リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

46 / 90
開戦

「むっ! 父の友とは言え、エルフの王である私に触れるとは何事か!!」

 

 漆黒の鎧を着たサトル。彼に腕を掴まれたデケムは怒りを露わにする。父であるクロウの知人だからと、必要以上に特別扱いするつもりはない。父は父であり、かのエルフだけがこの世の頂点に立つ存在。そんな偉大なエルフの血を引き継ぎ、王として君臨するのが自分なのだとデケムは自負している。

 

 デケムは思う。この世は三つに分類される。一つは偉大なる最強の戦士にして、絶対なるエルフのクロウ。クロウの子であり、エルフ王の己。そして、それ以外。あらゆる生命が父と自分とエルフが最高の種族である事を証明するための踏み台。それがデケムの常識であり、この世の真理だ。

 

 それなのに……この漆黒の鎧を着た男は、自分の腕を断りもなく掴んだのだ。王の玉体に触れるなど、例え慈悲深い王であると自認するデケムであろうとも通常では許しはしない。例え事前に申し出を入れたとしても、デケムは許可など出さない。それだけでなく、新しい母体に対して折檻するのを明らかに邪魔したのだ。

 

 これだけでデケムとしては万死に値する行為。サトルが父の友人で無ければ、今すぐにでも最強の召喚精霊『ベヒーモス』で叩き潰している。それをしないのは特別扱いはしないまでも、父の友の肩書があるからだ。

 

 ───身の程を教えてくれる

 

 掴まれた腕に力を籠めて、デケムは振り払おうとする。これだけで大抵の相手はデケムの尋常ではない剛力により、哀れにも手足が千切れ飛んだりする。例え耐えられるだけの頑強さが合っても速度に耐えられず宙を舞い、壁に叩きつけられて染みになる。

 

 自分の殺気に耐えられるのだから、この程度でサトルが死ぬとは流石にデケムも思ってはいない。だが、こちらの身体能力がどれほど恐ろしいのかを知れば、このような暴挙にも挑む事は無くなるだろうと───

 

 動かない。

 

「なに!」

 

 サトルの腕はまるで大地に根を張る木々のように、ピクリとも微動だにしない。デケムが腕力で叶わなかった相手など、生前の父や近接戦闘に特化した魔神。あとは魔神戦争時代に出会った白金の鎧を着た戦士ぐらいだ。

 

 それだけにデケムは驚き……しかしすぐに平静さを取り戻す。

 

「なるほど。見た目通りの戦士というわけか。私を凌駕する腕力の持ち主など、何百年ぶりか……流石は私の父が友に選んだだけの事はある」

 

 サトルが戦士職ならば森司祭(ドルイド)、それも召喚特化の後衛職である己が劣ったとしても不思議ではないとデケムは納得した。相手が遥かに劣る愚物であれば、例え前衛職であったとしてもデケムの方が遥かに身体能力では勝る。しかし近い実力の相手と比較した時、デケムはどうしても後衛職のサガとして腕力などは前衛職に劣るからだ。

 

 デケムは己の中でサトルの実力を上方修正する。前衛と後衛の違いはあれど、自らの実力に近いか同等はあるのかもしれないと。

 

 しかしそうなると、デケムとしては自分の不利を悟らざるを得ない。数百年前ならいざ知らず、父も亡くなり、強者と呼べる存在が壊滅して以降デケムは闘いでピンチに陥った事がない。それは彼が類まれなる強者だったから。だから戦士───前衛が相手でも、素手で従来なら一方的に虐殺可能。けれども近しい戦士職相手に近距離でやり合えるとまでは、デケムも自惚れてはいない。

 

 ───ベヒーモスを出せば潰せるが

 

 デケムが持つ最強の手札、大地の化身である絶対の守護精霊『ベヒーモス』。今まで誰にも敗れたことがない、絶対無敵の守護神。デケムの分身と呼べる存在ならば、例え同格の戦士と言っても敵ではない。

 

 しかしベヒーモスを呼ぶにしても、やはり距離が近すぎる。ならばこちらからベヒーモスの元まで転移する能力を使うかと───

 

「おい。もう一度聞くぞ。なぜ、お前は、アイ……アヤメに、手を、伸ばし、た」

「グゥッッッッ!」

 

 ミシミシとデケムの腕が軋む。サトルの腕に力が込められて、今にもデケムの腕を握りつぶさんとばかりに怪力を発揮する。

 

