御前試合の後、サトルとアイリスを改めてどうするのかは会議を開きそこで処遇を決定する事になった。その間ジルクニフから住居を探してはどうかと二人は提案された。皇帝としては貴賓館を二人専用の住居としても良いのだが、静かに夫婦で暮らせる方が喜ぶのではないかと言う想いからの勧めだったのだが───
(確かにいつまでも貴賓館にいたら迷惑だものな。貴賓館って事はお客様用。俺たちはこの国で暮らし、ジルクニフの下で働くんだ。いつまでもお客様気分じゃ駄目だものな)
ジルクニフの考えとは少し違う方向性で受け取られたものの、サトルは社会人として自立しなければいけないと言う気持ちからその提案を承諾。ではどこに住むのかと言う話だが、維持費などの問題から手放され次の所有者が決まるまで国の管理下にある邸宅がいくつかあるらしく、その中から一軒二人に譲ると言う話だ。
最初は邸宅───つまり豪邸なんて受け取れないとサトルは固辞したが、使われず手入れされない家屋は朽ちて滅ぶばかり。そうなるぐらいなら受け取って欲しいと頼まれたので、そういう事ならばとサトルは承諾。
試合をした日は貴賓館でもう一夜過ごし、護衛だと言う近衛を連れて二人はアーウィンタールの一等地───高級住宅街までやってきていた。
ここの住民は大半が貴族であり、立ち並ぶのは豪華な造りの邸宅だ。多少の古さはあるものの、それが逆に豪邸の厳かな雰囲気に箔をつけている。物珍しそうに辺りを見回しながら、舗装された石畳を歩く夫婦。サトルが生きた2100年代の地球にはこんな住宅街は存在せず、環境汚染によりまともに住めなくなった土地の多さから人が住む場所とは高層のメガ・タワーが基本だ。企業のお偉いさんでも、やはり住む場所となると一軒家持ちはかなり少ない。
馬車がすれ違えるほどのまっすぐな広い道があり、そこにサトルの感性で言えば巨大過ぎる邸宅が並んでいる壮観さは筆舌に尽くしがたい。DMMOの『ユグドラシル』ならばこう言った光景は確かにみれたが、やはり肉眼で見るのとデータ上の視覚で見るのとでは趣きが違う。アイリスも知識はあっても経験はないからか、サトルと同じようにキョロキョロと豪邸を眺めている。
そんなお上りさん丸出しの夫婦の後ろを二人の近衛がついていく。彼らは夫婦に対し田舎者が……などと言う見下した態度は取ったりしない。彼らは皇帝であるジルクニフからこう言い含められている。
「リンウッド夫婦の気に障る事は絶対にするな! 良いか、絶対だ!! もしもお前達が御二方に癇に障る事をすれば……私は見せしめとして近衛であろうとも処刑する」
……ジルクニフの眼は本気であった。多くの貴族を国家反逆罪として処分した、鮮血帝の眼で護衛として選ばれた二人を見ていたのだ。彼らはアイリスとサトルが第十位階の使い手である事は知っていても、御前試合は見ていない。だが観戦していた中には、近衛騎士の隊長もいる。彼も護衛二人に対して、夫婦に最大限の敬意を払えと念押ししていた。
詳細は分からない。それでも上に立つ者がそうしろと言うのであれば、そうするのが兵士の役目だ。だから近衛二人はサトル達に対して皇帝がこの場にいるつもりで護衛の役目を全うしようとしている。
……近衛二人は知らない事だが。ジルクニフが護衛を付けたのは守るためと言うよりも、馬鹿が美男美女である夫婦に絡むのを未然に防ぐためと言う意味合いが強い。帝都は皇帝のお膝元であり、全体的に治安が非常に良い。街全体を複数の騎士が巡回しており、物取りや物乞いなどは殆どいない。裏組織などがないわけでもないが、それでもジルクニフが必要悪として上手く管理しており、王国に巣くっている八本指のように帝都を支配するような規模でもない。
それでも事件などが零な訳ではない。人が多く集まれば悪事を働く悪党も出てくるし……ジルクニフの手により爵位をはく奪されたのに、未だに貴族気分が抜けず街中で市民に上から目線で絡む輩もいたりする。そう言った手合いがサトルやアイリスに絡み不興を買いたくないので、ジルクニフは近衛を護衛として付けたのだ。
近衛は全員が統一した鎧を着ており、帝都に住む者であれば一目で近衛兵だと分かる。そんな近衛が護衛として付いていると言う事は、男女は皇帝がそこまでする程の客人と言う意味となる。帝都民にそんな馬鹿はいないとジルクニフは思いたいが……それでもアイリスの美貌であれば、隣にどう見ても仲の良いサトルがいたとしても粉をかける戯けが出てきてもおかしくはない。あるいは馬鹿な貴族が、自分の側室にするから寄越せとサトルに要求するか。
