宇宙空間に散らばっていた破片を集めたり、足りない部分を新たに産み出したり、重力制御で固めたりして月を戻した二人と一匹。
地上に戻った後、今度は荒れた荒野になってしまった元ビーストマン国をある程度元に戻した。生命までは戻らないが、それでも自然自体は元に戻り。
全てを終えた後、メラクを伴って帝国へと帰還。そのまま帝都に連れて行くと大騒ぎになるので、封鎖されたカッツェ平野にメラクを置いてから、二人は帝都にある自宅へと戻った。
「…………………………ネガ」
「…………………………しんど」
ガチャで有り金全部溶かした顔をしながら、主従は暖炉前に設置されたソファーでぐったりしていた。
世界級エネミー16体分の力があるとは言え、新たに衛星一つを産み出したのは相当堪えたのだろう。アイリスはコアラの子供のようにサトルにしがみ付いたまま動こうとせず、サトルはアイリスの腰に手を回した状態からピクリとも動かない。疲労に対する完全耐性を備えていても、しんどいと思う気持ちまでは消えなかった。
「モモンガ様。ハーブティーが入りました。どうぞお召し上がりください」
「妹には、ご所望のキンキンに冷えた生ビールですよ」
「ああ、さんきゅー」
「お兄ちゃんありがとなのです……」
デミウルゴスとパンドラが持ってきてくれた飲み物を、サトルはちびちびと口に含み、アイリスは自分専用の2Lジョッキを傾けて勢いよく飲み干していく。
「オーナーの腕に抱かれながら、生ビールを一気!! このためにアイリスは生きているのです!!」
「あ、元気になりましたね」
オーナー成分とアルコールを摂取したことでアイリスが復活。毒に対する完全耐性があるが、今は耐性Ⅰ程度にまで落として酔う感覚に任せていた。
「ワンモア!! なのです!!!」
「はいはい」
念のためにピッチャを持ってきていたパンドラは、酔うと甘え上戸なアイリスのために注いで上げていた。
「全く……モモンガ様の腕の中でアルコールを摂取するなど、義妹は甘えすぎですね」
「そう言うな。普段から家の切り盛りや、その他の雑事を任せているんだ。これぐらい甘えてもいいさ」
「モモンガ様がそう言うのであれば構いませんが。全く、手のかかる義妹ですね」
眼鏡をクイッと動かしながら、デミウルゴスは溜息をつく。
そんなデミウルゴスに笑いながら、サトルはビールをゴキュゴキュしてるアイリスの頭をポンポン軽く叩く。
その辺の有象無象ならいざ知らず、アイリスに甘えられるのはサトルとしては嬉しい。良くも悪くも、サトルの人生でここまで甘えてくる相手はアイリスだけだ。
「そうだ。デミウルゴス、例の件だがどうなった?」
「例の件で御座いますね。滞りなく進んでいます」
例の件。それは闘技大会後に、シレっとデミウルゴスに拉致されたミノタウロスの事だ。
アイリス過激派一号から救援を求められた二号は、すぐにミノタウロスを捕獲した。現在、彼は大悪魔による面白実験を施されている最中だった。
なお、例の件と言ったのは、アイリスに知られると怒られるかもしれないと考えたからだが───
「リー・マイト・グランヴィアについてでしたら、別にアイリスは何も言わないのですよ」
「! 知っていたのか?」
「ポジティブ。オーナーの性格ですと、たぶん義兄さんに話が言っているだろうなとは」
「そうか。しかし、なんで何も言わないんだ?」
「それについては、私から父上に説明しましょう。あのミノタウロスですが、実は冒険者稼業の合間に、こっそりと帝国の人間を食べたりしていたんです」
「え? それって良いのか?」
「勿論駄目です。都市国家連合と帝国の間には協定があって、人肉を好む種族でも、帝国の人間種を口にするのは禁止されています。しかし帝国から都市国家連合までの間を移動する人間を襲ったとしても、野盗のせいに出来ますからね。法律で<支配>や<魅了>による捜査は禁止されていますし、オリハルコン級冒険者に疑いの目を向ける者は少ない。なので、今までは発覚していませんでした」
「ポジティブ。ですが、帝国民が襲撃された地点と、当時リーが依頼を受けた地域は近く、遺留物や状況証拠を集めると彼は真っ黒だったのです。いずれはバルキリーを派遣して、直接現場を押さえてその場で処刑にする手筈だったのですよ」
「義妹の話に補足するならば、あのミノタウロスは人間種を餌としか思っていなかったようですね。少し
「そうか……」
「あ、そうです! リーで色々と実験をするなら、ミノタウロスでいくつか取っておいて欲しいデータがあるのです。あとで欲しい情報に関して書面に纏めるので、義兄さんにお願いしてもいいですか?」
「良いとも。甘やかしすぎる気はないが、可愛い義妹の些細な頼みぐらい幾らでも聞き入れるさ」
