リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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従属神同行

 意識が浮上する。泥沼に沈んでいた意識が這いずり出て、ニグンが気絶から復活する。

 

 誰かに自分は担がれている。そうニグンが認識するにあまりある振動で彼は目を覚ましたのだ。

 

「ここは……どこだ? ぐぅッ!」

 

 腹に痛烈な痛みが走り、ニグンの顔が苦痛に歪む。腹がオーガに殴られたかのように痛み、酷い吐き気が込み上げてくる。口から胃液を吐き出しそうになるが、誰かに担がれている手前憚られる。

 

 どうして自分は担がれているのか。それらを記憶の中から引きずり出そうと、彼は試みた。

 

 ───確か私は……神官長様からエ・ランテル浄化の命を受けた。それから秘宝である魔封じの水晶を受け取って。隊員達が招集された部屋に向かう途中、奇妙な少女に話しかけられた。その少女は己の事を、あろう事か従属神と名乗った

 

 ここまではニグンも思い出せる。特に少女が従属神を名乗った時の怒りは、筆舌に尽くしがたい。あまりの怒りに、躊躇なく攻撃魔法を使用したほどだ。だからこそ強く記憶に残っているのだが……

 

 ───そこから先が思い出せん。私の身に何があったのだ?

 

 攻撃をした事までは、ニグンも覚えている。しかし最後の瞬間───自分の魔法があっさりと破られた辺りからの記憶が、ルーファスの強烈な蹴りの影響でごっそりと抜け落ちていた。どうして気絶していたのかも、一緒くたに全て飛んでいる。驚異的なレベル差が生み出す実力差が、ニグンの記憶を潰してしまっていた。

 

 どれだけ思い出そうとしても、消えてしまった記憶は戻らない。諦めたニグンは脳の情報を掘り返すことを止めた。建設的ではない時間を繰り返す愚かな事だからだ。

 

 とは言え、現状を把握しないのもまずい。過去を思い出すことを諦めたニグンは、現在の確認作業へと移る。

 

 ともかくここがどこなのか確かめないといけないと、ニグンは目を開ける。すると最初に映ったのは、どことも知れぬ森───正しくは知っている森ではあるのだが、木々なんてどれも同じにしか見えずこの記憶も脳からすっぽりと抜け落ちているだけだ。

 

「おお、起きたか起きたか。このままエ・ランテルまで、おんしを担いでいくのかと思うておうたが、どうやら違ったようじゃの」

「き……さまは……」

 

 声にニグンが反応して、顔を向ける。彼を担いでいたのは、自分の事を従属神と呼んだ奇妙な少女───ルーファスであった。

 

 なぜ担いでいるのか。

 

 それを問い質したいニグンだが、体が異常に重く口も重い。ルーファスに担がれたまま、ゆっさゆっさと体を揺するだけしか出来ない。

 

「わっちが蹴り飛ばした手前、運んでやるのが優しさじゃろうが。おんしはそれを望まなそうゆえ、ここらで降ろしてやるのが良いのかもしれんな」

 

 ルーファスがそう言うと同時に、ニグンは地面へと降ろされる。まだ脚に力が十分に入らず、少しニグンふらつく。体が倒れそうになるが───

 

「大丈夫ですか隊長」

 

 誰かに倒れそうになる体を受け止められる。その声に聞き覚えのあったニグンは、振り返らずとも誰が自分を受け止めてくれたのかを察した。

 

「イアンか……」

「そうです」

 

 訳の分からぬ少女に担がれていた事実に、戦々恐々としていたニグン。しかし見知った腹心が傍にいることに安堵する。同時に先ほどまで自分を担いでいた少女と、イアンが共に行動していることに彼は驚く。

 

「イアン、気を付けろ。そこの小娘は、スルシャーナ様の従属神を名乗る間者だ」

 

 ニグンが疑ったのはこの不届き者の正体を、イアンが知らぬのではないかだ。もしも従属神などと虚言を吐く輩だと知れば、イアンならばすぐさま捕らえにかかる。そう信じて、ニグンは言葉を吐くが───

 

「落ち着いてくださいルーイン隊長。隊長とルーファス様の間に何があったのかは聞いています。認識のすれ違いがあったのだと」

「───どういう意味だ」

 

 イアンはこの少女をルーファス様と呼んだ。つまり目上の人物として接しているのだと、

ニグンは気づく。ならばルーファスの事を従属神だと、よりにもよって腹心であるイアンが信じている事になる。何がどうして、そう信じる事になったのだと言外にニグンは問い質そうとする。

