リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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刀の行方

 エ・ランテルの騒動。北西人類国家群現代史の中でも、一際大きな事件は多くを変えた。一番大きなところではリ・エスティーゼ王国だ。

 

 ジルクニフが皇帝となって以来、王国は毎年小競り合いを仕掛けられていた。その結果として、王国の国庫は火の車状態だった。いつ燃え尽きてもおかしくない財政。減る一方ばかりで、数字が増えない目録。

 

 それにエ・ランテルの騒動が止めを刺した。帝国に対する最前線基地であり、王国最大の貿易都市が落ちたのだ。

 

 これがまだ帝国に奪われただけならなんとかなった。それか謎の集団に占拠されても、一応は都市として機能しているなら……

 

 しかしアンデッドにより壊滅したことで、都市としての在り方を全て失ってしまった。蓄えられていた膨大な物資も、エ・ランテルを中継地点として構築されていた貿易網も……人材も技術も消えてしまった。

 

 リ・エスティーゼは膨大かつ肥沃な土地を持つので、真っ当に運用するなら国内の生産だけで、最悪民を飢えさせる事無く賄える……真っ当に運用できるならだ。

 

 ……真っ当な運営など夢のまた夢だ。そんな事ができるなら、最初から法国は王国を見限ったりなどしていない。むしろバルブロが王となったことで、今まではどうにかなっていたランポッサ直轄統治領ですら民は苦しくなりつつある。現在の王国でそれほど民が苦しい目にあっていないのは、レエブン候と言った良識派の貴族が治める土地に住む民くらいだった。それにしたって、とてもではないが富んだ生活とはとても言えない。今日生きて、どうにか明日を迎えよう。そんな生活だった。

 

 そして……面倒な事態に巻き込まれているのは民だけではない。冒険者もまた、面倒としか言えない事になっている。

 

 仕事が減りつつあるのだ。

 

 無論モンスターが減ったわけではない。依然人類に仇名す獣やゴブリンなどは幾らでも健在。しかしそれらを討伐して欲しいと言う、民間からの依頼が極端に減ってしまった。

 

 減った理由は単純明快。冒険者への依頼料を払うのが苦しくなった、だ。自分達の生活だけでも苦しい状況で、冒険者を雇えるだけの余裕などない。誰かを雇えば金がかかる。しかし金が無いから雇えない。結果として依頼が減る。……村を襲うモンスターが退治されないならば、住民は減り更に依頼を出す民が減る。負のループは止まらない。

 

 貴族や商人であれば依頼を出す金はあるが、彼らが雇うのは名の知れた著名な冒険者───白金級以上であって、金級以下の無名な冒険者にお零れが回ってくることは稀だ。組合が自腹を切って仕事を回そうにも、全ての冒険者を養えるほどの大金などない。

 

 モンスターを狩って持ち込めば組合を報酬金を払うが、前述の大金がない問題から無限にモンスターを買い取れはしない。いつかは組合事態が音を上げて、買取不可の札を上げてしまうだろう。

 

 ……中途半端な実力の冒険者には蓄えもない。真っ当な依頼は日に日に減りつつある。今更村や都市に戻って、一から農民として働いたり職人に弟子入りするのも難しい。ミスリル級になれるような実力者であれば何処でもやっていけるので、本拠地を鞍替えしたりしてどうとでも成るが……そうでない者の方が圧倒的に多い。そうなれば必然……真っ当ではない依頼に手を染める者が出始める。

 

 組合では取り扱わない依頼───非合法品の運搬や女子供の拉致。強盗の助力に墓暴き。いわゆるワーカーがするような仕事をだ。

 

 そして、そんな仕事を斡旋する者達がリ・エスティーゼ王国には幾らでもいる。『八本指』なる名前を掲げる裏組織を筆頭に……幾らでも。

 

 急速に治安が悪化する王国。犯罪者堕ちする冒険者達。恐ろしい勢いで暴力と金が支配する国に変わりつつある中、首都リ・エスティーゼにとある男の姿があった。

 

「おい! 新しい酒を持ってこい!! ……早くしろ!!!」

 

