貴族メル・ゼナ   作:一般通過龍

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吸血鬼ハンターDの神祖と言う目的は大体察することが出来るけどお前は何がしたいんだ?という行動を繰り返すよくわからない存在


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銀色の衣裳をまとったDは、谷間の奥に出現した。鋼の崖の間に、忽然とエネルギー精製工場と思しい巨大施設が現われた。広大な敷地も施設も沈黙に包まれ、動いているものはひとつもないが、男には、それが稼動中だということがはっきりとわかった。数分をかけて、男は建物の前に立った。前の顔をしていたときはフリーパスだった防御機構が、今度は全力を挙げて襲いかかってきたが、破壊ビームも重力波も超力場も、男が手にした鉄棒のひとふりで破壊された。鉄棒が建物の壁に当てられると、建物全体が陽炎のように歪み、みるみる消滅した。男は次の建物に移った。

 

「第16エネルギー・プラントが破壊されつつあります」

 

とキマの声が言った。ヴァルキュアは眼を開けた。長椅子の上である。周囲は深い闇で満たされていた。ヴァルキュアは寝台から下り、空中に向かって

 

「映せ」

 

と命じた。

差し渡し十メートルと五メートルもあるスクリーンが天井に出現し、崩壊する施設と破壊を映し出した。

 

「ふむ、今度はDの顔か。ならば、この領土を破壊したくなるわけだ」

 

「目下、彼の脳はDの精神に支配されていると思われます。このままいけば、領土の全施設が破壊されるでしょう」

 

ヴァルキュアは大きくのびをした。

 

「昼だというのに難儀なことだな、キマよ」

 

「ご同情申し上げます」

 

キマの声は、笑いを含んでいた。凄まじい破壊を眼前にして、こちらも凄まじい主従であった。

 

「馬車を出せ」

 

「何なら私がすぐにお連れ申しますが」

 

ヴァルキュアは闇が凍えるような微笑みをつくって

 

「必要なのはムードだ。忘れるな、キマよ」

 

と言って部屋を出た。陽光の下を六頭立ての馬車が疾り出したのは、それから十分後であった。見るものの眼に、それは楕円の闇に包まれた馬と車体の疾走に見えたであろう。闇は風を巻いて疾った。十二個の踵が火花を上げて停止したのは、それから半日を経過した平原の上だ。

前方から人影がひとつ、よろめきつつ近づいてくる。半顔は血に染まり、白いドレスも半ば焼け焦げ血にまみれているが、間違いなく歌姫カラスだ。小惑星ミサイルのもたらした衝撃波を、もろに食らった妖女は、かろうじて生命を取り止めたが、まさしく半死半生の姿で、ここまで辿り着いたのであった。馬車のドアが開き、闇に包まれた人影が地に下りた。右手に下げられた長剣は"グレンキャリバー"に間違いない。

 

「カラスか━━他の六名はどうした?」

 

労りの一片だにない声であった。カラスは地上に片膝をついて平伏した。

 

「私と━━スーラ以外はことごとく」

 

「スーラも死んだ。そして、おまえも長くはあるまい。カラスよ、使命を果たし得ぬ以上、運命はわかっておるな」

 

「━━もう一度、機会を与えてはいただけませぬか?」

 

「ならぬ」

 

歌姫の身体は吹きつける風と同じ方向に倒れた。主人の非情冷血な言辞が、その生命力の最後のかがやきも奪い去ってしまったのだ。

 

「ここで朽ちるもよし、人目につかぬ場所でひとり滅びるもよし。我がヴァルキュアの名を辱めぬ死に様を選べ」

 

そして、身を翻して馬車に戻るや、非情の闇はカラスのかたわらを走り去った。動かぬ身体を、風ばかりが打ち過ぎていく。すでに夕暮れどきを過ぎ、闇が世界の支配に名乗りを上げていた。ひとつの死を腕に抱いた世界は無音であった。そこへ

 

「わかるか、カラス?」

 

と声が降ってきたのである。ぴくりともしない身体に、身を屈めてそっと手を触れたのはキマであった。

 

