これはオペレーションゲヘナが終わり、セプテントリオン・アリオトとの死闘を制してから数ヶ月後のお話である。
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サトルは社畜ではない。地球時代には社畜だったが、この世界に来てからは基本自分のペースで仕事ができる、フリーランスのような立ち位置にいる。
一応は帝国皇帝ジルクニフに仕える貴族の一人であり、アリオトとの大決戦で大変な事になった元王国跡地を領地として運営する辺境公。立場としてはジルクニフの方が上だが、サトルが持つ本当の力───世界級エネミー16体分の権能を知る皇帝は、よほどのことがない限り、サトルのあれこれを黙認している。
これで帝国、ひいては人間種に対して悪意があるのなら、流石にジルクニフは遠回しの抗議ぐらいはする、が。
現状、サトルは帝国に対してかなり恩恵をもたらしている。雇用主であるジルクニフの理不尽でない命には素直に従い、彼に良く仕えている。
サトルからすればジルクニフは恩人───アイリスの記憶観察以降、友達計画自体は凍結したが、それはそれとしてジルクニフにはまだこの世界に来て不慣れな時に色々と便宜を図って貰ったりしているので、サトルとしては彼の部下として働くことに何の不満もない───なので、少なくともよほどの不満が無い限り、帝国の最終兵器として働くつもりだ。
つまるところ、現状では地球時代の社畜でストレスフルな生活とは違い、サトルの心には仕事面では余裕がある。帝王学などを学んだわけではないので、貴族として領地運営に多少の不安はあるが、頭脳労働における最高適性を持つデミウルゴスを筆頭に、ほぼ同等の脳力を有するパンドラズアクターと、多少のうっかりによるポンコツはあれど、根本的な脳力自体は両名に匹敵するアイリスがサポートしているので問題は一切ない。
……それでも。ただ、一つだけ問題があるとすれば───
「休みがないな」
「お休みですか?」
「ああ。休みだよ」
アリオトとの大怪獣バトル。元王都、どころか周囲一帯を更地にした決戦後、立地の良さから王都跡地に新たに帝国領としての都市を建設したサトル一行。
当初は新たに城を建設する予定だったが、サトルがそんなにデカい家はいらないと要望を出したので、公爵の居住地としてはかなりこじんまりとした───けれど内部には大量の技術を投入し、ほぼ世界級アイテムと呼んでも差し支えないようになった屋敷の執務室で、執務椅子に体を預けながら、サトルはぼやいていた。
「領主になって以降、休みらしい休みがないと思ってな」
休み。それは地球時代のサトルが心から欲した物であり、たぶんギルドメンバーの大半も欲していた代物。特にデスマーチしまくりのヘロヘロ辺りは特に欲しがっていた。
現在のサトルは疲労無効・睡眠無効効果により、別に休みなどなくとも問題ない。24時間活動しても、肉体は常に最高かつ最適な状態に保たれる。
しかしながら───
「プライベートな時間が欲しいんだ……」
アリオト戦後の事後作業。領主となってからの雑多な業務。時折帝都の本邸に赴いては、その他貴族とのつまらない雑談兼お茶会。今まで寝るのに使っていた時間は、上に立つ者の責務や振る舞いのお勉強。
この他にも大量の雑務をサトルはこなしている。細かい部分や予算との折衝はアイリス達が片付けるが、全体の方針はサトルの一存で決まる。それを投げ出すには、サトルには社会人時代に培われた責任感があり過ぎた。
なので時間を命一杯使いタスクをこなして来たのだが……流石に遊ぶ時間が無さ過ぎたのか、若干サトルの精神は参っていた。
「ネガ……オーナーの許容量を超えちゃったのですね」
自分の執務机からピョンと飛び跳ね、とてとてと近づいてきたアイリスがサトルの頭をヨシヨシする。
「許容量か……許容量か………………」
アイリスに頭を撫でられながら、サトルは疲れた目で虚空を眺める。
元々鈴木悟は、自分が上に立つような人間ではないと思っている。1ギルドの長をやってはいたが、あくまでも個性的なメンバーの間を取り持つ折衝役。上に立ちあれこれ指示をしたり、これからの方向性を決めるようなワンマンではなかった。それに取り纏めたと言っても、あくまでもサトルを除いて40人。まだ凡人でも人柄が良ければなんとかなる人数だ。
