リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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損切りの判断

 世界級(ワールド)アイテム。『ユグドラシル』におけるアイテムランク分けの中で最上位に位置する代物であり、全部で200種類も……膨大なアイテムが存在する『ユグドラシル』でたった200種類しかない、非常に特殊なアイテム群。

 

 世界級アイテムは一つ一つが、ゲームバランスを崩壊させかねない非常に特殊かつ強力な固有の能力を持っている。

 

 例えばサトルが持っている『強欲と無欲』。経験値を無限ストックさせるこの小手を使えば、経験値を消費する強力なスキルや魔法を制限なく使用する事が出来る。

 

 例えば永劫なる蛇の指輪(ウロボロス)。運営にお願いし、それが通りさえすればどんな効果でも発揮する夢のアイテム。転移と実体化により効果が少し変化し、よほど大それた願い───宇宙そのものを創世するなど───でも無ければ願いを叶える願望器として機能する。

 

 そして───

 

「ば……か…………な。ベヒーモスが……」

 

 根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)───ベヒーモスを瞬時に解体した『幾億の刃』もまた、そんな世界級アイテムの一つ。

 

 『幾億の刃』。ユグドラシルには様々な形状の武器がある。オーソドックスは剣に始まり、杖、弓、ポールアックス、アップデートで追加された銃や爆弾にパワードスーツ。本当に様々な武器があるが、非常に有名でありながらとある武器だけは存在していなかった。

 

 それは糸───いわゆる鋼糸(ワイヤー)だ。創作では有名な武器でありながら、『ユグドラシル』には通常では糸が武器としては設定されていない。なぜ設定されなかったかと言えば、DMMOのアバターを動かすのは人間だからだ。2100年代のダイブ型コンテンツは脳内のナノマシンインターフェースを介して直接神経や感覚とリンクさせて操作系統を確立させる。

 

 その関係上、実際の体が持つ感覚が非常に重要になる。仮に四本腕の異形種を作り自分で腕を操作するとして、実際の人間には四本の腕などないのだから動かす感覚など掴めようもない。それを補助するために二本の腕はプレイヤーが自分で動かし、残りの二本はAIがプレイヤーの動きを学習して半自動で動くように設計されていた。

 

 この補助システムは武器システムなどにも組み込まれている。もし弓を使うプレイヤーがいたとして、その人物のレベルや技能判定を読み取る事で矢の飛ぶ場所などはAIやシステムが自動で処理をしてくれる。この補助システムが無ければプレイヤーはゲームをプレイする前に、まずは現実で弓の練習をする必要が出てきてしまうだろう。

 

 しかし『ユグドラシル』の運営は、プレイスキルによる差別化もゲーム中に放り込んでいる。補助輪が付いているとは言え、やはりある程度の腕前は要求される。その辺の兼ね合いのせいで、射撃技術が求められる魔法をサトルは一切習得していない。

 

「俺にそんな射撃能力があるわけないだろ」

 

 とはサトル談。ともかく『ユグドラシル』で武器にしろ魔法にしろ、現実の反射神経や道具を扱う技術がそこそこ求められる場面が多かった。

 

 こんなシステムが組み込まれているのに、鋼糸(ワイヤー)なんて武器種を追加したとして、誰がそれを十全に使えるだろうか。漫画やアニメのキャラが縦横無尽に糸を繰るように操作する技術など、現実の人間は持ち合わせていない。そのために補助輪を組み込んだとしても、今度は補助輪任せの武器になり、運営が求めているゲーム体験にはそぐわない。だから設定はされていなかったのだ……表向きには。

 

 しかし『ユグドラシル』はそんじゃそこらのDMMOとは一線を画する。色んな人間がプレイするゲームなのに、当然のようにゲームバランスを崩壊させる要素がゲームには存在した。それこそが世界級アイテム。

 

 そんな世界級アイテムにならば、専用の操作システムを組み込んだ武器を設定しても問題ない。そんな設計思想から産み出されたのが『幾億の刃』。ゲーム内に唯一存在した鋼糸(ワイヤー)の形をした糸武器だ。

 