何処かに連れていかれたミノタウロスは、より悲惨な目に合う事が確定したが……この場でそれを気にする人物はいない。
「……アルシェや双子の様子はどうだ?」
「アルシェ嬢は、昨日の地震で帝国各地に異常がないかを、フォーサイトの皆さまと確認に行かれました。双子は遊び疲れたのと、地震や月の墜落騒ぎでよほど驚き疲れたのかぐっすり寝ていますね」
「……俺たちの闘いの余波は、帝国にも届いていたか」
「はい。特に月墜としと曼陀羅の衝突は衝撃的過ぎたのか、昨日から帝都中で騒ぎになっています」
「ネガティブ。月墜としを防ぐには、あの規模の権能を使わざるを得なかったとはいえ、目撃者が多すぎるのです。<完全時間停止>が破壊されていなければ、どうとでもなったのですよ……」
世界級同士の決戦。あまりにも大規模過ぎた闘いは、各地に爪痕を遺した。墜落場所のビーストマンはほぼ全滅。もっと東側にあった都市は残っているが、全住民の9割が死滅した以上、かの国は自然と消えていくだろう。
竜王国にしても被害は甚大。隣国であり、戦争相手だったビーストマンが滅んだのは僥倖。しかし吹き飛んだ都市は多く、残った都市もメラクの起こした水害により都市機能が崩壊気味。
強烈な嵐は農作物も壊滅させてしまった。まだ各地の都市から被害がドラウデュロンの元に届いていないが、食料事情が恐ろしく悪化している。当分は貯蓄があるからマシだが、このまま放置すれば国中で餓死者が続出するだろう。特に厄介なのが、メラクが一度国の下にあった内海を消し飛ばしたせいで、魚介類が死滅した点だ。水自体はアイリスとサトルが戻したが、生命まで戻すのは手間に合わないのでやっていない。
その他の国に関しても酷い事になっている。メラクが呼びだした嵐は、周辺に多大な被害を齎している。水害にあったのは竜王国だけでなく、法国東部にも及んでいた。
「アルシェ嬢やバルキリーから報告が上がっていますが、帝国南東にある都市では建物が倒壊したとのことです」
「……くそ。帝国には被害が出ないように細心の注意を払ったつもりだったが……」
「メラクとの戦いでは、広範囲殲滅権能は<帝釈天>に限定しましたが、それでも無理でしたか。セプテントリオンとの争いでは、アイリスもオーナーも手加減なんて出来ないのです」
ジョッキを机に置いて、アイリスは眉間を揉み解す。
「義妹が気に病む事ではないよ。君はモモンガ様と共に、世界級エネミーを見事支配下においてみせた。私が独自に調査したところ、義妹の読み通りメラクが最初に出現した地域は壊滅していたよ。もしモモンガ様と義妹がいなければ、この世界は終わっていた。違うかい?」
デミウルゴスの慰めに、アイリスは「むぅう……」と唸る。セプテントリオンを呼び起こしたのはサトル達だが、こちらの世界に引き抜かれていた時点でどちらにしろいつかは降臨していた。
だから二人がいなければ世界滅亡一直線であったのは確実なのだ。それらを理解しているからこそ、アイリスも唸るだけで否定はしない。
ともかく四人で団欒していたところ───
「旦那様! ジルクニフ皇帝陛下の使者が参りました。至急皇城にまで来て欲しいとの事です」
ジルクニフからの呼出。このタイミングである以上、昨日の騒動に関することなのだろうなとサトルは溜息を吐いた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「良く来てくれたゴウン殿。アイリス殿。二人とも息災なようで何よりだ」
<転移門>ですぐに皇城に辿り着いた主従は、すぐにジルクニフの元へと案内された。応接室には既に彼の姿があり、向かいに座ってくれと促している。いつも以上に笑顔を浮かべている彼を見て、アイリスは気づいてしまった。
───ああ、そう言うことですか。聞きたいのは月が堕ちた事ではなく、曼陀羅に関することですか
対迎撃にあれを咄嗟に選んだのは間違いだったとアイリスは後悔するが、既に過去の事。ジルクニフの記憶を弄ればどうとでもなるが、サトルの許可がないうちにそれをするつもりはなく……気づかれたところで問題はないと結論づけ、今はジルクニフが切り出すまでは黙っている事にした。
最初は近況を話していたジルクニフだが、ある程度話したところで本題を切り出して来た。
「御二方も知るところではあるだろうが、昨日地震が帝国を襲った。幸いにも帝都には大した被害は無かったが、南東の都市では少なからず人的被害も生じたようだ」
「存じております」
「……その時刻に竜王国の方面に発生した嵐と、墜ちる月と円形の虹。私はあの円形の虹を見た事がある。……単刀直入に問いたい。あれは……ゴウン殿達の魔法か?」
「ぅえ! ……さ、さぁ。私たちにも何のことだか……」
