リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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東方から来たる 前編

 年に一度の闘技大会。腕に覚えのある猛者が多数参加する、闘技場の中でも一際熱狂に包まれる催しもの。

 

 手足が飛び、命を落とす事も珍しくない闘技大会。しかし、観客が望んでいるのは残虐な試合。命を燃やして闘う戦士達のぶつかり合い。

 

 今もまた、首を斬り落とされた敗北者が片付けられていく。あまりにもショッキングな光景であり、クーデリカとウレイリカに見せるにはR-18なZ指定だったのでサトルが幻術で認識を歪めている。

 

「そろそろ、アイリスお姉さまの出番かな?」

「出番かなー?」

「次の試合がアイリス様の出番だよ」

「姫の出陣で御座るかぁ……相手は無事に済むので御座ろうか?」

「大分手加減するし、双子に殺しは見せたくないから殺人術は封印するとは言っていたな」

 

(レベル20前後の戦士職相当にまで身体能力を落として、武技も強力なのは使わない縛りでやると言ってたから大丈夫だろ)

 

 アイリスが本気を出せば『威嚇』か『威圧』で強制停止させて終わり。武技なしの力任せなワンパンでも、闘技場どころか帝都が衝撃波で崩壊する。世界級エネミー16体分とはその領域の怪物なのだ。

 

 けれど、そんなのが闘技大会に出て面白いだろうか。双子は喜ぶだろうか。答えは否。エンターテイメントに欠けていると言わざるを得ない。

 

 あくまでも、今回は双子に色々と見せてあげたいから参加するだけ。なのでアイリスはめちゃくちゃ手加減する予定だった。

 

「お待たせしました紳士淑女の皆さま。次の試合は、なんと! かの大商人オスク様が推薦した飛び入りだ!! 名前は……マスクドAI? なんとも妙な名前ですが、東方から来たとの事!! 対する相手は、皆さまご存じ!! カルサナス都市国家連合のオリハルコン冒険者!! ミノタウロスのリー・マイト・グランヴィアだ!!」

 

 わぁああああああああああ!!!

 

 ミノタウロスの名前が上がると、観客席から盛大な雄たけびが上がる。

 

「凄い歓声で御座るな。有名な御仁なので御座ろうか?」

「───かなり有名よ。オークネイスの牛鬼と呼ばれていて、噂では難度70のビーストマン3体を単独で屠ったらしい」

「アイリスお姉さまはそんなすごそうなのをあいてにして、だいじょうぶなの?」

「サトルにいさま……」

「大丈夫だよ。アイリスは負けたりしない」

 

 双子はアイリスが心配なのか、両手で彼女のために何かに祈りを捧げている。そんな風にアイリスの心配をする双子の頭をサトルは撫でる。

 

「ぶるああああああああああ!! 俺の相手はどこだ!!!!」

 

 闘技場にミノタウロスが姿を現す。牛の頭に合わせた特注の兜を被っており、全身を鈍色に輝く鎧に包んでいる。鎧の上からでも、その下には強靭な肉体があると分かる巨漢だった。

 

 ミノタウロスは興奮しているのか、手に持つ両刃斧(ラブリュス)を地面に叩きつけ雄たけびを上げている。

 

 双子はその姿に恐れ戦き、自分達の我儘でアイリスを酷い目に合わせてしまったのではと、少し涙目になっている。

 

 ヒマワリはミノタウロスを見て弱そうと思った。アルシェも思った。サトルはあんなに叫んで疲れないのかと思った。

 

「リー選手はやる気十分だ! ではマスクドAI選手も入場してください!!」

 

 進行役の言葉に、ミノタウロスが出てきたのとは別の入口が開く。そこからアイリスが出て───出て……出てこない。

 

 あれ? と観客全員が思った。サトル一行も思った。全然出てこないなと。

 

「どうしたああああああああ!!! 俺にビビって逃げ出したか!!!!」

「マスクドAI選手!! どうしましたか!!! 出ないなら棄権扱いで負けですよ!!!」

 

 試合が成立しないのが一番盛り下がる。それに焦った進行役が、早く出てこいと促すがアイリスは姿を見せない。

 