そんな王国に幾らでもいそうな無能貴族の大半はジルクニフが処分したが、まだまだ残っている可能性はある。ジルクニフとて全貴族の素性を調べ上げられているわけではない。中にはどうしようもない役立たずが残っていてもおかしくないのだ。そんな馬鹿であろうとも、流石に近衛が護衛として付いているならちょっかいをかけたりはしない。ただの馬鹿であればその場で近衛が斬って捨ててもお咎めは無く、貴族であれば皇帝の客人に対して無礼を働いたと言う事で罰金を科せられる。
つまりこれはジルクニフなりの夫婦に対する最大級のもてなしなのだ。御二方を尊んでいますと言う意味を籠めた行動。それを正しく受け取ったアイリスから、こういう意味ですよと教えられたサトルはますますジルクニフに感激した。雇い主にここまでして貰った経験がサトルにはなく、だからこその感動だった。皇帝に対する感謝ポイントが益々積み上げられていく。
「最初の管理物件はそろそろかい?」
「ポジティブ。あと100mほど行ったところなのです」
事前にどれが国所有の邸宅なのかはアイリスが聞いており、彼女のガイドに従ってサトルは閑静な住宅街を歩く。住んでいるのが貴族と言う事もあり治安の良さは帝都でも1,2を争う。住宅街への入り口は常に騎士に見張られ、不審者の侵入を防ぐ。そのせいなのかサトル達以外には人が見当たらないが……無論騎士が見張っているからだけが、人の少ない理由ではない。
ここに住んでいたのは確かに貴族だ。しかしかなりの数がジルクニフの大粛清により爵位を剥奪され、領地も失った事で収入が激減。結果として維持費を失い彼らは邸宅を手放した。中には前皇帝に借金をしており、返す当てが無くなった事からジルクニフに家を差し押さえられた者もいる。それが今回の管理物件の真相である。
ようするにかなりの貴族が、高級住宅街を出ざるを得なくなったことにより閑散としているのだ。そんな事情を知らない二人は───
「静かだなぁ……」
「静かなのです」
と呑気に散歩する。そして辿り着いた最初の物件は、他の邸宅に負けず劣らず巨大であった。
「これが俺たちの住まいになるかもしれない場所か……」
「ポジティブ。他にもいくつか候補がありますが、大きさだけならここが一番なのです」
馬車が通れるほどの大きな門を通れば花壇と噴水がある中庭があり、その奥に豪邸が佇んでいる。手放されてから2年ほど経つせいか花壇には草花などはないものの、きちんと手入れをすれば美しい眺めとなるだろう。
「我々はここで待機しております。入用でしたらお呼びください」
近衛は屋敷入口で見張りをするとの事。サトルとしては中で待てば良いのにと思う反面、仕事にこちらの私情を挟まさせるのも困るのだろうなと納得する。
預かっていた鍵を使い玄関を開けて───
「おおッ!」
サトルは感嘆の声を漏らす。広めのホールに二階への中央階段。貴賓館とは造りが違うものの、サトルの基準としては十分に素晴らしいとしか言えない豪勢な在り様に感動する。
国が所有している元貴族の屋敷はいくつもある。その中から一番これと思った邸宅にすれば良いと言われたので、物色のために今日は一等地まで来ていたのだ。
ホールを抜けて部屋の下見をする二人。調度品や家具などは前の住人が売り払って処分したのか一つもない。どの部屋も十分な広さを兼ね備え、二人で暮らすだけだと大分持て余す事は想像に難くない。
「これは……貰ったとしても、ハウスキーパーを雇わないと管理仕切れないな」
「ポジティブ。<清潔>の魔法などはありますし、家具ぐらいならこの体なら簡単に持ち上げられるのでその辺は問題ないのですが───」
「でも中庭の手入れとかは庭師を呼ばないと無理だよな……いっそのこと召喚魔法や創造系スキルでアンデッドなり呼び出して管理させるか?」
召喚魔法やスキルによる召喚は時間制限があるものの、屋敷の手入れを一定時間させるだけならば何の問題もない。アンデッド以外にもアイリスが怪物・悪魔・天使召喚を覚えているので、そちらを活用しても構わない。
「ポジティブ。ジルクニフに相談して普通にメイドを雇うでも構わないですし、最悪金貨を使って傭兵召喚をすれば人手は足りるのです」
