四肢を失い、魔法で強制的に眠らされたデケム。
「アイリス。こいつの記憶を全部読んでから……そうだな……記憶を全部消去して、俺たちの実験に何があろうとも喜んで従うように、新しい記憶を植え付けておいてくれ」
そんなデケムは、眠っている間に全ての記憶───積み重ねた年月も、長い歳月で構成された人格も、何もかもが消された実験動物になることが決定する。
「ラージャ」
事実上死ぬも同然の行為ではあるが、元よりサトルはデケムを殺すつもりでいた。ならばこの場で殺すのも、人格を消滅させられて、この先アイリスの遺伝子研究の実験材料にされるのも同価値と言えば同価値かもしれない。
……サトルがそうしたいと望むならば、アイリスは付き従うだけだ。この身は主のためにあり、この命は主のために存在する。それがアイリスのアイデンティティなのだから……
「<
サトルも<記憶操作>の魔法は扱えるが、地球時代から電子生命体として情報処理をしていたアイリスの方が記憶を読んだり書き換えたりする速度が速いので、基本的にアイリスが<記憶操作>を使う。アイリス曰く、情報処理改竄と感覚が全く同じなのだとか。
数分で全てを読み込んだアイリスは、今度は脳をまっさらにしてしまう。白紙になった脳に向かって、都合の良い記憶だけを書き込む。
「終わったのです」
……デケム・ホウガンは死んだ。彼の魂はここにあり、体も息をしているが……デケムがデケムである事を証明する、確立された自己はこの世から消滅した。ならばここにいるのは、八欲王の血が流れた肉の塊でしかない。少しだけアイリスはデケムに向かって手を合わせる。ただの自己満足に過ぎないと分かっていても、どうか安らかに。
数秒そうしてから、アイリスは顔を上げる。表情には何の憂いもない。オーナーであるサトルに見せたい顔は、いつだって笑顔なのだ。
「ありがと。それじゃ、こいつは一旦、あそこにでも放り込んでおくか」
アイリスの頭をちょっとだけ撫でてから、サトルはデケムの襟首を掴んで荷物でも持つように持ち上げる。
サトルが空間に手をかざすと、そこが罅割れて『ユグドラシルⅡ』に置いてある浮遊要塞の地下牢区画へとつながる。そこに放り投げて叩き込む。
「魔将達。そいつの監視をしておけ。記憶処置はしてあるが、暴れない可能性が0ではない。もしも暴れたら気絶させろ。だが殺すことは許さん。そいつはアイリスの実験台だからな。くれぐれも、丁重にな」
<星に願いを>で一時的に権能を強化して、永続効果を付与して召喚した魔将───レベルで80を超える上位悪魔数百。天空城の看守役を任せた彼らに、デケムを任せておく。
「承知仕りました」
罅の向こうから魔将が頭を下げて、召喚主であるサトルの命に従う。その返答を尻目に割れていた空間は元に戻り、大広間には静寂だけが残った。
「……大変な事になってしまったな」
「なのです……」
サトルは漆黒の兜を脱いでから、頭をガシガシ掻いて広間全体を見渡す。机は壊され、椅子は粉々になり、壁には穴が開いていて、棚などもベヒーモスに叩き潰されたせいでぺしゃんこになってしまっている。
それらを見て、当初とは全く違う結果になってしまったことに、サトルは巨大なため息をつく。最初の予想では───
「よく来てくれたな異邦の友よ。父が生きていれば、そなたを喜んで迎え入れたであろう」
───こんな感じの……少し都合がいい未来図を描いていたのだ。けれど結果は御覧のあり様。なぜかエルフ王は大言壮語を吐く愚か者であり、世界征服なんて理解不能な夢のためにアイリスが欲しいと言い出す始末。
「あいつさ……人望は無かったみたいだけど、それでも一応、この国の王だったんだよな。それが急にいなくなったら……やっぱまずいよな?」
「ポジティブ。エルフ王国が存続出来ていたのは、曲がりなりにもこの世界でトップクラスの実力者であった、デケムがあっての事。彼無くしてこの国は存続は出来ません。法国との戦争もありますし」
