久方ぶりなので前回のあらすじ
ラキュース出家を決意。マウラがポジティブ
ラキュースの両親を説得できなかった以上、アインドラの邸宅にこれ以上用はない。貴族街を後にした蒼の薔薇+αは、遠出用の荷の買い出しに市場へと出る。
アダマンタイト級冒険者と言えども、生きている限りは腹が減る。飲食を不要にするマジックアイテムや、極まった信仰系魔法詠唱者なら一時的にアンデッドの種族特性───精神作用に対する完全耐性や疲労無効など───を付与する魔法なども使えるが、生憎と蒼の薔薇にその魔法の使い手はいない。なので王都を出るならば、それなりの準備が必要になる。
「久しぶりに市場を覗いたが、軒並み価格が吊り上がってるな」
「最低でも数カ月前の3倍はしてる」
「この果実なんて、前は1Cもあれば買えたのに、8Cになってる」
「えっと……1Cってなんですか?」
「
「あ、はい! あたしの国でも、昔は銅貨を使っていたらしいので」
「昔は?」
「昔はです! あたしが産まれた時には、魔法で書かれた数字の乗っているカードを使いお買い物をして、してたんです!! ……男の人達に盗られて、それも無くなっちゃいましたが」
しょんぼりとしたマウラを、ティアが抱きしめて慰めている。その光景を一同はスルーして、日持ちする食材などの物色を始める。
「鬼リーダー。これも買っておく?」
「それはいらないわ。もう少し日持ちするものが良いわね」
「<保存>の魔法は?」
「
「酒は買っておかねえとな」
「それもいらないわね」
「あの……これは……どう……で……しょうか。見た目は凄く日持ちしそうですが」
「マウラちゃんは偉いわね。お酒を買おうとする人と違って」
「うるせえな。ちょっとぐらい良いじゃねえかよ」
わいのわいのと言いあいながら、六人は遠出用の物資を買い込んでいく。価格が吊り上がった王国で買い揃えると少し痛手だが、アダマンタイト級としてそれなりに蓄えがある彼女らにはそこまでの問題でもない。
ある程度買い込んだ後───
「さて……そんじゃ、組合に挨拶ぐらいはしておくか」
王都の組合から別の組合に移るのだ。今の王侯貴族に対して、それほど強く出れなくなった組合に対して少し不信感はあるものの、声もかけずに拠点替えをするほど不義理にはなれない。
アダマンタイト級がこの情勢で本拠を変えるとなれば、間違いなく引き留めにかかる。しかし、組合のルールに冒険者を留まらせられる物はない。
それを理解した上で蒼の薔薇は組合へと足を向け、数年ほど通い続けた建物へと辿り着き───
「止まって。様子が変」
忍者の感知力が察したのか。組合に近づいた一同を、ティアが手を翳して止める。
「ティナはどう? 何か感じる?」
「……気配に違和感を感じる」
普段から慣れ親しんだ組合の空気。それとは一線を画す、あまりにも血生臭い雰囲気に感知力が高い双子は気づいてしまう。
腰に差した短剣と苦無に手が伸びた二人を見て、ガガーランとラキュースも臨戦態勢に入る。マウラは武器に手をかけた一同を見て、顔をキリッとさせていた。。
警戒する蒼の薔薇の目の前、組合の扉が開き誰かが姿を見せる。
「へぇ……待ち構えているのを察知するとは、流石にアダマンタイトだな」
出て来たのは引き締まった体躯の男───ブレインだった。ブレインの後ろから、彼とは対照的に恐ろしく肥えた男も姿を見せた。
「……誰?」
肥えた男───巡回使であるスタッファン・ヘーウィッシュは見た事はあるが、どう見ても鍛え上げているらしき痩躯の男は知らないのかラキュースが疑問を呈する。
「俺か? 俺は……あー……ブレイン。ブレイン・アングラウスだ」
「ブレイン……ブレイン……! ブレインって、あのブレインか!?」
「……どのブレイン?」
「ティアとティナは知らねえか。数年前に、御前試合でガゼフのおっさんと互角に戦った凄腕の剣士だ」
「互角? はっ! 互角なんかじゃねえ。俺はガゼフに負けた。負けたやつが互角なんてこと、あるわけえだろ……」
ガガーランの言葉が聞こえたのか、ブレインは言葉を吐き捨てる。どんな賞賛の言葉を浴びようが、ブレインは御前試合でガゼフに負けた。それが全てであり、それ以外の何物でもない。敗北者と勝者が互角などありえないのだ。それを自覚しているブレインにとって、ガゼフと互角だと言われたところで苦い気持ちにしかならない。
そんなブレインの反応に訝し気な視線を向ける青の薔薇だが、それとは別にどうして巡回使であるスタッファンが表舞台から姿を消していたブレインと共にいるのか。その理由はすぐにスタッファンの口から説明される。
「青の薔薇の諸君だね。私は巡回使のスタッファン・ヘーウィッシュである」
「……どうも。巡回使のヘーウィッシュ様ですね。時々その姿を目にした事はありますが、どうしてそんな方が冒険者組合から出てこられたのですか?」