 名前の通り、幾億の刃と成りえる無数の鋼糸(ワイヤー)を操れる武器であり、普段は毛糸玉のような形をしていて、一度起動すれば糸は瞬時に解けて広がり広範囲を攻撃させられる強力な刃物となる。ゲーム時には、範囲内に侵入した敵を自動で攻撃する機能などが設定されていた。

 

 しかしこの世界……つまり転移してから効果が大幅に変わっており、その手の自動迎撃機能に加えて自分で操作する事も可能となっていた。自動攻撃だけでなく、手動攻撃も追加される。一見は非常に素晴らしい変更に見えるが、忘れてはいけないのは手動で操作すると言う事は、使い手が自分で無数の糸を制御しなければならないと言う事。

 

「あっ、俺には無理だわ」

 

 とはサトル談。一度アイリスから預かって使って見ようとしたが、一本二本ならまだしも数百数千数万……場合によっては、数億の糸を繰るなどサトルには無理だった。

 

「そんな処理能力があるなら、もっと良い仕事に付いてたよ」

 

 これもサトル談。人間の感覚で操作するには、あまりにも無茶苦茶な仕様だった。けれど何事にも例外はある。

 

「とてもポジティブな武器なのですよ」

 

 アイリスにとっては、この仕様はあまりにも福音だった。専用の戦闘プラグラムを作成してNPC体に組み込んでいたおかげで転移時に人外の技量を獲得していて、かつ八つの分割思考と高速思考の処理能力を有していたおかげで、『幾億の刃』の真価を十全に発揮できたのだ。

 

 その真価を発揮させたのがベヒーモスの瞬時解体なのだが……そんな事を知らぬデケムは無敵の大精霊がいきなり消滅し、心の中に生じた巨大な穴……大きすぎる喪失感を味わっていた。

 

 信じられない。信じたくない。あり得ない。ベヒーモスが負けた。あり得ない。どうして負けた。そもそもあの女は後衛で……それなのにベヒーモスの打撃を受け止めて放り投げてそれからベヒーモスが消えてどうしてあの女そもそも前衛の鎧父の友ででもベヒーモスに負けて叩きつけられて動かなくでも今は動いていて……

 

 頭の中を多数の文字がグルグル回る。でもその言葉は何かを産み出す事は無く、ひたすら同じ場所を延々と回り続けてデケムの脳内をグチャグチャに掻き回して───

 

「───戦闘中に呆けている暇があるのか?」

「えっ? ……ぐがぎゃああああああ!! い、いた、いたい、いたいたい……痛いぃいいいいい!!!」

 

 ベヒーモスが負けて滅ぼされた。その光景に意識を取られていたデケムはサトルの接近に気付かず、声をかけられてそちらに意識を向けた瞬間───サトルのローキックがデケムの両足を蹴り飛ばす。一撃で左足が千切れて、右足もおかしな方向に曲がる。

 

 凄まじい激痛が両足から昇ってきて、デケムの意思を塗りつぶす。

 

 痛い。痛い。痛い……

 

 デケムの生涯において、これほどの激痛など味わったことがない。プレイヤーの実子として才能を引き継ぎ、産まれてから今に至るまで大した苦労などしたことがない。戦闘ではベヒーモスを出せば全ての敵を叩き潰せた。ベヒーモスの守りを突破して、デケムを傷つける事など誰にも出来なかった。だからこれほどの痛みなど生涯で初めてであり、両目に涙を浮かべながら魔法を発動する。

 

「<沙羅双樹の慈悲(マーシー・オブ・シュレア・ロブスター)>……」

 

 息も絶え絶えになりながら、デケムがなけなしの魔力を振り絞って使った魔法。この魔法は第十位階魔法であり、三つの効果がある。時間経過による体力の回復、即死魔法に対する完全耐性の獲得、死亡時の自動蘇生だ。

 

 デケムは精霊使いとして特化した魔法詠唱者であり、回復魔法は取得しておらず、怪我を治すにはこの魔法に頼るしかなかった。しかし<沙羅双樹の慈悲>による回復量はかなり少なく、第十位階魔法を習得可能なレベル帯からすれば雀の涙ほどしかない。それでも怪我を癒せる魔法はこれしか覚えていない為、デケムは苦肉の策としてこれを使った。……代償に、今ので全魔力を消費してしまったが。

