ハーフリング養殖場から出て南西に移動しようとした主従だが───
「その前に、一応フィンのところによっておくか」
デスチームとメタスパの戦いから避難したハーフリングが飛び込んできて、あの御老人も驚いているだろうと思い直したサトルは<転移>を発動。
アイリスと共に薄暗い洞窟に戻ると、案の定フィンは慌てふためていた。
「かくかくしかじかあれあれこうこう」
「なのですなのですしかくいむーぶなのです」
いきなり出現した二人の人影に、また何か来たと怯えるハーフリング達を無視して、サトルとアイリスは自分達が召喚したモンスターがメタスパを滅ぼしたと説明。今から首魁のところに言ってくるとだけ伝えてから、二人はすぐに外に<転移>した。
「……フィンさんだけで、あの状態の同胞達を纏められるんだろうか」
「今は混乱してるだけです。元々他者に言われ目の前の安寧を甘んじて受け入れて来た身ですから、フィンの言葉があればすぐに落ち着くと思うのですよ。喉元過ぎればなんとやら! なのです。オーナーも、経験はおありなのです」
「俺にそんな経験………………けっこうあるな」
地球時代を思い出し、サトルは渋面になる。後輩がかなりのやらかしをしてフォローしたのに、案件が終われば元の木阿弥。サトルは小卒だが、2100年代では小卒でも上澄みだ。彼より思慮も知識もない人物が、ただの便利な兵隊として雇われていた例は珍しくもない。そんな人物にかけられた迷惑事情なんて、記憶を掘り起こせば幾らでも。
(それにハーフリング達は、フィンさんを除いて全員が家畜として育てられた。元々メタスパ連中の指示を受けて動く連中なんだから、フィンさんが纏めてしまえば文句も出ないか)
まあ今考える事でもないかと、サトルは思考を追い払う。集中すべきは
「改めて聞いておこうかな。ロード・オブ・ザ・リングは、名前の通り指輪型のワールドアイテム……で良いんだよな?」
アイリスが纏めてくれた辞典のおかげで、どんな効力と形なのかは判明している。しかしながら、サトルはそこまで記憶力に自信がない。一応非常に興味がある事柄───例えば、自分がユグドラシル時代に使っていた718の魔法は全部覚えている───のだが、それ以外となると結構な頻度で抜け落ちてしまう。
ワールドアイテムの詳細に関しても、興味のある事柄なので覚えは良い。良いのだが……アイリスやデミウルゴス。それとパンドラのように、一度見たなら忘れないレベルの、完全記憶力と比較するとなると……なので、念のためにアイリスに再度詳細を聞いておく事にした。
「ポジティブ。見た目は装飾のない、黄金の指輪です。ユグドラシル時代の効果はシンプルで、装備すると
「それを、例えばユグドラシルの時の俺が装備しても、クラスレベルが追加されるのかい?」
「ポジティブ。あくまでも、装備効果によるクラスの追加なので、100レベルであっても問題なく機能します」
「レベル差による補正値は?」
「機能するです。仮にこの指輪を、オーナーが装備したとすれば、たっち・みーでもレベル差補正や、上昇したステータスの分、オーナーに苦戦すると思われます」
「……勝てるではないんだな」
「ポジティブ……オーナーとたっちでは、反応速度に差があり過ぎたのです……」
ユグドラシルの頃に、サトルがついぞPVPで勝つことが出来なかったAOG最強の戦士。チートアイテムを持ち出しても駄目だと聞かされて、若干サトルは凹むが、今更なのですぐに気分を持ち直す。
「つまり、100レベルなら装備するだけで105レベルになれる、か。話だけ聞くなら、ワールドアイテムの中でも別格に強いな」
「ネガティブ。確かに強いは強いですが、冥王が元々所持していた種族レベルやクラスとの噛み合いが悪いと、思った以上のシナジーは発生しません。それに、この指輪にはダメダメなデメリットがあるのです」
