ベヒーモスと名付けられた
「ぐぬぅうううう!!!」
兜の下から呻き声が上がり、力の押し合いに負けたのか漆黒の鎧が膝を付く。その衝撃は地面まで伝わり、振り抜かれた精霊の剛腕により床諸共サトルが打ち抜かれて下の階に落ちていく。
「オーナー!!」
「チッ! ベヒーモスに力を出させ過ぎたか」
床が抜けたことで、サトルだけでなくデケムの私室にいた全員が下層に向けて落下。全員が落下したのは木で出来た大きな机が並ぶ大広間。この城で宮仕えする使用人たちが使用する食堂だ。そんな広間の一部に、赤い派手なマントを付けた漆黒の鎧が転がっている。アイリスは地面に着地すると同時に駆け出して、その鎧に近づこうとし───
「もう! <聖壁>!」
後ろから足を狙って攻撃を仕掛けてきたベヒーモスの打突を、防御魔法を使ってアイリスは凌ぐ。
「ほう!? ベヒーモスの攻撃を凌ぐほどの盾を作るか! だが、その盾。いつまで持つかな?」
ベヒーモスが一発殴る。二発。三発。四発目で罅が入り、五発目で障壁が砕けるが、その間にアイリスはサトルの傍にまで移動する。
「オーナー! お怪我はありませんか!!」
「……あ、ああ。少し強く打ったが、大した怪我ではない」
アイリスの問いかけに答え、サトルは立ち上がる。少し足がふらついているが、当人が言うように怪我はないのか、すぐにまっすぐな立ち姿になった。
「ははは。どうした。ベヒーモスを土塊がどうのと言っていた割には、たった一撃で随分と疲れているようではないか」
「抜かせ。今の一撃がその土塊の本気ならば、到底俺は殺せんぞ」
ベヒーモスの後ろから言葉を飛ばすデケムに、サトルは大剣の切っ先を向けながら言葉で応戦する。
「今のが本気? ……ふん! 一合で実力差が読めんか。ならば次の一撃で潰されて、その言葉を後悔しながら死ね」
デケムの殺意を乗せて、ベヒーモスがホバー移動を開始。巨体に見合わぬ速度で、地面の上をホバー移動で滑るように移動する。その様はまるでホバータンク。2100年代の地球の戦争で投入されていた空を飛ぶ戦車を思わせる動きで、軌道上に存在する全てを破壊しながらサトルへと突撃していく。
次から次へと破壊される机と椅子を見ながら、サトルはすぐさまアイリスに言葉を投げつける。
「アヤメ! 支援を!!」
「ラージャ!!」
鎧に触れて何かを───ヤサイマシマシアブラマシマシカラメニンニク───ブツブツと呟くアイリス。その直後、ベヒーモスがすぐ傍まで迫りサトルに大振りの巨腕を叩きつける。次の瞬間にサトルが潰れる未来を想像したデケムだが、現実は全く違う姿を見せた。
振り下ろされた腕と、それを受け止める二本の大剣。ここまでは上階でのやり取りと大差はない。違ったのは、先ほどはサトルが力負けした事。そして今は───
「ぬぅおおおおおおお!!」
ベヒーモスの剛腕の一撃を、サトルは完璧に受け止め切っていた。それだけでなく───
「はあっ!」
サトルが気合の声を出すと同時に力を籠めて押し返すと、ベヒーモスの上体がグラついたのだ。
「なんだと!」
さしものデケムも、これには驚きの声を上げる。ベヒーモスが力で押し負ける。そんな事は数百年生きてきた中で一度も無く、あり得ない事だった。しかし現実に、ベヒーモスは体勢を崩し───サトルの振りかぶった大剣が、隙だらけの脇腹に直撃させる。が───
「なんだと!!」
今度はサトルが驚愕の声を上げる。 腕力で勝る戦士の振りかぶりを受けて、特に傷らしい傷のないベヒーモス。驚いたのか動きが止まったサトルに向かって、体勢を整えたベヒーモスが拳を振り下ろす。
「チッ!」
舌打ちを一つ残し、サトルは後方に飛び退いて拳を避けた。
