リスタート外伝 バハルス帝国二人旅   作:リセット

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南方の天空都市

 サトルとアイリスが引越してから早1週間。その間二人は特に仕事もなかった。ジルクニフが二人を投入すると決断するような緊急事態が特になかったからだ。

 

 暇な二人は遊んで過ごす───ような事はしない。時間があるなら情報収集をすると決めていたので、ジルクニフに許可を貰い大学院や魔法学院にある図書館に通い本を読み進めた。

 

 初めて見る文字に戸惑ったサトルだが、彼のアイテムボックスには魔法の力でどんな文字でも翻訳できる眼鏡が入っている。それを使う事で異国の文字であろうとも読めるのだ。

 

 しかしこの眼鏡は一つしかなく、アイリスの分はなかったが……彼女の得意分野は学習能力。サトルが読み上げる言葉と、バハルス帝国で使われている文字を比較することで一冊の歴史書を読み終える頃には言語を覚えてしまった。

 

 そこからは二人で手分けして情報を纏め上げていく。と言っても大半はアイリスが担当した。元々活字を読むのが苦手なサトルと、この手の記述を読み解くのが得意な彼女とでは差があり過ぎる。サトルは一冊読み進めるのに半日以上かかる上に内容も覚えきれないのに対し、アイリスは数分に一冊の速度で片付けて完全に記録する。

 

 そうして覚えた記録の中から、サトルが興味のありそうな内容を抜粋してアイリスは紙に書き記していく。アイリス命名『編纂書』の執筆作業だった。

 

 その間にサトルは街に繰り出して、酒場などで帝国と周辺国家の関係などを足で稼ぐ。彼が持ち帰った情報を脳内でつなぎ合わせ、編纂書の内容と合わせる事でアイリスは答えを導いていく。

 

 そんな1週間であった。

 

「───ならやっぱり、このエリュエンティウってやつがあの八人が創った街になるのか」

「ポジティブ。帝国の図書館に収められていた文献を読み解く限りでは、八欲王があの八人の可能性が非常に高いです……文献が確かなら、もういないようなのですが」

「仲間割れで自滅って……あの八人はそんな奴らだったのか?」

「可能性は高いと思います。あの八人は全員我が強いですし……メンバーの中には他のワールドチャンピオンが妬ましかったのか、SNSにいつか同じギルドメンバーを殺害すると書き込んでいた人物もいたのですよ」

「……あいつらなんでギルドを創ろうと思ったんだ?」

 

 サトルが首を傾げるが、後から内心で不満を抱えて同じ組織の人間を恨むと言うのはそんなに珍しい話でもない。アイリスが「そんなもんなのですよ……」とちょっとだけ擁護するだけだ。

 

 さて……二人が特に重視して探したのは、自分達と同じように『ユグドラシル』から引き抜かれたプレイヤーがこの世界にいるのかどうかの痕跡だ。帝国は建立してから200年。それ以前の王国と同一国家であった時代から見ても400年ほどしか経っておらず、歴史的な資料には乏しい。それでも御伽噺や神話にプレイヤーと思わしき存在の名前がいくつか散見された。

 

「口だけの賢者。十三英雄を率いた英雄の中の英雄。六大神。八欲王。エルフ国の王。この辺りがプレイヤーの可能性が高い人物か」

「ポジティブ。口だけの賢者に該当しそうなミノタウロスには一人候補がいます。プレイヤー名焼肉キング。リアルでは外科医をしていた人物です」

「お医者様か。それで治癒魔法がある世界なのに、外科手術の手法なんて遺したんだな」

「エルフの王はちょっと候補が多すぎて絞り切れません。十三英雄のリーダーも人間種の戦士のようですが、それだけだと絞れないのです」

「そうか……なら六大神。スレイン法国を建国したって言う六人の神に関しては分かるかい?」

「ポジティブ。この六人に関しては詳細に文献も残っていますし、名前なども判明しているので分かりやすいのです。六大神はネコさま大王国と言うギルドの拠点に、リアルフレンド六人で集まっていたプレイヤーです」

