リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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御前試合/頂上決戦

 帝都アーウィンタールでやるには危険でしょうな。

 

 正気を取り戻したフールーダの言葉に同意だったジルクニフは、帝都から南東にある広い荒野へと転移魔法で移動した。

 

 転移であればアイリスやサトルも使えるのだが、流石に昨日の今日で雇い入れたばかりの魔法詠唱者の手による転移で事故が起きたらまずいと言う理由から、フールーダの魔法での移動である。

 

 蘇生の場に立ち会った重鎮の殆どがジルクニフに同行しており、彼らのために<上位道具創造>で観覧席が用意されそちらに座り見物する事になった。

 

「陛下。あの二人の御前試合ですが、こんなに距離を離す必要があるんですか」

「分からん。俺も爺の言葉に従っただけだからな。あの二人の武力がどの程度なのかは把握しておらん」

 

 四騎士の一人、『雷光』のバジウッドの言葉に投げやりに返す。

 

「陛下はそれを見るためにお二人にお願いをしたのですよ。バジウッド、貴方もその辺りに気を配るようお願いしますよ、本当に」

「はは、言われてみりゃぁその通りか。しかし第十位階か……フールーダ様でもすげえのに、それ以上。こりゃ、相当やばいのかもしれねえな」

 

 同じく四騎士の一人、『激風』のニンブルに窘められてバジウッドはガハハと笑う。そんな騎士のやり取りに、こんな時でも変わらんのだなと言う思いと共に、良い部下に恵まれたとジルクニフは薄く笑う。

 

 そんな皇帝一向のやり取りは流石に聞こえていないのか、ジルクニフ達がいる場所から数キロ離れた赤茶けた荒野で向かい合ったアイリスとサトルはそちらに振り向いたりしない。

 

 お互いに深呼吸……サトルは呼吸いらずの不死者で、アイリスは大気を遮断されても無効化パッシブにより平気なので呼吸なんていらないのだが、心情的にそれを行う。

 

 アイリスは元はNPCなのでPVPではなく、PVNになるが……何度も遊びで、サトルは彼女と戦っているが……低い攻撃力ではあるものの職業構成上対アンデッドに対し有利なスキルや特性を保有するアイリスは、支援型ながらサトルの天敵のようなビルドになっている。正属性や神聖属性による不浄退散などが詰め込まれているのだ。

 

 そんなサトルの対アイリス戦績は散々である。超高性能AIが遠慮なく作成した戦闘用のアルゴリズムに、一千万分の一秒を知覚する機械の超反応。サトルの持つ手札は全部覚えられており、彼が得意とするPVP戦術も通用しない。そんな中、引き分けに持ち込めたのは最後のPVNだけだ。

 

 そして……今は異世界に来て初めての戦闘相手がアイリス。『ユグドラシル』最後の相手が、こちらに来て最初の相手。

 

(タブラさん辺りなら、それが運命で因果ですねとか言うんだろうな)

 

 サトルとアイリスはエーテル装備は封印している。身につけているのは何てことのない位階魔法製の衣服。エネミー能力も殆どが封印されており、残っているのは耐性やステータスだけ。事前のバフもしていない。だからこれはお遊びのようなもの。サービス終了日に行った戯れに比べたら、ままごとに近い。それでも───検証がてらとは言え、アイリスとの触れ合いになるのだからサトルとしては心が躍る。

 

 サトルから300mは離れているが、愛するオーナーの顔が笑っているのを目で捉えたアイリスもまた微笑む。

 

「ポジティブ。一番槍はアイリスから頂くのですよ」

 

 開始の合図があったわけではない。サトルはアイリス限定で、必ず初手は譲ってくれるのだ。

 

「<上位道具創造>」

 

 アイリスの手にハルバードが握られる。持つと同時に跳躍。高さ500m程で<飛行>を発動して停止。手に籠められるのは剛力。アイリスの手が動き、背筋に力が入る。やり投げの要領でハルバードを射出。

 