 とある安酒場。荒くれ者や犯罪者が常用するような酒場であり、光の下を歩むような者は使わない非常に治安の悪い場所だ。

 

 そこで一人の男が安酒を片手に荒れていた。先ほどまで飲んでいた瓶が空になった事に不機嫌になり、給仕係として雇われている女性の足元に瓶を投げつけながら催促する。風体の良い客など皆無とは言え、それでも目に余る行為だった。その男を他の客が睨みつける。楽しく酒を飲んでいるのに、ウザイ行動を取る男が目障りに思っての行動だ。

 

 ……そもそも安酒場とは言え、ウェイトレスに絡む客は非常に少ない。下手に目立つ行為をすれば、同じ荒っぽい客の勘気を買って袋叩きにされたり……もしくはこの店のケツ持ちをしている裏組織の者に、見せしめとして首を斬られて道端に転がされたりするからだ。

 

 男の行動に不愉快そうな眼を向けながらも、女性は酒瓶を持って行こうとして───

 

「貸しな。あの世間知らずに、礼儀を教えてやる」

 

 客に一人が立ち上がり、女性から酒瓶を奪う。その行動に女性は呆れた顔をした後───

 

「店を血で汚したら勘弁しないよ」

 

 とだけ告げた。客はへいへいと軽そうに手を振ってから、新しい酒を要求した男に近づいてから瓶を開けて……頭に酒を降り注いだ。

 

 男はノロノロとした動作で、酒を髪から滴らせながら、自分に酒を浴びせた男を見やる。

 

「消えな。今すぐ家に逃げ帰るなら、これで勘弁してやるよ」

「おっ! どうしたどうした!! いつものお前らしくねえなぁあ!! いつもなら酒瓶で殴ってるのによ!!」

「あいつあのウェイトレスが好きなんだよ。だから格好いいところ見せたいんじゃねえか?」

「余計な事を後ろで言ってんじゃねえ!!」

 

 別の客からの言葉に怒鳴り返した後、改めて男の頭に酒を注いだ客は男を睨みつける。

 

「なんだその目は? まさかやるつもりか?」

 

 自分が睨みつけているのに、男の視線はしっかりとこちらに向けられている。その目には何の動揺もなく、あまりにも凪いでいて……だからこそ苛つく。襟首を掴んで無理矢理持ち上げて、立場を思い知らせてやろうとしたところで───

 

「やる……ねぇ。……良いぜ。やろうか」

「あっ? 手前なんのつもり───」

 

 そこまで喋ったのが客の最後の言葉だった。あまりにも自然な動作で男は立ち上がり───呑むのに邪魔なので机に立てかけていた()を抜いて一閃。音もなく一つ、首が落ちた。

 

 店内が静まり返る。殴り合いなら日常茶飯事。歯が飛び骨が折れ目が潰れることぐらいなら良くある。しかし───何をしたのかも分からない内に、首のない死体が出来上がるのは初めてのことで───

 

「おい。金はこれで足りるな」

「ひっ!!??」

 

 興が削がれたのか男はそのままウェイトレスの手に金を握らせて、店から出ていこうとする。その背中に客の誰かから声が上がる。

 

「お、おま、お、お前!! 自分が何したか分かってんのか!! そいつは、そいつは八本指のメンバーだぞ!! それをころ……何してんだよ!!」

 

 八本指。それは王都の裏社会に潜む者の中では、触れてはいけないタブーだ。どんな荒くれ者でも、八本指とは揉めようとしない。そんな事をすれば最後、自分の明日は来なくなる。だからこの男は、してはいけないことをしてしまったのだと───

 

「……へぇ。八本指だったのか。良いね。面白い。噂のゼロとやらとやりあえるかもしれないなら、首を落とした甲斐があるってもんだ」

「なぁッ!!」

 

 闘鬼ゼロ。八本指の警備部門の長にして、六腕のボスであり───八本指が持つ武力の最高峰。その実力は今は亡きガゼフに匹敵するとまで言われた猛者。その男が来たら面白いと抜かす剣士に驚愕の声が上がる。

 