 飛び入り参加選手が出ない。その事に観客席からはブーイングが上がり、このままでは空気が冷めてしまう。

 

 進行役は入口付近にいたスタッフに目配せし、控室までアイリスを迎えに行かせようとして───

 

「お待たせしました。登場演出を仕込むのに、少し時間をかけて申し訳ないです」

 

 凛とした声が闘技場内に響き渡る。静かな、されど通る声。声と同時に花が舞う。白い花びらが風に吹かれ、闘技場の殺風景な砂場を真っ白に染め上げてしまう。

 

 前が見えなくなるほどの花の舞。観客席からミノタウロスや進行役が見えなくなる。

 

 ざわめきが闘技場に広がっていく。そんな花の群れが消えた時、新たな人物が立っていた。

 

 その人物は小柄だった。近くにいる相手が大柄なミノタウロスの半分ほどしか身長がない。薄紫色の花柄で彩られた白い着物の上に、ローブ風の黒い羽織りで狐面を被った女性。

 

 左手に30センチほどの鉄扇、右手には50センチほどの鉄扇を握りしめている。

 

「マスクドAI。ここに見参です」

 

 マスクドAIこと、アイリスの御登場だった。

 

 ド派手な登場演出と、鳴り物入りで参加したにしては戦士とは到底思えない小柄な体躯。ギャップに客席の間でどよめきが広がっていく。

 

「あれなんでござるか?」

「俺も分からん。……あの子はサプライズ大好きだからな。多分驚かせたかったんだろ……たぶんな」

「アイリスお姉さまかっこいい!!」

 

 困惑してるのはサトル達も同じ。会場内で喜んでいるのは、クーデリカとウレイリカぐらいだ。

 

 同じく困惑していたのか、最初は兜の中で口をあんぐり開けて驚いていたミノタウロスだったが……対戦相手のアイリスが、自分の半分程度しかない事に大笑いを上げる。

 

「くはは……がはははは……がははははははははははははは!!! このちっこいのが俺の相手だと!! 商人オスクは目が腐ったかぁ!! くはははははははははははははははははは!!!」

 

 自分が軽く叩いたら、飛んでいきそうな体躯。その事がおかしいのか、ミノタウロスはこれでもかと馬鹿にするように笑う。

 

 観客席にもその笑い声は届いており、同意しているのか───

 

「確かにあんなのが戦えるのか?」

「派手な演出で相手をビビらす戦法とかかな?」

「道化師の類いだろ」

 

 と言い出す。一方サトル達はと言うと───

 

「姫はあれが怖いのでござるよ。外見と強さが全く一致せんゆえ、いざその瞬間になるまで危険性が全く把握できないでござる。殿もその傾向があるでござるが、姫は一層酷いでござる」

「その気持ちは良く分かる。私もこの目がなかったら、アイリス様とサトル様の脅威度を理解できていない」

 

 外見から強さが見て取れない危険性。ドラゴンのように見た目から明らかに怖いと分かるほうがよほどマシだと、アルシェとヒマワリは頷く。

 

(あの野郎……アイリスに舐めた口を叩いたな。この闘技大会が終わった後、都市国家連合に無事に帰れると思うなよ。デミウルゴスに連絡しておくか)

 

 そんな二人をさしおいて、アイリス過激派第一号は過激派第二号に連絡している。最近亜人を使った牧場を開きたいとデミウルゴスが言っていたので、ちょうど良いと生贄一号にミノタウロスは知らないところで選ばれていた。

 

 笑い飛ばされたアイリスはと言うと───

 

 ───双子が楽しそうで良かったのですよ

 

 思惑通りクーデリカとウレイリカが楽しそうなので、狐面の下でニコニコしていた。ミノタウロスは特に眼中にもないのか、見てすらいない。

 

「おい、ちっこいの。俺と闘うのはやめておけ。俺は戦士だ。お前みたいな大道芸人を殺しても箔がつかねえ。降参しな。そうすりゃ、命だけは助かるぞ」

「…………………………」

 

 兜の下でニヤニヤで笑うミノタウロスの言葉も聞いちゃいない。オーナーは演出に喜んでくれたかなや、アルシェとヒマワリが楽しそうなのですと嬉しがるだけだ。

 

