リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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引越と散策と天武と奴隷

「オーナー! この箪笥はここに置いておくのですよ!」

「了解!」

 

 下見を終え皇城まで戻った後、ジルクニフに会い貰う邸宅を決めた事をサトルは伝えた。その時にサトルから感謝の言葉を幾つも貰った事から、自分の恩を売る作戦が上手くいっている事に内心微笑んだジルクニフだが、その事はおくびにも出さず寧ろ受け取ってくれた事を感謝すると述べた。

 

 そのまま貴賓館に移動して、またもや一夜を過ごす。その間にロウネや他の秘書官が物件引き渡しの手続きを済ませてくれたので、二人は何もすることが無かった。

 

 明けて翌日。皇帝から直々に見送られた二人は近衛二人を連れて、新たな住まいとなった邸宅へと向かった。移動は無論<転移門>を使用。ジルクニフからは───

 

「転移魔法の使用は自宅やここへの移動には構わないが、出来る限り治安維持の関係上市場などには繋げないで欲しい」

 

 とお願いされている。『ユグドラシル』のように、セーフエリア内での転移禁止措置が設けられていない帝都で不用意に転移魔法を多用していると、どこにでも侵入出来ると勘違いされてトラブルの種になるからだ。

 

 治安問題に絡むのであればサトルとしては了承せざるを得ない。彼は警察───帝都で言えば騎士───のお世話にはなりたくないのだ。

 

 またジルクニフから、後日選別したメイドを派遣すると二人は伝えられている。それまでの間は辛抱して欲しいと言う内容だ。

 

「ならメイドが来るまでの間、アンデッドや天使を召喚して使用人として良いでしょうか?」

「……敷地内であれば問題はない」

 

 アンデッドを始めとしたモンスターに仕事をやらせる案はジルクニフとしては賛成なのだが、表立ってそれを皇帝である自分が公言するわけにはいかない。ジルクニフの管理下にない大勢力である神殿はアンデッド死滅すべきと看板を掲げており、市民はモンスターとなると怯える可能性もある。なのでジルクニフの部下と言う事になるサトルが積極的にアンデッドを運用していると、どこから横やりが入るか分からないのだ。

 

 そういった政治的要素を聞かされたサトルは、アンデッドの運用に関して了承する。……ちなみに天使は逆に神殿勢力のお気に入りなのだとか。サトルは不公平だと少し感じた。

 

 ともあれ引っ越しをした二人は、屋敷内を飾り付ける。家具類は<上位道具創造>による産物だ。自分達好みにデザインしたベッドやタンス。鏡台にクローゼットなどを次々と創り出していく。特に二人が拘ったのはベッドに敷くマットレスだ。地球時代のサトルは寝具に拘りなどなかったが、貴賓館で使った高級寝具の虜になってしまっていた。

 

「オーナーのために最高のマットレスを設計してみせるのです!」

 

 クッション系を創造できるアイリスは、地球時代に集めたポケットコイルなどの知識を駆使してサトルの為だけのマットを生成。そんな風に二人でワイワイしながら調度品などを産み出していく。

 

 その間にサトルが下位アンデッド創造で産み出した10体のスケルトン達が、ホウキやチリトリを手に細かい埃を取り除いていく。雑巾とバケツを持ったアンデッドが熱心に掃除している光景を見たら、神殿の神官達であれば卒倒してしまうだろう。

 

 中庭の雑草を引き抜いたりするのは、中位アンデッド創造により産み出されたデス・ナイトだ。6体のデス・ナイトが荒れ放題の花壇などを整備する。重機の如き力を持つこのアンデッド達にとって、この程度の力仕事など苦もなく行える。

 

 数多くのアンデッドが淡々と仕事をこなす姿に、護衛として付けられた近衛二人は眼を丸くする。彼らにとってアンデッドとは生者を憎み、腐臭や腐敗を撒き散らしながらこちらを殺しにくる怪物。それが常識なのに……第十位階魔法詠唱者だと言うサトルは手足でも扱うかの如く、アンデッドを召喚し使役してしまう。彼らは御前試合を観戦していないが……それでもこの一端だけで、皇帝であるジルクニフが最高待遇として迎え入れた理由を察してしまう。

