「くそ!! あいつ一人で行かせるんじゃなかった……」
蒼の薔薇が良く使う高級宿。そこの酒場でガガーランが拳を机に叩きつける。
……イビルアイが王都に還らずに一週間が経っている。当初はすぐに帰還すると信じていたガガーラン達だが、3日経った辺りでほぼ諦め、一週間が経過した今は彼女の生存は絶望的だと悲観していた。
「……今からエ・ランテルに行ったとして、イビルアイは助けられると思う?」
「無理。イビルアイの想定なら、スルシャーナの難度は250以上。私たちが向かったところで、二次災害に会うだけ」
「スルシャーナだけじゃない。法国の特殊部隊、六色聖典もエ・ランテルで待ち構えている可能性もある。イビルアイがいる時でも、一部隊にあれだけ苦戦した」
「そこに難度250越えの神様もいる可能性がある。それだけじゃねえ。難度100以上のアンデッドまでうじゃうじゃいやがるんだ。俺たちじゃ、どう足掻いたって勝ち目なんざねえよ……だからこそ、一人で行かせるんじゃなかった!!」
蒼の薔薇は全員、スルシャーナとイビルアイの間で決定的な決裂があったのだと確信している。その結果、恐らくは命を墜としたのだろうと……
もし生きているなら<伝言>を使ってでも、イビルアイなら連絡をくれる。そう信頼と信用があるからこそ、どうしようもない失望に四人は襲われていた。
「……あいつは。イビルアイは死んだと。そう思うしかねえ。だけどよ、ラキュース。法国に報復しに行こうなんて考えるんじゃねえぞ」
「………………どうして?」
「お前の持つ魔剣が真の力を解放したとして、法国を……国を相手にして、ひっくり返せるほどの力があるか?」
「……ないわ。でも!!───」
「でもじゃねえよ。このまま挑んだとしても、あっさり殺されるのがオチだ。なら、復讐するにしても力をつけるべきだ。それか信仰魔法の腕を磨き、より高位の蘇生魔法を覚えるとかな。そうだろ?」
ラナーだけでなく、イビルアイすらもエ・ランテルで失った。その事実に涙を流し、未だに目が赤いラキュースはガガーランを睨む。睨んだ後、すぐに目線を逸らしてしまう。
ラキュースとて分かっている。今法国に乗り込んだところで、自分の実力では返り討ちに会うだけ。難度250の神と、そんな神が率いる難度100のアンデッドの群れ相手になど敵わない。一方的に殺されるだけだ。
それでも大切な親友と大切な仲間の敵討ちを考えてしまう。なまじ才能と実力があるだけに、どうしてもその思考が脳裏をよぎる。
失意に揺れる自分達のリーダーを見ながら、ガガーランはどうしたものかと頭を掻くのだった。
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ラキュースが一人で暴走しないように双子を見張りに付けた後、ガガーランは宿を出て路地を歩いていた。
「クソったれ……これ以上仲間が亡くなったりするのを、黙ってみてる気はねえって言ったのにこの様かよ」
地面に転がっていた瓶を踏みつけ砕きながら、ガガーランは弱音を吐く。ラキュースに言った報復なんて辞めておけ。するにしても力をつけろ。この言葉に嘘はない。復讐したところで自分の気が晴れるだけで、何も解決なんてしない。それどころか、魔剣の力を解放したことで法国の人間が大勢死に、その報復でラキュースが殺されたなら人類全体が損をするだけ。
仮に得をするとしたら、それは人間国家を攻めているような亜人種や異形種だけだ。だから復讐に意味なんてない。ただ、それでも。
「あの時引き留めてりゃなぁ……」
ガガーランはラキュースより長い時間を生き、相応の経験を積んでいる。後悔したくなることなんて山ほどある。あの時イビルアイを引き留めておけば……それこそ、クライムと共に、ラナーの護衛を引き受けておけば。王女が拒んだとしても、勝手にこっそりついていけば……
