燃え盛った主従だが、いつまでも二人だけの世界へと浸るわけにはいかない。ジルクニフに浮遊要塞で戦力増強の準備をするとは伝えているが、サトルには帝国騎士団の増強と言う重要な任務も存在する。帝国騎士団の強化は同時に国力の増加に繋がる。
サトルとしても、ジルクニフ直轄の騎士団が強くなることは純粋に嬉しく、また直接面倒を見ている人間も多いためあまり放置できる案件ではない。
(これはようするに社長案件ってやつだからな。あまり放置し過ぎるのは得策じゃない)
エ・ランテルに向かう陽光聖典のリアルタイム映像にも、特に変化は見受けられない。ルーファス一人であれば一日もあれば到達するが、超越者基準で足の遅い隊員達を連れたままだとそうもいかない。
「この世界の標準的な人間の歩く速度なら、法都からエ・ランテルまで3週間はかかるのです」
との事。陽光聖典の隊員は全員、信仰系魔法戦士的な資質を持つので一般人に比べたら遥かに健脚ではあるが、それでも十日間はかかる計算だ。それまでの間は一旦城塞都市に向かう一行の事は忘れて、ユグドラシルⅡから地上世界へとサトルはアイリスを連れて戻る。
「アイリスはこちらに残って、浮遊要塞のシステムを再構築し直します」
と申し出たが
「駄目だ」
サトルは当然却下した。アイリスがやる事であれば、大抵サトルは許可を出す。しかし今回のお願いは何があっても聞く気はない。
「セプテントリオンがいる場所に、一人残していけるわけないだろ」
ユグドラシルⅡが完全に安全な場所なのであれば問題ないが、ドゥーベのような自分達相手でも重症を負わせられるような世界級エネミーがいるとなれば話は違う。
「ネガティブ。確かにセプテントリオンは懸念事項ですが、それで無防備な浮遊要塞を残していくのはもっとネガ───」
「駄目だ」
再度サトルは強くアイリスの言葉を否定する。浮遊要塞がもしセプテントリオンに襲撃されて破壊されたりすれば、サトルとしては痛手ではある。ギルド拠点を───それも最高レベルの拠点がもう一度手に入る保証はどこにもないが、最悪失ったとしても所詮は拾い物でしかない拠点だ。
この世界から地上世界に浮遊要塞を出しても良いが、それはそれでツアーに発覚する可能性もあるので好ましくない。だからここに残したまま、無事な可能性に掛けるだけ。
「惜しいと言えば惜しいが、アイリスと比べれば浮遊要塞なんてどうでもいい」
そう……浮遊要塞なんて所詮は場所でしかない。ユグドラシルⅡがあれば、幾らでも替えがきく。だがアイリスの代わりはこの世に存在しない。浮遊要塞如きのためにアイリスを残し、そこをセプテントリオンに襲撃されたとしよう。
アイリスは強い。その強さをサトルは疑っていないが、それでも現在の彼と比較するとかなり実力は劣る。
分割思考や近接技術などサトルにはない強みを持ち、権能を用いない戦闘ではアイリスの方が上だ。しかし権能ありのなんでもルールだと、アイリスの総合戦闘力はサトルの8割程度。世界級エネミーを16体ずつ保有しているが、ワンオフ仕様の九曜と第六天天主をサトルが持つ分ステータスなどの面で有利なのだ。
そんな劣るアイリスが没エネミーに襲撃されて亡くなったりすれば、後悔なんて言葉では片付けられない。権能による自動蘇生をアイリスは持ってはいるが、それだって無限に復活できるわけではない。
NPCであるアイリスが蘇生魔法で復活できるのかも謎な現状で、そんなリスクは許容できない。
そんな言葉を直球でサトルがぶつけてみたところ───
「ラージャ。オーナーがアイリスの事を大切に思って下さるのはとても嬉しいですし、アイリスが倒れる事が苦痛なのであれば仕方ないのですよ」
仕方ないと言いつつも、アイリスの顔には喜色だけが浮かんでいた。
「でも浮遊要塞をそのまま残すのは、少しだけネガティブなのです。そこでですね。ドゥーベが落とした世界級アイテムを早速使ってみましょう」
「あの白い笛か? そう言えば、あれってどんなアイテムなんだ」
拾った白笛はサトルのインベントリにしまっていたので、取り出して<上位道具鑑定>で世界級アイテムを鑑定してみる。
「アイテムの名前は
白い笛の名称と、どんな効果を持つのかを知ったサトルはかなり驚く。使い切りの世界級アイテムなため、一度使用すると消えてしまうが、その代わりにとんでもない効果が付与されていた。
