ここに来るまで余裕の態度だった従属神。スレイン法国最後の守護神であり、六大神の系譜に連なる最後の神。
親に再会できた子がそうするように。見えない大粒の涙を流して、ルーファスは叫び声を上げていた。
「な……なんなんだ? 従属神様はいったい?」
「あのアンデッドになにか……されたのか?」
「そ、れよりもだ。ルーファス様は……あのスケルトンをスルシャーナ様って───」
数百年ぶりの再会の抱擁を交わすルーファスとスルシャーナとは裏腹に、陽光聖典の隊員達は戸惑いと困惑。そして───執務室に居座る謎のスケルトンこと、スルシャーナへの警戒に満ちていた。
攻撃すべきか。それとも静観すべきか。
聖典の行動原理としては、攻撃すべきに比重が傾いている。しかしながら、謎のスケルトンにはルーファスが引っ付いている。今攻撃すれば、それはルーファスを巻き込む事にも繋がり、同時に。ルーファスが口にした、スルシャーナの単語も気になっている。
ルーファスの感情が落ち着くまでの間、全員はその場で膠着し───
「御見苦しいところを御見せしました。申し訳ありません」
「良い。五百年も待ったのだ」
「従属神様! なぜそんなアンデッドに隷属する───」
ような真似を。そう隊員の一人が言おうとしたところで、ルーファスから鋭い眼光と殺気を飛ばされて黙る。ここに来るまでの間、陽光聖典に「きにせんでよか」や「わっちはお婆ちゃんじゃけん、若いのがよう食え」だの言っていた姿は何処にもなく。自らの主を……法国が掲げる六大神信仰。その象徴であるスルシャーナをそんなアンデッド呼ばわりした人間への、恐ろしいまでの殺意が迸っていた。
しかし───
「───そうじゃな。おんしらにとっては、初見ではアンデッドにしか見えんか」
とだけ寂しそうに呟いてから、ルーファスは殺気を納める。結局のところ、500年の歳月がスルシャーナの名を残しはしても、姿を残す事は無かった。偶像としてのスルシャーナ像は残っても、目の前の
「───ルーファス様。その御方は……どちら様ですか?」
ニグンは陽光聖典の隊長として……代表として、スケルトンに跪くルーファスに問う。ルーファスがスルシャーナと呼び、隷属する相手。そんなものこの世には一つしかないが、それでも。ニグンの勘違いではいけないのだから、尋ねたのだ。
それに対するルーファスの返答は実に簡潔だった。
「わっちが頭を垂れる相手など、主様だけじゃわい」
「で、では───やはりこの御方……御身は……」
ニグンの動揺した震える声。それと事態を呑み込んだ隊員達の身に震えが走る。従属神が主と呼ぶ相手。それはつまるところ───
「スルシャーナ様───」
「───法国の民にそう呼ばれるのは、数百年ぶりだな。……随分と長く留守にしてしまったものだ」
その回答で十分だった。陽光聖典全員がルーファスと同じように膝をつく。どうしてここにいるのか。再降臨されたのか。あらゆる疑問があるが、重要なのは一つだけ。
かつて八欲王に弑されて、しかし表向きには法国の大罪人によって放逐されたと伝えられる大神。スルシャーナがどうなったのかを法国で知っているのは、一定以上の地位にある者のみ。神官長や六色聖典。あるいは元帥と言った幹部クラスだけだ。
ニグンは知っている。スルシャーナが弑された。それが真実であると。
なのにここにスルシャーナがいるのだ。それを問いたいニグンだが、しかし直接問うのは畏れ多いと恐縮してしまう。なにせ御神体そのものが前にいるのだ。直接どうしてなのかと問えるほど、ニグンらの信仰は決して薄いものではない。
なのでルーファスが助け舟を出した。
「スルシャーナ様。この者らは、此度の計画に一切関わっておりません」
「……そうなのか?」
「はい。ですので、どうして御身が復活されたのか。それを疑問に思っています」
「ふむ……」
ルーファスの言葉を聞いて、スルシャーナは少し思案する。本当に少しだけ考えた後───
「ではルーファスよ。お前に命じる。この者らに、計画の全容を話せ。それが帰還した私の、最初の命だ」
「御意。筆頭従属神ルーファス。その命、しかと拝受しました」
スルシャーナから命を受けたルーファスは主に許可を貰ってから立ち上がり、計画の全貌を───決して彼女が考えたわけではない、法国の理念を無に還しかねない計画。それの一部を陽光聖典に開示する。内容の大部分は、スルシャーナがイビルアイに語った内容と大して違わない。
違いがあるとすればスルシャーナ復活はズーラーノーンとルーファス主導で行われたものであり、現神官長達は一切関わっていないと明言したことくらいか。
語る前。ルーファスは言うべきか言わずにいるべきか。心の底から苦悩した。自分に課せられた役割は大きく、ともすればそれは法国への裏切りになる。そして……スルシャーナへの裏切りにも。
彼女の元に訪れて、協力を要請したプレイヤー。ウンエイを名乗る誰かと、その