「もし八本指が来たら言っておけ。俺は……ブレイン・アングラウスはいつでも受けて立つとな」

 

 そう言って男───ブレインは店を後にするのだった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 ブレインは一人裏路地を歩く。酒もすっかり抜け、澄み渡った頭をしているが……瞳には虚無しかなかった。

 

「くだらねえ。あんな雑魚を一人斬って、何になるんだ」

 

 ブレインが思い出すのは酒場での出来事。勢いよく絡んできた割には、自分の太刀に何の反応も出来なかった無能の顔だ。あんな風に突っかかってくるのだから、多少は腕に覚えがあるのかと期待したのに、とんだ期待外れだったとブレインは落胆する。

 

「……まぁいい。本当にあいつが八本指で、そこから刺客が送られてくるなら望むところだ」

 

 そして死闘の果てに死ねるなら……ブレインは本望だった。

 

 ……剣鬼ブレイン。かつてランポッサの前で行われた御前試合において、ガゼフと死闘を繰り広げた剣士。そこで初めてガゼフに敗北し、今度こそ負けるつもりはないと犯罪に手を染めてまで対人戦の腕を磨いた男。

 

 いつかガゼフに再戦を申し込み、それを乗り越えて勝利する。それだけを目標として生きて来て剣鬼は今……生きる意味を失っていた。

 

「……闘鬼ゼロ。王国戦士長に匹敵するほどの猛者ねえ……いるわけねえだろ。お前以上の戦士なんているかよ……糞。何死んでやがる。ガゼフ……何勝手に死んでんだよ───」

 

 ブレインがそれを知ったのは、エ・ランテルが陥落した後だ。

 

 当時のブレインは傭兵団兼盗賊団である『死を撒く剣団』に所属していた。その傭兵団はエ・ランテル近くの森にねぐらを構えており、戦争が無い時には旅人や商人を襲撃して生計を立てていた。

 

 経済都市だけあって、エ・ランテル近くの街道は人通りが多い。人通りが多いと言うことは、それだけ獲物も多いと言う事。襲って奪って殺して拉致して……そんな毎日を過ごしていたが、アンデッド騒動により全てはご破算。エ・ランテルは狩場として機能しなくなった。

 

 幸いにも剣団のねぐらはエ・ランテルから少し離れており、アンデッド騒ぎに直接巻き込まれる事はなかった。……エ・ランテルに常駐していたメンバーは全員死亡したが、それを気にする団員など一人としていない。

 

 ともあれ狩場が潰れてしまったのだから、河岸を変えるべきだと剣団は動いた。東に動いて帝国に行くのか、それとも西に向かいエ・ペスペル辺りを拠点にするのか。それとも南下して法国方面か。

 

 ……選んだのは西だった。帝国と法国は正規軍が強靭なため、潰される可能性が高い。それに対して王国はエ・ランテルの件で上も下も大騒ぎ。盗賊団一つに時間と手間をかけられるほどの余裕は無いと睨んだのだ。

 

 西方面に向かい王国の都市に辿り着き、適当な旅人を捕まえ殺して全て奪う。その金を使って大都市であるエ・ペスペルの酒場で飲み食いしていたブレインだったが……そこで知ってしまった。

 

 王国戦士長ガゼフの死を。

 

「……は?」

 

 偶々カウンターに座っていた男と話をしていて、そこで男がそう言えばと話題に出したのがガゼフの件だったのだ。

 

「なに……言ってやがる」

 

 王国最強の戦士が死んだ。自分を打ち負かした最強が、辺境の村で無惨に亡くなった。必ず超えてやると目標にしていた戦士が……もうこの世にいない。

 

 そんな事はあり得ない。なぜならガゼフは最強の戦士なのだ。ブレインを───己を超える唯一無二の戦士。いつか、必ず、打ち倒すと決めていた最大の目標。

 

 それを超えるために生きて来た。それを超えるために鍛えて来た。それを超えるために犯罪にも手を染めた。それを超えるために武技を磨いた。

 

 御前試合で敗北してからの日々を全て鍛錬に注ぎ込んだ。ただ強くなるために。ただガゼフを超えるために。

 

