前話の補完的なやつ。本来であれば大分先に書く予定だった筈の話を一話投下
これはちょっとだけ未来の話。そんなには遠くない、いつか訪れる未来の記録。悲劇は喜劇に。善人には祝福と希望を。
多くの死別を重ねても、どうか寂しくありませんように。
多くの悲劇を重ねても、どうか悲しくありませんように。
多くの惨劇を重ねても、どうか虚しくありませんように。
さよならは遠く、別れは近く。けれど死は終わりではなく、慈悲である。永久は無くとも、もう一度。
そんなちょっとした未来に待つ記録。誰かに訪れる、希望の未来図……
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暗い。人間の女性は最初そう感じた。自分はどこか暗い場所にいると。
目を開けているのに周囲には何も見えず、自分の腕すら視認不可能な濃密過ぎる闇が自分を包んでいる。体が闇に覆われて、どことも知れぬ場所にいる。その上自らの意思では、指先一つすら動かせない。
人間であれば、根源的な恐怖を感じる環境。
なのに不思議と恐怖を感じないと、彼女は思った。状況も分からぬ中、それでもここは心地よい。そう感じ取れたのだ。
そう思えたのはきっと、つい先ほどまで全身に痛みを感じていたから。掻き毟りたくなるような痛みはどこかへと消え、ぬるま湯に全身を包まれるような優しさだけがここにはある。
数瞬前まで、己の全てとも言えた死への恐怖と、死ねる安堵と、苦痛から逃げられる安心。混ざり合った感情は、当人にすら何と呼べば正しいのか、何一つ得られないもどかしさだけがあった。
それと比べれば、動けなくて自分の姿すら見えない程度、なんの支障もない。
だから安堵するが……水に浮かび漂うような心地よさが急速に消えていく。薄い意識が覚醒する。自分はどこかに連れていかれようとしている。彼女はそれを感じ取り、意思でそれに抗おうとするが、己を無理やり連れて行こうとする力は恐ろしく強く、一瞬すら抵抗できない。
何処かから引きずり出される。感じたのは明かり。とても強い明かり。反射的に日光だと彼女は理解した。
数年ぶりに感じる眼を焼くような日光の明るさに、瞼の裏で目が強く痛む。ついで強い草の匂いが鼻に届く。噎せ返るような植物の香りを感じるなど、いつ以来だろうと混乱の最中、脳の一部が冷静に思い返そうとする。
強烈な光に目を眩ませる事数十秒。ようやく光に慣れた彼女が眼を開くと、そこに広がっていたのは森と草原だった。
森は鬱蒼と茂るような人を拒む森ではなく、子供でもハイキングに出かけられる程度に疎らな木々の生え方をしている。草原は本当にただ広いだけの草原であり、ほどよく暖かな日光に照らされて少し熱を持った肌を、涼やかなそよ風が撫でていくのが心地よい場所だった。
「ここは?……」
先ほどまでいた場所が闇の心地よさなら、ここは光の心地よさだろうかと彼女は疑問に思う。ついさっきまでいた場所も謎だが、ここもまた謎の土地だ。
自分はどうしてこんな場所に───
「おい。気が付いたか」
「!?」
真後ろから野太い声に呼ばれて、彼女は驚きに声を上げる。バッと後ろを振り返り───
「ひッツ!!?」
そこに立っていた異形に、脅えの声を漏らす。
それは炎の化身だった。炎に包まれた憤怒の顔つきに、これまた燃え盛る牙が生えた口。鱗だった巨体と太い豪腕と鋭い爪を備えた拳は、顔と同じように地獄の業火を纏っている。蛇のように長い尻尾の先と、バサリと広がる翼にも、同じく火炎を纏っていた。
あまりにも恐ろしい見た目をした異形であり、これを見た彼女は本能で悪魔だと悟った。昔、村の老人が語り聞かせてくれた人を騙し誑かす邪悪の化身。凶悪な見た目をしていて、人間なんて瞬く間に殺してしまう存在だと。
ここがどこなのかは分からない。自分に何があったのかも、依然として知れず。そんな状況なのに、いきなり穏やかな草原で、穏やかではない悪魔に呼ばれる。あまりの恐ろしさに彼女の目から涙が零れ落ちる。それを見た悪魔は僅かに逡巡する。
