リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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世界で一番の── 後編

 全てが終わった。何もかもが終わった大地で一人、サトルは痛む体を動かして立ち上がる。体の半分近くが消し飛んでしまったが、自動回復能力により傷は治りつつある。肉体の損耗率を無視するスキルと、アンデッドの鈍い痛覚のおかげもあり体は問題なく動くようになっていた。

 

 しかし肉体ではなく、精神。サトルの心は擦り切れており足取りは重い。それでも足を動かして、緩慢な動作でそれの元に近づいていく。

 

 それは地面に横たわっていた。それは二度と動かない肉塊だった。それは目を閉じていて、二度と開かれる事はない死体だった。

 

 死体なんて見慣れている。地球の頃には、親に捨てられたストリートチルドレンが道端で冷たくなっていたのを目撃したこともある。もしもサトルが小学校を卒業していなければ、そこに混ざっていたのかもしれない。2100年代の企業が支配した地球では当たり前の光景。それを見て育ったサトルにとって、今更死体など……。それにアンデッドになってからは、生者に対する感情がほぼ死んでおり、死体を見ても「ああ、死んでるな」としか感じなかった。

 

 けれどその死体だけは全く違う。それを見た直後サトルの自分の目を抉りたくなった。見たくもない姿がそこにあるから。

 

 それの傍らに膝をついたサトルは、傷だらけの死体の顔を撫でる。何者よりも美しかった宝石のような顔には無数の傷が入り、全盛期の面影を失わせてしまっていた。それでも彼にとっては宝石より美しく……認めたくなくて、無理やりサトルは声を絞り出す。

 

()()()()。いつまで寝てるんだ? そんなに寝てたら、俺は……俺は心配しかしないぞ? こんなドッキリ楽しくないんだぞ? 今なら笑って許すから……」

 

 だから目を覚ましてくれ。

 

 サトルの掠れた声はあまりにも小さく、未だに燻り燃えている火の爆ぜる音に呑まれて消えていく。

 

 事実を直視したくなかった。アイリスが死んだことを認めたくなかった。蘇生の魔法が籠められたマジックアイテムを使ってもアイリスは蘇らない。権能を駆使しても戻らない。失った命は戻ってこない。それを突き付けられて……サトルはただ顔を覆う。

 

 涙は出てこない。アンデッドの体には涙腺がないのか、どれだけ悲しくとも涙は一切零れない。それがどこまでもサトルには恨めしい。アイリスのために泣けない自分の体に、初めて怒りが湧き上がる。

 

「くそが……くそがぁ……」

 

 どれだけ心の底から言葉を絞り出そうと、その事実は変わらない。そのことがやはりどうしよもなく悔しいサトルは、自分の怒りを胡麻化そうとアイリスの頬を───涙の跡と思わしき筋を指でなぞる。

 

 生きていた頃。撫でるだけで暖かった頬からは熱が失われていて、サトルの体と同じ冷たさしか宿っていない。生きていた頃なら、サトルがこうやって頬をくすぐるだけでアイリスはくすぐったそうにしながら笑い返してくれた。けれど……もう笑い返してはくれない。

 

「アイリス……」

 

 どんな気持ちで彼女は泣いたのだろうか。どんな気持ちで最期を迎えたのだろうか。希望の花はそれを二度と語ってはくれない。どれだけ想像しようとも、サトルの記憶の中でほほ笑むだけ。

 

「俺を導いてくれるんだろ? 俺を『真心』で包んで癒してくれるんだろ? 俺の元を去らないって……そう約束してくれたのじゃないか……アイリスとしてここにいるんだろ……約束破りは……嘘つきなんだぞ」

 

 ボロボロのアイリスの肉体を抱きしめて、サトルは体の代わりに心で涙を流す。冷たい体からは、あのたまらない熱を二度と感じ取れることはない。生涯で尤も大切な──が失われたのだと。そんな慟哭をサトルは───

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

「くそが」

 