 

 自分達も手伝わなければならないと思っていた近衛二人だが、アンデッドが殆どの作業をこなしてしまうせいでやる事もない。デス・ナイトやスケルトンの邪魔にならないように、隅で縮こまる。

 

「これで飾り付けも終了なのです。あとは屋敷全体に<保存>をかけたら終わりなのですよ」

 

 アイリスの宣言通り、物体の劣化を抑える<保存>で邸宅そのものを風化から保護して引越作業が完了する。サトルが譲り受けた豪邸は、一番小さいとは言えそれでも元貴族の屋敷だ。そんな場所への引っ越しとなれば一日以上はかかるのが普通なのに、剛力を持つアンデッドを駆使したおかげか作業自体は昼前には終わってしまった。

 

「それじゃ、買い物にでも行くか」

「ポジティブ!」

 

 無機物であれば<上位道具創造>で造れるのだが、それ以外となると帝都の市場などに赴いて購入するしかない。軍資金自体はジルクニフから頂戴しているので困る事もない。

 

 ……二人とも飲食なりが必要ないので、実のところ市場に出る必要もない。だが貴賓館での持て成しにより食の楽しさに目覚めていたサトルとアイリスは、今更三食を取らない生活などしたくなかった。料理に関してもアイリスが地球時代にレシピを集めていたらしく、この世界の食材次第ではある程度再現可能だと判明している。なので街へと二人は繰り出す事となった。

 

「ふわぁ……」

 

 ジルクニフとの約束通り、転移魔法などは使わずに徒歩で住宅街を出て大通りへと出たサトル。物件の下見の際には住宅街入口まではジルクニフから借りた馬車を使ったので分からなかったが、今は徒歩での移動のため周囲をゆっくりと観察できる。目に映るのは異国文化の雅な風景。丁寧に舗装された道路は馬車道と歩道に分かれ、道の左右にはガラス張りのカフェや服屋が並ぶ。ゲームとも違う。地球とも違う。まさに異文化と言う在り様に、サトルは眼をキラキラと輝かせて弾む足取りで街を散策する。

 

 そんな彼と手を繋いだアイリスは、サトルの顔をこっそり見て普段のニコニコ顔をより一層笑顔にさせる。大好きなオーナーが楽しそうなのが嬉しいのだ。

 

 ……そんな終始楽しそうな笑顔を浮かべる夫婦に、街行く人は何事かと振り返る。絶世の美女を連れた、絶世の美男子。しかもそんな二人はなぜか皇帝直近の家臣である近衛を連れている。注目されない方がどうかと言う組み合わせだ。

 

 しかしサトルはその視線に気づいていない。今は初めて見る素晴らしい光景に心を躍らせるだけだ。

 

 そして二人がたどり着いたのは帝都の中央広場だ。どこを見ても大小様々な露天が立ち並び、野菜からアクセサリーと雑多な品物が数多く売られている。無数の屋台からは食欲を刺激する匂いが漂い、威勢の良い声が通りがかる者に投げかけられる。

 

 そこにいる者の顔には活気があり、無数の人間が行動や表情に夢と希望を満ち溢れさせている。

 

「素晴らしい……これは本当に……すごい」

「ポジティブ」

 

 ユグドラシルのお祭りイベントでも、ここまでの活気はなかった。リアルはそもそも環境汚染で全てが終わったディストピア。だからこんな熱気はない。活動的でもない。初めて触れる生命の彩りにサトルは圧倒される。

 

 サトル達が歩くと近衛と相まってどこかの貴族と勘違いされているのか、気づいた人達が左右に分かれ道を譲ってくれる。それに申し訳なさを感じつつも、その気遣いをありがたく頂戴したサトルはアイリスをエスコートしながら市場を散策する。見ただけでは良く分からない物があれば、詳細を近衛からサトルは聞き出す。

 

「これは何の果物でしょうか?」

「そちらはレインフルーツですね。ピンク色の果肉で、酸味の少ない柑橘系のフルーツとなります」

「ほう……美味そうだな。すまない店主よ。このレインフルーツを4つ頂けないか」

 

