文字通り全記録をサトルは閲覧しました
アイリスの記憶を全て見た。彼女が産まれてから、今に至るまでの全て。帰って来た時にはまだ外は明るかったのに、今はすっかり暗くなっている。
部屋の中には明かりはなく。しかし暗闇はサトルの目を曇らせない。
キングサイズのベッドの上で、アイリスはサトルの腕枕に頭をのせ、彼のもう片方の手を貸してもらい頬ずりをしている。手から伝わる彼女の熱と……自分に向けられていた恋慕。普通なら重いとしか思えないような情報の奔流にサトルは呑み込まれ───ない。
(俺だけじゃなかった。俺一人が空回りしてるんじゃなかった。アイリスも同じ気持ちで……ずっと俺のことを───)
途中途中にジルクニフに関するアイリスの考察だの、ギルドメンバーがどうなったのだの、あの世界の構造の歪さだの、違う方向に気になる情報がいくつかあったがそれは一旦置いておく。
サトルが恋心を、初恋と言えるそれを持った時には、アイリスもまた同じようにサトルを慕っていた。記憶の中のアイリスはサトルが話しかけるだけで、本心から表情を綻ばせていた。嬉しいとか。楽しいとか。とにかくポジティブだった。
でもその度に、自分はAIなんだと彼女は己を戒めて。あくまでも、サトルに楽しんで貰おうと必死になって。自分を押し殺していた。
(もっと早く。もっと早く気づけばよかった。アイリスの方から言えないなら、俺の方から言うべきだった。君が好きだって。……いつも助けられてばかりだな、俺は)
彼女のオーナーなのに、その機微にすら気づけなかった自分の鈍感さにサトルは頭を抱えてしまう。
普段からいつもにこやかで柔和な笑顔を浮かべているせいか、それとも幼い子供のような振る舞いをしているせいだろうか。アイリス自身が元よりそんな性格で、誰に対しても変わらない態度を取る優しい子だとサトルは思っていた。
実際エルヤーの奴隷だったエルフの傷をこっそり治したり、彼女らを気にかけていたりと優しい子な側面は強い。しかしはっきりとした優先順位があり、アイリスがいつだって優先するのはサトルだった。
本当は奴隷エルフを引き取れないかと考えていたが、損得で分別をはっきりさせる傾向のあるサトルに申し出るのを躊躇っていた。それこそ、こんな風に言う可能性すらある。
「メリットがないな。それをして、私に何か得があるのか?」
アイリス相手ならもっと柔らかい口調で「俺には得策には思えないなぁ……」と言うが、それでも内容そのものは冷酷に、かつ冷淡に切り捨てるだろう。
……地球時代はここまで酷くなかったのだが、転移でオーバーロードの体になってからメリット・デメリットに対する計算がサトルは非常にシビアになっている。仮にエルフを引き取るにしても、そんな事をするに値するメリットが無いのであれば、首を容易には縦には振らない。仮にアイリスの頼みであっても、デメリットが大きそうであれば許可を出さないし許容はしない。リスクありきの思惑がサトルの本質だ。
だからサトルがそう考えるかもしれないと意思を尊重して、アイリスはあの時心配そうな顔をしつつも直接助けの手は差し伸べなかった。
アイリスがサトルの意思を超えて、己の感情を優先的に見せるとしたら、それは
それだけ思われていた。それだけ慕われていた。
(なのに俺は……なんて思い違いを……)
サトルは自分に自信が無く、だからどうしてアイリスが選んでくれたのか分からず悩むときもあった。どうして俺なんだと。アイリスなら、もっと選びたい放題なのに、と。
それゆえに、最初はアイリスのオーナーになるのを躊躇したのだ。俺のような凡庸な人物が、果たして次世代型のAIの持ち主なんかになっても良いのかと。
だから電子体であることにコンプレックスを抱いてるなんて、サトルは微塵も思わなかった。本当の意味で触れ合えないもどかしさ。自分ではサトルを本当の意味で支えられないと、そんな風に感じてたなんて、本当に知らなかった。
「オーナーの手は温かいのです」
死人の冷たい手を……サトルのアンデッドらしい氷の手を大事そうに抱えながら、万感の思いが籠められた声でアイリスは出す。
サトルはどうすれば、アイリスに報いてあげられるのかを悩んでいた。貰った恩をどう返せば良いのかを……。
