リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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フールーダの見解

 応接室で二人の来訪者を見送ったジルクニフは、執務室に戻った後さっそく秘書官のロウネに命じて蘇生魔法の検証に使えそうな死体をリストアップさせる。

 

「それでしたら、つい二日前に第二騎士団の分隊が巡回中にギガント・バジリスクに襲撃されています。幸いにも数名の死者が出た程度と一人石化しただけで撤退出来ましたが……その中に有用なタレント持ちがおります」

「どのようなタレントだ?」

「武技を通常の3倍の速度で習得できるです」

「それは確かに有用だな。それに石化体か……蘇生させるのはそのタレント持ちにする。それとアイリス殿なら石化の解呪が出来ないか、そちらも試して貰おう」

「承知致しました。すぐに死体と石化した騎士を皇城に運びこむよう手配させます」

「あと蘇生魔法には大量の金貨か、貴重な品を代価として払う必要があるそうだ。この間無能(貴族)が隠していた財を徴収しただろ。あれを用意しておくんだ」

 

 ジルクニフの命を受けたロウネ・ヴァミリネンが執務室を出ていく。それを見送ったジルクニフはふぅ……と息を吐く。

 

 突如として現れた謎の二人組。両方共、天上の存在が如き容姿を持ち、両者とも第十位階に到達した魔法詠唱者。二人の対応をした事で、ジルクニフが片づけなければいけない執務は滞ってしまったが……一日遅れたところで構わない。そんな損失など、今日勧誘したその二人組の価値に比べれば何てこともない。

 

「第十位階か……スレイン法国の建国神話ぐらいにしか登場しないような御伽噺だが」

 

 二人が嘘をついているとはジルクニフは考えない。両名が魔法詠唱者であると見抜いたのは、バハルス帝国の首席宮廷魔術師フールーダ・パラダインなのだ。彼の言葉は時には皇帝であるジルクニフの言葉より重い。

 

 帝国は元々隣国であるリ・エスティーゼ王国と同一の巨大国家であったが、200年前に勃発した魔神戦争により国が東西に分裂。その時の東側がバハルス帝国である。

 

 そしてフールーダはバハルス帝国が建国されるより前に生誕した、長寿の魔法詠唱者。六代前の皇帝から国に仕えており、長い間に渡り国の繁栄に助力してきた。仮にフールーダが国を裏切ったとしても、ジルクニフは表立って彼の批判が出来ないほどに、その名と言葉は重い。

 

「あの時爺から聞けたのは、リンウッド夫婦の位階判定と魔力だけだったか……あの時の爺の怯え方は、今まで見た事がないような反応。改めて話を聞かねばならんな」

 

 ジルクニフはそんな独り言を呟くが、実のところフールーダをあまり執務室に呼びたくない。彼は魔法狂いであり、あの二人について尋ねたりすれば間違いなく鬱陶しい魔法講座が始まるからだ。

 

 呼び出す前からうんざりした気持ちにジルクニフはなってしまう。とは言え、一国の主として今後重要なポストにつけなければいけなくなるだろう二人の話は聞いておかねばならない。

 

 執務室に置いてある呼び鈴を鳴らす。これは登録された人物を呼ぶためのマジックアイテムで、呼んだのは勿論フールーダだ。

 

「どうでしたか陛下ぁ!! 御方達からお話は聞けましたかな!!」

「爺……転移魔法で執務室に来るなと、前に俺は言った筈だが……」

 

 鳴らした瞬間に魔法で飛んできた老人に、ジルクニフは本気で頭が痛くなる。遅いのも問題だが、皇城内で許可なく魔法を使うなと言う話なのだ。

 

「まぁいい……良くはないが、今回は流す」

「それで! それで神々はなんと! なんと仰られたのですかぁ!!!」

「ええい顔が近い! 離れろ爺! 唾を飛ばしてくるな!!」

 

 魔法狂いにとって初めて出会った、神話の中にしか登場しない魔法詠唱者の話。そんな二人の詳しい話の場にフールーダを呼ぶと面倒な事になると隔離していたのだが……興奮した老人の様子から、その判断は正しかったとジルクニフは自分の英断を褒め称えたい。