だがそれらはすべて過去。今まで幾度もあった、後悔したくなる出来事の一つに過ぎない。友人だった冒険者が命を落としたこともある。知人の娘が野盗に攫われ、親の元に帰って来た時には心が壊れた人形になっていたことだってある。その時、自分が近くにいれば……そんな後悔なんて幾らでも。だから、これも後悔の1ページ。そう納得して、ただ明日を生きるしか、か弱い人間種には許されないのだ。
それでも内心にあるジクジクとした感情は簡単に消えないのか、しかめっ面をしながらガガーランは裏路地に曲がろうとして───
「逃がすな!! そっちに逃げ込んだぞ!!」
「絶対に捕まえろ!! あんな上玉そうそういねえからな!!!」
「───あ?」
裏稼業と思わしき人間の怒鳴り声が聞こえてくた。若干不愉快な気分の時に、より一層不快になる声が聞こえて来た事にガガーランは舌打ちする。
「この辺なら八本指のやつらか?」
男達の怒鳴り声は徐々にこちらに近づいてくる。少し前までなら、八本指と言えどもそこまで積極的な活動はしていなかった。流石に裏稼業が表であれこれするには、ランポッサの目があったからだ。巡回使などは美味しい餌に釣られ、八本指の犬として活動していたが……それでも、国のトップがランポッサの時は我が物顔とまでは行かなかった。
だが、今は違う。バルブロが全面的な支援をした八本指は、事実上王都を支配している。この辺りの路地は高級宿も近く治安が良かったのに、今では犯罪組織の三下が怒鳴り声を上げながら走り回る始末だ。
「誰かを追いかけてやがんのか」
上玉云々の発言から、ガガーランは大方の予測をつけた。現在の王都では、八本指による誘拐・略取は珍しくもない。手頃な人間が人売りに捕まり、売られ、人権のない奴隷とされるのなど日常茶飯事だ。それがガガーランとしては堪らなく不愉快であり、同時に冒険者としての限界を思い知らされるのが更に苛つきを増させる。
仮にガガーランが人売りを義侠心から捕まえたところで、一時間もすればそいつは釈放される。捕まえる側の人間の殆どが、八本指の操り人形だからだ。
まともな人間も麻薬漬けにされ洗脳されるか、王であるバルブロにより処罰されて投獄されるので自浄作用など望みようもない。
「……潮時かねぇ……」
イビルアイがいなくなった。王族の中で一番見どころのあった姫様は死に、目をかけていた少年も亡くなった。王国の中心である王都は腐敗と汚職まみれ。アダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇への依頼も日に日に減っており、ラキュースを利用してエ・ランテル進軍への強制徴収。
正直なところ、ガガーランがこれ以上王国で冒険者をやる理由は無くなりつつある。まだ彼女が王都にいるのは、リーダーであるラキュースがいるからだ。ラキュースが両親を見限り、貴族の名を捨て完全に出奔するなら今すぐにでもこの国を出て行っても良い。王都から近い国……聖王国で冒険者として活動したって良い。
そんな思考になりつつあるガガーランの元に声は更に近づいてくる。それと同時に足音も近づき───
「たすけ……そこの人! 助けてください!!!」
「ん?」
裏路地からガガーランの元に小さな人影が飛び込んで来た。その人物は非常に小柄で、イビルアイと同じくらいか、ひょっとすればもっと小さい。
ボロボロの外套に身を包んでおり、顔は隠しているが声からして女の子だろう。そんな少女が顔を上げてガガーランを見やる。
「……エルフ?」
その少女はエルフ……それもダークエルフだった。非常に整った顔立ちをしており、これから成長すれば恐ろしいまでの美人になると予感させる。左右で色の違う瞳───緑と青のオッドアイが特徴的だった。
「いたぞ! あそこだ!!!」
助けを求められて少し困惑するガガーランと、ボロボロの外套を見つけたのか男が5人ほど走って来た。彼らは最初ガガーランを脅しつけてやろうと口を開こうとしたが、首にぶら下がっているアダマンタイトのプレートを見て気が付いたのか、警戒心を強める。
「おまえ……蒼の薔薇の誰かか」
「筋肉ダルマの女。こいつガガーランだぜ」