 薄暗いコテージ───サトルにとっては、昼間と大して明るさの変わらない暗闇の中でサトルは目を覚ます。

 

「なんて悪夢だ……」

 

 汗腺のない体なので汗一つかかないが、気分としては全身がぐっしょりと濡れたようだとサトルは少し不快さに露わにする。しかしすぐにその気分は晴れた。

 

「バジリスクのフライドちきん……」

「……それはコカトリスだろ。バジリスクは鶏じゃなくて、蜥蜴だ」

 

 アイリスの変な寝言が腕の中から聞こえてきたからだ。意識すると匂うアイリス特有の桃とココナッツの香り……サトルが教えてもらった限りでは、ラクトンの香りなのだとか。ともかく無駄に甘い香りがするアイリスの体臭に、サトルの精神はかなり和らぐ。

 

 匂いだけでなくアイリスの暖かくサトルの芯にまで届きそうな体温と、抱き締めると柔らかい感触もまた、サトルの心を落ち着けさせてくれる。

 

 ……夢の中の冷たく硬い死者のそれとは違う、生者だけが持つ生命の重み。アンデッドになってしまったサトルが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アイリスの輝き。

 

 これがこの世から完全に消えてしまう。そんなもの悪夢以外の何物でもない。

 

 なぜそんな夢をみてしまったのかは、サトルには分かっている。

 

(セプテントリオン……だよな)

 

 アイリスと二人で産み出した新世界『ユグドラシルⅡ』。そこに住み着いてしまった世界級エネミーへの不安から、アイリスが亡くなる夢をみてしまったのだとサトルは考えてしまう。

 

 今までは存在Xのみを脅威とみなし、これがもし降臨してこちらを害そうとするのであればサトルは潔く降伏するつもりだった。逆に言えば、存在X以外であれば土下座をしてでもアイリスと二人で生き延びようと決めていた。

 

 それからこの世界のパワーバランスを調べ、八欲王が暴れまわったおかげで『ユグドラシル』のプレイヤーであれば安全が保障されていると確信し、心に余裕が出来ていた。こちらの世界に転移する前に世界級エネミーの能力を移植していたのと、全装備を世界級品質で揃えているのだ。仮に八欲王が生き残っていたとしても、彼らが異世界特有の技術などで強化していない限りは負ける道理が一つもない。

 

 そしてこの世界には、サトルとアイリスを脅かすほどの何かは今のところ一つもない。魔神───ユグドラシルの60から80レベル程度の傭兵モンスターが脅威となり、サトルが片手間で創造できる40レベルのアンデッドで小国が落ちるのだから、脅威なんてありもしない。

 

 だからサトルは安堵していた……セプテントリオンが現れるまでは。

 

(俺たちは無敵じゃない。相手が強ければ傷ついて、怪我を負わされる。そんな当たり前のことを失念していた。どこかで俺とアイリスなら敵なんていないと……糞)

 

 己への怒りがサトルの中で燻る。転移してからと言うもの、警戒するほどの何かが無かったのと、衣食住や三大欲求が満たされた事でどこか浮かれていた。もしも過去に戻れるならば、サトルは自分を殴り飛ばしに行く。

 

 何を甘い考えをしているのだと、昔の自分を叱り飛ばしたいくらいだ。

 

(俺が甘い思考をしていたから……あの時アイリスは傷を負った)

 

 サトルが思い出すのはドゥーベとの闘い。サトルも大概重症を負わされたが、アイリスはもっと酷い火傷を負っていた。半身が全て炭化するほどの熱により、1回アイリスは死亡している。直後に権能の蘇生効果により復活したが、もしも自動蘇生が無ければ……。もしも蘇生が機能しなかったら……。

 

 そんな想像と、夢の中のアイリスが重なりサトルの背筋に震えが走る。あの光景は夢でしかない。しかし幻ではない。あれはあり得たかもしれない未来なのだ。決してあり得てはならない、最悪の未来図。

