貴族メル・ゼナ   作:一般通過龍

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遂にこの小説の終わりが来ました!
最終話は長文の為、分割して投稿しようと思ったんですが20というきりが良い数字のため、そのまま投稿しました。

そしてモンハンのモンスター総選挙で原初に刻むメル・ゼナ13位おめでとう!
自分も原初に刻むメル・ゼナに投票していました。


20

エレベーターで戻った足でスーの病室へ赴き、Dは柳眉をやや寄せた。スーと介護しているメル・ゼナはいなかったのである。

 

「はて、何処へ消えた?」

 

と左手も意外そうな声を上げた。

 

メル・ゼナとスーが消えた原因を作ったのは、ヴァルキュアのマシンであった。病室を制御するコンピュータは、もともとヴァルキュアのものだ。故にヴァルキュアの施設にいる限り、所在は明らかになる。

 

外では幾つのもある赤い光点と銀色に輝く光点が動いていた。ヴァルキュアのパトロール隊とスーを守りながら戦っているメル・ゼナである。

所在地が発覚したのと同時に近隣のものが出動を命じられたのであろう。それらは柔軟な触手でメル・ゼナごとスーを絡め取ろうとした。この娘がヴァルキュアのもとへ行けば、彼の復讐の半ばは成就される。

 

 

 

 

 

それを防ぐべく、メル・ゼナは円筒と触手を切り刻む。

 

「触手プレイはお断りですわ!」

 

円筒と触手の生きものはメル・ゼナは谷間を並走しながら戦った。普通ならメル・ゼナが相手している円筒と触手の集団は楽に倒せる存在だが、スーという守るべき存在を抱きかかえていた為、スーに負担をかけない優しい戦い方をしたのだ。

 

その結果、パトロール隊の集団を全滅させてブロージュ伯爵達と合流するのに、メル・ゼナは二時間かかった。

 

 

 

 

月光の下を自走車は走りつづけていた。車内には血臭が満ちていた。空気分子のひとつひとつが血に染まり、拳を握っただけで、指の間から血が滲みそうだ。そんなに気分が悪くなりそうなグロテスクな雰囲気を自走車はしていた。事前に2体のヴァルキュアの鬼気を食らっていたのもあるとは言え、ただの人間のマシューはそれに耐えきれずに意識を失ってしまった。

 

「止まらないわね」

 

青い闇の下でこう言ったのはミランダだ。全裸であった。顔と首のつけ根、豊満な乳房と勢いよくくびれた胴に赤いスカーフが巻かれている。寝そべった床の上には、同色のスカーフが何十枚も重なっている。そのかたわらの巨大な寝台から、

 

「甘く見過ぎたな」

 

と横たわるブロージュが応じた。こちらは首から腰まで明らかな包帯が巻いてある。ミランダと同じ色━━となれば、ミランダのスカーフも白い血止めの布なのだ。これまで何十回となく巻きつけ、そのたびに滲出する鮮血に為す術もなく赤く染まってしまう。ヴァルキュアの一刀に、ブロージュは右頸部から左腰までを斬り離され、ミランダは股間から頭頂まで両断された。二人とも貴族だ。急所を貫かれぬ限り、細胞は強力な再生機能を発揮して、瞬く間に傷をふさぎ血を止めてしまう。それが今度ばかりは不可能なのであった。傷口を固定すれば、内臓の機能は何とか維持できるものの、出血は止まらない。貴族の肉体は出血に対しても人間の数十倍の耐性を有してはいるが、そのままいけば、いつかは作動不能に陥る。

 

「じき、動くこともできなくなりそうだ。どうだな、ミランダ?」

 

「これしきの傷。弱音を吐くようなものではありません」

 

にべもなく言い捨てた妖女の顔は、しかし、青い光の下で血の気を失って見える。

 

「おっ、あそこにいるのはメル・ゼナ嬢ではないか」

 

スーを抱っこしながら自走車に向かってくるメル・ゼナをブロージュ伯爵が見つけた。

 

「ひとつ━━提案があるのですが」

 

同じく、メル・ゼナを見つけた直後にきたミランダの申し出に、ブロージュは意外極まりないといった表情で、聞いた

 

「それはそれは━━何事だね?」

 

「最後の保証を用意しておかないこと?」

 

「保証━━おい」

 

ブロージュの声が険しくなった。

 

「私とあなたのエネルギーを合わせてメル・ゼナに捧げば、できるでしょう」

 

「それはならんぞ」

 

ブロージュの声が、苛烈な意志に震えた。

 

「あの兄妹を救うと、我らは人間に誓ったのだ。貴族の魂に賭けて、それは破れん」

 

