王国に対して戦争を仕掛ける気が一切ないジルクニフ。しかし、早急に王国を墜とす必要性が生じてはいた。
「これが皇国騎士団で集めた情報です」
サトル邸の庭に作った皇国騎士団用の詰所。簡易『創世記』を使い生成された建物で、見た目は二階建ての家だが内部は皇城よりも広い。そこの作戦会議室にジルクニフとツアーは招かれて、北西にはアーグランド評議国。南東には竜王国まで含んだ巨大ミニチュアを前にアイリスから説明を受けていた。
「ここが王国の首都。そしてここが評議国の首都です」
アイリスが指を差すと、王都の位置に火が燈る。評議国の首都……ツアーが現在住んでいる場所にも火が灯った。
「そして両都市の中間にあるのがここ。リ・エスティーゼ王国の最北西にある都市、エ・アセナルです」
今度は評議国と王国の国境にあたる、山脈近くの都市上空に火が灯る。
「……まずいことに、この山脈でこれが見つかりました」
アイリスがミニチュアに手を翳すと、山脈部分だけが上に浮き巨大化する。そこには水晶に似た、白く濁った結晶体がいくつも生えている。
「これは?」
ツアーが結晶を指さしながら問いかける。
「……
ワールドエネミーと聞いて、白金の鎧が僅かにふらつき、皇帝は頭を抑える。ツアーはいきなり評議国の住処に二人が訪ねて来て、無理矢理連れてこられた時点で覚悟をしていたが……それでも。この世界を無に導ける怪物の降臨は、やはり勘弁して欲しいのか唸る。
ジルクニフにしても、二人から緊急事態と宣言を受けた時点でなんとなく察していたが……またもや世界の危機に直面させられて疲弊気味だ。
「アイリス。これはどいつの権能だ?」
「アリオトです。見た目はドゥーベに似ていますが、結晶体によるバフを考慮するとドゥーベ以上に厄介です」
「……一ついいかな。これがその……アリオトとやらの力によるものだとして。そいつはどれだけ危険かな?」
「メラクと同等です」
カッツェ平野でのんびり寝ている三つ首竜と同等。つまり、ツアーでは何の役にも立たないレベルの怪物。それを聞いて、ツアーは今日のお酒を増やそうと決めた。
「アイリス殿。ワールドエネミー『アリオト』は、既に顕現していると思うか?」
「いいえ。もし顕現しているなら、評議国と王国は地上から消えています。そもそも、アリオトが完全顕現しているなら、この星が残っていません」
「どういう意味だ? メラクがやったように、そいつも月を墜としたりしてくるのか?」
「アリオトには周囲の環境を変化させる能力があるんです。もしもやつが既にこの世界にいるなら、ここに映っている結晶体はこの星全てを覆い尽くしている筈なんです」
「それがないから、まだアリオトは完全に出現はしていない……か」
「ポジティブ。兆候はあっても、本体はまだ。なら、今のうちに対アリオトへの対策を進めたいのですよ」
「……それで私を呼んだのか。私はこの山脈の近くの都市から、住民を避難させれば良いのかな?」
「ああ、そうだ。評議国の永久議員であるお前なら、評議国の住民に避難勧告を出すのも容易いだろ」
「そう簡単な話でもないんだけどね。私が強権を振るえば可能ではあるが、間違いなく混乱はある」
「都市住人全員が死ぬよりはマシだろ」
「違いない」
ユグドラシルのプレイヤーの中でも、抜きんでて凶悪な力を持つサトル。彼に対してどうこうするのは無理と判断したのか、ツアーは割と穏やかな境地だった。諦めたと言っても良い。もしもサトルが世界に弓引けば、その瞬間にこの星は死の世界になるのだから、諦めても仕方なかった。
なので、ぶっきらぼうなサトルの物言いに、ツアーはそうだねとだけ返す。現状ではサトルは世界をどうこうする気もなく、この世界に顕現するらしいワールドエネミーに対抗可能なのはサトルとアイリスだけなので、二人に関しては受け入れる事にしていた。
「どの都市まで避難勧告を出せば良い?」
「この辺りです」
アイリスが指示した地点を見て、ツアーは「かなり難しい」と言葉を漏らす。
「そこまで避難させるとなると、想像以上に大がかりになる。本当にそこまで……被害が来るんだよね」
メラクにより滅ぼされた故郷を思い出して、ツアーは溜息を吐く。帝国の次に大規模な戦力が揃っていた、ツアーの最大拠点が周辺国家諸共メラク単体に墜とされたのだ。アイリスが想定した被害範囲は膨大だが、セプテントリオンによる被害範囲としてはまだまだ小さい。なにせその気になれば、この星全域を地獄に変えられるのだから……
「これでもお前に気を使って、アイリスは最低規模で済むように避難計画を練っているんだ。俺たちとセプテントリオンがまともに衝突すれば、評議国と王国は、竜王国と獣国の二の舞だぞ」
「分かってるさ」
メラクの衝突により国土の3割が消し飛んだ竜王国。その後もメラクの嵐により、大多数の都市が機能停止。現在の竜王国は、女王が不眠不休で働かざるを得ない状態に陥っている。