 

 なんとか老人が落ち着くまで待ったところで、二人から聞いた話をジルクニフは伝える。

 

「ユグドラシルのヘルヘイムですか……聞いた事がありませんな」

「そうか。爺でも知らぬなら、この国の誰も知らぬだろうな」

「はい。私より知識のある者はおらぬでしょう……それにしても、魔法の神々は両柱とも第十位階に! それも奥方様は信仰系! いやはや長生きとはするものですな!!」

「……その魔法の神々と言う呼び方はやめておけ。その話を振ったら嫌そうな反応をしていたからな。これはお願いではなく、命令だ。守れぬようなら今後爺は二人との接触を禁ずるからな」

「そ、そんな! 殺生過ぎますぞ!」

「殺生も糞もあるか! あんな平伏なんぞせずとも、俺に第十位階魔法詠唱者だと伝えたらすぐにでも応接室を用意したわ、この馬鹿が!!」

 

 老人がしょんぼりとするが、皇帝としては言いたい文句はまだまだ山ほどある。だがそれを伝えたところで、フールーダはそんなに反省はしないだろう。それを嫌と言うほど、ジルクニフは理解している。

 

「それで。お前から見てあの二人はどれほどの脅威度を持つ」

「……陛下。まさかとは思いますが……御二方をどうこうするおつもりで?」

「馬鹿を言え。悪意を持つ相手ならまだしも、こちらの礼儀作法に合わせようとする手合いを必要以上に刺激などするものか。知りたいのは明日の魔法実演で何をして貰うのかを検討するためだ……爺はリンウッド夫婦を見て、赦しを請うていたな。お前の眼に何が写ったのか。その詳細を教えてはくれないか」

 

 それでしたらとフールーダは謁見室で語ったのと、殆ど変わらない内容を口にする。

 

「やはり十位階なのは間違いないか。それと爺を超える大魔力と言うが……実際にどれくらいの魔力なのだ? 私は爺が語る魔法は知っていても、十位階については詳しくない。数字の上では六から十。たったの四しか動いていないが……魔法の道を究めんと200年以上かけた者から見たら、どれほど出鱈目だ」

 

 ジルクニフはフールーダを超える魔力と言われて、大体数倍から十数倍程度を想定している。仮にこの言葉を人前で語れば阿呆だと思われても仕方のない過大な評価。それだけフールーダと言う老人の実力と知名度は高い。人類史に名を残す大がつくほどの魔法詠唱者なのだ。それの数倍以上。子供でもまず口にしないようなとんでもない想像だが……現実はいつだって想像を凌駕する。

 

「もはや私には巨大過ぎてまともな試算は出来ませぬ。それでもあえてというならば……数百倍から数万倍。ひょっとすれば数十万倍から数百万倍かもしれませぬ」

「───は?」

「そのような反応をされましても、このようにしか答えられませんな。大きすぎて私の眼では計れぬのです」

 

 臆面もなく馬鹿みたいな数字を出すフールーダにジルクニフは目を丸くする。最初は老人がつまらない洒落を言っていると笑い飛ばそうとしたが……フールーダの顔は至って真面目だ。何一つ嘘をついていない。

 

 それを読み取った瞬間、ジルクニフの背に大量の汗が浮いてくる。異邦からの来訪者。それは老人が語るように、文字通り神の如き存在なのだと。

 

「で、では魔法詠唱者として! 魔法詠唱者としての戦闘能力は、爺の数百万倍と言う意味か!!?」

「十位階の魔法となると、どれほどの規模かは……魔力量が戦闘能力に直結するとは言えませぬが、それでもある程度の目安にはなるかと。陛下に私が覚えた恐怖を分かりやすく覚えて貰うならば……私が千人いると考えてください」

 

 その言葉にガツンと頭を殴られたかとジルクニフは錯覚した。帝国全軍に匹敵すると言われるのがフールーダだ。老人を除く帝国全軍は四騎士のような一騎当千の猛者もいるため、単純な数値にはし難いが……それでも無理矢理表記するなら帝国兵十万人分と言ったところ。つまりフールーダは帝国騎士十万人と同等の戦力なのだ。