 アイリスの手が光った───そうとしか言えない現象が発生する。音など遥か後ろに置き去りにしたハルバードだが、ソニックブームはこの世界の物理法則下では発生しない。

 

 狙いは違わず、サトルへと着弾。隕石が衝突したのかと思うほどの轟音が発生し、地面が数百メートルは爆ぜる。土煙が上がる中、アイリスの眼はすぐ後ろへと向けられる。

 

「<魔法三重最強化・重力渦(グラビティメイルシュトローム)>!」

 

 アイリスのハルバードが直撃したサトルだが、その体には傷一つない。先ほどの槍投げは攻撃判定としては刺突攻撃。それに対しサトルは刺突攻撃への完全耐性を持っている。つまり刺突だと判定されたら、それが星を貫くような一撃であろうとも無効化してしまう。

 

 彼は当たると同時に、<上位転移>を発動してアイリスの後ろに回り込み最強化した超重力の螺旋球を三つ放つ。一度巻き込まれたら最後、並の相手であれば挽肉に変える漆黒の渦がアイリスに迫るが───

 

「<転移門(ゲート)>」

 

 彼女の眼前に漆黒の孔が出現。そこに渦は呑み込まれる。転移魔法により攻撃を飛ばしたのだ。無論出現先はサトルの真後ろ。

 

「ッチ! <上位転移(グレーター・テレポーテーション)>」

 

 それを読んだサトルもすぐに転移魔法で地面へと逃げる。漆黒の渦はそのまま空中でぶつかり合い消滅。

 

 逃げたサトルを追いかけて、<飛行>を停止させたアイリスも地面へと垂直に落下する。そこを見逃すサトルではない。

 

「<魔法三重最強化・現断(リアリティ・スラッシュ)>!」

 

 万物を切り裂く魔法の刃がアイリスを狙う。魔法防御力を無視し耐性を貫通する第十位階魔法は、燃費が悪い代わりに最高レベルのダメージを叩きだす。魔法やスキルによる防御もすり抜けるため、通常であれば防ぐ手段などないが……アイリスは違う。

 

 彼女は再び<飛行>魔法を起動して、空中で体勢を変化させる。そのまま横に3回転。<魔法の矢>のように必中効果があるわけではない<現断>三発の隙間に体をねじ込み回避。

 

(これだよ! 当たらなければどうと言うことはない理論! 処理能力が劣化したとか言ってたけど、超反応は健在かよ!!)

 

 サトルがPVNで勝てなかった理由の一つがこれ。どんな距離からどんな魔法を放ったとしても、必中効果が無ければ神回避を行うアイリスに直撃させるのが恐ろしく面倒なのだ。

 

 地面へと降り立ったアイリスは、体重移動による超速の歩法を駆使して緩急自在に近づいてくる。

 

 これに対してサトルは無詠唱で<爆撃地雷(エクスプロードマイン)>を周囲に設置。必中効果付き魔法を使えば当てられるものの、今度は超反応による防御魔法で弾かれるがいつものパターン。

 

 なので設置型魔法で迎撃しようとするが───

 

「<第一位階天使召喚(サモン・エンジェル・1st)>」

 

 アイリスは移動中に下位天使を召喚。その体を掴んで───

 

「行ってこいなのですよ!」

 

 あろうことか天使をサトルの近くに投擲する。

 

「あ!……」

 

 それが何を意味するのかを理解したサトルだが、時すでに遅し。天使を吹き飛ばす前に、そいつが見えない地雷に当たり起爆。地雷が大爆発を起こし天使が消滅。近くにいた設置主のサトル本人も巻き込まれて吹き飛ぶ。

 

「そんなのありかよ!」

 

 ゲーム時代にはフレンドリーファイアの仕様上、召喚したモンスターを投擲など出来なかった。そもそも先ほどの重力渦にしても、ゲームの頃ならサトルは当たったところでダメージにはならない。『ユグドラシル』の頃と違い、自分の攻撃でも当たるようになっている。その仕様を確かめるのにアイリスは<上位道具創造>で生成したナイフを使って、リストカットしている。そこからすぐさまこんな戦法を思いついたのだろうが───

 

(この世界での戦い方への順応が早い! 学習能力も健在か!!)