 

 <沙羅双樹の慈悲>は全魔法の中でもトップクラスに魔力を消費し、サトルが使う攻撃魔法<現断>並に使うのだ。

 

 その様子を見ながら、サトルは<魔力の精髄>を使ってデケムの残魔力量を確認する。

 

(今ので全部使い切ったか。しかし<沙羅双樹の慈悲>ねぇ……あの怪我で死ぬと思って使ったのか、それとも折られた足を治したくて使ったのか……どっちでも良いか。重要なのは、こいつが偽装していなければ魔力を使い切ったことだけだ……尤も、ここまでやる必要があったのかは分からないが)

 

 サトルキックにより両足を失ったデケムは地面に蹲ったまま、「痛い」と何度も口にしている。その動きを最初はこちらの油断を誘うための演技かと疑ったが、本当に痛いのかサトルがわざと大剣を背中に直しても見向きもせず、デケムは両手で傷口を押さえている。

 

 ……ここまでやる必要があったのか。それは今回の戦いにおける一連の流れの事だ。戦闘が始まる前、サトルはアイリスにプランB1-A3を告げた。この作戦にはいくつかの欺瞞がある。

 

 一つ目は一言で言えば、アイリスとサトルの役割を入れ替えて敵を欺く、だ。

 

 サトルはモモンを名乗る間漆黒の全身甲冑を着こんでいる。だがサトルは本来前衛戦士ではなく、後衛を務める魔法詠唱者だ。後方から複数の魔法を使い状況をコントロールする。それがサトルの本当の役割。そしてアイリスはと言うと、彼女は世界級エネミーの力を除いた場合、本来の役目は前衛支援職を務める。

 

 つまりサトルとアイリスは、本来ならば役割が全く違う。怪物のような近接技量を持つアイリスが前衛で、多数の魔法を使うサトルが後衛なのだ。しかしながらそんな事情を知らぬ者が見たとき、鎧を着こんだ男と、その男より遥かに小柄な祭服を着こんだ女神官らしき少女。両者を見たとき、一体誰が少女の方が前衛だと気づくだろうか。鎧の戦士が後衛だと感づくだろうか。

 

 これが一つ目の欺瞞。

 

 二つ目は前衛を務めるサトルだが、あえて70から80レベル程度の戦士職相当にまで身体能力を調整している。世界級エネミー16体分のステータスを持つサトルは、本気を出せばレベル換算で1000以上の戦士職相当の腕力を発揮できる。しかしこれを見せつけてしまうと、この世界の生物だと実力差がありすぎる事を察して逃げ出してしまうかもしれない。これはサトルとしてはあまり良くない展開だ。こちらの手札を知った相手が、消耗する前に逃げてしまうのだ。それだけはなんとしても避けたいので、戦闘においては敵が誤認するように立ち回っている。

 

 三つ目は後衛を務めるアイリスは手札を見せないよう、魔法の使用は<聖壁>だけに限定させる。しかしそれだと、敵はアイリスが手抜きをしていることを見抜いて、こちらの偽装工作に感づいてしまうかもしれない。なので呪文っぽい何かをアイリスに喋らせた後、手加減している身体能力を僅かに開放することで、まるでアイリスが支援魔法をかけたかのように見せかける。これにより敵はアイリスは盾と支援を得意とする魔法詠唱者だと、より誤解を強めるだろう。

 

(でもアイリスの言葉。あれってなんだったんだろうな? 呪文っぽいやつを頼んだら、野菜マシマシとか濃いめがどうとか言っていたが……アイリスの事だから、実際に地球で使われた呪文とかを参考にしているとは思うが)

 

 2100年代は食文化が壊滅しているせいで、アイリスが呟いた呪文にサトルは全く心当たりがない。だから首を傾げるだけだ。

 

 ともかく。

 

 そうやって誤認させた上で、サトルとアイリスはギリギリの戦いを演出する。敵に余裕だとは思わせない。しかし絶対に勝てないとは思わせない。そんなギリギリの戦闘を……演出した。

 

「重要なのは公平感……だったか」

 

