天から墜ちて来た雷。地上に直撃していれば、即座に帝都を消し炭に変えていたであろうそれ。しかし二人の権能と、世界級アイテムが完全に防いでしまう。
「───メラク。こちらの世界に顕現していましたか」
「セプテントリオンか」
二人の視線は成層圏に浮かぶ影───三つ首の黄金竜『メラク』に向けられる。
アイリスはセプテントリオン全ての能力を熟知しており、サトルもその厄介さを承知している。
存在Xがいつまで経っても現れない以上、二人にとって世界級エネミーである
「あれもドゥーベと同等の怪物か」
「ポジティブ。ドゥーベと違い第二形態はありませんが、飛行能力や放電能力。重力制御能力などがある分、メラクの方が厄介です」
「そうだったな。それにしても───」
はあとサトルは溜息をつく。
「こっちに来られるのが、一番厄介かもな」
「ポジティブ。帝都上空であれと戦えば、100%帝国は地図から消えます」
「それが困るんだよなぁ。それに、あいつなんだってこの帝都を襲ったんだ?」
「これはアイリスの予想ですが、こちらの世界に顕現したと同時に、メラクの周囲は滅んだと推測されます。そして、さぁこの世界で暴れんとしたところで、唯一の脅威であるオーナーとアイリスに気づいた。そんなところでしょう」
……アイリスの予想は当たっている。メラクはユグドラシルⅡから地上世界で顕現直後に、ツアーの故郷を含む東方の国を滅ぼした。手あたり次第に目につく文明を滅ぼす。そう決めたメラクだったが……強大な力の片鱗を知覚し、それを目標として超高速で帝都まで飛来してきたのだ。
成層圏にいるメラクを二人が見ているように、メラクもまた二人を見ている。世界級エネミーと世界級エネミー。この星を単独で灰塵に変化させられる者達の間で、敵意と殺意が膨れ上がる。
主従は何かを放り投げる。紙で出来た人形。それが形を変え、サトルとアイリスのコピーを創り出す。
「流れ弾が飛んで来たら対処してください。アルシェ達が傷つくことを許しません。良いですね?」
「はっ! この命に代えても守り切って見せます」
「ポジティブ。……クーデリカ、ウレイリカ、アルシェ。それじゃ、少し。オーナーとアイリスは、悪いドラゴン退治に行ってくるのです。帰ってきたら、美味しいごはんを食べるのですよ」
世界級と二人が産み出したコピー以外が停止した時間の中で、アイリスは三姉妹を一人ずつ抱き締める。その姿を見ながらも、サトルの五感はメラクに向けられている。
「まっ、やるしかないよな」
サトルは遭遇戦が好きではない。彼の得意とする闘いは、事前に情報収集をしてその情報に間違いがないかを一度当たって試し、そこから再度作戦を練って強襲して一気に殺す戦法。間違っても当たって砕けろな闘いは得意ではない。
なので本音を言えば、サトルはあれを放置して逃げても良いかなと思ってる部分が若干ある。セプテントリオンは、自分が全開を出さないといけない現状最強の敵。それを相手にするなら、ドゥーベの時と違い存分に罠を仕掛けた上で叩き潰したい。
しかし、双子やアルシェやヒマワリに抱擁をしているアイリスを見ていると、見捨てるのも忍びない。
なんだかんだ、アイリスに対する執着ほどではないにしろ、帝都やその他に対する愛着はサトルの中で出来上がりつつある。
義理の娘たちに対してもそれなりの愛情はある。命を賭けて守りたいと思えるほどではないが、それでもそこそこ頑張って守ろうかとは考えてしまう。
だから───
「やるしかないよな」
ここでメラクをどうにかする。幸いにも、アイリスの情報が正しければメラクには設定上
三姉妹から離れたアイリスが、サトルの隣に立つ。
「行こうか」
「ポジティブ」
二人は貴賓室を飛び出し、メラクの元へと飛んでいく。使うのは位階魔法の<飛行>ではなく、セフィラの十天使の飛行能力。頭上と言うイニシアチブを取られたまま、セプテントリオンとやり合うつもりはなかった。
「チッ! やはり転移は使えないか。九曜の力も上手く機能していない」
二人が転移ではなく飛行を選んだのは、強力なジャミングが一帯に張り巡らされているからだ。
メラクは能力として凶悪な重力制御の権能を有する。重力は時間と空間に作用する。その権能により、メラクの周囲では時間や空間に作用させる力に著しい制限がかかる。
「ネガティブ。<完全時間停止>も破壊されかけています」
二人が使う<完全時間停止>。第十位階魔法<時間停止>の上位版であり、世界級エネミーだけが使う事の可能な専用魔法だ。
時間対策すら貫通する強力な魔法だが、同格には通じない。それどころか、停止させた時間が再び動き出そうとしていた。
ぎぃいいいいりいいぃいい!!