 デケムの顔に脂汗が浮かぶ。あまりにもサトルの腕力が想定より強い。このままでは折られてしまう。そう焦ったデケムはすぐに転移を発動。

 

「っチッ! 逃げやがった、あの野郎……」

 

 サトルの口から舌打ちが漏れる。アイリスに手を出そうとした事について、かなり頭にキテいたサトルはデケムが転移で逃亡した事で少しだけ冷静さを取り戻す。

 

「転移に対する対策を施しておくべきだったか。敵意は無い事をアピールするために使っていなかったが、それが裏目に出たか……まあいい。良くはないが、今はどうでもいい」

 

 平坦なのに怒りが籠められた声。殺気も圧もない、ただ低いだけの声。けれどその声に籠められた感情を正確に読み取れて、なおかつサトルの本当の実力を一端でも知る者───例えばジルクニフがこの場にでもいれば、頭皮が一瞬で薄くなるかもしれない激情が燃え盛るほどの言葉が空間にまき散らされる。

 

 しかし───

 

「オーナー。お気を確かに───」

「ああ、アイリス! 大丈夫か! 大丈夫だな!? 俺が気の付かないところで、あいつにスキルや魔法で何かをされてないよな!! 痛いところとかはないか? あるんならすぐに言うんだぞ。我慢なんてしちゃ駄目だからな」

 

 先ほどまでの怨嗟と激怒はどこかに消え、ただ穏やかで優しいとしか言えない声色でサトルはアイリスの心配をする。

 

「アイリスは大丈夫なのです。それよりもオーナー……その……オーナーのご様子がなんだかおかしい……と思うのですが───」

「ん? いや? 別に俺はいつも通りだよ。……アイリス。そんな事を聞くなんて……あいつに何かされたのか?」

 

 声はアイリスに向ける優しい口調なのに、その奥に恐ろしくドロリとした何かがあるのを読み取ったアイリスは少しだけ口を紡ぐ。サトルが自分の事を心配してくれるのは嬉しいが、自分のための感情で振り回されるのを好まないアイリスとしては、何とも言い難い気持ちになってしまう。

 

 ふぅ……と息を吐いた後、アイリスは改めて言葉を発する。

 

「アイリスもいつも通り、ポジティブなのです。ご心配をおかけして、ごめんなさいなのですよ」

 

 ペコリとアイリスはサトルに頭を下げるが、それを見たサトルの怒りのボルテージが一層跳ね上がる。

 

(なんでアイリスが謝るんだ? いきなり手を出そうとしたのは、あのカスだぞ……ああ、そうか。アイリスは優しいからな。こんな時でも、思わず自分が悪いと思って謝っちゃうんだよな。本当にこの子は優しいなぁ……それに比べて……あのカスはぁ!! 理由を聞いても答えず、頭も下げずに転移で逃亡……だと)

 

 デケムの行動に対する不信と怒り。二つの感情がごちゃ混ぜになり、もしもサトルの体に血が流れていたら今にも頭の血管が切れていただろう。

 

 どうにかその怒りを無理やり沈めて、サトルは一つの疑問を口にした。

 

「……あいつ。デケムはどうしてアイリスに手を……待て。そういえば、あいつはアイリスに手を出そうとする前、なんと言っていた?」

 

 あまりにもデケムの行動が予想外過ぎて、彼の言葉をあまり詳しくサトルは聞いていなかった。どうにかその言葉を思い出そうとするが───

 

(思い出せん)

 

 デケムへの怒りは幾らでも湧いてくるのだが、どうにも彼の言葉だけが思い出せない。聞いてなかったのだから思い出すも何もないのだが。しかしサトルの脳が思い出せなくとも、自分には優秀なブレイン役がいるのだとその名を呼ぶ。

 

「すまんアイリス。あのカスは君に手を出そうとする前、なんて言ってたか覚えてるかい?」

「あー……んー……ネガー……」

「……うん?」

 

 サトルに助言を求められたアイリス。いつもならすぐにラージャやポジティブと言って、即答してくれるアイリスが言葉を濁していることにサトルは首を傾げる。

 

(アイリスも聞いてなかったのかな?)