 なのに……ガゼフは死んだ。鍛えた刃はただの鉄になった。どれだけ鍛えたところで、どれだけ技を磨いたところで───振るう相手はいなくなってしまった。

 

 だから認められない。偶々一緒になった男が嘘をついたのだ。そう目を逸らして、ガゼフの件の聞き込みをして、真実を知ろうとして。誰一人として、ガゼフの件を否定しなかった。

 

「済まんな団長。俺は王都に行く。王都に行って、ガゼフの真相を探る」

 

 剣団の団長にそう言って、ブレインは剣団を抜けた。団長は元々ブレインがガゼフに勝つために剣を振るっていたのを知っており、同時に本気で脱退するブレインを止められるわけも無いと諦めていたので承諾。

 

 数年の間所属していた傭兵団を抜けたブレインは単身王都へと乗り込み……ガゼフの墓へと辿り着いた。

 

「───はは。マジで戦死したのかよ……」

 

 王国戦士長。国王の右腕。そんな肩書には見合わない、素朴な墓の前で一人ブレインはどうしようもなく笑ってしまった。

 

 己の生きる目標が失われてしまった事実と、ガゼフが帝国兵に襲撃されて殺されてしまったと言うどうしようも無い嘘に……嗤ってしまったのだ。

 

「帝国兵の集団があいつをやった? ……ふざけんじゃねえぞ!!」

 

 ブレインは過去、帝国兵を十数人斬り捨てている。だからこそ分かる。ガゼフが帝国兵如きに殺せるわけがないと。だが───

 

「それが分かったところで、か」

 

 帝国兵ではないと理解しても、ガゼフが亡くなったのは事実なのだ。絶対に動かない真実。

 

 ……ガゼフの墓の前に立った瞬間。ブレイン・アングラウスの人生に意味は無くなったのだ。

 

 どれだけ鍛えたところで。どれだけ技を磨き上げたところで。意味がない。半生を注いだ技術も経験も全てが無意味になった。

 

 だからブレインはひとしきり墓地で泣き笑った後───自暴自棄になった。

 

 街中を歩きチンピラに喧嘩を売られたら殺す。衛兵に見咎められたら殺す。先ほどのように酒を浴びるように飲んで、喧嘩自慢に喧嘩を売られたら買って殺す。

 

 そうしていれば強者に出会え、その強者と死合って死ねるかもしれない。己の人生の意味も意義も無くなったのだ。今更ブレインに長生きするつもりなんてない。どうせ意味のない人生なのだから、最後は適当に剣の腕を存分に振るって死ぬだけだ。

 

 だから今日の相手が八本指で良かったと、ブレインは安堵の息を吐く。八本指に所属する『六腕』の噂はブレインも良くご存じだ。なんでも全員がアダマンタイト級冒険者に匹敵する実力者であり、彼らがいるからこそ八本指の権力は保障されている。

 

 絶対的な暴力と財力こそが権力の価値を保証するのだ。

 

「王都を牛耳る裏組織の最大戦力。楽しみだ」

 

 ……ブレインは薄く笑う。そいつらが自分を殺すに値する実力者である事を期待して。

 

 裏路地を抜けたブレインは、現在寝泊りしている安宿へと辿り着き───

 

「よぅ。俺をお呼びみてえだな」

 

 安宿の前には、頭髪のない屈強な肉体をした男が居座っていた。立ち振る舞いと身のこなし。どちらも強者のそれであり、ブレインは男が誰なのかを瞬時に悟る。

 

「お前がゼロか」

「そうだ……なんていう必要はねえよな? 俺をご指名したのはお前なんだからよ、ブレイン・アングラウス」

 

 どうやって俺よりも先についたのか……などとブレインは思考しない。こちらが名前を名乗った時点で、すぐに八本指は所在を突き止めただろう。それぐらいの事が出来ないのであれば、王都最大の裏組織を名乗るに値しない。

 

 同時に───

 

