竜の知覚力とは、時に呪いなのではないかとツアーは考える。
評議国に戻り酒に溺れていたツアーだが、類まれなる五感があの恐ろしい三つ首竜の接近を捉えてしまった。
戦えば確実に死ぬ。抗う手段など何処にもない。だから、世界の守護者を名乗りながらも、ツアーはあの場で戦闘を選ばずに逃げの一手を選択したのだ。
そんな強大な三つ首竜がやってきてしまった。評議国は終わったと悟り、どうあがいてもこの世界は無に帰すのだと諦めていたツアーだが……事態は全く違う方向に動いた。
墜落したと思わしき三つ首竜。なぜ墜落したのか。それが気になったツアーは、鎧を動かして墜落地点らしきビーストマンの国まで始原の魔法『世界移動』を使用。途中までしか転移出来なかったので、仕方なく鎧を飛行させて現地に赴いたら……ツアーの故郷を滅ぼした三つ首竜と、二つの影が戦闘していた。
あまりにも次元の違う戦闘。ただの牽制と思わしき攻撃が、ツアーの全力全開に匹敵するか上回る規模。落ちる月と、月を喰らいつくす虹。もう少し近づけば、流れ弾一発でツアーが操作する鎧は砕け散っただろう。
そんな闘いもついに終わり、二つの人影が三つ首竜を屈服させてしまった。この世界で最強の竜王───当竜はそう思っていないが、事実として頂点に立つツアーが絶対に敵わないと認めてしまった三つ首を降したのだ。
あの二人が何者なのか。それを問うために、ツアーは休憩を取る二人へと近づく。ツアーの接近に気づいたメラクが首をもたげて、喉から唸り声を出し始める。強烈な敵意に鎧越しでも一瞬怖気づくツアーだが、アイリスがメラクに手を翳して止めた事でそれも治まる。
「何の用だ」
灼眼の青年───サトルの眼光を受けて、ツアーは少し怯む。目の前まで接近したからこそ、人間種にしか見えないサトルが竜すらも歯牙にかけない絶対種だと理解してしまう。その隣に静かに佇むアイリスもまた、ツアーが蟻に思えるほどの存在力を持っている。
「君たちは……なんなんだ」
ゆえに、単純な疑問をツアーは発する。最初はユグドラシルのプレイヤーかと疑ったが、ツアーが知るプレイヤー達とは一線を画し過ぎている。六大神は真なる竜王並に強かった。八欲王は真なる竜王三匹分ぐらいには強かった。では、背後の三つ首を屈服させ空に浮かぶ星を破壊したこの二人は、一体真なる竜王何千体分なのだろうか……
「なんだと言われてもな。それはこちらの台詞だろ? 私たちがこの───」
サトルがメラクを指さす。
「竜と戦っている間、呑気に観戦し、戦闘が終わってからここに来てなんなんだ、だと? どういう了見からの言葉なのか、是非問いたいものだな」
「ッ!!」
自分が観ている事に気づかれていたことに、ツアーは驚愕する。実際にはメラクとの闘いが激しすぎて、サトルは全く気付いていなかったが、本当は知っていたのだぞ路線で行くことにした。
「すまない。偶々近くを通りかかった時に、君たちの戦闘を目撃したんだ。本当は助太刀したかったが、私の実力では、あんな規模の闘いに飛び込んでも足手まといになるだけだった」
「だから見ていただけだと?」
「……そうだ。すまないとは思っているが、参戦したところで役にも立たなかっただろう」
目線を逸らして呟くツアーを、サトルは睨みつける。
(まぁ……そうだろうな。バルキリーの記憶を読む限りでは、ツアーの戦闘力は良くてユグドラシルプレイヤーの最上位レベル。五行相克により、始原の魔法に制限が課せられたことで当時よりも弱体化している。俺とアイリスの見立てが正しければ、メラクに挑んだところで一秒持たずに灰になる)
一見はツアーに対して不機嫌さをみせているサトルだが、この態度はただのブラフ。ツアーとの交渉をうまく運ぶための演技だ。