 実態は全く違うとしても、まるで公平な戦いだと錯覚させ、向こうの方が有利なように見せかけると簡単に損切りできなくなる。もう少し頑張ればこちらが勝てる。もう少し粘れば相手は倒れる。そう思わせることで、選択の余地を阻ませる。

 

 これだけ時間を掛けたのだから。これだけ魔力を使ったのだから。……それだけでなく、こうやって追い込むことで相手がどれだけの手札を持っているのかを確認することもできる。

 

 前衛ではなく後衛のサトルが戦士として前に立ち、アイリスは一つの魔法以外は曝け出させない。極力手札を温存しつつ、相手には消耗を強いさせる。途中でアイリスがカウントしていたのは、デケムの残魔力量だ。魔法詠唱者───それも精霊遣い型のデケムは、ベヒーモスを動かせば動かすほど魔力を消耗していく。加えて途中からアイリスへの攻撃に魔法も使い始めたことで、消耗は加速した。

 

 そうやって少しずつ追い込むことで、デケムがどんな対応をするのかを見極めようとしたのだ。転移で逃げるのか。それともベヒーモス以上の切り札があるのか。切り札があるとしたら、それはどんな手札なのか。一手ずつ相手の手の内を丸裸にして、気づかれぬように択を強制させる。

 

(別に転移で逃げられてもいい。こっちはあいつにタグ付けをしてあるからな。どこに飛ばれようが、タグさえ追えばいつでも追跡できる。もし追跡できないタイプの転移なら、それ用の対策を新たに考えれば良い。……まぁ、そう言う損切りが出来ないように、こっちは立ち回ったんだがな)

 

 ……普通にやれば、別にデケム程度なら瞬殺できる。アイリスが威嚇か『威圧』で強制的に動きを止めたところに、サトルが即死魔法を叩き込んで終わりだ。

 

 けれどサトルは、今回の戦いにおいてそれを嫌った。理由は言わずもがな混沌世界での死闘が原因だ。

 

 あの戦いを経験するまで、サトルは元来の自分の戦い方を忘れていた。情報を収集して相手の手札に対するメタ戦術を構築し、確実に叩き潰せるタイミングで強襲をかけて一方的に殲滅する。あるいはこちらが弱い相手だと誤解させている間に包囲網を敷き、数に物を言わせて囲んで棒で叩く。それがサトルが本来得意とする戦い方であり、アインズ・ウール・ゴウンの『誰でも楽々PK術』の基本だ。

 

 それをサトルは忘れていたのだ。普通のプレイヤーとは違う最強データだから、どんな状況からでも確実に勝てる。そんな傲慢な思考になってしまっていた。

 

(だから今回は初心に帰り、相手の手札を暴く従来のやり方を徹底した。デケムには99%以上の確率で勝てるかもしれない。しかし、かもしれないでは駄目なんだ。相手の手札を確認するまでは、必ず状況をひっくり返す手段を持っているだろうで挑まないといけない)

 

 今まではチャレンジャーを受けて立つ、王者の戦い方をしていた。でも、サトルは王者なんかではない。いつだって挑戦者な気分で戦闘に挑み、あらゆる手を尽くして勝利をもぎ取る。それがあるからこそ、『ユグドラシル』時代には専用攻略wikiを作られながらもPKで勝率5割をキープしていたのだ。

 

 そして今回。デケムの魔力が残り10%のタイミングで擬態を止めて、ベヒーモスを破壊してからデケムの両足を壊した。サトルが見極めようとしているのは、ここからデケムが劣勢をひっくり返せるかどうかだ。

 

 けれどデケムにはそんな手札はなかった。残った魔力を転移ではなく、お情け程度の回復効果しかない魔法に費やした。

 

 こちらと同じようにステータスに制限をかけているのかもサトルは疑っていたが、簡単に両足が折れた時点でその可能性もほぼ0になった。

 

 だからこその、ここまでする必要があったのかだが……駄目だ駄目だとサトルは心の中で首を振る。

 

 油断をしてはいけない。どれだけ感情が高ぶっても、冷静に、冷徹に状況を見定めないといけない。慢心してはいけない。相手に侮られるように舐めプをして、しかし舐めプだと見抜かれてはいけない。敵を騙せ。己の感情すら騙せ。そうでなければ───