「私たちが滅びれば、救うどころの話ではありますまい。お互いこんな身体になった以上、ヴァルキュアを斃す策だけは講じておかなくてはなりますまい」

 

「講じるのは、兄妹を救う手立てだけだ」

 

白の美女が声もなく笑った。その顔から下腹まで白布の間の肌に朱い垂線が走るや、みるみる血が溢れ出した。

 

「何ともご立派な貴族だこと。よろしゅうございます。では、私ひとりで策を練りましょう」

 

「やめぬか、ミランダ」

 

公爵夫人はかたわらに脱ぎ捨てた、これも血まみれのドレスの下から宝石で飾ったつくりのナイフを取り出し、鞘から抜き放った。

 

「おい」

 

うんざりしたようなブロージュの声を無視して、ミランダ公爵夫人は、黄金の刃を心臓の上に深々と突き刺したのである。のみならず、切り裂いた。長さ二〇センチほどの弦月型の傷が口を開くと、ナイフを左手に移し、右手を傷口に差し込んだではないか。血が溢れた。傷口のみからではなく、食いしばった美女の朱唇から。それでいて、表情に変化はなく、青い光に玲瓏と煙る美貌は、自らの狂った行為を冷やかに見つめている。かすかな吐息とともに右手は抜かれた。その指は血まみれの心臓に食い込んでいた。ぶつぶつと音をたてて血管がちぎれる。血が跳んだ。それでも心臓は鼓動をつづけている。

 

「私の想い、私の力━━すべては心の臓にこもっている。運命の幕はおまえが引いておくれ」

 

狂気の光さえ宿した眼で語りかける妖女を凝然と見つめつつ、ブロージュ伯爵とスーを連れて途中から合流して話を聞いていたメル・ゼナは長いため息をついた。

 

 

 

 

「足がないのお」

 

と谷間を抜けたところで、左手が厳然たる事実を指摘した。

 

「これでは、ブロージュと出会わぬ限り、ヴァルキュアの城まで何日かかることか。あのキマとかいう男が懐かしいの」

 

サイボーグ馬をブロージュの自走車につないだまま、Dはキマとともにヴァルキュアの城へ移動したのだった。

Dにもそこはわかっているはずだが、例によって愚痴も文句もなく、黙々と歩きつづけるばかりだ。その顔が、ふと、西の方を向いた。それが鉄蹄の大地を打つ轟きだと理解してすぐ、一頭の白馬がDめがけて走り寄ってきた。その馬の背には気絶させられたマシューとスーがいた。

Dは目の前で足を止めた馬の首すじに黒い手を置いて、Dは何度か撫でつけ、鞍に貼りつけられた銀色のカードに気がついた。

 

「ブロージュか」

 

その端に人さし指を当てると、空中に巨人の顔が忽然と現われた。

 

「おまえの馬だ。足がなくては、何にせよ不便であろう。馬に好かれておるといいが、そして世話になったな。"絶対貴族"はわしらだけで倒す。マシューとスーをよろしく頼む」

 

これだけ重々しく宣言して、消えた。

 

「持つべきものは、気が利く貴族じゃな」

 

左手の揶揄を無視して、Dはマシューとスーを馬に乗せたまま、鞍にまたがった。行く先は言うまでもない。伯爵達と一緒の場所、ヴァルキュアの城だ。

 

 

 

「近づいて参ります」

 

ヴァルキュアは、メカニズムの声を聞いた。

 

「キマ」

 

と呼びかけてやめた。城に戻ったときから姿が見えない。待つように命じておいたが、距離というものが、何の意味も持たない男だ。空中スクリーンには、馬を駆るDの姿が映っている。その騎乗ぶりもさることながら、角度が変わるたびに変化する美貌の神秘さに、絶対貴族は我知らずため息を洩らした。

 

「いかんな、このヴァルキュアとしたことが」

 

そう言った唇から、細い血の帯が流れはじめた。唇を噛み切って我に返ったのだ。それほどのDの美貌であった。

 

 

「美しさもさりながら、腕の方も凄まじい。だが、この前はほんの挨拶代わりだ。次はわしの相手にふさわしいかどうか、将たる器量の大きさで調べてやりたい」

 

にやりと笑った双眸は、山さえ動かした"絶対貴族"の自負と自信に満ちていた。もはや、対決は避けられまい。だが、この期に及んで、Dを調べたい、知りたいというヴァルキュアの好奇心は、一体どこまで出てくるのか。

 

「だが、Dと"次元戦場"で軍を動かしながら戦うのは、貴様らを倒してからだ」

 