「リアルフレンドか……ちょっとだけ羨ましい話だな……」

「ポジティブ。最後にヘロヘロなどが訪れてくれましたが……ウルベルトやぺロロンチーノも来てくれたら嬉しかったですものね」

「……いいさ。最後の最後にはアイリスもいてくれたんだ。俺は寂しくないよ」

「───ふふっ。そう言って下さると、とても嬉しいのですよ」

 

 ……どうでも良い話だが。この話をしている二人がいる場所は、自宅のベッドの上である。一日一回は必ずしているとある作業を終わらせた後の、睦言がこの会話だ。お互い産まれたままの姿であり、アイリスはサトルの胸に頭を預け匂いを擦り付けるようにグリグリと顔を押し付けながらこの会話をしている。サトルもそんなアイリスのサラサラとした髪を指で梳きながら、真面目な顔をしてプレイヤーについて話している。

 

「スルシャーナ以外は人間種なので寿命死しているでしょうし、そのスルシャーナ自体も八欲王の手で葬られたとしか文献では分からないのですよ」

「ふぅむ……その六大神が持っていたアイテムとかは分かるかい? もしかしたらまだスレイン法国に遺っているかもしれないから、今後の対策に知っておけたら助かるんだが」

「ポジティブ。スルシャーナ達の手持ちのアイテムでオーナーにも通じそうなものとなると、世界級アイテム『傾城傾国』か『聖者殺しの槍(ロンギヌス)』なのです」

「ゲッ! そいつらあの槍を持ってたのかよ……」

 

 アイリスが口にしたロンギヌス。それは使用者のゲームデータを完全に消去する代わりに、ゲーム内の人物データを誰でも完全抹消する事が可能と言うDMMOにあるまじき効果のアイテムだ。『ユグドラシル』でもある意味一番有名な世界級アイテム。ゲームを引退するプレイヤーが、最後の花火としてメインストーリーのNPCを消滅させた動画が公開される事件があった忌まわしきアイテム。それがロンギヌスだ。

 

「俺たちには世界級エネミーの加護があるから大丈夫なんだろうけども……」

「ネガティブ。実体化に伴って効果が変わったりしていたら、アイリスもオーナーも消えちゃう可能性があるのです」

「……スレイン法国は要注意だな」

「ポジティブ。もう一つの傾城傾国も中々面倒なアイテムなのです」

「……効果は?」

「精神耐性無効効果を貫通する完全洗脳です」

「……なんで六大神ってやつらは、そんな世界級アイテムばっかり持ってるんだ?」

「ゲーム内ログも残っておらず、六人ともブログなどもつけていなかったので不明なのです」

 

 アイリスの教えてくれた情報に「はぁ……」とため息をつくサトル。スレイン法国は人間至上主義を掲げる国家であり、見た目は人間にしか見えないがその正体はアンデッドな彼との相性は最悪な国家である。そんな国が面倒な世界級アイテムを保持している可能性がある。嫌でも気が滅入ると言うものだ。

 

「……何にしろ、時間がある内にスレイン法国かエリュエンティウを探ってみたいな。もしかしたらユグドラシル金貨が補充できるかもしれないし、強力なマジックアイテムが手に入るかもしれないからな」

「それならエリュエンティウをお勧めするのです。スレイン法国はバハルス帝国との交易もありますし、下手に探るとジルクニフに迷惑がかかる可能性が非常に高いのです。それに対してエリュエンティウは遥か昔に放棄された都市だと文献には残っていましたので、そちらであれば探ったとしても大丈夫だとアイリスは具申します」

「そっか。なら一度この都市を離れてエリュエンティウの調査をしてもいいのか、ジルクニフに相談しなくちゃいけないな」

「それでしたら一度フールーダに話を通すと良いのですよ。彼は魔導を極めんと日々研究していて、そのためにエリュエンティウの調査をしてみたいと弟子に愚痴を言っていた事があるらしいのです」

「……あのお爺さんかぁ……会う度に魔法の神って呼んできて気恥ずかしいから、あんまり会いたくはないんだが……」

 

 サトルの個人的心情としては「あの人ちょっとなぁ……」と言ったところだ。顔を見れば靴を舐めるように平伏してくる困った老人───それがフールーダだ。元々は魔法を司る小神を信仰していたらしいが、今はサトルとアイリスが信仰対象になったので拝んでいるのだとか。

