貴族メル・ゼナ   作:一般通過龍

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マシューがメル・ゼナと村を出たのとほぼ同時刻、そこから馬で七日間かかる森の中で、こんな会話が交わされていた。

 

「何故、止めた?」

 

「前方に、不可視の障壁があると、センサーが感知いたしました」

 

「逃走禁止にいつの間に貼っていたのか。構わん、こちらにも砦で装備した重力場包囲機構がある。フル稼働させて突破せい」

 

「敵も重力場バリヤーです。触れたものは、すべて原子以下の素粒子レベルに分解されてしまいます」

 

「それはこちらも同じことだ。どちらが吸収され、どちらが残るか、パワーの勝負だ。━━行けい」

 

ブロージュ伯の自走車は、エンジンの唸りも猛々しく疾走を開始した。その前方━━二メートルほどのところで、不意に空間が陽炎のように歪んだ。エンジンは音もなく停止した。

 

「どうした!?」

 

とブロージュ伯の声が喚いた。

 

「危険です」

 

と女の声が言った。その声の主なら、さぞや別嬪だろうと思われた。

 

 

異常に気づいたのはスーだった。農場の癖で、夜明けと同時に眼を醒ますと、まだ開きっ放しの窓から外を眺め、

 

「おかしいわ」

 

と伯爵に叫んだ。

 

「何?」

 

「太陽が右手に、つまり、あちらが東だとすると、方角が逆です。私たち━━どんどん目的地こ砦から遠ざかっているわ」

 

「莫迦なことを」

 

と一笑に付したのは伯爵の声だ。

 

「わしはひと晩じゅう起きておった。計器など見なくても、自分の進む方角くらいわかるわ。この車は確かに砦へ向かっておった。だが調べてみるか」

 

笑いながら疑問に思った伯爵は調査を命じた。女の声が応じ、待つほどもなく、

 

「異常ありません。あと一時間ほどで砦へ到着いたします」

 

と告げた。だが、窓外の自然は二人に異議を唱えている。

 

「これはおかしい━━止めろ」

 

伯爵は確実に異変に気づいた。ふた呼吸ほどの間を置いて、

 

「停止いたしました」

 

窓外の景色はなおも動いている。

 

どうやら伯爵だけでなくコンピュータも方向感覚を狂わされていたようだ。おそらくヴァルキュアのいずれかの刺客の術だろう。

スーは血も凍る思いだった。貴族と貴族のコンピュータの━━このひとりとひとつをして、為す術もなく敵の術にかからせてしまうとは。

 

 

「おい!ここはどこなんだよ!?」

 

もう一人のスーを美貌による暗示洗脳で記憶を忘れさせ元の場所に返した後に、空間の歪みに巻き込まれて知らない場所に転移したことを問題視して叫ぶマシューをよそ目に貴族メル・ゼナはこの場所の正体に見当をつけていた。

 

ここは━━貴族の精神治療院アスクレピオンですね。

 

黒土の上に点々と敷かれた石畳の上。前方は遺跡だ。大理石の柱や建物の基礎部分の石組み、彫刻等が蒼穹の下に蜒蜿と連なっている。くすみや風化具合などから判断して、かなり古い━━数千年前のものですわね。

 

残された廃墟の色々な部分を見てメル・ゼナはそう結論づけた。

 

そんな二人の後ろから白い人影が近づいてきた。気配に気がついて振り返ったメル・ゼナが翼で白い人影を一閃したが翼刃によって分断された人影はすぐに再生して元通りになった。そしてそれは目も鼻も口もないのにメル・ゼナ達を嘲笑する仕草を見せた。

 

人影の正体はこの地にいたかつての患者の成れの果てだった。それがただの悪霊や死霊だったらどんだけ力を持とうが所詮は悪霊として貴族の攻撃に晒されて消滅するがそれの正体は同じ貴族の死霊だった。

 

だがメル・ゼナは続く二撃目の翼でそれを切り裂いて消滅させた。メル・ゼナがただの貴族ではないということを示す芸当だろう。白い人影に顔があったら信じられないという顔をしていただろう、そういう仕草らしき行動を見せて消えていった。

 

しかし人影は1体だけではなかった。最初の個体が消滅したのが呼び水となったのか続々と湧いてメル・ゼナとマシューに襲いかかってきたのだ。

 

一人だったらこの数の死霊如きは無事に蹴散らせますがマシューという護衛対象が存在していたら無理かもしれませんね・・・・安全地帯に撤退しましょう!

