帝都の一角。薬品街にその店はある。
バレアレ薬品店。かつてエ・ランテルに存在したポーション店の名前を引き継いだ店だ。店員は言うまでもなく、エ・ランテルの生き残り───ンフィーレア・バレアレだ。
皇帝の協力者として。あるいは皇国騎士団の一員として働くンフィーレアだが、普段から騎士団として活動しているわけではない。彼の立場は非常勤に近いからだ。
現在は国に仕えながら、一薬剤師として帝都で暮らしていた。
「ようやくできた。これでようやく、お婆ちゃん達の敵を取れる」
うっとりとした目で、ンフィーレアは自分で作った毒薬を眺める。クレマンティーヌを抹殺するための、ただ苦痛だけを与えるポーション。彼の才能を注ぎ込んで産み出した傑作は、鈍い赤色に光っている。
そんなンフィーレアに対し───
「ンフィー。ご飯出来たよ」
「ん? ……そっか。もうそんな時間なんだ。ありがと、エンリ」
店舗側の反対側。住居側から、カルネ村唯一の生き残りであるエンリが顔を覗かせる。昼食が出来たので、ンフィーレアを呼びに来たのだ。
「今行くよ」
毒薬を専用の棚に戻し、ンフィーレアは食卓へと移動する。
食卓の上に並べられているのは、一般庶民向けの少し硬い酸味のあるパンと、野菜がふんだんに入ったスープだ。
「今日は良いお野菜が手に入ったから、ちょっと奮発しちゃった」
「ありがとエンリ。今日も美味しそうだね」
エンリが調理した手料理を、ンフィーレアは彼女と一緒に口にする。
「今日は市場でこんなことがあって───」
「へぇ……そんな事があったんだね」
エンリの他愛ない話に、引き籠り気味のンフィーレアは相槌を打つ。ほんとうに他愛ない日常。いつかこんな日がくれば……そうンフィーレアが願っていた光景だが、ここには欠けている物が多い。
……今から数カ月前。エ・ランテルが壊滅し、サトル達に救出され、エンリを蘇生させたンフィーレア。彼はクレマンティーヌ殺害用の凶悪な薬品の開発を進める傍ら、エンリにプロポーズした。
「……僕と一緒に暮らして欲しい」
サトルの援助で店を構えたンフィーレアは、そうエンリに打診したのだ。エンリだって初心なおぼこと言う訳ではない。ンフィーレアの堅い口調と、そこにどういう意味を籠めたのかを察した。
察したからこそ、エンリは悩んだ。ンフィーレアに対して、幼馴染としての感情はある。しかしそれが、この先一生を共にする相手へのそれかと言われると……若いエンリには判別がつかなかった。
けれどエンリに、選べるほどの選択肢なんて殆どない。
エンリ・エモット───エンリ・バレアレはただの一般人。特別なお膳立てが無ければ、どこまで行っても普通の村娘だ。妹のために命を賭けようとする度胸など、純然たる現実の前では何の役にも立たない。それをエンリは、自らの死を以て体験した。
では、そんな村娘なエンリが、これから先一人で生きていく道を選ぼうとした時……選択肢なんてない。特殊な技能も、優れた身体能力も、魔法の才があるわけでもない。彼女が持つのはファーマーの1レベルだけ。
身寄りもなく、特別でもない村娘が生きていけるほど世間とは甘くない。どこかに嫁入りしようにも、身内が全員亡くなっている身元が不確かな少女を貰ってくれる家など早々ない。仮にあるとしても、嗜虐趣味の裕福な男性に飼われるぐらいが関の山だ。
……残されたのは、死を覚悟して冒険者にでもなるか。それとも、うら若い娘として身売りをするか。あるいは恥を偲んでゴウン家の世話になるか。
そんなエンリに手を差し伸べたのが、彼女に淡い恋心を抱いていたンフィーレアだった。この世で唯一、エンリの事を良く知っている人物。カルネ村の住民───家族も含めて、あらゆるものを失ったエンリに、唯一残った幼馴染。
そんなンフィーレアも、エンリ以外の全てを失った身。故郷も、家族も、知人も……全てが不死の都と化してしまった。
