へと落下。一瞬驚いたような反応をドゥーベはしたが、すぐに尻尾と手足を動かして泳ごうとする。が、まるで動かない。海がまるで生き物のように手足と尾に絡みつき、動きを阻害してしまう。

 

 並の相手であれば、そのまま全身を押しつぶして殺しきれる権能。だが相手は未調整のステータスを抱えた世界級(ワールド)エネミーだ。背びれが青白に光り、ドゥーベの手足に力が漲る。同時に体から発する熱が海を蒸発させ始めた。

 

「オーナー! これ拘束し続けるのむりなのです!!」

「分かってるさ!」

 

 アイリスが動きを止めたところに、上空に飛びあがったサトルが追撃を仕掛ける。

 

第三の目(トリローチャナ)!!」

 

 辺りが暗闇に包まれて、同時にサトルの後方に巨大な炎の眼が浮かび上がる。眼は閉じているが、周囲が軋むほどの圧力を持っており、直接それを視認したドゥーベが金切声にも似た叫びを放つ。あまりにも神々しい輝きを放つ目であり、直視したアイリスもまた眼が少し焼かれている。

 

 閉じていても、なお輝いていると分かるほどの第三の目。それがゆっくりと開かれて───世界からあらゆる闇が姿を消す。アイリスが創り出した海もユグドラシルⅡの木々も大地も……何もかもが消失して影や闇を産み出す可能性全てを取り除いてしまう。

 

 唯一形を残したのはドゥーベとアイリスだけだ。アイリスだけは第三の目の照射範囲から逃れており無傷だ。だが黒の巨体を持つ大怪獣は違う。

 

 アァァァァーーーーーオーォオン!!!

 

 強固な耐久性を持つ世界級(ワールド)エネミーだからこそ、トリローチャナの完全消去相手でも耐えて見せたのだろう。けれど無傷なわけではない。分厚く頑丈な鎧の如き皮膚から、物理的な耐久性の殆どが消滅した。

 

 それを確認したサトルは第三の目を消す。世界を照らしていた輝きが消えた事で、世界が混沌の暗闇に呑まれてしまう。上も下もない無が押し寄せようとして───

 

巨人の大地(ユミル)!」

 

 アイリスがすぐさま世界の可能性と、ユグドラシルⅡに干渉して大地を再生成させる。

 

 怪獣王とサトルとアイリスの眼下数千メートル下に、消えた筈の地面が出現。必然的に三者がいた場所は空となり宇宙となる。

 

 唯一飛行能力を持たない怪獣王だけ重力に引かれて落ちていく。そんな巨体に対して、二人はダブルキックを叩き込んで落下を加速させる。

 

 マッハ百にまで加速された数万トンの巨体が地面に墜落。これほどの質量がこの速度で地面に衝突すれば、数百キロのクレーターなりが出来てしまうが、アイリスが事前に張っておいた巨大な障壁のおかげで地面には何の影響もない。しかしドゥーベとしては堪ったものではない。

 

 人間で言えば、自分の質量と同じ金属の塊を時速数百キロでぶつけられたようなものだ。しかも今は、サトルの第三の目により物理耐久力が著しく損なわれている状態。衝突の破壊力により、全身の骨が砕けて皮膚が裂けて血が噴き出る。

 

 しかし……これで倒れるなら世界級(ワールド)エネミーなどと呼ばれはしない。眼に見える速度で体中の怪我が修復され、すぐさま元通りになってしまう。

 

「体力は減っているが、怪我自体は速攻で治る。俺たちが言える事じゃないが、糞チートめ!」

「ネガティブふぁっきんなのですよ!!!」

 

 糞運営マジ糞運営と罵りながらも、二人は着実に怪獣王に対してダメージを与えていく。

 そんなこんなで戦い始めて数時間。

 

「なんだあいつ! 体が真っ赤に光始めたぞ!!」

「あれは……覚醒形態(バーニングモード)に移行したのです!! ここからが本番なのです!!!」

「くそが!! レイドボスお決まりの第二形態持ちかよ!!」

 