けれど、今のサトルは違う。彼が取り纏めているのは巨大な領地。その下には40人の一千倍以上がいる。彼の一存で数万、数十万の行く末が決まると言われて、何事もなく進められるほどサトルのキャパは巨大ではない。
例え世界を滅ぼす力があろうとも……中身はどこまでも地球時代の凡人だと自負している。それがサトルなのだから。
「オーナーの命で民は完全週休一日制にしましたが、肝心のオーナーがお休みなしでは参っちゃうのですよ」
いろいろと疲れているのか、アイリスのふくよかな胸に顔を埋めて微動だにしないサトルを見て、アイリスは少しだけ考える。
貴族や領主は仕事ではない。あくまでも立場であり、その気になれば一日中でも遊んでいられる。しかし、サトルの性格上アイリスやデミウルゴスだけに仕事をさせて、自分だけ怠けられる性格でもない。なのでメンタルがやられるまで溜め込んでしまうのだが───
(ここ最近オーナーは無理をし過ぎていた。体はアンデッドでも、精神構造は人間時代の名残が大いにある。最終決定権を握るオーナーが休むと、現行のシステムではどこかに別の無理が生じかねない。そもそも怠けるだけなのはオーナーが好かない以上……)
書類関係の割り振り。政治がらみのあれこれ。八つの思考を常人の数百倍で回し、あれこれと算段を立てたアイリスは───各所を走り回った。工程調整、人事の編成、根回し。時にデミウルゴスやらジルクニフやらを巻き込み、サトルが余暇を満喫できるよう調整した。とは言え、単純に休みだけではサトルは遠慮してしまうかもしれない。なので───
「オーナー。一緒に世界級アイテムを探しに行きませんか?」
「世界級アイテムを?」
「ポジティブ。以前お話したように、この世界に存在X……竜帝が、プレイヤーの魂に干渉して世界級アイテムの多くを招きました」
「確かに、以前ツアーが話していたな。
「ポジティブ。あの時、200の内引き抜かれたアイテム数は実に300を超えます」
「そうか、300も……ん? 200より多い?」
「多いのです。世界級アイテムは確かに200種類ですが、その内重複しているアイテムもありました。理論さえ満たせば、
「神器級装備を20個消費すればだっけか? 条件が出鱈目過ぎるが、神器級を100や200用意できれば可能……そう言う事か。
「ポジティブ。消費型は性質上、何個も存在していました。オーナー達が手に入れた
「多いな、おい! どんだけ生成されてんだよ!」
「七色鋼さえあればなんとかなるので、他のギルドもカロリックストーンは複数個抑えてたのですよ」
「ん~……まぁ、鉱山の独占が無くとも、ギルドの宝物庫に貴金属類を貯め込んでいたら条件が満たせるか。俺たちだけが独占していた情報だと思っていたが、他のギルドも知っていたんだな」
「ポジティブ。ユグドラシルは情報に価値があり、他のギルドも世界級アイテムに関する情報は滅多なことで表に出さないので、どのギルドも自分達だけが知っていると思っていたのですよ」
ゲーム内でどのギルドがどの世界級アイテムを持っているのかを、運営以上に掴んでいるアイリスの御言葉に「そっかぁ……」とだけサトルは返す。
(情報を持っているのは俺たちだけじゃない。条件さえ満たせば良いんだから、そりゃそうだよな……あの時、捨て台詞を吐かなきゃ良かった)
ユグドラシル時代、鉱山をAOGが占拠。その時に偶々入手条件である、七色鋼を含む大量の貴金属を1か所に集めるを達成したことでワールドアイテム・カロリックストーンをゲット。
入手方法が分かったので、遠慮なくカロリックストーンを使用し、また手に入れれば良いと当時のAOGは皮算用していたが、あろうことかとあるギルドが
ナザリック防衛戦であれば1500人を押し返せるが、要塞攻略戦となると41人しかおらず、ガチ勢の少ない───サトル筆頭に趣味ビルドやロマン構成多め───AOGでは敵対ギルドを墜としきれなかった。その際、目的は達したと負け台詞を残したのだが……他のギルドも知っているなら止めときゃよかったと若干サトルは後悔していた。
「ネ……ポジティブ! ユグドラシルはユグドラシル。今は今なのですよ! こほんこほん……お話を戻すのです。この世界には多くの世界級アイテムが存在します。アイリスやオーナーが持っている分を除いても、まだ300以上がどこかに眠っています」