「使命を果たせぬ刺客は滅びるのが宿命――とはいうものの、女の身に、これはあまりにも憐れだ」

 

彼は長衣の内側から注射器らしき品を取り出し、カラスの首すじに先端を押しつけた。十秒ほどして、生命なき身体にかすかな痙攣が走り、かすかな呼吸音が沈黙の世界に流れた。

 

「そのままでおれ。いま、しばしの生命を長らえたが、おまえの生はじきに尽きる。だが、その前にして欲しいことがあるのだ。おまえ、大公様を怨んでおろう?」

 

返事を要求はされなかったのに、カラスの頭が首肯する形に動いた。

 

「ならばよし。私と一緒に来い。最後のエネルギーを、ある遠大な目的のために燃焼させるのだ。それが、世界を救うことになるやも知れん」

 

言い終えると、キマは歌姫の肩にその手を乗せた。二人の占めていた空間に風が吹き込む音は、あまりにもささやかだったため、誰の耳にも届かず、そして、闇落ちる鋼の平原に、聞くものは存在しないのであった。

 

 

気がつくと闇に囲まれていた。時折、遠くに青い稲妻が走る━━はずが見えない。

 

「ん?」

 

あらためて見廻す眼に映るのは、闇を圧してなおそびえる黒い屹立である。小惑星ミサイルの衝撃の影響で、いつの間にか、谷間に迷い込んでいたらしい。とマシューは思った。

 

この谷間には絶対に入ってはいけないと直感がした。それなのに、谷間に入ろうと体が動こうとする

 

「どういうこったい?何者かが自分を導いているのか?」

 

口に出しても答えるものなどない。マシューは誘導されるように歩きつづけた。ふと、気がついた。こっちへ行ってはいけない。谷間を出るんだ。と脳内の自分が叫んでいる。それなのに、足は歩きつづける。いまや地面の傾斜ははっきりと身体に伝わってきた。

 

何とかしなくては。マシューの煩悶をよそに、足は勤勉に動きつづけ、深い谷間へと彼を導いていく。空には青い月がある。マシューの足下にも影が落ちている。やがて身体は道と水平になった。周囲は巨岩━━といっても、鋼の世界だ。岩も三角形、四角形、二等辺三角形といつた幾何学形状体ばかりだ。その岩の間に、マシューは入り込んだ。鋼の世界に自然に出来上がった窪みのようなものは存在しない。すべて前もって造られている。〝尾行者〟の巣も、この領土建造当時から設けられていたものであろう。長方形の穴が穿たれている。鋼の洞窟だ。一〇メートルも進むと、急に左右に広がった。マシューは眼を剥いた。おびただしい数の人間がそこに積み重なっていたのである。いちばん下は重みで砕かれた白骨だ。二メートルあたりから干からびたミイラに変わり出す。それが一〇メートルも。数は千を越すだろう。

 

「この妖物はただ肉を食うんじゃないんだ。ただ、歩き疲れた者を、こうやって━━」

 

マシューを操って目的の場所に誘導したモノの正体は尾行者という存在だった。

ヴァルキュア大公が、侵入者の"接待"用に領土のあちこちにばら撒いていた妖物どものひとつだ。背後をそれに取られた生物は、そいつの操るままに導かれ、やがて歩き疲れて死ぬか、そいつの巣で食い殺される運命だという。

 

━━歩き疲れた人間は、ここで朽ちるのを待つしかない。凄まじい疲労感が足底から上昇してきた。疲れた。もう休みたい。マシューはふらふらと死体の山へと進み、ミイラのひとつに足をかけた。そうやってよじ昇るのだ。もう手も足も動かない。ただ昇るしかできない。足に力を加えた。ミイラの胸骨が音をたてて砕ける。悲鳴のようなものが、背後で上がった。その刹那、マシューの全身に力が漲った。足を離し、彼はふり向いた。背後に黒い影が身をねじっていた。人間そっくりの二次元の存在━━の胸を、これは十分な太さと質量を備えた長槍の穂が貫いていた。瞬時に影は消えた。槍だけが残った。長い穂から柄に移り、その長さは優に六メートル。それを片手で握りしめた巨影の身長四メートル強。

