リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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傲岸不遜な王

 朝。エイヴァーシャ大森林の中は薄暗く、朝焼けの光が地表まで届きにくい。それでもコテージ内に届く僅かな光に反応したのか、アイリスが目を覚ます。

 

「……おはようなのです」

 

 妙に低い声でくぁあ……と小さな欠伸をしながら、アイリスが半開きの目でサトルを見ながら朝の挨拶をする。

 

「えらい眠そうだな」

「なんだか妙に寝苦しかったのです。体も変にネガティブで、なぜかギチギチするのですよ。頭皮もなんだか擦り切れた感じがするのです」

「……そうか」

 

(ごめんなアイリス! 多分それ、俺が一晩中抱きしめたせいだ!! 本当にごめんアイリス!!)

 

 アイリスの状態について、非常に心当たりがあるサトルは心の中で謝る。

 

 あの後。

 

 悪夢を見て起きてしまったサトルは妙に不安を覚えて寝る事が出来ず、一晩中アイリスの頭を撫でたりして時間を潰した。その影響で体にアイリスは違和感を覚えていた。

 

 バレたら「女の子が寝ている時に、そんな事をしたらメッ! なのです!!」とアイリスに怒られそうな気がするので、サトルはその事を黙っておく。

 

 そんなサトルの目をじっと見つめるアイリス。

 

(まずい! バレたか!!)

 

 こういう時、非常に勘が良いのがアイリスであるとサトルはよくご存じだ。どうにか誤魔化そうと言葉を考えていたところで───

 

「んっ……」

 

 目を瞑り、アイリスは顎を突き出す。

 

(あっ、おはようのキスの方か……普段はこんなおねだりあんまりしないけど、なんか今日はいつもよりぽわぽわしてるな)

 

 キス待ちの間、横に縦に頭がふらふらしているアイリスを見て、ここまで寝惚けたアイリスも珍しいとサトルは思う……その原因の8割ぐらい、自分にある事からは目を逸らして。

 

 その辺の事情さえ無視すれば、サトルからすれば非常に可愛らしい動作でしかないので、サトルは軽くアイリスに口づけする。

 

「んー……ポジ」

「はいはい、ポジティブポジティブ」

 

 ぽやぽや気味のアイリスの頭をわしゃわしゃしながら、サトルの一日が今日も始まった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 流石に一日経てば伝わっただろうと、エルフ王国の王都にまでやってきたサトル。その隣には眠気も無くなり、すっかり元気になったアイリスがいる。

 

  王都は多数のエルフツリーが密集した地帯であり、その周囲は見渡し易いように森が切り払われていて背の低い草しか生えていない。

 

(防衛の観点からそうしたんだろうな)

 

 サトルは王都を防衛する兵士が必ず草原に潜んでいると確信しながら、アイリスを傍らに草原を行く。

 

(呼び止められるか、それともいきなり攻撃されるか。あの女の子から王にちゃんと話が通っていれば、こんな警戒をしなくてもいいんだが。それは少し虫が良すぎるかな)

 

 自分達は王都を守る衛兵からすれば異分子だ。異分子は例外なく敵。そう考えるのが自然だとサトルは警戒し、飛び道具に対する防御用手段をあらかじめ用意しておく。

 

 サトルにしろアイリスにしろ、魔力の籠っていない飛び道具に対する完全耐性を有しているし、神器級以下の魔法武器は魔力が足りない判定で無効化できる。だから正直なところこれだけでも十分だが、念のためにカウンター魔法をいつでも発動できるように仕込む。

 

 しかし───

 

「いないな」

「ポジティブ」

 

 草原に敵らしき反応が少しもない。普通なら伏兵を潜ませて、不審者がある程度まで進んだところで転移阻害を使うなりなんなりするとサトルは思うのだが……本当に反応が全然ない。

 

(なぜだ?)

 

 疑問を抱くサトル。わざわざ見渡しのいい草原を作っておきながら、そこに兵を配置しないなどサトルの常識からすればあり得ないからだ。

 

(俺やアイリスの探索をすり抜ける、なにか特殊な手段を保有している可能性があるのか?)