「ただ金貨消費は本当に最終手段だな。もうユグドラシル金貨が手に入る算段は無いし……待てよ。本当にないのか?」
自分の言葉に自分で突っ込みを入れるサトル。彼が思い返すのはアイリスの言葉だ。
『最後くらいはゲーム内で終わりを迎えようとしていたプレイヤーや一部のギルド拠点が転送された』
そうアイリスは言ったのだ。つまりこの世界には自分達以外にも『ユグドラシル』のプレイヤーがいる可能性がある。そしてギルド拠点も転送されたと言うことは───
「前にギルド拠点がどうって話してくれたじゃないか。ならナザリックも……俺たちのギルド拠点もこの世界に来ているのかい?」
もしナザリック地下大墳墓が同じように実体化してどこかにあるのなら、金貨の確保が出来る。それだけでなく、宝物庫に納めてある大量のアイテムや装備も回収できるし……なんならあそこを終の棲家にしても良い。ナザリックにはロイヤルスイートなる豪華な場所があり、スパワールドなど娯楽施設も揃っている。流石にジルクニフからの直接スカウトに応え雇われた手前、自己都合で早期退社をする気はないが……それでもギルド拠点があるなら今後の動きが段違いに楽になる。そんな想いからサトルは問うたが、アイリスは首を横に振る。
「ネガティブ。オーナーには残念ですが、あの時転送されたデータの中にナザリックは無かったのです」
「───そっか。そう上手くはいかないよな」
アイリスの言葉に多少気落ちするかとも思ったが、サトルは案外普通にそれを飲み込めた。昔は人生を賭けてでも、自分が維持しなければいけないと思っていた対象がこの世界には無いと聞いたのに、だ。
(それとも、俺も成長したって事なのかな?)
リアルに還っていったかつての仲間達。そんな人達と同じで、いつの間にか自分もナザリックへの絶対的な愛着が消えていたのだなとサトルは受け入れる。
「ナザリックは無いか……でも転送されたギルド拠点があるのは確実なんだよな?」
「ポジティブ。全てがこの星で実体化しているかは確証がありません。しかし高確率で実体化したであろう拠点が一つあります」
「! マジか! どこだ!!」
「アースガルズの天空城───キルヴィス浮遊要塞です」
「───あー……引き抜かれたプレイヤーってもしかしてあいつらの事か?」
「ポジティブ。あの八人です」
「あいつらか……よりによってあいつらかよ……うわー……めんどくせぇ……」
心底嫌そうな顔をするサトル。彼がなぜここまで嫌がるかと言えば、アイリスが名前を出したギルド拠点がとあるDQN共の巣窟だからだ。
『ユグドラシル』にはゲームの仕様上多くのろくでもないギルドがあったが、その中でもDQNギルドとして名を馳せた二つのギルドがある。ナザリックを拠点とするサトルがギルド長を勤めたアインズ・ウール・ゴウンと、キルヴィスを拠点とした天空の王者達だ。
ナザリックを指定暴力団とするならキルヴィスはマル暴。天空の王者達は積極的に異形・亜人狩りを行う集団。アインズ・ウール・ゴウンに所属していたたっち・みーを除くワールドチャンピオン全員が所属しており、ゲームバランスが壊れるから全員所属するのは駄目と言う運営に対し、お願い系世界級アイテムを使用してまで設立されたギルドだ。
仮にサトルがアインズ・ウール・ゴウンのギルド長であるモモンガとバレたら、ゲームではなく現実であると知っていても、積極的に殺しに来てもおかしくない人物たち。
世界級エネミーの力がある今なら、ワールドチャンピオン8人同時に相手にしても問題なく勝てるが……かと言って雇われの身で揉め事を積極的に起こしたくはない。それが故にサトルは面倒臭いとうんざりする。
「あいつらがこの世界にいる根拠はあるのかい?」
「ポジティブ。この惑星には位階魔法があります。そして彼らは魔法システムを改竄できる『五行相克』を保持していました。それを使ってこの世界の法則に位階魔法を刻んだ可能性が高いのです」
「なるほどなぁ……」
「付け加えると、もし同じ星にいるならオーナーより先に来ている可能性が高いです。フールーダは268才だと伺っているです。そんな彼が産まれるより前に、位階魔法があったらしいので」
「いるなら268年以上前にこの世界で実体化した……か。そうなるとまずいな。この世界独自の技術があるとして、それを使い『ユグドラシル』の頃よりも強化されている可能性がある」