「『五行相克』のように使われた分もあるだろうが、『強欲と無欲』のように残っている代物もある、か」
「ポジティブ! こちらに来た世界級アイテムは200種類の内、全部で148。その内消費型は20を含めて72。残りの76は消費型ではないので、仮に使われていたとしても無くなりはしないのですよ」
「148……全部が来たわけじゃないんだな」
「ポジティブ。人間の魂が媒介になる以上、近くに人がいないとこちらに引き込めなかったと推測されるのです」
「なるほどな。ナザリックに残された9個なんかもそうか。こっちで実体化しているであろう、世界級アイテムの目星はついてるかい?」
「ポジティブ。こちらに───」
虚空に手を入れ、アイリスは自分のアイテムボックスから2冊の本を取り出しサトルに手渡す。
「200種類全てを書き出した世界級目録なのです」
前編・後編と記載された本を捲り、サトルは中身に目を通していく。哲学書や学術書となるとあまり気が乗らないサトルだが、アイリスが書き記した本はある意味ユグドラシルそのものの攻略本なので、非常に興味がそそられるのかいつも以上にきっちりと熟読する。
前編はこちらに来ていない52種類のアイテムが記されている。ゲーム時代の入手条件に詳細な効果。お願い系アイテムならどれぐらいの範囲までなら運営は聞き入れてくれるのかまで記載されている。ついでに言えば外見が分かりやすいよう、カラーのイラストまで乗っていた。
「いつぞやの漫画もそうだが、アイリスは絵が上手だなぁ……」
外交・内政・軍事の側面においてはデミウルゴスやパンドラに一歩劣るが、学習の一点では両者を足して2で割らないぐらいの才覚を持つアイリス。一度事情に向き合えば、常人が3年かかるところを一日で終えてしまい、二日目には一流になり、三日あれば達人や超一流に進化する。それがアイリスの学習能力の恐ろしさだった。
「ポジティブ。アイリスはAIなのです! 当然、お絵かきも得意なのですよ!」
「うん? AIと絵描きに何か関連性があるのかい?」
「……ネガ。オーナー達の年代だと通じにくいブラックジョークなのですよ……」
「ブラック?」
2000年代前半生まれ相手ならドッカンドッカン受けるのですよ……となぜか若干しょんぼりするアイリスを尻目に、サトルは再び目録を読み始める。こちらに来ていないアイテムの項目を読んでも意味はないが、流石に己の半生を注ぎ込んだゲームの攻略本だ。今まで読んで来た書物の中でも、一際熱心に読み進める。
「流石にワールドアイテムだな。権能でも、代用できないであろう効果が目白押しだ」
「ポジティブ。『強欲と無欲』のように、アイリスやオーナーでも再現は難しい物の方が多いのです。『傾城傾国』のように、割と簡単に再現出来ちゃう物も多いですが」
ワールドアイテムはゲーム中最高位のアイテム群。その効果は唯一無二のオンリーワンなのだが、サトル達が持つ力───権能もまたオンリーワン。
権能、それは32体の世界級エネミーだけが持つ専用システム。扱いとしては
それ以外にも、自分の使用する攻撃に耐性貫通効果を付与するスキルや、自分に有利な効果を持つ地形を創造する
そんなのを16体分詰め込んだサトルでも、ワールドアイテムの効果は再現が難しい。元々がレイドボスとして設定されていたワールドエネミーには、どちらかと言えば戦闘で使うような権能の方が圧倒的に多いからだ。
対してワールドアイテムは、戦闘で使うよりも生産職が使用したり、お願い系と言った利便な効果の方が多い。ナザリックが所有していたワールドアイテムも、戦闘に運用できるのはアイリスが所持する『幾億の刃』と、経験値消費の肩代わりをしてくれるサトルが持つ『強欲と無欲』に、サトルが持つ経験値消費系ワールドアイテム『モモンガ玉』ぐらい。『真なる無』も戦闘に使えなくもないが、あれの真価は建造物破壊。対人戦に『真なる無』を持ち込むぐらいなら、まだ伝説級の武器を運用するほうがマシだ。
(そんでもって、こっちがこの世界に来ているワールドアイテムの目録か。俺の趣味を除いても、欲しいアイテムがいくつもあるな)
一時的に自分のHPを分割し、封じておく事で疑似的な不死身を再現する箱。運営が持つテストデータとして保管されていたエーテル。無限の容量を持ち、入れた物品の品質を上げる倉庫。