流石に竜王国が滅ぶのはジルクニフとしても見過ごせない……もしあの国がなくなれば、南東からの侵略行為を受けるようになってしまうので、できればまだ残っていて欲しい。そんな思惑から、かの国には帝国騎士団を通じて帝国から大規模な支援を行っている。
国内の食料事情が悪化した竜王国だが、『ユグドラシルⅡ』で取れた大量の農作物……人間種を100億人でも支えられるだけの食物を持つサトル陣営により、かなりの人間が救われている。
ジルクニフにしても、ただ同然の作物で竜王国に恩を売れるなら安いものだ。輸送路に関しても、英雄級を多数抱える帝国騎士団にとっては大した問題でもない。
しかし世界の平穏を守護するツアーとしては、獣国……ビーストマンの国が消し飛んだのは看過できない。あの被害が評議国にも降りかかるかもしれないとなると……だ。
だから、ちょっとだけ文句のような事を言ったツアーだが、この後評議員全員を駆り出してでも避難させる手筈だ。
評議国はそれでどうにかなる。そうなると問題は一つだけだ。
「王国をどうするかだな」
「アリオトが顕現した場合、王国はこの付近までは結晶体に覆われる可能性が高いです」
ミニチュアの中の結晶が大きく広がる。覆われた範囲は王都リ・エスティーゼ。リ・ボウロロール。リ・ロベルの三都市を呑み込んでしまう。
「想定死者数は380万人。その後アリオトが動いたなら、3分で王国全土が崩壊。評議国、聖王国、法国、帝国の四国も滅されます。その場合の死者数は───」
ざっと四千万人です。具体的な数字を出されて、ジルクニフが唾を飲み込む。四千万。帝国の総人口の5倍以上も、たった一体の怪物が3分出現するだけで消し炭になる。あまりにも非現実的な想定だが、ついこの間の月墜としと虹の衝突は記憶に新しい。
「私とアイリスは、可能ならば現王都付近にメラクを移動させたい。アリオトとの決戦地には、リ・ボウロロール、リ・エスティーゼ、エ・アセナル三都市の中央にある平地を使うつもりだ」
「本当はこの場に、リ・エスティーゼ国王を招きたかったのですが……」
「やめておいた方が良いだろう。前国王ランポッサ三世ならまだしも、現国王であるバルブロが招集に応じるとは思えん」
ジルクニフの言葉に、アイリスが頭を押さえてしまう。サトルも彼の評判を集めて、暗君であると知っているので「そうだよなぁ……」と発する。ツアーだけは王国の現状を良く知らないのか、頭に?を浮かべていた。
……バルブロは暗君ではあるが、最悪<記憶操作>の魔法を使えばどうとでも操作できる。しかし、あの国は王派閥と貴族派閥の争いが無くなった後でも、貴族間でのマウントの取り合いは終わっていない。仮にバルブロを呼んだところで、貴族が王の言葉を聞くかと言うと……だろう。それに<記憶操作>に関しては、現状サトルはジルクニフにも明かすつもりはない。あれは切り札の一つなのだ。
「……そこでだ。私とアイリス……皇国騎士団は、王国を掌握することにした」
「どうやって?」
「こちらで調査したところ、彼らはエ・ランテルの奪還を計画しているようです。その前に私たちでエ・ランテルを手中に収める」
「エ・ランテルにはスルシャーナがいるんだろ。力づくで彼をどうにかするのかい?」
「そんな事はしません。幸いにも、スルシャーナ達は一週間ほど前にエ・ランテルを離れたようです。具体的にエ・ランテルを使って何をするかは、ツアーには話せません。これは帝国の軍事計画に関する事ですので」
「……構わない。君たちが王国の民に何をするのかは知らないが、このまま放っておいても全員死ぬのだろ?」
「ポジティブ。セプテントリオンの手で、たくさん死にます」
「……ならいいさ。ワールドエネミーの手で死ぬのか、君たちに殺されるかの違いだけだ。それで気兼ねなく、君たちがアリオトと戦えるのなら……受け入れるしかないだろ」
ツアーは王国の民が死ぬ可能性を示唆されたが、それで心が動くことは無い。セプテントリオンの脅威を、この世界の誰よりも良く知っているのがツアーだ。あれが出現した時、どうにか出来るのは目の前の『ウンエイ』しかいないのだ。ならば、ツアーにどうこうする権利など……何一つない。
……ジルクニフは皇国騎士団が何をするのか全部知っている。知っているからこそ、今年は戦争などする気もない。
───こいつらが一方的に王国を蹂躙するのは戦争などでは断じてない。ただの神々の戯れだ。しかし……その戯れに任せなければ、帝国住民800万の命も消えてしまう。ああ……この世界の神よ。なぜこんな夫婦を始めとした、超級の怪物達をこの世界に招いたのだ。貴方は間違っている!!
チラリとジルクニフはツアーを見る。ツアーもジルクニフを見た。
大変だね
お前もな
お互いどんな苦労をしているのか知りもしないが、ワールドエネミーと