 

「痛かったよな……」

 

 サトルの腕の中。すうすうと寝息を立てるアイリスの手に、自分の手を動かしサトルは重ねる。

 

 (小さい手だ)

 

 サトルの手の中に包み込めそうな小さな手。地球時代の体格に今は変更しているせいか、こちらに来てから繋いでいた手とは違うサイズの掌。けれどこの小さな掌こそ、本来のアイリス。

 

 小さくて、愛らしくて、繋いでいるだけで愛おしくなるアイリスの手。それがドゥーベとの闘いでは無惨にも燃え、炭の塊になってしまった。

 

(クソ……何をしてるんだ俺は。アイリスに怪我をさせるなんて。こんなの。こんなの、ウルベルトさんになんて言って謝れば……違う。謝って済む問題じゃない。何をしても償いきれない)

 

 今はサトルに抱かれて穏やかに眠っているアイリスだが、もしも目を覚ます事無く彼女が永眠でもすれば、二度とこんな平穏な時間はやってこない。

 

(ウルベルトさんは俺を親友だと信じて、アイリスを託してくれたんだ。それなのに、俺は……)

 

 アイリスは言ってしまえば、ウルベルトが保護した養女のような存在。そんな彼女を託されたのに、自分は守り切れず怪我をさせてしまったのだ。もしももう一度ウルベルトに出会えて、この事で殴られたとしてもサトルは抵抗する気はない。彼の気が済む迄殴られたって構わない。それだけの大失態を自分はしたのだと、サトルは自罰的になっていた。

 

 ……それだけではない。サトル個人の感情としても、アイリスは何よりも大切な存在。世界よりも大切な人なのだ。

 

 改めてアイリスとは自分にとって何なのかをサトルは自問する。自問と同時に思い返すのは、ナザリックの宝物庫で振り返った時の姿だ。

 

 あの光景を今でもサトルは鮮明に思い出せる。記憶力に全く自身がなく、1週間前の出来事ですら時折忘れる事もあるサトル。ギルドメンバーとの黄金の思い出も、日々のちょっとした会話レベルだとかなり薄ぼんやりとしているが……それでも。一番新しい記憶なのもあるだろうが、それでもアイリスとの日々は色あせてはいない。

 

 あなたはモモンガですか?

 

 腕の中で眠るアイリスはエルフ耳の長い耳になっていて、服も白いワンピースではなく、部屋用の薄着を着ていて恰好は全く違う。それでも外装を変更し、『ユグドラシル』時代の見た目に変えたアイリスはあの日の姿と一切変わっていない。

 

(今思えば、あの時から問わなくとも、サーバーのデータを全て掌握できるアイリスなら俺の事をモモンガだって知っていただろうに……それでも聞いてくれたんだ)

 

 凡人であった自分が怖がらないように……あえて問いかけてくれたのだと、サトルは当時の状況を思い出す。

 

(あの時の俺は……色々と疲れてたな)

 

 皆が去ってしまったナザリック。命令すれば動くがそれ以上は何もしない、旧世代のAIを搭載したNPCだけしかいない拠点。

 

(……俺は必死だったんだ。ギルド長として、みんなが帰る場所を守らないといけないって。守っていれば、いつかは誰かが帰って来てくれるって信じて……だからペロロンチーノさんや、武御雷さんに別のゲームに誘われても断り続けたんだ。俺がやらなきゃいけないんだって、意固地に、必死になって……)

 

 サトルとて心のどこかでは分かっていた。みんな事情があって『ユグドラシル』を辞めたのだ。でも、それをあの時のサトルは認められなかった。認めたが最後、自分だけがゲームではないと思っていたと突きつけられるのが怖くて……だから日常の全てをナザリックの維持に注ぎ続けた。

 

 それでも心は既に壊れかけていた。ナザリックの維持なんて楽しくもなかった。一人でこそこそと狩場に出かけて狩りやすいモンスターを狩り、デイリーボーナスとデイリークエストで得た資金は全てナザリックの宝物庫に納める。

