砂時計は
時計の針は戻り、現在は過去へと裏返る。
物語の始まり、湖面に落ちた一粒の雫。
生み出された波紋が乱すのは少年の未来か、はたまたこの世界か。
物語の舞台は半年前、第二次有志連合戦から1年後へ――
GBNの辺境、知っている人はほとんどいないような崖の上。
少年・リクは、広がる荒野が一望できる場所から下を見下ろし、何やら思案していた。
「はぁ…」
何にあてるとも言えないため息が、どこへとも知らず流れていく。
その悩みは、人が思うよりも重たいものだった。
「オレ、ほんとにヒーローなのかな…」
一度ならず二度までもGBNを救った彼は、数多のダイバーたちから「ヒーロー」として英雄視されていた。
余人ならば成し得ないような奇跡を起こし、誰もが不可能と考えたELダイバー救出を仲間とともにこなし……そして、「最強」と謳われたチャンピオン、クジョウ・キョウヤを打ち破ったこと。
ガンプラバトルをたしなむ者ならば等しく憧れるであろう彼は、正しく「ヒーロー」だったのだろう。
だが、そんな周囲の憧れとは裏腹に、彼がその腹に飼う悩みは重く、苦しいものだった。
一度目の奇跡、第一次有志連合戦の頃の彼ならばあるいは、自他ともに認める「ヒーロー」だっただろう。
多くのダイバーと共闘してGBNを脅かす大悪を破り、ガンプラのさらなる可能性を示したあの頃の彼ならば、あるいは。
しかし、二度目…第二次有志連合戦の頃の彼は違う。
彼らが守ろうと戦ったのは、「ELダイバー」と呼ばれる仮想生命体、サラ。
この世界の捻じれから生まれた、いわゆるバグ的奇跡。
しかし、その存在に対する俗世間の視線は冷たかった。
この世界で生まれた新時代の生命、そしてリクたちが共に戦ってきた大切な仲間とはいえ、元をたどればELダイバーも世界を壊すバグの類。
それを擁護するとなれば、彼らも問答無用でこの世界の「秩序と正義」に裁かれる側となるだろう。
…身も蓋も無い言い方をすれば、今度は彼らが「GBNを脅かす大悪」の側に立っていたこととなるのだ。
リクの悩みの種はそこだった。
一度は奇跡を起こした身とはいえ、己の意地を通すため世界を危機にさらした、という事実は変わらない。
幸運にもサラを救えたとはいえ、それは結果の話。
世界の側から見れば、彼らは己のためだけに世界から叛逆したとも言えるのだ。
…それに関してとやかく言う者は今ではほとんど見られなくなったが、決して「いない」わけではない。
低ランクダイバーの中では、羨みや嫉妬からか仲間内でリクやその仲間たちの陰口を囁く者も少なくない。
加えてそういった者に限って小さいコミュニティーでの声が大きく、彼らの声に感化されたコミュニティー自体がリクたちの敵となることもある。
所詮は弱者の戯言、羨みから来る陰口には中身など端から存在しない。
何も気にせず無視してしまえば、ダメージを負ってしまうことはないのだ。
だが、リクはそんな言葉たちをうまくかわせるほどのスキルがなかった。…いや、したくても出来なかった、と言う方が正しいだろう。
上記したELダイバー、サラについてだが、実は彼女が初の発見個体ではない。
サラがGBNに生まれる少し前、GBN発足初期に、「最初のELダイバー」…サラの「姉」ともいえる存在がいたことがわかっている。
詳細な記録などは残っていなかったため彼女がどういった存在かは詳しくわからないが、彼女と接触したことのあるダイバーによれば、彼女はリクたちによって救われる前に消滅してしまったとのこと。
言ってしまえば仕方のない犠牲だが、これはのちにリクにとって大きな傷となった。
サラのような「本来消えてしかるべき存在」を救いたくて戦った彼にとっては、彼女の消滅は自己の否定…彼らの戦いの「意義」の否定に等しかった。
自分は守りたかったものを守ることが出来た。
だがもし、その「最初のELダイバー」を大切に思い、守りたいと思ったいた人がいたのだとしたら。
その人にとって自分の戦いは、とてつもなく独りよがりなものに見えたのではないだろうか。
いや、もしかしたら自分の戦いは本当に独りよがりなものだったかもしれない。
かつて戦った強敵――GBNを破壊しようとした男、シバに言い放った言葉。
『自分の「好き」で、他人の「好き」を否定しないで欲しい』
今考えれば、何という傲慢な言葉だったろうか。
『この世界が「好き」だ』という他のダイバーたちの思いを、自分は本当に理解していただろうか。
『サラが「好き」だから、共に生きたい』という思いで、塗り潰してはいなかっただろうか。
…そんな自分は、本当に世界を救った「ヒーロー」…なんだろうか。
「はぁ…」
またため息が一つ、口から零れ落ちる。
こんなことを考え始めてから、思うように飛べなくなっている。
まるではじめから飛ぶことを知らなかったかのように、翼が、ガンプラが言うことを聞かない気がするのだ。
飛ぼうと思っても、いざ飛び立つ前になると手が震え、操縦桿を握ることすらできなくなってくる。
「なんであの時、飛べたんだっけ…」
わからない、わからない。
記憶はコーヒーの中の砂糖のように、緩くゆるくとろけて消えてしまった。
「このまま、消えちゃえれば、いいのに…」
そう、何げない気持ちをこぼした、その時だった。
「飛びかたを、忘れてしまったの?」
鈴を転がすような声がした。
声のした方にリクが顔を向けると、そこには。
「あなたは…?」
少年とも、少女とも取れない、やわらかく、どこか妖しい雰囲気をまとった人物が立っていた。
「ぼくは、メビウス」
「きみの、名前は?」
〔あとがき〕
ども。わたしです。
第2話お疲れさまでした。1話よりは少し長めでしたね。
大体こんな風にゆるゆると進めていくので、どうぞお楽しみください。
まァメビウスくんに関しては何かうっすらとわかってる方いらっしゃると思いますが、その辺はしっかり明かすので気長にお待ちください(笑)。
では第3話で、さよなら。