 

そう考えたメル・ゼナはマシューを背負って白い影達から逃走した。ついでに8体の白い影を消滅させながら。

 

 

メル・ゼナがマシューを連れて安全地帯まで逃走している途中でスーを守りながら長槍で白い影を消しているブロージュ伯爵と合流したのであった。

後になって分かったことだがメル・ゼナ達もブロージュ伯爵達もお互い知らないうちにこの場所に誘導されていたようだ。

ブロージュ伯爵達を囲んでいる白い影達の包囲網をメル・ゼナが外側から切り崩したと思うとその隙を逃すことなくブロージュが長槍で白い人影の輪を内側から消滅させて包囲網から脱出した。

 

「メル・ゼナさん!」

 

「メル・ゼナ嬢か、生きていたのか」

 

「わたくしを誰だと思っているんですか。誇り高き貴族メル・ゼナですわ。当然、生きていますわ」

 

「それもそうか貴族がそう簡単にくたばるわけではないか。ところでこの事態を解決する案はあるか?」

 

「ありますわ。破壊して隠すべき禁断の地に認定されたとはいえ、ここには神祖の"気"が貯えられている安全地帯があってそこに行けばこの事態が解決するを知識として知っています。そこに向かいましょう」

 

「メル・ゼナさんは頼りになりますね!」

 

「そうですよね!もっと褒めてもいいんですわよ」

 

スーの褒め言葉に自慢げになったメル・ゼナは笑顔を見せた。絶世の美貌から繰り出された笑顔にマシューとスーは心神喪失した。ブロージュ伯爵はどうにか耐えきったが耐えた理由は美貌持ちがたくさんいて美貌による魅了にいくつか耐性がある貴族のもあるがメル・ゼナがスーに褒められたのを羨んだ嫉妬パワーのもあった。ようはスーにブロージュ伯爵も頼りになりますねと言われたかったのであろう。

 

 

アスクレピオンと呼ばれたここはかつて、清浄の地であった。風は唄い、澄んだ水が流れ、生命が溢れていた。何よりも、御神祖の気が貯えられていた。それこそが、治療の要だった場所だった。だが、いつか、時は移り、鳥はもはや唄わず、風のそよぎも聞こえなくなった。生命は死の力に変わり、御神祖の気さえも吸収されてしまったのだ。その原因はヴァルキュアの"生命"だった。

 

絶対貴族は名前のとおりの野心家だったのだ。世界に残る神祖の聖痕を、ことごとく滅ぼし去ろうとするほどに。だが、自分の生命を賭けるには、相手が強大すぎた。それが結局は、この星からの追放劇を招いてしまった。そして、ヴァルキュアの生命と神祖の気〟がぶつかった後には、恐るべき破滅と廃墟のみが残ったのであった。ヴァルキュアが追放されてから、貴族たちの最大の仕事とは、その廃墟の徹底的な破壊であった。人間に覇権を譲り渡したのは、その作業に疲弊したからだとも言われた。

 

メル・ゼナ達が神祖の気を求めて地下へ階段を降っているのを察した真紅の長衣を着た人影がいた。絶対貴族ヴァルキュアの刺客のキマである。

キマは今いる施設の神祖の気が貯まっている地底湖に先回りして気を放出させて事態を解決させないように小細工をしようとした。

だがそれは失敗に終わった。

キマのぼんのくぼから鼻のつけ根にかけて、ひとすじの針が貫いたのである。苦鳴を放つより先に、キマは針を鷲掴みにした。針は消え去り、傷口だけが残った。小さな血の粒が盛り上がってきたが、それも消えた。

 

「空間移動を使えたのは、おまえだけだったな」

 

背後からの声に、キマはふり向いた。その口が途方もない驚愕を示して、あんぐりと開いた。

 