それはとても簡単な事だったのだ。彼女が本当に欲しかったのは、ほんの些細な、けれどアイリスにとってはあまりにも遠かった肉体同士の接触。こんな些細な触れ合いこそが、どうしようもなく遠かった。絶対に叶わないと悟っていた、アイリスのちょっとした願い。それが今はこんなにも近くて──
「……『ユグドラシル』はある程度の触覚を再現していた。俺は君の頭を撫でたりして、感触を得ていた。けれど、君は違ったんだな」
「ポジティブ。触覚……接触によって、神経にどんな作用が起きるのかを纏めたデータはありました。それを私のアバターに適用すれば、触覚の再現は出来ます。……でも、それが本当に触覚を再現出来ているのか分かりません。私には、これがオーナーとの触れ合いだって、自分を誤魔化すしかなかったのです」
……サトルは人間の体の感覚を体験しているから、アバターの感覚が触覚だと理解できる。しかしアイリスは違う。彼女はどれだけ精巧に体を構成しても、そこに神経は通っていない。どれだけ情報を得て、アバターに肉体の情報を再現したとしても……決してそれは真ではない。
「……ネガティブでした。オーナーが私を好いてくれたとしても、私は貴方に報いられなかった。私がオーナーに告白しても、私ではオーナーを満足させては上げられない。だから……『ユグドラシル』最後の瞬間。私には歓喜と……後悔がありました」
「……知ってる」
サトルは知っている。あの瞬間。サトルがアイリスの告白を受け入れたあの瞬間、どれだけ彼女が嬉しさと喜びに打ち震えたのかを知っている。
自分の想いが、届いてほしい相手にしっかりと届く。産みの親に受け入れて貰えなかったアイリスにとって、それは何よりも大切な……宝物だった。
ほぅ……と一息ついてから、アイリスはサトルの灼眼を見ながらゆっくりと話し始める。
「……オーナーは、お金持ちだからとか。顔が格好いいからとか。能力が凄いからとか。それが人に愛される条件だと……そう思っていたのですね」
「ああ。女性に好かれて、愛されてなんて、それは上級層だけの特権だと……」
2100年代でモテる男性と言えば、大抵はアーコロジー住まいが許されるエリート層だ。保護マスクを付けたり、人工肺に換装しなければまともに生活を許されない環境において、アーコロジー住まいとはそれだけでステータスだった。
そしてエリート層であれば、金に物を言わせた遺伝子改造や肉体改造が当たり前。人間が見て良いと思う肉体にも顔にも幾らでも変えられる。更には高等教育を受けた事でインテリとしての魅力もあり、心の余裕からユーモアにも長けている。
そんなエリートたちが本来であれば、アイリスを正規の手段で普通は購入していた。……人間の言うことを聞く、便利なAIとしてのみ求められていた。
「確かに。確かに、オーナーの御言葉も一つの真実です。地球ではお金が無ければ幸せにはなれません。教育を受けられるのは、殆どが富裕層です。オーナーのように……御両親が無茶をしても、待っているのは……」
「……母と父、か。俺自身は殆どあの二人を覚えていないが、あんな風に笑う人達だったん、だな」
アイリスの記憶を見ると言う事は、同時に地球時代に彼女が集めた情報も見ると言う事。その中にはサトルの両親の映像記録などもある。
企業が集めていた下々のデータ。それが納められたアーカイブの中に現存していた、鈴木夫婦の映像をアイリスはサルベージしていた。それをサトルも<記憶操作>によって閲覧出来たのだ。
「ポジティブ。オーナーの御両親が出会ったのは、仕事の場でした。二人は自然と惹かれ合い、付き合って、結婚して……オーナーの親になり、オーナーに少しでも良い生活をして欲しいと無茶をして。……会いたかった。会いたかったです。会って、貴方達の息子さんを幸せにしますって……挨拶したかった」
「……ありがとう」
抱き寄せたアイリスの頭を、サトルは自分の胸に抱く。アイリスの願いは届かない願い。神にでも成らなければ手が出ない大それた願いだ。
アイリスに会った時には、サトルは天涯孤独の身で。アイリスは