「そうか。なら、今はそう言う事にしておこうか。……それで。私たちが何者なのかを問うなら、まずは自分が何者なのかを開示するべきではないか?」
「……その通りだね。私は……リク。リク・アガネイアだ」
「リク……ねぇ」
(それあの八人の名前だろ! ツァインドルクス=ヴァイシオンの名前は知られたくないのか……こっちも偽名を使いたいが、顔を知られたからな。変に偽名を使うと、後々面倒なことになるか)
「どうかしたかい?」
「知り合いの名前に似ていたから、気になっただけだ。……私はサトルだ。こちらは私の妻でアイリスだ」
「どうぞよしなに」
一歩後ろに下がり、サトルとツアーのやり取りを眺めていたアイリスがカーテシーで挨拶する。
人間の美醜の感覚はドラゴンであるツアーには理解しにくいが、それでもサトルとアイリスがいわゆる美形なのはなんとなく分かる。
───やはりプレイヤー……なんだろうか
ツアーが知る限り、ユグドラシルのプレイヤーはどんな種族であれ、同一種族から見た時美形が多い。そしてプレイヤーに付き従うNPCもまた、プレイヤーから見て美形な見た目をしている。それを過去、とある人物から教えて貰っているツアーは、サトルとアイリスがプレイヤー、あるいはプレイヤーとNPCなのかと疑う。
本体のツアーが唾を飲む。どう確かめるにしろ、問い方を間違えてはいけない。ツアーが観察する限りでは、青年は不機嫌に見える。女性の方は無表情なので、どんな感情を抱えているのか伺いしれない。
媚びへつらうのが正しいのか。それとも、今ぐらいの態度でも許されるのか。正解が見えない。一つだけ確かなのは、二人が強者だと言う事。この世界を終焉に導けたであろう三つ首を降せるほどの。
幸いにも、サトルは不機嫌に見えるが対応自体は至極真っ当。今のところ、そうおかしな言動などもない。アイリスの方も、プレイヤーにしろNPCにしろ、現時点では良き妻のように後ろに三歩下がり見守るだけ。
それらを見て意を決したツアーは、単刀直入に二人に問いかけた。
「君たちは……ユグドラシルのプレイヤーか?」
もしも、あとになってから疑っていたと知られるよりは、現時点でこちらの情報を開示した方が良い。そうツアーは判断した。これが一般的なプレイヤー……竜王並ならもっと婉曲に聞いたが、相手の方が格上な以上騙しは命取りになりかねない。
あとは二人がどう出るのか。暫しツアーは待とうとして───
「それが分かると言うことは、お前もプレイヤーか? それとも……アイリスと私を、この世界に招いた張本人か?」
空気が冷える。サトルの言葉には確かな怒りがあり、自分が何か地雷を踏んだのかとツアーは戦々恐々としている。
むろんサトルは別に怒ってなどいない。ツアーから情報を合法的に得るために、まるで今のが地雷だとでも言うように激怒した振りをしているだけだ。
「もう一度聞くぞ。プレイヤーか。私たちをこの世界に拉致した敵か。お前はどっちだ?」
しかしツアーにはそんな事情は分からない。
鎧越しでも感じる確かな殺気。遥かなる格上に敵意と殺意を向けられたことで、本体のツアーは、脳髄に直接氷を差し込まれたかのような錯覚に陥る。
産まれて初めて覚える死への恐怖。同格の竜王との闘いでも、八欲王との死闘でもこれほどの恐怖を感じた事はない。
とっさにプレイヤーだと答えたくなるツアーだが、ユグドラシルについて問い詰められたら確実にボロが出る。
───そもそもサトルと名乗った青年は、リクの名を聞いて知り合いに似た名前だと。もしかすると、彼はリクを知っている? だとしたら、リクの名前を使ったのはまずかった!