「……確かにただの土塊では無さそうだ」
「オーナー。恐らくですが、あのベヒーモスは土の精霊です。土の精霊は大地の守護に守られていると、昔伝え聞いた事があります。オーナーが持つ剣は金属で、鉱石が大地に属する事から金属もまた大地の守護圏内だと認識されます。なのでそれに対する対抗魔法を、その剣に付与します」
アイリスがサトルの二刀大剣に触れて、またもや何かを───コイカタオオメ───ブツブツと呟く。
その様子を見てデケムは少し舌打ちする。この短時間でベヒーモスの特性を見破られたのかと。
ベヒーモス───
アースエレメンタルは、根源精霊の中では
防御方面にも同じく金属特性があり、体そのものが強固な鎧として機能する。見た目は石と土の塊にしか見えないが、実態としては超合金性の動く鎧。あらゆる武器攻撃に有効な耐性を持つ精霊。それが
レベルとしての強さは80を超えており、真なる竜王でもなければ真正面からの戦闘を避けるべき動く要塞。根源精霊の中では特殊な攻撃方法を有していないが、大質量と強固さ。そして根源精霊の中でも最高位の腕力から使われる打撃は、逸脱者に達した戦士系であっても直撃は許されない。
根源精霊の中では速度と攻撃精度は低いが、それも根源精霊の中ではと但し書きが付くだけ。デケムが絶対無敵の大精霊だと自負するほどに、この世界では恐ろしいほどの強さを根源精霊は持つ。
事実デケムは過去にドラゴンとの戦闘も行っており、その時にも第三位階魔法を使いこなすこの世界では高基準なドラゴンが、たったの一撃で頭を叩きつぶされて絶命している。
それだけデケムが呼ぶところのベヒーモスは強力だった。しかし同格の相手に使うのは初めてであり、武器に対する耐性などを見破られたのかもしれないと思うと、デケムには少し不都合だった。
「……認識を改めねばならんな。貴様単体ではベヒーモスの敵ではないが、そちらの女。その女が何かしらの支援魔法を使う事で、お前の身体能力を高めることが出来るとみた。その女が後衛を務めて貴様を支援する事で、ベヒーモスに匹敵するほどの戦士になるとはな」
恐れ入ったよとデケムは少しだけ拍手をする。ベヒーモスに匹敵する。それはデケムとしては最上位の誉め言葉だ。
「そして……女。おまえはやはり私の種を受け継ぐに相応しい母体だ。どんな魔法を使ったのかは知らないが、ベヒーモスと戦えるほどにまで強化するとは……素晴らしい! ますますお前が欲しくなったぞ」
「先ほども言いましたが……もう一度言わせて頂くのです。ふぁっきゅーなのですよ!」
最近口癖と化しているアイリスのふぁっきゅーを合図に、サトルが地面を水平に飛ぶ弾丸と化してベヒーモスに大剣を叩きつける。
僅かにベヒーモスの体表が削れて地面に土が零れる。あまりの勢いに体を崩していたベヒーモスだが、すぐに反撃の一撃を返す。
「<聖壁>!」
しかし精霊の打撃は、アイリスが遠隔で張った障壁に阻まれてサトルに届かない。逆に───
「ふん!」
サトルの斬撃はベヒーモスに届き、またもや体表を削る。ベヒーモスが殴る。阻む。サトルが削る。それが数度繰り返された所で、<聖壁>は砕けて消えるが───
「<聖壁>!」
すぐにアイリスは次の障壁を張り直す。
「……少しばかり鬱陶しいな」
繰り返されるやり取りに嫌気が指したのか、サトルの後方で待機するアイリスをデケムは睨みつける。
───あの女は先ほどからのやり取りと恰好を見る限り、後方支援を得意とする魔法詠唱者だろう。忌々しいが良い腕をしている
漆黒の鎧をベヒーモス相手に打ち合えるレベルまで強化する支援魔法と、ベヒーモスの攻撃を受け止める盾を創り出す防御魔法。実に面倒な相手だとデケムはため息を零す。