「デメリットがあるのか。まぁ……ユグドラシル運営だから、ワールドアイテムでも無条件で強くなれますとはしないか」
「ポジティブ。強い効果には、相応のマイナス効果も。それが運営の心情なのです」
ユグドラシルの原則である一長一短。そこそこの効果ならほぼデメリットはないが、スキルにしろ魔法にしろ強ければ強いほど相応のマイナス要素がある。血を浴びたら攻撃力が強化される代わりに、操作を受け付けずにキャラが勝手に動く狂乱デバフになったりなどだ。
「デメリットの効果は?」
「装備すると専用AIが稼働し、プレイヤーにしろNPCにしろ、戦闘状態に移行したらAIが勝手に操作してアシストします」
「い、いらねえ……5レベルは魅力的だが、そのデメリットは致命的だろ」
「ポジ……運営の創ったAIは、お粗末なのです。らうじーなのです。オーナーのように、廃人プレイヤーから見たらAIの戦闘は大体イライラポイントなのですよ」
AI操作によるアシスト。ライトなプレイヤーなら気にはならないだろうが、全身神器級で揃えPVP上等勢であるサトルのようなプレイヤーにとっては致命的に邪魔な要素だ。
(だってあの運営作のAIだろ? 下手糞なタゲ取りで、
アイリスが来る前の1年間は、ソロ狩りでナザリックの運営資金を稼いでいたサトル。流石に完全ソロだと難しい狩りもあったので、傭兵NPCを雇ったりもしていたが、あまりにお粗末なヘイト管理能力に苛つくことの方が多かった。
(せめてアイリスレベルならなぁ……いや、こっちだと逆に強すぎるか───)
「アイリスなら、後衛に滅多な事でヘイトを向けさせないのですよ」
「こら。人の心を読むんじゃない」
「ごめんなさいなのですよ~……ともかく。あのリングにはAIが搭載されていました。もしもその機能がこちらでも有効なら───」
「それを付けている向こうのお偉いさんは、意識を洗脳されているかもしれないな。ところでロード・オブ・ザ・リングって、何か元ネタがあるのか? たしかワールドアイテムは、大抵が神話やら民話に登場する、武器や道具がモチーフらしいが」
「オーナーがお生まれになる、150年ほど前に誕生したファンタジー作品のとあるアイテムがモチーフです。この作品は非常に有名な作品で、ユグドラシルもかなりの影響を受けているのですよ。このワールドアイテム自体の名前も、2000年代に公開予定されていた当作品の映画に付けられる筈だった名前なのです」
「筈だった?」
「1999年に起きたハルマゲドン・クライシスと、2001年に起きた世界同時多発テロの影響で、当時はあらゆる業界がめちゃくちゃだったのです。のちに企業連合と名付けられる、巨大組織が台頭し始めたのもこの頃です」
「ん? 1999年と言うと……タブラさんから聞いたことがあるな。恐怖の大王の予言が云々とか。それって外れたんじゃなかったのか?」
「ネガティブ。それは嘘の歴史です。ソ連残党による小型核を使用した大規模テロにより、当時のマンハッタンが崩壊。第二次世界恐慌を引き起こし、2年後の主要七か国で行われたBC兵器の大量虐殺。三次大戦勃発の直前まで行った、忌まわしき歴史なのです」
「……それってけっこう不味い奴?」
「オーナーがお生まれになるまで、人類史が続いていたのが奇跡なのですよ!」
ワールドアイテムの話をしていたら、なにやら恐ろしく不穏な話を聞く羽目になったサトル。もはや地球には帰れないので、聞いたところでなんだと言う話だが───
(ひょっとして……俺が生まれたあの世界は、企業連合とか環境破壊とか関係なく、想像以上の薄氷の上に成り立っていたんじゃないか?)