人間が泣く。つまり悲しみか何かに陥っている。
それ自体は、悪魔としては歓迎すべき事柄だ。人間が悲嘆に暮れたりする様など、悪魔としてはこれ以上なく好物なのだから。
しかしながら、それは現在の自分に課せられた使命とは相反すると悪魔は苦悩してしまう。このまま人間が泣いたままでは、使命は果たせない。そんな事になれば主に失望されてしまい、主の隣に唯一立つことを許される御方にも溜息をつかれてしまうかもしれない。
「もう少し可愛らしい、ポジティブな見た目にすれば良かったのでしょうか?」
「そうか? これはこれで良いと思うが……」
そんな御二方の姿を、悪魔は幻視してしまう。
それだけは嫌だと、悍ましい見た目をした悪魔は努めて優しい声で泣く女性へと声をかける。
「なぜ泣く。お前が泣く理由は、ここには無いぞ」
「……え?」
「え? ではない。なぜ俺を見て泣く」
自分をいつでも殺せそうな悪魔が、なぜ泣くのだと問いかける事に彼女はもう一度「え?」と声を漏らす。
呆けた女性を見て、もう一度悪魔は「なぜ、泣く? 俺が怖いのか?」と問いかけた。
どこか困った風に問う悪魔に、女性はどうしてそんな事を聞くのだろうと思い……怖いのですと伝えるように、一度だけ首を縦に振る。
その返答が正しく伝わったのか「うぅむ……」と悪魔は唸る。
「なぜ俺が怖いのだ?」
「……それは…………その……悪魔は恐ろしいと、聞いたことがあるから……」
その言葉を聞いて、悪魔は少し困ったともう一度唸る。一目で悪魔だと見抜かれたのだから、自分の悪魔っぷりは素晴らしいものだと自負したくなる。だがそれで怖がられては、自らの使命に支障が出てしまう。
───なればこそ思い出せ! お前の使命を!!!
そのために必要な事を、今日まで教えられてきたのだ。いざゆかんと腹を括った悪魔が口を開いた。
「俺が悪魔? 違う、俺は───俺はちゅーとりあるきゃらだ」
「……なに、それ?……名前……ですか?」
名前じゃないし、チュートリアルってなんだろうな一体。
そんな言葉を自分も口にしたいと悪魔───
「俺は……ちゅーとりあるきゃらとは、この世界に来たばかりの新参者に、世界観やシステムを説明してくれるガイドキャラだ」
「……良く分かりません」
俺もだ。
主からやれと命を受けたので行っているが、このちゅーとりあるきゃらとやらに何の意味があり、どうしてこんな名前なのか俺が一番知りたいよとラースは口にしたい。
「我が主から、新参者へ
「主? って誰の事ですか?」
「良いからこれを聞け。話はそれからだ」
ラースがどこからともなく取り出した巻物を、女性に向かって手渡ししようとする。謎の状況におっかなびっくりしつつも、敵意は無さそうな悪魔から巻物を受け取った女性は、その巻物を観察してみる。
「その紐を解け。それで
「これ……ですか」
巻物に封をしている紐。それを言われるがままに女性が解くと、巻物が宙に浮かび上がり空中に文字を投影し、音声が流れ始める。
「ようこそ世界樹の迷宮へ。本サービスのご利用、誠にありがとうございます。本サービスは死人の方々に用意されたものであり、利用者は以降エインヘリヤルと呼称されます。本サービスのご利用にあたり、エインヘリヤルの皆様は唐突に始まったチュートリアルに混乱されているかと思われます」
声は若い女性と思わしき声だ。鈴が転がるような澄んだ声。声だけでも綺麗だと、そう感じさせる美しい音色だった。
「ここはどこなのか? なぜこんな場所にいるのか? ……ここはあの世です。死後に行く世界。皆さまがどのような宗教を信仰していたのかは存じませんが、死後の世界こそが本当の現実です。……ここに来た貴方は現世では亡くなったのです」
「なくなっ……た?」
「老衰なのか? 事故なのか? それとも誰かの手にかけられたか? どのような方法にしろ、貴方は死にました。ご愁傷様です」
声は綺麗なのに、淡々とお前は死んだと伝えてくる。そこからもメッセージとやらは続く。