効果自体はそこまで珍しい物でもなく、『ユグドラシル』にはごまんと溢れていたモンスターを召喚する。それが
「世界級エネミーを召喚して使役って……これ許されるのかよ!」
「
サトルがアイリスに召喚される世界級エネミーのスペックを確認したところ、ドゥーベを始めとしたセプテントリオンにすら匹敵する未調整個体だと判明。さっそく笛で世界級エネミー『ファラエラ』を召喚して───
「うぉ……デカすぎ……」
召喚したエネミーの見た目と大きさに少しサトルは驚いたものの、これなら大丈夫だろうと浮遊要塞の護衛としてサトルはファラエラを残していく。
これなら安心ですと安堵するアイリスを連れて、九曜の罅を使い地上世界へと帰還したサトルはいつも通り騎士団の訓練場に向かう。
サトルが新兵を追いかけまわしている間、ジルクニフから時間がある時に纏めておいて欲しいと頼まれていた仕事を片付けるために、アイリスは皇城へと向かう。
「それではちゃちゃっとやっちゃうのです」
200Lインクが入る魔法のペンを片手に、アイリスは文官用の執務室で紙にとある内容を書き記していく。
彼女が書くのは、法国内での信仰系魔法詠唱者の教育カリキュラムの詳細だ。
帝国の魔法学院や魔法省では魔力系位階魔法の教育や研究は盛んなのだが、信仰系の分野にフールーダが疎い事から教えられる内容があまりなく、魔力系魔法詠唱者に比べて信仰系魔法詠唱者が少ない問題を帝国は抱えている。
外部講師を招いて信仰系魔法を教えて貰おうにも、その辺りの内容に詳しい神殿勢力は普通は教師と教えようとしたりはしない。飯の種とも言える秘匿技術を、わざわざ公開しようとは誰もしないだろう。
……しかしその問題を解消できる案が一つ持ち上がった。
対法国用の仕込みの最中に、サトル一行は法国が数百年かけて培ってきた情報の大半を盗んで来たのだ。依頼主は勿論ジルクニフである。法国内部の最奥に忍び込んだり、研究施設を巡るのならばそれらを手に入れられないか頼んでいたのだ。
サトルはこの命を快く承諾。法国だけが持つ第四位階の
その内容は全てアイリスの脳に納められている。それらを現在紙に書き記しているのだ。
一人黙々と資料作成に勤しむアイリス。彼女のペンの動きには淀みが無い。
───早く終わらせてオーナーに会いに行く
───今日もベッドで可愛がって貰うのです
───晩御飯はハンバーグにしたら、オーナーは喜んでくれるでしょうか
───早く終わらせてオーナーに会いに行く
───
───浮遊要塞よりも大切と言ってくださった。オーナーしゅきぃ……
───早く終わらせてオーナーに会いに行く
───であるからして、神の実在を疑わない心そのものが信仰系魔法詠唱者の方向性を決定づける要因と言えるだろう
分割思考八つの内、七つが邪念に支配されていても一つは正常に機能しているので淀みはない。多分ない。多分……
ともあれ高速で紙に記憶を移すアイリスだが、内容が膨大過ぎて彼女でも即座には終わらない。途中誰も見ていないのを良いことに、権能で4人に分身して処理したりしているが、それでも容易ではなかった。
「アイリス? いるかい?」
「あっ、オーナーなのです」
集中していたアイリスだが、大事な声に名前を呼ばれたので反応する。彼女が顔を上げて振り返ると、そこにはサトルがいた。首を動かして周囲を確認すれば、窓の外はすっかり暗い。思った以上に集中していたせいか、アイリスは時間も忘れて書き物をしていたようだ。疲労が溜まらず、眠気もこない体質のせいで時間間隔が消えてしまっていた。
「ごめん。仕事の最中に話しかけちゃったかな」
「問題ないのです。むしろオーナーに呼びかけられていなかったら、ずっとお仕事をしていたところなのです。危ないところでした」
早くサトルの元に帰りたいがために、集中し過ぎて時間を忘れるとは何たることだとアイリスの顔がちょっと真顔になる。
「すぐにキリが良いところまで終わらせますので、少しお待ちくださいなのです」
「了解」
サトルに見守られながら、法国の秘匿情報の数々を本にしていくアイリス。待ってる間暇なので、サトルは既に書き上げられていた一冊を手に取り中身に目を通す。
(神人の発生確率と保護についてねぇ……)
本の内容は神人───六大神の系譜の中から時折出現する、先祖返りを果たした個体についてだ。