 

「───隊長はついさっきまで、気絶していたから法国で何があったのかは知りはしませんよね。……私たち陽光聖典はレイモン様に呼ばれて、作戦司令室で待機していた。これは隊長もご存じですよね?」

「ああ。それは覚えている。最高神官長様から法国の秘宝を賜った後、お前達の元へと向かっていたのだからな。その途中で───」

 

 ニグンの目がルーファスに向けられる。小柄な少女はその視線を受けて、手をひらひらと振る。意図が掴めぬ動作にニグンは訝し気な目をするが、今すべきはイアンから聞き出す事だと思いなおし、彼へと目を向け直す。

 

「あの少女……ルーファス───」

「ルーファス様です」

「……ルーファス、様に出会った」

 

 イアンからの訂正に渋々ニグンは付き合う。

 

「私たちもルーファス様からそう聞いております。そこでルーファス様が自分の正体を明かしたら、ルーイン隊長が信仰心から激されたと。それで仕方なく気絶させたとは伺いました」

「つまりお前達は、あのルーファス……様の言葉を信じたのか!」

「そうです。と言っても、無条件に信じた訳ではありません。レイモン様の口添えがあったからこそ、私を含めて他の隊員もルーファス様こそが、我ら法国の民が信仰する偉大なる神の第一従者なのだと。そう信じられたのです」

「レイモン様の口添えだと!?」

 

 レイモン───レイモン・ザーグ・ローランサン。六色聖典を纏める、土の神官長がルーファスが従属神であると認めた。その言葉を理解したニグンの口が、あんぐりと開く。

 

 これでもかと分かりやすく仰天するニグンに対し、イアンから詳細な説明がなされる。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 ニグンがルーファスキックで気絶させられた後。彼を担いだまま、ルーファスは作戦司令室へと飛び込んだ。

 

 そこでは陽光聖典の隊員が全員集められ、ニグンが最高神官長の元から戻ってくるのを待っていた。隊長であるニグンが来るまで時間があったので、レイモンは彼らに激励の言葉を贈っていたのだ。

 

 今回の作戦は恐ろしく難しい任務だが、陽光聖典として訓練を積んだ諸君らであればこなせると信じている云々かんぬん。

 

 そんな内容に耳を傾けていた隊員たちは、謎の少女に担がれて御登場したニグンに度肝を抜かれた。

 

 ぐったりとして動かない隊長と、派手に赤いゴシックドレス。おかしな組み合わせに慌てふためく隊員たちを余所に、レイモンは少女を見て一層驚いた。

 

「従属神様! なぜこちらに!?」

「久方ぶりじゃのう、レイモン。前に顔を合わせたのは……1年ほど前かや?」

 

 カラカラと笑う少女───ルーファスと、平伏し始めたレイモン。いつにない行動を取る神官長と、様づけで呼ばれる少女の奇妙な関係に陽光聖典の隊員たちが眼を白黒とさせる。

 

「れ、レイモン様! どうなされたのですか!?」

 

 隊員全員の代弁者として、イアンがレイモンに問いかける。その問いにレイモンは逡巡した。

 

 自分がどうして平伏しているのか。それを説明するには、ルーファスの正体を話さなければならない。しかし法国の住民で、彼女の事を知る者には全員禁話の呪いが掛けられている。

 

 ルーファス。それはスレイン法国が秘匿する情報の中でも、最高機密に属する国家機密だ。スレイン法国の真なる守護神。六大神がこの世を去り、残された従属神達も次々と魔神へと墜ちていく中、最後の最後まで正気を保ち人間の守り手として法国に残り続けた最後の希望。……それがルーファスなのだ。

 

 彼女の事を知る者は少ない。国外で知っているのは、精々スルシャーナ個人と協議を結んでいた評議国の竜王ツアーぐらい。そのツアーが漏らしてない限りは、法国の住民───その中でも最高機密に触れられる立場の者しか知り得ない。

 

 すなわち12人の指導者と漆黒聖典のメンバーだけだ。これ以外には、スルシャーナの従属神が未だにこの国に存在することは伏せられてきた。

 

 なぜ伏せられたのか。……答えは200年前の魔神戦争にある。

 