そうやって、ヴァルキュアが、際限なく湧き上がってくる好奇心を止めて、振り返ると、"絶対貴族"がいる絢爛豪華な黄金のホールに三人の貴族が入っていた。

 

「しかし、随分と姿が変わっているのではないか。メル・ゼナによって強化されているのは、一目見ただけで分かるが、代償もなしにパワーアップしているわけではなかろう」

 

ヴァルキュアの目の前に姿を表したブロージュとミランダの見た目は全体的に赤黒く、照り返しまで朱色に染まっていた。

そう、メル・ゼナのキュリアによってブロージュとミランダは、傀異凶化というパワーアップしていたのだ。だがヴァルキュアの指摘通りに貴族の弱点部位の心臓に傀異核と呼ばれる赤い靄のようなものが現れて、より弱点度合いを増していた。

 

ブロージュの赤黒い長槍とミランダの爪の強化された攻撃が襲いかかってくる。それを防ぎ受け流しながらブロージュは呟いた。

 

「そして肝心のメル・ゼナは血氣活性状態及び血氣覚醒状態の次の形態になっているのか。」

 

ブロージュとミランダの攻撃に混ざってくるメル・ゼナの乱舞を回避しながら、ヴァルキュアは、スピイネ戦でメル・ゼナが見せた状態の、次の形態になっていたことを見抜いていた。そう、いまのメル・ゼナはブロージュ伯爵とミランダ公爵夫人のエネルギーを分け与えて貰って、"血氣烈昂状態"という形態になっていたのだ。

 

「予想していたことだが、強化されたブロージュとミランダという不確定要素もあっても、メル・ゼナ戦はシミュレーション通りにはいかぬか」

 

 

不動の山のような体から繰り出される万物を貫通するかと言うばかりのブロージュの大槍がヴァルキュアの肩を貫いた。貴族にとって、これしきの傷はすぐさまに無いモノとして再生する故に、"絶対貴族"にとっても、その傷によるダメージは期待できない無意味なモノになる。と思ったら、そうはならなかった。再生が阻害されているのだ。

 

「これは・・・・再生阻害か。だが、再生自体はちゃんと出来ている。わしの"グレンキャリバー"の再生阻害程ではないな」

 

ミランダが、赤く発光する月輪の如きかがやきながら、舞うようにヴァルキュアに傷を付けていく。ヴァルキュアの頭、胴、肩、膝等にミランダは傷を付けてダメージを蓄積させていく、それの姿はまるで赤い霧の中で舞う蝶のようだった。

だがヴァルキュアもただではやられない、自身が纏っている鬼気を増大させて衝撃波のように出して、ミランダの動きを止めて、その剛腕で掴むと、ブロージュの元に投げ飛ばしたのだ。

絶対貴族"によるパワーで物凄い勢いで飛んでくるミランダをブロージュは避けきれなくて、ぶつけられたミランダ共々に城の壁にめり込んで、一時的に行動を封じられた。

 

 

「このような力があるということを知っていても、完全に対処できないとは、今のわしは、山を動かし、星の動きを変えても、うまく歩けぬ酔いどれのようなものだな。だが、ただひとりの相手なら、斬り伏せられるかも知れぬ」

 

ヴァルキュアが語ると同時に"グレンキャリバー"が鞘鳴りの音をたてた。同時にメル・ゼナも一回り小さい刻銀の斬刀という刀を生成した。月の光が刀身に吸い取られたかのようであった。どちらからともなく走った。二つの影がひとつに溶けた瞬間、赤い火花が散って、双方、位置を変えた。

 

メル・ゼナの額から黒い糸が流れ、鼻のつけ根で網の目のように広がった。

 

「ひとたび抜けば、この"グレンキャリバー"━━血を見ずには収まらぬ」

 

ヴァルキュアの声が終わらぬうちに、メル・ゼナの刃が舞った。赤黒い津波が打ち寄せるような秘太刀に、ヴァルキュアは何とか跳ね上げたものの、大きく姿勢を崩した。宙に浮いた太刀に拘泥せず、メル・ゼナは超越的な機動力でその胸もとへ飛び込むなり、自身のマントを変形させた翼を"絶対貴族"の心臓へ突き立てた。刃はヴァルキュアのガウン下の装甲を貫き、呪われた心臓へ達した。

 

「おのれ」

 