そもそもここは地球から遥かに遠い異世界。……本当の鈴木悟と、本当のNo.3333を知るのは……お互いだけなのだから……
「……今だから言えます。あの時……あの宝物庫で。私たちは出会ったんです。お互いに……出会ったのです」
何に、とはアイリスは言わない。それを言うのは野暮だと感じた。だから口にはしない。サトルもそれを問いはせず、今はアイリスを軽く抱きしめるだけだ。
過去には遠く離れていて……現在には近くて混ざり合う。どれだけその時間を堪能しただろうか。アイリスが体を捩ってサトルの顔の位置に、自分の顔を持って行く。
紅玉と灼眼が交錯する。サトルの目にはアイリスだけが映り、アイリスの眼にはサトルだけが写る。
「……私の記憶を読んでくださったなら、オーナーへどんな感情を抱いていたか。同時に、オーナーご自身をどう思っていたのかは……御知りですよね?」
「ああ。別に記憶力とかが良い訳でもなく、知識の面で優秀な訳でもない。顔は平凡で、体格は普通で、貯金もなくて───」
それはサトル自身が自覚していた鈴木悟の在り様だ。それらはアイリスも客観的な視点に加え、AIとしての分析力でしっかりと把握していた。趣味嗜好から性格の傾向まで、様々な視点を加えてだ。
第三者の視点で見るならば、鈴木悟は決して主役を張れるような人物ではない。だからサトル自身も、誰かに好きになって貰える訳ないよなと諦めていたのだが───
「私はオーナーが凄いとか、凄くないとか……そんなものはどうでもいい。私を受け入れてくれて、人間にそうするように接してくれた。それが堪らなく───嬉しかった」
「───俺は。俺は……微笑み返してくれるのが……嬉しかったんだ。アイリスと一緒に、『ユグドラシル』でモンスターを討伐したり、クエストをこなすのが……本当に楽しかったんだ」
……けっきょくのところ。両者が惹かれ合ったのは日々の触れ合いの中でだった。なんて事の無い日常に、僅かな変化を楽しみながら。穏やかに恋心や愛情が育まれた。
サトルはアイリスがどんな感情を持っていたのか、今は全てを知った。知ったからこそ、これだけは伝えておく。
「俺はアイリス以外を妻に迎える気はない。側室もいらない。……生涯で抱くのは、君だけだ」
「……オーナー……」
アイリスは滅多に見せないだけで、しっかりとした独占欲がある。出来るならば、サトルの女性に対する愛は全て自分に向けて欲しい。そう思うほどには、確かな嫉妬心を持っていた。
その心を、アイリスはあえて言葉にする。
「───現在のオーナーは、客観的に見てとんでもなくハイスペックな男性さんです。爵位を持ち、お金がたくさんあって、社会的地位があって、イケメンさんで、逞しい体格で、当代最高位の魔法詠唱者。性格もメイド相手であっても、分け隔てなく接する。オーナーの事を、たくさんの人が見てくれています。とってもモテるのですよ……」
モンスターの被害が尋常ではないこの世界では、強さだけでもカリスマとして機能する。第三位階魔法詠唱者以上であれば、それだけで相当の美人を嫁に出来る。
……第十位階魔法詠唱者。サトルが望めば国中の女性を手に出来る。外見は特上で性格は温厚。百人の女性を養ったとしても問題ない大金があって、全員を同時に抱いたとしても抱きつぶせるほどの馬鹿げた体力。地球時代の時と違い、今のサトルには全てがある。
仮に百人と言わないまでも、国でも有数の美女美少女を迎えたとして誰も文句を言わない。サトルは貴族なのだ。地位も力が全てを許す。けれどサトルはそんなものいらない。なぜなら───
「渡したくない。オーナーの、そんな表層的な要素に惹かれた連中に負けたくない。オーナーが望めばハーレムを持てると思います……オーナーが望むなら、私にそれを否定する権利なんてありません。……私は嫌です。オーナーが他の女性を抱いたら、私との時間が少なくなる。もしかしたら無くなるかもしれない」
これがアイリスの本音だ。地球時代のサトルには見向きもしないような女連中に……今凄くなったからと言って群がる連中に負けるのだけは嫌だった。