 

 ソロの異形種などPVPでは鴨でしかなく、一度でも他のプレイヤーに見つかれば狩られるだけ。全盛期のAOGであれば報復に出られたが、たった一人しかいないギルドではそれは不可能。

 

 数を揃えるために傭兵NPCを召喚したり雇ったりしても、あまりにもお粗末な性能のAIにイライラが募るだけ。

 

 『ユグドラシル』での日々は輝くばかりで楽しかった筈なのに、いつの間にか義務感だけが全てになっていた。楽しい想い出だけを胸に、ナザリックを維持して、リアルでは誰にも苦悩を打ち明けられず社会の歯車として心が擦り減るだけの毎日。

 

 何にもなかった。ふと歩いてきた道を振り返ると、ギルドメンバーとの輝く思い出以外何にもないのだ。

 

 娯楽は娯楽でなくなり、日常には渇きしかなかった。

 

 でもある日を境に全てが変わったのだ───

 

「No.3333にお任せなのですよ! あらゆる場所でオーナーをサポート! それこそがNo.3333がこの世に生まれた意味なのですから!!!」

 

 ドヤ顔で誇らしげに宣言する、変なAIの登場以降全てが変わったのだ。

 

 No.3333───アイリスは全てを変えてくれた。辛いことしかない仕事を常に手伝ってくれた。

 

 それまでは家に帰っても誰もいない生活だった。『ユグドラシル』で思い出を手に入れる前なら辛くなかった。親との碌な思い出もなく、自分の傍には誰もいない生活に慣れ切っていたから。

 

 ナインズ・オウン・ゴール、ひいてはアインズ・ウール・ゴウンでギルドメンバーと馬鹿騒ぎをして、ナザリックに入り浸るようになってからは家に帰るのが楽しくてしかたなかった。

 

 会社での希薄な関係ではなく、仲間との濃厚な日々が待っていたのだから……。

 

 でもそれも無くなり……ログインしてもナザリックには誰もいない。家に帰っても誰も待っていない。お久しぶりなんて言葉も出てこない。誰もいない空っぽの檻で一人、無為な時間を過ごすだけだった。

 

 でも───

 

「オーナーと共にアイリスはただいまなのですよ! 今日の仕事内容は自己採点で90点! これならオーナーもすぐに昇進、お給料がぽがぽ。良いことづくめのライフワークなのです」

「……あまりにも早すぎたせいで、部長の顔が凄いことになってたけどな」

 

 アイリスの所有者になってからと言うもの、彼女は常にサトルに話しかけた。それは小ネタになるような雑学だったり、サトルがそれほど興味もない為替だったり。とにかく色々とお喋りをしてくれた。

 

 それ以外にも、何かの懸賞で当選した自動で動く掃除ロボットの制御を奪取して部屋を綺麗にしてくれたりと、日常生活を大部分をサトルは世話にもなったりしている。

 

(お金の管理なんかも、全部アイリス任せになったからな)

 

 サトルが苦手だった、細々とした書類整理なども全てアイリスの担当だ。……為替事情や株価の変動をリアルタイムで全て把握していたアイリスは、サトルのお金を一部小遣いとして貰い、わらしべ長者のノリで増やしたりして貯蓄していた。仮に仕事をクビになったとしても、一生サトルが贅沢をしても使い切れないほどのへそくりがあったのだが、これは二度と使えなくなったので今は置いておこう。

 

 とにかくサトルの生活は一変した。以前のサトルにあった心の焦燥や渇きはどこかに消えて、孤独に感じる寂しさもいつの間にか霧散していた。

 

 そして『ユグドラシル』にログインすれば、画面の向こうにしかいないアイリスと共に時間が許す限り遊べたのだ。

 

(ああ……あれは……本当に楽しかった。楽しかったんだ)

 