呻きつつふり下ろした”グレンキャリバー"を、メル・ゼナの盾翼が受け止め、メル・ゼナの刃はさらに深々と心臓をえぐった。

その時、天と地が青くかがやいた。月夜に落雷が生じたのだ。それはDに非ず"グレンキャリバー"の刀身に落ちて、メル・ゼナをも電磁波の炎で灼いた。黒煙と炎とを噴きつつ、二人は離れた。その寸前、"グレンキャリバー"が、ヴァルキュアも意図しない動きを見せて、メル・ゼナの右肩を割った。黒血が奔騰した。魔性の剣は、なおもメル・ゼナへ新たな一撃を加えようとふりかぶられたが、空しく地に落ちた。ヴァルキュアが倒れたのである。銀色の男がヴァルキュアを運び去ると同時に、主人の危機を救おうとヴァルキュアの配下が手に白刃とレーザー・ビームを閃かせてメル・ゼナへと殺到した。だが、それがメル・ゼナを包む前に、復帰したブロージュ達が横合いから躍り出てヴァルキュアの配下を蹴散らした。

 

 

 

 

「ホムンクルス兵団は全滅。百人すべてが破壊されました」

 

電子音声の連絡を、ヴァルキュアは柩の中で聞いた。城外に黎明が水のように広がっていることは、貴族の五感が伝えてくる。身体が急速に冷えていく。内部は血臭に満たされていく。衣服を通して、生あたたかい染みが感じられる。柩の床には数センチも血が溜まっているのだ。━━彼の血が。メル・ゼナに受けた再生阻害が施された傷口は、柩内部に印刷された「医療施設」でも手の施しようがなく、出血はなおもつづいているのだった。

 

「おまえがいなければ、一敗地にまみれたままであったな、"グレンキャリバー"よ」

 

彼は左脇に並べた愛刀へ話しかけた。

 

「だが、おまえができるのは、断つことのみだ。わしの傷をふさぐには、別の手立てが必要よ。」

 

 

彼は右の方を向いた。ヴァルキュア2の顔があった。メル・ゼナとヴァルキュアが痛み分けに終わりかけたとき、絶対貴族はもう一人の自分に救われたのだった。

 

「わしは、おまえだ。従って、その傷を治さずにはおれん。見せてみろ」

 

こう言って、ヴァルキュア2が一歩前へ出た。

 

 

「来い━━治せ」

 

ヴァルキュアの誘いに導かれるかのように、彼の顔を持つ魔人は本物のそばに近づき、胸の傷に手を当てた。ヴァルキュアがヴァルキュアの治療を行う━━奇妙とも奇怪ともいえる光景だった。そして、ヴァルキュア2が意外な言葉を呟いた。

 

「治せぬな」

 

「なに?」

 

とヴァルキュアが眉をひそめた。

 

「この傷をつけたのは、わしらと等しい技倆の主だ。肉と骨のみならず、生命の源も断っておる。鬼神といえども手の施しようがあるまい」

 

ヴァルキュアによるヴァルキュアに対する治療不能の宣告である。

 

「では━━どうする?Dやメル・ゼナなら治せるのか?」

 

とヴァルキュアが、苦り切った声で訊いた。詰問に近い。

 

「奴もわしと同じ。完全に治せぬな」

 

「ならば━━?」

 

「もうひとり━━彼ならば」

 

 

「では、出せ」

 

「わしの自由にはならん。彼にもどうすればいいかわかるまいし、代償を得ることになるのぞ」

 

 

 

 

メル・ゼナ一行がヴァルキュアの棺が存在する部屋に辿り着くとそこには銀色の衣裳をまとった、男が立っていた。ただそこにいる。それだけで、全員の動きを止めた。

 

「"御神祖"さま」

 

誰が放った言葉ともわからず、その響きが生み出す感情に全員が身をまかせた。灼熱が脳を灼き、極寒が内臓を凍らせる。思考は千々に乱れ、かろうじて凝縮しかけては拡散した。ただのひとことで。唯一、平常を保っていたのはメル・ゼナ達と合流したDだけだった。

 

「あなた・・・・様、は」

 

ヴァルキュアは声も虚ろであった。彼は"様"と言った。そうしなければいられない、自らを大宇宙へ放逐した宿敵であった。大宇宙に巨大な星雲が誕生し、恒星たちを吸収しようとしている━━それに似ていた。何処からともなく、霧のようなものが室内を泳ぎはじめた。

 

「アカシア記録の断片だ」

 

と、"神祖"が言った。

 

「わしですら容易には解読できぬあれを、見事に覗いた者がおる。だが、見てはならぬものは、やはり見てはならぬのだ。その禁忌に触れたため、その者の存在は歴史から消滅した。そして見よ、アカシア記録は保管庫から流出し、宇宙は宇宙たることをやめてしまうに違いない。時空間に刻まれた歴史が消えていく。歴史とは時間からできているからだ」