 

「わざわざ救出の手間をかかせるな。この大たわけ」

 

マシューを救ったのはブロージュ伯爵に他ならなかった。

 

 

「ど、どうして━━ここに?」

 

自然に出た第一声は、至極当然なものだった。

 

「念のため、頭から対象の居場所が分かる、追跡用の放射性物質を浴びせておいたのだ。おまえが〝尾行者〟に憑かれたのも、ちゃあんとわかっていたぞ。━━とっとと出るがいい!」

 

言うなり伯爵は前方のミイラと白骨群へ長槍を突き出した。そこには何もないのに、マシューは耳を押さえてよろめいた。この世界の存在のものではあり得ない悲鳴が上がったのである。そして穂の半ばあたりで、何か手足を備えた生きものの姿めいたものが、一瞬、煙状に浮かび上がり、ブロージュへ飛びかかるように見えたが、たちまち消滅してしまった。

 

「"尾行者"は始末した。行けい」

 

無事に洞窟を出たマシューへ、伯爵は無言で長槍を自走車へ向けた。ため息をついて、ドア・ノブに手をかけたそのとき――伯爵が虚空をふり仰いだ。途方もない鬼気が夜気に満ちていく。虚空を覆っていく。

 

「ヴァルキュアか」

 

と伯爵がつぶやいて、前方━━━谷の奥を見つめた。鬼気が来る。鬼が。

道の彼方に人影が凝縮した。二人の声が運命のように重なって、ひとつの名前を呼んだ。

 

「━━D!?」

 

「いや、違う」

 

伯爵がかぶりをふった。マシューにもわかった。Dは銀色のタイツなどまとっていない。鉄棒など下げてもいない。そして翼のようなマントもつけていない

 

「Dの顔にヴァルキュアの気とメル・ゼナの部位があるか。これは面白い研究課題だな」

 

にんまりと笑う伯爵の口もとからこぼれる牙。

 

「はたして戦っていいものかどうか。━━よし」

 

伯爵はいきなり、マシューの襟首をひっ掴むと、軽いひとふりでDの顔を持つ男の方へ放り投げた。狙い違わず、尻から落ちたのは彼の足下であった。伯爵の意図は明瞭だ。Dなら━━というより味方なら、マシューに手も触れまい。一方、ヴァルキュアの一派なら、拉致なり殺すなりするだろう。何かが伯爵に起こっていたようだ。何があっても守ると誓ったマシューを、このような実験材料に供すとは。

 

「わわわわわ」

 

夢中で起き上がろうとしたが、打ちつけた尾骨の痛みがそれを許さない。Dはぼんやりとマシューを見下ろしている。虚ろな、しかし、かがやく美貌にある表情が動いた。すっと鉄棒がふり上げられる。マシューがひいと叫んだ。棒をふりかぶったまま、Dの顔は前方へ進んだ。

 

「どうやら、敵ではないらしいな」

 

近づく人影を見つめてブロージュ伯爵は筋肉の線をゆるめたが、決して油断していないのは、その眼の光で明らかだ。Dは恐れる風もなく、伯爵の二メートル前まで来て足を止めた。

 

「何者だ?」

 

と伯爵が訊いた。長槍は地に垂れているが、ひとたび事あれば秒瞬の間に跳ね上がって、串刺しにし得るパワーと速度を十分に秘めている。

 

「・・・・D」

 

と男は少し間を置いてから答えた。

 

「違う。顔は瓜ふたつだが、身体つきは別人だ。だが、あの美貌をこれほど正確に再現できるとは、それはそれで興味の湧く男よ。おぬし、ヴァルキュアとはどんな関係がある?」

 

「・・・・」

 

「━━!?」

 

愕然と伯爵の長槍が上がった。Dの顔が忽然と変わったのだ。有無を言わさず地上から逆流れに迸る長槍。地軸をゆるがすような衝撃に、伯爵の表情が変わった。男が、鉄棒で受けたのだ。にやりと笑ったその顔は、まさしくヴァルキュア。