「どうして私がここにいるのか……かね。それはつい先ほどの事だ。こちらにいるアングラウスから、私の元に訴えが届けられたのだよ。なんでも、蒼の薔薇のガガーラン殿に、彼が贔屓にしている店の商品が強奪されたとね。アダマンタイト級冒険者である、蒼の薔薇の皆様にそのような事はないと思いますが……他者の物品を強奪するのは犯罪だ。この王都の治安を支えるものとしては、この訴えを無碍には出来ない。そこで、諸君から直接話を伺いたいと思い、この組合で待っていたのだよ」
「そうなんですね。そのような訴えが……けれど、私たちが何かを盗るなんてことはあり得ないわ。何かの間違いでは?」
「間違いかどうかを判断するのは、この私だ。アングラウス、何が強奪されたのか、直接問い詰めてみてはどうかね」
「へいへい……俺の知ってる店から、そこの女共に盗られたのは女の奴隷だよ。それも小さな女。話によれば、左右で瞳の色が違い、褐色の肌で、将来性抜群の顔をしているんだとよ。そうだな……ちょうど───」
ブレインがマウラに指を突き付ける。
「そこにいる、少女みたいな見た目らしい」
「……と言うわけだ。現在、蒼の薔薇の諸君には疑いがかけられている。卑劣にも、この王都で現王バルブロ王により復活した、尊き奴隷制度を踏みにじり、他人から奴隷を奪い取ったと言う嫌疑がね」
「なるほど。それは恐ろしい話ですわね。ですが、彼女は私たちの仲間のイビルアイです。アングラウスやヘーウィッシュ様の仰る、奴隷の少女とは違いますわ」
ラキュースは内心話が通るのが早過ぎるとは思いつつも、このためにマウラにさせておいたイビルアイの変装を利用し、ここにいるのはイビルアイだと誤魔化す。が───
「その誤魔化しは下手くそだろ。イビルアイってのは、話によればずっと仮面を付けていたそうだな。仮面を取っているだけだ……なんてのは、そう簡単には通じねえ。それにな───」
ちょいちょいとブレインが指を振ると、組合近くの建物から男たちが出てくる。それを見てガガーランは「あの時追い払った連中か」と苦虫を噛み潰したくなる。流石に直接マウラの顔を見た連中まで誤魔化すのは、難しいだろうと思っての反応だ。
案の定、マウラを見た男たちはというと───
「そいつです。そいつが、そこにいるゴリラ女に盗まれた奴隷です」
「───だそうだ。この事について、何か反論はあるかね?」
ニヤニヤと脂ぎって超えた顔に嘲笑を浮かべながら、スタッファンは蒼の薔薇に最後通告を突きつける。その最後通告にグッと声を詰まらせたのを見て、スタッファンの喉がグフッとなる。強者である女が、自分の言葉を前に怯む。これはスタッファンにとって、何よりも嬉しい反応だ。彼は女性に対する嗜虐心が大層強く、欲を言うならば青の薔薇のような連中を力任せに殴りつけてベッドの上で犯したい。そんな性癖を持つ彼にとって、蒼の薔薇を正面切って糾弾できるこの機会は非常に喜ばしい。
……スタッファン・ヘーウィッシュ。彼の性癖は一言で言えばリョナだ。性行為中に殴りつけた女が、ぐったりした時など絶頂すら覚える類の。そんな彼は、以前は奴隷で欲を満たし、奴隷制度が廃止されてからは主人である貴族の紹介で八本指の違法娼館に通い、奴隷制度が復活してからはまた奴隷を買い漁って欲を満たし……そんな生活をしている。
また奴隷を買えるようになってからは、違法娼館に通うことも無くなった。だが、八本指に対して返さなければならない借りは山ほどある。その借りを返済するためにも巡回使の立場を使い、こうやって八本指の手先として働いている。
圧倒的に有利な立場からの糾弾。それらを受けた青の薔薇は何かを言おうとして───
「聞くに堪えんな」
冷たい言葉に全員がそちらを見た。言葉の主……マウラを、全員がギョッとした目で見る。
「……なんだと?」
「聞くに堪えんと言ったんだ。まさかとは思うが、私の言葉が分からなかったか? それは済まない事をした。豚語には疎くてな。私は人間の言葉であれば解してやるが、豚の言葉を一から翻訳しようとすると、新たな言語を学びなおさなければならん」
「ぶ……ぶたぁ!! それは誰の事を言っているのだ!!」
「どう見てもお前だろ。なんだその弛みきった腹と顔は。少しは節制と運動をしろ。人に反論がどうのと言う前にな」
スラスラと罵倒するマウラにスタッファンは面食らい、八本指の男たちも自分達が一度は捉えた気弱な態度の少女がそんな言葉を言い始めたことに面食らい、ラキュース達も面食らう……いや。一人だけ。ティアだけはマウラの演技力に舌を巻く。ここにくるまでの間に、いざと言うときにはイビルアイの真似をするとマウラはティアに伝えていたのだ。そのために、イビルアイがどんな口調で喋り、どんな振る舞いをするのかをティアは問われている。
