イビルアイは蒼の薔薇メンバーと別れた後、一人転移魔法を使いエ・ランテルへ跳ぼうとして───
「使えない?」
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「スルシャーナのやつが、エ・ランテルに転移阻害を施したか?」
王国周辺ではユグドラシル出身者を除いて、転移魔法の使い手が少ない。イビルアイ・フールーダあとは法国が儀式を用いた時ぐらい。なので転移は万能に思われているが、実際には色々と制約がある。ユグドラシルであれば<転移遅延>や<一方的な決闘>、<次元封鎖>と言った転移に対する対抗魔法。
流石に第八位階に属する<次元封鎖>は知らないが、転移への対抗手段は複数あるとイビルアイは長年の経験から知っている。だから神であるスルシャーナが、エ・ランテルに何らかの対策を施したのだろうと推測した。
───近くまで転移して、そこから徒歩で移動するしかないか
以前転移場所に使った、エ・ランテル近くの冒険者が使う小屋に目標を変えて<
小屋を出て、イビルアイは全速力で地面を蹴る。疲労無効のアンデッドは、常に全開で動くことが出来る。地面を飛ぶように駆け抜けたイビルアイは、恐ろしい速さでエ・ランテルに到着した。
エ・ランテルの中からはトンテンカントンテンカンと、木を槌で叩いたりしたような音がしている。
「スルシャーナのやつが何かしているのか?」
その音は王都でもよく聞く音で、建物を建てたり修復する時に職人達が工具を振るう時の音だ。都市を離れる前に建物を修復していく算段なのだろうかとイビルアイは推測し、正門へと近づく。
「むっ! 止まれお前は何者……ん? この小さな体躯に仮面……」
「蒼の薔薇のイビルアイか」
「そうだが……そちらこそ何者だ?」
正門には以前いた門番───
「我らは元獣国の民だ」
「獣国と言うと……竜王国に攻め入っていた……か? なぜそんな奴らがここにいる」
ビーストマンが竜王国に進軍していたのは、王国冒険者の間でも有名な話だ。もし竜王国が堕ちれば、次は帝国が狙われる。そうなれば人類守護の名目で、王国の冒険者も帝国へと渡り前線に出ていたことは想像に難くないからだ。
そんなビーストマン共が、なぜかエ・ランテルの門番をしている。意味が分からなかった。
「先日我らの祖国には巨大隕石が墜落した。それは知っているか?」
「いや……そう言えば王都が多少揺れたな。あれは隕石の衝突だったのか」
「そうだ。それにより我らの国は滅んだ。幸いにもこいつと私は、爆心地から離れた都市にいたので助かったが……」
「それ以外は全滅したよ」
「そうか……それがどうして人間の国にいる?」
「……祖国が滅び、都市機能も崩壊して困り果てていた我らの前に、一人の大悪魔が現れた。名は
「……聞いたことが無い名前だな」
長い時を生きるイビルアイが聞いたこともない悪魔。吸血鬼は首を傾げる。
「ヤルダバオト様はルーファス様と契約した悪魔だそうだ」
「……ルーファス?」
「スルシャーナ様の従者だ」
「ここでようやくスルシャーナの名前が出てくるのか。そのヤルダバオトがルーファスなる従者と契約した悪魔だとして、なぜお前達の前に現れた?」
「……ヤルダバオト様は仰られた。スルシャーナ様は人類に仇名す種族を許しはしないが、さりとて全滅までは求めていない。我らが人間への敵対を止めるならば、命を助けると……」
「それで受け入れたのか?」
「……受け入れなかった者もいた。人間は主食だと……」
「お前達は受け入れたと?」
イビルアイが問うた途端、二人のビーストマンが震えだす。あまりにも酷い震え方をするので、イビルアイは若干後ずさりした。
「当たり前だろぉ!! あんな……あんな死に方俺はしたくねえ!!!」
「受け入れなかった奴がどんな目に遭ったと……!! 人間をこれからも食うと!! そう高らかに宣言した奴は…………嫌だ……絶対に嫌だ!! あんなのは御免だ……」
「………………」
詳細は不明だが、生き残りのビーストマンの内、ヤルダバオトに従わなかった者は相当悲惨な目に遭ったらしい。イビルアイの体格の倍はあるビーストマン二人は、その時の光景を思い出したのか顔を覆い嘆きだしてしまう。
一体どんな目に遭ったんだと聞きたくなるが、トラウマに触れたっぽい反応なのでイビルアイはこれ以上の追求はしないことにした。
「まぁ……お前達が人間に手を出さないと決めて、スルシャーナ……この場合はルーファス……か? そいつが命を助けると決めたなら、私にどうこう言う資格もないが……それでエ・ランテルに連れてこられたのか?」
「あ、ああ。元の都市では俺たちを監視するには遠いから、法国に近いここに住めって、ヤルダバオト様が……」
「……あまり良い話ではないな」