 

 ではそんな老人の千人分となると、単純計算で帝国騎士一億人分相当。あまりにもふざけた戦闘能力を、あの夫婦は保有していると言う意味になる。

 

「そ、んな。そんな馬鹿げた存在が。この世にいていいのか……」

「───私がどうして魔法の神々と呼んだのか、陛下にも理解して頂けましたかな」

 

 ……それらの話を聞いて、ジルクニフは少し笑うと同時に。あの夫婦が理性的に話が出来る人物で本当に良かったと安堵する。言葉ではなく、力に訴える手合いであったなら皇帝は理性を保てていなかった。

 

 ───あの夫婦に最初に会い、牢屋ではなく特別貴賓室に案内したと言う近衛に恩賞を出してもいい。仮に無理やり捕えようとし、向こうが暴れて抵抗していたら……きっと皇城など崩壊していた。皇城どころか、帝都アーウィンタールが地図から消えていた可能性も……そんな事になれば帝国崩壊の騒ぎどころではない

 

「私が魔法を使ってでも止めていなければ、大変な事になっていたでしょうな!」

「いや、あれはお前がいきなり奇行に走ったのもあるからな? 爺の手柄ではないぞ」

 

 そこにだけはしっかりと釘を刺す皇帝。

 

「しかしその話を聞くと、リンウッド夫婦はますます野に放つわけにはいかんな。高位階の蘇生魔法だけでも、その身柄を巡って各国で争奪戦が起きかねんのに、軍事力としても別格。単独で国家間の戦争の勝敗を決めてしまえる。あの夫婦を保護した国家が、この時代の勝者になるぞ」

「つまり陛下が勝ったと言う事ですかな」

「ことはそう単純ではない。それだけの力があれば、私の下から去っても暮らしていけるだろう。話した限りでは権力に対する興味などは無さそうだが……転移により飛ばされたと言うから、物などはあまり持っていない筈。その路線で恩を売ってみるか?」

 

 フールーダが口にした事が全て真実なら、リンウッド夫婦の価値はもはや青天井。

 

 ───夫婦二人で慎ましく暮らしていたと言う事は、人の上に立つ事には興味がないのだろうな……あるいは他者に頼らなくとも生きていけるからか? 叙爵についてはリンウッド殿と相談してからだな。興味がない地位を用意して、不興を買うのは不味い。後は二人の住居をどうするか。貴賓館を永久的に夫婦の住まいにしてもいいが……それよりも夫婦二人で静かに過ごせるように、高級住宅街にある無能から差し押さえた屋敷を渡すか? ……元々二人で暮らしていたのだ。いつまでも干渉するより、そちらの方が喜んでくれるかもしれん。後は女……は用意しても無駄だな。アイリス殿がリンウッド殿の女の基準だとしたら、とてもではないが俺でも用意できん。考えるべきことは多くあるな

 

 とにもかくにも、明日の魔法実演をどうするのか。それを考えながら、ジルクニフの今日は終わりを迎えるのであった。

 

 

 

    ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

「それでは蘇生魔法を使います」

 

 アイリスの前には安眠の屍衣と言う死体の腐敗を防ぐマジックアイテムに包まれた死体と、石化した騎士と大量の金貨がある。それを見守るのは四騎士を始めとした帝国騎士にジルクニフ。フールーダや彼の門弟に秘書官であるロウネなどバハルス帝国の重鎮達だ。

 

 皇城で一夜過ごした後、ジルクニフに呼ばれたサトルとアイリスはとある部屋に連れてこられた。ジルクニフは部屋に入って来た二人が着替えている事に疑問を持った。メイドが用意したにしては、この国の意匠ではなかったからだ。その衣服が位階魔法産であることを知った皇帝は、物で釣るのは難しいかもしれないと思ったが。後日料理に感動していたとメイドから聞き出し、そちらの路線で攻める事にしたらしいがこれはまた別の話。

 

 最初に着ていた祭服とローブに関してはアイテムボックスに入れたと説明。フールーダはそれが<小型空間>のような収納魔法だと気づいたのか、彼が説明を補足した事で特に誰も疑問を抱きはしなかった。