───あの二人は約束を守り、スルシャーナ様をこの世に連れて帰った。……もはやわっちはあやつらを裏切れぬ。あやつらが何を考えて、わっちにこの役割を持たしたのかは分からぬ。じゃが一つだけ。確かな事は、あやつらはわっちより遥かな上位者。もし裏切れば……今度こそスルシャーナ様が───
だからルーファスは課せられた役割に徹する。スルシャーナ様こそこの世で頂点に立つ御方。そんなNPCとして当たり前の思考は、五百年前主を失った時に消え失せた。偉大なる主でも死ぬときは死ぬ。そんな当然を覚えたルーファスは、上位者からの協力要請を無視できない。
スルシャーナの力を借りれば……なんて思考もない。この世に舞い戻った愛しい主を、もう一度死地に立たせるなど出来ない。それをするには、ルーファスはどこまでもNPCだった。
───すまぬ……アーラ殿。ねこにゃん殿。わっちは貴方達の子孫を裏切る。わっちは……わっちにとって、スルシャーナ様こそが……
「───そうしてわっちは、エ・ランテルをスルシャーナ様復活の祭壇として利用した。以上が今計画の全てじゃ。この国の住人らと王国戦士長には……悪い事をしたのぉ」
語り終えたルーファス。そんな従属神に、ニグンらはなんと言って良いのか分からなくなる。
裏切者だと思っていた漆黒聖典第九席次の真なる任務。ズーラーノーンの真実。陽光聖典───自分達に下されていたガゼフ暗殺の真なる狙い。
全てを知った聖典隊員達は頭の中で情報を整理した後───
「なぜ……なぜその事を、従属神様だけで行われたのですか!! 言ってくだされば、我らは……神官長様達も、心から助力しましたのに!!?」
「そうです! なぜルーファス様がエ・ランテルの住民を偲ばれるのですか!! あのガゼフに関してもです!!」
「王国戦士長はこの国を腐らせた毒の一つ! 例えルーファス様が裏で動いて無くとも……我らが動いて無くとも! 漆黒の皆様がいずれは天罰を降していました!!」
「スルシャーナ様の復活と、エ・ランテル住民全ての命は等価値ではありえません! たった
……彼らは誰一人として、ルーファスの計画を非難しなかった。スルシャーナの再降臨。その奇跡の前には、エ・ランテル市民数十万の命も、王国戦士長の命も些事だ。
六大神の中でも最強と謳われた闇の神が舞い戻って来たのだ。仮に神官長達が関与していたとしても、ルーファスの計画を後押しした。あるいは、
神の畏れ名。その前では人類の裏切者である王国の命など生贄でしかない。なんなら法国の民の中には、己こそがスルシャーナ様復活の礎になるのだと意気込む信仰篤き信徒もいただろう。ここに来たメンバーの中にも、数名スルシャーナ教徒がいる。
「……数十万を殺した罪人の名なんぞ、背負うのはわっちだけで十分じゃ」
「うっ……従属神様……王国の民の事を……我らのことも……そこまで思われて───」
ニグンは思わず涙を流していた。ルーファスがアンデッドと告げられた時、どこかで不浄な存在だと少し感じてしまっていた。しかしその気持ちは霧散する。
役立たずのリ・エスティーゼ国民。ニグン達は村々を襲い、最後にはカルネ村の住民を皆殺しにしたが……大して惜しいとも思わなかった。どうせ生きていたところで、信仰心もなく老いぼれていくだけの無価値な連中。人類繁栄に必要な犠牲だと勘定し、見て見ぬふりをしていた。
しかしルーファスは違った。エ・ランテルの住民なんて、帝国が王国を併呑するのに一番邪魔な都市でしかない。そこの住民の命なぞ、法国からすれば人類存続を邪魔する無神論者達の群れ同然。そんな連中にまで、慈悲の心を持とうとする在り方。
───この方こそ善神だ
涙していたのはニグンだけではない。他にも大粒の涙を流している。こんな素晴らしい神が我らの神で良かったと。そして───善神が全てを賭けて再降臨させてみせた、六大神の帰還。あらゆる要素が隊員らの涙腺を刺激する。
大の男たちがオンオン泣く様を見て、ルーファスとスルシャーナは───
「え? こわ……なぁルーファス。今の法国って……こんななの?」
「……残念ながら……そのようです。私もびっくりしました」
「…………僕には、わっちって言ってくれないのかい?」
「わた……わっちも驚いたのじゃ。熟成され過ぎて、信仰心が焦げ臭いのじゃ」
「───うん。やっぱり、私よりもその方が可愛いよ」
「───主様はいけずじゃ」
こっそりと。小さな声で。二人だけの時にしかやらないようなやり取りを交わした後。
「スルシャーナ様。御身はこの後、どうなされますか?」
「そうだな。今すぐ法国に戻りたいが、未だにこの都市内のアンデッド掌握が済んではいない。あと少しばかり時間が必要だ。だからそれが済む迄は、ここに留まる。良いな?」
「はっ! 御身の心が許すままに!! ……ニグンに、陽光の子らよ。おんしらも当分の間はここにいて、スルシャーナ様の供回りをして貰うぞ」
「そ! ……六大神様の従者を……それほどの大役が我らに赦されるのですか!!」