サトル単体であればベヒーモスに力負けをしていたのだから、幾らでも御せるとデケムは確信している。しかしそこに魔法詠唱者───それもデケムが優秀だと認めざるを得ない腕前───が加わると、ベヒーモス相手に善戦し始めている。
一対一ならベヒーモスが勝つだろうが、二対一ではどうなるのか。実のところ、デケムとしては読み切れていない。なにせベヒーモスを相手に互角に戦う相手との戦闘など、彼としては初めてなのだ。魔法詠唱者なのだからアイリスの魔力はいつか切れてお荷物となるが、それがいつ切れるのかはデケムには読み切れない。
このままベヒーモスが莫大な体力で押し切るのか。それとも向こうが先に魔力切れを起こして倒れるのか。どちらなのかを、デケムは悩んでいた。
───私も戦いに加わるしかないのか
それはあまりにもみっともなく、王らしくない行動だとデケムは嫌気が指してしまう。デケムは自分を精霊使いだと自負している。精霊───つまりベヒーモスを使役する魔法詠唱者だ。戦うのはベヒーモスの役割であり、使役者の自分の仕事ではない。それなのに負けるかもしれないからと直接戦いに加わっては、精霊使いとしての矜持に関わってしまう。それだけでなく、王としてのプライドゆえに二対一から二対二にするのは、まるで数の不利を認めるかのようで非常に好ましくない。
それにベヒーモスを動かすのにも大量の魔力を消費しており、ここから苦手な攻撃魔法などに魔力を割くとデケムとしても決して無視できる消耗では無くなる。
だからデケムは酷く悩むが───
「せやぁ!!」
サトルの大剣が一際大きくベヒーモスの肉体を抉り取る。武器に対する耐久性は高くとも、アイリスが何かを付与した大剣はベヒーモスを削れる。それを認識したデケムは重い腰を上げて、ようやく野蛮な攻撃魔法を使う事を決意した。
「<陽光爆裂>」
アイリスの手前。第七位階魔法の閃光と灼熱が爆発する。それは太陽のごとき白い光で、アイリスの体に到達しそうになり───
「<聖壁>!」
アイリスはすぐさま障壁を張ってそれを防ぐ。しかし防ぐのが少し遅かったのか、彼女の前髪が僅かに焦げ付き縮れて匂いを発する。
「アヤメ!」
そちらに注意を取られたのか、サトルがアイリスの方に振り返って───
「オーナー! 前なのですよ! <聖壁>!」
注意が散漫になったサトルに向かって振り下ろされたベヒーモスの一撃。それを辛くもアイリスの<聖壁>が受け止める。
「貴様! アヤメを直接狙うとは!! それが王のやり方か!!」
「ふん。魔法詠唱者から先に潰す。それが常道だろうが」
アイリスを直接狙った事をサトルは糾弾するが、そんなものデケムからすれば何を言っているのかとしか思わない。戦場に立っているのだから、いつでも命を狙われて当然。それが戦いの基本だろうとデケムは鼻で笑ってしまう。
そんな二人のやり取りを見たアイリスは一言───
「72」
とだけ告げる。その視線はまっすぐにデケムに向けられている。その視線を受けたデケムは、生意気な目だと嘲笑う。鎧の男を殺した後、子種をくれてやる前に少しばかり躾なければいけないなと再度エルフの王は考えるだけだ。
そこからもやり取りは続く。前衛であるサトル対ベヒーモス。後衛であるアイリス対デケム。アイリスは障壁を作りデケムからの攻撃と、サトルに向かうベヒーモスの打撃を防ぐ。
「64」
サトルは次から次へとベヒーモスの体積を、二刀大剣で削っていく。
「47」
ベヒーモスは障壁を次から次へと、その拳で破壊していく。
「35」
デケムはアイリスを潰さんと攻撃魔法を仕掛けていく。
「24」