 

 そんな悪癖のある人物だが、あれでも帝国では並ぶもの無き重鎮。彼の口添えがあれば、サトル達の調査願いもジルクニフに通りやすくなる。

 

 アイリスの助言を受け入れたサトルは、夜が明けたら魔法省にいるフールーダに会いに行くことを決めたのであった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

「───以上の理由から、御二方のエリュエンティウ調査は国益になると陛下に具申します」

 

 朝になってからフールーダを訪ねた二人は、この地域の事を調べていたら帝都の遥か南西の砂漠にある閉鎖都市・エリュエンティウに興味が湧いたので調査をしたい旨を伝えた。文献にあるように放棄された天空都市に強力なマジックアイテムが眠っているのであれば、それを回収して陛下に献上したいのだと。

 

 それを聞いたフールーダは飛び跳ねるように喜んだ。エリュエンティウ───そこは八欲王と呼ばれる、大陸を一度は支配した伝説の存在達が創り上げたと謳われる旧い都市だ。砂漠の真ん中に魔法結界で覆われた都市があり、その都市の上空には島の如き城が浮いている。

 

 そんな都市には、八欲王が所有していた超級のマジックアイテムが数多く保管されているらしい……らしいと言うのは八欲王が仲間割れで亡くなった後、都市が放棄されて実情を知る者が殆どいなくなったからだ。

 

 帝国にも時折、当時の住民が持ち出したと言う魔法の武器や道具が流れてきたりするので、フールーダから見ても素晴らしいと言えるようなマジックアイテムがあるのは事実だろうと老人は考えている。

 

 もし……もしあの都市にあるマジックアイテムが手に入るならフールーダの魔法研究は飛躍的に進歩する可能性が高く、帝国にも莫大な利益を確実に齎す。しかしフールーダはそれを想いながらも、エリュエンティウの調査はした事がない。

 

 ……老人も昔、一度だけあの都市に赴いたことがある。八欲王が遺したとされるマジックアイテムを求めて、だ。しかし老人の願いは叶わなかった。魔法結界に阻まれて都市に入れなかったのだ……もう一つ付け加えるならば。仮に結界が無かったとしても、フールーダはあの都市からマジックアイテムを持ち帰ることはできない。

 

 エリュエンティウには都市守護者と呼ばれる三十人の怪物が潜んでいるからだ。都市守護者達は桁違いの魔法武具を身に纏い、一人一人が竜王と呼ばれるドラゴンに匹敵する力を持っている。そんな怪物達が八欲王の遺した遺産を守っており、都市外への持ち出しを防いでいると伝説は語る。

 

 八欲王以外でエリュエンティウからマジックアイテムの持ち出しを許されたのは、十三英雄と呼ばれる200年前に魔神戦争で活躍した英雄達だけだ。

 

 誰もかれもを拒む魔法結界と、三十人の都市守護者に守られた都市。知識あるものなら超級のマジックアイテムがあるのは事実だと知っていても、二つの理由から調査を見送られていたエリュエンティウだが……フールーダは天啓を得る。

 

 この偉大な魔法の神々であれば、魔法結界をどうにか出来るのではないかと。怪物と謳われる都市守護者であろうとも、難なく対処してしまうのではないかと。

 

 長い間滞っていた魔法研究が、一気に飛躍するかも知れない機会が転がり込んできたのだ。二人からのジルクニフに口添えしてくれないかと言う頼みに「勿論です!」と即答するフールーダ。

 

 魔法省から皇城へと三人で転移。老人と夫婦がお目通りを願うのであれば、皇帝は断りなどしない。ジルクニフがフールーダまで伴って、サトルとアイリスが会いにきた理由を聞き───

 

「なるほどな。確かに爺の言う通りではある。本当にあの都市に強力なマジックアイテムがあり、それを手に入れられたなら、必ずや帝国はより強大になり栄えるだろう」

「では陛下……神々に天空都市の調査を頼まれますか?」

「勿論だ。これがどこかの国の都市ならまだしも、滅んだ国の放棄された都市にマジックアイテムが有っても無用の長物。回収して使うのが正しいあり方だ」

 