 

このとき、すでにキマという男の存在は、ヴァルキュアの脳裡から喪失していた。いや、彼を知るすべての生命体の記憶からも。

 

「何たることだ」

 

とブロージュ伯が血相を変えた。

 

「いかん」

 

とヴァルキュアも拳を握りしめた。

 

「どうすればいいのです、"御神祖"よ?」

 

ブロージュの問いである。

 

「おまえにはできぬ」

 

「はあ」

 

「かといって、ヴァルキュアやメル・ゼナにも無理であろう。この中で可能性があるのはDと呼ばれる男のみ。しかし、その力はわしにも把握できておらん。ヴァルキュアよ━━Dと同じ力が欲しいか?」

 

「・・・・・」

 

「Dはわしと戦えて決着がつかなかった存在だ。だが、おまえはメル・ゼナと痛み分けをした存在だ。もはや滅びるしかない。その時点で、おまえはDに敗れたのだ」

 

聞くものの精神を、暗い奈落へ引きずり込みそうな声━らこれが"神祖"の声か。だが、ヴァルキュアは低く笑った。

 

「わしが敗北?敗北とは、この身を塵にする者を遺して、わしが散ったときのことだ。決着はまだついておらん。わしも奴らも呼吸をしておるわ」

 

"神祖"の右手が、空中から何かを掴み取るような動きを見せた。それは一塊の霧であった。ちらと眼を走らせ、"神祖"は言った。

 

「ここに記されておる。おまえの敗北がはっきり、と」

 

「莫迦な」

 

それでも"絶対貴族"の自信は揺るがぬようであった。

 

「わしは信じぬよ。この足で立っている限りは」

 

「アカシア記録の宣言は運命そのものだ」

 

と"神祖"は言った。

 

「運命を覆すことは、誰にもできん。唯ひとつの手段を除いては、な」

 

ヴァルキュアの眼が一瞬、凄まじい光を放った。

 

「ほう・・・・それは?」

 

訊いたのは嗄れ声であった。

 

「アカシア記録を書き換えるのだ」

 

"神祖"はためらいもせずに言った。

 

「書き換える?━━アカシア記録を!?」

 

嗄れ声、ブロージュ、ミランダ、ヴァルキュア━━四者の叫びはひとつに聞こえた。

 

「しかし・・・・そんなことができるのは・・・・?」

 

視線は"神祖"の顔に集中した。

 

「わしだけだ。だが、おまえにもできるぞ、ヴァルキュア━━わしがこうすれば、な」

 

いつ、彼がヴァルキュアのそばへ行ったのかはわからない。或いは、ヴァルキュア自身が、我知らず近づいたのかも知れなかった。どちらからともなく、二つの身体が重なった。

 

「おお!?」

 

ブロージュの叫びは、凄まじい驚きと絶望を奏でていた。〝神祖〟の身体が、すうとヴァルキュアの内側へ吸収されてしまったのだ。

 

「ヴァルキュアめ━━"神祖"の力を得るぞ!?」

 

嗄れ声に反応したのはブロージュ伯であった。長槍が躍った。その身体を真紅の光条が貫いた。同室していたヴァルキュアの召使いたちが放ったビーム砲の集中砲火は、ことごとく伯爵の皮膚と衣類に吸収されてしまった。なおも放たれる攻撃に、ブロージュの長槍が弧を描いた。光が逆進した。それに貫かれた召使いたちは、みるみるイオンと無に変わった。死の光条は、すべてブロージュ伯の槍の穂に反射し送り返されたのである。

 

「いま斃さねば」

 

それは血を吐くような決意の表現であった。奇怪な一体化のもたらすものを、伯爵も理解しているのだ。彼は長槍を投擲の形に持ち直した。手をのばせば十分に届く距離だが、そうせずにはいられなかった。ヴァルキュアの右手が拳の形で上がった。胸前で彼は手を開いた。直径五センチにも満たない真紅の球体がそこに浮かんでいた。長槍が飛んだ。ヴァルキュアの心臓を貫くはずのそれは、球体に命中した。と、見る間に、六メートルの大長槍は、スピードを落とさず、紅い球に呑み込まれてしまったのである。

 

「"神祖"の━━いや、わしの血の球だ」

 

ヴァルキュアの声は妖々と告げた。腹の傷からの出血は途絶えていた。

 

「過ぎし時、"神祖"とわしは永劫の敵であった。その理由をおまえたちは知るまい。わしは単なる血に飢えた悪鬼だったのではない。すべては"神祖"に対する反抗だったのだ━━と言っても信じはされまいなあ」

 