「ポジティブ。まずこの星の独自技術があるのか。あるならどんな形態なのか。そもそもあの八人が本当に存在するのか。それらを調べなければなりません」
「……ますますエル=ニクス陛下の元を離れるわけにはいかないな。この国が200年以上現存してるって事は、少なくともあの八人がいるとしても、バハルス帝国には手を出す気が無いって事だ」
「ポジティブ。私たちの戦闘能力はジルクニフから見ても、相当高いのは御前試合の時の反応から明白です。御屋敷を与えても良いと判断してくれた以上、非常に高い価値を見出してくれている」
「当分……俺たちの安全性が完全に確立されるまでは、陛下の部下として頑張るしかないか」
豪邸の下見と言う事で周りには人がおらず、魔法による監視もないと判明しているので二人は再度今後の動向の打ち合わせをする。何はともあれ情報収集と安全の確保。それがサトルの方針であり、安全に関してはジルクニフのおかげである程度の目処が立った。なら次は情報収集になるだろう。
「そう言えばだけどさ……ここにいる俺の肉体って元はゲームのアバターだよな。俺の意識がここにあるのなら……リアルの俺の体はどうなってるんだ?」
「……あの時アイリスが観測した電子攻撃の余波により、オーナーの脳内にあるナノマシンやニューロン・ナノ・インターフェイスに重大な障害が出ていると推測されます。端的に言うと……脳みそがカリカリに焦げちゃって肉体は即死しているのですよ」
「……そうなるとここにいる俺ってなんなんだろうな? アイリスは元から電子情報体だからここにいるのは本人なんだろうけども……俺の意識って俺なんだろうか……」
「───スワンプマンの思考実験は誰にも正解が分からないのです。アイリスの主観で言えば、ここにいるオーナーは本物である。そうとしか言えないのですよ……」
ここにいる自分は本物なのか、偽物なのか。そんな哲学に入り込みそうになったサトルを、やんわりとアイリスは止める。二人の主観で言えばここにいるのは私でしかないのだから、それ以上の答えなど出ないのだ。
当面はジルクニフの元で働きつつ、この世界の情報を集めよう。その方針を立てた主従兼夫婦は国が管理する物件全てを巡り、最終的に一番小さい代わりに建てられてからそう時間の経っていない邸宅を仕える報酬として貰うのであった。
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サトル達が物件の下見をしている間。皇城の奥深くにある厳重な盗聴対策が成された会議室では、皇帝であるジルクニフ他側近や軍事方面での重要人物。他秘書官などが多数集まり、ある議題について言葉を交わしていた。
ある議題とは、言うまでもなくサトルとアイリスについてだ。第十位階魔法を使う異邦人。転移事故により、帝国へとやって来た夫婦の今後については最重要課題。高位階の蘇生魔法だけでも最高待遇で迎え入れるのに十分魅力的な価値であった。だがそれすらも御前試合で魅せた超級の武力の前では霞んでしまう。
……地球では人間一人の戦力とは大したことがない。個体差はあれど、強力な火器や兵器の前では霞んでしまう程度の差しかない。『ユグドラシル』でも前提として100レベルの上限があり、全員それに到達するのでビルド構成や装備品質による差しかない。例外があるとすれば世界級アイテムや、とあるアーティファクトでボス化と呼ばれる儀式を行った時だけだ。
しかしサトル達が実体化を果たした世界は違う。この世界の人間には桁違いの個体差がある。地球人であれば同じ地球人相手に同一装備で戦った場合、同時に相手に出来るのは精々が三人までであろう。それにしたって相手が油断しているとか、初手で上手く一人を気絶させるなり殺すなりして無力化かできた時のみ。通常であれば1対3どころか1対2でも数の差により絶望的な苦戦を強いられる。
けれどもこの世界の個体差の前では数など何の価値もない。一騎当千。たった一人でも別格の戦闘能力を持つ相手がいれば、国を堕とす事すら不可能ではない。
……ビーストマンと言う亜人が住む国がある。この国の都市に