スルシャーナを除く五人が人間種だった六大神は、現地人との間に子孫を多く残している。その子孫達は現地人と比較すると、大半が人間種の平均値を大きく逸脱している実力者達ばかりであった。
元々この世界単体の純人間種が到達可能な限界値は非常に低かった。当時六大神達が考察した限りでは、精々15レベル前後。中には素で30近くにまで伸びる個体がいたが、全体の0.01%にも満たない僅かな数しか存在しなかった。
しかしプレイヤーの血が混じると、途端に全体的に限界値が伸びたのだ。そこに個体差はあるものの、レベル40越え、いわゆる逸脱者級が誕生し始めた。中にはレベル70や80近くにまで伸び、ドラゴンが相手でも早々引けを取らない強者まで現れ始めたのだとか。
しかし六大神亡き後、代を重ねるごとに強い個体は現れにくくなる。長い時間を経るにつれて六大神の血が薄くなり、神の力が失われたのだと法国の書物には記されていたらしい。
(アイリスの考察によれば、六大神の血……ユグドラシルのプレイヤー因子とでも呼べる要素は、遺伝しにくいのかもしれないと書かれているな)
ともかく神の子である神人は、年数を経るに連れて減っていく。このままでは国力そのものが低下すると危ぶんだ当時の神官長達は、国民全体の才能発掘とどれだけ六大神の系譜が残っているのかを視覚化するために戸籍制度を整えた。
それでも神人の発掘は運任せの天任せ。あらゆる手を尽くして人類の守り手を発掘しようとする、法国の涙ぐましい努力の跡が記されていたのだと、アイリスは書き記していた。
「気になりますか?」
「ん? ああ、アイリスの作業も終わりかい?」
「ポジティブ。全部が終了したわけではありませんが、一旦はここで終わりにするのです。……それよりも、その神人関連にご興味が御有りなのですか?」
「少しな。……現在の法国が抱える神人は三名。内二人は漆黒聖典所属の
サトルがアイリス著の本の一行を指さす。
「昔は同一世代に20人もいた時代があるのに、今はたったの三人しかいない。神人以外は竜王やユグドラシルのプレイヤーに対して無力なのに、これだけしか人類には戦力がないんだな」
人類の守り手を自称する法国だが、それでも生き残れたのは偶然でしかない。現在でもプレイヤーの遺産や漆黒聖典と言った戦力を抱えている法国だが、仮に真なる竜王───八欲王が大暴れするまでは地上を支配していた覇者達の一匹でも国に襲来していたら、その時点で人類圏は崩壊している。そうなっていないのはすれ違いでスルシャーナを抹殺したものの、同じ地球出身のプレイヤーが残した国である法国へのせめてものお詫びに、大陸北西部の異種族を八欲王が念入りに殺し尽くしたからだ。
この情報は、八欲王の
当時スルシャーナ一人になった時点で、周囲とのパワーバランスは崩れていた。法国が持つ世界級アイテムや、貴重なプレイヤー遺産のマジックアイテムを数多の竜王や異種族が狙っていたのだ。もしその時点で攻め込まれていれば、スルシャーナ諸共法国は滅び、人間種は今日まで生き延びてはいなかった。
そんな当時の歴史を知らない現在の神官長達は、スルシャーナを弑した八欲王の事を悍ましい邪神だと恨んでいる。この一件により、人間に協力的ではないプレイヤーは邪神と呼び、人類に協力的なプレイヤーを法国は神として崇めている。現在のサトルは帝国の協力者であり、恩人であるジルクニフへの恩義から北西人類圏の守りを引き受けようとしている。
その事情を知れば、法国はサトルを快く迎え入れるだろうが───もはやそんな未来はあり得ない。なにせ賽は振られているのだから。
「結局のところ、この世界の軍事力は強い個体をどれだけ揃えられるかだ。中途半端な個体、例えばレベル30や40をどれだけ並べても、60レベルの召喚モンスター一体でそいつらを数百人殺害できる。それなのに、俺のようなプレイヤーを除くと人類が揃えられる戦力の上限は、漆黒聖典が限界。ルーファスがいたとは言え、竜王が襲来していたら人類は滅んでいた」
「ポジティブ。本来であれば、この世界の人類はとっくの昔に絶滅している種族でしかありません。それが生き残れたのは、ユグドラシルのプレイヤーがいたからにすぎません。それと、運が良かった。それだけですね」
「そうか……ならますます俺とアイリスが頑張らないといけないな。それにスルシャーナとルーファスもか」