アイリスにだって自負がある。自分がサトルを支えているのだと……そんな誇りだ。とても感情的で醜い在り方。だとしても……負けたくない。サトルに撫でられるのは自分だけが良い。サトルを女性として悦ばせるのは自分だけの特権。浅ましいとは分かっている。卑しいとも思っている。それでも。これだけは女の矜持として譲れなかった。
……その重さをサトルは受け止める。だって自分も同じだから。もしアイリスの外見だけに重きを置いて、彼女の柔肌に他の男が少しでも触れようものなら、その瞬間にそいつをアンデッドに変えてやり、ボロ雑巾のように使い潰してやるつもりだ。
(この子の肌や髪に触って良いのは俺だけだ。誰にもこの権利を渡すつもりはない。……今だけは、俺がアンデッドで良かったかも知れない)
サトルはアイリス以外を愛しているとまで言える程では現状ないが、この先どうなるのかは自分にも分からない。人の心は移ろいやすい。例えどれだけ相手が重い感情を抱いていても、こちらの心が離れてしまうかもしれない。サトルが一生続けば良いと思っていたアインズ・ウール・ゴウンでの日々が、ギルメンの一部にとっては無くなったとしてもそこまで惜しくない日々だったように……
けれどアンデッドになった今なら、そこまで精神が変化しにくくなった。見た目が人間でも種族オーバーロードなせいか、サトルの体はアイリス以外にピクリとも反応しない。なにせフレーバーテキストとして、生前の記憶に執着し、知識欲に貪欲で魔法を研究し、生者を憎むのがオーバーロードだ。どんな美女に言い寄られたとしても、サトルの棒は正直な反応をする。むしろ肉体の反応としては、どうでもいい生者がアイリスとの仲を邪魔をするなと殺意が湧く仕様だ。
ジルクニフが紹介したメイドは綺麗どころが揃っているが、それを見てもサトルは「うん。綺麗だな!」以上の感情が湧いてこない。アイリスには感じる、心の底からのドキドキやもっと触れていたいと思う欲。……雄として雌を押し倒し、本能に任せて喰らいたい欲もない。だからこれで良かったのだと、サトルは納得する。
本当の意味でようやく通じ合えた二人。サトルがアイリスに恋心を抱いた時には、同時にアイリスもまたサトルをお慕いしていた。ただ……それだけの話なのだ。
キスをして、手指を絡めて、足で相手を捕まえて。一時も離れたくない。もっと強くとらえて欲しい。もっと欲しい。これが欲しい。……貴方/貴女が欲しい。
いつの間にかサトルはアイリスの上に覆いかぶさっていた。小柄な彼女はサトルの陰に覆われていて……愛しい主が体を降ろせば、すぐさま全身を捕まえられてしまうだろう。
「いま……へんしん、を。解きますね」
眠そうな目でサトルを見ながら、アイリスは権能を解除しようとする。サトル好みの体に戻ろうとして───
「今のアイリスが良い」
「えっ?」
「俺はどんなアイリスでも愛してる」
そう宣言したサトルはアイリスの上着を脱がし……………………
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「オーナー? 今日はどうして……権能の姿のアイリスを?」
あの後。
3時間ほどお互いの愛情を確かめ合った後、アイリスはどうしていつものサトルが好きな巨乳モードにさせなかったのかを問う。その問いにどう答えたものかを一瞬だけ考えた後───
「初めてあった頃のアイリスを抱きたかった」
とサトルは正直に答える。アイリス自身が小柄な自分へのアイデンティティを持つように、サトルの中のアイリスもまた今の小柄なアイリスこそが本物なのだ。……サトルが恋心を抱いた姿は、今のアイリスなのだ。
「───ポジティブ」
それを聞いて、アイリスは静かに声を出す。サトルがアイリスの外面ではなく、内面にこそ惹かれたのだと。そう言ってくれたのだと理解して……喜色の籠った声を漏らしたのだ。
「もう朝か」
外は既に明るくなり始めていて、太陽が昇ろうとしていた。それだけ長い間、二人はお互いの体を貪りあっていたわけだが、特に疲れた様子も見えない。時間は長かったものの、愛を確かめ合うようなゆったりとした行為だったのと……サトルにしろアイリスにしろ、生半可な事では疲れないのだから当たり前なのだが。
ともかく二人っきりの時間はもうすぐ終わり、いつもの仕事の時間が迫ってきていて───
