トブの大森林で万病に効く薬草を採取してくる。それが眼鏡の男性の持ち込んだ依頼だった。
内容としては普通の冒険者にでも依頼すれば良さそうなものだが、採取箇所に問題があるタイプの依頼。
大森林は帝国と王国、両国の国境線上に存在する。森の東側は帝国領になるのだが、中央部分と南側は王国領になる。冒険者に国境の垣根は無いとは言え、王国からみれば帝国は敵国。そこの冒険者組合が依頼として相手国の領土内にある物資の奪取───自然物でも───を請け負ったとなれば問題に成りかねない。だからこそ、今回の依頼ではワーカーに白羽の矢が立ったのだ。
「───依頼そのものに怪しい部分はない。渡された資料に不備はないし、トブの大森林ならその手の薬草が生えているのはごく自然。昔学園にいた頃に、大森林で薬草採取のレクリエーションなんかも行っていた」
「そうか……ロバーの方はどうだ。依頼主の裏付けは取れたのか?」
「ええ。あの男性は依頼者の詳しい名前を伏せましたが、十中八九この人物で間違いありません」
そう言って、ワーカーの伝手を使い情報収集してきたロバーデイクは数枚の羊皮紙を取り出す。それはこの一週間の間、受けるかどうかは別にして眼鏡の男───名前は名乗らなかった彼の依頼に裏がないかどうか。本当の危険度はどの程度なのか。何か隠された意図がないかの調査結果だった。
どれだけ高額な報奨金を積まれたとしても、安易に飛びつくワーカーは痛い目を見る。用心を重ねなかったワーカーは、命を代償に持って行かれてしまう。だから事前に何度も調査するのだ。依頼人の素性。本当の目的。何もかもを……
「依頼人の名はゴウン伯爵。数ヶ月前に叙爵したらしい、新しい貴族です」
「新しい貴族? 今の皇帝陛下様の統治下になってからの叙爵なら、相当の有能だよな?」
「だと思いますよ。……数カ月前に『天武』が北の市場で亡くなったのを覚えていますか?」
天武───エルヤー・ウズルス。イミーナにとって非常に嫌な名前が出た事に、彼女は顔を顰める。イミーナはハーフエルフ。ならばエルフ奴隷に非人道的な仕打ちをしていたエルヤーとは、彼女にとって天敵であり怨敵のような存在なのだ。
「覚えてるよ。あの糞野郎が死んだって聞いて、祝杯を上げたからね。で? それがどうしたのよ」
「あの事件の犯人は超美形のお姫様を連れた、これまた超美形の青年なんて噂があったでしょう? どうもあの噂ですが……事実みたいです」
嫌われ者のワーカーことエルヤー。数ヶ月ほどまえに帝都で死亡した人物で、当時ワーカーの間では誰が殺害したのか酒のつまみとして話題に上がったもの。しかし、ワーカーは別に真相を知りたいわけでもないので、時間が経つとともに忘れ去られていた事件だ。
「───あの根も葉もなさそうな話が本当のこと?」
「嘘みたいな話ですが、懇意にしている情報屋や、当時市場で店主をしていた元ワーカーに聞いたところでは本当のようです。ここにも書いてありますが───」
ロバーデイクが羊皮紙を指さす。
「あの男と美形の魔法詠唱者が揉めたのは事実。そして───」
「その魔法詠唱者が近衛兵を連れていたのも事実。そんでもって、その魔法詠唱者が件のゴウン伯爵、と」
「ふぅん……なら、皇帝陛下様がその男を直々に招いたってのも本当かねぇ?」
「そこまでは分かりませんでした。ただ少なくとも、ゴウン殿とやらが伯爵の地位を与えられるほどの魔法詠唱者なのは確実なようです」
「───フールーダ様がいるのに、わざわざ招いた。なら、その伯爵の魔法詠唱者としての実力は相当高い。最低でも第四位階以上。第五位階も在り得る」
「それかフールーダ様と同じ、第六位階魔法詠唱者か……流石にそれはないですよね」
フールーダ・パラダインと言えば、帝国最強にして最高の魔法詠唱者。それと同格の魔法詠唱者なんて、まず在野に転がっていない。だからあり得ないとロバーデイクは一蹴する。
「同感。それほどの実力者なら、もっと名が知られてるでしょ」
「ああ。フールーダの爺様以外に、第六位階魔法の使い手が出た記録なんてない。王国のアダマンタイト、『蒼の薔薇』でも噂じゃ第五位階なんだ」
「ロバーに同意する。私はフールーダ様をこの『眼』で何度も見た。あの方を超えるなんて不可能」