ただの村娘でしかないエンリと違い、ンフィーレアは天才薬師。その才能があれば、どこでだって生きていけるし、今回はサトルの手を借りたが、最悪援助が無くとも生計を立てていける。……仮にエンリを妻として迎え入れたとしても、十分に養っていけるほどには、彼は天才だった。
悩んだ末に、エンリはンフィーレアのプロポーズを受け入れた。結局のところ、誰かに嫁入りするとして……唯一の縁である幼馴染の彼ぐらいしか、今のエンリを受け入れてくれる相手などいない。そんな消去法の末の嫁入りだった。
それから数ヶ月。正式に夫婦関係になったンフィーレアは、エンリと一緒に暮らしている。幸いにもエンリの中でンフィーレアへの愛情自体は着実に育っており、彼と一夜を過ごしたりもしている。だが……それでも、やはり。ふとした拍子に、ンフィーレアの中に小さなしこりが産まれてしまう。
もしも結婚するならエンリとが良い。そんな夢は叶ったが、代わりの代償は大きかった。
ンフィーレアにしても、純粋にエンリと暮らせて楽しいとはなっていない。寄る辺の無くなった彼女の隙に、付け込んだ事を自覚しているからだ。それを抜きにしても、エンリ以外の知り合いや肉親である祖母が亡くなった事実は、彼もまだ引き摺っている。
書類上は新婚の夫婦だが、二人の間に本当の意味での歓談や笑顔は少ない。他愛のない日常に、ようやく安心や安堵を覚えつつあるが……だ。
失った過去。戻らない昔。それが楽しく、大切だったからこそ……やはりどうしても曇ってしまう。
「美味しかったよ。これで、午後からも頑張って働けるよ」
食事を終えたンフィーレアは、エンリに感謝の言葉を述べてから店番に戻る。皇国騎士団を通じてポーションを帝国に卸しているので金銭面の不安はないが、それでもこうやって店の切り盛りをしているとエンリのために頑張ろうと言う気になれる。そんな想いでンフィーレアは薬品開発やらに勤しんでいた。
そんなバレアレ薬品店に───
「お邪魔するぞ、バレアレ君」
「ンフィーも、エンリも息災ですか?」
「久しぶりで御座るよ!」
「はじめましてー!」
「おとどけものだよー!」
「───お邪魔します」
見知った二人と見知った魔獣。それと見知らぬ双子の少女と、エンリと同い年ぐらいの少女が訪ねて来た。
「アイリスさん! サトルさん! お久しぶりです!! 今日はどうされたんですか?」
「最近、新しく農業を始めてみてな。大量に農産物や肉が手に入ったから、それの御裾分けだ」
アイテムボックスから大量の御裾分けを取り出し、次から次へとンフィーレアに手渡していく。あまりの量に目を丸くするンフィーレアだが───
「全部<保存>をかけてあるので、長期保存もばっちりなのです」
「そうなんですね。ありがとうございます」
と頭を下げる。そんなンフィーレアの視線は、三人の少女に向けられる。
「その子達は?……」
「この子達ですか? ふふ、三人とも自分でご挨拶するのですよ」
「はい。わたしはクーデリカ・シーリ・ウール・ゴウンです!」
「わたしはウレイリカ・シータ・ウール・ゴウンです!!」
「アルシェ・イーブ・ウール・ゴウンです。いごお
「ゴウン……え!? お二人の娘さんですか!!?」
思わずンフィーレアは、アイリスを見る。アイリスとサトルが実はどちらも30歳を少し超えていると聞いているので、年齢的にもクーデリカやウレイリカぐらいの年の子がいてもおかしくはない。だからそう尋ねた。
「そうですよ。と言っても実の娘ではなく、養子なのです。アイリスは子供ができにくい体質なのですよ」
「あ、そうなんですか……すみません、変なことを聞いて……」
「ただの体質の問題なので、変に気を使われても困るのですが……それは置いときましょうか」