双眸がD達を見て、貫いた。それ以前のヴァルキュアのものではなかった。

 

「ヴァルキュアが"神祖"の力を得た以上、Dですらそれは不可能じゃ。によって、ここは我らの力を合わせねばならぬ」

 

そう言ったミランダは何たる凄絶な言葉であり美しさであろう。この美女は、股間から頭頂まで両断されているのだ。見よ。一歩一歩、ヴァルキュアに向かって歩み寄るその足下には、生々しい血の痕を引いている。歩きながら、彼女は右手をドレスの胸もとへ入れた。戻した手のひらに乗っている品を見て、ブロージュが

 

「おお!?」

 

と唸った。それは血まみれの、しかし、鼓動をつづける心臓であった。

 

「まず、私が━━ブロージュよ、後につづけ」

 

言うなり、ミランダはメル・ゼナに心臓を捧げた。

 

「ブロージュ、メル・ゼナ、Dよ、あとはまかせたぞ」

 

そして、赤いドレス姿は、どっと前のめりに倒れて動かなくなった。心臓を失った刹那、不死の生命も終焉を迎えたのである。非業ともいうべきその最期を見つめてから、ブロージュは彼は唇を噛んだ。歯はそれを食い破り、鮮血がこぼれた。

 

「Dよ━━二人はまかせたぞ!メル・ゼナよ、わしを喰らえ!」

 

ブロージュの手には、刃渡り三メートルもの長剣がふりかぶられていた。ガウンの下にさげてあったのだろう。それで心臓をミランダ同様に捧げると、ブロージュの不死の生命も終焉を迎えた。

 

「ブロージュ伯爵、ミランダ公爵夫人・・・・・あなた方の覚悟と生命━━無事に受け取りましたわ。」

 

ブロージュとミランダから捧げられた心臓をメル・ゼナが喰うと、メル・ゼナの体が更に赤黒く輝いて、闇のような漆黒に変貌し、身に纏ったキュリアが爆発的なエネルギーを発し、燃え盛るような朱色の光が溢れ出している暗黒の騎士のような姿になった。それは別の世界では"血氣蝕烈状態"という形態と言うだろう。

 

 

形態変化してすぐにヴァルキュアの頭上に現れたと思うと、メル・ゼナは太刀をふり下ろした。だがそれは、彼の左手で受け止められた刹那に消滅した。左手の前に浮かんだもうひとつの小球━━ヴァルキュアの血玉によって。

 

「やはり、普通の攻撃では及びませんか。だが、わたくしの血は"絶対貴族"に負けない程に強いですわ」

 

そうメル・ゼナはメル・ゼナが喋るのと同時に、メル・ゼナは槍のような尻尾を生やすと、自分の心臓をそれで勢いよく貫いた。

 

「ヴァルキュア、これがわたくしとブロージュ伯爵とミランダ公爵夫人の力です!」

 

天地を揺るがす絶叫とともに、メル・ゼナは我と我が身を刺し貫いていた。身体を貫通した切尖が、測ったようにヴァルキュアの心臓へのびる。こちらも待ちかねていたかのごとく、重力場のごとき血玉が上昇して迎え討つ。切尖は血まみれ━━ばしゅっと弾けるような音をたてて血玉は消滅し、必殺の槍は狙い違わずヴァルキュアの心臓を刺し通していた。メル・ゼナの心臓を貫き、メル・ゼナを含む三人の貴族の血を吸った矛尾が。

ヴァルキュアの喉から、断末魔以外の何物でもない叫び声が弾き出されるや、彼は仰向けに倒れた。両手で矛尾を掴んで引き抜こうとする。だが抜けなかった。そればかりか━━

 

「ほう、食い込みつづけておるな」

 

と嗄れ声が指摘したごとく、ブロージュとミランダと主人の血を塗ったメル・ゼナの矛尾は、ヴァルキュアの奮闘も空しく、じわじわと重なり合った二人の体内へ潜り込んでいくのであった。力尽きたか、ヴァルキュアの右手が刀身を離れて空中へ上がった。漂う霧がそれを包んだ。一秒━━二秒━━力なく手は落ちた。

 

「死んだか?」

 

Dは第一の関心事を口にした。ヴァルキュアのことである。

 

「いいや」

 

と左手が素っ気なく言った。

 

「拳を握っておる」

 

Dの眼が、ヴァルキュアの手とそこからこぼれる白い断片に気づいたとき、"絶対貴族"の両眼が黄金のかがやきを放って開いた。光は虚空へと放たれた。地球外生命体の応答を待ち受ける壮大な虚しい試みのように、それは黒天と地上とをつないだ。