 途中から大怪獣の全身が赤く光り、二人の高防御すら貫通しかねない絶対的な攻撃性能に変化。

 

「ぐぅぅうううううううううう!! ああああああああああああああ!!!」

「アイリス!?」

 

 反応が遅れたサトルを庇い、ドゥーベが叩きつけた赤い尾を受け止めたアイリスの手が焼けこげる。火炎属性に対する完全耐性を貫通し、彼女の手のひらが真っ赤に焼け爛れる。破壊不可属性を持つ第五元素(エーテル)製の装備品は無事だが、あくまでも耐性とステータスによる防御性しか持たないアイリス当人の肉体は壊れてしまう。一部始終を目撃していたサトルが声に成らない掠れた声を出す。

 

「このカスがぁああああああ!!!」

 

 サトルの手に黒い輝きが燈る。光すら逃れられない暗黒孔。圧縮された重力球を握りしめ、大質量を伴う拳が尾に叩きつけられる。反発する斥力がドゥーベの尾に触れることなく弾き返す。

 

「『潰れろ!!』」

 

 王国(マルクト)の権能『支配の言霊』で、ドゥーベの肉体そのものにアイリスは干渉。漆黒の巨体が圧縮され軋みを上げる。レベル無制限で効果を発揮する言葉の力は、仮に竜王が相手でも問答無用ですり潰すのに、大怪獣の肉体は肉の形を保っていた。

 

 そこからも戦いは続く。ドゥーベが全身から熱を放射すればサトルが嵐を呼び、アイリスが大寒波を発生させて相殺。熱線が放射されれば、二人もドラゴンブレスで対抗する。

 

 山を貫く光線と活火山の如き放熱に、巨体からの打撃や噛みつきを主武装とするドゥーベ。32体の権能を駆使して着実に体力を削り切っていく主従。

 

 永遠に続くかと思われた戦いだが、それも終わりはやってくる。

 

 アイリスが全身に重度の火傷を追ったり、サトルが丸呑みにされて溶鉱炉に入れられた鉄のように溶かされかけたりと何度も酷い目にあったが……

 

 オーォオン……………………

 

 ようやく回復力も尽きたのか、地響きを立てて倒れた大怪獣が動かなくなる。二人が体力を確認すると残存0。ようやく殺しきれたと二人はホッとし、体から力が抜け倒れて動かなくなってしまう。

 

「……なにが……没エネミーだ……糞運営め……」

「ユグドラシル運営なんて……嫌いなのです……」

 

 二人がこの世界に来て随分と経つが、これほど疲れたことなど初めてではなかろうかと疲労困憊だ。

 

「なんで……こっちも世界級エネミーなのに、こんなに手こずるんだ……」

「ユグドラシル運営の、癖なのです。実装前のデータは、とりあえず全数値をMAXにして、そこから削って調整するのです……」

「じゃああれか。あの黒い怪獣は未調整のままだと?」

「ポジティブ……」

 

 アイリスの言葉にドッと疲れが押し寄せてきたサトルは、糞運営マジ許さんと激怒している。もしもここに運営のメンバーが一人でもいれば、すぐさま即死魔法を叩き込んでいただろう。

 

「そもそもだ。どうしてあんなのが急に湧いてきた?」

「……一つ仮説がありますが……お聞きになられますか?」

 

 ああと頷いたサトルを見て、アイリスはコホンと咳を一つ打ってから言葉を紡ぐ。

 

「ユグドラシル運営はヴァルキュリアの失墜に続く、大規模アップデートを予定していました。アップデート名を世界樹の崩壊。公式メインストーリーの続きが実装される予定でした」

「……あの微妙ストーリーの続きを? 九曜の世界喰いから九つの世界を守ろうなんて、ベタなストーリーの続きを実装?」

「ポジティブ。ユーザーから微妙ストーリーと揶揄されたあれの続きなのです。……九曜の世界喰いは倒された。しかし九曜は一つの呪いを残す。その力は九つの世界へと広がり、新たなる脅威が迫ろうとしていた……こんな感じのストーリーです」