 

(アイリスに手を出そうとしたこいつをぶち殺せない……いや、殺しはしないけども。そもそもここに来たのも、こいつの助けを借りて神人の研究をするためだし。……こんな状況になったら、無理矢理拉致するしかないよなぁ)

 

 サトル個人の心情としては、あと腐れがないようこの場でデケムを殺しておきたい。もしもデケムに謎の手札があるなら、迷わずこの場からの撤退を選んでいたが、そんな切り札を切る気配がないのであれば殺せる内に殺しておくのがリスク管理だ。

 

 しかしアイリスが研究材料としてこの森妖精(エルフ)を欲したのだから、殺してしまうのはかなり不味い。本当は、かなり、凄く、心底殺したいが……グッとサトルは堪える。

 

 とは言え持ち帰るにしても、デケムがまだ抵抗する可能性が無い訳でもない。

 

「グ……痛い……痛い……痛いぃィ……」

 

 激痛に涙を流している姿からは心が折れた雰囲気しかないが、ここから「私の演技に騙されるとはな! 引っ掛かりおったな阿呆が!!」するかもしれない……違う。確実にするだろうとサトルは断定する。

 

「おい。その傷、痛むだろ。治してやるから、足から手を退けろ」

「えっ……ほ、本当か? な、治してくれるのか?」

「ああ。少し不幸なすれ違いがあったが、それでもお前はあいつの息子だからな。そんなお前が死ぬとなると、少しばかり心が痛む。だから治してやるよ」

 

 サトルの言葉に、少しだけ躊躇する様子をデケムは見せる。痛みに思考が呑まれる中、救いの手に己の手を伸ばしたくなるが、数百年の間に積み重なった王としての誇りが素直に助けを求めるのを拒む。

 

 救いの手を払って逃げられないか。デケムは検討するが、魔力もなく、足も折れた状態では何も出来ない。

 

 自分が優勢だった筈なのに、気が付けば一瞬で敗北に追い込まれた。生涯初めてと言える負けに、生涯で初めての苦痛に、先ほどまで敵対していた相手に情けを掛けられる屈辱。あらゆる負の要素がデケムの精神を蝕むが、何よりもデケムの神経を逆なでする要因がこちらに近づいてくる。

 

 それを見て、たまらずデケムは声を張り上げた。

 

「なぜだ! なぜ……なぜ私を拒んだ! お前が最初から私を受け入れていれば、こんな目に私は合わずに済んだ! なぜエルフでありながら、王である私の命令を拒否した!!」

 

 ……サトルの傍に近づいてきたアイリスを見て、力を振り絞り声を叩きつける。サトルからすれば見当違いとして言えない怒りをぶつけるデケムから隠すように、サトルは一歩前に出てアイリスを自分の体で隠すが───

 

「貴方はエルフの王かも知れません。貴方が一度命を降せば、多くのエルフが従うのかもしれません。……ですが───お前は私の主ではない」

 

 サトルの横を潜り抜けてデケムの前に立ったアイリスは、あまりにも冷たい目でエルフ王を見下ろす。

 

「お前が私の主ならば、私は喜んでその命に従いましょう。主が死ねと申すなら死にましょう。私は心も体も全て主に捧げています。そして……お前は主ではない。私が私の所有者(オーナー)として選んだのは、後にも先にもただ一人。私に命を降す権利を有するのは、我がオーナーのみ。お前が王であろうとも……神であろうとも。主で無いのであれば、私を動かす理由にはなり得ない」

「アイリス……」

 

 アイリスの宣言を後ろで聞いていたサトルは、ちょっとだけ感極まっていた。反対に、デケムは宣言を聞いてますます憤慨する。どんなエルフの女であれ、デケムの力を知った連中は皆媚びへつらい、薄笑いを浮かべて己の要求に従って来た。誰であれ、だ。父以外のエルフとは、デケムの野望を叶えるための駒に過ぎない。民のために王がいるのではない。王のために民がいるのだ。だからどんなエルフでもデケムが殺気を向けて脅せば、簡単に跪づいて頭を下げて来たのだ。あらゆるエルフはそんなデケムの慈悲深さに触れて感激し、心身を尽くすのが道理なのだ。なのに……