「法国か。デケムが倒れたとしても、法国が戦争を止める可能性は……0だよなぁ……」
「ポジティブ。戦争原因の王が倒れたとて、今更それで矛を収めるには、両者とも血を流し過ぎています」
「少し……少しだけ。怒りに任せ過ぎたのかもしれんな」
向こうから仕掛けてきた以上、サトルに引く選択肢はない。戦略的撤退はあり得ても、殴り返さない理由はどこにもない。だからこの結末はどうやっても、二人がこの国を訪れた時点で避けようがなかった。
最大戦力を失ったこの国は、いずれ法国に蹂躙されて滅ぶ。その時、この国のエルフがどうなるのか。良くて奴隷、悪ければその場で即死。良い結末は決して訪れはしない。法国との戦争の原因はデケムにあるが、同時に法国にこの国がまだ蹂躙されていないのはデケムと言う暴力装置がいたから。
彼が次から次へと、人間の冒険者換算でオリハルコン以上の子供を前線に投入することで法国との戦線は維持されていた。
しかし供給元が断たれた現状では、どうあがいてもエルフ王国の滅亡は免れない。
(俺としては、別にエルフがどうなろうが知ったこっちゃないが……)
サトルはチラリとアイリスを見る。あんなアンポンタンのデケムにさえ祈りを捧げるアイリスが、滅びゆく国を見た時どんな気持ちになるのだろうか。そう思うと、見捨てるのも忍びない。
そうサトルが思っているとアイリスが顔を上げる。彼女と目があったサトルは数秒考えた後───
「仕方がないよな」
思いつきに近いそれを、サトルは実行することにした。
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エルフ王国。数多のエルフツリーが立ち並ぶ国であり、伝統的な木の家が立ち並ぶ小さな国。その国は現在大騒ぎになっていた。騒ぎの原因は───
「聞け<
「……僕らに平伏し、平穏を望むならば悪いようにはしない。今まで通りの生活を送りたいのなら送ればいい。別に貢物なんかの要求もしないからね」
───この国を占拠したと宣言する二体のドラゴンだ。赤い鱗と白い鱗。太い四肢と大きな翼には力が漲っており、手足を振るえばエルフツリーなど立ちどころに真っ二つにされてしまうだろう。
そんなドラゴン達を離れてみる二人の影がいる。
「あとはドライグとグイベルに任せるか」
「なのですよ」
エルフ王デケムは突如異邦から襲来したドラゴンに襲われ奮戦するも、あえなく戦死。そんな青写真を描いたサトルとアイリスは、『ユグドラシルⅡ』から100レベルのドラゴンを二頭連れてきたのだ。それ以外にも二頭からすれば低レベル───エルフたちからすれば高レベルな竜も十数頭ほど連れてきている。
ドラゴン達にどんなリアクションを取るのかは分からないが、サトルはドラゴン達にまともな善政を敷くよう通達してある。デケムが王であるよりは、よほど良い生活をできるに違いない。そう信じて託し、誰にも見つからない内に二人はエルフの国を立ち去った。
そして───
「以上がエイヴァーシャー大森林であった出来事です」
「………………………………………………はは…………………………ははは……」
エルフの王国に訪問していたサトルが帰ってきたので、一応上司として何があったのかをジルクニフは報告された。
エルフ王デケム・ホウガンはアイリスを奪おうとした。
それが原因でエルフ王と戦闘になり、やむを得ず殺害した。
蘇生させても揉めるだけなので、ドラゴンを使ってエルフの王国を占領してきた。
これらを聞かされたジルクニフは手に持っていたペンを取り落とし、俯いてから乾いた笑いを出す。
───こいつは何を言っているんだ! 神人の研究のために会いにいったのだろ! それなのに殺した! その上でドラゴンで占領してきた!! はぁ!!!!