 

「おのれ━━化物!」

 

絶叫とともに伯爵は槍をふった。受け止められた形のまま、貴族の怪力━━ヴァルキュア2は、その身体ごと空中高く跳ね上げられていた。為す術もないその身体へ、ずん、とブロージュの長槍が貫こうとした。だがヴァルキュア2の身体から槍のような尻尾が出ると思うと、ブロージュの長槍を受け止めた。

 

「おかしな術と身体をしているが、いずれにしてもヴァルキュアの顔を持つ男━━生かしてはおけん。主人の前にあの世へ行って、地鎮祭でもしておくがよかろう」

 

彼は目の前に立つ男を見た。男も伯爵を見ていた。

 

「おお!?」

 

今度こそ、掛け値なしの驚愕の叫びが、伯爵の口から迸った。

 

「ヴァルキュアの顔━━Dの顔━━メル・ゼナの顔━━そして━━━御神祖の!?」

 

驚きのあまり

 

「不思議だな、ブロージュ」

 

というもう一つの声が後ろから聞こえても、伯爵はすぐにはふり向けなかった。ようやく、男のやって来た道の奥へ眼をやって、闇にかがやく黄金のガウンを認めた。全身が戦闘態勢に入る。

 

「ヴァルキュアよ、今度こそ本物だな」

 

「言わずもがなだ、ブロージュ━━我が領土へ来た以上、運命に殉じる覚悟はしておろうな」

 

こう返して、黄金のガウンを跳ね上げた右手に光る長剣"グレンキャリバー"が月光を刃筋にちりばめた。対して━━ブロージュ伯の表情に動揺の色が浮かんだ。彼の長槍は地面をのたうっていた。

 

「取るがいいぞ、ブロージュ」

 

ヴァルキュアはのたうつ影に顎をしゃくった。

 

「だが、気をつけろ。その男は━━」

 

最後まで聞かず、ブロージュ伯は長槍へと走り寄る。その柄に手をかけた、と見えた刹那、長槍は消滅し、逆に巨人の心臓を胸から背まで貫き通った。

 

「ぐおおおおおお」

 

この世ならぬ苦鳴を発してのけぞる伯爵へ

 

「気をつけろと言ったぞ」

 

ヴァルキュアはうすく笑った。

 

「おのれ━━おのれえ」

 

ブロージュ伯は血を吐き両手で槍を掴んだ。彼の長槍なのに、その剛力をもってしても槍はぴくりとも動かなかった。理由は簡単━━たくましい手が槍の柄端を握りしめているのだ。もうひとりのヴァルキュアの手が。

いや、見よ。その顔は月光の下で、月明かりの魔術にでもかかったかのようにヴァルキュアからメル・ゼナへ、メル・ゼナからDへ、Dから別の━━もうひとりの男のそれに変幻しつつある。ブロージュは驚愕で痛みすら忘れて、その顔に見入った。

 

「なぜ・・・・なぜ・・・・あなた様が・・・・ここに?」

 

その眼に徐々に徐々に、凄まじい恐怖の色が煮えたぎりはじめた。

 

「まさか・・・・他の二人は・・・・まさか・・・・」

 

伯爵が何を考えたにせよ、それを口にすることはできなかった。空中から黄金の神が降臨した。マシューにはそう見えた。月光を満身に湛えて跳躍した"絶対貴族"の一刀━━巨人ブロージュ伯の右頸部から左胴まで、一気に斬り抜けた!