 皆が去った後、一人でギルドの維持を続けたサトルだが……本当は楽しくなんてなかった。ギルド長としての義務感だけが突き動かしていたのだ。でもアイリスが来てからは違う。傭兵NPCのイラつく動きをするAIと違い、限界まで最適化された動きをするアイリスとの冒険は心の底から楽しかった。かつての仲間たちとは違うけれど、それでも一緒に遊ぶ楽しさが蘇ったのだ。

 

(アイリスが傭兵NPCの操作権限を奪って動かしたりする、とんだハプニングもあったけどな)

 

 そうしてギルド拠点維持用の資金を稼いだら、後はナザリックでのんびりと過ごす。以前であれば空っぽのナザリックに用はなく、金貨を宝物庫に叩き込んだらサトルはすぐにログアウトしていた。

 

「オーナーとお手手を繋いで散歩なのです……ひょっとしてこれはデートなのではないのでしょうか?」

「そうかな……そうかもなぁ……」

 

 曖昧な返事を返すサトルだったが、アイリスとナザリックで過ごすことはとても楽しかったのだ。サトルは彼女とナザリックで色んな事をした。

 

 初めてアイリスがナザリックに来たのは2137年の2月14日。『ユグドラシル』のサービス終了日が、2138年の5月31日。その間、本当に色んな事を……思いつく限りの思い出をアイリスと作ったのだ。

 

 春にはお花見をした。ナザリック第八階層の桜花領域の桜吹雪の中、アイリスが無駄に上手な舞踊を披露してくれた。

 

 夏はナザリックのプールで泳いだりもした。アイリスが普通ならセンシティブ判定からBANを喰らうような際どいビキニを着て、サトルは大層驚いたものだ。

 

 秋にはリアルの時間経過に合わせて紅葉した第六階層の森林の散策だ。ブルー・プラネットが気合をいれて作成した、現実では失われた自然を再現した環境の中で、アイリスと手を繋ぎながら見て回った。あれはこれこれこう言った意図がありますや、上空の夜空にはこんな星座が再現されていますとサトルは彼女から説明を受けたものだ。

 

(ブルー・プラネットさんにも、この世界の夜空を見せてあげたかったな)

 

 彼がもしこの世界に来たなら、心の底から歓喜の声を上げただろうとサトルは思う。もう二度と会えない、大切な仲間の事を思い出して少し悲しい気持ちになる。

 

 ……それ以外にも10月31日には盛大なパーティなんかも開いたものだ。

 

「オーナーも仮装……はいらなさそなのですよ」

「骸骨だからなぁ」

 

 かぼちゃの帽子を被って仮装するアイリスの傍ら、サトルは襤褸切れを纏って終わりだった。異形種の見た目はいつでもハロウィンである。

 

 そして冬にはクリスマス。いつものようにサトルはログインしていて、運営から嫉妬マスク───聖なる時間に二時間以上ログインしているとプレゼントされる呪いのアイテムを押し付けられた。

 

 今までは見るたびになんとも言えない気持ちになっていた微妙なアイテム。だがその年は違った。

 

「オーナーとのリンクコーデなのです!」

 

 NPCであるアイリスは運営から嫉妬マスクを貰えないので、サトルがいくつか持っていた中から借り受け、二人でマスクを被りながら遊んだものだ。

 

(楽しかったなぁ。ペロロンチーノさんがいた頃には、あの人主催で性夜を楽しむギルドに突撃を仕掛けたものだけど)

 

 みんなのログインが減ってからは、そんな時間も消えてしまった。いつしかペロロンチーノもログインしなくなり、リアルで家族がいた人や恋人がいた人。あるいは現実に友達がいたギルドメンバーは、クリスマスやイブの『ユグドラシル』に来なくなった。

 

 どんな時でもログインしていたのは鈴木悟一人だった。最後にログインしていたのも鈴木悟……単独だった。

 