 他国の都市から強奪したら大問題だが、誰の管理下にもない亡国からマジックアイテムを頂戴したとて誰が文句を言うのだろうかと皇帝は嗤う。善悪で言えば悪だろう。だが為政者には清濁を併せ呑む度量も必要なのだ。

 

 ジルクニフから正式に天空都市調査の命令を下された二人は、一度自宅に戻りエルフメイドやジルクニフから紹介されたメイドに家を暫く空ける事を伝えてから、転移魔法と<飛行>を併用して南方の砂漠にある都市を目指すのであった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 出鱈目なステータスを持つアイリスとサトルだが、<飛行>の魔法にはステータスの能力が影響しないのか、時速換算で100キロほどの速度しか出す事が出来ない。帝国では遠方への移動となれば、基本は馬か飛行能力を持つヒポグリフと呼ばれる騎乗可能な魔獣を使う。それらと比較すれば確かに早いのだが、<飛行>だけでエリュエンティウを目指すと時間がかかり過ぎる。

 

 そんな問題も転移魔法の前では関係がない。転移系の魔法は一度訪れてから登録しなければ直接そこに繋げたりできないが、眼に見えている場所であれば登録していなくとも転移可能。その特性を利用して一度上空まで<飛行>で飛びあがってから、地平線の彼方まで転移を繰り返す事で数分も掛からずにエリュエンティウまで到着した。

 

 サトルの目の前にはドーム型の結界に守られた都市がある。

 

 都市の建造物は石と土を固めて焼いたレンガを素材とした構造であり、ムデハル様式を参考にしたのであろう建物が数多く建てられている。

 

 都市全体が<保存>の魔法に守られているのか、人っ子一人見当たらないのに結界の外から見る分には風化した様子などは見受けられない。

 

「あの上に浮いてるのがキルヴィス浮遊要塞かな?」

「ポジティブ。ゲーム時代と何一つ変わらない見た目なのです」

 

 そんな廃棄都市の上にはポツンと寂しげに天空城が浮いている。モンサンミッシェル大聖堂をモチーフにした巨大な城が乗る島から水が無限に湧きだし、眼下の都市に流れ込み砂漠の中にありながら都市全体が水気に満ち溢れていた。

 

「それではアイリスの知る、キルヴィス浮遊要塞の結界突破方法をお披露目するのですよ」

 

 アイリスがまず結界に手を触れて<完全不可知化>を発動する。次に結界に向けて<解錠>と<大治癒>を使う。だが結界は鍵でも生物でもないので、何も起きない。今度は<完全不可知化>を解除してから、結界内に向けて<転移門>を発動。しかし魔法結界に阻まれて<転移門>は不発。しかしアイリスはもう2回<転移門>を発動。しかしこれも不発に終わる。

 

 アイリスはここで一度結界から手を離す。右に10メートルほど移動してから再度同じ手順を繰り返す。それが終わったら、<飛行>で左斜め上に浮かびあがってから同じ手順をリトライ。すると───

 

「おッ! 本当に開いた!」

「実体化しても、この隠し要素が残っていて良かったのですよ」

 

 アイリスが触れていた場所3つの点を結ぶように、三角形を模った光る線が走ったと思ったらそこだけ結界が消滅したのだ。

 

 これで中に入れるルートが出来たので、今度はサトルの出番だ。彼は上位アンデッド創造で『集眼の屍(アイボール・コープス)』を産み出す。このアンデッドは直径2メートルほどのピンク色の肉塊に、無数の白濁した眼がついているモンスターだ。強力な探知能力や看破能力を持ち、知覚を共有することで偵察ドローンのような使い方が出来る。

 

 都市守護者に発覚しないように、集眼の屍にアイリスが<完全不可知化>を掛ける。通常この魔法は他者には使えないが、支援系の職業(クラス)スキルを持つアイリスはMP消費が多くなる代わりにこの手の自分にしか使えない魔法を他人にも使用できる。

 

 特殊な看破能力が無ければ知覚することが出来なくなった集眼の屍が、結界の開いた隙間から中に入っていく。

 

 アイリスにも集眼の屍の視界を共有させて、サトルはアンデッドから送られてくる映像に注視する。

 