「頼む! 誤魔化さないで欲しい! あれは御前試合で見た、御二方の魔法によく似ていた。皇帝ではなく、……ゴウン殿の友人として。本当のことを教えて欲しいんだ」
頭を下げるジルクニフに、サトルは内心困っていた。アイリスの読みでは、別にジルクニフはサトルに対して友情など感じていない。しかし、今のジルクニフからはそんな思惑は微塵も感じない。ただ、真摯にサトルにお願いをしていた。アイリスの方を見てみると、彼女は感情を感じさせない紅玉の目で、ジルクニフの頭頂部を観察していた。
サトルに観られていることに気づいたのか、視線を彼に向ける。アイリスの口が動く。
問題ありません
それを読んだサトルは、例え友情とやらが本物であろうが偽物であろうが、今の上司はジルクニフなのだと思い直し、カッツェ平野に置いてきたメラクに関しても説明すべきだなと口を開く。
「……陛下。ここで話す事は他言無用。それを受け入れて貰えるならば……私は全てを話します」
「!! 勿論だ! 御二方の秘密を余所に漏らすことなどない!!」
「……分かりました」
ジルクニフに伝えるのは、ツアーに教えた内容と違いはない。自分達は二人で暮らしていたのは事実だが、ただの人間ではなくユグドラシルを運営・管理していた神である事。この世界の神か、それに準ずる存在によりこの世界に呼び出された事。
「御二方が神……ですか」
「ごめんなさい。この世界の情勢が不明な以上、見た目が似ていることから、貴方達人間種の振りをするのが得策だとあの場では判断しました。結果的にあなたを騙してしまったことは、私の落ち度です」
立ち上がり、アイリスは深々とジルクニフに謝罪する。推定月を消し飛ばせる存在に頭を下げさせる。ジルクニフの顔は青くなってしまう。
「で、では! やはり月を消滅させたのは御二方……なのですね」
「……その通りです、陛下」
「───なぜ? なぜ月を墜として、それを破壊するような真似を……なぜそんな恣意行為を……」
圧倒的な格上達が、どうしていきなりそんな暴挙に及んだのか。神々の戯れで、もしかしたらこの帝国も塵になるのではないか。そんな恐怖にジルクニフは襲われてしまう。
「───ネガティブ。月を一度消滅させたのは私ですが、墜としたのは私たちではありません」
「なっ!!」
「……陛下。一度、私どもと一緒に、カッツェ平野にまで来て頂けませんか?」
いきなりカッツェ平野に来て欲しい。そう言われてもジルクニフは困惑しかないが、さりとて異界の神に逆らう気もない。サトルの開いた<転移門>を通り、カッツェ平野に移動して───
「これ、は……」
メラクを見てジルクニフは言葉を失う。翼を開いた姿は、明らかに300mを超える三つ首の黄金竜。その威容から、明らかに格が違うと人間であるジルクニフにも理解できる。
「───ワールドエネミー。私たちの世界。ユグドラシルにいた、私たちにとって唯一の敵」
「この世界に私たちを呼んだ者は、彼らもこの世界に招き寄せました。私たちが全力を出さなければならない、最大の敵を……です」
「幸いにも、このワールドエネミー……メラクは一度降せば、こちらに懐いてくれたが……他は違う。あと7体。それがもしこの世界に降臨すれば、瞬く間に数多の生命が消えるでしょう」
「……昨日、このメラクが月を墜とそうとしたように」
「なな…………」
メラクの巨体を見上げながら、ジルクニフは呻く。夫婦の言葉が真実なら、月を墜とせる怪物が他に七体も存在することになる。そして、その七体を倒せるのは夫婦か、恐らくこのメラクと呼ばれる三つ首の竜だけ。
ジルクニフはメラクから夫婦に視線を戻す。……帝国だの、王国だの、法国だの。そんな事が些細に感じるほどの何か。世界が滅ぶかどうかの瀬戸際に、いつの間にか巻き込まれていたのだと悟ったジルクニフ。
「は……ははは……」
乾いた笑いだけが口から漏れる。……この日以降。ジルクニフは胃薬を執務室の机に常備するようになった。時折髪の毛を触っては、手を見て絶望するようになったらしいが……安全だけは確保されているので、些末な問題だろう。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
法国も襲ったメラクの嵐。竜王国も巻き込んだ大決戦。これをとある出来事だと、法国の神官長達は断定。
そのとある出来事とは、以前より漆黒聖典第七席次『占星千里』が予言していた
不幸にも『占星千里』の力により、破滅の竜王と思わしき
これを受け法国上層部は、計画通りに世界級アイテム『ケイ・セケ・コゥク』の使用許可を出し、漆黒聖典の派遣を決定。
その日の内に、漆黒聖典はカッツェ平野に向けて出立したのだった。