ジルクニフの胸中は大荒れである。エルフの王がアイリスを女として奪おうとした。ジルクニフとしては「……我が国にもその手の貴族は多くいたな」と思うので、そこまでおかしなことではない。それにサトルが激怒して戦闘になったのも、まだ分かる。サトルが極度の愛妻家なのはジルクニフも承知しているからだ。しかしそれが最終的に殺し合いに発展し、あまつさえ一国の王を殺して来ましたと言われてしまえば……しかもドラゴンによる占領付き。
それはもう、優秀な皇帝であろうとも乾いた笑い声しか出てこない。
───落ち着け。あくまでも今回被害を被ったのは、森の中に住むエルフどもだ。そしてエルフ王が亡くなってもまだ戦争を続けたとて、被害を被るのは宗教狂いの法国。我が帝国には何の被害もない。ここで「この馬鹿が!」と怒鳴るのは簡単だが、それをするメリットは俺の心情がすっきりする以外には何一つない。
損得を天秤に乗せて、ジルクニフは今回のサトルとアイリスの行動を帝国皇帝として勘定する。サトルに悪感情を叩きつけたところで、エルフの王が死んだ事実は消えない。ここで蘇生させたりしても、帝国は損をするだけ。ジルクニフは、ああだこうだと頭の中で情報を捏ね繰り回した後───
「了解した。エルフの王を殺害したことは、あまり褒められた行為ではない。だがゴウン殿と奥方が無事に帰られたのであれば、それ以上に僥倖なこともあるまい」
「……私はかなり勝手な行動をしたと、自分でも思うのですが……それを咎められはしないのですか?」
「咎める? 何を馬鹿な事を。エルフの王……デケムでしたかな? そやつは他国からの使者に対して無礼を働いた。その礼としてゴウン殿は首を刎ねた。そこで話は終わりですよ。エルフの国は、別に友好国でも無ければ、助けるべき隣人でもないですからね」
作り物の笑顔を浮かべて、ジルクニフはサトルの心を宥めるように優しい言葉を吐き出す。個人としての心情は捨てて、あくまでもバハルス帝国の皇帝としての言葉だけを述べる。
相手は超級の怪物にして、この国……どころか、この世界でも頂点に立つ魔法詠唱者。他国の王が死んだ事実を、ジルクニフは心のごみ箱に投げ捨てて忘れることにした。あくまでも自国が大事であり、それ以外は見なかった事にする。これが為政者としては、とても重要なスキルなのだ。
報告を終えたサトルを見送った後、ジルクニフは一人机に突っ伏した。
───あの女、早く死なないかな……駄目だ。奪われるとなっただけで、誰かを殺して帰ってくるんだ。もし不慮の事故であの女が死んだら、ゴウン殿は……発狂するんじゃないか?
どうもサトルが絡むトラブルの中心には、アイリスがいるような気がする……確実にいると確信したジルクニフは、アイリスの死を願いながらも、同時に長生きする事を切に願う。アイリスが死んだとしたら、サトルはとんでもない暴走をする。そんな予感をひしひしと感じながら、あの二人が関わると事態がかなり大きくなるんじゃないかと思いながらも、当面は自国に害がないだろう……合って欲しくはないと頭を振り、ジルクニフは自分の仕事に没頭して現在のストレスから目を逸らすことにした。
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「久方ぶりの家なのです」
帝国首都アーウィンタールのサトル邸。住むだけに限定するならば、浮遊要塞にある八欲王が使っていた私室や、それ以外にも大量に余っているスイートルームの方がよほど豪華。
しかしサトルはどうにも広くて豪華な部屋は落ち着かない。貧乏性とでも呼ぶべきか、30年間もの間小さなアパートやワンルームで暮らしていたせいか、豪奢過ぎるのは性に合わない。ジルクニフから屋敷を下賜された時も、一番小さな屋敷を選んだのだから筋金入りだ。
アイリスは……彼女はサトルが落ち着くと思う場所ならそれでいい。一番優先すべきなのはサトルの心情であり、彼女自身はサトルにギュッとハグされるなら別にどこでも良かったりする。狭かろうが、広かろうが、ある程度自由に動けるスペースがあって、サトルとスキンシップが取れるなら満足だ。
なので、今も貴族の私室と呼ぶにはこじんまりとした部屋───屋敷に住むメイド達が使っているのとあまり変わらないか、それよりも狭く小さな部屋で二人はベッドに寝転がって休息を取っている。
……両者とも莫大な体力を持っているので、別に休息を取る必要は全くない。無いのだが、デケム周りで精神的にちょっと疲れていたので、今は仲良くふわふわしたクッションに包まれて休憩中だった。
「ネガネガなのです……」
「……お疲れ」
枕に顔を沈めてピクリとも動かないアイリスの背中をポンポン叩き、サトルは短い言葉で彼女を労う。同じ世界級エネミーの力を持つ二人だが、元がアンデッド種族なので肉体ペナルティ耐性が高かったりステータス低下へ完全無効化、かつ世界級エネミーの中でも強力な個体である『世界喰い』と『第六天天主』を持つ分ステータスに余裕があるサトルと。