 貴族と思わしきサトルが直接露店で購入する事に、果実屋台の店主は仰天する。周りの人間も同じ反応だ。店主が固まったのを見てサトルは疑問に思うが、それらの反応からアイリスは「そういう事なのですか……大体の文化が見えてきたのですよ」と呟く。

 

 少しだけ固まっていた店主だが、欲しいと言われて断るわけにもいかない。数枚の銅貨と引換にレインフルーツをサトルは手に入れた。そのほかにもいくつか屋台を巡り、購入する肉や野菜などがどのような物なのかをサトルは逐一近衛に尋ねる。彼らはそれに嫌な態度一つも見せない……恐ろしいアンデッドを当然のように使いこなす魔法詠唱者に、そんな態度を見せるつもりもない。

 

「! オーナー! この羊の串焼き超おいしいのです!!」

「本当だ! 凄く美味い!」

 

 途中良い匂いがしたので購入した串焼きを、市場近くのカフェの席に座りドリンクを頼んでから二人は頬張る。程よい弾力を持つ肉を噛みしめれば、油が染み出しかけられているスパイスの効いたタレと混ざり合い口内を支配する。

 

 一口噛み締める。二口噛み締める。すぐに串焼きは無くなってしまった。

 

「あっ……ネガティブなのです」

「そうだな……もう一本……いや、三本ぐらい行くか!」

 

 これまた素晴らしい味の果実水で口の中の油を綺麗さっぱり流し終えたサトルが立ち上がり、再び市場へと戻ろうとするが───

 

「それでしたら、私が買いに参ります。三本ずつで宜しいでしょうか?」

 

 サトルから一緒にどうかと串焼きを勧められても、職務中なので気持ちだけ頂きますと断り傍で控えていた近衛がパシリに行くと宣言する。

 

 サトルとしては皇帝の近衛にそんな真似をさせるのは悪いのではと思うのだが、同時に仕事である以上しなければいけないのかなと考えありがたくその気持ちを受け取らせて貰う。

 

「では悪いが頼めるかな」

「はッ!」

 

 命を受けた近衛の一人が市場へと駆け足で向かっていく。それを見送ったサトルは中央市場の喧噪が産み出す熱気を眺めながら心の中で一人ごちる。

 

(良い国だな。最初は存在Xの手でサーバーから転送されたって聞いた時には不安になったりもしたが……良い場所で実体化出来たんだな俺たちは)

 

 国の統治と言われてもサトルにはちんぷんかんぷんだが、これだけ活気があると言う事はそれだけジルクニフの手腕が優れているのだろうと言う事ぐらいは分かる。きっとあの皇帝は賢王なのだろうと。自分達に価値があったのは事実だろうが、それでもいきなり自分の家の敷地内に出現した不審者をここまで持て成してくれるだろうか。仮にサトルがジルクニフの立場なら無理だ。こいつらは嘘をついていると警戒して、捕らえて牢にでも入れていた。

 

(……ヨシ! ジルクニフから教えられた俺の仕事内容を要約すると、アイリス曰く核兵器みたいな使い方になるらしいからな。いざという時の国防の要みたいな立ち位置だって。ならその時が来れば……命がけは無いにしても、貰った恩は返さなくちゃいけない。アイリスを守るためにも……ジルクニフに恩義を返すためにも、頑張らなきゃだな)

 

 串焼きを手に戻ってくる近衛を見ながら、サトルは改めて帝国での仕事を頑張ろうと決意した。 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 中央市場での買い物も終わった夫婦は、まだ時間もあるため北市場への遠征を決める。中央市場が日常生活での消耗品を中心としてなんでも売っているような場所なら、北市場はマジックアイテムが売られている場所だ。

 

 北市場では冒険者と呼ばれるモンスター退治の専門家だったり、組合から追放された冒険者───ワーカーが露天商をしている。売りに出されている商品は主に彼らが使わなくなった中古品のマジックアイテムだ。中には日常生活で使える新品のマジックアイテムもあるにはあるが、それでも大半は中古品。

 