 

 自身の地雷で水平に飛ぶサトルに、アイリスが追走。近接戦に持ち込まれたら殴打に対してのみ完全耐性を有さないサトルでは、恐ろしく不利。

 

<上位転移>

 

 とにかく距離を取る。そうでなければサトルに打てる手はなくなってしまう。アイリスから1キロほど離れた場所を指定して、魔法を発動し───

 

「ガシッ! なのですよ」

 

 転移先には<転移門>があり、そこからアイリスの腕が伸びておりサトルの腕が掴まれた。

 

(しまった! 転移場所を先読みされたのか───)

 

 サトルの対アイリスの勝率が低いのは、超反応に加えてもう一つ。彼女の先読みの精度が恐ろしく高い事にある。

 

 どんな手札を使っても、ある程度時間が経ったらこうするだろうなを学習していく。AI(アイリス)の得意分野は学習速度。数分もすれば、より上位の思考へと強化されていく。実体化に伴い、地球時代に比べるとその能力は見る影もないらしいが……それでも彼女の学習速度はリ・エスティーゼ王国のとある姫に匹敵する。

 

(実体化後の俺の戦闘思考は読まれているか。どう転移するかのパターンは掴まれたと見るべきだな)

 

 ここからは転移魔法を使っても殆ど効果がないと見ていいだろう。むしろ<転移遅延>を使われて状況が悪化する恐れすらある。

 

 <転移門>を潜り、サトルの傍に抜けて来たアイリスへサトルは第九位階魔法<核爆発>を発動。アイリスとサトルの間に閃光が膨れ上がり爆発。殴打属性と炎属性の複合攻撃により両者がノックバックして距離が離される。アイリスは<転移門>へと押し戻された。

 

 炎属性に関しては、サトルもアイリスも世界級エネミー由来の耐性により完全に無効化する。だが殴打に関しては話が別だ。物理攻撃に対する完全耐性を備えさせると、流石に戦士職がクリア出来ないと言う事で、レイドボスの殴打・斬撃・刺突などの物理に対する耐性はダメージカットに留められている。

 

 サトルは元々殴打属性が弱点のスケルトンだが、現在は殴打耐性Ⅹを持ちダメージの大半を激減させる。アイリスも同じく殴打耐性Ⅹだ。つまり完全耐性ではない。ようするに<核爆発>により多少のダメージは入ったが、二人の生命力からすれば微々たる物。<核爆発>にはデバフ効果もあり、毒や盲目などを与えるのだが……こちらに対しても両者無効化する完全耐性を備えている。

 

 しかしダメージやデバフを期待して、サトルは魔法を発動したわけではない。欲しかったのは距離だ。強烈なノックバック効果を持つ<核爆発>を使い、なんとしてもアイリスとの距離を離したいのだ。そこまでして距離を離したいのは、アイリスの近接技能の高さを警戒しての事。

 

 数多の格闘技術を複合させ戦闘プログラムとして運用していたアイリスの近接能力は、技術だけに注視した時人体が再現出来る動きの理想形となる。そこに機械の超反応が加わると、まるで格闘漫画のような動きを平気で繰り出してくるのだ。

 

 それに対処できるほどサトルの近接技能は高くない。後衛の魔法詠唱者であり、リアルで格闘技を習っていた訳でもないサトルでは、張り付かれたら対処しきれない。現在はステータスが上昇したせいか、運動能力などが地球人のそれと比較したら数千倍……下手をしたら数万倍以上にまで上がっているような気さえするが、アイリスも同じ身体能力の持ち主。同等の筋力や耐久力なのであれば、あとは技の精度が勝敗を分ける。そして技とはアイリスの得意分野。相手の土俵でやり合う気などサトルにはない。

 