「お前一人……なわけねえよな。そこに路地に隠れてるやつら。そいつらも六腕か」

「へっ! それぐらいは察知できるか。まぁ、あんまり警戒すんなよ。そいつらに手出しはさせねえ。あくまでもお前が逃げようとしなければ、だがな」

「逃げる? 冗談だろ。呼んだら来てくれた上客相手に、背中を見せて逃げる馬鹿がいるかよ」

 

 そう宣言すると同時に。ブレインの手が腰に差した刀に添えられる。これだけでブレインの準備は完了。あとはゼロが踏み込むのを待つだけだが───

 

「おいおい。いきなりやろうってのか? 随分気が早えやつだな? お互いきっちり自己紹介しとこうぜ。俺はゼロってのは名乗ったよな。そんでもってお前は……本当にブレイン・アングラウスなんだよな? あの御前試合でガゼフ・ストロノーフを追い詰めた」

「なんだ、お喋りでもしたいのか。……追い詰めてなんかいねえよ。追い詰めたつもりになって、結局負けた。あの試合にあったのはそれだけだ」

 

 御前試合の事はブレインの中で苦い記憶になっている。もしガゼフが亡くなっておらず、あの敗北を勝利で書き換えられたならばまた違ったかもしれないが……二度と還られぬようになった過去など、消去したい歴史でしかない。

 

「ふぅん……そうか」

「なんだよ。今ので、俺がブレインだとでも確信したのか?」

「いいや? だがその構えをみりゃ分かる。お前は強い。今まで何百人と殴って来たが、お前程構えだけで強いと分かるやつはいなかったぜ」

「何百人か。良いねぇ。そりゃ斬りがいがありそうだ」

 

 それ以上の言葉はいらないと言葉が途切れる。ブレインはいつでも刀を抜けるように居合の構えに。ゼロはボクサースタイルに拳を構え、まっすぐにブレインを見据える。

 

 1秒か。数秒か。一際強い風が吹き───それが合図だった。

 

 <領域>

 

「『足の豹(パンサー)』! 『腕の犀(ライノセラス)』! 」

 

 ブレインは武技・領域を発動してゼロを待ち構える。ブレインが後の先を狙っていると瞬時にゼロは見抜いたが、それで臆するような性格を彼はしていない。シャーマニック・アデプトの憑依スキルを使い、獣の強さ───豹の加速力と犀の突撃力をその身に宿し、全速力で踏み込む。

 

 ゼロの突撃はさながら(オーガ)の如し。人間種とは思えない脚力は地面を砕き、ゼロの肉体を一瞬でトップスピードまで加速させる。一秒持たずに両者の距離は縮まる。常人には反応不可能な速度はしかし───

 

 <瞬閃>

 

 ブレインにとっては反応できる速さ。<領域>によって拡大された知覚はなんであれ捉え、迎撃する。抜いた瞬間が見えない斬撃がゼロの首筋に迫り───

 

 ガッギィイイイイイイイ!!

 

 オリハルコンの如き硬度を持つゼロの拳に止められる。

 

「つぃい!」

「やるな!」

 

 弾かれた事で両者の距離は再び開く。ゼロは己の拳を見る。僅かに血が出た、自分の拳を。

 

 ───防がれるのも久しぶりだが、怪我を負うのもいつ以来だ? ……なるほどな。確かにこいつはブレイン・アングラウスらしい

 

 何かに納得したのかゼロは構えを解き、拳を開いてこれ以上やり合う気はないとアピールする。それを見たブレインは少し怪訝そうな顔をした。

 

「何のつもりだ?」

「見て分かんねえか? これで手打ちにしてやる」

「はぁ?」

 

 たった一合やり合っただけで終了。あまりにも早すぎる終わりであり、ブレインとしては不完全燃焼も良いところだった。

 

「ふざけんじゃねえ。こちとら、お前と殺し合うつもりで呼んだんだ。それを今のだけで、はいやめましょうなんて出来るかよ」

「はぁん。お前は殺し合いが好きな口か。その態度は好きだが……悪いな。お前みてえな強い奴相手に、殺し合いをするほど俺は酔狂じゃねえんだ」

 

 そう言ってヒラヒラと手を振り、敵意の無くなったゼロにブレインも毒気を抜かれる。路地に潜んでいるらしい他の六腕も動く気はないのか、息を潜めて静観するつもりのようだ。