「誰が筋肉ダルマだ。誰が……お前らこそなんだ。八本指の三下共か?」
三下と言われて沸点の低い男達の顔に朱が混じるが、すぐに手を出すような真似はしてこない。ガガーランの実力は広く知れ渡っており、まともに彼女とやり合えるほどの実力が彼らにはないからだ。もしも実力行使に出れば、逆に叩きのめされる。暴力を知るからこそ、暴力の味を身に染みているのだろう。
「俺らが何かなんて関係ねえよ。お前にしがみ付いてるそのエルフ。そいつをこっちに寄こせや」
指を差されたエルフはビクッとした後、ガガーランの後ろに隠れてしまう。その行動に少し呆れた後───
「このちっこいのは、お前らの方に行くのは嫌みたいだな」
「そいつの意思なんざ知るか。なぁ、ガガーランさんよぉ。この国でのエルフって生き物が、どんな立場なのかぐらい知ってるよな? さっさとそいつを引き摺ってでもこっちに渡さねえと……お前、死ぬぜ?」
ガガーランが庇っていると思ったのか、三下がガガーランを脅す。その発言に声には出さないが、確かになぁ……とガガーランは内心頭を掻く。
ガガーランはこのエルフの素性なんて一つも知らないが、ほぼ100%奴隷として連れてこられた商品だろうと当たりをつける。
エルフは人類国家では一切人権がない。法国ではただの奴隷。帝国でも奴隷。そして王国でも……奴隷だ。ラナーが存命でランポッサが王だった時には、奴隷制度が廃止されていたが、バルブロが復活させたことで人身売買は活発化。ただでさえエルフは人権のない亜人種扱いだったのに、奴隷制度復活により一層酷くなった。
そんなエルフを庇ったりすれば、幾らガガーランがアダマンタイト級冒険者と言えども法で罰せられるだろう。冒険者は国の在り方には不可侵であれ。ここでエルフの奴隷を庇うと言うことは、暗黙の了解に真っ向から中指を立てる行為に他ならない。
だから、ここでガガーランが行う正解の行動はたった一つ。
「別に勝手に持って行けよ。俺は偶々通りかかっただけだ。このちっこいのの事情なんざどうでもいい」
こういえば全てが丸く収まる。八本指、ひいては王国に楯突く行為になど何の得もない。仮にガガーランがここを通らなければ、いずれは捕まっていた少女なのだ。助けを求められたが、見捨てたところで誰も咎めたりしない。ここで助けを請われたからと言って、助けたところでメリットもない。むしろデメリットの方が大きいくらいだ。
けれども、だ。三下悪党の言葉に従うほど、ガガーランは素直ではない。
エルフは見た目は良いので大抵愛玩道具として活用されやすい。しかも純人間扱いしなくても良いので、普通の人間には絶対に試せないような遊び方に用いられ易い。
ガガーランは背後に隠れた少女を見る。非常に見た目が良いエルフ。それが八本指に追いかけられ、商品として扱われている。間違いなくこの少女は酷い使われ方……同じ女性であるガガーランどころか、多くの男性でも目を覆いたくなる用途行きだろう。
あらゆる要素を天秤にかけ、ガガーランは内心だけでなく実際に頭を掻き、貧乏くじだよなぁ……と呟いてから───
「悪いな。さっき助けを求められて、いいぜって答えちまったんだよ。そっちとこの子の関係は良く知らねえが、了承しちまったもんは仕方ねえよな」
「…………はぁ?」
下っ端A~Eの顔が歪む。ガガーランは男連中が八本指だと認識しており、その上で追われていたエルフを庇うと明言したのだ。これは明らかに八本指に対する敵対行為であり、同時に奴隷制度を復活させたバルブロ王に対する宣戦布告と言い換えられる。
「手前、自分が何言ってんのか分かってんのか!? どう見たってそのエルフは俺らの商品で、これから売られる奴隷なんだよ!!!」
「そいつ庇っても良い事なんざねえぞ? エルフの売買はこの国で正当に許された権利だ。巡回に泣きついたって、法で罰せられるのはそっち。下手しなくても、その首にぶら下げたプレートが剥奪されるだけだ」