焦燥感に駆られるツアーは、どうすれば良いと考えるが……アイリスが長考を許さない。
「沈黙は雄弁です。黙っているという事は、彼はプレイヤーではなく敵でしょう。彼を敵と判断して処分します」
ツアーを急かす為にアイリスが動く。本当に処分などする気もないが、こうすればツアーなら動くと、この段階で彼女は読んでいた。
今まで後ろに控えていたアイリスが一歩踏み出したのを見て、ツアーは慌てて口を開く。
「待て! 待ってくれ!! 私はプレイヤーではないが、君たちの敵ではない!! まずは話を聞いてほしい!!!」
このままでは鎧を破壊される。鎧だけであればまだましだが、下手をすれば本体……最悪評議国そのものが敵として認識される恐れすらある。そうツアーは判断した。
「アイリス、待てだ。リクの名を使うこいつには、どうやら言い分があるらしい。まずは話を聞いてみようじゃないか」
アイリスが動いた理由を阿吽の呼吸で察したサトルが、やんわりとアイリスを制す。むろんこれも演技。私たちは話すつもりがあるなら聞きますよと言うアピールを、分かりやすく行っているだけだ。
むろんそんな事情を知らないツアーは、名を使うと言う言い回しに、心臓が跳ねる。やはりリクの名を使ったのは失敗だったのだと……
「……リクを…………しっているのかい……」
「知っている」
「そう、か」
「……なぜリクの名を名乗ったかは知らないが、偽名ならすぐに本当の名を言え。嘘つきと話をするほど、私の気は長くないぞ」
「……ツァインドルクス=ヴァイシオン。それが私の名だ」
「ツァインドルクス……その名には覚えがあるな。確か評議国の永久議員を勤めているドラゴンだったか。……見たところドラゴンには見えないな」
「趣味で……趣味で鎧を遠隔操作するのが好きなんだ。私自身は離れた場所にいる。どうか、その点には目を瞑っては貰えないだろうか?」
少し調べたら、ツアーの名前から誰を差すのかはすぐに知るところになる。下手に誤魔化すには苦しいと感じたツアーは、ここにいる鎧は遠隔である事を明かすために兜を取り、仲が空洞である事を証明する。
「遠隔操作の鎧か。面白いアイテムだが……今はそれは良いか。……良いだろう。お前が本当にツァインドルクスなのかどうかはまだ疑わしいが、今は本人……本竜か? 本竜だとして話を進める。お前はなぜ、ユグドラシルを知っている?」
「私は───」
ツアーの口から数百年前に起きた出来事が語られる。
ツアーの父である竜帝が、始原の魔法を使い別世界から強力なマジックアイテムを招集しようとした。そのアイテムこそが世界級アイテム。しかし魔法は上手く機能せず、世界級アイテムだけでなくプレイヤーと呼ばれる怪物達と、怪物に従うNPCなる存在まで招いてしまった。
それ以来、百年ごとにユグドラシルからプレイヤーがこの世界へと転移してくるようになった。そんなプレイヤーに対して、竜帝の息子として父が犯した過ちを正すためにツアーは世界の守護者として奮闘している。
ツアーがユグドラシルについて詳しいのは、プレイヤーである六大神やその他のプレイヤーに教えてもらったから。そんな内容を事細かに聞いたサトルは───
(概ねルーファスの記憶やスルシャーナの記憶。バルキリー達の記憶とそこまで大差はないな。唯一気になるのは、竜帝の話だけか)
何も知らないふりをしつつ、ツアーに喋らせて情報を収集する。以前からそう取り決めていた主従は、目論見通り情報を手に入れたが……さてどうしたものかと思案する。
(竜帝が始原の魔法を使った、か。ツアーがそう思い込むように存在Xに記憶を操作されているのか、それとも存在Xなんてものが存在せず、ツアーが言った言葉が真実なのか)
『アイリスはどう思う?』
