モモンガ様リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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八欲王の系譜

 森妖精(エルフ)の王国。伝統的な木を繰り抜いた、エルフ様式のツリーハウスが立ち並ぶ都市を王都とする国家だが、国の規模としてはあまり大きくはない。

 

 文明レベルとしては非常に原始的であり、そんな国の首都にある王城もまた伝統的なツリーハウス形式だ。

 

 その王城の私室で男が一人、酒を嗜んでいた。

 

 左右で色の違う瞳に、冷ややかで細く……整っていると一目で分かる顔立ち。彼こそがエルフ王、デケム・ホウガン。八欲王の一人がこの世に遺した子孫である。

 

 デケムは戦争中の国の王なのに、そんな様子は微塵も見せず一人椅子に座りながらゆっくりと酒を口に含んでいく。

 

 とても落ち着いた様子であり、リラックスした姿に見えるが……その実、あまり機嫌が良くはなかった。

 

「あの無能め……役にも立たん子を産みおってからに。私の与えてやった子種を無駄にしたばかりか、時間も食料も無駄になったではないか」

 

 デケムの口からは、一人の女への憎悪が零れる。自らが時間を割き抱いて王の子供を産ませてやったのに、あまりにも無能な子を産んだ女への恨み言が、だ。

 

 ……それは1時間ほど前の事だ。自分の子らしい……らしいと言うのは、あまりにも子を多く作り過ぎたせいで、どれが自分の子なのかデケムは覚えてないからだ。ともかく自分の子だと言う少年を一人戦場に送る前に、どれぐらい役に立つのかを調べようとした。

 

 しかしながら、調べると言ってもデケムには強さを測る能力などは一つもない。大体このぐらいかもしれないと、大雑把に測るだけだ。けれどその時デケムに一つの天啓が舞い降りた。

 

 この役に立つかどうか不明な小僧を一人戦場に送り込んだとて、今まで送り込み帰ってこなかった役立たず共と同じで無能であればすぐに死んでしまうのではないかと。無駄に死なれると、父から譲り受けた貴重な宝物を持たせていた場合、王である自分が物品の回収に向かわなければならない。

 

 一山幾らの物品であれば適当に部下に向かわせるか、捨ておいても問題ない。しかし父の財宝となれば話は別だ。自分以外の無能共に任せるには、あまりにも誉れ高い業務。なのでわざわざ王である自分が向かうのだが……それでも無駄な時間が出る事には違いない。

 

 なので戦場へ叩き込む前に、正確な才能を把握すれば無駄も減る。そんな想いから一つ試しとして、少年の頭を軽く殴りつけてみた。無論本気ではない。自分ほどの絶対強者が本気で殴ってしまっては、ドラゴンとて絶命してしまう。だからあくまでも軽くだ。

 

 もしこれに普通に耐えるようであれば、非常に素晴らしい才能の持ち主なので宝物を持たせても良い。気絶したり泣き出すようであれば役立たずなので、裸一貫で戦場送り。実に分かりやすい基準だと、自分でも惚れ惚れするような理論であったが……目論見は外れてしまった。

 

 一撃で少年の頭が地面に落ちた果物になってしまったのだ。

 

 首から上が無くなった小さな体は、力を無くして倒れてしまった。それに縋りつき泣く女───母親を見ながら、酷くデケムは失望した。自分の血を半分も引きながら、この脆さとは笑えないと失望したのだ。

 

 ……デケムには一つの野望がある。それは森妖精(エルフ)こそがこの世で一番の種族であると証明する事。今は亡くなってしまったが、デケムの父はこの世で最強の戦士だった。

 

 デケムも父とまでは行かないが、それでも最強と呼べる領域に近い森司祭(ドルイド)。最強の父がエルフで、それに近い自分もまたエルフ。つまりエルフとはこの世の頂点なのだ。

 

 だからエルフが頂点の種族なのだと証明したい。そのためには、エルフの軍団を作り、それを以てこの世を全て支配する。かつて父がそうしたように、自分も地上を制覇すればそれを証明できるのだとデケムは信じている。