「許すも何も、おんしらしかおらんじゃろうが……スルシャーナ様も、それでよろしいですか?」
「構わん。許す……ふふっ、お手柔らかに頼むぞ、ニグン」
「きょ、恐悦至極に御座います!」
かくして。スルシャーナの再降臨を知った法国。この後スルシャーナと共に、大量のアンデッドを引き連れた陽光聖典が国に戻るのだが。それは少しだけ未来の話だった。
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「───以上がルーファスの心情だと、アイリスは考察します」
「そっかぁ……そこまで思いつめているかも知れないとなると、あの子には悪い事をしたな」
一連の様子を伺っていたサトル主従は、ルーファスが内心は気に病んでいる可能性が高い事に、ちょっとだけ心を痛めていた。
「善意の味方を演じるよりも、利用する気満々の悪役の方がマシかもしれないと上位者ムーブを演じたのが不味かったか?」
「アイリスもやりすぎちゃったのです……言動を思い返してみると、かんっぜんに鬼畜眼鏡軍師みたいな口調と内容なのですよ……」
二人してシュークリーム片手に黄昏る。悪いことしたなー、と。
「正直なところ……オーナーとしては、法国がどうなろうが、もう別にどうでもいいのですよね?」
「うん。このままにしておいて、別に滅んだりしなくても良いかなーなんて思うが……一応ジルクニフには、こうしますな計画書を提出しちゃったしなぁ……アイリスとしても、別に俺の怒りが無くなったらあんまり拘りとか無いんだろ?」
「ポジティブ。法国の在り方を変えようとは思っていますが、オーナーの激怒が消えちゃったのなら……ぶっちゃけどうでもいいのですよ」
……アイリスの記憶を見た事で、サトルはどうしてアイリスが法国転覆計画を考案したのかを知っている。
理由は単純。サトルの安全保障を脅かそうとしたからだ。
仮にアンデッドの案件を全てジルクニフに押し付けたとしよう。その時、もしも皇帝の傍に人間の振りをしたアンデッドがいれば……周りはどう思うのか。
人間は迫害する生き物だ。その気質は、この世界の住民も地球人も変わらない。『蒼の薔薇』のように受け入れる人間もいるが少数派。大半はサトルに嫌悪の目を向けたり、あるいは石を投げたりする。
別にそれでサトルが怪我を負う事はない。世界級エネミーと人間種。両者の間には、絶対に覆らない実力差がある。だから物理的には問題ないが……精神的な問題ならどうか。
アンデッドになった事で、生者に何をされようが別にサトルの心は動かない。それでも人間と揉めたなら、帝国を出ていかざるを得ないだろう。
別にそれでも生きてはいける。住む場所も浮遊要塞があるのだから困る事はない。別に帝国から追い出されたところで、衣食住。そのすべてを幾らでも用意出来る。
けれど……それがアイリスにはどうしても許せなかった。傍でずっとサトルを見ているアイリスは、彼が今の生活をそれなりに気に入ってるのを察している。なのにどこかの誰かが自分達の都合を優先したせいで壊されてしまったなら……しかも愛しい主が、癇癪を起すほどにその事に激怒したならば。
「許せるわけが無いのですよ!」
法国の事情をアイリスは理解している。そうしなければ生きていけなかったのも分かっている。理屈の上では、法国が悪かと言われたらアイリスは違うと断言する。
「彼らは人間種を守るためにそうしてきた。そうしなければ不可能だった。とてもとても……当たり前の生存競争なのです」
だから理屈の上では法国を悪とはしない。むしろ1を捨て9を取ろうとするその姿勢を、アイリスは善だと定義する。だからこれはアイリスの感情の問題だ。己の全てを託し、己の全てを受け入れてくれた愛しいオーナーが敵だと定義したならば───
「スレイン法国は、私が全身全霊を以て滅ぼす敵です」
……ワールドスキルがあるならば、AIとして正しさを追求すべきと理屈に沿えるアイリスだが。ここではそんな全能の力は無いので、思う存分に己の感情に従って動く。
動くのだが……同時にサトルのやる気が無くなったのなら。別にアイリスとしては拘る理由もない。サトル自身ジルクニフの真意がどうあれ、もしもアンデッドバレしてそれを誰も庇ってくれないのなら帝国にしがみ付く理由は一つもない。アイリスを連れて速攻で出て行き、ユグドラシルⅡで彼女とのんびり暮らすだけだ。
つまるところ
「やる気がネガティブなのです……」
「だな」
二人とも対法国への熱情が消えていた。ルーファスは心から悲観しているが、肝心要の主従の興味は既に別の事に向いている。ある意味どうしようもないほど、気まぐれな神様達だった。
エ・ランテルの動向は大体把握したので映像を消し、いつも通り軍団作成や新武技開発に戻ろうとして───
「アイリス。この前言っていた友達作りなんだがな───」
サトルが口を開く。
「冒険者をやってみないか?」
ある意味原点に戻る提案だった。