「似合うわね」
「似合うな」
「背丈が近いから合うとは思ってたけど……」
「ぴったり」
「似合う……でしょうか?」
ラキュースの両親説得のために、一同はアインドラ家の邸宅までお散歩することになった。最初はラキュース一人で行く予定であったが、ガガーランの件から八本指が襲撃してくる可能性が拭えず、全員で移動することになった。
そこでマウラをどうやって連れ歩くか。これに少し蒼の薔薇全員が悩んだ。
マウラの恰好はボロボロの布切れの上に、これまたボロボロの外套を羽織っているだけ。どう見ても奴隷としか言えない見た目であり、この服装自体は八本指の下っ端に知られている。そんな彼女を無闇に連れまわすのは、はっきり言ってリスクが高い。
それに敵は八本指だけではない。彼らに甘い汁を飲まされている、王都の巡回や警備も、青の薔薇からすれば敵でしかない。
王都の巡回や警備隊は大半が権力に溺れた愚物……と言うのが、蒼の薔薇の見解だ。一般人に助けを請われても手を貸さないが、甘い汁を啜らせてくれる犯罪組織には喜んで尻尾を振る。仮に八本指の構成員がそこいらを歩く一般人を殴りつけ、その人物が訴えても、逆に虚偽申告により処罰される。殴りつけた構成員が幹部に近ければ、ありもしない罪でその一般人は処刑される、と言うかされた事例があったりする。
「流石に巡回も俺たちをいきなり裁くとは思わねえが……」
と、ガガーランはマウラに心配させないために気安い言葉を口にしたが、今の王都ではアダマンタイト級冒険者と言えども絶対に安全とは言い切れない。なにせ王族が家族を人質に取った上で、ラキュースに従えと言い出す始末。真っ向から戦えば、蒼の薔薇なら王都の兵如き全員皆殺しに出来る。しかし、流石にそれをするにはラキュースは善人であり、元暗殺者の双子忍者ですら躊躇する案件。これが帝国にいるとある一行であれば、容赦なく家族に至るまで抹殺するが、青の薔薇はそこまで邪悪ではない。
そこで全員が考えたのが、マウラにイビルアイの服を着せようだった。戻ってこなくなってしまったイビルアイだが、彼女の服の予備などは全て宿に置いたまま。幸いにもマウラとイビルアイの背格好は近く、そのまま服を着る事が出来た。
「これが魔法の服なら、自動でサイズを合わせてくれたりはするんだけど、イビルアイの服は別にそう言った魔法の服ではないからね。ぴったりで良かったよ」
「あ、あの、でも!! この服はイビルアイさん? の物なんですよ、ね? か、勝手にあたしが、その、着たりして良いんでしょうか?」
「……イビルアイが帰ってきて怒るなら、私が一緒に謝ってあげる」
既に生存を諦めているイビルアイの荷物がマウラの役に立つならば、イビルアイも本望だろう。口は悪いが、根っこの部分は善良なイビルアイならそこまで怒ったりもしない。それが亡くなったであろう、イビルアイへの手向けにもなる。そう誤魔化した蒼の薔薇一行は、宿を出てアインドラの屋敷まで移動した。
イビルアイの持っていた服に着替え、黒い外套を纏ったマウラは他人からは奴隷に見えない。あくまでも予備の服なので、マジックアイテムとしての効果は何もないが、王都を出歩く分にはこれでも問題なかった。
マスクだけは完全に一品物なので顔は晒されているが、偶に町の住人とすれ違っても誰もマウラに気付いたりしない。
「イビルアイはずっと顔を隠してた。だから顔を晒しても、今日は仮面を付けていないと思われるだけ」
ともかく、表面上はマウラの安全確保も出来た。大通りを大手を振って歩くとまではいかないが、裏路地を通り抜けるだけなら問題ない。
ラキュース達蒼の薔薇が借りていた宿から、アインドラの邸宅がある貴族向けの住宅街は近い。1時間もかからずに辿り着いた一同は、ラキュースが両親を説得するまでの間応接室で時間を潰す事にした。
「どうしてマウラちゃんは八本指に捕まってたの?」
「この辺りだとエルフは珍しい。奴隷制度が廃止されていた時に大部分が解放されて、大半が評議国に流れた……らしい。残りも帝国か、更にその東。都市国家連合に向かったと聞く」
「そういや、マウラはエルフにしちゃえらく肌が黒いな。そいつは日焼けか?」
「あ、えと……」
改めてマウラがなぜ八本指に捕まっていたのか。それを聞かれたマウラは少しだけ困った顔をした後、ぽつりぽつりと語りだす。
「えっとですね……あたしは、気が付いたらここにいたんです」
「……? 眠っているところを拉致でもされた?」
「あ、違うんです。ほんとに気が付いたらここにいたって感じで……いきなり景色が変わって……」
「いきなり、ねぇ……イビルアイのやつが使う、転移魔法みたいだな」
「転移……聞いたことはありますが、あたしは何かしらの転移魔法でここに飛ばされた……んでしょう……か?」
「俺たちも、マウラがどんな状況から飛んだのかは分からねえからな。イビルアイがここにいれば、何かしらの考察を聞かせてはくれたんだろうが……」
「ともかく、マウラちゃんは気が付いたらここ。つまり王都にいた?」