それはイミーナやヘッケランも同意であり、第五位階の可能性を提示したアルシェも第六位階に関しては否定した。特にアルシェが一番否定している。フールーダと同じ『看破』のタレントを持つ彼女は、帝国最強である宮廷魔術師の実力を一番良く知っているからだ。
とは言え。
ジルクニフが招来した謎の魔法詠唱者。それはエルヤーを殺しうるほどの実力者なのは確かなようだと全員が頷き───
「そんでもって、だ。そのゴウン伯爵とやらが、どうして薬草なんてものを探してるかだが……掴めたんだよな?」
フォーサイトの面々は、眼鏡男性からは薬草が貴重だからとしか伺っていない。しかし、そんな言葉を信じるようなやつはこの都市にはいない。必ず何か裏があるだろうと疑うのが当たり前なのだ。それを抜きにしても───
「薬草摘んでくるだけで、一人につき金貨千枚。合わせて四千枚の依頼なんざ、裏があって当たり前だ。その伯爵様とやらは……何を隠してるんだ?」
「───先ほど噂は真実だと言いましたよね? 美形の魔法詠唱者がエルヤーを殺害したと」
「言ったな」
「ゴウン伯爵がエルヤーと揉めた原因は、噂にもあった超がつくほど可憐なお姫様にあるようです。店主の話では、恐らく伯爵の妻だろうと。……どうやらその女性が、現在床に伏せているとの事です」
「普通、病なら神殿に頼めばいい。でもそれをせず、万病に効く野草を手に入れようとするなら───」
「神殿のお偉いさんじゃ治せなかった。……なるほどねぇ。大事な奥さんの病気を治したいからってわけね」
「しかしなぁ……いくら大事だからって、薬草に金貨四千枚も積むか、普通。伯爵様で、皇帝直々に招いた。そりゃ、幾らでも金があるだろうが……それにしたって、たかが女一人にそれだけの金を使わねえだろ」
「でもさ。その女はとんでもない美形なんでしょ? なら惜しくなる可能性もあるんじゃない?」
イミーナが適当に手を振りながら、ヘッケランの言葉を否定しようとする。それに何かを言いかけたヘッケランだが───
「……イミーナのいう通りです。もしその女性がどんな人物なのかを知れば、大抵の男は大枚をはたくのを躊躇わないでしょうね」
「はぁ?」
「───これを見て貰えば納得しますよ。……恐ろしく手に入れるのに苦労しましたが」
ロバーデイクはイミーナの言葉を肯定した後、懐から一枚の紙を取り出す。
「それは?」
「写真鏡で作られた絵です」
「あー……眼で見ているのと同じ風景を、鮮明な絵として残すマジックアイテムだがの生成物だったか? まだまだ高価だから殆ど出回ってなくて、一部の製作場でしか取り扱ってない代物だけど、伯爵様にしてみりゃ端金か」
「どうも件のゴウン伯爵は、奥方と写真を撮られたみたいで。それが写真館に数枚残っていたので、裏のルートを使って手に入れてきました」
「へぇー。じゃあ、その写真にはゴウン夫婦が一緒に写ってるんだ。見せてよ」
イミーナが手を差し出して来たので、ロバーデイクは手渡す。早速超美形とやらがどんな面なのか見てやろうと彼女は写真を見て───
「───これマジ? え? これほんとに人間の夫婦?」
「どんな反応だよ」
綺麗とか可愛いとかカッコいいとかではなく、人間の夫婦なんて呼び方が出てくることに思わずヘッケランは突っ込む。
「え、だってこれ……あんたも見てみなさいよ。私と同じ言葉が出るから」
「んなわけ……え? これほんとに人間?」
「ね? 言いたくもなるでしょ」
イミーナがピラっと見せた写真を見て、ヘッケランも写ってる夫婦が人間なのかを疑ってしまう。横から覗いたアルシェも思わず息を呑む。
片方は特徴的な赤い眼───燃え盛る灼眼を持つ、超が複数個付きそうな黒髪美形の青年。年はヘッケランと同じくらいかもしれないが、ヘッケランとこっそり付き合っているイミーナが比べ物にならないと判子を押したくなるイケメンだった。
そしてもう一人。こちらは立っている青年と違い、椅子に座った女性。自分の肩に添えられた青年の手に、自分の手を重ねた女の子。まだまだ若く、青年よりも少しだけ幼く見えるが、アルシェよりは年を重ねたであろう成人。ゾッとするほどに整った顔───男性のロバーやヘッケランのみならず、同性のイミーナとアルシェですらこれが自然に存在するのかと言いたくなる程の黄金比で構成された美の化身。
この辺りではあまりみない白銀の髪と、青年と対になるような赤い宝石じみた眼が非常に特徴的だった。
