エ・ランテル奪還のための協力要請。アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』には、前々から依頼として参加するよう何度も打診があった。その度に彼女らは断り続けてきた。
表向きには
あの都市自体はスルシャーナの掌握下にあり、かの神はいずれ法国に帰参すると言っていた。ならばここで奪還計画など立てずとも、いずれはアンデッドはいなくなるのだ。それからゆっくりと復興させれば良いだけ。なので蒼の薔薇は今回不参加を決め込んでいたのだ。
だと言うのに、それが持ち込まれた時には全員が憤慨した。
「ざけんじゃねえぞあいつら!! 俺たちを巻き込むために、ここまでするかよ!!」
ガガーランの怒りと共に、木製のジョッキが握りつぶされる。他の三人に関しても不愉快なのか、非常に難しい顔───イビルアイだけは仮面で顔が伺えないが、雰囲気は明らかに怒りがある。
蒼の薔薇を奪還計画に参加させる。そのために形振り構わない手を取る可能性もあると、イビルアイやガガーランは考慮していたが……まさかそこまでするかと仰天しつつ、激怒していた。
……リットン伯がバルブロに贈った助言と説得材料。それは
しかしアインドラ家には私兵などなく、参戦するとなれば家長や長男が参加しなければならない。けれどバルブロは、アインドラ家には強力な戦力がいるだろうと打診。言うまでもなく、アインドラ家の娘……ラキュースだ。
冒険者ではなく貴族として従軍しろ。それがラキュースへの一手だ。ここでラキュースが拒めば、バルブロは容赦なくアインドラ家の爵位を剥奪するつもりだった。あまりにも強権過ぎるが、六大貴族の内三人が賛成し、他の貴族も見て見ぬふりをする予定。
最悪の場合、王への反骨の相ありとして両親の投獄すら検討している。そこまで直接手紙には書いていないが、匂わせる文章はあった。
「ごめんなさい。私がいなければこんな事には……」
「気にするな。お前は悪くない。誰が愚かかと言えば、こんなふざけた手紙を送りつけて来たあの愚か者だ」
「考えなし」
「筋肉ゴリラが調子に乗っている」
「……阿保だ阿保だと思ってはいたが、思ってた以上に第一王子様は阿保だな。今回の一件でこっちの不興を買って、今後の蘇生とかどうするつもりなんだ?」
蒼の薔薇をエ・ランテル奪還に参加させる。それだけに限定すれば、この一手をラキュースは無視できない。
英雄に憧れて家を飛び出したラキュースだが、両親のことは誰よりも愛している。ついこの間まで、ラナーの件で意気消沈していた彼女は両親の元に戻り、久方ぶりに受ける親の愛に涙したのだ。
そんな両親を人質に取るような行為。とてもではないが、ラキュースに見捨てることなど出来ない。今回ばかりは断れなかった。
しかしガガーランが言うように、ラキュース含めて蒼の薔薇の不興を買うのはあまりよろしくは無い。国最高峰のモンスター退治屋である彼女らを怒らせても得は無く、蘇生魔法が使えるラキュースの価値は非常に高い。それなのになぜ、リットン伯はこんな進言をし、バルブロは聞き入れたのか。
「ラキュースは俺の後宮に入れる。いつまでも冒険者稼業などしていては、王の側室には相応しくないだろう」
ラナーとは別ベクトルに美しいのがラキュースだ。美しい女は、王にこそ相応しい。傷物になる前に、自分の側室に入れて思う存分可愛がってやればいい。そんな考えがあるバルブロにとって、ラキュースの機嫌などそこまで考慮していない。いずれ組み伏し、思う存分ベッドの中で可愛がるだけの愛玩動物。強さや第五位階魔法の使い手としての価値より、女性としての貴重性だけしかバルブロは見ていなかった。
それらがあるため、別に蒼の薔薇の不評を買ってもバルブロの懐は痛まない。アダマンタイト級は貴重ではあるが、他に幾らでも冒険者の替えは効く。武力だけならば八本指の警備部門に、アダマンタイト級の実力者が在籍している。だからこその強硬策だった。
「鬼リーダーは行くの?」
「……行くしかないわ。お父様やお母様に、これ以上迷惑をかけられない」
「……子の迷惑など、親にとっては大した手間ではない。それでもか?」
「それでもよ」
ラキュースにこれを断る選択肢はない。両親の地位を引換えにされては断れない。ラキュースの目を見て、双子忍者も、ガガーランも、イビルアイも溜息をつく。自分達のリーダーは、こういう時は頑固なのだと良く知っていたからだ。
「……しゃあねえ。あの糞王子のやり口は気に食わねえが、うちのリーダー様のためにも一肌脱ぐしかねえな」