無粋な事を聞いたとンフィーレアは恥じるが、アイリスからすれば別に大した問題でもない。サトルとの間に子供は欲しいが、この先幾らでも時間があるのだ。そこまで焦りもなかった。
「ゴウンさん! いらしてたんですね!!」
店舗側の騒ぎが聞こえたのか、エンリも店に顔を出す。そんな彼女に全員で挨拶した後───
「ゴウンさん達は、今日は非番なんですか?」
「ええ。毎日働き詰めにするのはブラック過ぎますからね。今日は私の権限で、皇国騎士団は大半がお休みです」
皇城護衛のバルキリーや、帝都中に忍ばせている忍者系モンスター達は活動しているが、それ以外は週一で休みを与えるようにしている。
人事権にしろ、その他の采配にしろ、騎士団の権限は殆どがサトルに集約されている。元々ブラック企業が大嫌いなサトルは、ここぞとばかりに完全週休一日制を導入していた。
「今日は家族みんなで帝都観光なのですよ」
普段であればユグドラシルⅡに赴いて何かしらをするが、フルト家にいた頃はお出かけなんてした事の無かったクーデリカとウレイリカに、色々と見せてあげようと言う事になったのだ。
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「ンフィーレアも、エンリも、やっぱりちょっとだけ陰があったのです」
「そうなのか? 俺は気づかなかったが……アイリスがそう言うなら、そうなんだろうな」
バレアレ薬品店を後にし、一行は街中に繰り出していた。
サトルは歩きで、それ以外は魔獣───ヒマワリと名付けられた、巨大ジャンガリアンなハムスターの背に乗っている。
最初はサトルがハムスケか豆大福と名付けようとしたが、アイリスからそれは雄に付ける名前だと却下された。
森の賢王は自分は忠義に篤いとアピールするので、なら花言葉として誠実や憧れの意味があり、かつ雌のハムスターに付ける名前としてならこれだとヒマワリとなった。
「ひまわりはつかれないのー?」
「なんのなんの。姫たちを乗せて歩くぐらいで、疲れる某では御座らんよ。あと100人乗っても大丈夫で御座る!」
「ヒマワリは力持ちなのですよ。名前をイナバにしても、良かったのかもしれないです」
「某より怪力な姫に言われても、あまり嬉しくないで御座るなぁ……あとイナバってなんで御座る?」
「サトルにいさまはのらないの?」
「俺は遠慮しておくかな」
(30を超えて、こんなファンシーな生物に乗るのは勘弁して欲しい)
三姉妹とアイリスを乗せてのっしのっしと歩くヒマワリの傍ら、徒歩で移動するサトルはやんわりとヒマワリへの騎乗を拒否する。
見た目は20歳ぐらいにしか見えないサトルだが、当人の自認では30を超えた男性。それなのに、見た目可愛らしい動物に騎乗するのはどうも抵抗があった。
(でも、こいつ現地の住民から見たらとんでもなく怖い魔獣に見えるらしいんだよなぁ……美醜の感覚は似てるのに、その辺の感覚の違いはやっぱり慣れん)
サトルやアイリスから見れば、ヒマワリは大きなハムスターでしかない。しかし、普通の人間からするとこちらを一秒もあれば殺せる、強大な魔獣なのだ。
今もサトル達が歩く先にいた、どう見ても裏稼業に関わっているとしか思えない人間がすぐに道を譲る。彼の目線はヒマワリに向けられており、その怒りを買わないように細心の注意が払われていた。
……これが今日、ヒマワリも連れて来た理由だった。家族水入らずで動きたかったので、鎧を着た近衛兵はお留守番。そうなると、では誰を護衛として連れていくかでサトルは悩んだ。
身なりの良い家族に絡んでくる馬鹿は帝都にもいる。中には人攫いだっている。今の帝都アーウィンタルには、忍者系傭兵や影の悪魔系列の最上位モンスターが大量に潜伏しており、その手の組織はほぼ壊滅したが……その日思い立って動く馬鹿がいないとも限らない。