だが、ずるりと滑った上体を、ブロージュの巨腕が支え、もとの位置へと戻した。

 

「見事」

 

言うなりヴァルキュアは長剣を右に引く。とどめは突きか━━そのとき━━虚空から艶やかな笑い声とともに、白いドレス姿が舞い降りてきた。それはひとりの世にも美しい女であった。女は妖精のように立った。ヴァルキュアの刀身の上に。

 

「お久しぶりね、ヴァルキュア大公」

 

艶然たる笑顔に

 

「これは、確かミランダ公爵夫人。こちらの都合に合わせていただいたようですな」

 

「私とブロージュ━━いかな"絶対貴族"でも、互角に戦えるかしら?」

 

艶やかな美貌に、ヴァルキュアは微笑みかけた。

 

「それは━━いま」

 

その刹那、刀身がわずかに上下するのをマシューは目撃した。ミランダの足が崩れるや、彼女はその刀身をまたぐ形で降下した。股間から頭頂まで朱の線を引きつつ、公爵夫人は着地したのである。その朱線から、ぼっと鮮血が噴出したのは、"グレンキャリバー"の刀身が夫人の頭頂を抜けた刹那であった。

 

「こんなはずは━━」

 

とよろめく美女へ

 

「"グレンキャリバー"の傷はふさがらぬ。いかなる再生能力を持っていたとしても」

 

とヴァルキュアは嘲笑した。ずう、と左右に分かれかけた自分を、ミランダは両手で抱きしめて崩壊を不整だ。ブロージュは斜めに両断され、いままた妖女もふたつにされた━━何たる力の持ち主か、"絶対貴族"とは。

 

「わしのために今日、この谷へ集まってくれた。礼を言う。この大刀で」

 

あらためて刃を引く。二人まとめて串刺しにする心算だ。だが、ヴァルキュアには、それができなかった。魔剣の柄を誰かが握り止めたのである。ふり向いて、彼はD、と言った。"グレンキャリバー"を離し、"絶対貴族"は三メートルも跳びのきながら、右手をガウンの内側へ入れた。流れ星のごとく飛んだのは、長さ五十センチを越す剥き出しの刀身であった。それは銀色の胸を貫く寸前、鉄棒に打ち落とされた。ブロージュとミランダが移動していく気配を知りながら、ヴァルキュアは動けなかった。

 

「力はわしと同じく、Dと等しく、速さはメル・ゼナ並か。そして、あなたならどうなさる?」

 

彼は右手を上げた。天空を裂いて、青い稲妻がDの顔を持つ男を直撃した。イオンと無が空気に満ちる。すでに二人の貴族はマシューを連れて谷間の出入口へと逃げている。白煙と炎が男を包んだ。

ヴァルキュアは再び右手を上げた。ふり下ろす動作には力がこもっていた。それほどの敵なのだ。二人の周囲で山が動いた。

 

「わああああ」

 

悲鳴を上げながらブロージュ伯爵達と避難していたマシューの声を、途方もない大質量の動きが呑み込んだ。まさしく山が動いた。鋼の山が。岩壁が崩れるなどというレベルではなかった。海抜数千メートルは下らぬ山が真っ向から激突したのである。Dの顔を持った男はその間にいた。ヴァルキュアもまた。

あの小惑星ミサイルの衝撃も及ばぬ破壊波が世界を蹂躙した。風は平原を叩き、天空へと噴き上がって雲を動かし月輪を隠した。平原を遠く、衝撃波の名残がどこまでも渡っていった。いつまでも鳴り熄まぬ轟きの残響がようやく薄れた頃、山はもう一度動いて、もとの位置へと戻った。はさまれた谷は何事もなかったように月光の下に静まり返り、奇怪な変幻者と"絶対貴族"の姿は何処にも見えなかった。

 

 

 

 

ヴァルキュアとが城へ戻るとすぐ、キマが駆けつけてきた。

 

「見ておったか?」

 

「すべてを」

 

「あいつは死んだと思うか?」

 

「・・・・・・・」

 

「わしは生きている方に賭けるか」

 

「遺憾ながら賭けは成立いたしません」

 

ヴァルキュアは、Dの顔をした男が残したものを憶い出した。鋼の山脈をぶち抜いた穴である。深さは三メートルもないが、山と山との激突をやり過ごすには十分な数字だ。

ヴァルキュアが、探索に全力を尽くせと命じて引っ込むと、キマは足音を忍ばせて、中央記録管理室へと向かった。

 