 

それを確認したDは白木の針を抜くなり、ヴァルキュアの心臓へ投げた。触れた、と見えた刹那、逆進してきたそれを、Dは左手をかざして受けた。五本の針は手首から肘にかけてを貫き、鮮血を迸らせた。その手を下ろしたとき、Dは、自分の武器で自分を貫いたメル・ゼナの死体を足下に、仁王立ちになり、なおも虚空へと顔を仰向けたヴァルキュアを見た。嗄れ声が、真の驚きを秘めて、

 

「彼奴、自らの死を記したアカシア記録を握りつぶしたのじゃ」

 

と言った。

 

 

 

「そのとおりだ」

 

とヴァルキュアが応じた。声は唇を動かさず、直接、Dの脳に伝わった。

 

「わしは精神感応を身につけた。どうやってかわかるか?レーザーよりも速い超光波通信によって他天体の生物から授与されたのよ。ほら、まだまだあるぞ。どうやら、彼らも知識と能力の交換によって、自らの存在を明らかにしたい欲望には勝てぬと見える」

 

Dが走った。"絶対貴族"は地球外文明の力まで身につけつつあった。彼がそれこそ真の"絶対存在"になる前に斃さねば!疾走しつつ、右手を下げた。指先がすくい上げた自分の剣とは別の長剣を握るや、まさに必殺━━鍔もとまで心臓を刺し貫いた。一瞬、超光波の通信は途絶えた。

 

「おお、力が抜けていく。これは"グレンキャリバー"か」

 

ヴァルキュアの魔刀、自らの主人を貫く。

 

「滅びた」

 

とヴァルキュアはよろめいた。

 

「わしは滅びた・・・・いや、滅びたであろう。・・・・昔なら。Dよ、わしは完全なる不死の力を得たのだ」

 

音もなく、"グレンキャリバー"がDめがけて飛んだ。Dが柄を握り止めるや、ヴァルキュアの閉じた眼は徐々に開いていった。瞳はなく、黄金のかがやきだけが詰まっていた。

 

「アカシア記録を自在に操り、宇宙の果てと意思を通じる━━Dよ、わしはもはや生き物とはいえぬ」

 

ヴァルキュアの声は朗々と鳴り響いた。白い霧の奥に黄金の光点がかがやいていた。記録の漏出は激しさを増しているのだった。

 

「では、何だ?」

 

Dは訊いた。ヴァルキュアの驚嘆すべき宣言も、それを支える不可思議な気迫も、この若者の精神にはいささかの影響も与えられぬようであった。

 

「ここに在るもの━━"存在"と呼べ」

 

「進化の究極といいたいわけか?」

 

それは嗄れ声であった。嘲るように

 

「別名━━成れの果てともいうがの」

 

ヴァルキュアの両眼が左手を見つめた。

 

「うおおお」

 

悲鳴を放って小さな顔が手のひらに沈み込むと同時に、Dは横殴りに"グレンキャリバー"をヴァルキュアの首に叩き込んだ。手応えは伝わったのに、彼は倒れなかった。Dの右手が小さく痙攣した。何とも異様な手応えだったのである。その脳を灼熱の激痛が灼いた。声もなくのけぞる黒衣の若者へ

 

「ふむ、美しいものの断末魔とは、これでなかなか愉しい見物だな。しかし、それはわしがまだ真の"絶対貴族"になり切っていない証しだ。美しさごときに捉われてしまうとは」

 

そう言った文字通りの"絶対貴族"と呼べる存在に鉄の矢が向かっていった。矢は当たる直後に跡形もなく消えたが、ヴァルキュアが発条と空気を断つ音の出処を見ると自走車から飛び出てきて弩を構えるとマシューとスーがいた。

 

 

片膝立ちで耐えるDに、マシューとスーが駆け寄った。

 

 

「D━━しっかりしろ!」

 

スーがヴァルキュアの方をふり向いた。その瞳は涙で濡れていた。

 

「もうやめて。ブロージュ伯爵もミランダさんも、メル・ゼナさんもみんな消えてしまった。私たちを守るために。もうやめて。私、どうなってもいい。母さんのところへ行けば済むことだもの。━━この人を助けて」

 

その健気な、しかも、魂の叫びともいうべき言葉を、霧に巻かれていたヴァルキュアは聞いた。彼はうなずいた。

 

「よい心がけだ。わしの目的もおまえたち二人。よかろう、Dは助けてやろう。ただし━━Dよ、その兄妹の血を吸え。そうしたら、おまえの生命は保証するぞ」

 

「そんな言葉に惑わされるな!D!」

 