 しかしサトルは中古品でも別に構わない。彼はコレクター気質であり、自分が持っていないようなアイテムであるならなんであれ欲しいのだ。

 

「これ……冷蔵庫に扇風機だよな?」

「ポジティブ。ミノタウロスが考案したマジックアイテムだそうですよ」

 

 二人がしげしげと眺めるのは、口だけの賢者と呼ばれる存在が提案して形になったと謳われる生活用のマジックアイテムだ。そのアイテムの形や能力は、どう見ても地球でサトルもお世話になった電化製品。

 

「口だけの賢者って絶対プレイヤーだよな……」

 

 プレイヤーの影響と思わしきマジックアイテムを見た事で、ますますあの八人がいる可能性が高まった事に内心サトルは嫌気がさす。友好的なプレイヤーであれば地球や『ユグドラシル』の話に花を咲かせられるが、アイリスからあの八人がゲーム内どころかリアルでも大概なDQN気質であったと聞いているサトルとしては会いたくもない。

 

 ……あの八人に関して考えても現状では埒が明かないので、サトルは思考から追い出す事にする。今はアイリスとの楽しい買い物デートなのだ。あんまり気が滅入る事を考えても仕方がない。

 

 気を取り直したサトルはアイリスに手を引かれながら、今度はあっちを見に行きましょうと少し小走りになり───誰かに突き飛ばされた女性の森妖精(エルフ)が露店の影から飛び出してきて、アイリスにぶつかりそうになる。

 

「おっと! なのですよ」

 

 それに慌てず彼女は対処する。飛んできたエルフを掌で受け止める。羽毛でも受け止めた程度の軽い所作。

 

「大丈夫なのですか?」

 

 アイリスは大したことなく対応したが、それを見ていた近衛二人は慌てだす。彼女が反応出来たから良いものの、もしぶつかって怪我でもしていたら大問題だ。しかもぶつかりかけたのは、とある事情から帝国では人権の無い奴隷と思わしきエルフ。

 

 近衛としては斬って捨てた方が良いのかと考えるが───

 

「怪我はないですか?」

 

 護衛対象であるアイリスがエルフの身を案じているので、この場は彼女に任せた方が良いのだろうかと剣に手をかけたまま判断に悩む。その間にエルフが飛び出して来た露店の陰から、更に二人のエルフを引き連れた男が出てくる。

 

「済みませんね麗しいお嬢さん。私とした事が、貴方のような見目麗しい女性に汚らわしい人擬きをぶつけそうになるとは……」

 

 髪の毛をオールバックにして、腰に刀を下げている男だ。切れ長の目をアイリスに向けて恭しく挨拶する。

 

「怪我は無いので問題ありません。それよりも……この女性を突き飛ばしたのは貴方ですか?」

「そうですよ。あと女性ではなくエルフですよ。女性と言う表現は人間相手だけに使うのを許された言葉ですね」

 

 悪びれもなく平然と答える男に対して、一体こいつは何だとサトルは少し憤る。改めてサトルはアイリスが受け止めたエルフを見る。彼女はみすぼらしい身なりをしていた。薄い服装であり、下着も付けていないのかボロの服の隙間からは胸などが露わになっている。サトルからは見えないが、下半身も同じように露わになっているのだろう。

 

 ……サトルはどうして女性がそんな恰好をしているのか、その理由を知っている。帝国に来てから4日目。物件の下見やアイリスとの模擬試合以外では貴賓館で過ごしたサトルだが、その間何も遊んでいたわけではない。帝国での基本的な法律や生活文化などを秘書官などから聞いていたのだ。

 

 その中に一つに奴隷制度がある。ただ奴隷と言っても、契約と期間があり実態は雇用主が労働者を雇い入れるだけのもの。奴隷には基本的人権があり、所有者であっても故意に怪我をさせたり殺したりすれば法で罰せられる。

 

 しかし基本的人権を与えられるのは帝国市民だけ。他国の人間や亜人は法に守られない。帝国と取引のある亜人だったり、法国のように刺激したくない国の人間であればそもそも人身売買自体が禁止されている。しかしそれ以外は話が違う。

 