元が人間種でステータスなどが、どうしてもサトルに比べると劣るアイリスでは精神的な疲労面でも捉え方が違う。
そんなぐったりとしているアイリスは、屋敷に帰って来た直後はメイド達に怪しまれないよう権能による変身を解いていたが、今はサトルしかいないので地球時代の小さなアイリスになっている。
こちらに来てからは成人女性な見た目になっていたアイリス。しかし彼女の自認としては、こちらの12歳から14歳ぐらいにしか見えない見た目こそが本当の姿なのだ。
「オーナーがお望みなら、変身を解いて爆乳モードになるのですが……」
と言われたが、サトルはアイリスはどんなアイリスでも大好きだ。確かに見た目の好みだけで言えば、ストレートロングの黒髪で長身で巨乳から爆乳な子の方が好きだ。白に近いセミロングの白銀に輝く髪に、小柄で薄い体つきをしているアイリスはサトルの好きな外見の反対に位置する。
(でも理屈じゃないんだ。俺はアイリスじゃなきゃ、嫌なんだ)
そう……理屈じゃない。もしもアイリスを連れているのがペロロンチーノだったなら、サトルは心底から「やっぱロリコンなんですね。強めのお薬出しときますね」と茶化しただろう。初めて会った時から綺麗で可愛い子だとは思った。けれどそれは美術品に対する美しいと思うような感情で、今抱いている恋愛感情だの独占欲などとは全く違う。
サトルがアイリスに惹かれたのは、隣で笑い続けてくれたから。自分を楽しませようと、色んな事をしてくれたから。全てを失った黄金の思い出の代わりに、名前の通り白銀の希望をくれたから。
……自分でも呆れるほどに、アイリスにのめり込んでいるとサトルは多少は自覚している。
───でもしょうがないじゃないか。尽くしてくれて、支えてくれたら……そんなの好きになるに決まってるだろ
だからアイリスから告白された時、困惑して……とても嬉しくて。そして───
私が私のオーナーとして選んだのは、後にも先にもただ一人
デケムに言い放った言葉を感激の感情と共に思い出し、一つの疑問を抱く。その疑問はサトルの心中にずっとあった言葉。この疑問に答えてくれるとしたら、それはアイリスだけ。しかしそれを聞くのは、ひょっとしてマナー違反ではないのか。そんな疑問が脳内で渦巻くが、それでも……自分がアイリスのオーナーであるならば、赦されるのかもしれない。そんな期待を抱いて、サトルはうつ伏せから仰向けになり、サトルの手を自分のお腹の上に置いて鼻歌混じりに両の手で擦るアイリスに問いかけた。
「アイリス……愛してる」
「ポッ!」
鼻歌が止まり、サトルに顔を向けたアイリスは、澄んだ赤目でマジマジとサトルを見る。夜の営みの時ぐらいにしか、恥ずかしいのか愛を囁かないサトルが真正面から愛してると呟いた。だからしたいのかと思い、武技でこっそりとショーツの紐を緩めるアイリスだが───
「よっと」
サトルに脇を抱えられて持ち上げられ引き寄せられた後、背中に手を回されて抱き締められる。
「愛してる……大好きだ」
「お、オーナー?」
なんだか普段と様子が違うサトルに、ちょっとだけ困惑の声を上げる。そんなアイリスに───
「俺は……君が大好きだ。誰よりも好きだ。何者よりも好きだ。世界で一番好きだ。もしも世界の全員が君を害しようとするなら……世界を変えてやると思えるほどに……愛してる」
「君の笑ってる顔が好きだ。温もりが好きだ。いつも繋いでる小さな可愛らしい手が好きだ。宝石みたいな赤眼が好きだ。ウルベルトさんの想いを自分の名前にして残してくれた優しさが好きだ。俺の傍にいてくれるって約束して、俺の頑張りを肯定してくれた君が好きだ。サラサラの綺麗な白銀の髪が好きだ。俺なんかに尽くして奉仕して、頑張ってくれる姿が好きだ───
延々とアイリスの好きなところをサトルは告げる。どれだけ自分がアイリスの事が好きなのかを。延々と……
それは地球時代の思い出に始まり、今に至るまでの全てが詰まった宝石箱。あまりにも重い感情であり……アイリスぐらいにしか話さない、サトルの本心だった。
「───俺は君の全てを愛してる」
そう締めくくったサトルの言葉。それを聞いていたアイリスは数秒言葉を噛みしめた後───
「そう言うことなのですね。オーナーは……それほどまでにアイリスの事を……」
具体的に自分のどこが好きなのか。長い語りを聞いたアイリスは……どうしてサトルが急にこんな事を告げたのか考えて……持ち前の洞察力と勘により一瞬で察した。
……サトルが自分であれば、どうして急にこんな事を伝えのかも気づいてくれると信用して信頼してくれた事にも……アイリスはきちんと気づいていた。