 当時諸国を絶望に陥れた魔神とは、六大神亡き後も残り続けた六大神の従者達だ。魔神そのものは十三英雄達の手で葬られた。その時のゴタゴタに便乗して魔神が元は何なのかは、混乱を防ぐために法国の手で情報は隠された。同時にルーファスの事も闇へと葬られた。

 

 もしも魔神が元は六大神の従属神だと発覚すれば、間違いなく法国は多数の異種族の連合軍を相手取る事になるだろう。同時にルーファスが……魔神になりえる存在が未だに国にいるとなれば、火種にしかならない。

 

 だから隠したのだ。真なる守護神の存在を秘匿した。何があっても、他国に漏れてはならない特大の爆弾。その存在を知るツアーも、これ以上世界が混迷に満ちる事を望まなかったため、彼も口を噤んだ。

 

 しかし何百年も国を守り続け、同時に信仰の対象であるルーファスを敬わない選択肢を当時の神官長達は選べなかった。当のルーファスは「気にせんでええわい」と口にしたが、その言葉を鵜呑みに出来るほど、法国の信仰は薄くない。

 

 ゆえに神官長とスルシャーナの名を冠する漆黒聖典だけには、ルーファスの事が教えられる。人の目に触れないよう、六大神の遺産が眠る宝物庫に引き籠った彼女の元に、年に一回訪れて神官長たちは礼拝する。

 

 漆黒聖典の中でも、アンティリーネのように見込みがある者であれば、直接手解きを受けさせて頂く。それがスレイン法国が隠し通して来た秘匿の正体だ。

 

 この秘匿が破られてはならない。そんな理由から六色聖典の隊員に施されている、拘束された状態で質問を三回受けたら死ぬ呪いを応用した、ルーファスの事を口にすれば死ぬ禁話の呪いが神官長であるレイモンには掛けられている。

 

 どうしてルーファスがここにいるのかは、レイモンには理解できない。彼が神官長となって以来、漆黒聖典『絶死絶命』への手解き以外で宝物庫からルーファスが出た事はない。

 

 常ではあり得ない事態に、レイモンも同じく困惑はしている。だがルーファスの目の前で───六大神信仰最後の祈りを受け持つ象徴を前に、平伏しない選択肢は微塵もない。だから率先して祈りを捧げるために、地へと膝をついたのだ。けれど隊員たちは、ルーファスの事を全くと言っていいほど存じ上げない。

 

 本来であれば隊員たちも、レイモンと同じように祈りを捧げなければならない。しかしそれをさせるには、ルーファスの事を明かさなければならない。だがルーファスの事を説明すると、レイモンは死ななければならない。

 

 三重苦だ。気絶したニグンをルーファスが抱えている事も吟味すれば、四重苦かもしれない。苦悩するレイモンだったが───

 

「ん~……ああ、そうじゃそうじゃ。そう言えば、おんしらはわっちの事を喋れんように、魔法を自分につかっておったんじゃったか。この国の事を想うての、行動とは言え、なんとも不便な生き方を選ぶもんじゃわい」

 

 レイモンの悩みを読み取ったのか、ルーファスは快活に笑い彼に近づく。ニグンを地面に降ろしてから、神官長へとひょいひょい近づく赤く小柄な少女に、陽光聖典の隊員全員が身構えるが───

 

「お前達は動くな!!」

 

 レイモンの叫びに屈強な男衆の動きが止まる。謎の存在に対して、即座に臨戦態勢を取れる。素晴らしい動きであり、訓練の賜物と褒めてやりたいが、攻撃対象がルーファスとあってはレイモンの顔も蒼褪めてしまう。

 

 法国の象徴と呼べる相手へ弓を引く。あまりにも悍ましい行為だが、それ以上に対象であるルーファスとの絶望的な戦力差にレイモンの血の気が退いたのだ。

 

 スルシャーナの従属神であるルーファス。彼女は数多いた六大神の従属神の中でも、最強だと今代にまで伝えられている。事実その戦闘力は凄まじく、法国における人間種最強『絶死絶命』を遥かに上回る力を持っている。

 

 ……これは法国も知らない事。知っているのは六大神と運営と全情報を閲覧出来た電子生命体のみ。ルーファスが特別な存在であることを、だ。

 

 ルーファスは『ユグドラシル』の言葉で表現するならNPCだ。それも運営が用意したNPCではなく、拠点NPCと同じシステムを用いて創られたオンリーワンのNPC。拠点を用いずに創られた、専用のお人形───それがルーファスである。

 