そしてこの例は人間にも適用される。帝国であれば四騎士は単独でもそこいらを歩いている民間人程度であれば、千人束になってかかって来ても無傷で勝利できる。そんな四騎士でもフールーダが本気で殺しに来たら、なす術もなく死体に変えられてしまう。それだけ種族の差や個体の差が激しいのだ。
……ではサトルとアイリス。夫婦の個体としての戦力はと言うと……言うまでもなく超級や特級と呼ぶべき絶大な代物。帝都の外にはモンスターが蔓延り、帝国圏外には強力な異形種や亜人の国があり侵略行為をしてくることも珍しくない。実際帝国の南東にある竜王国と言う人類国家は、ビーストマンが集まって出来た国から侵略行為を受け危機的状況にある。
そんな世界では武力が持つ価値は非常に高い。人間社会内部だけであれば地位が持つ権力や個人が持つ財力は大きな力となる。だが人間以外相手に社会的地位のラベルを振り回したり、お金を見せびらかしても止まってくれる訳ではない。襲われたら殺されて終わり。人類国家外では物理的な強弱こそが絶対のルール。
そんな事を理解していないのは、自分達に絶対明日があると根拠もなく確信して内部闘争に明け暮れる王国の腐敗貴族くらいだ。
それに対してバハルス帝国の重鎮たちは、軍事力の大切さを良く理解している。権力や財力は決して脆弱な人間種を守ってくれない。安全を確保してくれるのは純粋な武力だけ。それを分かっているからこそ、元は同一国家ではあるが、徴兵制度の王国と違い帝国は専業軍人を育成して数万の騎士団を編成している。有象無象を集めても怪物一体がいれば覆されるからだ。
それこそ竜が一体でも来訪すれば、その瞬間に帝国の歴史は幕を閉じる。この国が抱える最大戦力であるフールーダが敵わなければ、もう勝ち目がないのだ。
そんな事情を抱えた人類国家に突如として来訪した怪物夫婦。あの御前試合を目撃した重鎮全員が同じ思いを胸に抱えている。
【あの二人を召し抱えた国家がこの時代の勝者だ】
ジルクニフはフールーダから伝えられた、主席宮廷魔術師千人分相当の武力があると言う情報を開示する。御前試合前であれば、流石に第十位階と言ってもないだろうと笑い飛ばしたであろう戯言。しかし誰もそれを夢物語とは笑わない。笑えない。それだけあの模擬戦の衝撃が強すぎた。
「───さて。これで全員が私と同じ思いを共有しただろ。……私はあの夫婦を部下として雇い入れたが、扱いとしては国賓待遇とする。これに異論がある者がいるなら申し出てくれ」
ジルクニフは集まった面々にそう問いかけるが、誰一人として手を挙げたりはしない。蘇生と武力。前者だけでも貴重なのに、後者は最終兵器と呼んでも差し支えの無い領域。そんな夫婦を蔑ろにする者など、ジルクニフが重宝する訳がない。
「宜しい。ではあの二人への蘇生の報酬として、皇室で管理していた邸宅を引き渡すがこれに異論のある者はいるか」
これもまた誰も異論を挟まない。いずれは競売にかけたり、功績を上げた人物へと褒美として渡される予定だった物件だ。あの二人であればいずれはとんでもない武勲を打ち立てる。ならばその予定が早まっただけであり、損をしたわけではない。
「宜しい。次にリンウッド夫婦への援助だが、そちらはヴァミリネンから話がある」
秘書官であるロウネが口にするのは、二人に対し一体幾らの賃金を払うかや帝都内でのトラブル避けとして近衛を二人常に付ける事だ。
金額を聞いた全員が少し唸る。払われる賃金だが一般的な相場からすればかなり高い。中堅貴族の年収並だ。初めて雇い入れる人物に払うような金額ではない。しかしこの場に集まった者どもは、高すぎると唸ったわけではない。
「金額としては安すぎはしませんか。あの二人の武力を考慮すれば、これ以上でも問題はない筈」
そう意見を出したのは帝国に第一から第八まである騎士団の内、第五騎士団を率いる最高責任者の将軍だ。彼もあの御前試合を観戦した一人であり、夫婦の超級戦力を評価している。
サトルとアイリスに払われる年棒は、確かに個人に支払われる金額としては高い。だがこれよりも高い年棒を貰っている人物は帝国に何人もいる。この将軍もその一人だ。もしその事を二人が知れば、不服に思われるのではないかと言う思いからの発言だ。
「安心せよ。これはあくまでも草案であり、決定事項ではない。どれだけの金額までなら国財を圧迫せんのかの検討も済んでおらんからな。あくまでもこの金額を聞いて、各々がどう思うのか意見を募るだけだ」