以前にアイリスの記憶を読んだ時には膨大過ぎるし、覚えきれなかったので気にしていなかったが……故郷に残して来た親友や、ギルドメンバーのことが気にかかる情報がアイリスからはゴロゴロと出てきてしまう。
地球にいた頃にもうちょいアイリスから色々と聞き出していても良かったかなーとは思いつつも、後悔したところで意味もないので頭の片隅にサトルは置いておく。
「そろそろか……あれか!」
<飛行>を使っていた二人は眼下を見下ろす。そこには───
「土と石で出来た……メガタワー?」
「巨大な蟻塚みたいです」
巨大な建造物があった。直径1000mほどの円型に森が切り開かれており、中心にサトルが言うところのメガタワーが聳え立っている。
「これが巣……であってるのか?」
「ポジティブ。読み解いた記憶の通りなのです」
「口頭で聞いてはいたが、こうやって見てみると……なんか、ユグドラシルのダンジョンにありそうだな」
ユグドラシルでは昆虫系のモンスターが生息するダンジョンは、大抵リアルに存在したとされる社会性昆虫の巣がモチーフだった。現実ではとうの昔に滅んでしまっていたが、データの中にはハチの巣でもアリの巣でもあったのだ。
「これは、あれか。指輪に搭載されていたAIが、ユグドラシルのダンジョンを真似て作ったんだろうか」
「可能性はあります。ユグドラシルの時には、そこまで優秀なAIを積んでいなかったのに、フレーバーテキストに影響された結果義兄さんやお兄ちゃんは、非常に優秀な頭脳を獲得しました。『冥王の環』に搭載されたAIにはそう言ったバックボーンはありませんが、実体化次第では匹敵するかもしれません」
「あの二人並か。それは……かなり面倒だな」
ふぅむとサトルは考え込む。
(パンドラやデミウルゴスほどじゃなくても、かなり上位のユグドラシルプレイヤー相当は見込んでも良いか? ワールドアイテムによる追加クラスと、元々持っていたクラスや種族レベルとの組み合わせも気になる。ここでするべきは───)
考えが纏まったのか、サトルはアイリスに簡素な指示を出す。
「D1-12だ」
「ラージャ。それではアイリスが、ボス部屋まで先導します」
それだけで通じたのか、アイリスはここからどうするのかをサトルに問わない。
アイリスが降下し始め、サトルも続く。ダンジョンタワーの入口には、見張りらしきメタスパがいて、上空から近づく二人を見るや警戒態勢を取る。
「なんだあいつらは?」
「人間?」
この辺りで人間種は珍しい。いるのは家畜同然のハーフリングぐらいであり、毛皮も爪も牙も持たない脆弱な種は大部分が絶滅したからだ。見張りはハーフリングよりも高い───無論、自分達と比較すると小さいそれらが地面に降り立ち、こちらにまっすぐ歩いてくるのを確認。
「……喰うか」
「だな」
これが同族であるならば、悪い事は言わないからここから立ち去れなどと忠告したかもしれないが、いつも食しているハーフリングのちょっと大きい版などただの餌だ。
どこからやって来たのかも知れないし、興味もない。ここいらでは目立つここに興味を持ったのか、のこのこ近づいてくる脆弱な生き物など森のおやつ同然。
忠告もない。警告もない。鋭い脚で貫き、ゆっくりとかみ砕いてやろうと見張りは跳躍。落下エネルギーと筋力の合わせ技が、アイリスに突き刺さろうとする。
その攻撃はデス・ナイトが受けて、足首まで地面に沈められたものと全く同じ。アイリスが通常の人間種であるならば、貫かれるどころか破裂したであろう刺突。
アイリスは、なんか普通に爪で止めてしまった。岩石に穴穿つ鉄脚の刺しは、世界級の爪を穿てない。
跳躍攻撃を仕掛けたメタスパは、頭が真っ白になる。想像と全く違う光景に理解が追いつかない。
「遊んでるのか? あんまり時間をかけんなよ」
もう一体いた見張りは、同僚が遊んでいるのだと思った。自分から迷い込んで来た獲物をいたぶろうとしているのだと。
……遊んでなどいない。ふざけてもいない。今も全力で力を籠めて押し込もうとしている。なのに───動かない。まるで巨大な山のように……
「