「その新たなる脅威が───」

 

 サトルの眼がドゥーベに向けられる。

 

「あれか」

「あれです。世界級エネミー『セプテントリオン』シリーズ。九つの世界に迫る九つの陰の一つ。新しく用意された九体の一体です」

「……は? あんなのが、あと八体もいるの?」

「……ポジティブ。存在Xがぶっこ抜いたデータは、九体全部です。……なぜそんな怪物が実体化したか、ですが。恐らくはアイリスとオーナーがユグドラシルⅡを作成したせいです」

「あれに俺たちが関係してんの!?」

「……彼らセプテントリオンはまだ実装されておらず、可能性でしかなかった。だから引き抜かれた際に、この混沌世界へと呑まれたのだと思います。そのままであれば、何も問題はありませんでしたが……アイリス達がここを弄ったせいで、明確な実体を得てしまったのだと推測されます」

「───嘘だろ……ならユグドラシルⅡのどこかに、あんなのが八体も!?」

 

 コクコクと頷くアイリスに、思わずサトルは顔を覆ってしまう。あまりにも面倒くさい案件を、知らない内に掘り起こしてしまった新入社員のような趣きであった。

 

「あわわ! お、落ち込まないでくださいなのです!! 確かに! 確かにちょーっとだけ手間が増えましたが、その代わりに良い物が手に入るのですよ!! ほらほら!!」

 

 アイリスがドゥーベを指さす。その姿を眺めていると、巨体が崩れて姿が消えていく。数十メートルの大怪獣が消えた後には、手のひらサイズの白い笛が地面に落ちていた。

 

「あれは……まさか世界級アイテムか!」

「ポジティブ! セプテントリオンを倒すと、新実装の世界級アイテムが手に入るのです! 九つの世界級アイテムは、ユグドラシルの九つのエリアが世界ではなくアイテムとなったイフの姿です! その力は二十すら上回る真なる世界級! オーナーのコレクター魂にも火が入る筈なのですよ!!」

 

 確かにとサトルは頷く。アイリスが怪我を負うような姿はこれ以上見たくないが、ユグドラシルⅡにセプテントリオンが出現している可能性がある以上、放置するわけにもいかない。それに二十すら上回る世界級が手に入るのであれば、討伐する旨味は非常に大きい。

 

(なら当分の間は、セプテントリオン狩りも並行してやらなきゃいけないか)

 

 やる事が増えてしまったが、メリットも多いのであれば挑戦しないわけにはいかない。未調整なだけあり、ドゥーベは恐ろしく手強い相手だった。しかし初見でも問題なく討伐可能な事は今回証明された。ならばあとは挑むだけだ。

 

 そう決めたサトルは、暫しアイリスと休憩をとる。彼がユグドラシルⅡの草原で彼女と戯れていると───

 

「ん? ああ、ようやく動いたか」

「ポジ……法国ですか?」

「そうだよ。やっとこさ、エ・ランテルに向かう算段がついたようだ」

 

 アイリスの問いかけに応えたサトルが指を鳴らすと、二人の目の前に映像が出現する。

 

「休憩がてら、彼らがどう動くのか。少しばかり観察でもしようじゃないか」

 

 クククと魔王のように笑うサトルに、オーナーが楽しそうで何よりだとアイリスはほっこりする。セプテントリオンとの闘いなんてとんでもないイレギュラーもあったが、彼が楽しそうなのであれば、アイリスに文句などない。何者よりも優先されるべき相手が笑顔なのであれば、彼女はそれで満たされるのだ。

 

 サトルの膝に座りながら、アイリスは彼が用意した映像を一緒に閲覧するのであった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 スレイン法国六色聖典。法国が長い時間を掛けて築き上げた六つの特殊部隊の総称である。

 

 人類に仇名す亜人や異形の殲滅を主とする陽光聖典。予備役を含めても100人にも満たないが、全員が冒険者換算でミスリル級以上の精鋭達であり、隊長であるニグン・グリッド・ルーインは英雄級寸前の実力者である。主な任務の関係上、六色聖典の中でも一番戦いに従事する部隊だ。