 

 そこからアイリスが頼まれたのは、ジルクニフが用意した死体の蘇生と石化してしまった騎士の解呪だ。二人ともギガント・バジリスクの被害者。このモンスターはこの辺りでも恐れられている怪物であり、石化の視線能力など厄介な能力をいくつか持つ。

 

 石化を防ぐ手段ならマジックアイテムなどいくつかあるのだが、解呪となると絶望的だ。スレイン法国の高位神官なら可能ではあるが、その費用は莫大な金額を要求される。今回石にされた騎士にそれだけのコストを割くだけのメリットは薄い。これが近衛のような熟練であれば話も変わるが……ともかく通常であれば石にされた騎士は家族のもとに返されるか、家族が受け取りを拒否したらそのまま埋葬される。

 

 しかしアイリスが解呪出来るのであれば話は変わる。その話を聞いてとある女性騎士が本当に解呪出来るのかを、息を止めてまで見ているがそれもまた別の話。今は蘇生と石化の解除が可能なのかどうか。それを確かめる場なのだから。

 

「<真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)>」

 

 アイリスが呪文を唱えると、死体の傍にあった金貨の内何枚かが溶けて死体に流れ込み吸収される。そして奇跡は起きた。

 

「かはッ!!!」

 

 完全に死んでいると判断されていた騎士。その筈なのに、騎士は息を吹き返し咳き込んでいるのだ。

 

「マジかよ……」

 

 誰の言葉なのかは分からない。けれどそれは同じく見守っていたサトルを除く全員の総意だった。アイリスは死から騎士を連れ戻したのだ。

 

「はは……これはとんでもない、拾い物だ」

 

 ジルクニフは誰にも聞こえない様に小声で言葉を漏らす。この瞬間にアイリスの価値は証明された。帝国が持つあらゆるマジックアイテムや人材を超える価値。奇跡の結晶がここにある。

 

「……蘇生はしましたが、爪による傷は全快してないですか。<大治癒>」

 

 アイリスは更に魔法を唱えて、騎士の傷を癒す。

 

「あれは……リンウッド殿。アイリス殿は何の魔法を使われたのですか?」

「あれですか? あれは第六位階魔法のヒールですね。大抵の病気を治し、体力を大きく回復させる魔法ですね」

「そうか……治癒魔法ですらそれだけの!」

 

 ジルクニフは人生で一番興奮しているかもしれない。どこかの誰かが転移させた事故により皇城へと降り立った夫婦。それはとんでもない人材だった。フールーダから聞かされた戦闘能力の件を抜きにしても、この二人を最高待遇で迎え入れる事に何の躊躇もない。自分が持つ権限を使い、屋敷の一つや二つ与えてもいい。それだけ……別格の人材を勧誘出来たのだ。

 

「あとはこっちの石にされちゃった人ですね。<魔法抵抗難度強化・上位汎用解除(グレータ・キュアオール)>」

 

 奇跡は続く何度でも。今度は石化していた騎士の肉体が、石からタンパク質の塊へと戻っていく。

 

「あれ? ここって……どこだ?」

 

 訳もなく石化が解除されたことにざわめきが起き……それを見ていた女性騎士が一層興奮しているが、全員そちらには気づかない。あとフールーダも腕を振り回して喜んでいるが、そちらは偉大な魔法詠唱者のイメージを守るために全員見ないようにしている。

 

「素晴らしい。本当に素晴らしいとも! リンウッド殿! 貴方の奥方は最高位の神官だ!! これほどの女性を射止められるとは……貴方もとんでもない豪傑だな!」

「いやぁ……俺なんて運が良いだけですよ!!」

 

 謙遜しているサトルだが、アイリスが褒められたのがこれ以上なく嬉しいのか、その顔はにやけている。そんな反応に、サトルは愛妻家なのだと気づいたジルクニフ。今後はより一層サトルの前ではアイリスを褒めようと決意する。

 

 ───しかし復活魔法は使い所を考えねばならんな。見たところ思ったより金の消費量は少ないが、それでも無駄打ちを許されるほどではない。今後蘇生させるにしても、生前から功績を立てている人物か、今回のような失うには惜しい人材に限定すべきか。考えなしで復活させていたら、財が足りん