 だからとにかく一定以上の距離を取る。それが対アイリスの基本戦術となる。転移で近づかれたら叶わないのでサトルは<転移遅延>を使用。この魔法が発動している間は、発動者の傍への直接転移を阻害する。本来なら一瞬で移動できるのが転移だが、この魔法は名前の通り転移者が消えてからもう一度この世に出現するまでの時間を数秒引き延ばす。

 

 サトルが<転移遅延>を起動させたのはアイリスも読んでいる。しかし<転移遅延>の効果はあくまでもサトルの周囲のみ。アイリスは<上位転移>と歩法を組み合わせて移動を開始。消える、出現、急加速、消える、出現、急停止、急加速。細かく小刻みに魔法を使う事でサトルに狙いを縛らせない。

 

 それに舌打ちしたい気持ちを抑えて、サトルは中位アンデッド創造を使い12体の死の騎士(デス・ナイト)を配置。体長2mを超える黒色の鎧を着たアンデッドが、サトルを守るように盾を構える。

 

 死の騎士はサトル基準では大した戦闘力を持たないが、特性として強力なヘイト稼ぎ能力と体が消し炭になるような攻撃を受けても一度だけは必ず耐える食いしばりスキルを持つ。つまり使い捨てのタンク役としてはすこぶる優秀なのだ。

 

 突っ込んでくるアイリスに対して、サトルは必中系魔法を使う気はない。彼女の身を案じているのではなく、使ったところで意味がないからだ。<魔法の矢>のような必中系は防御魔法で弾かれるのはその通りなのだが、サトルの手札には<朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)>と言う指定対象を直接燃やす攻撃魔法もある。しかしそれらを使ったところで、世界級エネミー由来の完全耐性を持つアイリスには何の効果もない。

 

 サトルとアイリス。両名は大半の属性に無効化耐性を持つ。サトルであれば通じる攻撃は殴打と無属性のみ。アイリスであれば斬撃と刺突と殴打と無属性。そして無属性魔法にも<朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)>のような過程のない完全必中魔法があるにはあるが、それらをサトルは習得していない。

 

 世界級エネミーの耐性貫通スキルや貫通効果を付与する魔法であればアイリスにも通じるが、今回はそれはNGと打ち合わせ済み。そうなるとサトルの手持ちの中でアイリスに通じそうなのは、<現断(リアリティ・スラッシュ)>など一部の魔法だけになる。だがそれを考えなしに使っても、アイリスは当然のように回避してしまう。そのせいで今のように死の騎士を使い捨てるような戦術を取り、とにかく彼女が避けられないような状況を必死で造り上げるしかない。

 

 けれども決定打がないのはアイリスも同じだ。世界級エネミーの能力なしだと、ビルドの関係上無属性や殴打属性の遠距離攻撃手段に乏しいアイリスがサトルに対して持つ手札は、ハルバードを投げつけたように<上位道具創造>でハンマーなりを創って投げつけるか、なんとか近づいて殴り倒すぐらいしかない。転移ステップを刻みながらアイリスは大槌を創造。

 

聖痕(スティグマ)発動。<上位神聖付与(グレーター・サークレッド・エンチャント)>」

 

 アイリスの両目に十字紋様が浮かぶ。同時に位階魔法産のアイリスの背丈ほどもある大槌に属性付与(エンチャント)。まずは一投とばかりに投げつけようとする。それに気づいていたサトルは───

 

「<光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジェントベリル)>!!」

 

 殴打属性攻撃に対する防御魔法を発動。一定時間の間殴打のダメージを軽減させ、任意発動により一度だけ殴打ダメージを無かった事にする魔法だ。サトルの体に魔法効果が及ぶと同時に───

 

「せいッなのですよ!!」

 

 掛け声一発。アイリスと言うカタパルトから致死の極撃が放たれる。二人の間の距離は数百メートルあったが、その距離を大槌は一秒未満で零にする。サトルの意を受けた死の騎士達は大楯を構えていたが……何の抵抗にもならない。数体の死の騎士を弾き飛ばす。彼らには食いしばりがあるが、聖痕を発動したアイリスはアンデッドの肉体ペナルティ耐性や一時的な不死系のスキルを無効化する。

 