『……ツアーが言う言葉が、ポジティブである可能性の方が高いです。もしもこの世界が存在Xの庭として、真なる竜王達が殺され、魔法法則の書き換えをされてまでユグドラシルの存在を許容する意味がありません。セプテントリオンと私たちの戦いにより、周辺にも相当の被害が出ています。なのに、存在Xは姿すら見せず、だんまりを決め込んだ。仮に存在Xが本当にいたとしても、この星に興味がないと断定しても、問題ないと思います』
『……なら、今はツアーが語る言葉が真実だと仮定して動いても問題ない。そういう事だな』
『ポジティブ』
超高速思考と無詠唱<伝言>を組み合わせて打ち合わせた後、改めてサトルはツアーに向きなおる。
「ツァインドルクス。そちらの言い分は理解した。お前の父が、俺たちをこの世界に呼び出した件について思うところはあるが、息子にまでその罪を被せる気はない」
「……感謝する」
「さて。これで私たちは、そちらの問いかけ。君たちはなんなんだに答えたな。ならこれ以上話すこともない。私たちはすることがあるので、この辺りで失礼させてもらう」
ツアーとの遭遇は偶然に近いものなので、これ以上話してボロが出てもつまらない。そんな思考からツアーとの会話を切り上げて、この場から退避しようとしたサトルだが───
「待ってくれないか」
とツアーに呼び止められたので、渋々立ち止まる。
「……何の用だ」
「君たちは……本当にプレイヤーなのか?」
「なぜそう思う?」
「……私が知るプレイヤーは、君たちほど強くはなかった。リクにしろ、六大神にしろ、八欲王にしろ。まだ理解できる強さだった。けれど、君たちは全く違う。だからだよ」
全力の戦闘をばっちり目撃されていた事に、正直サトルはやってしまったと思う。自分達の全力がどのレベルなのか。それを知られるのは、あまり良いことではないからだ。
ツアーの記憶を弄るか。それとも、彼をこちら側に引き込むか。いろいろと考えた末に、アイリスに目配せしてみたら、彼女は何も言わずにウィンクだけサトルに返した。他のものならいざ知らず、アイリスとのアイコンタクトだけは、サトルにも自信がある。
「……私たちは……私はユグドラシルの運営だ。そして、アイリスはユグドラシルのシステムを司ったNPCだ」
「うん……えい?」
「ユグドラシルの神と言えば伝わるか? プレイヤーを並の人間種とするなら、私とアイリスはお前たち竜王クラスだ。だから、お前から見て同じプレイヤーとは思えなかっただけだろう」
人間種とツアーの間にある実力差並。そう言われてしまえば、ツアーには納得しかない。今もツアーの一挙一動を監視しながら睨みつける三つ首の竜と、ツアーの間にはそれぐらいの差がある。ならば、サトルとアイリスがユグドラシルの神であると言われてしまえば、ツアーにそれを否定できる材料は何一つとしてなかった。
「まだ疑問があるならば、バハルス帝国の帝都を訪ねてこい。こちらに転移して以降、あの国で私たちは暮らしている。……ではな」
そんな言葉を最後に、メラクを連れてサトルとアイリスは姿を消す。
ツアーは聞きたいことが幾らでもあった。三つ首の竜はユグドラシルに関係があるのか。君たちはこの世界でどう生きるのか。数多の疑問が幾らでもあったが……それを聞き出すには、ツアーと主従の間には絶望的なまでの差が広がっていた。
ツアーを残し、飛び立った主従はメラクと共に爆速で宇宙を目指す。
「<完全時間停止>!! オーナー! ごめんなさい!! 早く月を修復しないと、大変な事になっちゃうのです!!」
「具体的には!?」
「星の自転速度が大幅に変わって、この星に生きる生命が全滅しちゃうのです!! あの時はああするしかなかったとは言え、月を消しちゃったのは早まったのですよ!!!」
「まじかよ!! メラク!!! お前も重力制御能力を使って手伝え!!!」
「キュアアア!!!」
大怪獣決戦のあとしまつに追われる主従は、止まった時間の中、月の修復を大急ぎで進めるのであった。