何にしろ自分はジルクニフに恩がある。恩には恩を。それを抜きにしても、帝国での生活をサトルはかなり気に入っている。この国をあらゆる障碍から守るためにも、帝国騎士団の増強に、浮遊要塞とユグドラシルⅡでの大軍団の編成はやはり必須だと思い直す。
「あっ、そうです! その神人に関して、オーナーに一つお願いがあるのです!!」
「俺にお願い?」
「ポジティブ。ユグドラシルⅡで行いたい研究の一つに、神人を人工的に増やせないのかと言うテーマがあるのです」
「人工的?」
疑問に思ったサトルは詳しい内容をアイリスから聞き出す。
「オーナーは遺伝子の後天的改変による、超人兵士製造計画をご存じですか?」
「いや……知らないな。それってどんな内容なんだ?」
「2118年の欧州アーコロジー戦争の際に、ネオナチが持ち上げた計画なのです。当時の兵士の主流は機械化兵士でしたが、電子攻撃に対して脆いのが問題視されていました。そこで肉体を機械化せずに、別種族の遺伝子を組み込むことで、超人的な兵士が作成できないのかが試されたのです」
「うーん……たっちさんが好きだった、あの変身ヒーローみたいなものか?」
「ポジティブ! 人類にツノゼミをベースにした遺伝子構造を組み込むことで、強靭な手足を持たせたり、強力な免疫系を獲得させたりと様々な肉体改造が行われていたので、その認識にそこまで間違いはありません」
「なるほど……その超人兵士製造と、神人に何か関係があるのかい?」
「ポジティブ。この世界の人間種と、ユグドラシルの人間種は子供を作れる。つまり同一種族と呼んでも問題ありません。両者を分けているのは、あくまでもレベル制限。種族としての限界値を超えられる因子に過ぎない。そしてこの因子は神人の存在から、遺伝する事は判明しています」
「遺伝する……遺伝子の後天的改変……超人兵士……もしかしてだが。アイリスはその遺伝子の後天的改変の方法を知っている?」
「ポジティブ! この世界の人間の遺伝子構造がどうなっているのかは、これから調べなければなりません。ですがアイリスが知る方法を転用できるのであれば、その因子を後天的かつ意図的に人体に組み込めます。そうすれば……人類全体を強制的に、神人として覚醒させられる……かもしれません」
最後は自信なさげに答えるアイリスの言葉に、サトルは少し熟考する。それってどうなのだろうと。
(人間が強くなれば、俺たちがそこまで頑張らなくても良くなるのかもしれないが……しかし人間が強くなると、俺やアイリスの命を狙う奴が出てくるかもしれない)
リスクがある事を前提とするサトルとしては、人類全体が強くなる思想にはあまり賛同できない。強者とは常に弱者から奪うのが当たり前であり、弱者は奪われて当然だと学んできたサトルとしては悩ましい発想だと感じた。
(もしも人類が強くなり、その中から更に強者が産まれたとしよう。その強者を元にさらに強者が……そうなった時、俺たちや陛下でも制御出来なくなったら問題だ)
「……研究テーマとしては興味深いが、実際にそれを試すのは俺としては許容できない。そうだな……その研究を突き詰めたら、ユグドラシルプレイヤーを超えられるような個体が出現する可能性はあるかい?」
「……ポジともネガとも言い難いのです。現時点では、プレイヤーを超える個体が出た記録は残っておりません。レベル制限解放の因子がどのような構造になっているのかも不明な現状では、上手くいくのかも分かりません。……オーナーの懸念と予想が当たる可能性も、決して捨てきれはしません」
「なら却下だ。リスクは侵せない」
アイリスはサトルが何を懸念したのかを察した。だから可能性がある事を隠しはしない。そして可能性がある以上、サトルとしてはそれを許容は出来ない。だからアイリスには駄目だと、はっきりと伝える。
「ラージャ……と言いたいのですが、全面的に凍結させるには、この研究から得られるであろう産物は捨てがたいのです」
「産物ねぇ……一応聞いておくが、どんな産物かな?」
「ジルクニフの寿命と彼のレベル制限です」
「!! ……詳しい内容を聞かせてくれるかい」
ジルクニフの名前が出たことで、サトルの態度が大幅に変わる。先ほどまでは、リスクの問題から絶対にいらないと思っていた神人の研究。しかし友人だと思っている皇帝の名が出るなら、サトルとしては話は別だ。
「今回神人研究のサンプルとして、法国の神人、アンティリーネ。あるいはエルフ王国の王、デケムのどちらかを被検体にしたいのです」