犯罪組織の人間は、今はデミウルゴスの実験用として彼に預けているが、それでも絡まれると鬱陶しい気持ちの方が強い。なので選ばれたのがヒマワリだ。サトル達視点ではただの可愛らしいハムスター。その手の裏稼業な人間からは、絶対に近づいてはならないと理解出来てしまう凶悪な魔獣。護衛としてこれほど素晴らしい存在もない。
なお、アルシェ含みゴウン家にいる人間はヒマワリ程度でビビらない。メイドですらビビらない。だって他に大変なモンスター一杯いるから……
「おねえさま! あれはなに!!」
「あれは銀行の本店。あそこで金券板を発行したりしているの」
「金券板?」
「こういうのですよ。これを渡せば、代わりに貨幣が貰えます。逆に、貨幣を渡してこれを貰ったりもするのですよ」
「そうなんだ……じゃあ、あそこは?」
「あれは美術館ですね。価値のある、高価な展示物がたくさんあるのですよ」
「アイリス姉さま達の家にあるものよりすごいの!!?」
「───そうかもしれないね」
美術館に納められた数々の美術品より、サトル邸にある物品の方がよほど高価だろうなと思っているアルシェは適当な返事をする。クーデとウレイ、あるいは自分が今着ている服一着で、あの美術館が立つだろうなとも。今日のお出かけに際して、アイリスは<上位道具創造>と権能を組み合わせて三人の外出着を生成した。品質は最低でも聖遺物級相当。双子の髪色に似あう帽子に至っては神器級品質。美術館どころか、帝都をお買い上げ可能だ。
サトル邸に住んでいると金銭感覚が壊れそうになるので、しっかりと自立するまでは二人に義父母が超が複数個付く裕福な立ち位置である事は、黙っておこうとアルシェはこっそりと決めた。
双子はヒマワリの背の上で、アルシェとアイリスに抱かれながら外の光景に目を輝かせる。サトルはそんな光景に、血のつながった親子のようだなと少しほっこりする。
(子供かぁ……ンフィーレア君にはアイリスの体質だって誤魔化したけど、本当は俺の方に問題があるんだよな)
サトルは人間にしか見えないし、実際に人間の時と同じことは出来る、が。やはり根っこはアンデッドなせいか、子種が上手く機能していない。
(アイリスは俺との子が可能なら欲しいみたいなんだよな。……今は二人だけの時間でも満足しているみたいだけど)
アイリスの記憶を覗いたことで、自分との子なら欲しがっているのをサトルは承知だ。それがアイリスの夢ならサトルは叶えてあげたいし、そうでなくともアイリスとの間の子供であればサトル自身も欲しかった。
(<星に願いを>で俺の体質を変えたらいけるか? それか、この世界のどこかに
子供。自分の子。随分と縁遠いと思っていた代物が、すぐ傍に可能性としてある事にサトルは苦笑する。
地球時代にはそもそもパートナーもいなかった。仮にいたとしても、サトルの給料では子を作ったとして満足に育てあげる事も出来ない。それこそ───
(両親がそうしてくれたように、俺の命を賭けるしかなかったよな。そこまでしたとしても、俺みたいに寂しい思いをさせる可能性しかない)
……今は違う。現在のサトルには、世界級エネミーとしての力がある。社会的立場も強い。金銭的な面で我が子に苦労させるような要素もない。子供の遊び相手だってたくさんいる───それこそ、デミウルゴスかパンドラが爺やとして大活躍するだろう。
(いや……なんかデミウルゴスは俺とアイリスの子相手だと、嬉しすぎてショック死するかもしれないから駄目だな。じゃあパンドラ……パンドラか。あいつのオーバーリアクションは子供だと喜ぶけどさ。クーデリカもウレイリカも大はしゃぎだったし。でも、なんか釈然としないな)
ともかく。子供を作ったとして、不安になるような要素は何一つない。育休が欲しいと言えば、ジルクニフは「はい」か「イエス」で応えてくれる。
(そうだな。……良し! 今はクーデリカ達が小さいから作らないけど……双子が成人したら、アイリスと相談して子作りしよう!)