 

 なのでサトルは、実は兵が潜んでいるのだが、それを自分が探知出来ていないのではないかと疑う。

 

 ともかく囲まれて棒で殴られるリスクはあるが、こちらから出向くと一応伝えてはいる───伝わっていればだが───のだから、サトルはここから引き返すのは社会人としてのマナーに反すると、脳の半分近くを警戒心に割きながら王都に直進。

 

 多数のエルフツリーが生え並ぶ場所までくれば、哨戒兵などが王都の周りを歩いているのが見て取れる。

 

 そんな彼らに呼び止められて、何をしに来たのだとお決まりのやり取りを二人はする。

 

「デケム・ホウガン殿に会いに来た。通しては貰えないだろうか」

 

 兵たちはデケムの名が出た途端、無表情だったり渋い顔になる。その事に「ん?」とサトルは訝しむ。王の名前を出して警戒して睨まれるならまだしも、そんな反応をされるとは思ってもいなかったからだ。

 

 兵たちはサトルが連れている小さなエルフ───アイリスを見て「ああ……」とでも言いたげなため息を漏らす。それを見たアイリスが「これは……」と声を漏らしたことにサトルは気づき、彼女の方に少し振り向こうとし───

 

「通れ。王がお待ちだろう」

 

 と。なんでもないかのように、見張りの兵たちはサトルとアイリスを通してしまう。あまりにも警戒心が無さ過ぎる態度に、サトルは大いに面喰う。

 

(一体こいつらの態度はなんだ? なぜここまであっさりと通す?)

 

 もしかして話が通っているからなのかと疑いそうになるが、哨戒兵の態度はそんな雰囲気ではなかった。そこで何かに気づいたらしいアイリスに、兵たちが離れてのを見計らってサトルは聞いてみることにした。

 

「……ネガティブ……とでも申しましょうか。あの兵たちの言動に、デケムへの敬意が無かったのです。それとアイリスを見て……可哀そう。そうですね。可哀そうな人に向ける視線をしていたのです」

「……なんだそれは」

 

 敬意が無いのはまだ理解できる。サトルだって地球時代、社長に対して敬意を持ったことなどない。だから末端の兵士が敬意を持ってないと言われても、そんな事はあるだろうと思えるが……しかしアイリスを見て可哀そうと言うのはどういう意味だと問いただしたい。

 

(視線が気に食わなかったからって、食って掛かるつもりはないけどさ)

 

 王都に来たばかりだが、現時点で少しサトルは嫌な気分になっていた。エルフ王都に立ち並ぶ背の高いエルフツリーが、密集具合と相まって地球の都市───灰色に薄ぼけて、夢も希望もなかった元の世界を思い出させることもあり、忌避感を感じてしまう。

 

 胸にもやもやとした何かを抱えながら、サトルは兵から聞いた王城へと向かう。

 

「ここが王城……か?」

 

 サトルは思わずそんな疑問を声にしてしまう。サトルが知る王城とは、ジルクニフの住居でもある皇城だ。非常に煌びやかで広く、モダンな豪華さが詰まったおもちゃ箱のような場所だ。それと比べるとなんと言うか───

 

「すっげえ地味だ」

 

 ただのバカでかい木で出来た大型のツリーハウス。それが王城だと言われても、サトルとしてはなんか地味としか言えない。

 

(ここに来るまでの間に、あまり文化や文明が発達してないとは思ってたけど……この国で一番偉いやつが住む場所がこれって……いやいや駄目だぞ俺! 相手の文化を馬鹿にするような事を考えては!)

 

 ぶんぶん首を振ったサトルは王城の前にいた兵と話し、その兵もアイリスを見て「そうか……」とだけ呟いてからサトル一行を通してくれる。

 

 城と言う名の木の中は思いの外明るい。天井に魔法的手段が埋め込まれているのか、ちょうどよい明るさで中を照らしていた。

 

「光系の罠……と言うことはなさそうだな」

 

 手を握ったり首を動かしたりして、自分の体に異常が無い事をサトルは確認。『ユグドラシル』時代なら、大抵のプレイヤーは暗闇デバフや物理的に光を遮断して見えなくする戦法対策に、『暗視』系のスキルを持っていたり装備していた。なので拠点なりに点ける明りは大抵、光そのものに何かしらの妨害系を仕込むことは当たり前だった。

 

 サトルがギルド長をしていたナザリックにしても、明りを受けると強制的に透明化を解除したり、防御力や攻撃力を下げる効果が仕込んでいる場所もあった。なのでそれを警戒してサトルは確認したのだが、特にそういった副次効果は無さそうだった。

 

(ふむ。陛下の皇城もそうだが、この世界では拠点や住む場所に罠を仕掛けることは珍しいのか? 法国も六大神のやつらがいた頃は違ったのかもしれないけど、今じゃ大した防備を布いてなかったし……)

 

 サトルはジルクニフから譲り受けた邸宅に、アイリスと共に100レベルプレイヤーを想定した大量の仕掛けを施している。内部に踏み込めば、盗聴盗撮に敵対者を地面の中に飛ばす転移罠なりがこれでもかと仕掛けている。明りにしたって、サトルかアイリスの許可を受けていないカルマ値がマイナスの相手を問答無用で殺すようになっていた。それでもサトルとしてはまだ足りないのに、エルフの王が住む城にその手の防衛装置が無い事に、どうにもこの世界の住人はどこか無警戒なのかとサトルは思ってしまう。

 

(いや……駄目だ駄目だ! そんな相手を舐めてはいけない。そう思わせておいて、実は仕掛けがないように見せかけているだけの可能性もあるんだ。俺がこんな呑気な思考をしているから、アイリスが傷ついたんだぞ。しっかりしろ俺!)