ヴァルキュアが帰城するまでそこにいたのだから、正しくは戻ったのである。

広大な管理室にはメカはほとんどない。すべてはメイン・コンピュータ制御だ。何処にあるとも知れぬコンピュータはキマとヴァルキュアの声のみ自らの主人と認めている。霧のような物質が満ちた室内は、古代の納骨堂を思わせる。超古代的な、メカニズムの代わりにそびえ立つ石の角門、穹隆天井、古風な石段、墓標としか思えぬベッド━━そのひとつに、カラスが仰向けに横たわっていた。すでに呼吸をしていない。キマはその周囲をめぐる霧を払って、死女の美貌を眺めた。

 

「わずかな生命だが、よくやってくれた。次は私の番だ。縁があったら、あの世で会おう」

 

彼は前方を見た。乳白色の霧が渦巻いて視界を閉ざす。その奥に記憶管理室の中枢があった。霧は霧ではなかった。宇宙にみなぎる物質━━エーテルであった。そこには全宇宙の記憶が、過去と現在、未来にわたって刻まれているという。貴族の科学力をもってしても、その一部さえ解読することはままならず、歴史上にその名を留めるわずかな人々しか読み取ることは不可能とされていた。いわく、ノストラダムス、アブラメリン、パラケルスス、スウェーデンボルグetc.etc.そして、"神祖"の名も。一説によれば、"神祖"はある夜、これを読んで以来、不可思議な実験に手を染め出したといわれる。

 

「アカシア記録」

 

これこそが、宇宙の森羅万象を記した偉大なるエーテルの総称だ。カラスの最後の生命力を使い、さらに自らの身を投げ出して、キマは何を読み取ろうというのか。

 

「保管庫のドアを開けろ」

 

と彼は命じた。何処かで蝶番のきしむ音が、長い悲鳴に似てつづいた。乳白の色がキマを押し包んだ。いくら厳重に絶対金属で封じても、エーテルは心霊物質のごとく滲んでしまうのだった。

 

「彼を甦らせたのは正しい道であったのか。否、彼は何者なのか。私の力の及ぶ限り跳躍して参りますぞ、ヴァルキュア様」

 

 

 

 

それから、少し間を置いて

 

「寒い晩じゃな」

 

嗄れ声が言った。この建物には無論、風など吹き込んではこないが、左手にはわかるらしい。

 

「気温など指一本でどうでもなるだろうに。貴族というやつの考え方は、まだわからん」

 

「貴族の一人として答えを出しますけど、個人的な考えとしては気分という奴ですわ」

 

「お嬢さんは通常の貴族ではないから参考にならんわ」

 

生ける死者たる吸血鬼は、外気温の影響をほとんど受けないが、それでも、寒暖に関しては常人なみの嗜好を有するとされている。寒さよりはぬくもりを好むというわけだ。にもかかわらず、外気温を自然のままに放置しておくのは、生者への奇妙なコンプレックスというしかない。

 

ここでひと息ついて

 

「さっきの衝撃━━まるで山と山とがぶつかったような。いや、さすがに貴族の医療施設よ、よく保ったものだ」

 

原因不明の大衝撃は、この病院の外壁を破損し、窓ガラスを砕いたが、すべては五秒とたたずに修復されたのである。完璧に近い補修機構の力であった。

 

「ヴァルキュアならではの力の爆発だが、あそこまでさせる相手といえば、ブロージュとミランダ。いや、二人おったな。ヴァルキュアは、おまえさんとメル・ゼナ嬢、この二人と戦ったのかも知れん」

 

「勝ったか、負けたか」

 

窓外の闇を見つめたまま、Dが言った。

 

「ほう、珍しく気になるか。何にせよ、スーが眼を醒ましたら、早々にここを出て、ヴァルキュアのもとから連れ去るのが賢明よ」

 

治療を終えたスーは、メル・ゼナに介護されながら病室で眠りについている。スーラを失った精神的ショックも大きい。

すっとDが窓辺から離れて、

 

「スーと共に、ここにいてほしいが、頼めるか?」

 