密かに、これからの未来をサトルは決心した。
それからもウロウロと街を巡り双子に案内していく。そして一つの施設に辿り着いた。
『わぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』
「わっ! ……すごいこえ」
「ここは闘技場よ。この歓声からして、今日は闘技大会が開催されているのかも」
一行が辿り着いたのは、帝都の中でも最大の興行施設───闘技場だ。円形式の構造をした巨大な建築物で、ここでは様々な催し物が開催されている。冒険者対モンスターの死闘。人間同士の殺し合い。人権のない亜人奴隷を使ったGVG。様々だ。
その中でも一番人気がトーナメント方式の闘技大会。様々な猛者が殺し合い、優勝者は闘技場の王者───武王に挑める権利を得る。現王者VS優勝者の戦い程盛り上がる物もないだろう。
その説明を受けた双子は───
『みたい!』
と声を上げる。しかしアルシェはあまり良い顔をしない。小さな子に、積極的に殺し合いを見せたいとは思わない。けれど、眼をキラキラさせる双子のお願いを無碍にするのも可哀そうだと悩んでしまう。
「……アルシェ。少しだけ、見せてあげても良いと思うのですよ」
「アイリス様。……良いのでしょうか。あまり血生臭いのを、クーデやウレイに見せると悪影響がありそうですし……」
「ポジティブ。アルシェの懸念は尤もです。なので、少しだけ見て雰囲気だけ楽しんで、すぐに撤退するのですよ。あと、魔法で少し目に見える風景にリアルタイムで加工を入れるので、ちょっとグロくても無問題なのです」
「───アイリス様は幻術も使えるのですね。そう言う事でしたら了解しました。ですが、席はどうされますか? この盛況さだと、間違いなく一般席は埋まっています」
「ポジティブ。でも、オーナーは大貴族。つまり貴賓室が使えるのですよ」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ゴウン様。どうか、思う存分闘技場をお楽しみください」
そう言って、サトル達は闘技場の興行主の一人───商人のオスクに見送られる。闘技場には一般席と貴賓席がある。貴賓席を使えるのは闘技場に莫大な金を出している出資者、伯爵以上の高位貴族、そして皇帝だ。
サトルはユグドラシルⅡでの農業で得た収穫物をジルクニフに大量に献上。それに加えて、アイリスがハーバー・ボッシュ法を始めとした、大規模化学肥料生成手段をこの世界の法則下での再現法を確立して体系化。食料事情を大幅に改善した。
それとは別に騎士団の超強化の功績。この二つを以て、数日前にサトルは伯爵から侯爵になった。伯爵でも別に問題なく貴賓室を使えるが、より上位の貴族である侯爵の方がやはり覚えが良い。オスクは笑顔でサトル一行を貴賓室へと案内したのだ。
……最悪貴族用の貴賓室が使えなくても、ジルクニフに掛け合えば皇帝用の部屋が使えただろうが。
恐ろしい魔獣を引き連れた貴族が貴賓室に姿を消した後、オスクは武王のところに向かおうとして、護衛として連れていた人物の様子がおかしい事に気づく。
「どうした首狩り兎?」
オスクに首狩り兎と呼ばれた人物。彼───メイド姿に女装しているが、歴とした亜人の男性───は、俯いたまま顔を上げようとはしない。顔中には汗が浮いており、大粒の汗が顎から滴り落ちている。
「───オスク。あれは
「うん? ゴウン候。つまりは貴族だろう? 凄まじい魔獣を連れているのと、夫婦どちらも美男美女な事は珍しいな」
オスクの興味は、魔獣。つまりはヒマワリに向けられている。彼は強者を好んでおり、人間だろうが、亜人だろうが、異形だろうが、モンスターだろうが───強いなら憧れを抱く。
言語を介する高位魔獣。実にオスク好みだった。
「まさかあの魔獣がどうかしたのか?」
「───違う。あの魔獣も確かにやばい。超級にやばい」
「ほう! 超級にやばいか。その評価を聞くのは、武王以来だな」
首狩り兎。彼には一つの特技がある。長年の傭兵経験により、一目見るだけで脅威度を判別できると言う技能だ。
そんな首狩り兎が、過去に超級にやばいと断定したのは現闘技場王者の武王のみ。その評価を受けたのだから、魔獣は相当に強いのだとオスクは理解して───
「あの?」
まるで、他にも危険な何かがあったかのような物言いに首を傾げる。
「ヒマワリと呼ばれていた魔獣の他に、お前が恐ろしいと思う人物がいたのか?」
「───ああ、そうだ。いた。アルシェって呼ばれてた小娘。あれも超級にやばい。けれど、あいつら……あの夫婦。白い女と、黒髪の男。あいつらは……」
そこまで言ったところで、まるで誰かに聞かれていないかを恐れるように首狩り兎は周囲を見渡す。
「お、おい……」
「あの二人は
そこから口を噤み、ただ小刻みに震える首狩り兎を見て。オスクはもう一度、貴賓室に消えた侯爵一家の方に目を向けるのだった。