 

 サトルは自分を叱咤する。アイリスに最強データにされて、その状態で転移したせいか、『ユグドラシル』時代の警戒心が薄れているのではないか。そうサトルは自分を叱りつけた。

 

(常に相手を観察しろ。彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うからず。ぷにっと萌えさんの教えを忘れるな。自分がどれだけ強くなっても、常に俺自身は弱者だと思って行動するんだ。そうしなければ必ず負けてしまう)

 

「オーナー?」

 

 アイリスが亡くなる悪夢を見て、元来の警戒心を取り戻しつつあるサトルに対してアイリスは、そんな様子を見て何かおかしいなと思うが……

 

「行こうアイリス。デケムに会おうか」

「あっ、ぽ、……ラージャ! お待ちくださいなのです!!」

 

 サトルがアイリスの手を引いて歩きだしたので、慌ててついていくことにする。彼の様子に多少の不安を残しつつも、二人はデケムがいると思わしき場所を目指す。途中で執事───多分執事か使用人らしき無表情なエルフ男性を見つけたので、エルフ王に会いに来たと伝えると───

 

「あなた方が……どうぞこちらに。王はこちらにおられます」

 

 非常に気力のない声の男に先導されながら、二人は王の私室へと連れていかれる。

 

「すまない。私室……私室? 謁見室など、ここにはないのだろうか」

「ありません。我らが王に、人が会いに来られる事はありませんので」

「そうか。いや、すまない。エルフは知っていても、この国の文化には疎いものでな」

 

 はははとサトルは笑うが、無表情の男は何のリアクションも返さない。途端にサトルは居心地が悪くなってしまう。

 

(お客さんに対して不愛想すぎるだろ! そりゃ、いきなり尋ねてきた俺たちが悪いんだろうけどさ!! もう少しなんかこう、あるだろ!!)

 

 サトルの知る王城に務める使用人と言えば、貴賓館の笑顔を浮かべていたメイドだ。あれほどとは言わないまでも、なにか愛想笑いぐらい返せないのだろうかと言いたくなって───

 

『オーナー。……嫌な予感がします。警戒を怠らないでください』

「アイリス?」

 

 無詠唱の<伝言>で念話を繋げてきたアイリスに、サトルは視線を向ける。相手がだれであれ警戒は常にしており、最悪権能を使う事すらサトルが視野にいれていると知っているはずなのに、あえてアイリスは警戒を促す。その事にサトルは目を見開き、警戒レベルを引き上げる。

 

「こちらに我らが王はおられます」

 

 無表情の男がコンコンと扉をノックすると、「なんだ」と不機嫌そうな声が扉の向こうから漏れてくる。

 

「お客様がこられました」

「ん? ……おお、父上の御友人か! すぐに通せ」

 

 しかし機嫌が悪いと一度聞けば分かる声に、すぐに喜色が現れる。エルフの男はその言葉を受けて扉を開き、二人に中に入るように促す。

 

「失礼する」

 

 これが営業としての訪問であり、サラリーな戦士としてなら不合格な挨拶だよなと自己判定しながらサトルは部屋に入室。異邦からの来客としてならもっと腰を低くするが、今回は八欲王の友人としてエルフ王国に赴いたのだ。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは社会人ギルドだったので、ナザリックでサトルはタメ口だったり上から目線で喋ったことがない。だからこの口調が友人としての口調なのかどうか判別し難いが、アイリスからは「良い感じなのです」と事前にOKを貰っているのでこれで押し通すことにする。

 

「お初にお目にかかるデケム殿。私はモモンと申します。こちらはアヤメ。私の伴侶でございます」

 

 サトルの紹介を受けたアイリスは、祭服の裾をつまんでカーテシーをする。そんなアイリスを見たデケムは上から下まで一瞥し、残念そうな顔をする。

 

「少し幼いな……まぁいいか」

「うん?」

 

(幼い? ……確かに今のアイリスは大分小さいが、なんでこいつそんな事を言ったんだ?)