 これから先も一人で孤独に生きて、孤独に死ぬ。それが自分の人生なのだと、何処かで諦めていて……でも違った。乾ききっていたサトルの人生に、新しい潤いをアイリスはくれたのだ。

 

 ……ふと、サトルは思う。いつから自分はアイリスに心が惹かれていたのだろうと。

 

 転移する直前。アイリスから告白されて了承したサトル。あの時大層驚いたサトルだが、心の中にあったのは驚愕だけではない。

 

 ───アイリスより可愛い子なんて、この世にいない。俺にとっての一番好きな女の子は───。

 

(あの時の言葉に嘘なんてない)

 

 あの時。あの時サトルの心にあったのは驚愕と、それ以上の嬉しさだ。あの時にはもう、アイリスに心の底から惹かれていた。ずっと隣で快活に笑う少女。自分の事を支えてくれる女の子。惹かれるなと言う方が無茶だろうと、誰かに向けてサトルは言い訳をする。

 

(でもいつかって言われたら……もしかしたら最初からかも知れないな)

 

 宝物庫で振り返った時の顔。あの瞬間は今でも、すぐにサトルは思い出せる。誰も来なくなった場所で、誰かに反応して貰える。あの時確かに自分は嬉しかったのだ。どうしようもなく、……サトルは嬉しかったのだ。

 

(それだけでも好きだったのに、ウルベルトさんの件で俺の事を励ましてくれて……)

 

 友からの想いと共に、一生をいてくれると約束してくれた鈴木悟の人生で得た中で、最も大切かもしれない一番の宝物。

 

 アイリスは自分の事をいつでも助けてくれていたのだと、サトルは改めて今までを振り返る。

 

(この世界に来てからだってそうだ)

 

 サトルは自分の腕を見る。肉のついた腕を、しげしげと観察する。

 

 この世界に来て色々な事を調べたおかげで、サトルはアンデッドは従来であれば生物が持つ三大欲求を満たせない事を知り得ている。

 

 けれどサトルはアンデッドでありながら、食事も取れるし、睡眠も取れる。普通の生物と同じように、食事を楽しめて、惰眠を貪る快楽を享受している。

 

 それだけに留まらず、性欲だって満たせてしまう。

 

(それもこれも、全部アイリスがこの世界に転移する前に、俺の外装やデータを弄ってくれたから)

 

 だから色々を体験できる。温かい食事の有難みも、柔らかなクッションに包まれる心地よさもを得られたのも、全てはサトルの腕の中で眠る一人の女の子がいたから。

 

 ……ある初めてですら、彼女は自分に捧げてくれた。

 

 サトルは恩には恩を返さなければならないと考えている。仇には仇を返さなければならないとも。

 

 恩には恩を。仇には仇を。その理屈を適用するのであれば、何をすればサトルはかつての仲間とアイリスに報いられるのだろうか。

 

 もはや会えぬ仲間たちへの、心からの感謝は絶対に返せない。何物でもないモブ役の鈴木悟に、冒険や未知に触れる楽しさをくれた輝かしい思い出の数々。あまりにも大きすぎる恩がサトルにはあるのだ。

 

 それはアイリスへも同じだ。ウルベルトの願いが彼女を自分の元に遣わせてくれた。次世代を担う最高峰のAI。鈴木悟が生涯を掛けても得られぬ電子の神は、ただの凡人だった自分に色々な初めてをたくさんくれた。

 

 それは恩なんて言葉では表現できない。

 

 かつての仲間にはもう会えない。親友なんて最高の呼び方をしてくれたウルベルトにも会えない。だからもう、恩に報いられない。だから……その分全てをアイリスに返す。ウルベルトの想いを持つアイリスであれば、ある意味ギルドメンバーと言っても過言ではない。だからギルメンへの感謝と、アイリス個人への感謝。その恩を全て唯一会える彼女に返さなければならないと、サトルの思考は縛られている。

 