 全く言葉すら発さないアイリスに、ミノタウロスはチッと舌打ちをする。

 

「さ、さぁ! ちょっとした演出がありましたが、マスクドAI選手も入場されました!! 時間も押していますし、さっそく試合開始と参りましょう!! さぁ両名構えてください!!」

 

 進行役はプロらしく二人に促す。

 

 ミノタウロスは斧を構えるが、アイリスは鉄扇を握ったまま両手をだらりと下げるだけだ。

 

「あの……マスクドAI選手? 構えて頂けませんかね?」

「構えていますよ」

 

 アイリスの言葉にグッと進行役は言葉を詰まらせる。どう見ても、ただ立っているようにしか見えないが、アイリスは構えすらしない。なんだかその態度にどうでも良くなってきたのか進行役は首を振り、もうどうにもでもなれと試合開始の合図を出す。

 

「それでは……はじめ!!!」

「おおおおおおおおおおお!!!!! 死ねやぁああああああああ!!!!」

 

 開始と同時にミノタウロスが突っ込む。狙うのはアイリスの首だ。

 

 ───何が構えているだ!! 俺を舐め腐ってやがるのか!! その首落として後悔させてやるぞくそアマが!!!

 

 声から女性であるとミノタウロスは見抜いている。それも人間種の雌だろうと。

 

 内心下等種族だと見下している人間種、それも雌如きに侮られる覚えなど彼にはない。舐められたら殺す。舐めたら殺す。それが彼の流儀だ。

 

 一気に距離を詰め、振りかぶった斧を振り下ろす。斧はアイリスを切り裂いた。誰の目にもそう映った。アルシェやヒマワリにすらそう見えた。双子もそう思ったのかか細い悲鳴が上がり───

 

 <霞灯篭>

 

「はい終わり」

 

 サトルだけが呆れ声で試合終了の宣言をした。

 

 アイリスは斬り裂かれ……ていない。彼女の真横に振り下ろされている。その事実に「えっ?」と観客席から声が漏れた。

 

「ば、ばかな……」

 

 それはミノタウロスの漏らした声。確かに当てた。手に肉を裂いた感触がある。なのに、当たっていない。自分の五感とズレた現実。あり得ない事態にミノタウロスは混乱する。

 

 それでも彼は戦士だった。混乱しながらも、斧を横に振りアイリスを殺そうとする。その斧はアイリスに当たった……ように見えた。

 

 まるで()で出来ているかのように、アイリスの体を刃が素通りする。今度こそ観客全員から悲鳴が上がる。

 

「お、おお、おあああああああああああ!!!」

 

 振る。振る。何度も、何度も斧を振るう。けれど、ただの一撃すらもアイリスには通らない。ミノタウロスは一人で斧を手に踊り続ける。

 

「殿! あれは一体なんで御座るか!!?」

「あれか? あれは霞灯篭って武技だよ。自分を視認してる相手の認識を、僅かな足運びや手の動作で狂わすんだ。俺たちには、まるでアイリスの体を素通りしているように見えているだけで、実際には刃の届かない距離にいる……らしい」

「───それって人間技なんですか?」

「アイリスにしか使えない武技だよ」

 

 初手からとんでもない武技を出して来たアイリスに、ヒマワリとアルシェは疑わしい眼を向ける。

 

(あれ別にそこまで凄い武技でもないんだけどな。フィールド諸共粉砕するような面制圧に対しては無力だし)

 

 サトルからすれば別に特筆するような武技でもない。仮に使われたとしても、広範囲権能で対処可能な児戯だ。

 

「あまり強力な武技は使わないと、アイリス様は約束されたのですよね?」

「ああ。だから、あの武技も大分手加減しているんだぞ。霞灯篭は、本気で使ったら脳を外部から完膚なきまでに壊せるからな」

「……殿や姫の場合、元が出鱈目過ぎて手加減しても異常で御座るよ。アルシェ殿は、大変な御仁達の子供になってしまったで御座るなぁ……」

「それはヒマワリも同じだよ。大変な人達に飼われちゃったね」

 

 アルシェとヒマワリはお互いに励まし合う。大変な家に来ちゃったね、と。

 