 

 名乗りに対して名乗り返さず、値踏みするようにアイリスを見るデケムにサトルは不信感を覚える。

 

「その……デケム殿……で合っているだろうか?」

「なに? ……はぁ……父の友人と言うから期待してあってみれば、私が誰かも分らんのか」

 

(分かるわけねえだろ! 名刺交換がどうして必要なのか教えてやろうか!! この世界に名刺交換があるのかは知らないし、エルフの文化にあるのかも知らないけども)

 

 開口一番からなんだこいつと思いながらも、サトルはそれを心の中でグッと堪える。あくまでも今日は、エルフ王の父親の友人として訪ねてきたのだ。ここでいきなり他国のお偉いさんに突っかかるのはよろしくないと、サトルは冷静になろうとするが───

 

「───あまり強者と言った雰囲気がないな。本当に父の御友人なのかどうか、試してみるか」

 

 デケムが言うや否や、突如として彼の威圧感が膨れ上がる。サトルにはいきなり体が大きくなったかのように感じ、何らかの魔法やスキルを使用したのかと疑念が沸き、咄嗟に攻撃魔法を使おうとしたところでアイリスに腕を抑えられる。

 

 落ち着いてください。

 

 アイリスの眼がそう語る。それを見たサトルは引き金を放つ寸前だった魔力を霧散させる。しかしサトルは攻撃を止めたが、デケムが何かをしたのかは明白であり、その結果として一つの現象が起きる。

 

 ドザリと音を立てて、二人を案内したエルフの男。彼は二人がデケムの私室に入った後、片隅に待機していたのだが……今は気を失い、白目を剥き泡を吹いている。

 

「ほう! 本気でやってみたのだが、これをあっさりと耐えきるのか。なるほどなるほど。父の友人と言うのは本当だったか。これは失敬」

「……試すために、殺気をぶつける。これはネガティブであると、私は思います」

「殺気……だと」

 

 アイリスの言葉に、デケムが何をしたのかを悟ったサトルの眼が釣りあがる。殺気と言われても、戦士ではなく後衛魔法詠唱者なサトルにはピンとこないが、それでも殺すつもりの気配をこちらに向けた。その事に対してサトルの心がささくれ立つ。

 

「ねが? ふむ、未開の言葉は良く分からんな」

「よろしくない、あるいは怒っている。不愉快です。こういえば、意味は伝わりますか」

「不愉快? 何に怒っているのだ、お前たちは。父の友なのだろう? ならばこれぐらいは耐えるだろうと行った。それがどうかしたか」

 

 何言ってんだこいつ。そんな困惑がサトルの胸に湧き上がる。家族の友人だとこちらを認識しているのに、殺気をぶつける。そのうえで何も悪びれない。あまりにもチグハグな行為でしかなかった。

 

「しかしあれだな、お前は私に対して、少し尊大すぎる。私の殺気を受けて怯みもしないのは優秀だが、そのような態度を取るようであれば、私の閨に入る前に少し性根を叩き直すように調教しなくてはならんな」

 

 アイリスの言葉遣いが気に食わなかったのか、デケムは椅子から立ち上がり彼女に近づく。エルフ王の手がアイリスの顔に伸びる。その動きはアイリスからすれば非常に緩慢であり、目を瞑っていても避けられる程度の動作。

 

「そういう手合いでしたか。これは私の失態です」

 

 エルフ王デケムがどうしてこんな態度を取っているのか。どうして兵たちが無表情だったのか。どうして部屋の片隅で倒れている男が、あんなに元気がなかったのか。その一端を察したアイリスは自分に伸びる手に対し、さぁどうするかと悩む。初対面の男に無遠慮に顔を触らせる気など、アイリスには毛頭ない。……違う。初対面で無かろうとも、サトル以外の男に顔を触らせなどしない。自分に男性として触れていいのはサトルだけ。そう決めているアイリスは、いつでもこの手を捻じ曲げたり破壊できる。普通に避けるだけでもいい。

 

 しかしそれをして、当初の計画を狂わせるのは得策ではない。クロウの友人云々をサトルに勧めたのはアイリスだ。そんなアイリスは、自分の信条だけでデケムの勘気に触れそうな事をしても良いのだろうかと、少し躊躇する。

 

 その間にもデケムの手は伸びてきて───アイリスに触れる前に、漆黒の腕がその腕を横から掴む。

 

「おい。何をしている」

 

 アイリスですら聞いたこともない、平坦で低い声が、兜の下から響いた。





デケム:一発引っ叩いて上下関係を教え込むか

アイリス:しまったのです。こんな性格なら来なかったのですよ

サトル:……………………………………
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