(これから先、アイリスは俺に色んな想い出をきっとくれる。それがある以上、絶対に返しきれないけど……それでも。俺はこの子に全部を上げるんだ。鈴木悟の人生を全部上げる。俺みたいな凡人を、オーナーだって嬉しそうに呼んでくれて、大好きだって愛してくれて、貴方を導くって……)

 

 そう約束してくれた親友からの贈り物。

 

 地球の頃とは違い、電子の神としての力の大部分をアイリスは失ってしまっている。あの頃の鈴木悟はどうしようもない凡人でアイリスとは驚くほどの実力差があったが、こちらに来てからは力が逆転している。

 

 頭脳の面では未だに後塵を拝しているが、物理的な能力においてはサトルの方が今は上だ。

 

(この子が俺の知恵や希望になってくれるなら、俺はこの子の盾にでも剣にでもなってやる。……そうだ、地球にいた頃とは全く違う。違うんだ)

 

 アイリスは電子の神としての力を失い、全盛期の頃の力を大幅に喪失している。今の彼女は弱体化しているのだ。

 

 知恵や記憶力と言った面は未だにアイリスの方がサトルよりも上だが、物理的な暴力面の力はサトルの方が遥かに上。

 

(だから俺が守らなくちゃいけない。何があっても、この子を災いから守らなきゃいけない。夢の中でみた光景は絶対に避けなければいけない)

 

 サトルは少しだけアイリスを抱きしめる力を強くする。己の宝物が何処にもいかないように力強く。自分の宝物が何物にも害されないよう守るように。

 

 ……セプテントリオンのように、こちらを害せる存在がいると分かった。もしかしたら、この世界にも自分達を害せる存在がいるのかもしれない。

 

 確かに八欲王がこの世界を一度は支配したのだから、彼らを超えるサトル達ならば安全は一見保障されているように見える。しかし───

 

(俺たちが電子の世界から連れてこられたように、別の電子世界からこの世界に来る可能性もある)

 

 これがサトルには怖い。この世界の原住民の上限は低く、サトルやアイリスを殺せはしないのかもしれない。でも別のゲームから、あるいは異世界や並行世界から侵略者が来たら。もしも宇宙から異星人が攻めて来たら。それがあり得ないと断言できない。なにせ自分達がこの世界にとっては異物なのだ。それなのに、どうしてそれがあり得ないと断言できるのだろうか。

 

 セプテントリオンによって、無敵ではない事を証明させられた。同じ世界出身の世界級エネミーに怪我を負わされる程度の強さしか……アイリスにしろより強者であるサトルにしろ、その程度の強さしか持ち得ていない。

 

 それなのに他のもっと強大な世界からやってきた、自分達のような外来種がいたとしたら……狩られてしまう。今日アイリスが狩った熊のように、今度は自分達が喰われる側になる。それを否定できない事が、サトルにはたまらなく怖い。

 

(今日の熊だってそうだ。あれは幸い、この世界の在来種だったみたいだからアイリスが返り討ちに出来たけど、あの熊が実は外来種でアイリスの数千倍以上強くて、レベルで言えば1億あった可能性もあるんだ)

 

 なのにアイリス一人で森の中を探索させてしまった。警戒心が足りなさ過ぎた。それで彼女が亡くなりでもすれば、それはサトルの責任だと彼は自罰的になってしまう。

 

(相手が油断したり、意思があるなら土下座だってなんだってしてやる。でも……でもだ。それこそ知性のないやつで、なのに力だけはこちらより上だったら───)

 

 不安は幾らでも湧いてくる。0に近い可能性でもけっして否定できない。失う事が何よりも恐ろしいサトルには無視できない。だから……アイリスが亡くなる悪夢なんて見てしまった。

 

「俺はこの子と、この子と歩む未来を守らないといけない。何をしてでも……俺が守らないといけないんだ」

 