 

 情報収集や諜報活動を担当する風花聖典と水明聖典。各地の神殿に神官として潜り込んだり、商人として都市内に入り込む。あるいは冒険者に扮したりと、あの手この手を駆使してスパイ活動を行う。特色上戦闘能力はあまり高くないが、反面使い手の少ない情報系魔法の使い手が多く所属する。

 

 法国の守護を担う火滅聖典。現在の冒険者制度のモデルとなった部隊であり、陽光聖典のように戦いに従事する部隊だ。と言っても、陽光聖典が真正面から力業で制圧する攻撃部隊なら、こちらは暗殺や遊撃戦、都市での防衛線に特化した守護部隊だ。元が冒険者のモデルなだけあり、六色聖典の中でもかなりバラエティに富んだ構成員が集まっている。

 

 六大神が保護するまでの間、北西人類が住んでいた土地を守護する土塵聖典。もしも法国が滅ぶようなことがあれば、ここが人類最後の拠点となる予定だ。

 

 そして最強の部隊である漆黒聖典。サトル達が捕縛したクレマンティーヌが所属していた部隊であり、彼女を合わせてもたったの13名しか構成員がいない。しかし全員が英雄以上の領域に踏み込んだ強者であり、六大神が遺した装備の使用も優先的に許された怪物の集団だ。特に強者なのが、六大神の血を覚醒させた神人───番外席次『絶死絶命』と隊長である第一席次『漆黒聖典』。この2名は人類の限界を易々と超え、逸脱者を鼻で笑えるステージに立っている。

 

 特に番外席次『絶死絶命』───アンティリーネ・ヘラン・フーシェは別格だ。『ユグドラシル』からやってきた神々や真なる竜王と言った例外枠を除いて、地上で彼女に勝てる者は存在しない。

 母は六大神の血を引き継いでいる神人。父は八欲王の実子であるエルフの王。六大神と八欲王、両名の血を覚醒させた彼女の限界値は『ユグドラシル』のプレイヤー級に相当する。

 

 他にも第二位階魔法を習得した者たちで構成された魔法部隊。金級冒険者相当の戦士が多数種族する通常部隊。人類守護を是とする法国は、その在り方に相応しいだけの大戦力を保有している。軍事力においては、北西国家の中では随一だ。

 

 そんな法国の首都である法都において、六色聖典の一つ───陽光聖典に新たな命が下されていた。

 

 下された命は死都となったエ・ランテルの浄化だ。火滅聖典は都市の守護があるため動かせない。漆黒聖典は破滅の竜王への切り札なため、こちらも動かせない。となれば陽光聖典ぐらいしか、エ・ランテルに向かえないのだ。

 

 この任務に挑むに於いて、陽光聖典隊長であるニグンは神官長から法国の秘宝───魔封じの水晶を三つも渡されている。この水晶は超位魔法以外であれば、第十位階の魔法でも籠められる能力が備わっている。

 

 水晶に封じられた魔法は最高位天使召喚の魔法。渡されたニグンは少しばかり驚いた。一つならまだしも、三つも……。それだけ困難を伴う任務なのだと彼は理解する。

 

「ニグン・グリッド・ルーインよ。汝であれば、必ずやこの任務を遂行して見せると信じているぞ」

「はっ! この命かけてでも、必ずやエ・ランテルをアンデッドから奪還してみせます」

 

 ……ニグンも法国もまだ知らない。これから向かう死都に、六大神が再降臨している事をまだ把握していない。

 

 それ以上に……法国を守り抜いてきた守護神自体が、既にとある神の手に堕ちている事もまだ……存じない。

 

「ほぉう……そうかやそうかや。ニグンの(ぼん)がエ・ランテルに向かうかや。ならわっちもそろそろ、出番じゃのう」

 

 法国の最奥で、一体のアンデッドが動き出そうとしていた。






ニグン:貧乏くじ
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