 例えば……今サトルの目の前にいるエルフなどがそうだ。彼女は種族の特徴である長い耳を斬られており、一目ではエルフと分からない。耳を斬られたエルフはスレイン法国から他国に出荷されている奴隷だ。なんでも法国は現在エルフの国と戦争状態にあるらしく、捕虜として捕らえられたエルフは拷問により心をへし折られ、人間に逆らわないように調教されるのだとか。

 

 その話を聞いてもサトルは何とも思わなかった。アンデッドの特性により、他者への慈悲の心が大分薄くなっていたのだ。ふぅんそんな制度があるのかぐらいだ。

 

 しかしこうやって基本的人権を剥奪された奴隷エルフを直接見ると、少しは哀れに思う心が沸き上がってくる。あるいはアイリスがエルフを気遣ったからだろうか。

 

「……このエルフは貴方の奴隷ですか?」

「その通りです」

「……お前が誰かは知らないし、自分の奴隷を突き飛ばすのも別に構わない。だがこの子で無ければ怪我をしていたかもしれないんだ。その事に対して、もう少し悪びれる気はないのか?」

「ありませんね。お嬢さんが自分で言われたように、怪我もしていないのに申し訳なく思ってどうするのですか?」

「ほう……つまりお前は済みませんの軽い一言で済ませて、きちんとした謝罪はする気がないと?」

 

 サトルの言葉に怒りの色を感じ取った近衛が、護衛対象である夫婦の前に出る。

 

「貴様! 我らが誰かも分からぬのか!!」

「その鎧……皇帝陛下の近衛兵ですね。それがどうかしましたか?」

「我らが付いている意味……まさかそれが分からぬとでも?」

「……なるほど。陛下の御友人か何かでしたか。それはそれはとんだご無礼を」

 

 ジルクニフが近衛兵を付けるほどの相手。それを知った上で、男は近衛を小馬鹿にしたような態度を取る。それを見て取った近衛が剣を抜いた。

 

「我らは陛下の命により御二方の護衛を勤めている。知らぬ事とは言え、貴様は陛下の顔に泥を塗ろうとしている……御二方に頭を下げよ。それが出来ぬなら、身柄を拘束し詰所まで連れて行くぞ」

「おお、怖い。陛下の近衛は血の気が多くて叶いませんね……で。どうやって近衛如きが私を捕らえるつもりで? まさかとは思いますが、私が『天武』、エルヤー・ウズルスと知った上で、その発言をされているのですよね」

「天武! こいつが!!」

 

 近衛の片方がその名前を聞いて強く反応する。その名前を聞いてもサトルにはピンと来ない。もう片方の近衛も初めて聞く名前なのか、知っていると思わしき反応をした近衛に問いかける。

 

「お前こいつを知ってるのか?」

「有名なワーカーだ。なんでも剣の腕だけなら、ガゼフ・ストロノーフに匹敵するんだとよ」

 

 同僚の言葉に「マジかよ」と問うた近衛が声を漏らす。ガゼフ・ストロノーフ。それは周辺国家最強と呼ばれる一人の戦士の名前だ。その強さは四騎士全員より強いと言われ、実際に数年前の王国と帝国との戦争において単独で四騎士の内二人を斬り殺している。

 

 それと剣の腕が同格とあれば、精鋭である近衛でも力づくでは捕らえられない。

 

「王国戦士長に匹敵……ですか。それは違いますね。私は既にガゼフ・ストロノーフなど超えていますよ」

 

 近衛の言葉に訂正を入れさせるエルヤー。その立ち振る舞いや言動には自信が溢れており、自分こそが周辺国家において最強だと態度に出ている。

 

「それで? 剣を抜いてまで捕らえると言っておきながら、何もしないのですか? まさか怯えて足が竦んで動かないなどと言わないでくださいよ」

「ック!」

 

 エルヤーの言葉はあからさまな挑発だが、近衛は迂闊に動けない。これが何てことのない相手ならば既に斬り殺している。なにせ陛下の命であるとまで言葉にした上で、なお挑発する手合いなどを許したら専制君主国家は成り立たない。仮にここにジルクニフがいれば「良い。斬って捨てよ」と命ずるだろう。