「……私は、ただ交渉に来ただけなのだがな。いきなりじゃれつかれるとは、よもやよもや、だな。アポイメントなしで訪問したのはこちらだが、警告もなしの敵意は見逃せんか。赦す。我が威光を示せ」
「御意」
「は……え?」
それは誰の声だったのか。アイリスの腕がブレ、彼女を刺殺さんとしていたメタスパが宙を舞う。もう一体の見張りには見えなかったが、無造作にアイリスが振り払ったのだ。超高速で投げられ、入口付近の壁に激突。
轟音と地響き。岩のように固められた土壁が砕け散る。離れていた見張り役は投げた瞬間には全く反応できず、音が鳴ってからようやく何が起きたのかを察し、壊れた壁に目を向ける。
投げられた者は即死だった。デス・ナイトやデス・ウォリアーの攻撃にすら耐えられる外殻も、それがどうしたと言わんばかりに一撃で叩き割られていた。
仲間が一撃で殺される。ハーフリング達を食し、尋常ではない進化を遂げた自分達が、一瞬で死亡した。絶対にあり得ない事実にぽかんとする見張りに対して───
「そこにいるお前」
「………………はい?」
「聞こえていないのか。お前だ」
「お前はここの住人だな。我が偉大なる至高の御方が、ここの主に用がある。今すぐに案内しろ」
「………………はい? え?」
同僚が突然死し、その原因がいきなり主に合わせろと命令してくる。意味が不明だ。見張りのメタスパは混乱デバフに陥っていた。
「こいつ……何を呆けたふりを! 至高の御方をこのような僻地に、突っ立たせるつもり───」
「落ち着け、アヤメ。そう捲し立てては、彼も状況が分からないだろう。少しぐらいのゆとりは持たせよ」
「ッ! 申し訳ございませんアインズ様!」
サトルにそう話しかけられて、すぐにアイリスは膝を付き頭を垂れる。その様子に同僚を一撃で殺した人間より、アインズと呼ばれた人間の方が立場が上なのだろうかと思考しかけ───
「ここからは、私が話そう……お前は、私の言葉が分かるか?」
「う……え?」
「私の言葉が分かるか?」
「わ……わかり、ます」
「そうか。分かるか。そうだな、では、ここから南西にある、ハーフリングの住処……そう言えば、何のことか理解できるか?」
「住処……あそこのこと、ですか」
「そうだ。あそこだ」
「わ、分かります」
「そこのことで、私はお前達に対して交渉したいことがある。ここには、お前達のリーダーがいると聞いた。それで話し合いに来たんだ。そのリーダーとやらに、合わせて貰えないだろうか」
リーダー。ハーフリング。混乱状態の頭が元に戻るに連れ、脳内で情報が連結していく。
───まさか、あのチビ共の仲間か! そ、そん……なぜ今になって、そんな……
見張りが考えたのは、こいつら二人組が餌の同類かもしれないだ。同類が他種族に囚われているのを見て助けに来た。そうではないかと考察する。
それならば理屈は理解できる。理解できるが───
「あ、あそこには、俺たちの仲間がいた筈だ! そいつらはどうなった!?」
「あれ」
当然の疑問をぶつけたら、アイリスが拉げたメタスパを指さす。あれと同じになった。非常に完結な答えに、見張りの血の気が退いていく。
「おい。案内するのか。案内しないのか。さっさと答えろ」
あわあわしていた見張りは、アイリスの低い声と握りしめられた拳を見て逡巡する。どう見ても案内しないなら殺すという態度と、敵を中に引き入れたら確実にリーダーに殺されると言う恐怖。どちらにしろ殺されるならば───
「こちら……です」
一秒でも長く生きられる方を選ぶ。見張りは心がへし折れていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ここが……そうです」
「ご苦労。もう行っていいぞ」
リーダーとやらがいる部屋の前まで案内させられた見張りは、サトルの言葉を聞いてすぐに立ち去ってしまう。そちらは見もせず、サトルはアイリスの肩を4回たたく。
「アインズ様は私の後ろに。前に出ないようお願いします」
「心得ている」
メタスパが通るには狭いと思われる入口を抜けて、二人は部屋へと入る。部屋はあまり広くなく、精々が40畳程度だろうか。そこの中心に、そいつはいた。
「……隠れもせず、堂々と入ってくるとはねえ。昨今の若者は物騒でいけねえ」