その間にも、アイリスは謎の数字をカウントし続ける。そのカウントがちょうど10になったところで───
「<聖壁>!!!」
アイリスは呪文を唱えてベヒーモスの打撃を受け止めようとするが……不発。新たな盾はサトルの前に現れなかった。
「しま───」
その事にサトルとアイリスが気が付いたが、時すでに遅し。アイリスに防御を任せていたせいで反応が遅れてしまったのか、ベヒーモスの打撃がサトルに直撃。殴り飛ばされた彼は壁に向かって飛んでいき激突。
「オーナー!」
アイリスの悲壮な叫びが大広間に木霊する。その様子を見て、何が起こったのかをデケムは察した。
───魔力切れを起こしたか。まぁ、無理もない。ベヒーモスの打撃を受け止めるほどの防御魔法。それを何度も連発したのだからな
強力な魔法は得てして魔力消費量も大きい。最強の精霊の攻撃を受け止めるほどの盾ともなれば、それだけ高位階の魔法になる。それにベヒーモスの打撃だけでなく、デケムからの攻撃もアイリスは受け止めていたのだ。ならば消費量は更に多くなる。
デケムは「ふぅ……」と息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。向こうも魔力切れを起こしているが、デケムもかなりの魔力を消費している。これ以上時間を掛けていたら、こちらの方が先に息切れしていたかもしれないと思うほどには。
しかし勝敗はほぼ決した。サトルによってベヒーモスもかなり削られてしまったが、まだまだ戦闘は続行可能。反対に今まで障壁に守られて無傷だったサトルは、たった一撃でダウンしたのか壁に激突してから動こうともしない。
残っているのは魔力切れを起こした魔法詠唱者のみ。前衛である漆黒の戦士は倒れている今、後衛である白いエルフを守る盾はもうない。
盾を使えなくなった魔法詠唱者など、ベヒーモスの前では虫同然。先にあれを叩き潰し、支援魔法による強化が無くなった前衛に止めを指して殺す。
デケムは自らの勝利を確信する。この二人は強敵ではあったが、やはり私の敵ではなかったのだとほくそ笑む。ベヒーモスの打撃がアイリスに直撃し───
柔止め。
アイリスが
ぽすん。
まるで子供が毛布でも叩いたかのような音がした。
「……は?」
意味が分からない光景に、さしものデケムも間抜けな声を出す。ベヒーモスの巨体から繰り出される大地を揺らす打撃。それが当たったのに、まるで打撃そのものが無効化でもされているかのように、アイリスは少しも堪えていなかった。
「オーナー。10カウントです」
「そうか。ならこれ以上は、俺が前衛に拘る意味もないな」
倒れているように見えたサトルが、まるで何事もなかったかのように立ち上がる。それを見たデケムは再度驚愕。
「ラージャ。ではこれは片づけておきます」
ベヒーモスの打撃を止めたアイリスはそのまま、ポイと軽く空中にベヒーモスを投げる。まるで子供が小さな人形を投げるかのように、軽く、だ。あまりの事態にデケムの思考が凍りつき───
───効いていないとは言え、オーナーをポコポコと叩いて……
若干何かにムカついているのか、ベヒーモスを氷の視線で睨みつけた後、アイリスの指が少しだけ動く。
その瞬間に何かが空を駆け抜ける。ベヒーモスの右腕が飛んだ。左足が飛んだ。右足が消えた。左腕が粉みじんになり消滅した。四肢を失ったベヒーモスは地面へと落ちそうになって───
───『幾億の刃』よ
無数の何かがさらに空間を疾走する。あまりにも早く、細く、鋭い何か。それはデケムの動体視力では見えなかった。しかしサトルとアイリスにははっきりと見えている。それは
サトル(アインズ)本来の戦い方って大体こんな感じかな~回