メル・ゼナの至近距離まで近づいて頼み込んだと思うと

 

「付いて行きたいですが、分かりまし━━」

 

 

メル・ゼナが顔をほころばせて了承を出すより早く、出入口の方へ歩き出した。

 

 

「おい、何処へ━━」

 

大ホールに来たDに問いかけた、左手は、はっとしたように

 

「来おったか」

 

と言った。

 

Dはホールの中央へ出た。天空から月光が差し込んで、内部は闇の昼のようだ。玄関のドアを開けて、銀色の男が入ってきた。

二つのDの顔に、月光さえ恥じらうようだ。ゆっくりとDの方へ近づいてくる。あと五メートルというところで、確かな足取りが不意に乱れた。勢いよく前のめりに倒れる響きが、ホールに広がった。

 

「殺すな、情報を━━」

 

左手がわざわざ口走ったのは、倒れた男めがけて歩き出したDの右手が柄にかかるのを見たからだ。冷やかな、凄まじい殺気が床上の男を押し包んだ。倒れているからと、敵に容赦をする若者ではない。男の顔が、ひょいと上がった。Dの足が止まる。ヴァルキュアでもDでも、誰の顔でもなかった。

 

「━━Dよ」

 

男は両手を床について上体を起こした。

 

「━━これは・・・・」

 

左手も絶句した。しん、と世界は変わった。敬虔な祈りの場が出現したかのように。

 

「覚えておるか?」

 

と男は訊いた。Dの全身から、殺気など比べものにならない鬼気が噴出しつつあった。

 

「わしは、おまえと━━」

 

Dは猛然と地を蹴った。為す術もなく、男は必殺の一撃を受けた。

 

「見事だ」

 

と男は言った。

 

「だが、時はいまだ、おまえの手の届かぬところに流れつづけている。Dよ、まだ旅をつづけるがよかろう」

 

ふらりと立ち上がって歩き出す姿には、荒くれ男たちの怒りをも凪いでしまうものがあった。

 

「前にも言ったが、完全な成功例と言えるのはおまえだけだ。バイロンやメル・ゼナ等の成功例と呼べる他の存在もいるが、それでも成功例はおまえだけだ」

 

自分のかたわらを通り過ぎんとする影へ、Dは再度の一太刀を送ったが、刀身は水のように相手の身体を貫いたきり、男も停滞なく歩きつづける。

 

「もうよせ」

 

左手の声が止めた。男はよろめきつつ、しかし、確実にホールの端のエレベーターへ近づいていった。

 

「これ以上の攻撃はやめておけ」

と左手が言った。Dはなおも刀身を手に、歩みゆく男を追った。

エレベーターに乗り込むと、男は

 

「下へ」

 

と命じた。約二秒でドアが開いた。紫色の水晶を思わせる物体に埋もれた空間が迎えた。白い光が満ちている。

 

「ここがわしの研究所だ」

 

と男が言った。

 

「ヴァルキュアすら、ここにこんなものが存在することを知らん。ここは地下五万メートルに当たる。病院の下ではないぞ」

 

紫の物体は、水晶の形を取っているわけではなかった。それは谷間の岩や、ヴァルキュアの実験室に備えつけられたメカニズムのように、様々な多角形であった。男は部屋の中央に立って右手を上げた。様々な形は、最も不安定な形を取って、ゆっくりと回転しはじめた。音も風もない。だが、Dはこの部屋の天地を覆う底知れぬ力とでも呼ぶべきものが、静かに胎動しはじめたのを感じていた。

 

「一兆━━いや、一京ジュール・・・・いや、もっとじゃ・・・・これなら、完全な存在を生み出すこともできるぞ」 

 

左手は嬉しげであった。

 

「・・・・止まった。こんなものを貯えて、一体何をやらかすつもりじゃ?」

 

そのような膨大なエネルギーが、生の形で存在することはあり得ない。かといってこの世界に存在する何らかの形で貯蔵するのも無理だ。すべては異次元か亜空間に収納されているのだろう。男の足下から台座のようなものが上昇してきた。先端に紫色のレバーらしき品がついている。