「───そう言えば。私はオーナーの事を大好きだと伝えていますが……具体的にどうして好きなのかを、伝えた事はなかったですね。これは私の反省点ですね。オーナーを不安にさせてしまうのですから」
サトルが心中に抱いていた疑問。それはどうして、自分を選んでくれたのか、だ。
サトルは自慢じゃないが、自分を凄いとは微塵も感じた事がない。それに対して、アイリスの事をサトルは心底凄いと感じている。その気になれば企業のシステムすら完全掌握する次世代型の電子情報体。自らの自己すら確立できる性能を持ち、感情の機微すら持ち得た世界最高峰のAI。あまりにも凡人の鈴木悟には過ぎた存在だと、自分の人生を振り返った時にサトルは考えてしまう。
例えウルベルトとの約束があろうとも、自己を持つ彼女ならその約束を無視してもっと良い持ち主を選べたかもしれない。……そんな事はせず、ウルベルトとの約束を守ってくれたアイリス。しかし……だからこそ時折不安になる。
サトルはアイリスから、具体的にどこが好きなのか。それを聞いたことがないのだ。例えば顔が好きと言われた事もない。現在のサトルの顔は、転移前にアイリスから見たリアルのサトルは、これだけ恰好が良いなんて理由でアバターの外装を作り直されたもの。言ってしまえば自分で得た物ではなく、ただの偶然で手に入れただけの代物。
サトルなら幾らでもアイリスの好きなところを、今みたいに伝えられる。でも……サトルは聞いたことが無いのだ。アイリスならこんな風に伝えなくても気持ちや想いを読んでくれるかもしれないが、サトルはアイリスの気持ちなんて分からない。
だから不安なのだ。
アイリスがどうして男性として選んでくれたのか。
今の外装に関しても、アイリスの好みがガッツリ関わっている。アイリス好みの外装にしたから、男性として好きになってくれただけじゃないのか。なにせ告白されたのは、外装変更をしてからだ。どうしてもそんなネガティブな感情が、ちょっとだけ芽生えてしまう。
サトルだってこの世界に来てから、自分を見る女性の目が全く違う事に気づいている。今はアイリスとの間に付け入る余地が無いと理解されているので無くなったが、当初の頃にはメイド達から非常に熱っぽい視線をサトルは向けられていた。
「あれは恋する乙女の目なのですよ……絶対に渡さないのです」
しっかり独占欲の入ったアイリスから───後半の言葉は小さく呟いたのでサトルには伝わらず───そんな風にサトルは教えて貰った。
そんな経験から妙な部分がサトルは卑屈だ。サトルにとってアイリスは世界で一番───唯一の宝物だが、アイリスにとって自分はどう見えているのか。
毎晩と言っていいほど二人でキスをして、交わり合って、まぐわっているが……自分が勝手に重い感情を抱いて、空回りしているだけではないのか。
どうしたって……そんな不安が存在してしまうのだ。
「……オーナー。きっと私が百の言葉を伝えたとて、貴方は慎重だから疑ってしまうかもしれません。だから───」
自分の体を抱きしめるサトルの腕を掴み、アイリスはサトルの手を自分の頭に乗せる。
「本当はもっと早く……伝えていれば良かったのかもしれません。───オーナー。私の気持ちを知りたいなら……<記憶操作>で、私の記憶を読んでください」
「えっ?」
流石にこれは想定外だったのか、少しだけサトルがビクッと動き手を退けようとするが───
表固め。
武技を使って、サトルの手を無理矢理固定してしまう。
「ちょっ! アイリス!!」
「逃げちゃ駄目なのですよー。アイリスはオーナーの嬉し恥ずかし大告白を聞いたのですから、オーナーはアイリスの赤裸々記録大暴露を見なきゃいけないのです」
サトルは腕に全力を籠めるが、恐ろしい事にピクリともしない。総合力ならサトルが格上だが、至近距離ならアイリスの独壇場だ。
むろん腕力ではなく権能を使えば、ここからでも逃げる事は可能。しかしアイリス相手に権能を使ってまで逃げたいかと言われると───
「オーナーはアイリスに言葉を伝えてくれました。それなのに、アイリスが隠すのはずるいのですよ……それに、オーナーだからこそ、知って欲しいのです。アイリスの事を全て愛すると言ってくれる、貴方だからこそ。私の全てを知っておいて欲しい」
サトルの手に自分の手を重ねながら、アイリスは愛おしそうに彼の手を両手で包み込もうとする。小さな手では両手を使っても、体格差があるサトルの手は包み込めない。それでも……今だけは想いが伝わって欲しいと祈りながら。
数分の間そうしてから───
「───アイリス。<記憶操作>の魔法の上手な使い方。レクチャーしてくれるかい?」
「───ラージャ!」
観念したサトルは、人生で初めての<記憶操作>を使うため、この道のプロと呼べるアイリスに教えを乞うのだった。
ジルクニフ:サトルの報告に若干頭が痛い。まだ頭皮は大丈夫。でもロクシーを抱くと無性に泣きたくなるらしい
サトル:激重
アイリス:激重(本編IFルート参照)