時間を止めていた見えない楔が破壊される。二人が成層圏にいるメラクに到達するまで、僅か三秒。それでも世界級からすれば三秒もある。メラクの三つの口から雷球が射出される。
雷のボールにも見えるメラクの雷球だが、これは雷の属性と重力崩壊の力が備わっている。純粋な雷の威力だけでも、木星に発生する雷規模の威力があるが、それ以上に高重力波による原子崩壊こそがメラクの真骨頂。当たれば相手の重力場そのものを強制変動させ、物理的耐久性を無視して光子レベルにまで崩壊させる。
生半可な手段で防ぐことを許さない世界級の雷撃。そんな攻撃に対し、対処するのも世界級。
「黄金のバットを魅せてやるのですよ」
空中でアイリスがどこからともなく黄金に輝く、野球のバットを取り出す。空中を超高速で飛びながら、一本足にバットを構える。
「これが世界を狙えるフリー打撃なのです!!」
グワラゴワガキーン!!!
バット一振りで三つの雷球を打ち返す。流石に自分の攻撃を喰らいたくはないのか、横にスライド移動してメラクは避けて───横からサトルに弾き飛ばされる。
第三宇宙速度まで加速されたメラクは星の重力圏から弾き出されそうになるが、すぐさま慣性を制御して停止。巨大な翼が一際強く黄金に輝き───
「はや───」
重力制御による超加速。加えて空間を歪ませた転移擬き。質量に干渉した時間加速。三つの首それぞれが複雑な権能を巧みに操り、サトルの反応速度を超える速さを叩きだしたメラクの突撃。地上に向かって、両者は落ちていく。
「させないのですよ!! 『曲がれ!!』『弾けろ!!!』」
メラクの首に幾億の刃が絡みつく。糸に引っ張られて、アイリスも共に地上への墜落していく。
このまま墜落すれば、帝都が巻き込まれる。そう判断したアイリスは億の糸刃と言の刃を使い軌道修正を試みる。
「こんの……くそったれがぁ!!」
サトルも無理矢理時空間に干渉して、メラクの権能に妨害を仕掛ける。落ちるまで僅か一秒。その時間の間に数百の攻防が繰り広げられ、落下先が帝国領からズレる。
着弾。地面へと激突した三者により、地上が勢いよく爆ぜた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「なぁ宰相。私はあと、何枚応援のお手紙を書けば良いのだろうな?」
「……陛下。ただの手紙で、国中の勇士が活気づくのです。これ以上の費用対効果もありませんよ」
「分かっとるわ! それでもなぁ! 幼児言葉で『がんばってください!!』なんて書くのは、私としても納得がいかんのだ」
……竜王国の女王、ドラウディロン・オーリウクルス。見た目は小さな少女だが、彼女は歴とした成人女性だ。しかし現在は、こっちの方が国民受けが良いと見た目を変えている。
そんな彼女が治める竜王国は、現在滅亡の危機に瀕していた。原因は隣国の亜人国家からの侵略だ。
並の人間の10倍は平均的に強いビーストマン達の大侵攻は、竜王国をこれでもかと疲弊させていた。女王である彼女は、少しでも叱咤激励のために最前線にお手紙を送り続ける。彼女の肉体的な疲労や精神的疲労を引き換えに、兵士を活気づけられるのだから非常にお得。それでもやはり、疲労は溜まってしまう。
本当に苦しいのは民だと知っているので止めはしないが、こうやって宰相と二人の時には素が出て愚痴ってしまう。けれど手を止めはしないドラウデュロンだが───流石にこの時ばかりは慌てふためいた。
「なんじゃあ!!!」
突如として城全体を衝撃が襲う。城だけではない。竜王国の首都自体が衝撃波に揺さぶられているのだ。都市全体にあった窓と言う窓が全て破裂。構造の脆い建築物は瞬く間に倒壊していく。
幸いにもドラウディロンにも宰相にも窓ガラスの破片が突き刺さるようなことはなかったが、部屋の中に吹き込んで来た大気の波に押され二人とも壁に強く叩きつけられる。
「女王陛下……あれを……」
激痛に襲われながらも宰相が震える声で、壊れた窓の外を指さす。その方向を見て頭から血を流していたドラウデュロンは絶句する。遥か東の空に、巨大な土埃が舞っている。まるで隕石でも落ちたかのように、もうもうと地面が空へと吹き上がっているのだ。
「あちらの方角は、ビーストマン共の?」
息も絶え絶えな声を漏らしながら、土の大噴火の下になにが───どんな国があったのかを彼女は口にする。
竜王国にとっての怨敵。憎きビーストマン達の国があった方角で、何かがあったのだと察する。
……もし。もし、今の衝撃波の元となった何かにより、ビーストマンが滅んでいたのならドラウデュロンは非常に喜ばしい。だが……同時に。竜王国の首都が酷い有様になるほどの衝撃波が、もしもっと東にある竜王国の都市に降りかかっているなら。きっと誰も生きてはいない。あのキノコ雲にも似た何かの下には、対ビーストマンへの最前線基地もあったのだ。竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者『クリスタル・ティア』もそこにいた。
どれだけの人間が……どれだけの民が死んだのか。それを察してしまったからこそ、幼い見た目をした女王の喉からか細い声が漏れる。
けれど、異常事態はそれだけでは収まらない。
キリィイイイイイイイイイイイィィィッ!!!!!!!!!