「脱いでも筋肉しか出せない」
「うるせえよ! ……ま、今回一つだけマシな点は、エ・ランテルを占拠してるアンデッドは法国の神様で、イビルアイの話がマジなら、人間を無闇に殺しはしなさそうって点か」
「それなんだけど、今からスルシャーナの事を話すのは駄目なの?」
「駄目だな。どう説明したところで、あの脳みそ筋肉は納得しない」
「エ・ランテルどころか、法国に向けて進軍し始める」
「……そうなれば、王国は報復で潰されるだろうな。この国と法国の間には、埋めがたい戦力差がある。噂に聞く漆黒聖典とやらが出てくれば、どうあがいても勝てん」
はぁ……とイビルアイは溜息をつく。法国の全戦力がどの規模なのかは存じないが、王国を遥かに上回っているのは明白。現状では、スルシャーナが従える伝説のアンデッドで構成された軍団までいるのだ。何をしたところで、法国と王国には絶対的な戦力差がある。
唯一の救いは、ガガーランが言ったようにスルシャーナは理性的だと言う事。彼自身はエ・ランテルの大量虐殺には否定的な立場であり、今回の進軍に関しても見逃してくれる可能性は高い。
それでも希望的観測だけで動けば、罪もない民が何万と死ぬ可能性がある。本格的な進軍が開始される前にスルシャーナに会いに行く予定だったが、更に早く彼に王国の動向を伝えて、余計な犠牲が出ないようにしなければならんなとイビルアイは心の中で決める。
「私はもう一度エ・ランテルに行く。スルシャーナに会って、出来る限り王国の民に害がないように願うつもりだ」
「……大丈夫なの?」
ラキュースが心配そうに、イビルアイに問いかける。親元でひと月ほど療養した後、改めてエ・ランテルの件は彼女も聞いている。
当初は法国のやり方に憤慨し、ラナーの敵を取るのだと息巻いた。しかしイビルアイから絶対に敵わないと何度も説得され、下手に動けば王国の寿命を縮めるだけだと諭されて、ようやく折れた。
イビルアイから、スルシャーナはまだまともだとラキュースは聞いた。それでも、かのアンデッドこそがエ・ランテル市民とラナーの命を使い、この世に再降臨を果たした神。ラキュースとしては非常に複雑な思いがある相手であり、そんな相手のところにもう一度イビルアイが行くと言い出すのだから、それはそれは難渋な顔をしてしまう。
「……正直なところ分からん。私の直感では悪ではないが、法国の思惑通りに進むなら王国は人類の敵だ。進軍を切っ掛けに、こちらを潰す算段をしていても不思議ではないな」
「そんな……そんな可能性がある場所に、単独で行くつもり?」
「ああ。どちらにしろ、まともに戦端を開けば何万と亡くなる。場合によっては、私たちも標的として一生命を狙われかねん。王国の腐敗を助長させた一因とか、なんとか屁理屈を捏ねてな」
「それはあり得る。殺すと決めたなら、人間はどんな手段でも取れる。エ・ランテル数十万人を抹殺した、法国が手段を選ぶとは思わない」
「……行くにしても気ぃつけろよ。これ以上、知り合いや仲間が死ぬのを黙ってみているつもりはねえからな」
イビルアイが単独で行くことに不満はあるが、こうなっては手段を選んではいられない。とにかくエ・ランテルからスルシャーナがいなくなれば、奪還計画で誰かが死ぬ必要性は無くなる。
話し合いを終えた蒼の薔薇は、貸し切りにしておいた酒場を出て、各々がやるべきことの為に動き出す。
……そんな一同を、少し離れた建物の屋上から見る影がいた。人影は縁に座り、足をプランプランさせながら<伝言>を使う。
「こちらフラワー1。目標は動き出しました」
「フラワー2了解。当初の予定通りですね」
「フラワー3了解。イビルアイに関しては、私の方で対処しておきます」
「……いや。フラワー1ってなんだよ」
「雰囲気作りなのです。ブラボーチャーリーデルタで悩みましたが、独自性を出してお花にしてみたのですよ」
「あー……昔ぷにっと萌えさんが似たようなことしてたな。あれか」
「あれです」
「あれなんだな!」
「あれですよ!!」
「いぇーい!!」
「いぇーいなのです!!」
「……フラワー1もピーチ1も仲がよろしいのは結構ですが、あまり遊ばないように」
「ピーチ1って誰だよ」
「モモから取ったのですよ!!」
「ああ、そう……」
人影は誰か達と馬鹿なやり取りをしてから、改めてとある作戦について宣言する。
「それでは……オペレーション・ゲヘナを開始します!」
そう宣言すると、人影は建物の屋上から飛び降りて裏路地へと消えたのだった
次回以降みんなお待ちかね王国崩壊編