「あ、はい。そうなります。ここはどこなんだろうってウロウロしていたら、いきなり男の人達に捕まって。それで連れていかれそうになって、でもなんとか隙を見つけて、逃げようとしたんですけど……」
「逃げきれず、そこの筋肉ダルマに助けを求めたと」
「……筋肉ダルマじゃねえっての。たく……まっ、なんだ。なんでかは分からねえが、マウラは誰かにか、それとも超常現象に巻き込まれて王都に来たわけだ」
「そ、そうなりますね」
「元いた場所がどこにあるか分かる?」
「いえ……王都に来てから三日になりますが、天体を見てもさっぱりです」
「そうか。なんて名前の国なんだ?」
「えっと……ジャパン。ジャパンです」
「ジャパン……聞いたことがねえな」
「私も知らない」
「同じく」
一番地名に詳しそうなイビルアイが不在なため、蒼の薔薇の一同はジャパンと聞いても難しい顔をするだけだった。
「あと、ですね。あたしはダークエルフなんです」
「普通のエルフとは違うのか?」
「どうなんでしょう……エルフの方と会った事がないので、なんともいえません……」
「落ち込まないで。マウラちゃんは悪くないから」
しょんぼりとしたマウラの頭を、ティアがまたもやグリグリと撫でまわす。マウラは「あうあう」言いながら、されるがままだ。
応接室でそんな風にお喋りしながらラキュースを待っていた一同の元に、ようやく彼女が戻って来た。
「みんなお待たせ」
「浮かねえ顔をしてんな」
「鬼ボスの説得で駄目だったか」
「……ええ」
ラキュースの説得は失敗したのか、彼女は気落ちした顔をしている。
「ここで命が惜しいと逃げるなら、他の貴族と変わらない。アインドラ家は最期まで、どんなことがあっても、王と王国に尽くすのが、貴族としての責務だって言って……亡命の提案には乗ってくれなかったわ」
「……立派な両親だな」
ガガーランの心からの言葉だった。どんな王であれ……つまり、ラキュースの両親はバルブロ王が愚かだとしても、それでも貴族としての責任を取るのだと言い切った。それに称賛を送る。
命を捨ててまで手に入る栄光になどガガーランは興味もないが、さりとて誇りの為に尽くす姿を尊重はする。たとえ愚かだとしても、そうであると決めたなら貫けば良い。そう思っているからだ。
だがラキュースとしては納得がいかないのか、苦い表情を浮かべている。本音としては両親の命が大事だ。しかし、放蕩娘なラキュースに出来る事は非常に少ない。
「……ラキュースさん。あたしには、ラキュースさんの御両親の気持ちはわかりません。でも……ラキュースさんが生き続ける。それが、やっぱり、その、一番親としては嬉しいと思うんです」
「……そうね」
両親を無理矢理気絶でもさせて連れ出す方法もあるが、それをしたところで後々に亀裂が産まれるだけだろう。だから、ラキュースにここで出来ることは、もうない。
「親父さんやお袋さんのことで思う事は多いだろうが、王都でいつまでもうじうじしてる暇はねえ。ここに来るまでの間に、八本指の阿保共は仕掛けてこなかったが、いつまでもそうだって保証はねえからな」
「出るなら早い方がいい」
ガガーランとティナの言葉に、ラキュースは深い呼吸を何度かしてから、気を引き締める。王都に残れば、またどんな無茶をバルブロに申し付けられるか分からない。まだエ・ランテルに向けた本格的な進軍は始まっていないが、それに付き合わされるのも時間の問題だろう。
そして、蒼の薔薇が参戦するなら、それを口実に王都に残っている冒険者全体に圧力を仕掛ける可能性もある。国が冒険者に干渉するのは駄目だと不文律を守ってきたが、それも日に日に機能しなくなりつつある。この先、王都の組合は事実上国の監視下に収まってしまうだろう。それ以前に奪還作戦とやらに付き合わされて、全滅する方が先だろうか。
全てを呑み込んだラキュースは、本当の意味で覚悟を決める。これから先どんな道を進むにしろ、本当の意味で巣立ちする時が来たのだと……
「みんな聞いて頂戴。本日を以て、私は……デイルの名を捨てたわ」
本当はずっと前にしておくべきだったこと。家を出奔して、冒険者になった時にしておかなければならなかった事。いつまでも貴族の名を名乗るのではなく、ただ一人のラキュースとして生きる。それをしておかなかったから、今回のように家族を盾にされる。
───今なら分かる。どうして叔父さんが貴族の名を捨てたのかが。冒険者は政治や人間同士の争いには不介入。この鉄則を守るためには、今までの人間関係を捨てないといけない
それをしてこなかったのは、何処かで自分が甘かったからだとラキュースは後悔する。最初から叔父のように家の名を捨てるべきだったのだ。
今更後悔しても遅いかもしれない。それでも、せめて今日から。悔しさを糧に、一歩前へ。それをするべきなのだと決意し。改めて、ラキュースは皆の前でそれを宣言した。
その姿をマウラはじっと見る。そんなラキュースの姿に、彼女は口の中で、誰にも聞こえない小さな言葉を転がした。
ポジティブ、と。
ラキュース:アズス叔父さんと同じように貴族の名は捨てた