ガガーランに泣きついたダークエルフの少女は、こっそりと両者の顔色を伺う。少女の助けに対し、ガガーランはいいぜなんて答えていない。なのに、彼女は臆することなく、損をすると分かった上で初対面の少女を庇った。その行為を確かめてから、少女はもう一度ガガーランの後ろに引っ込んでしまう。
「だからどうした。こちとら、普段から命賭けた切った張ったで生きてんだよ。今の王様が怖くて、モンスター相手にしてられかってんだ」
「……正気か?」
「正気も正気よ。そもそも、俺はバルブロに苛ついてんだ。こっちの都合も知らねえで、自分の思い通りに動かせると思ってる、今の馬鹿王にな」
ガガーランの本音だった。バルブロは王としての権利を用いて、蒼の薔薇相手に真っ向から喧嘩を売ってきた。八本指はこの国に歯向かうがどうかだと言ったが、ガガーランに言わせれば冒険者と国の不文律を踏み越え、殴りかかって来たのはバルブロとそれ以外の貴族共が先だ。
ここで初対面のエルフを差し出せば、また王国でアダマンタイト級冒険者としてやっていけるだろう。……今更、王都でこれ以上冒険者をやる意味をガガーランは見いだせない。
───そう、潮時なんだ。イビルアイを葬ったかもしれない連中がいる場所に、ラキュースの奴までは差し出せない。あいつの親の命が担保に掛けられてはいるが、それであいつを見殺しになんぞ出来ねえ。この国に愛着はない。ティアとティナと協力して、ラキュースを気絶させてでも、王国から連れ出す。このエルフの嬢ちゃんを助けるのはその一環だ
これ以上仲間を見殺しになんて出来ない。自分の心情を捻じ曲げて、不愉快な国で冒険者をやる意味もない。だから、これは切っ掛け。エルフを少女を出汁に、自分の行動の後押しをする行為。
「消えな。俺は今機嫌が悪くてな。これ以上ごちゃごちゃ抜かすなら、お前らを人攫いとしてぶっ潰すぞ」
そうガガーランが凄むと、途端に男達は後ろに一歩下がる。死線を潜り抜けた者と、喧嘩やリンチはあっても本気の殺し合いをしたことがない連中の差。それを嗅ぎ取った男どもは悔しそうな顔をしながら、この場では一時撤退を選んだようだ。
「……覚えとけよ。俺らを舐めた事を必ず後悔させてやる。この街にいる間、一生追われる事だけは覚悟しろ」
そんな捨て台詞を吐きながら男どもが消えた後、ガガーランは膝を折りエルフの少女に目線を合わせる。
「大丈夫か嬢ちゃん。わけわかんねえ馬鹿共に追いかけられて怖かったよな」
外套の上から頭をぐりぐりとされて、ダークエルフの少女は目を白黒とさせた後───
「あ、その!! あ、ありがとうごじゃ……ございます!! 助けて下さって……本当にありがとうございます!!!」
何度も何度も少女は頭を下げて、ガガーランに感謝する。それに対して───
「別に構わねえよ。個人的に、あいつらのやり口にムカついただけだ」
「で、でも!! あたしのせいで、その、貴女が迷惑するってあの人たちが!!!」
「だから構わねえって。それ込みで納得して助けたんだからよ」
「でも……」
しゅんとしてオドオドしだす少女に、ガガーランは仕方ねえなと態度に出す。
「子供は子供らしく、大人を頼ればいいんだよ」
そう言って、もう一度頭をグリグリと撫でる。少女はされるがままに撫で繰り回された後、もう一度だけ感謝を述べた。
「あ、えと、そうです!! えっと、貴女は、その、さっきの人達がガガーランって言ってました!!! 貴女のお名前ですか!!?」
「そうだが? ……そういや、まだ嬢ちゃんの名前聞いてなかったな。何て言うんだ?」
「あ、えと、あたし!!! あたしは……あたしはマウラ!! マウラ・ベラ・フィオーラです!!!」
そう言って。マウラと名乗った少女は、もう一度頭を下げるのだった。
問Q(配点<大厄災>):ラナーが死んでクライムも亡くなってガゼフもいなくてランポッサは床に伏せてバルブロが王になった王国で冒険者をやる意義を100字以内で答えなさい。なお前提としてバルブロ王と貴族の意思を最大限まで尊重し、八本指にメリットを用意するものとする