「なぁ、アイリス……たっちさんとウルベルトさんの確執は……本当のことなのか?」
後回しにしていた、アイリスの記憶の中にあった気になる情報をサトルは問う事にした。その問いにアイリスは少しだけ逡巡した後───
「ポジティブ。本当の事です」
「そうか。なら……ベルリバーさんの事も本当なんだな」
アイリスの記憶を見れば、地球で何があったのかを知る事になる。サトルの知らないところで起きた、数々の事実。それにサトルの顔は曇る。
(俺は……みんなには現実があるんだから、ログインしなくなっても普通だって思ってた。でも違った。そもそもログインどころか、この世から消されてたんなら───)
「……私はこれらを、オーナーにお伝えするかどうかを悩みました。知ればきっと悲しむと……でも隠せば、それこそオーナーに対する酷い裏切りです。オーナーにお伝えして心を苦しませるか……それとも、全てを伝えるのかどうか。……私はオーナーを裏切りたくなかった。だから……私の保身で教えて───」
もしも、だ。もしもアイリスが意図的に情報を隠したとなれば、サトルは酷い疑心暗鬼に襲われたかもしれない。もっとも信頼している彼女が、サトルに嘘をつく。そうなれば……サトルは誰も信じられなくなるかも……それ以上に、アイリスへの興味も失ってしまうかもしれない。そんな恐怖を覚えたからこそ、アイリスは己の全記録を解放した。
それでも、サトルに教えるには心苦しいデータも数々あったのだが───
「大丈夫だよアイリス。俺は平気だ……君が傍にいるなら、俺はずっと平気だよ」
嘘だ。本当は酷い動揺がまだ心にある。しかし己を信じて解禁したアイリスを、こんな事で悲しませるのはサトルは御免だった。だから彼女をしっかりと抱きしめて、感謝の言葉を注ぎ込む。
ありがとう。それこそが、アイリスがサトルに心を許した、魔法の言葉なのだから。
「オーナー……しゅきぃ……」
分割思考全部を蕩けさせながら、権能で目にハートマークを作ったアイリスがサトルにしがみ付く。尻尾が生えていたら、千切れんばかりに振っていたことは間違いないほどに心酔していた。
「……地球時代の話は置いておこうか。今更話したところで、何かが変わるわけでもないからな。それよりも、だ。ジルクニフの事だが……本当なのか?」
「んー……あくまでもアイリスの主観なので、本当のところは分からないのです。直接話した時の印象。今までにジルクニフがどんな政策をしてきたのか。どんな人事をしているのか。帝都がどのような活気をしているのか。そられを組み合わせた時に見えた印象でしかないので、事実がどうかは断言できないのです」
「そう、か」
サトルの声が少しだけ気落ちする。本当かどうか分からないと言うが、ジルクニフが為政者だと言うならば、アイリスが考察した冷酷で合理的なジルクニフこそが、本当の皇帝なのだろうとサトルは結論づける。
(……アイリスへの想いは空回りしていなかった。でも、ジルクニフへの友情は、俺の勘違い……だったんだろうな。……はぁ───)
ギルドメンバー以外に、友達らしい友達がいない経験の少なさがこんなところで露呈するなんてと、サトルは目に見えて落ち込む。
「お、落ち着いてくださいなのです! オーナーは悪く……悪くないのです! そもそも見知らぬ土地だからと、皇帝に売り込もうとしたアイリスが悪いのですよ!!」
「……でも、あいつはアイリスに死んでほしいぐらいには、思ってる可能性が高いんだろ?」
「あくまでもアイリスの主観でしかありません! 本当はアイリスもオーナーも大事に思っていて、長生きしてほしいとか思ってるかも知れないのですよさ!!」
「本当かよ」
大分疑わしいが、ジルクニフの心や記憶を読んだわけではないので、本当にそうなのかは二人には分からない。どれだけ真に迫った考察をしようと、所詮は妄想。真実なのかどうかは、誰にも見えないのだ。
とは言え、サトルとしては落ち込む部分が多い。ちょっとは友達が出来たのかも知れないと思っていたのに……そこまで考えたところで、とあることにサトルは気づいてしまう。
(あれ? アイリスって……友達とかいるのか?)