 

男は一歩離れて

 

「これを引け」

 

とDの方を見た。

 

「それだけで、ヴァルキュアの領土は根源的な力を失う」

 

「目的を訊こう」

 

とDが静かに言った。鬼気はすでに退いているが、ひとたび事あれば、鬼神も硬直する剣技となって顕現するのは言うまでもない。

 

男は光の中で言った。

 

「わからぬか。この領土はヴァルキュアのものではない。わしのものだ。いや、世界のすべてがな。ヴァルキュアは狂気の増長を遂げすぎた。Dよ━━あれを始末せい」

 

「おまえの都合でか?」

 

Dの言葉に左手が、おや?という表情をつくった。笑っているように聞こえたのである。

 

「ああなるはずではなかった。修正が必要だったのだ」

 

「星々の彼方へ送った━━それで済んだのではないのか」

 

「無益な試みなのは、最初からわかっていた。どうなっても奴は帰還してくる。そうならぬよう手は尽くしたが、そうなることはわかっていた」

 

「おれには無縁のことだ」

 

「この宇宙には無縁のものなどない」

 

男は荘厳とさえいえる声で告げた。

 

「森羅万象はその生成の瞬間から、否、生まれる遙か以前から、あらゆる存在と、濃く薄く結びついておる。ヴァルキュアが宇宙から戻ったとき、Dよ、おまえは依頼で最初はメル・ゼナと戦っておった。━━これが単なる偶然と思うのか?」

 

白い光の中に、黒衣の若者は静かにかがやいた。

 

「すべては、わしの意志による。Dよ、おまえもヴァルキュアも、そうして巡り合ったのだ。それもやむを得ぬ。Dよ、ヴァルキュアはおまえの━━」

 

男から奇怪な発言がなされようとしたそのとき、

 

「おお!?」

 

と驚きの声が上がった。室内の声ではない。Dと━━男のみが感知し得た異界の叫びである。男が天井へ顔を向け、

 

「ふむ、アカシア記録を読み取ったな」

 

と言った。

 

「ヴァルキュアか」

 

Dがつぶやいた。

 

「それよりも、Dよ、戻る準備をせい」

 

男はドアの方を見た。

 

「まず、このレバーを操作してからエレベーターに乗れ。アカシア記録保管庫の一部が崩壊した」

 

光の中に霧のような物質が満ちはじめた。それはおびただしい星をちりばめた天の川のようにきらめいた。

 

「記録の漏出は、宇宙のすべてを根源的に狂わせる。わしは止めにゆかねばならん。━━Dよ、早くせい」

 

Dはレバーを見つめた。その身体の周囲をまばゆい天の川が巡った。

 

「━━Dよ」

 

男の声はきらめきの奥から聞こえた。Dの右手が刀身自体の跳梁に合わせるかのごとく躍った。

 

「━━!?」

 

かすかな驚愕の気配が光に呑み込まれた。レバーは半ばから断たれ、それを支える基部もまた斜めに両断されて床に落ちたのである。

 

「何故だ?」

 

さらに遠いところから声は漂ってきた。

 

「ヴァルキュア抹殺に他人の手は借りぬということか。それとも、この土地の根源的破壊による兄妹の身が気になるか?よかろう。宇宙の定めは鉄だ。おまえたちが相見えるとき、自ら結論は出よう。そのレバーは、この領土に備えつけられたわしの力を虚無に帰せしめるものであった。Dよ、ヴァルキュアとわしとを相手にせねばならぬぞ」

 

すでに声の主を追っても無駄と判じたか、Dはコートの裾を翻して戸口へと向かった。宇宙の根源的崩壊とはいかなるものか。妖々と渦巻く白霧は、黒衣の若者をも呑み込み、無人と化した室内を蹂躙していくのであった。




あまり邪王星団編の物語を改変出来てない話が続いている。
オリ主で改変出来て変わっている話の所もあるけど大体原作通りの話になりすぎてヤバい
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