「三十人全員はいないが……都市守護者が何人かいるな。あれが浮遊要塞の拠点NPCであってるかい?」

「ポジティブ。間違いないのです。アイリスが知るあの八人が創ったNPCは全員戦乙女(バルキリー)です。今のところ六人しか見当たりませんが……全員アイリスの知るデザインなのですよ」

 

 サトルは浮遊要塞のNPCを知らないが、ゲーム内のビジュアルデータを把握しているアイリスは一目見ればNPCなのかどうかを判別できる。そんな彼女がNPCだと言うのであれば、そうなのだろうとサトルは受け入れる。受け入れて……どうしたものかと思案する。

 

「アイリスの推測通り、都市守護者は拠点NPCだったか。しかも見る限り、自分の意思で行動してるっぽいな」

「ポジティブ。NPCアバターのアイリスが実体化したように、拠点NPCが実体化してもおかしくはないのです。それに彼女達にも、AIは積まれていました。それが実体化に伴い自我に変化したと思われるのです」

「なるほどな。彼女達の装備だが、『ユグドラシル』時代と変わりはあるかい?」

「ネガティブ。彼女達戦乙女が付けている装備は、『ユグドラシル』と変わったようには見えません……デザインが同じなだけと言う線もありますが、この世界の技術力の関係上それは低いかと」

「ならアイリスが考察したように、あの八人はこの世界独自の技術などで強化はしていないっぽいな」

 

 アイリスとサトル。二人は当初この世界には独自技術があり、それで『天空の王者達』が強くなっている可能性を考慮していたが……今はその可能性は殆どないと見ている。

 

 そう考えるように至った理由は、アイリスが書き上げた『編纂書』にある。これの内容から武技や生まれながらの異能(タレント)と言ったこの世界独自の特殊な能力。太古の竜が使ったと言われる旧き魔法。それらを把握した事で、この世界の力関係のような物を大まかにだが二人は掴んでいた。

 

 『編纂書』を書いたアイリス曰く、『ユグドラシル』のアバターで実体化したプレイヤーはこの世界で絶大な武力を保有している。八欲王が一度は大陸を支配した事から、それは事実。仮に世界級エネミーの能力が無くても、サトルとアイリスであれば、平和を謳歌出来たであろうと言う事をサトルは彼女から教えられた。無論存在Xと言う神の存在があるので、そこまで楽観的に行くかどうかは不明だが。

 

 ともかくプレイヤーであれば無双できる事実に八欲王の性格。それらからアイリスが導き出した結論は、あの八人はこの世界の技術を使った強化などはしていないだ。そんな事をしなくとも勝てるのだから、する必要性を考えるような性格ではないとアイリスは地球時代の彼らを知るが故に把握している。無論あくまでもアイリスの希望的観測が混ざった仮説であり、これを前提とするのは危険ではあるが……行動の方針にはなる。

 

 アイリスの推論が正しければ、三十人の都市守護者……すなわち八欲王のNPCも『ユグドラシル』時代から成長などはしていない。それを確かめるための偵察であり、装備などから推論は正しいと二人は直感する。世界級エネミーの力を持つ自分達であれば、100レベルのNPC程度簡単に潰しきれると。しかしサトルは念には念を入れる人種だ。

 

「あいつらのNPCが自我を持ってるか……ならちょうど良い。戦乙女(バルキリー)をこの入口近くまでおびき寄せ捕まえて、<記憶操作(コントロール・アムネジア)>で情報を吸い出そう。そうすればこの世界の事がより詳しく分かるはずだ」

「ポジティブ。<記憶操作>の魔法が上手く使えるかの検証もそろそろ必要だったので、良い機会なのですよ」

「だけど俺たちより強いかも知れなかったら、すぐに撤退する。これだけはアイリスもよく覚えておいてくれ」

「ラージャ! なのですよ」

 

 そこから軽い打ち合わせを済ませたサトルは、中位アンデッド創造により死の騎士(デス・ナイト)を召喚して三角形の穴から結界内に侵入させる。

 

 集眼の屍の視界内で戦乙女(バルキリー)が一人、デス・ナイトの方向を向く。恐らく知覚能力が高いタイプなのだろう。気づいた彼女は頭に手を当てている。

 

「誰かと<伝言>でやり取りをしているみたいだな」

「ポジティブ。異常を察知したから見に行くかどうかの相談だと思います……あっ、動きました」

 