 

 サトルはそう思うが、アイリスはきちんと聞いていた。聞いていたからこそ、それを答えて良いのかアイリスは悩んでいた。

 

 サトルの怒りが自分のために発露されたと、流石にアイリスだって気づいている。激情を抱くほどに、サトルが自分を大切にしてくれているのだと、アイリスだって存じている。だからこそデケムの言葉を伝えたときに、彼がどんな感情を抱くのか計り知れないのだ。

 

 アイリスとしては、あまりサトルには怒って欲しくはない。そんなネガティブな感情よりも、楽しいや嬉しいと言ったポジティブな感情で過ごしてくれる方がよほど嬉しい。とはいえ、サトルが望むならばそれをして上げたく、またアイリス自らも感情に任せて動くことはあるので、怒りすぎることは精神衛生上良くないなどと言える立場でもない。

 

 だから数秒言い淀んだ後───

 

「……とても。とってもネガティブな内容なので、伝えるには心苦しいのですが……彼はこう言ったのです。私の閨に入る前に少し性根を叩き直すよう、調教しなくてはならんな……」

「………………………………」

 

 絶句。ただサトルは絶句する。

 

「な、なんで? なぜそんな事を? 閨って夫婦の寝室とか、男女が一緒に寝るとか、そんな意味だよ……な? 俺、ちゃんとアイリスの事を、俺の妻のアヤメだって紹介したよな? それでなんで、私の閨って……」

 

 強い困惑にサトルの心中は疑問だらけになってしまう。サトルは自分がアイリスの旦那だと、きっちり紹介しているのだ。それを前にして堂々とした寝取り宣言。剛の者にもほどがある発言だ。

 

「アイリスが美人で可愛いから奪おうとした? だからあの、幼過ぎるけどまぁいいなんて言ったの、か?」

「美人で可愛いなんてそんな……照れちゃうのですよ! ……と言うのは一旦置いておいて。それが理由とは思えないのです。王都入り口の兵士やあそこの───」

 

 アイリスが後方で気絶しているエルフの男性を指さす。

 

「彼はアイリスを見て、同情的な視線を向けていました。彼らの反応から察するに、デケムの元に来る女性は、容姿に関わらず高い確率で手籠めにされているのではないでしょうか」

「だから同情を向けた?」

「あくまでも推測です。実際どのような意図があったのかは、デケムに聞かなければ分かりません。どれだけ推測を重ねても、憶測でしかないのです」

「考えたところで意味はないか。ならあいつを捕まえて直接聞き出す方が早そうだな」

 

 苦虫を噛み潰した顔と共に、サトルは再度舌打ちをする。デケムから聞き出す事が増えたのに、転移を許してしまった自分への怒りの舌打ちだ。相手が見破れない事を前提に、事前に対抗魔法を仕込んでおくべきだったと僅かにサトルは後悔する。

 

「あいつはどこに行った───」

 

 んだろうな。そうアイリスに問いかけようとしたところで、部屋が僅かに揺れる。

 

「……まさか……あいつ」

「逃げてなかったのです」

 

 揺れは徐々に大きくなり、どんどんデケムの私室へと近づいてくる。壁や床が破壊される際に生じた音と振動がすぐそばまで迫り、部屋の壁を壊しながら何かが室内に侵入してくる。その際に気絶して地面に寝転がっていたエルフは、その何かに踏みつぶされて血袋を弾けさせた。

 

「こいつは……」

 

 それは巨大な土塊だった。人間よりも巨大で、太く長い腕と短いが頑丈さを思わせる太い脚が生えた岩石と土の巨人。

 

(根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)……だと?)

 

 サトルが内心で呟いたのは、通常では召喚も使役もできない最上位精霊の名前だ。それがこのタイミングで現れたのだから、デケムが何かをしたのだろうとサトルは推察する。あのエルフ王は『ユグドラシル』プレイヤーの子孫であり、父から何かしらの遺産を引き継いでいてもおかしくはない。それこそ課金アイテムなり、特殊なアーティファクトならば根源の土精霊ぐらい召喚は可能だ。ナザリックに置いたままだったのでこの世界に持ってこれていないが、サトル専用の装備のギルド武器を使えば根源精霊の召喚も可能だった。……それが無くとも、権能を使えば数百でも数千でも数万でも今のサトルなら数多の精霊を呼び出せるが。

 

 色々と考えるサトルの目の前で、仁王立ちする土の大精霊。その後ろ、壁の壊れた穴からデケムがニヤニヤと笑いながら出てくる。

 