 

 だが相手はガゼフ級かもしれない剣の達人なのだ。ここに巡回中の他の騎士が来て加勢したとしても、エルヤー相手では心もとない。仮に本当にガゼフと同格なら、四騎士相手でも力づくで突破できる。

 

 ゆえに剣を構えながらも、近衛は判断をしかねている。

 

 それを見てエルヤーの溜飲が下がる。例え皇帝であろうとも、自分ほどの存在が頭を下げるのは道理に反していると彼は考えている。己こそが最優の剣士だと信じて疑わないエルヤーは、物理的に弱者である皇帝を自然と下に見ている。

 

 そんな下だと内心は思っているジルクニフが近衛を付ける相手となると、自分が突き飛ばした下等生物が当たりそうになった赤目の女性とその身内らしい灼眼の青年は貴族なのだろう。だがそれがどうした。貴族であろうとも、自分の剣捌きの前では切り刻まれるカカシでしかない。確かにぶつけそうになった事は多少悪いとは思うが、だからと言って本気で謝罪を求められても鬱陶しい。

 

 ───近衛共は私を恐れて何もできないでしょう。皇帝も私を捕らえようとすると損害が出る事くらい理解している

 

 つまり自分を罰することなど出来ない。周辺国家最強だと自負しており、ドラゴンが相手でも苦戦はしても勝てると思いこんでいるエルヤーは何も恐れない。この世で最強の種族である人間の中でも、頂点に立っている自分を誰が罰すると言うのだろうか。

 

「それでは失礼させて貰いますよ。さぁ、お嬢さん。その人擬きを───」

「───近衛の皆さん。あの男を捕まえないのですか?」

 

 エルヤーが何かを言おうとしたが、その声はサトルの軽い声に掻き消される。その事にムッとするエルヤーだが……この時点で何が何でも彼は頭を下げるべきであったが……それはもう後の祭りだった。

 

「……申し訳ないリンウッド殿。あの男の言葉が本当なら、私たちでは返り討ちにあうだけです」

「───そうですか。では私が協力すればいけますか?」

「なに?」

 

 サトルの言葉にエルヤーが反応するが、近衛もサトルも聞いてはいない。アイリスはエルヤーに殴られて青痣が出来ているエルフの傷を、こっそりと無詠唱<大治癒>しているので彼女も聞いていない。

 

 近衛はサトルの提案を受けて、確かに第十位階魔法詠唱者の手が借りられるならば、例えガゼフ級が相手であろうともなんとかなると算段を付ける。

 

「リンウッド殿の助力があればいけます」

「分かりました。それでは微力ながら助太刀させて頂きます」

 

 リンウッドと呼ばれた貴族の言葉に、エルヤーは少し苛立つ。戦場に立ったことも無さそうな優男が、あろうことか自分を捕縛できるかのような言動をするのだ。それはエルヤーのプライドを酷く刺激する。だから彼は決めた。どこかの貴族かもしれないが、向かってくるなら少しだけあの綺麗な顔に傷をつけてやろうと。そうすれば力関係と言うものを正しく理解できるだろうと。

 

「助太刀ですか……随分と勇ましく吠えますねぇ!! その思いあがり、高くつきますよ!! 『天武』の才に恵まれた剣技、とくと教えて差し上げま───」

「───<心臓掌握(グラスプ・ハート)>!」

 

 エルヤーが刀を抜くと同時に、サトルは第九位階魔法<心臓掌握>でエルヤーの心臓を握り潰す。

 

 エルヤーの手から刀が滑り落ち、ぐらりと体が傾いて崩れ落ちる。その瞳からは光が失われていた。即死である。

 

 アイリスがびっくりしてサトルを見る。近衛もサトルを見る。騒ぎを聞きつけ、周囲で近衛とエルヤーのやり取りを見物していた通行人や露天商もサトルを見る。

 

「えっ?」

 