 

 ともあれ今後アイリスの仕事としては、治癒や解呪に蘇生魔法を担当してもらう事になるなとジルクニフは独り言を漏らす。今までは信仰系魔法を使う時には、ジルクニフが雇い入れている魔法詠唱者か宗教を司る神殿勢力に頼る必要があった。しかしジルクニフの下にいる信仰系魔法詠唱者は第二位階まで。三以上は神殿に頼まなければいけなかったが、アイリスを勧誘できた事でこの問題がクリアされた。

 

 無論神殿勢力への付き合いもあるため、全てをアイリスに任せる訳ではない。神殿が持つ民への影響力は高く、下手に関係が拗れてしまうと統治に支障が出てしまう。それに……考えたくはないが、仮にアイリスが離反すれば元の木阿弥となる。そうなった時、神殿との繋がりが無ければジルクニフは権力基盤を失う可能性すらある。なのでアイリスに任せるのは、神殿勢力でも治せないような重症者や今回のような復活に絡む案件だけだ。

 

 蘇生された騎士と石から元に戻った騎士には、ギカント・バジリスクに襲われた時に同行していた分隊長から何があったのかが説明される。

 

 二人は自分達の身に起きた事に恐怖し、同時に美の女神にしか見えないアイリスに万感の籠った言葉で礼を述べる。それに対して「いえいえ」と返すアイリスと、彼女が褒められてまたしてもにやけるサトル。

 

 そんな夫婦に奇跡を目の当たりにしたせいで「神よぉ!」と吠え近づこうとしたので近衛に取り押さえられているフールーダと、「女神様! 私の呪いもぉ!!」と暴走して同じ四騎士のバジウットやニンブルに捕まっているレイナースを無視してから、ジルクニフが二人に語りかける。

 

「我が大切な騎士を死から連れ戻してくれた事、また石にされた哀れな騎士も救ってくれた事、心より感謝申し上げる。ありがとうアイリス殿、リンウッド殿。そなた達を疑い、試すような真似をしてしまった狭量な我が身を恥じるばかりだ。誠に申し訳ない」

 

 ジルクニフは夫婦に頭を下げる。夫婦と取り押さえられている二人以外がそれを見て一瞬驚くも、すぐにあれが正しいのだと感ずる。最高位の神官とは、まともな為政者であればそれだけ敬意を払うに値する相手なのだと知っている。軽視するとしたら、自らがこの世の支配者だと椅子に踏ん反り帰り民を蔑ろにしている隣国の権力者達───リ・エスティーゼ王国の腐敗貴族くらいだ。彼らの多くは魔法をなぜかくだらない手品だと思っており、フールーダの事も小手先の奇術使い程度と侮っていた。

 

 一国の皇帝が頭を下げるパフォーマンスに対し、サトルは物の見事に感動していた。

 

(凄い! 一国の主って事は会社の社長なんかよりも偉い筈なのに……俺たちみたいな流れの者相手でも尊重して頭を下げられるなんて……これが上に立つ者の度量なのか!)

 

 サトルの知る偉い人間と言えば王国の貴族のように踏ん反りかえり、下の人間に仕事を投げるだけで何もしないのが当たり前の企業上層部。そんな環境で暮らして来ただけに、自らが率先して行動するジルクニフの在り方にサトルは深く感激する。

 

 アイリスはジルクニフの行動が一種のパフォーマンスではあると理解しているが、形だけにしろ心からにしろサトルを立ててくれるのは嬉しいのでニコニコと笑っている。

 

 バハルス帝国皇帝ジルクニフ。リンウッド夫婦の好感度を荒稼ぎ。パーフェクトコミュニケーションを連発させてみせる。

 

「アイリスの証明が済んだなら、次は私の番ですね」

 

 サトルがジルクニフにそう問いかける。アイリスが最高位の信仰系である事が事実と判明した時点で、ジルクニフとしては満足しているのだが……確かに奥方だけ何かさせて夫だけ何もせずと言うのは外聞が悪いかと思いなおす。