 飛ばされた死の騎士は耐える事なく空中で消滅。大槌は勢いそのままにサトルに激突するが───

 

「発動!」

 

 <光輝緑の体>により直撃したと言う現実が上書きされ、サトルの肉体は大槌の隣へと移動する。アイリスの投擲を無効化はしたが、それで彼女の攻撃が止むわけではない。

 

 残っていた死の騎士が、再び大槌を生成したアイリスに殴り飛ばされて消えていく。サトルとアイリスの間に距離はもう残されていない。盾役も全て死んだ。

 

 この距離まで来たら<転移遅延>によりアイリスも迂闊には<上位転移>を使えはしない。しかし彼女には歩法がある。

 

 サトルが実体化で得た体は動体視力にも優れており、音速程度であれば止まっているように見えるが……アイリスは音の領域を超えている。そこに技による歩法を組み合わさせてフェイントを入れられたらどうしようもない。だからサトルは目で追わない。追うつもりはない。

 

「<魔法三重化・要塞創造(クリエイト・フォートレス)>!」

 

 アイリスとサトルの間にある進路を塞ぐように、重厚な外壁をした塔が三本出現。

 

(さぁどっちから来る! 左か右か……それとも上か!)

 

 サトルに近づこうとするなら、アイリスは要塞を迂回しなければならない。これで縦横無尽な軌道を防いだ。仮に上から来るなら落ちてくるまでの間に、再度距離を稼ぎ直す。左右からなら要塞を出現させると同時に設置した地雷に引っ掛かる。地雷に気付いたとしても、それへの対処でやはり時間を稼げる。気づかないなら爆発で動きが止まったところに<現断>を当てる。

 

 来てみろと待ち構えるサトルだが……アイリスはどれも選ばない。

 

 サトルからは要塞があるせいで彼女が見えていないが……アイリスは要塞の前で軸足に力を入れてしっかり踏みしめる。独楽の如く体を回転。

 

「せやぁ!!」

 

 強烈な回し蹴りが塔を根本からへし折ってしまう。

 

「はぁ!! そんなのもありなのかよ!!!」

 

 いきなり要塞が折れたと思ったら、自分の方に向かって倒れてきた事にサトルは驚愕。しかし驚愕はそこで終わらない。

 

 折れた塔が倒れるまでの間に、アイリスは一瞬で塔を駆け上がる。その手には大槌一本。体を回した彼女は大きく大槌を振り下ろす。塔の倒れる速度が加速。アイリスはサトルの魔法を利用して、要塞そのものを彼を圧し潰す即席の打撃武器に変えてしまう。

 

 慌てて<要塞創造>をサトルは解除。折れた要塞も無事だった要塞も幻の如く掻き消える。これでサトルが圧し潰される心配はなくなった。しかし解除するだけでは、アイリスの接近を許してしまう。上位アンデッド創造を使い新たに盾を4体召喚。サトルを守らんとするアンデッド達をアイリスが蹴散らしている間に、サトルは持てる手札を駆使してアイリスの接近を防ぎ続ける。

 

 二人の戦いはまだまだ続くようだが……それを見ていたジルクニフ一行は、夫婦の出鱈目な試合を信じられない気持ちで観戦していた。

 

 全員フールーダの魔法により視力が上がっているので、遠くても見えてはいる。見えているからこそ……なんだあれと言うのが率直な感想だった。

 

 バハルス帝国は魔法研究に熱心であり、帝国魔法省なる機関すらあるほどだ。そこでは日常生活から戦争と多岐に渡る魔法の研究・開発が熱心に行われている。ようするに魔法を使った戦闘に関してはそれなりのノウハウがあるのだが……サトルとアイリスのあれはそんなノウハウが全く通用しない。あまりにも全員が知る魔法戦闘の規模を逸脱していた。

 

「おおッ! ……死の騎士(デス・ナイト)が12体も!! まさか召喚魔法で!? おおおおおッッッッ……貴方方こそ、間違いなく魔法の神々ィイイイ!!」

「おい爺! 死の騎士(デス・ナイト)とはなんだ! リンウッド殿が召喚したアンデッドの事なのか!!」

 