 サトルも思わずびっくりしてしまう。ガゼフが周辺国家最強の戦士だと言うのはロウネから聞いており、それを超えるとまで豪語したエルヤーであれば<心臓掌握>ぐらい抵抗(レジスト)すると考えていた。サトルがこの魔法を使ったのは即死させるためでなく、抵抗(レジスト)されたとしても朦朧デバフを与える効果があるからだ。それを狙って使ったのだが───

 

「えっ?」

 

 現地生物との絶対的な差。それをサトルはまだまだ把握していなかった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

「済まないエル=ニクス陛下。ただ捕まえるだけのつもりだったのに……無為に民を殺害してしまった」

「なに、気にすることはないさリンウッド殿。近衛から何があったのかは聞いている。私の命であると伝えたのに、それを無視して逃亡しようとしたのはそのエルヤーと言う男の落ち度だ……あと奴はワーカーと呼ばれる人種でな。元々犯罪紛いの事をして生計を立てているような輩だ。言い方は悪いが、死んでも自己責任な生き方を選んだ身だ。今回の事故が無くとも、何処かで野垂れ死んでいただろうさ」

 

 あの後。騒ぎを聞きつけた巡回中の騎士達が北市場までやってきて、サトルは事情を聞かれた。幸いにも近衛の証言により彼は無罪放免。とは言え捕まえるだけのつもりが、殺害してしまったのはサトルのミスだ。即死魔法である<心臓掌握>ではなく、もっと下位の拘束系でも良かった筈。それを直接伝えたくて、ジルクニフに面会を求めて来たのだ。無論ジルクニフはすぐに面会に応じた。

 

 そうして懺悔のような言葉を口にしたサトルに対して、別にジルクニフは怒りなどない。むしろ怒りと言うならば、夫婦に悪印象を与えようとしたエルヤーの方に激情が向いている。近衛が一度は機会を与えながらも、それを踏みにじったワーカー如きに持つような情けなど皇帝の内には無い。サトルからは蘇生させた方が良いかと言葉を投げかけられたが、まだ高位階の蘇生が使える事は表に出したくは無かったのでジルクニフは必要が無い事を懇切丁寧に説明する。奇しくも皇帝の言葉は、アイリスが事前にサトルに蘇生しない理由として伝えていたのと同じ内容であった。

 

「リンウッド殿の無罪は私が保証します。そんなに気を落とさなくとも良いですよ」

「ありがとうございます、エル=ニクス陛下……それと……一つお願いがあるのですが……」

「どうされましたか? リンウッド殿のお願いであれば、何でも検討しますよ」

「あの男、エルヤーは三人の奴隷エルフを連れていましたよね。彼女たちはどうなるのでしょうか?」

「持ち主がいなくなった奴隷は、まだ奴隷市場に戻されて次の買い手を待ちます。あのワーカーの持ち物だった奴隷は、特殊技能を持つエルフなので高価ではありますが、すぐに買い手が決まりますね……お願いとはそれに関する事ですか?」

「はい。実は妻が……アイリスが彼女達の心配をしていまして。もし許されるならば、屋敷のメイドとして雇おうかと思ったのですが……」

「そういう事でしたか。分かりました。少しお待ち頂けますかな」

 

 サトルの頼みはジルクニフからすれば、とても些細な願いであった。別段ジルクニフの懐が痛む話でもない。彼は机に向かい、羊皮紙に何かを書き込む。

 

「彼女達は奴隷市場に戻されるまでの間、兵士の詰所で保護されています。これを詰所の隊長に見せれば、奴隷三人はリンウッド殿の所有物となります」

「───何から何までかたじけない。この御恩は必ず忘れません。エル=ニクス陛下には必ずお返し致します」

 

 サトルの言葉に内心ジルクニフはほくそ笑む。どうでも良いワーカー一人の命で、更に恩を売れたのだから皇帝としては嗤うしかない。

 

 サトルとアイリス。二人の散策は結果として一人のワーカーを死亡させてしまったが……誰一人としてそれを咎めはしない。皇帝であるジルクニフの鶴の一声もあるが……それ以上にエルヤーと言う男に何の人望もなかったのも原因であろう。

 

 皇城を後にしたサトルは、お土産変わりに詰所でエルフ奴隷三人を回収してからアイリスが待つ自宅へと帰宅するのであった。

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