人型の生物がいた。今まで見て来た蜘蛛形とは全く違い、人間のような見た目をしている。ような、と言うのはそのままの意味だ。確かに人のような手足があるが、背中からは金属のアームが4本伸びており、全身も黒色の光沢に覆われている。
これを見たアイリスが心の中でボソッと、アイアン・ヴェノムなのですとか呟いたが、心の中の言葉なので誰も聞いてはいない。
「お前が、ここの蜘蛛を率いている長か?」
「おいおい、挨拶もなしに、開口一番質問かよ。失礼なやつだぜ……まぁ、いいか。
黒い人型がプレイヤーと呟くのを見て、サトルが少しだけ眉を動かす。
「プレイヤー……私を見て、そう思うと言う事は、やはりお前もユグドラシルの関係者、か」
「お前、も? お前もか……これは、あれだな。長ったらしい話はいらなさそうだ」
よっこいせと立上り、黒い人型がサトルとアイリスに相対する。
「めんどくせえから、単刀直入に聞くぜ。お前らはプレイヤーで、偶然か狙ってかは知らねえが、あのハーフリング共で俺に相談したい。で、良いんだよな」
「そうだ。なぜハーフリングの事で来たと知っている」
「ここは俺様の城だぜ? 入口で見張りと話していたら、嫌でも聞こえるっつうの」
「……設置型の盗聴と、監視の魔法か。第七位階の魔法だったかな?」
「おうよ」
「しかし、それだとおかしいな。私は、あの見張りに対してプレイヤーなどと名乗った覚えはないが……」
「アインズ様だったか? その名前には覚えがあるからよ。あんたがそうなのかは知らねえが、アインズと言えば、あの悪名高き悪党ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』だろうが。そんなもんを偽名だがなんだが知らねえが名乗り、見張り番を即死させるような存在なんざ、ユグドラシルのプレイヤーぐらいしかいねえだろうが」
はんと吐き捨てる黒いのを見ながら、サトルはバレないように思考する。
(これは……どっちだ? 俺はてっきり、こいつらのリーダーはこの世界出身の存在だと思っていた。しかしアインズの名前から、ギルド名に思い至る。見たところ───)
サトルの視線が、装着されている黄金の指輪に注がれる。
(ワールドアイテムは装備している。アイリスの話が確かなら、あれを装備すると捜査権が乗っ取られる。その効果が実体化でも有効で、NPCが意識を獲得するように、搭載されていたAIにも自我が芽生え、指輪を装備したら自我を奪われると想定していた。しかし指輪による意識が、アインズ・ウール・ゴウンなんて名称にピンと来るのか?)
サトルの思考は、ひょっとするとこいつはプレイヤーではないのかと疑ってしまう。
サトルはアイリスに無詠唱で<伝言>を繋げるか迷う。自分が考えることなど、アイリスであれば想定済みの筈だ。もしかするとプレイヤーかもしれないことも、念頭にはあった筈。そのアイリスが今のところ、サトルの指示───D1-12を実行し、演技で傲慢なNPCの振りをしてくれている。今も恐ろしい目つきで、黒いのを睨みつけているところだ。
「手前こそ、俺もユグドラシルの関係者だとなぜわかった?」
「偶々出会ったハーフリングの長が、ワールドアイテムを所持していた。その人物が言うには、ここの長は他の蜘蛛と違い形が違うとな。それと、蜘蛛なのに奇妙はリングも付けていると。それを聞いて、私は疑ったんだよ。ひょっとして、そのリングは『冥王の環』かもしれないとな」
「……へぇ。これが何なのかを、知ってるってわけだ」
黒い人影が、見せびらかすように手を掲げ指輪を見せつける。傷一つすらない、黄金色の光。それを見てサトルは唸る。
「話を聞いただけで、これがワールドアイテムだと気づくか」
「当たり前だ。私はあの、アインズ・ウール・ゴウンに所属していたのだぞ? ワールドアイテムの情報ぐらい、幾らでも集めていたさ」
「全ギルドトップ10の賜物ってわけか。しかし……アインズ・ウール・ゴウンってのは異形種ギルドだろ。俺には、手前が人間種にしか見えねえな」
(アインズ・ウール・ゴウンが異形種ギルドなのも、トップギルドの一角なのも承知済み。やっぱこいつ異形種プレイヤーじゃねえの?)