耳をつんざく金切り音が空に響き渡る。その音と同時に、土埃が全て消え去り空が分厚く真っ黒な雲に覆われてしまう。日光すら見えぬ雲には強大な電気エネルギーが蓄えられているのか、地上からでも青白い光を放っている。
滝のような大粒の雨が降り注ぎ、首都の上下水道を瞬く間に満たし災害を引き起こす。震える足で窓へと辿り着いたドラウディロンは、眼下で起きる大災害を前にすぐさま命を出す。
「宰相! すぐに救助隊を編成させよ! 神殿に協力を仰ぎ、信仰系魔法詠唱者を掻き集めさせろ!!! もたもたしていたら、被害者が増える!!!」
「はっ! ただちに!!」
余計な言葉など必要ない。一分一秒でも早く対処しなければならない事態が起きたのだ。宰相は左腕が折れているが、そんな事を気にしてる暇もない。出ていく宰相を見送った後、ドラウディロンの視線は東の方面へと向けられた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「オーナー! ご無事ですか!!」
「問題ない。着弾の瞬間に<光輝緑の体>でダメージを0にした」
ビーストマンの国に、メラク共々落下した主従。アイリスは武技を使い衝突エネルギーを全て地面に流し、サトルは<光輝緑の体>を発動させて衝突エネルギーを打撃攻撃扱いにして無効化していた。
ではメラクはと言うと───
キリィイイイイイイイイイイイィィィッ!!!!!!!!!
天まで届く怪音が巨大なクレーターの中心から鳴る。地面に埋まっていたメラクが周囲を破壊しながら飛び出してくる。三つ首の竜の鳴き声に呼ばれるように、嵐が地表を覆い尽くしてしまった。
「メラクのフィールド生成なのです。こちらも展開しておきます」
アイリスが手を合わせると、クレーターの中に色とりどりの花が無数に咲く。花は大量の水を吸い、一瞬で成長。サトルの腰ぐらいの高さにまで急成長する。
メラクは花に囲まれた二人を睨みつける。絶対である自分に、少なからずダメージを負わせた小さな……けれど強大な敵を睨む。
メラクの声に呼応して、空から無数に雷が振る。全てが耐性貫通の雷撃。メラクの使う重力属性を帯びた光線と比べたら遥かにマシだが、それでも一撃一撃が山脈を消し炭に変えてしまうほどの雷。
アイリスは幾億の刃をアース代わりに使い、片っ端から地面へと逃がす。その間にサトルはメラク本体を潰しにかかる。
広げた羽から斥力が放出され、サトルを潰そうとするが……サトルもサトルで重力場を捻じ曲げて対抗。三つ首から光線を発射されたら、見えない力場が防ぎきる。
巨体に任せて尻尾を振り回せば、アイリスが全て捌ききってしまう。ただし、余波は消しきれないのか周囲が粉々になっているが……
その間にも数多の攻撃を叩き込まれて、メラクの巨体が削れ千切れ血しぶきを上げる。傷自体は再生能力がすぐさま癒すが、
自分が追い込まれているのを察したメラクの目つきが変わる。今まで吐いていた光線を、サトルではなく空に向かって放つ。
それが当たったのは空に浮かんでいたとある物。光線により重力場が変動したそれは、軌道を変えて地上に落下し始める。それとは……月だ。
「おい、嘘だろ」
メラクの重力制御が月に働きかけられて、軌道が変更される。向かう先は勿論、サトル達がいるこの星だ。無理矢理軌道を変えられたことで、月が無数に砕けて流星群となって降り注ごうとする。
全質量1万京トン。数多の流星群となり降り注ぐ月が地表に激突すれば、その瞬間にこの世界の全生命は死に絶える。
「させないのですよ! 『ナウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ』!!!」
権能を起動させ、アイリスは虹の弓を握る。彼女が弓を番えると、呼応するように空に巨大な曼陀羅───直径数千キロ以上───が描かれた。曼陀羅を形作るのは虹の輝き。アイリスが握る弓とよく似た輝きの光弾が、流星群目掛けて放たれる。
墜ちるは月。迎え撃つは虹。
数千億対数千兆。月は宇宙空間で虹に食い破られ、体積を減らしていく。打ち勝ったのはアイリスだった。
その光景に喉を鳴らすメラクだが───
「余所見とは呑気だな。<次元喰い>」
メラクが弱った事でジャミング能力が弱まった。それを察知したサトルは九曜の権能を発動し、メラクの肉体を空間ごと削り取る。半身が、ただの一撃で消滅する。世界級同士の闘い。それは星すら潰す。
そんなこの世の終わりとしか言えない光景を───
「………………………………」
遠くから、白金の鎧が目撃していた。
ビーストマンの国:滅国
竜王国:国土の3割が消滅
白金の鎧:見ちゃった