 通常傭兵以外のNPCは、ギルド拠点のシステムを用いなければ製作できない。しかしとある例外が存在する。

 

 世界級アイテムだ。世界級アイテムだけはあらゆるシステムを潜り抜けられる。有名どころで言えば、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)のようなお願い系アイテム。運営にNPCを製作したいと申し出れば、大抵は叶えられる。あるいは専用の世界級アイテムを使用するかだ。

 

 スルシャーナが『ユグドラシル』時代に使用したのは後者。

 

 世界級アイテム『シェムハの泥人形』を使用して、ルーファスはこの世に産み出された。彼女はNPC最大限の100レベルで制作されており、職業と種族構成は吟味して製作されている。その戦闘力は『ユグドラシル』基準でも上位レベルで、技量を考慮しないなら上の中。装備面が最大でも伝説級しか所持していないので、その面では貧弱ではあるが。

 

 だとしても。この世界の基準からすれば破格の戦力として扱えるルーファスは、単独で法国の全兵力を凌ぐ。そんな相手に身構えようとするのだから、レイモンとしては止めざるを得ないだろう。

 

 六色聖典のまとめ役でもある神官長から静止命令を受けた隊員たちは、当惑しつつもその命に従う。

 

「良きかな。上官の命には必ず従う。良き兵じゃ」

 

 そんな様子を褒めながらレイモンへと近づいたルーファスは、彼の頭に手を乗せる。暫し何かを呟いた後───

 

「これでおんしの呪いは解呪された。わっちの事を教えてやれい」

「───承知仕りました」

 

 なぜ解呪したのか。そもそもそんな事も出来たのですか。レイモンとしても聞きたいことは山ほどあるが、まずは陽光聖典隊員たちの疑問を解いてやるのが先決だと、ルーファスの言葉に従い彼は説法を始める。

 

 この御方こそがスルシャーナ様の第一従者である従属神だと説かれた陽光隊員たちは、全員がレイモンと同じように平伏した。自分達の目の前に、六大神に最も近い御方がいる事を受け入れたのだ。

 

 ルーファスは受け入れが早すぎるじゃろと若干引いた。受け入れた隊員たちの態度が少し怖かった事は内緒だ。

 

「それで従属神様。こちらには何用で参られたのですかな?」

「ん? わっちがここに来た理由かえ? 何、おんしら陽光聖典がエ・ランテルのアンデッドの浄化に向かうと聴いてな。それの手助けをしてやろうと、思うてな」

「手助け……ですか?」

「そう。手助けじゃよ。今回の一件は、ちょいとわっちにとって重要な案件でな。おんしら陽光聖典だけでは手に余ると思うた故、宝物庫から出て来たのよ……おんしら神官長にとっては迷惑かもしれんが、今回ばかりは許せ」

「滅相もございません! 御身の成す事こそが、法国の法です!」

 

 カラカラと笑うルーファスに、レイモンは慌てふためいて返答する。許すも何も、スレイン法国の在り様は六大神信仰があってこそ。その信仰最後の依り代である、ルーファスは絶対の法なのだ。彼女が白と言えば白になり、黒と申すなら黒にする。神を否定すれば、宗教国家とは成り立たないのだ。

 

「そうかえ? ならわっちは勝手にこやつらについていくが、文句なか?」

 

 突如として宝物庫から飛び出した従属神の、エ・ランテルへの同行。それを誰も否定できないし、否定しない。むしろ陽光聖典の隊員たちは、従属神が同行することに涙を流して歓喜した。

 

「えぇ……こやつら怖すぎじゃろ。……漆黒の若人たちはもうちょい大人しい……無限魔力は卑屈じゃったな。我が主様がご帰還された時など、どうなるんじゃ。我が主様に敬愛を示し、畏怖を持つのは正しい反応じゃが……主様も驚きになりそうじゃな」

 

 引きこもっている間に変わり過ぎじゃろ。主様なんて、500年ぶりに国に帰還してこれを見たら驚きすぎて口から心臓出るんじゃなかろうか。主様に心臓はないが。

 

 最後にルーファスがボソッと呟いた言葉は、誰にも届かなかった。……もしも届いていれば。どうなるのか怖くて、ルーファスが口を噤んでしまった事は誰にも責められないだろう。

 

 宗教国家万歳なのです。怖いなぁ宗教国家。遠い場所で、茶番劇の仕掛け人な主従が、ポップコーンとコーラを片手に感想を述べた。

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