いつかはスルシャーナもアンデッドを連れて法国に帰還する。その想定があったからこそ、無駄に争う意味は無いと城塞都市奪還作戦にイビルアイは否定的だった。単純に戦力差の問題もあるが、それ以上にいつかいなくなるのだから放っておいても良いだろうと判断していたのだ。
しかしスルシャーナが亜人の絶滅を望んでおらず、保護すると決めて城塞都市に住まわせた。そうなると、エ・ランテルは誰の物かと言うことになる。
都市含めてエ・ランテルは元は王国の物だ。そこに勝手に亜人を住まわせるなど通常で考えれば言語道断。王国に対する宣戦布告と言っても良い。だが、法国はエ・ランテルの壊滅と言う敵対行為を既に行っている。もっと言えば、人類圏最強国家である法国は王国をとっくの昔に見限っている。スルシャーナが述べたように、王国そのものを売種奴として見做していた。
その考えで行けば、法国が王国の都市を占有する。これ自体はとんでもない敵対行動だが、法国の対王国戦略が本格化したとも言えるだけだ。仮に王国が法国に墜とされたとして、どれだけの人間が王国の味方をしてくれるか……
とは言え、イビルアイにもイビルアイの思惑がある。
「……ここを通っても良いか? 私はスルシャーナに話がある」
「蒼の薔薇が来れば無条件で通せと言われているから構わないが……ここにスルシャーナ様はいないぞ。この都市の管理はヤルダバオト様に任されて、法国に帰ったそうだ」
「なに!? ……予定が狂ったな。法都に向かうべきだったか。……待てよ。ここはヤルダバオトとやらが任されているのだよな。そいつはここにいるのか?」
「いる。ヤルダバオト様に会うのなら、言葉遣いには気をつけておけ。スルシャーナ様を呼び捨てにした同胞は……ちくしょう! あいつは、あいつは良い奴だったのに!! それを、それをあんな!!」
何やらまたイビルアイが地雷を踏んでしまったのか、虎頭が目頭を押さえて泣きだしてしまう。獅子頭もそんな虎頭の肩を抱いて、二人で啜り泣き初めてしまった。
───そのヤルダバオトとやらはどんな奴なんだ?
エ・ランテルの管理をスルシャーナから任されたと言う謎の大悪魔。会う前からげんなりする気持ちになるが、よしやるぞととにかく自分を鼓舞してから、イビルアイは二人のビーストマンを放置してエ・ランテルへと入っていった。
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エ・ランテル都市内には、ビーストマンの他にもアンデッドや悪魔が多数いて、全員が力を合わせて家屋や建物の修復に力を注いでいる。
金属を打つ音や木材が叩かれる音の中を進みながら、イビルアイはどうしたものかと悩んでいた。
───目論見が外れた。スルシャーナは保護したビーストマンを一時的にここに住ませたのか……それとも永住的にここで暮らさせるのか? 亜人種の保護など今までの法国のやり口ではないが、スルシャーナとしては絶滅を望んでいないのは確かだろう。ほんの少し話しただけだが、彼は理知的な人物───アンデッドだった。エ・ランテル市民が亡くなった事を、残念だと感じていたあの口調に嘘は無かった
亜人保護。それも人間を主食などと抜かすような種族など、はっきり言って人類からすれば害悪だ。しかしここに連れてこられたらしいビーストマンは、殆どが牙を抜かれている。見た目は人間にしか見えないイビルアイを見ても、彼らは一様に怯えて目線を逸らすだけだ。
───ヤルダバオトとやらが何をしたのかは具体的に知らんが、よほどの目に合わされたか。スルシャーナの従者であるらしいルーファス……どれほどの実力者なのかは分からんが、それが契約したらしい大悪魔。スルシャーナには劣るとしても……下手をすれば難度換算で200は見ておいた方が良いだろうな
これから話し合う予定の大悪魔・ヤルダバオト。イビルアイは最初からスルシャーナと争う気はないが、それでも相手の実力を事前に把握しておくに越したことはないと脳内で算段する。
彼女が目指すのは以前スルシャーナがいた、元都市長の邸宅だ。ヤルダバオトとやらがスルシャーナの後釜としてここにいるならば、高い確率でそこにいるだろうと予測したからだ。
本当は転移で移動したかったが、王都から転移出来なかったように、都市の内部でも転移は出来ない。仕方ないので徒歩で邸宅に辿り着いたイビルアイは、見かけたエルダーリッチにヤルダバオトに会えないかを尋ねた。
「イビルアイ様ですね。貴女様でしたら、ヤルダバオト様も快く歓迎してくれるでしょう」
そう言ってエルダーリッチは<伝言>で連絡を取り、了承を得たのか「どうぞこちらへ」とイビルアイを案内してくれる。
彼女が案内されたのは、以前スルシャーナと会った執務室。エルダーリッチが扉を開け、室内に入り……そこにいた悪魔を見て、イビルアイは自分の中の情報を修正する。
───くっ、この力……まずい!! スルシャーナより劣るかもしれない? 違う!! こいつはあの神とほぼ同格だ!!