 

 そこから十秒ほど経った後。やる気のない相手を斬ってもつまらないと、ブレインも<領域>を納め構えを解く。

 

「……それで? これからどうするつもりだ?」

「あん?」

「俺は八本指の構成員を斬り殺した。だから俺を殺すために、お前らが派遣されてきた。なのに闘いを止めてどうすんだよ」

 

 裏社会では舐められたら殺す。それが一般的な常識だ。その掟に従うならば、八本指のメンバーを斬殺した上名指しで六腕を呼びつけたブレインはあまりにも舐め腐った手合い。ここで見逃したりすれば、組織そのものが舐められかねない行為だが───

 

「知るかよ。お前が殺したやつは下っ端だ。そんな使い捨ての駒のために、どうして俺が命がけの殺し合いをする必要がある。阿保くせえ」

 

 ぼりぼりと自分の頭を掻きながら、ゼロが言葉を吐き捨てる。各部門の頭が殺されたならまだしも、使い走りの幾らでもいる兵隊のためにブレイン───英雄級一歩手前の実力者とやり合うなど割に合わない。これで相手がブレインを騙る詐欺師なら殺していたが、ゼロの打撃を普通に凌ぐ相手など本物のブレイン以外ありえない。つまり損切りの判断に従うならば、これ以上やり合う意味が無くなってしまった。

 

「とは言え、お前が強いから見逃す……ってのも恰好がつかねえ。そこでだ。ブレイン・アングラウス。俺たちの仲間になれ」

「なに?」

「聞こえなかったか。俺たちの仲間になれ。それで今回の件はチャラだ。……ああ、別に奴隷みてえに扱き使おうってわけじゃねえ。お前程の強さがあるなら、警備部門(うち)は最初から幹部級の特別扱いにするつもりだ。なんならお前を加えて、異名を六腕から七星に変えたって構わねえ」

「正気かよ。お仲間斬り殺したやつを幹部待遇で迎えるとか……」

「正気も正気よ。お前が仲間になるなら、警備部門の幹部が役に立たねえ奴を斬り殺したってだけで終わる。良い落しどころだろうが」

 

 その提案を聞いて……ブレインは少し考え込む。目の前の相手───ゼロは強い。ひょっとすれば自分に匹敵するほどには強いかもと、先の一撃で確信している。

 

 ───俺の望みは強者と死合い、その戦いで死ぬことだ。その相手としては、このゼロはうってつけ。それに幹部待遇ねえ……身銭もそろそろ心もとねえ。闘いで死ぬのは本望だが、飢え死にするのは御免だ。斬ったやつからチマチマ金を集めてはいるが、それだって多い訳じゃない。ならいっそ……

 

「条件がある」

「なんだ?」

「お前らの仲間になっても良いが、六腕が必要なほどの強者が相手なら優先的に俺にやらせろ」

「……へっ。戦うのが大好きな戦闘狂か。嫌いじゃねえな、そう言うのは」

 

 目をギラギラさせて戦らせろと口にするブレインに、ゼロは本気で呆れた顔をする。同時に、こんな戦狂い相手に本気でやり合っていたらどんな被害が出ていたのかも冷静に計算する。……決してメリットのある事態にはなっていなかっただろうと。

 

「良いぜ。俺らが呼ばれる事があれば、真っ先にお前を派遣してやる」

「そうか。……ああ、あともう一つある。どれだけ強者を斬っても満足できなかったら───」

 

 そこで刀を抜いて、ブレインはゼロに向けて突きつけた。

 

六腕(お前ら)全員と闘わせろ。これが仲間に加わる条件だ」

「───ガチで頭が逝かれてんな、お前。……ああ。その時が来たら、きっちり、今度こそ、完全に潰して殺してやるよ」

 

 ブレインの宣言にゼロは獰猛に笑って返答する。

 

 こうして。目標を失った剣鬼が一人。八本指の仲間に加わったのだった。




ブレイン:警備部門就職。クライムがいないから更生することはない。ガゼフが亡くなったから不貞腐れている
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