「───これがゴウン伯爵とその妻です。……もしこの女性が病気になったとして、そして自分の妻なら。どれだけの貴族が大金を積むのを惜しむでしょうか」
「……なるほど、なぁ。こりゃぁ……金貨四千枚も惜しくねえわ。
ヘッケランの言葉に同意なのか、イミーナはうんうんと頷いている。アルシェも食い入るように写真を見つめている。
「言い方は悪いですが、これは
「皇帝や公爵が高値を付けて回収する。これはあまりにも別格」
「オッケ。伯爵の目的ははっきりしたわ。けど、それって変よね? この美形な伯爵様は推定第五位階の魔法詠唱者。自分で採取に行っても問題ない実力者でしょ」
「どうでしょうか。幾ら凄腕でも、魔法詠唱者が一人で大森林に行けば不幸な事故の可能性が高い。そんなリスクを負うぐらいなら、ワーカーを使う方が確実と判断したのやもしれませんよ」
「ロバーデイクに同意。前衛のいない魔法詠唱者なんて、魔獣に不意打ちで襲われたら非常に危険。フールーダ様でも、知覚外から襲われたら死ぬ」
「……アールーシェ? あんたさ、それが分かってるのに自分はソロでもワーカーを続けるなんて言ったの?」
三人のやり取りを聞きながら、ヘッケランは考え込む。依頼人の名前を伏せたのは怪しいが、今のところそれ以外におかしな点は見当たらない。報酬金にしても、伯爵が金を持っているなら高額ではなく妥当な金額。
これだけの報酬金があれば、ワーカーを引退した後の新しい道を見つけるのに大いに役立つ。最悪これだけの大金なら、慎ましく生活すれば30年は働かなくても良い。何よりも───
───アルシェの借金が全額返済可能
ヘッケランは金が欲しいから冒険者からワーカーに転向した組だが、別に好き好んで犯罪や殺しをしたいわけじゃない。仲間に対する情はあり、今更アルシェを見捨てるのも忍びない。だから───
「みんな、聞いてくれ。俺はこの仕事を請け負おうと思う。……これを、フォーサイト最後の依頼として受ける。異論はあるか?」
誰からも受けないという言葉は出ず。フォーサイトは最期の仕事の準備に取り掛かるのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「よーやく辿り着いたわ」
「……ここまで酷い目に合うとは思いませんでした」
「もう……魔力が殆どない」
「みんなふんばれ。あともう少しで、目的の採取地だ」
トブの大森林をフォーサイトが行く。全員ボロボロの姿であり、ここに来るまでの間に多くの死闘があった。現在の帝国はエ・ランテル騒動以降王国に抜ける街道を封鎖している。そのため今回の薬草採取地まで行くには、帝国側の森から踏破する必要があった。
大森林に絡む依頼をフォーサイトはあまり受けた事がない。そのせいで普段行っていたカッツェ平野のアンデッド討伐のように勝手が掴めず苦労した部分もあるが、それ以上に大森林の勢力図が大幅に変わっていた。
元々トブの大森林は三つの勢力に分かれていた。エ・ランテルやカルネ村がある南側を『森の賢王』が。帝国がある東側を『東の巨人』が。王国方面の西側を『西の魔蛇』が。
しかしそのパワーバランスは、森の賢王をどこかの誰かがお持ち帰りで御座るしたせいで崩壊。森の賢王に代わる何かが出現していればそれも違ったかもしれないが、別にそんな事はなく。森の賢王が縄張りとしていた場所を巡って、東の巨人と西の魔蛇の間で勢力争いが勃発。現在の大森林はとても治安が悪い。至る所でナーガとトロールの縄張り争いが繰り広げられている。森の主たちの戦いに触発されて、その他のモンスターも活性化しているのだから性質が悪い。
そんな場所を突っ切るのだから、フォーサイトは必死だ。レンジャーのイミーナが索敵し、アルシェが魔眼と探知系魔法を活用してもかなりきつい。それでもミスリル級相当のフォーサイトはなんとか危険地帯を潜り抜けて、大森林の中央部にまで来ていた。
「例の薬草が生えているのはこの辺りの筈ですが───」
「異常だな。この辺から草木が一本も生えてねえ」
万能の薬草が生えている筈の場所。そこにはヘッケランが言うように、全くと言っていいほどに緑がない。まるで誰かが刈り取ったかのように……誰かが除草剤でも撒き散らしたかのように、何もないのだ。
「……嵌められたのかしら?」