 連絡が終わったのか、赤い髪の戦乙女(バルキリー)が一直線にデス・ナイトの方へと向かってくる。

 

「釣れた釣れた。こっちも準備しておくか。<完全不可知化>」

「ポジティブ。<完全不可知化>」

 

 二人とも気配すら消える透明人間となってから、ドームの外で待ち構える。赤髪のバルキリーはデス・ナイトを見つけるやいなや、即座に持っていた大剣で斬り殺してしまう。彼女は100レベルのNPCで、デス・ナイトは所詮35レベルのアンデッド。一撃は食いしばっても、二撃目は耐えられずに消滅してしまう。

 

「なぜアンデッドが……」

 

 今までとは違う異常事態に赤髪は困惑。とある事情からこのNPC達の思考はかなりノイズだらけであり、支離滅裂な状態になっているのだが……この赤髪のバルキリーは比較的思考汚染がマシなようだ。キョロキョロと辺りを見回した彼女は、忌まわしい魔法結界に穴が開いているのを発見する。

 

「なんだあの穴は?」

 

 まさかあそこからアンデッドが入って来たのかと彼女は考え、そこに近づき───

 

「<昏睡(コーマ)>」

 

 世界級エネミーの耐性貫通効果を付与したアイリスの魔法により意識を刈り取られる。地面へと倒れそうになるが、その前にサトルがキャッチする。

 

 攻撃行動を取ったアイリスは<完全不可知化>が解除されたが、魔法結界の外にいるせいか他のバルキリーには気づかれていない。サトルもキャッチは攻撃判定にならないと事前に確認しているので、<完全不可知化>になったままだ。

 

 赤髪のバルキリーを抱き上げたサトルが魔法結界の外に出てくる。

 

「それじゃ、この子の記憶を覗いてみようか」

「ポジティブ。<記憶操作(コントロール・アムネジア)>」

 

 アイリスが使うのは第十位階魔法の<記憶操作>だ。ゲーム内では傭兵NPCや召喚モンスターを裏切らせる効果のあった魔法だが、実体化に伴い対象の記憶の閲覧・操作・消去が可能と言う恐ろしい代物へと変貌している。

 

 この2週間の間にサトルが召喚したデス・ナイトを使い魔法検証をしていた二人は、<記憶操作>がこんな効果になっている事も確認済みだ。しかし検証に使った相手はデス・ナイトだけであり、他の自我を持つ存在に有効なのかはまだ確認できていない。

 

 それを確かめようにも、流石に帝国民で試すわけにもいかないので検証は済んでいなかったのだが……今回のNPC相手であればそこまで罪悪感もない。

 

 このバルキリーは精神作用効果に対する完全耐性を備えているが、アイリスは<昏睡>の時と同じで貫通効果を<記憶操作>に付与することで難なく赤髪の記憶を覗き込む。

 

 <記憶操作>のMPコストは非常に重いが、世界級エネミー16体分の魔力を持つアイリスやサトルにとっては大した消費量でもない。

 

 八欲王が降臨したのは500年前。つまりこのNPCの脳には500年分の記憶が刻まれている。通常なら閲覧するにしても数ヶ月はかかるだろうが、それを閲覧するのは情報処理を得意とするアイリスだ。あっという間に500年分の閲覧をし終えてしまう。

 

「大体分かったのです」

 

 アイリスの口から、サトルへと要約した記憶の内容が語られる。

 

 八欲王───ワールドチャンピオンの八人はこの世界に降り立ち、自分達の力に酔いしれた。その後脆弱な人間種が抑圧されているのを知った八人は、当時大陸を支配していたドラゴンの王達に待遇改善を求めたのだとか。しかしそれは受け入れられなかった。受け入れられず……八人の手には竜王ですら殺しきれるだけの力があった。怒りに任せて竜王を殺した八人と残りの竜王達の間で大戦争が勃発。

 

 最終的には八人の勝利で戦争は終結。大陸の支配圏を竜王から奪い取った八欲王だが、最後は利権を巡り身内同士の醜い争いで自滅した。

 