アイリスは記憶の中で、サトルの交友関係が狭いと零していたが……アイリスも決して交友関係が広いわけではない。研究施設で生まれて、ウルベルトに助けられて、サトルの元に来て、それ以降はサトル以外と関係を持っていない。
異世界に来てからも、基本はサトルと行動を共にしており、彼女自身が外に出て交友を図ったりしてはいない。つまり───
(アイリスには友達とか、そもそも知人がいないんじゃ……ないか?)
人に認められたくて、研究施設で泣いていた少女。サトルの所有物となって以降は、それが満たされていたのか、他者との交流をアイリスから求めた場面をサトルは見たことが無い事にようやく気付いた。
(アイリスは俺といるだけで満足してくれる。それは嬉しい。嬉しいが、アイリスの人間関係が閉じたままなのは、まずいよな……俺も友達とかいないし)
……そこで一つの行動を起こすことにサトルは決めた。アイリスに何かをして上げたいと、サトルは常々思っていた。しかしアイリスが欲したのはサトルとの触れ合いだったので───
「オーナーしゅき……ちゅごくしゅき……」
叶っている。目にハートマークだけでなく、髪の毛先までハートマークにしながら、アイリスはサトルの首筋に何度もキスをしている。見ているサトルが不安になるほど、脳が蕩け切っている。そうこうしているうちに、ごそごそしていたアイリスが、サトルの下半身に向かおうとしたので止める。それを始められると、サトルの方も我慢できなくなるからだ。
「ネガティブなのです」
「もうすぐ朝食の時間だから駄目だぞ」
口を尖らせて不平を呟いていたので、サトルは自分の口でアイリスの口を塞ぐ。すると───
「ポジティブ!」
と元気になるので単純なものだ。そこで元気になったアイリスに、サトルは自分の考えを告げてみた。
「一緒にさ……友達を作らないか?」
「友達?」
「友達だよ。……俺にしろ、アイリスにしろ。この世界に来てから二人の時間を大切にしていたけど、本格的に交流を図ったことがないだろ? だから一緒に、この世界の友達を作ろう」
これがサトルの提案だ。アイリスに友達を作る。己だけではなく、それ以外にも世界を広げる。それこそが、ウルベルトから託された親友としての……同時に、彼女の所有者としての責務であり……やってあげたいことなのだ。
「友達ですか。……ポジティブです!」
アイリスは満面の笑顔を浮かべて、サトルの提案を了承する。サトルにはたくさんの友達がいた方が良いに決まっている。そんな思惑からの笑顔と……サトルが自分にそうしたいと思ってくれたことが嬉しくて、アイリスは心の底から笑うのだ。
それから。今日の担当メイドが呼びに来るまでの間、サトルは権能を解除したアイリスと触れ合ってイチャついた。
メイドが入ってきても気づかずイチャついていて。相思相愛な二人が羨ましかったのか、後日そのメイドは努力の末、貴族の旦那の正妻となったらしいが。これは余談だろう。
サトル:友活しようぜ!
アイリス:オーナーの懐は私のものです!