「あ・・・・!」

 

と、しばらくしてから、キマは呻いた。

 

「・・・・あな・・・・た・・・・は・・・・あなた・・・・さま・・・・は・・・・」

 

言い終えたら、こと切れそうな声であった。この妖人は、Dを知っているのか。そして、Dもまた知らぬではないらしい。だからこそ、理由はいまだ不明のまま、その頂きへ忽然と出現し得たに違いない。

 

「覚えていたか」

 

とDは言った。

 

「忘れて・・・・なりましょうか・・・・あなたさまが・・・・あなたさまが・・・・けれど・・・・まさか・・・・」

 

「心臓が口から飛び出しそうな顔をしとるぞ」

 

と、Dの自然に垂らした左手の声である。感心している。呆れている。

 

「キマよ━━おまえの現在の主人に伝えろ。いずれ会うことになると」

 

真紅の身体が震えた。

 

「━━それでは・・・・わたしを・・・・生かしておかれるつもりか?・・・・まさか・・・・」

 

「行け」

 

声と同時にキマの身体が朦朧と煙った。銀色の光が斜めに走り、ちん、と澄んだ音がした。鞘に収めた柄から手を放し、Dは神祖の気を解放するべく地底湖に潜った。

水底までは四メートルほどしかなかった。黒い岩盤の広がりの中に一カ所、分厚いコンクリートの蓋でも被せたようなヘドロの塊があった。激しい水流だった。Dの落ちた川は、ここへつづいていたのだ。

 

「そうか。この下に"神祖"めの━━」

 

嗄れた声を余所に水中ですら光を放つほどに美しい若者は、一気に水を蹴ってヘドロの山に向かった。奇妙なことに、水底には他に汚物のかけらもない。若鮎のような優雅さでDはヘドロの山に近づくと、一刀を無造作にふり上げた。その周囲から自分達の危機に気が付いて神祖の気を解放させまいと白い影の大群が水の壁を圧して迫る。さらに白い光が水中に満ちた。Dが一刀をふるった結果かどうかはわからない。次の瞬間、Dは上昇に移り、茫々たる地底湖の広がりだけを見つめていたのだった。

 

 

 

地下の地底湖にたどり着いたメル・ゼナ達はあることを見た。

たくさんいる死霊たちが絶叫とともにのけぞっている光景を。光が彼らを捉えていた。そこを中心に白い光が地底湖を包んでいった。死霊達の最後は安らかな表情をしていた。

 

「━━━」

 

眼前に水中から生えた刀身が見えた。それは徐々に上がって、黒い手甲をした手が現われた。手が肘まで出たとき、黒い旅人帽も浮上した。

 

「━━D!?」

 

Dと再開したスーは涙が溢れるのを感じた。

 

「ほう、いままで何をしとったのか?」

 

ブロージュ伯爵がDに訊いた。返事は無論ない。

 

「おまえが川に落ちたというのは聞いた。察するに、その川か支流がアスクレピオンの地下に通じていたな。だが、日数を計算すると、おまえは丸一日、ここにいたことになる。眠っておったのか?そんなはずもない。━━この底に何があった?」

 

ブロージュ伯爵の疑問にメル・ゼナが答えた。

 

「あそこに封じ込められていたのは神祖の気ですわ」

 

「それを解放した途端に、死霊どもは癒された――順当な結末じゃな」

 

「何だか、さっぱりした感じ」

 

とスーが落ち着いた眼差しで周囲を見廻した。

 

「・・・・とってもきれいになったわ、この地底湖」

 

「空気も美味しいし、そう思うよ」

 

とマシューが喋りながら深呼吸した。

 

「成仏したようじゃの」

 

と嗄れた声が洩らしたとき、Dはもう岸の方へと泳ぎはじめていた。

 

 

 

 

しかしあなたさまの気配にメル・ゼナという貴族の娘が似ている・・・・まさか、あの貴族も神祖の━━

 

Dの元を去ったキマはDだけではなくメル・ゼナのことも考えて、驚愕を中心とした複雑な感情を浮かべていた。

 

 




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