「待たせたな野蛮人。父の友であるお前を殺すのは忍びないが、この私の───」

 

 デケムが腕を掲げる。それは転移する前までサトルが握りしめていた腕であり、内出血したのか手甲の形に痣が出来ている。

 

「玉体に傷をつけたのだ。この無礼は何人にも許されぬ。お前にはここで死んでもらおう」

「……許さない、ねぇ。それはこっちの台詞なんだがな」

 

 やれやれとサトルはわざとらしく首を振る。

 

「俺に腕を握りつぶされそうだからと逃げておいて、良くもまぁそんな口が叩けたものだ」

「───なに?」

 

 サトルの挑発に対して、デケムの言葉に怒りが混じる。

 

「───その土塊が何かは知らんが、そんなもので俺を殺せるとは笑い種だ。……お前こそ、逃げるチャンスだったものを自分から潰すとはな。本来であれば、この子に手を上げようとしたお前は抹殺対象だが、お前はクロウの子だからな。先ほどの質問。なぜアヤメに手を出そうとしたのか。それに正直に答えて、かつ俺が納得できるような答えなら命だけは助けてやる」

 

 デケムを指さしながらのサトルの言葉に、デケムは青筋を立てながら顔を歪める。そこから数秒考えるような時間が経ち、「ああ、そういう事か」と何かを納得したのかデケムはしたり顔をする。

 

「父の友だから知能が良いかと思っていたが、私の野望にすら気づけん蒙昧だったか。……父の唯一の失敗だな。このような無知を友人にするとは」

 

 嘆かわしいとデケムは顔を覆う。それを見たサトルは内心、「こいつ敵を前にして顔を覆って視線を切るとか馬鹿だろ」と思ったがそれは黙っておく。

 

「まぁ良かろう。せめてもの土産だ。死ぬ前にこの私の、そしてお前が死んだあと、私の後宮に入るそのエルフに、偉大なる野望ぐらいは聞かせてやろう」

「そういう前口上は良いから、さっさと話せ」

 

 デケムの言葉をあまり聞きたくないサトルは、思わず本音をボソッと口に出してしまう。しかしそれにデケムは気づかず、意気揚々と自らの野望である『エルフが至上の種族である事を証明するための世界征服』について語り始める。

 

 ……聞いている最中、サトルは「神官長共。俺はお前らが嫌いだが、こいつへの対応だけは同意するよ」とちょっとだけ法国への態度を軟化させ、アイリスは「……その結果が自国民を巻き込んだ法国との戦争ですか」と予想の斜め上に飛ぶデケムの理論に頭を痛くする。

 

 全てを聞き終えた主従二人はげんなりしつつも、デケムに対して言いたいことだけは伝えておく。

 

「一言だけいいか。お前馬鹿だろ」

「おとといきやがれなのです。ふぁっきゅーなのですよ」

 

 サトルは心底からこの国にアイリスを連れて来なきゃ良かったと後悔しながら中指を立て、アイリスは神人の遺伝子データは欲しいがお前の遺伝子を中に入れられるのは御免だと親指を下に向ける。そんな二人を見て、未開の野蛮人共がとデケムは吐き捨てる。

 

「この私の偉大な夢が理解できん連中と、これ以上話すこともない。ベヒーモスでその男を叩き潰した後、女。お前は手足をへし折ってから、私の偉大さを教え込んでやる。行けベヒーモス!! あの男を殺し、エルフでありながら、このエルフ王の偉大さが理解できん愚物に現実を教えてやれ!!」

「自分で偉大なんて言うやつがな───」

「───本当に凄かったことなんて有史が始まって以来ないのですよ!!」

 

 根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)───ベヒーモスが私室の中で巨腕を振りかぶる。それが振り下ろされるまでの間に───

 

「プランB1ーA3だ」

「!? ラージャ」

 

 短いやり取りで二人は打ち合わせを済ませ───精霊の剛腕が床を打ち抜いた。





デケムが助かるルート:転移してから速攻で茶菓子を取りに行き、戻ってきてから爆速で土下座して悪戯が過ぎたようだとかなんとか言って誠心誠意の謝罪をした上でダイス振ってクリティカルが出たら延命

サトル:デケムのあれさに呆れた事で怒りは多少緩和された。親近感によりちょっとだけ法国上層部への好感度が上がった

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。