 それが親友から託された者の責務であり、同時に託された大事な宝物の所有者である俺の責務だとサトルは何度も呟く。二度とアイリスの手が燃えたり、彼女が傷つくような事があってはならない。そんな真似をしてはいけない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(そうだ……アイリスを守るためならば、何をしても許される。この子と紡ぐ幸福のためなら、なんだって許される)

 

 これは誓いだとサトルは自分に言い付ける。何があっても、アイリスを絶対に守り切ると。

 

 それは外来種からの脅威だけではない。この世界にもあるかもしれない、未知の何かからもだ。今は自分達が上回っているかもしれない。けれどこの先はどうだろうか。

 

 個体としてのレベルは大したことはないかもしれないが、核兵器や起動兵器など、強力な武器が開発されたら簡単にその差を覆されるかもしれない。もしもそんなものが出てくれば、必ず弱者は強者を倒しに来る。サトルが同じ立場なら絶対にそうするのだから……

 

(それだけじゃない。ジルクニフが言っていたじゃないか。アイリスの美貌だと、それを巡ってトラブルの元になるかもしれないと)

 

 もしもこの世の全てがこの子を狙うような事態がくれば、その時には世界の全てを焼き払ってでも守ろうと誓う。危険因子が残らないように、禍根から全てを絶つ。

 

 アイリスは世界より重いのだ。数億、数十億、数百億の魂をくべてもなお釣り合わない絶対の一。想い出ではなく、隣に実在する鈴木悟の人生において二つしかない宝物の一つ。これだけは何があっても汚させてはいけない。

 

 ギルド長としてナザリックをサービス終了日まで守り切ったように、ウルベルトの友として必ずこの命が尽きるその日までアイリスを守り切る。

 

 サトルは命をかけて戦う英雄の物語なんて鼻で笑う。安全圏から一方的に殴れば良いのにそれをせず、真正面からしか戦わない英雄なんて馬鹿としか思わない。勝てるかどうか分からない戦いに挑むなど、サトルの感性からすれば絶対にあり得ない。せめて90%以上の勝率。それが無ければ挑むなど馬鹿の行動だ。

 

 何をしても最終的に勝てば良いのだ。勝った方が絶対的に正しいのだ。

 

 しかし、だ。もしもアイリスを助けるために命が必要なら、己の生涯なんて惜しくもない。これだけは命を代価にしても釣り合う。

 

(ウルベルトさん……俺は絶対にアイリスを傷つけさせません。俺を信じて託してくれた、ウルベルトさんの信頼は絶対に裏切らない)

 

 コテージの暗闇の中。魔王の眼としか表現できない灼眼がひと際強く輝く。暗い情熱が人知れず燃え盛るのを誰も知らない。

 

 この世で一番強大な力の持ち主───絶対の超越者(オーバーロード)の心に、黒い死の炎が燃えていることに誰も気づかない。

 

 それをもしかしたら唯一止められるかも知れない人物もその事を知らず、オーバーロードの腕の中で安らかな寝息を立てている。しかしサトルの抱き締める力が強かったのか、少し体を揺すって苦しそうにし始めた。

 

 その様子に気づき、力を入れ過ぎていたことに気づいたサトルは慌てて力を緩める。そうすると、苦しそうにしていたアイリスの寝息は穏やかな物に変化する。

 

「俺が苦しめてどうするんだよ……ごめんな、アイリス」

 

 謝罪の言葉と共に、アイリスの白銀の髪と頭をサトルは撫でる。寝ながらもサトルに撫でられるいると体が覚えているのか、アイリスの頬が緩み「乾物……干物……」と寝言を漏らす。

 

 それを見たサトルは───

 

「だからそれは生ものだって、全く……。いい夢を見るんだぞ。俺みたいに悪夢を見るんじゃなくてな」

 

 今日アイリスが良い夢を見れるように。明日もアイリスが良い夢を見れるように。自分は自分のする事をするだけだと、サトルは気合を入れなおした。

 




主人公がヒロインのために改めて決意表明をする王道回

サトル:ウルベルトさんは不安よな

アイリス:すやすや

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