執務机にいたのは黒いスーツにシルクハット。スーツの上にはマントを羽織っている。そこまでなら人間にもいそうな出で立ちだが、決定的に違う点がある。蛙なのだ。蝙蝠のような翼が生えた蛙が、執務机には座っていた。
「ようこそ蒼の薔薇のイビルアイ様! 我が主の主、スルシャーナ様に代わり、不肖このヤルダバオトが貴女様の御相手を致しましょう。さぁどうぞ御掛けになられてください」
スッとヤルダバオトが指を差すと、執務机の前に椅子が出現する。どうやって出したのか不明だが、格上に促されて座らない選択肢はこの世界に存在しない。自分を指一本で殺せそうな悪魔相手に、イビルアイも積極的に反抗する気はない。そもそもここには話し合いに来たのだ。相手が促してくれるならば、その思惑に乗るつもりだった。
椅子に座ったイビルアイを見て、ヤルダバオトがエルダーリッチに部屋を出ていくように指を振る。ここまで案内してくれたアンデッドが部屋から消えて、イビルアイとヤルダバオトだけが残された。
「初めましてヤルダバオト殿。知ってはいると思うが、貴殿とは初対面なので改めて自己紹介させて貰う。私は蒼の薔薇のイビルアイだ」
「では私も名乗らせて頂きましょう。我が契約者ルーファス様の主スルシャーナ様に代わり、城塞都市エ・ランテルを預かっている魔皇ヤルダバオトと申します。以後お見知りおきを」
椅子から立ち上がり、優雅にお辞儀するヤルダバオトを見てイビルアイは内心「まずいな」と少し冷や汗をかく。見た目は間抜けな顔をした蛙なのに、立ち振る舞いには上品な所作しかない。イビルアイより遥かに格上なのに、あくまでもこちらを客人として扱う様には優雅さすら垣間見える。
───格上は本来こちらを侮るぐらいの手合いの方が良いのに……スルシャーナもそうだが、隙のない上位者が一番まずい
ジャイアントキリング然り、格下が格上に通じるのは上位者が侮ってくれた時だけだ。まるで同格のように接されてしまったら、格下がつけ入る隙が無くなってしまう。
「それで。イビルアイ様は、なぜエ・ランテルに来られたのですか?」
ふう……と息を吐いて───アンデッドなので呼吸なんてしていないが、気分的に深呼吸をしてイビルアイを口を開く。
「今日、私がエ・ランテルに来たのは、スルシャーナ様に一つお願いがあったからです」
「お願い? ……それはなんでしょうか? 私の方で叶えられる願いであれば、快く聞きますよ」
「……現在、リ・エスティーゼ国王バルブロが、エ・ランテル奪還の軍事計画を立てています。あと一月もしない内に、かの王は10万以上の軍勢を引き連れてここにやってきます。どうかお願いです。その者達の命を見逃してはくれませんか!?」
椅子から立ち上がり、頭を下げながらイビルアイはヤルダバオトに懇願する。その言葉とイビルアイの行動を見て、ヤルダバオトが返答する。
「軍勢を引き連れてくるのはそちらなのに、私に見逃せとはおかしな言葉ですね。イビルアイ様は、スルシャーナ様から法国の思惑や、この都市の戦力をお聞きなのでしょう? それを王国の冒険者組合に報告し、その上でバルブロ王は奪還作戦を立てたのではないのですか?」
「それは……少し違う。私は精確な情報を、組合には伝えていないんだ」
「どうしてですか?」
「……もし私が組合に伝えていたら───」
もし法国の手でエ・ランテルが滅ぼされたと知れば、現王であるバルブロはエ・ランテル奪還だけでなく、法国への宣戦布告も行っていた。そうなれば戦力で劣る王国は、報復により滅ぼされていた可能性の方が高い。それらの思惑からエ・ランテルにいるアンデッドの戦力だけを組合に伝えたのだと、隠さずにヤルダバオトに告げた。
それを聞いた蛙顔の悪魔は「困りましたね」と呟く。