「そうでしたか。考え違いをしておりました」
「よい。今のように率直な意見を口にしてくれる方がよほど助かる」
そこから集まった重鎮の意見を書記官が纏めていく。この意見と財源を比較してサトル達に支払われる年棒が決まる事になる。
「では次の問題だが……リンウッド殿とアイリス殿。両者に何の仕事をして貰うかだ」
いよいよ本題に入る。二人の具体的な仕事。アイリスであれば蘇生・解呪・回復になるが常に怪我人や病人がいるわけではなく、低位階でも治せる程度の怪我であれば普段は神殿との兼ね合いからそちらに頼んだり、ジルクニフが抱えている信仰系魔法詠唱者に頼む事になる。
それよりも絶対的な武力を持つと判明した今、軍事力として運用するのが正しいとジルクニフは考えている。しかし問題はどこに二人を組み込むかだ。
「あれだけの戦力となると、迂闊に駆り出すわけにもいかん。王国との戦争にしろ、侵略者に対抗するにしろ、リンウッド夫婦は切り札だ。切りどころは慎重にならざるを得ん。あの二人の存在が知れ渡れば……間違いなく周辺国家は動くぞ」
「そうなると、御二方には普段は帝都で過ごしてもらう事になるわけですかい?」
「そうだ。騎士団の一員とするにも、近衛とするにも突出し過ぎている。四騎士であるお前達と比較しても、なお遥かに上だ。あの二人のために専用の地位も創らねばならん。場合によっては貴族共を黙らせるために、授爵も考慮している。お前達の意見はどうだ」
全員が意見を出すが、概ねは肯定的な反応だ。あの二人を運用すれば確かにどんなモンスターであろうが立ちどころに討伐してしまうだろうが……それをすると既存の騎士達が割りを食ってしまう。彼らも何かしらの功績を上げなければ年棒が上がらない。そのため夫婦を戦力として運用するのは、今までであればフールーダが対応せざるを得ないようなモンスターが出現した時など、国家の総力を上げなければいけない案件か、二人で無ければ解決できないようなケースに限定すると決定した。
「そういや気になってるんですけどね。魔法詠唱者なんですから、普段は魔法省で研究して貰ったり、魔法学院の方で教鞭を取ってもらっては駄目なんですかい?」
「……あの二人は感覚で魔法を扱っているらしくてな。えいって感じて使ってるから、原理を問われても良く分からんそうだ」
「……天才過ぎるってのも考えもんですね」
「それでパラダイン様はあんなに落ち込んでいるのか……」
この会議が始まって以来、会議机に突っ伏したまま一言も発していない宮廷魔術師に全員の視線が集まる。人生で初めて師を得る機会が来たと思ったら、特にそんな事はなかった。それを知ったフールーダは泣いた。
泣いたが二人に対する敬意が無くなったわけではないらしく、後日普通に魔法の神々と呼んで困らせジルクニフにキレられたらしいが、それはまた別の話。
「ともかく! リンウッド夫婦には帝都で過ごして貰い、好印象を覚えさせる。幸いにもリンウッド殿は話せばわかる御仁だ。私の見立てになるが、恩には恩で報いてくれる印象がある。各員それを念頭に、夫婦を私だと思って敬意を払え。将軍達は部下に二人への接し方に関して、よく教育するように。二人から抗議があれば、連帯責任として分隊長までを厳重に処罰。揉めた場合騎士であろうとも、私は見せしめに処刑する。近衛隊長は夫婦の護衛のローテーション表を組んで、後で提出するように……全員気を引き締めろ。我らが時代の勝者になれるかは、あの夫婦が鍵を握っている……暗殺などは考えるな。御世辞でも外交辞令でも良い。夫婦に好印象を与えろ。リンウッド殿は愛妻家だ。必ず奥方を褒めるようにしろ。これは国家を上げた事業だと胸に刻め。帝国の未来は……これからにかかっているぞ」
『はっ!!』
御前試合を見た全員がジルクニフの言葉に同意する。彼らが夫婦の全力を知る機会……それは恐らくないだろうが。それでも頂上決戦は記憶に刻み込まれた。故にサトルとアイリスに対して、無礼を働くことは絶対にないだろう。
……もっともこの時点で、サトルからの皇帝ジルクニフに対する好感度は非常に高いので、この気合入れ会議は空回りもいいところなのだが……それに唯一気づけるアイリスが不安から若干ポンコツ化しているので、結局誰も気づくことはなく。サトルの知らぬところで、部下と言うよりも国賓として扱われる事が決定したのだった。