 ジルクニフがフールーダに問いかけるが、老人は目の前で行われている頂上対決に夢中なのか聞いちゃいない。

 

「皇帝陛下! 師は少し狂乱している様子なので、私が変わりに答えさせて頂きます! 死の騎士(デス・ナイト)は魔法省の奥深くで師が研究している伝説のアンデッドです! その強さは……帝国四騎士全員を合わせても、なお上だと師は仰られていました!」

「……その伝説のアンデッドをリンウッド殿は12体も召喚して……四騎士より強い化物を奥方は虫けらのように蹴散らしたと……ははは、やはははははは、うはははははははははは!!!! なんだその馬鹿な話わぁ!!!」

 

 ジルクニフが狂ったように笑うが、誰もその気持ちを否定しない。だって全員が同じ気持ちなのだ。数キロ離れているのに肌で感じるほどの熱波や爆風が巻き起こり、アイリスは遠くから見ている彼らでも追い切れない速力を叩きだし、それに対して数多の魔法で対抗するサトル。

 

 どうしてフールーダが平伏したのか。その理由がこの御前試合に全て詰め込まれている。第十位階魔法詠唱者。神話にしか登場しない存在達。その実力は想像の範疇を超えてしまった。

 

「超高位の魔法詠唱者は……近接も嗜んでるんだな……」

「あれが嗜んでいるで済むように見えますか! 速過ぎて見えませんでしたが、多分蹴りでしょうね! 蹴りで巨大な塔をへし折るなんて……魔法を使わなくても、手足だけで帝国全軍を潰し切れますよ、あれは!!!」

 

 バジウッドとニンブルはなまじ帝国軍の中でも上位の強者だけに、魔法以外の部分に呻く。あんな速度で動き、あんな怪力を持つ存在がこの世にいるなど今日まで知らなかった。肉眼で見ている今でも夢ではないかと思ってしまう。

 

「陛下……あの二人を拘束しろなんて言ったんですかい……」

「知らなかったと言っているだろ! 知っていたらあんな命令なぞ出すか!!」

 

 もし……あの時フールーダではなく、あの二人が拘束に対して不服を表明していたら……何が起きたのかも理解できずに、あの場にいた全員が亡くなっていた。これは想定ではない。絶対だ。絶対に誰もあの夫婦の武力に対抗できない。立っているステージが違い過ぎた。

 

 少し時間が経ち……なんとか半狂乱から立ち直ったジルクニフは、老人が口にしたフールーダ千人分が真実なのだと受け入れる。

 

 ───何があっても帝国にいて貰わねばならん!! あの二人が仮に他国に渡り敵対したら……勝てん! とにかくこの国で暮らさせ、最大限の援助を行い好印象を覚えて貰わねば!!

 

 幸いにもジルクニフに対し恩義を感じているのは明白。言動からも恩を仇で返すような輩ではないと、ジルクニフはサトルの性質を理解しつつある。そこをとにかく利用する。住む場所、食事、賃金。サトルにそれとなく聞いたうえで、何もかもを用意して機嫌を取らなければならないと皇帝は決意する。

 

 御前試合により判明した夫婦の武力。それはフールーダの想定通りだとジルクニフは思っているが……実際には夫婦は全開なんて出していない。世界級エネミーの能力はステータスと耐性以外封印。元々持っていた能力に関しても1割も披露していない。世界級装備どころか、神器級装備ですらアイテムボックスの中。端的に言えば、サトルとアイリスは全力の1%も見せていない。

 

 もしこの事実をジルクニフが知れば……彼はストレスから胃が荒れ狂い頭髪を全て失うだろう。それを知る日が来るのかは誰にも分からない。ただ一つ言えることがあるとすれば───

 

 ……御前試合を終わらせて戻って来た夫婦に対し、皇帝は人生で培った美辞麗句を並べ立てた。それだけだろう。





サトル:殴打・無属性以外無効化

アイリス:物理・無属性以外無効化
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