 なお、双子はお義母さんが見せる神技に夢中になっていて、アルシェお姉さま達の話を聞いていなかった。

 

「チェックメイトです」

 

 手足の動作だけで相手の認識を狂わせたアイリスは、鉄扇でミノタウロスの膝を叩く。ガクンと彼は膝をつく。そうするとちょうど良い位置にミノタウロスの頭が来たので、軽く鉄扇で兜をコツンと一発。

 

 <鎧通し>

 

 兜を超え、頭蓋骨を超え、脳を直接殴打されたミノタウロスは白目を剥いて気絶する。あまりにもあっけない決着だった。

 

「これで一勝です」

 

 アイリスことマスクドAIの出鱈目な実力。身体能力はレベル20前後相当にまで落とし、武技含む技量も100分の1以下にまで抑え、エンターテイメントとしてギリギリ成立する領域まで制限しているが……観客はドン引きだった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 <夢想無無想>

 <神速>

 <楽獄宴・一幕>

 

 アイリスは双子のために、オリジナルの武技を大量に見せてあげた。披露するたびにすごいすごいと喜ぶクーデリカとウレイリカ。

 

 反対にアルシェやヒマワリ含め、観客は全員ドン引きしていた。

 

「姫が三人ぐらいに分身していたで御座るなぁ……」

「鉄扇を振ったら竜巻が起きてたね……」

 

 出来る限り見栄えする技を使うアイリス。本気用の武技───完全強制停止技<威圧>や過程のない結果だけを残す<零閃>───は封印しているが、それでも他の参加者とは隔絶した差があるのか、今のところサトルが言ったように誰一人として指一本すら触れられていない。

 

 だから観客はこう思っていた。この物騒な挑戦者に、現王者である怪物・武王ならどう対抗するのだろうか、と。

 

「そうか。首狩り兎が、あの白い女性は駄目だと。俺より強いと評価したのか」

「そうだ。事実、凄まじいまでの戦士だな、あの女性は」

 

 武王の控室。オスクは試合を控えた武王の元に来ていた。首狩り兎の評価では、己よりもマスクドAIの方が遥かに上。

 

 それを聞いた武王……ウォートロールのゴ・ギンはそうだろうなと納得する。

 

 彼もアイリスの試合を見た。見た上で、どう攻略するのかを脳内でシミュレートして……勝利の道筋が全く見つからなかった。

 

 己よりも格上相手に挑む。そうだと言うのに、ゴ・ギンの心に乱れはない。

 

「感謝する。お前は俺との約束を全て果たしてくれた。俺は誰よりも強くなったと思っていた。だが違った。まだ、挑むべき壁があったのだと思い出せた。あれほどの相手を用意してくれた事、心から感謝するぞ」

「武王……」

 

 誰よりも強くなりたい。そう願い武者修行に明け暮れ、オスクにスカウトされて早10年。もう自分以上の敵はいないのかと諦めかけていたところに、別格な怪物が現れてくれた。

 

 これ以上の幸運はないと、ゴ・ギンは運命とオスクに感謝する。王者ではなく、挑戦者として試合に挑める。これ以上の誉れが戦士にあるだろうか。

 

 ───ない。これこそが死闘前の高鳴りだ。恐らく、俺の生涯であれ以上の相手は出てこない。そう確信できるほどに……あの女は高みにいる

 

 試合前に興奮するのは常の事。だが、今日ほど嬉しいことはなかったかもしれないとゴ・ギンは鎧を着用し、兜を被る。

 

「では、行ってくる」

 

 それだけを遺し、彼はマスクドAIが待つ闘技場へと歩いていく。その後ろ姿に───

 

「頑張れ武王。お前が歩いてきた道が、決して劣っていないと見せつけてやれ」

 

 オスクは、憧れの背にそう告げた。





武王!! がんばれー!!!(男オスク。心からの叫び)

アイリス:双子が喜びそうな派手技ばかり使ってる。見栄え重視なのですよ

対戦相手's:全員ほぼ無傷レベルの軽傷。プライドに関してはしらない

観客(アルシェ&ヒマワリIN):なあにあれ

サトル:二人ともポテチとコーラ美味しいか?

双子:美味しい!! あとお義母さんすごい!!
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