 

 そしてエルフの軍団を作るにあたり、どうやって優秀なエルフを用意するのかを悩んだ。デケムの周りには多くのエルフがいたが、どいつもこいつも脆弱で脆く、デケムが望む領域には一人としていなかった。

 

 しかしある時、デケムに電流が走った。それは200年前に、魔神戦争に参加した時の事だ。当時のデケムはエルフの素晴らしさを説くために魔神戦争に参加したのだが、後に十三英雄と呼ばれるようになるメンバーの一人にとある事を教えられた。

 

 遺伝の概念を教えられたのだ。

 

 それはあまりにも天啓過ぎた。親から子に特徴が引き継がれる。それはデケムには……エルフには無い発想。長寿種族特有の生殖本能の薄さから、その手の知識に疎かったデケムにとっては天からの祝福とも言えた概念。

 

 いないなら 自分で作れ 理想の子

 

 それ以来デケムは女を大量に囲い、ひたすら子供を産ませた。自分に匹敵するとまでは言わないまでも、8割ぐらいの才能は発揮できる子を欲したのだ。

 

 しかし産まれてくる子は、どいつもこいつも出がらしのような役立たずばかり。一番優秀な子───デケムの求める基準からすれば塵以下───でも、己の半分以下なのだから始末に負えないとデケムは溜息を吐きたい気持ちを抑えるのに精一杯だった。

 

 ───この役立たず共と力いっぱい罵れればいっそ清々しいのだろうか?

 

 デケムは思うが、流石に口にはしない。可哀そうだからしないのではなく、王としてみっともないと思うのでしないだけだが。

 

 ともかくどれだけ新しい子を量産しても、望むような子が得られない事にデケムも死体に縋り付いて泣く女のように泣きたい気持ちになってしまう。

 

 ───しかしなぜこの女は泣いているのだ?

 

 足元に転がる死体と、その死体を前に泣く女。王の子が死ぬのは珍しいことではない。今までも多くの産ませ、その全員を戦場に送り出したが誰一人として生きてこの王城には戻っていない。作った兵士が全員役立たずだった事に泣きたくなるのなら分かるが、戦場に行く前。その段階で軽く小突いたら弾ける不良品に惜しむような価値など何一つ───

 

 ───そうか。そう言うことか。恐らくこいつはあまりにも恥ずべき不良品を産んでしまったことが悔しくて泣いているのだな。私の手を煩わせてしまったことに、顔から火が出るほどの羞恥を生み出してしまったのだな

 

 そう思うと泣く気持ちが、デケムには良く分かってしまう。こんなカスとしか言えない不出来な輩が自分の息子など、デケムもあまり信じたくはないからだ。

 

 そうデケムが内心ウムウムと頷いていると、なぜか女が突っかかってきた事にデケムは心底不思議がる。同じ感情を共有できる珍しい女だと感心したのに、なぜか怒りをぶつけて来たのだからそれは大層不思議だった。

 

 しかし王である自分に反抗するなど、たかが女如きに許される事ではない。仕置きとして頬に平手をいれた。そうしたら首が180度曲がり、その女は二度と立ち上がらなくなった。

 

 その事に再度デケムは内心溜息をつく。あまりにも脆過ぎると。なぜこの脆さで王である己に楯突いたのか理解に苦しむと、デケムは首を振る。

 

「この女共の死体を処理しておけ」

 

 近くにいた男に命を出してから、私室に向かおうとした所でデケムは不思議に思っていたことをその男に聞いてみた。

 

「なぜこの女は俺に反抗したのだろうな? お前は何か知らぬか?」

「……そこの者は、初めてを王に捧げ、先ほど王が始末してしまった少年はその時に出来た子です」

「何!? ではあれは、あの女の初子だったのか!?」

 

 思わずデケムは死体に向かって振り返ってしまう。あれが初子とはと驚く。

 

 ───初子はどの女も少しは見どころがある子を産むのに……まさかその初子があれほど使い物にならないとは

 