サトルはこの人影がプレイヤーかもしれないと、若干警戒心を強める。もしも搭載されていたAIが実体化時に消えており、ただただワールドアイテムを拾っただけのプレイヤーであった場合、やり方を多少変えたいからだ。
(プレイヤーならハーフリングの牧場なんて造るだろうか? 異形種になったら、人間種への愛着がかなり消える。俺もアイリス以外に対して、地球の頃ほど人間に対して心が揺れ動かなくなってる。それが異形種プレイヤーの標準だとするなら、有効だと思えば人間種の家畜扱いぐらいは……そうなると、推定こいつがプレイヤーだとして、そんな重要拠点を見張りだけに任せるだろうか)
サトルとアイリスは、フィンの救出と蜘蛛の記憶を読むために一度空洞内に姿を晒している。もしもあの場に監視役の蜘蛛以外に、見張るための仕組みがあったとするなら、それを見られている可能性がある。
そうなるとアイリスのこれは演技だと既に見破っており、その上でこちらの騙しに対して乗っているのかもしれない。ユグドラシルプレイヤーなら、それぐらいは当たり前にする行為だ。
(しまったな。フィンの記憶と、メタスパの記憶を読む迄は二つ目のワールドアイテムがあると想定していなかったから、偽装も不十分だった。さて……こいつはAIなのか。それともプレイヤーなのか。見た目だけなら、そう言うカスタマイズをしたプレイヤーの可能性が濃い。周りと外見が違うのも、プレイヤーだからと言えばそれまで。こっちの世界に来てから、異形種を仲間として勢力を拡大した存在……かもしれない。それか、普通に指輪に意識を乗っ取られていて、見た目もその影響でこうなっただけなのか。前者なら、ここに俺たちが来ると仮定して、何かしらの備えをしているのか。していないのか。これは……読みあいだな)
サトルの思考が切り替わっていく。ここに来るまでは偶々ワールドアイテムを拾った異形種から、それを回収するだけの作業だった。しかしここにきて、PVPの可能性も生えて来たのだ。AIか、プレイヤーか。もしもプレイヤー相手ならば、下手な誤魔化しは通用しないぞと気合を入れ直す。
「私は外装を課金していてな。これでもきちんと異形種だよ」
「そうかい。それで? なんで異形種様が、ハーフリングのことで相談なんぞに来やがった。お前にとっては、ただの人間種だろうが」
「そうだな。私が彼らのために、何かしらの行動をする理由などない。フィンとやらが持っていたワールドアイテムを奪い、皆殺しにするだけだ。だが、お前もワールドアイテムを持っているなら話が別だ。単刀直入に言おう。冥王の環を渡せ」
「渡すわけねえだろ。馬鹿かお前」
「そうか。まぁ、そうだろうな。ところで、ユグドラシルでは、ワールドアイテムを持ち歩くのは愚策なのは知っているな」
「勝負で負けて奪われたなら、そいつが大まぬけって話になるからな」
「その通りだ。そしてお前は、今日大まぬけになる」
「は! ハーフリングの相談ってのは、どうせ解放してやれとかそんな降らねえ話だろ! で、それは建前で、本音は俺の指輪を寄こせだ。悪徳ギルドの一員らしい本音だな!」
「なんとでも言え。こんな交渉が、最初から上手くいくなんて思ってもいない! やれ! アヤメ!」
「承知しました!」
今までずっと黙っていたアイリスが、サトルの言葉と同時に一気に敵の懐に飛び込む。それは高速だった。疾風だった。この世界出身の生物では、真なる竜王クラスでなければ反応出来ない一撃が放たれる。
仮に反応出来たとしても、防御も回避も容易くない。七色鋼ですら砕きかねない右ストレートが腹につきささ───
「き、かねえ、なぁ! 俺に! このプルトに、そんな温い一撃が通ると思うか!!!」
らない。両手で受け止められる。余裕綽綽と言う止め方ではないが、プルトと名乗る蜘蛛男は、手がビリビリと震えながらも止め切ってしまった。
「アインズ様!」
防御しただけではない。プルトの背中に生えるアームの先に光弾が生成。それはサトルを狙っており、気づいたアイリスがすぐにプルトから離れて高速移動でサトルの前に出現。彼女が両手を構えて、防御姿勢を取ると同時に
「<ツイン・バスター>!」
赤い閃光が炸裂。抑えきれなかったのかサトルと共に、アイリスは部屋を突き抜け、外壁を貫通し、森の方にまで吹き飛ばされてから爆発。
第九位階魔法<核爆発>並みの破裂が膨れ上がり、両名を呑み込んでしまった。
あと一話だけ続くんじゃ