 しかしこの時、一人だけ八欲王が生き残っていた。リクと言う男だ。彼は『流れ星の指輪』と言う願いを叶える課金アイテムを使い、数百年後に復活するように休眠に入った。八欲王が滅びてから300年後。復活したリクは今度こそ正しく生きようと心に決め、魔神と呼ばれるようになってしまった六大神のNPC達を討伐していく。

 

 そんな彼をリーダーとした集まりは、いつしかこう呼ばれるようになった。十三英雄と。どうして十三英雄が八欲王の都市からマジックアイテムの持ち出しを許されたのか。それはリーダーの彼が『天空の王者達』のギルド長だったからだ。

 

 十三英雄のリーダーとして知られていた彼だが。魔神討伐後諸事情から十三英雄の仲間を手にかけてしまった事で鬱になってしまい。最後にはギルド武器を持って、当時の仲間だったツアーと呼ばれる竜王の元に向かって以降消息が分からなくなってしまった。

 

「───そうか。あの八人は本当に亡くなってたんだな」

「ポジティブ。ここを去る時に、魔神となったNPCの厄介さを知っていたリクは、魔法結界の中にバルキリーを閉じ込めました。生きる気力が無くとも、それだけは使命として果たしたようです」

 

 仮想敵として見込んでいた八人がとっくの昔に亡くなっていた。とんだ空回りをしたものだと、二人は少ししんみりする。

 

「しかし今の話を総合すると、このバルキリーを生かしておくとまずいな。この魔法結界を維持する金貨も残り少なくて、これが無くなったらこいつらは檻から解放されちゃうんだよな?」

「ポジティブ。このNPC達の頭には、自分達の主を助けなかった世界への恨みしかありません。ここを出たら手当たり次第に、殺戮を尽くそうと決めているようです」

 

 魔神化。それが浮遊要塞のNPC達が陥っている現象だ。主を無くした事で思考回路がめちゃくちゃになり、自分達の大切な創造主がいないような世界など全て滅んでしまえと考えてしまうようになってしまう。そのせいで30人のバルキリーは全員、あらゆる生命体を滅ぼすべしと考える危険な存在となってしまっていた。

 

 アイリスが教えてくれたNPC達の考え方に一層「まずいな」とサトルは零す。竜王と呼ばれる大陸の覇者がいた時でも、この世界の生物は八欲王に勝てなかったのだ。八欲王そのものはいなくなったとは言え、アイリスが教えてくれた限りでは竜王もかなりの数が殺されたらしい。そんなところにワールドチャンピオンに劣るとは言え、伝説級や神器級装備を身につけた100レベルのNPCが戦争を仕掛けたら……間違いなく多くの死人が出る。

 

 別段見知らぬ連中を助けようとまではサトルは思わない。だがその死人の中にジルクニフがいるかも知れないなら話は別だ。見知らぬ土地に飛ばされた自分達二人に良くしてくれている雇い主。彼には多大な恩がある。恩を受けたならば恩を返さなければいけない。そうでなくとも、サトルはジルクニフに対して高い好感を覚えている。ならばここでバルキリー達を始末するべきだ。

 

 そう思ったサトルは可哀そうだがバルキリーを殺害しようとし……ふとある事を思いついた。もしもこの考えが正しいならば……殺すよりも彼女達を有効活用出来るのではないかと。そう思ったからこそ、アイリスにそれを相談してみる。

 

「アイリス……物は相談なんだがな。<記憶操作>は記憶の閲覧以外にも、操作と消去が出来るんだよな?」

「ポジティブ。デス・ナイトで試した時は、アイリスが主人だと記憶を植え付けたらアイリスの指示を聞くようになったのです。その記憶を消去したら、またオーナーの支配下に戻りました」

「───ならさ。このバルキリーの記憶を全て消去して、俺たちの味方って記憶に上書きしたら……エル=ニクス陛下の役に立たないかな?」

 

 サトルが思いついたこと。それはNPCを自分の味方にすると言う、<記憶操作>の本来の使い方を試せないかであった。





<記憶操作>:個人的にオバロでもトップクラスにやばい魔法だと思う。使い方次第では尊厳破壊も容易

Q:NPCの記憶は書き換えられるの?
A:できる。原作でもシズ・デルタの記憶をアインズが書き換えている
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