 つまり……それだけあの母体が土壌として悪かった事になるとデケムは本気で驚いてしまう。子供がある程度育つまで、母体の性能は全く分からない。だからある程度は運に任せることになってしまうが、それでも。それでもだ。

 

 ───そんな者のために時間を割いてしまうとは……全く。王として、これはあまりにも大きな失態だ

 

 あまりの驚愕に、思わずデケムは自分が悪かったのではないかと思考してしまう。二百年の間碌な結果が出ていないが、それがもしかしたら自分の審美眼の悪さにあるのかもしれないなど、あまりにも冗談のきつい話になってしまう。そんな驚きがデケムの胸中を満たしてしまった。

 

「しかし……なぜその事を今私に伝えた? あれが初子な事と、私にあの女が楯突いた理由は繋がらんぞ」

 

 あまりにも都合の悪い思考からは目を逸らし、無表情の男が伝えた情報と女の反逆には一切の関連が無い事をデケムは指摘する。

 

「……そうでございますね。ただ念のため、王にお伝えしておこうと思っただけで御座います」

 

 なぜそれを伝えようと考えたのか意図は掴めないが、先ほど脳に過ぎった都合の悪い考えを頭から追い出すために、今のやりとりを全て忘れることにする。

 

 良く分からないが役立たずの母体と、役に立つ経たない以前の何かが死んだ。それだけの話だと、デケムは自分の中で片づけておく。

 

 しかし時間を無駄にした想いはそうそう簡単に消えず、私室に戻った後アルコールを体に流し込んでストレスを発散させようとしたのだが……そう簡単に怒りは消えない。それが先ほどの愚痴に繋がったのだ。

 

 それでも酒をチビチビ飲みゆっくりとしていると、少しは溜飲も下がる。アルコールが体に少し回ったのか、ほろ酔い気分になり気持ちが良くなっていたデケムだが、私室の扉がノックされて一人の時間が邪魔された事に少し気分が害される。

 

 ───全くどこのどいつだ! 私の時間を無碍にする輩は……

 

 しかし王としては、無価値な家臣相手でも少しは慈悲の心を見せてやらねばならないと入室を許可する。

 

 入ってきたのは男だった。デケムはその男を見ても名前を思い出せない。覚えるに値する価値ある存在がこの王城にはいないからだ。

 

「何の用だ?」

「……ご報告致します。───様が御身に謁見を望んでおります」

「何? 誰が謁見を望んでいると?」

「───様で御座います」

 

 最初名前が聞き取れなかったのかと思い、デケムは再度問いかけるが、帰ってきた名前に憶えがなさ過ぎてどいつの事だと、不機嫌になってしまう。

 

 ───全く。なぜどいつもこいつも、覚えるに値しない名前ばかりなのだ

 

 価値がある相手であれば聞き返すこともなく認識できるのに、エルフの王国には無価値な存在しかいないせいで名前を聞いてもピンとこないと思わずデケムは憤ってしまう。

 

「……───様は御身の娘で御座います」

「娘? なぜそいつは私に謁見を申し出ているのだ」

 

 娘と聞いても、娘が多すぎて本当に誰か分からない。そこからどの娘だと聞き返し、とある弓を持つ子だと分かりデケムの態度が一変する。娘の名を聞かれても一切不明だが、弓を───父から譲り受けた至宝の事となればピンとくる。その弓を貸し与えていた子供が誰なのかようやく判明し、同時に途方もない怒りがデケムに湧き上がってくる。

 

「なぜそいつが王城に戻り、私に会いたいなどと我儘を抜かす! 法国の兵士を皆殺しにするまで戻るなと言い付けた筈だが?」

 

 王であり、同時に親である己の命を破り城に戻ってきた子供。それはあまりにもデケムを侮辱する行為だ。子が親に反抗するなど以ての外であり、同時にこれは王命なのだ。それを破るなど、これは明確な反逆行為に他ならない。

 