「イビルアイ様が国を想い真実を隠したのは美徳かもしれませんが、結局バルブロ王が奪還のために軍事作戦を決行しようとしているなら、貴女様の行動は何の意味も無かったことになる」
「分かっている! だがあの時はこうするしかなかったんだ!!」
「……なるほど。しかしスルシャーナ様の戦力に関してはお伝えなのでしょう。それを考慮して軍を結成しているなら、危険なのはこちらではないでしょうか?」
「いいや。バルブロを筆頭に、多くの貴族が実際の戦力差がどれだけあるのかを全く把握していない。賭けてもいい。ヤルダバオト殿。貴方一人だけでも、今回の奪還軍を皆殺しに出来る」
「イビルアイ殿の言葉を信ずるには、判断材料も少ないですが……それだけの戦力差があるのに、エ・ランテルを目指しますか」
本当に困ったものですねとヤルダバオトは言葉を漏らす。それから何分経っただろうか。目を瞑り言葉を選んでいたヤルダバオトは残念ですがと口にした。
「エ・ランテルは元々は法国の土地です。大昔に帝国と王国の元となった国に、一時的に貸し出しされていただけ。魔神戦争のゴタゴタでうやむやになり、王国と帝国に別れた時に王国の都市となった。それを本来の持ち主である、私どもが接収するのが道理です」
「……人間の法に基づいても、法国が管理するのが正しいと?」
「ええ。ですので、バルブロ王には申し訳ないですが、エ・ランテルは法国の土地です。そこを奪おうと侵攻してくるのであれば仕方ありません。我々は徹底抗戦するつもりです」
「……ヤルダバオト殿の方が圧倒的に格上なのに……全力で迎え撃つと?」
「勿論です! それがエ・ランテルを任された私の役目ですので」
ギリッとイビルアイは唇を噛む。圧倒的格上が、絶対に首を縦に振らないと明言した。ならばこれ以上、彼女に出来る事は何もない。エ・ペスペルに集められている数万……これからもっと集まるなら10万を超える人間は、目の前のヤルダバオトにより皆殺しにされるのだろう。
それを止める術は何もない。何も……
「ところで。イビルアイ様は、その奪還作戦とやらに参加されるのですか?」
「……ああ。王族の卑劣な勅命とやらで強制参加だ。ヤルダバオト殿と戦うぐらいなら、仲間を連れて何処かに逃げるがな」
「逃げる……ですか。それがよろしいかと。……尤も、ここから逃がす気はありませんがね」
「───なに?」
突如として雰囲気が一変したヤルダバオトに、イビルアイは困惑する。それに逃がさないと
言う発言の意味が……
「『動いてはいけませんよ』」
「これは……体が!!!」
「……我が主ルーファス様は、蒼の薔薇の皆さまのような有望な人物が、人類圏から出ていくのを危惧しています。一言で言えばそうですね……イビルアイ殿を含めて、蒼の薔薇には法国の下で活動して頂きたいと思っています」
「それが……私を拘束する事と何の因果がある!?」
「安全確保と身柄確保ですよ。この後本当に宣言通りに逃げるにしろ、あるいは義侠心から従軍するにしろ、<転移>が使えるイビルアイ殿を逃がすと面倒ですからね」
やれやれとヤルダバオトは首を横に振る。
───これで義妹が色々と動く上で一番邪魔な駒を排除出来た。私としてはここで殺しても問題ないのですが、それは義妹が嫌がりますからね。しかし『支配の呪言』がここまで強力になっているとは……モモンガ様と義妹両方の御供強化スキルの恩恵様々ですね
40レベル以下にしか通じない筈の支配の呪言。それが50レベルを超え、なおかつ精神作用無効のアンデッドなイビルアイに通じた事に、ちょっとだけヤルダバオト……を名乗るデミウルゴスは感心していた。
デミウルゴス:パンドラ共々世界級エネミーの御供強化パッシブスキルにより実は大幅にパワーアップしてる
イビルアイ:転移魔法やら色々と強ユニットゆえにオペレーションゲヘナに邪魔なので盤面から排除