殆どがオンリーワンなだけあり、非常に欲しくなる。その中でも一際欲しいのが───
「
「ポジティブ。断定は出来ませんが、ウロボロスがウィッシュの強化版だとするなら、叶えられる願いの上限が高くなっていると推測されるのです」
『強欲と無欲』に経験値を貯蔵して以降、毎日4回使っている超位魔法<星に願いを>。この超位魔法は非常に強力で、莫大な経験値を消耗する代わりにサトルが望む願い事───例えばユグドラシルのアイテムが欲しいや、一定時間の間召喚するモンスターから時間制限を消去したりなど───を叶えられる。しかし、この魔法にも限度がある。
この世界由来の能力である
しかしウロボロスが手に入るのなら、そう言ったより強固な願いが叶えられる可能性が高まる。それを除いたとしても、こちらに来ているであろうワールドアイテム回収は以前から計画していた。なので、アイリスの誘いに乗って回収の旅に出かけたいのは山々なのだが………
「仕事はどうするんだい?」
「あ、それならポジティブなのです。オーナーが一月ぐらいこの都市から消えたとしても回るよう、全部手配済みなのです」
「え、マジで?」
「マジマジなのですよ!」
えっへんと胸を張るアイリス。
「それに、これはある意味公務なのですよ」
「ワールドアイテムを探すのが公務?」
「ポジティブ。オーナーやアイリスでも再現困難なワールドアイテム。そんなものをいつまでも放置していては、帝国に害を齎す可能性があります」
「確かにな。今は俺たちが回収したが、傾城傾国を陛下に使われたりしたら大変なことになる」
「ポジティブ。こちらに来ているワールドアイテム、特に20の中には一国を滅ぼせる物もあります。それらが悪用されないよう、確保し、収容し、保護する。下手な人物が持つよりも、オーナーの監視下に置く方が安全なのです」
「ふむ。それは陛下も承知なのかい?」
「ポジティブ。ユグドラシル産のアイテムの中でも、ワールドアイテムは別格。言い方は悪いですが、あれは核兵器のような物です。ゆえに、正しく管理することは、ひいては人類圏の保護にも繋がるのです」
「だから公務なのか」
「ポジティブ。この公務には、同盟国である評議国議員も賛同しています。ツアーは、アイリス達に一任してくれたのですよ」
アイリスの言葉に嘘はない。ワールドアイテム回収、これにはツアーも賛同している。非常に強力なアイテム群であり、彼も一時期は積極的に行方を追っていた。魔神騒動と、その後リクからギルド武器を預けられてからは評議国から動くことも出来なかったが……
ともあれ、今のツアーはフリーである。しかし、彼はワールドアイテムの回収をサトル達に任せる事にした。
曲がりなりにも世界の守護者を自認するツアーが任せた理由は3つある。一つはメラクによって滅ぼされた東方の国の復興を優先したから。二つ目に自分が探して回収するより、二人に任せた方が早いから。3つ目に───
「君たち二人の方が、ワールドアイテムよりよほど危険だよ。ただの人間がナイフを持てば危険だけど、竜が鉄のナイフをもったところで、自前の牙や爪のほうがよほど脅威だろ?」
普通のユグドラシルプレイヤーが集めると言ったら反対しただろうが、探しに行くのはワールドアイテムの1個どころか10個、20個が誤差で終わりそうな怪物2頭。
この二人がワールドアイテムを集めたところで、何かしらの脅威度が変わるわけでもない。別段ワールドアイテムなど使わなくとも、国の一つや二つ軽く焼いてしまえる。
なのでツアーは黙認した。諦めたと言っても良い。集めたいなら勝手にしてくれの精神だ。
「と言う訳で、アイリスと一緒に当分の間、オーナーは世界を旅してアイテム探しなのですよ!」
色々と疲れ気味だったサトルのために、大義名分を用意した上での
それを見こした上で、公務と称してこの世界全体の観光ツアーを目論んだアイリス。
かくして。ワールドエネミー『漆黒の魔王』と『純白の女神』の楽しい楽しい、観光旅行が決定したのだった。
ワールドアイテム:300個ぐらいがこの世界にある。50個は世界級コンビが所持(エーテル製装備44個+天空城で回収した2個+傾城傾国+モモンガ玉+強欲と無欲+幾億の刃)
ツアー:準備は一任するよ(諦め)
ジルクニフ:何人ぐらい死ぬんだろうな(諦め)