とはいえ、ティアから伝えられた人物像だけで、ここまで堂々と罵倒するとは双子忍者の片割れも思っていなかったが。
「全く。こちらが黙って聞いていれば好き勝手なことを。私が奴隷だと? 馬鹿も休み休み言え。私がその奴隷とやらと似ているのかもしれんが、ただの他人の空似だ。これで話は終わりだな」
さっさと罵倒を済ませたマウラは行くぞと言わんばかりに、ラキュース達に指をクイクイと動かす。あまりにも堂の入った姿勢に若干顔を引きつらせそうになる彼女らだが、ブレイン含む向こうが呆気に取られている間にここを離れようとするが───
「待て。話はまだ終わっちゃいねえぞ」
「……今度は誰だ」
呆れたふりをするマウラの前に、どこに隠れていたのか新しい人物が顔を見せる。屈強な体格に頭髪のない頭───六腕のゼロだった。
「お前がイビルアイ? なるほど。そう名乗られると、お前が奴隷なのかどうかを確かめるのは難しいな。だがよ、そうなると、ガガーランが助けた奴隷はどこに行ったんだろうな?」
「さぁな。ガガーランのやつが、偽善で奴隷を助けたとは聞いている。だが、すぐにその奴隷とやらは姿を消してしまったようだ。だから、どこに行ったのかは分からんな」
「ほぅ? あくまでも、自分はその奴隷じゃない。イビルアイだと言い張るわけか。そうかそうか……」
クックックと笑いながら、ゼロはイビルアイを名乗るマウラを上から下にねめつける。
「なら、お前がイビルアイだって証明してくれよ。なんでも、強力な魔法詠唱者だって聞いてるぜ。そうだな……俺に向かって何か一つ魔法を使ってくれ。そうすれば、お前をイビルアイだって認めてやるよ」
「……はっ! くだらん。こんな街中で、しかも人に向かって魔法を使えだと? 話にならんな。そうやって愚直に魔法を使った私を、お前達は犯罪者だと糾弾するつもりだろ? 見え透いた手を使うものじゃないぞ」
ゼロの言葉を切って捨てたマウラは、彼の横を通り過ぎようとして───
「そうか。なら、もっと分かりやすい手で試してみようか」
「なに? ……!!! ぐっ! ああ!!!」
それは唐突だった。後方からゼロとマウラのやり取りを、見守っていた青の薔薇が止める暇もなく行われた。ゼロがマウラの顔を殴りつけたのだ。体重の軽いマウラの体が浮き、建物の壁に勢いよくぶつかる。まるでその衝撃が伝わったかのように、王都が一度軽く揺れるが、ゼロの攻撃に気を惹かれていたこの場にいる人間は気が付かなかった。
「イビルアイ!! こいつ何をする!!」
ティアがすぐにマウラの元に駆け寄り、状態を確認。マウラは気を失っていた。鼻は潰れたのか大量に出血していて、歯が折れたのか前歯が無い。自分が生涯で初めて出会った、最高のロリが傷物にされた事にティアはこれでもかと憤る。しかし、その勢いはしかし───
「おかしいなぁ……アダマンタイト級冒険者が、俺の軽い一撃にすら反応もできずに気絶する。これはどういう事か、分かるよな?」
「!!!」
「そういう魂胆かよ!!」
アダマンタイト級がただの一撃で昏倒するなどありえない。ただでさえ、イビルアイは蒼の薔薇最強として名が知られているのだ。それが手加減したと明言する一撃で、なす術もなく倒れた。この事実こそが、マウラがイビルアイではない事を証明してしまう。
ゼロの突発的行動に啞然としていたスタッファンだが、その意図を読み取ったのか気を取り直し、近くに連れてきていた王都の治安を担う警邏に命じる。
「兵士たちよ! 青の薔薇は虚偽の申告をした恐れがある! 全員捕えて牢屋まで連れていけ!!」
「ヘーウィッシュ様。彼女らは、もしかしたら抵抗するかもしれません。なので、こちらも手を貸しましょう。出て来いよお前ら!! 青の薔薇を捕まえるぞ!!!」
ゼロの言葉に、そこいらじゅうの建物から人間が出てくる。良く見れば、ゼロの部下───六腕も全員が揃っている。
「ッ! くそ!! 結局こうなるのかよ!!」
「組合で待ち構えるなんて最悪。こいつらを受け入れた組合も最悪」
「そんな事言っている場合じゃないでしょ!! ティアはイビルアイを背負ってちょうだい!! 状況は最悪だけれど逃げるわよ!!」
王国の法に楯突いた時点で、こうなる可能性は考慮していた。していたが、それでも。こうまで迅速に八本指が動くとまでは想定していなかった。それも、王国の権力を笠に来て。
四人対六腕。加えて向こうには王国の数少ない正規兵。それにブレイン・アングラウス。正規兵だけならばどうとでもなったが、アダマンタイト級の実力があると謳われる六腕に加えて、ガゼフ級のブレインまでいる。
青の薔薇にとって、最悪の逃避行が幕を開けた。
マウラ:見た目通りの防御力。なのでほんとに鼻が潰れたし歯が折れた
■■■:王都の揺れの原因