「ふむ……片方はあの八人の実子。片方はデケムの娘で、さらに六大神の系譜。どちらも神人として覚醒していて、プレイヤーの因子がたっぷりと体につまっている二人だな」
「ポジティブ。この二人が被検体としてだけ見るならば、とても優秀なのです。ではどちらの方が被検体として、より優秀なのか? ……勿論デケムです。孫にあたるアンティリーネよりも、実子であるデケムの方が血が濃いのですから」
そうだなとサトルは返す。遺伝どうのこうのと言われても、小卒であり仕事でも遺伝工学に携わった経験のないサトル。それでも血の濃さがどうのと言うのであれば、デケムの方が上なのは理解出来る。
「つまりデケムの体を調べられれば、プレイヤーの血がどんなふうに作用して遺伝したのかが分かるかもしれないと?」
「ポジティブ。それだけでなく、デケムがエルフであることも大変都合が良いのです」
「都合?」
「都合です。ユグドラシルでのエルフの寿命が何年なのかを、オーナーは覚えていますか?」
「千年だろ。エルフの寿命は千年。フレーバーテキストにはそう書いてたはずだ」
「ポジティブ。そしてこの世界においても、エルフの寿命は非常に長い。純人間の寿命は80年ほどしか持たないのに、同じ人間種でありながらエルフの寿命は千年もあります。ではこの差はどこから来ているのか? それを研究したいのです」
プレイヤーの因子だけでなく、エルフの長寿もDNAや遺伝子に関係しているのであれば。それをプレイヤー因子と共に、純人間種に組み込むことで寿命を延ばせるのではないか。それがアイリスの考察だ。
「オーナーはジルクニフの事を、お好きですよね?」
まっすぐにアイリスはサトルの目を見て問うてくる。ジルクニフの事が人として好きかどうか。こうやって真正面から問われると、少しばかり気恥ずかしい質問だ。しかし偽りのない答えを返すのであれば───
「そうだ。俺にとって陛下は恩人で……友だと思っている」
これがサトルの本心だ。友であり、恩人だと思っているからこそ、この国のために仕事をしようと思えるのだ。ジルクニフがこの国の頂点で無ければ、別に帝国のために何かをしようとは一切思わない。恩も義理もない状態で、誰かや何かのために尽力を尽くそうとサトルは思わない。そんな正義の味方のような人物になったつもりは一切ないのだから。
「お答えしにくい質問への返答、ありがとうなのです。……ではそんなオーナーの御友人のジルクニフですが、彼がもし暗殺者に狙われたりすれば、命を落とすかもしれない。あるいは戦場で流れ弾で……しかし神人として覚醒すれば、簡単に事故死することもありません。なにせ、肉体が今よりも遥かに強靭になるのですから。それに寿命を伸ばせれば───」
死に別れは遠くなります。今のままジルクニフが壮健に過ごしたとしても、あと数十年もすれば彼は老衰で亡くなる。
それをサトルは受け入れられるのだろうか。
(難しいな。多分<星に願いを>で、ジルクニフを若返らせたりするかもしれない)
今から数十年後の話なので、現時点では確証などない。しかし未来の事など、不確かだからこそ。それを回避できる手段があるのならば、手を打っておくべきだ。
サトルは暫し考え込む。神人研究で手に入る産物があれば、恩人であるジルクニフが長生きになり、プレイヤー並に強くなれるのかもしれない。そう聞くと、非常に魅力的な提案だ。しかし弱者が強者になるリスクも同時に存在する。サトルはそれらを天秤にかけた後───
「研究はしてもいいが、研究結果を適用するのは陛下だけだ。それを守れるかい?」
「ラージャ! オーナーの御言葉を、アイリスは守るのです!!」
敬礼のポーズを取るアイリスの頭に手を乗せて、言い聞かせるように再度「守るんだぞ」とサトルは言い含めておく。サプライズ大好きなアイリスの事だから、とんでもない何かをしそうだと予感したが故の釘刺しだった。
「それじゃ、今日は帰ってゆっくり寝て。明日騎士団の訓練が終わってから、エルフ王国に───デケム・ボウガンのところに向かおうか」
「ラージャポジティブ!!」
「……初めて聞く返答だな」
ルーファス達がエ・ランテルに到着するまでの間に、二人はエルフの国に……エイヴァーシャー大森林へと向けてピクニックに行こうと決めたのであった。
ファラエラ:名前の由来は蛾を意味するファラエナ+ラ 非常に強い