 デケムの視線に殺気と憤怒が籠められ、それを受けた男が心臓を抑えて蹲る。男とデケムには圧倒的な実力差があり、こうやって真正面からぶつけられるとそれだけで心身に影響が出てしまう。その光景を見てデケムは更に苛立つ。なぜと自分が問いただしているのに、この程度の事で動けなくなる弱者が身の回りの世話をしているのだと、どうしても受け入れ難い。

 

 仕方ないので殺気を緩め───

 

「すぐにその失敗作を連れてこい! 折檻をせねばならん」

 

 何とか動けるようになった男は、這う這うの体で私室を出ていき、すぐに小さな幼女を連れて戻ってくる。

 

 その幼女はデケムの視線を受けて、大きく体を震わせる。

 

「お前が私に会いたいと申し出た子か……なぜここに戻ってきた? 俺はお前に戻ることを許した覚えはないぞ」

「あぅ……その……」

 

 物理的な力まで伴ったデケムの眼力に押され、幼女は気圧されるが、彼女がここに来たのはもっと恐ろしいかもしれない何かに、メッセンジャーとして遣いに出されたからだ。それを胸に、どうにか幼女は言葉を絞り出す。

 

「で……伝言を、頼まれたから、戻って、きま、した」

「伝言だと? 法国の無能共から、何か言葉を伝えられたとでも?」

「ち、ちがい、ます。そ、その……クロウ……クロウ! ホウガン! クロウホウガンの! 古い友達が! 会いに来たって!! そう伝えてって!!」

「なに? クロウ……父上の友人だと!!」

 

 先ほどまでの怒りは消え、伝えられた名にデケムは強く反応する。クロウ・ホウガン。それはもはや自分以外は誰の記憶からも消えてしまった、とても古い名前。八欲王などと呼ばれ、歴史の闇に葬られてしまった最強の父の名前。

 

「なぜ父の名前を……どういう事だ! 説明しろ!!」

「あっ……その……黒い鎧で……白い、綺麗なエルフを連れてて……私の、私の矢を受けても、なんともない人で……その人が伝えてって……会いに行くから、伝言だって!!」

「父の友人がここに?」

 

 父であるクロウはかつて世界を制した男。そんな男なのだから、友がいたとしてもおかしくないが……そこまで思考したところで、後半に少し気になった言葉があったので、デケムは幼女に再度問いただす。

 

「白い綺麗なエルフとはなんだ?」

「そ、その! 私を動けなくする変な技を使う人で……赤い目で、怖くて……でも綺麗で……怖いぐらいに……」

 

 そこからはしどろもどろに良く分からない言葉を喋るだけになってしまったので、デケムは幼女を下がらせる。

 

「父に友がいたとは……それに白いエルフを連れているか」

 

 今までにない事態にデケムは思考を働かせる。父の名前を知っているのだから、友なのは間違いないだろう。それよりも一つ気になっていることがあった。

 

「さっきの子は至宝を持たせた子。ならば失敗作の中でも、それなりに役立つ子の筈。それなのに矢を受けてもなんともない……」

 

 デケムは父の友なのだから、それぐらいはおかしくないと納得する。納得し、その白いエルフとやらに興味を抱く。

 

「失敗作とは言え、それを強制的に動けなくする謎のスキルか。面白いな」

 

 スキルは得てして、実力差が離れると効かなくなる。逆に相手の方が圧倒的に上ならば、劣る側に対抗する手段がなくなる。つまりその白いエルフは、失敗作とは言え自分の子よりも上の可能性が高いのだ。

 

「ふむ……その白いエルフを、新しい母体にしてみるか」

 

 自分の周りにいる母体はどいつもこいつも役に立たない。そのせいで碌な子が生まれないのだと、デケムは悲観した事が多々ある。

 

 だが父の友が連れていて、実力が伴っている可能性のあるエルフとなれば、そんな女共と違い母体としては優秀な可能性が高い。

 

「もしかすると、亡き父の魂が導いてくれたのかもしれんな」

 

 そんなセンチメンタルな気持ちにデケムは思いを馳せながら、残っていた酒を口に含むのであった。





溜め回 

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