 

「そうですね……確かリンウッド殿は故郷ではモンスターを狩って、生計を立てていたのですよね」

 

 それは昨日ユグドラシルの事を話した際にサトルが伝えていた事だ。ゲーム内の話にはなるが、ナザリックの維持費用を稼ぐためにモンスターを狩って資金調達をしていたので嘘ではない。

 

「そうですね。他には金やマジックアイテムを賭けてPVPをしたりでしょうか」

「PVP?」

「私たちの故郷の言葉で対人戦と言う意味ですね」

 

 対人……つまりは人との戦いに慣れていると言う意味かとジルクニフは受け取る。

 

 ───昨日の爺の言葉が真実なら、リンウッド殿は対人戦に長けた超級の魔法詠唱者と言う訳か

 

「なるほど。リンウッド殿は戦いに長けた魔法を使えるのですね」

「一応は道具を作ったりと言った魔法もありますが……何が一番得意かと言われると、戦闘……になるかもしれません」

 

 サトルの言葉にならばどんな魔法を使うのかは、その対人戦を見せて貰うのが一番早い。そう決めたジルクニフだが、さて誰がサトルの相手に相応しいかを思案する。

 

 なにせフールーダ曰く、帝国最強の魔法詠唱者千人分に相当するかもしれない第十位階魔法を使う頂点。そんな相手の戦いについていけそうな人材は帝国には……いる。一人だけいる。同じく第十位階に到達した信仰系魔法詠唱者が一人。

 

 だがそれを口にして許されるのか。いきなりお願いをしては駄目だ。まずは確認しなければならない。

 

「リンウッド殿。その対人戦とやらですが、本番の前に練習などは行ったりしていたのでしょうか?」

「何度かありますね」

「第十位階に到達しているリンウッド殿の練習相手となると、相当の猛者にしか務まらないでしょうが……誰が相手をされていたのですか?」

「昔は友がいたのでそちらに頼んでいたのですが、皆この世を去ってしまって。それ以来はアイリスにお願いしていましたね」

「……そうでしたか、ご友人が」

 

 顔を伏せ黙祷し、少ししんみりとした空気をジルクニフは演出してみせる。こういった事が出来るのかも、為政者としては大切なのだ。レイナースとフールーダを抑えている組以外は、ジルクニフに追従して同じ動作をする。

 

 静かな時間が過ぎた後───

 

「お話を戻させて頂きますが……もしリンウッド殿が良ければ、奥方との対人戦を想定した稽古。それを見せて頂いてもよろしいですか? その結果でリンウッド殿に何の仕事をして貰うのかを一緒に考査しましょう」

 

 皇帝の願いにサトルはちょっとだけ思考。

 

(普通PVPを見せるってのは手札を晒す事になるからありえないけど……でも今の俺の雇い主はジルクニフだ。つまりこれは……社長に対するアピールの場! ならアイリスとの練習を見せても問題ないな。この実体化した体ってやつで、攻撃用の魔法とかスキルがちゃんと機能しているかも確かめたいし)

 

 <伝言>や<上位道具創造>のような周りへの影響がない魔法。物理攻撃に対する耐性。それらはこっそりと試したりしたのだが、それ以外については検証も済んでいない。

 

 身体能力などもゲームと違いがあるのかも確かめていないので、そちらも良い機会なので確かめようとサトルは画策する。あとはアイリスが同意するかどうかだが───

 

『アイリスは構いませんのです。ジルクニフや騎士達が私たちの戦闘を見た反応で、帝国の基準でどの程度の武力をオーナーやアイリスが保有しているのかを確かめたいのです』

『なるほど。なら昨日打ち合わせしたように、世界級エネミーの力は無しだけど』

『それ以外の魔法やスキルなら、ある程度見せても問題ないと判断します』

 

 アイリスとの無詠唱<伝言>でやり取りを済ませたサトルは、ジルクニフの希望に応える。

 

「分かりました。拙い戦闘技術かも知れませんが、それでも宜しければ」

 

 こうしてアイリスとサトル。世界級エネミー同士の御前試合(頂上決戦)が、皇帝の意により異世界で実現するのであった。

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