 

「ふ……ざけるな! 何様のつもりだお前は!! 私はエルフ王、デケム・ホウガンだぞ! あらゆるエルフの頂点に立つ王であり、この世に生きるエルフは全て私に付き従うべきなのだぞ!! それを言うに事欠いて、王であっても理由にならないだと!! それを……それを───」

「───ならどうして、このお城にいる貴方に付き従うエルフ達は、誰一人としてここに来ないのですか?」

「……なんだと?」

 

 アイリスがいきなり差し込んだ言葉に、デケムは言葉を崩す。いきなり何を言っているのだ───

 

「貴方の部下には何人のエルフがいますか。十ですか? 百ですか? 先ほどの話ですと、子を成した妻もたくさんいますよね。子供だって数十人はいるのではないですか? それとも百人はいるのでしょうか? ……私たちはかなり派手な戦闘をしました。貴方の痛みに苦しむ声だって、お城の誰かに聞こえたかもしれません。なのに……どうして誰も、ここに来ないのでしょう」

 

 アイリスの澄んだ赤目は、大広間の扉に向けられる。そこから誰かが来るかも知れないと……しかし扉は開かれない。

 

「……ネガティブですね。王である貴方が戦っていると知っている筈なのに、誰一人として救援にやってこない」

 

 ここに来てデケムもおかしいと気づく。なぜ誰も来ないのだと。今までと違い、デケムは長い間戦闘をしていた。それを異常だと勘付いて、誰か来てもおかしく───

 

「───本当に、貴方を王として、エルフは認めていたのでしょうか……どちらでもいいですね。今更な話でしょうし」

 

 そこで話を切り上げたアイリスはサトルの後ろに下がる。……今のやり取りを見ていたサトルは、デケムを見てポツリと「張りぼての王……か」とだけ呟く。結局のところ、王だとなんだと喚いたところで、本当のピンチには誰も駆けつけてくれない孤独な王。それがデケムなのだと気づいてしまったから……

 

 急速にサトルの怒りが冷めてしまう。今目の前にいるのは、傲岸不遜な王ではなく、傲慢さゆえに誰とも心を繋ぐことのなかった、たった一人のエルフがいるだけ……だった。

 

「……デケム。傷を治してやるから腕を退けろ」

 

 アイリスの言葉の意味を考えていたデケムはサトルを睨みつけるが、怪我が治らなければどちらにしろ何も出来ないと現実を受け入れて足から手を離す。

 

「手に血がついてるな。それも洗ってやるから、両手を前にだせ」

「……分かった」

 

 観念したデケムは手を前に突き出して───

 

 ひゅん。

 

 背中から大剣を抜いたサトルが、デケムの両腕を斬り飛ばす。

 

 自分の両腕が無くなったのをポカンと見つめた後───

 

「いぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 腕の断面から広がる、全身の神経を削り蝕む感覚にエルフ王はもだえ苦しむ。

 

「……騙して悪いが、四肢がある敵は信用できなくてな」

 

 <沙羅双樹の慈悲>があるから、一度までなら自動で復活する。それを見こした上で、サトルはデケムを完全に無力化するために腕を斬り落とした。

 

 血を撒き散らし、喉から絶叫を迸らせるデケム。

 

「<昏睡>」

 

 すぐにアイリスの魔法により眠らされて静かになる。その光景を見ながら───

 

「今の絶叫を聞いても、本当に誰も来ないんだな」

 

 お前どんだけ人望ないんだよ。サトルは一言、そう告げた。





幾億の刃:幾億の刃:原作では名前だけ判明しているAOG所有の世界級。世界級のオンリーワン性とロマンを詰め込んだ結果、オーソドックスに刀とするよりも糸使いにした方が世界級らしい特別性が出る気がしたのでこの形に捏造

サトル:楽々PK術のセオリー通り一度撤退を視野に入れていた

評価や感想やここすきを貰うとかなり嬉しい今日この頃。この展開が好きなんだな~とかこの描写は好まれてるとかが分かるから次の話を書くときの参考にし易い
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