死んだ者は通常、生命の海と呼ばれる場所へと還り、そこで蘇生魔法を使われるまで意識がないまま一生を過ごす。それが世界の理らしい。
しかしそれとは別に、もう一つ魂が行く場所がある。
それがこの場所。世界樹の迷宮と呼ばれる世界だ。ここは生前、善に在り方が傾いていた魂が辿り着くところで在り、生命の海に還るまでの間を過ごす場所だと女性はメッセージから教えられる。
なぜこんな場所があるのか。それはこの世界の大いなる意思が、自らに仕えるに相応しい魂を選別するためだ。
善なる魂はここで過ごし、その在り方を磨き上げる。その在り方が相応しいと認められれば、その者は大いなる意思の使徒として、生命の海ではなく天上の世界へと導かれそこで永遠を過ごす。
「勇ましく清らかな魂の持ち主よ。汝その善行を以て、価値を示せ。さすれば祝福と希望を与えられん。ここに来るものよ、一縷の希望を持ちよ」
後の事はちゅーとりあるきゃらに聞きなさい。
そんな言葉を最後に巻物は燃えて灰となり、風に吹かれてどこかに消える。
……数十秒経ち、メッセージが教えてくれた言葉を咀嚼した女性は言葉の意味を噛みしめた後、自分がどんな最期を迎えたのかを思い出してしまう。
惨めにただ一人、路地裏で亡くなった。男どもに弄ばれて、人生を踏みにじられて、良い事なんて数えるほどしかなかった、そんな何者にも成れない生涯が終わった瞬間を……
「うっ……ふ、くっ……ぅ……っ…………っう、く、……うぇ……」
涙が零れ落ちる。あの瞬間の惨めさを思い出し、止めどなく涙が地面に落ちる。
「うわぁあああああああああああ!!!!」
胸の内にある苦しさを全て吐き出すように女性は慟哭する。惨めだった人生を後悔し、何にもなれなかった生涯を後悔し……自分の人生は終わったが、大いなる意思とやらに認められる可能性を産み出せる価値とやらはあったのだと。少しばかりの期待も乗せて……
それからどれだけ泣いたのか。眼を赤く腫らしながらも、女性はどうにか息を整えて、ラースに向き直る。
「ごめんなさいちゅーとりあるきゃらさん……みっともない場面を見せてしまい、申し訳ありません」
「……我が主の言葉が届いたのであれば構わん。お前はメッセージの意味を、正しく理解出来たか?」
「正しく……となると、少し難しいかもしれません。それでも大いなる意思……とは神のようなものなのでしょうか? ……が、私に機会を与えて下さるのであれば、全うはしたいと思います。ちゅーとりあるきゃらさんは、その……大いなる意思から遣わされた方……なのですね」
「そうだ。お前達エインヘリヤルは、世界樹の迷宮に不慣れだろう。右も左も分からず仕舞いでは、我が主が示す正しき価値も示せはしない。ここでの生活に慣れるまでの間、世話をするのがちゅーとりあるきゃらの役割だ」
ラースの言葉に、女性は少しだけ眼を瞑る。彼女の意識では、死んでからまだ一日も経っていない。それなのに気が付けば、大いなる意思───神のような何かに、自分の価値を証明しろと宣言された。
意味はまだ理解できない。死ぬ間際の恐怖が心にまだ残っている。それでも───何者にも成れなかった自分に、何かに成れる機会が回って来た。
死んでしまった事は悔しいし、後悔しかなかろうとも……初めて自分で選んでも良い機会が回って来たのであれば、選びたい。だってもう後悔は……したくないのだから。
「では女よ。この書類にサインをしろ。それを以て、お前は正式にエインヘリヤルの一員となる」
「分かりました、ちゅーとりあるきゃらさん」
巻物と同じく、どこからともなく取り出した紙を女性は渡される。渡された紙には、名前を入力してくださいとだけ書かれていて、四角の図形に名前の欄が記載されている。
そこに女性は自分の名前を刻む。
ツアレニーニャ・ベイロン。
拙い文字で、そう記載された。
なんでこの話を投下したのかは、感想とか送られてくる低評価に先にこの話だけ出しておくかとの判断から
これから先も原作キャラは結構死ぬかもしれないけど、どうかこの言葉だけは覚えておいて欲しい
死んだらハピエン(新天地)送り