なにもかもが枯れ果てた土地を前に、イミーナがぼやく。あまりにも異常な光景であり、大森林には似つかわしくない有様にフォーサイト全員の警戒レベルが引き上げられる。
ゴウン伯に何か別の思惑があったのか。それとも知らなかったのか。何にしろ、この有様では無事な薬草など見つからないだろう。
「少しだけ探して帰るぞ」
罠なのかどうかは別にして、手ぶらで帰れば依頼は失敗。前金として金貨数十枚分の金券を頂戴しているが、成功報酬と比べれば小さな額だ。
ヘッケランの声には明らかな落胆があり───
「……うん」
アルシェの声にも元気がない。金貨千枚があれば借金を返し、親と縁を切り、大切な妹二人を連れて家を出る事が出来た。それが夢のまた夢として消えてしまったのだから、アルシェに覇気があるわけもない。
危険地帯となった大森林を抜けた結果がこれでは、あまりにも旨味がない。だから、せめて。無事な薬草があればいいのにと期待して、探索しようとしたところで……それは起こった。
「なんだ!? 地面が揺れて!!?……」
「こんなところで地震!!」
「違う……何かが下から───」
突如として、砂漠のようになっていた不毛地帯が大きく揺れる。最初は地震かと疑ったフォーサイトだが、探知系魔法を発動していたアルシェはすぐに違うと気づく。この揺れの原因は地面の下にいる、何かにあるのだと───
あまりにも激しい揺れに全員が倒れそうになったところで、それは地面を突き破り出て来た。
それは巨大な木だった。六本の触手にも似た、長さ数百mの蔓を持つトレント系のモンスター。帝都にある下手な建物よりも巨大な乱杭歯が覗く口と相まって、邪神にしか見えない魔樹───ザイトルクワエ。
サトル達と同じ『ユグドラシル』出身のレイドボス。それがザイトルクワエの正体だ。プレイヤーなら最悪単独でも狩れる程度の強さしかない、初心者から中堅向けの比較的倒しやすい部類のモンスターなのだが───
「なに……あれ……」
魔眼でザイトルクワエの魔力量を観測してしまったアルシェは、あまりの強大さに脳が焼き切れそうになっていた。
比較的狩りやすいとは言え、それはプレイヤー換算の話。この世界の平均的な戦力から言えば、ザイトルクワエの戦闘力は人類圏に存在してはいけない領域。
それは魔眼で見たアルシェだけでなく、ヘッケランもロバーデイクもイミーナも……全員が肌で感じ取っていた。目の前のモンスターは自分達どころか、人間種がどうこう出来るなどと自惚れて良いような───
「全員逃げろ!!」
ヘッケランの言葉に弾かれるように、フォーサイトは走り出そうとして───
「地面が抜けて───」
トブの大森林にはアゼルリシア山脈へと通じる地下洞窟や、長い年月をかけて出来上がった大空洞が存在する。
地下で眠っていたザイトルクワエが地上へと出たせいなのか、一帯の地盤が緩んでいたのだろう。フォーサイトが立っていた地上部が崩落し、アルシェが<飛行>の魔法を使う暇もないまま全員地下へと墜落していくのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「手筈通りに進んでいるな」
薄暗い暗闇の中。灼眼の青年が、目の前に投射された空中投影型モニターに眼を向けながらポツリと呟く。
「ポジティブ。今のところは……ですが」
その独り言に、彼の膝上に座る紅玉の少女が短く返答する。
「……あれらの実験は上手く行くかい?」
「行くのですよ! アイリスだけでは些か不安でしたが───二人のおかげで確実と呼べる代物になりましたから」
紅玉の少女は、愛しいオーナーから眼を逸らして別の方向を見る。そこには二人の人影がいた。
「ん? どうされましたか?」
「感謝の念から見ていただけなのです! ……
「何を言うかと思えば。私は私の在り方を示しただけですよ。
「その通り!! 我が神と!! 我が妹が!!! それを望んだのです。ならばこそ……手足となるのが、私の役目ですよ」
あはは。ふふふ。
サトルとアイリス。
フォーサイトを……ワーカーをとある実験のためにこの地に呼んだ悪役達が、邪悪な思惑とは裏腹に和やかに笑いあう。
フォーサイト。彼らは知らない。当初疑ったように、今回の依頼に裏があった事を……何も知らない。
トブの大森林の地下大空洞。そこで何が行われようとしているのかを……何も知らないのであった。