無駄と分かりつつも弩を装填して、次々と矢を"絶対貴族"に向けて発射しつつ、マシューがそう言った。

 

スーの両眼から涙がこぼれた。何かに押し出されたかのように。その奥からせり出してきた光は━━純粋な怒りであった。スーを守ろうとする者に、守るべきスーの血を吸えとは、何という残虐な仕打ちか。

 

「違う、違う、違う」

 

スーは激しくかぶりをふった。眼前の貴族は、断じて認めてはならない存在であった。

 

「あなたが絶対なんかであるものですか。あなたはただの――分不相応な力を得てしまった化物よ。その力を正しくコントロールすることもできやしないんだから」

 

「できぬ?このわしが自らの力をか?これは異なことを━━」

 

瞳のない黄金の眼がスーをねめつけ、その前を一片の霧片が漂ってきた。

 

「ほほう、すぐに面白いことが起きる、とアカシア記録が告げておる。人間達も、これでなかなかあきらめぬものだな」

 

彼は右足を上げた。そのとき、何処かで誰かの指が、あるボタンを押した。「都」がヴァルキュアに打った小惑星ミサイルの次の手は人工地震だった。

 

「都」の地下一万メートルの地点に設置された超地震発生装置は、凝縮した大地震の"情報"を、北部辺境地区へと光速で伝え、その中心部の真下―━━わずか百メートルの深さで"公開"したのだ。

 

膨大なエネルギーは、ヴァルキュアの王国のみならず、辺境地区全体、いや、地球そのものを崩壊へ導くに足る量と思われた。

それをヴァルキュアは軽く足を下ろし、

 

「これで人間との関係も断った」

 

と言った。この瞬間、超地震のエネルギーは跡形もなく消滅したのである。小惑星を消し、地下の大エネルギーをも虚無と化せしめる貴族━━彼は大宇宙の歴史さえ自在に"書き"換える力を持ったのである。誰が斃せる?誰が戦える?

 

「ほう、いつの間にか、このハンターの美しさも気にならなくなったわ。もうよかろう。━━Dよ、血を吸え。そして、何事もなかったことにして、この地を去って、貴族狩りをつづけるがよい。わしはもはや、人間など相手にせぬ。この城で、宇宙の大知性と語り明かしながら、永劫に挑んでみよう」

 

両肩に、たくましい力が加わるのをスーは感じた。背後の若者がどんな顔で自分を見ているのか、知りたくなかった。

 

「いいの、D」

 

と言ってから、きっとヴァルキュアをにらみつけて、

 

「あなたはまだ、私を憎んでいるわ。その精神が失くならない限り、あなたは絶対なんかじゃない」

 

「D」

 

とヴァルキュアが促した。

 

「アカシア記録にも書かれておる。わしの指示どおりのおまえたちの運命がな。━━吸うがいい」

 

「そんな運命認めねぇ・・・あってたまるか!」

 

弩からここで散ったヴァルキュアの召使いが使っていたレーザー銃を拾って、"絶対貴族"に向けて撃ちながらマシューが抗議した。

 

スーは眼を閉じた。白い霧が世界を巡った。首すじに熱い息がかかった。この男の血も熱いに違いない、と思った。不思議な安らぎがスーを包んだ。右肩が不意に軽くなった。Dは前方に手を上げ、何かを掴んだ。

 

「貴様━━!?」

 

ヴァルキュアが愕然と叫んだ。彼は霧の奥に燃える二つの光点を見た。彼の血を凍らせるほどに赤い━━Dの双眸だ。

 

「き、貴様も━━アカシア記録を変えるのか!?」

 

スーは左肩にかかる手のあたたかさを感じた。それはまぎれもなく、彼女達を守り抜いてきた男のたくましい手のひらであった。

 

「裏切ったな!」

 

ヴァルキュアの叫びは誰に向けられたものか。ヴァルキュアの頭上から舞い降りる黒い美影身。それはヴァルキュアの眼にもマシューやスーの瞳にも、美しい魔鳥のごとく見えた。

そして銀光━━かっと何かを切り裂く音がした。すっと霧が縦に裂け、同じ形にヴァルキュアの頭頂から喉もとまでが左右に開いた。ヴァルキュアは両手で側頭部を押した。身体はつながった。その口が開くと、数個の赤い球がこぼれ、Dへと漂い流れた。Dの"グレンキャリバー"が跳ね、血の球は地上に落ちて、平凡な赤い跳ねを散らした。

 

「聞くがよい」

 

とヴァルキュアは言った。頭頂から眉間を割り、鼻梁の中心から唇を通過した朱線は、アカシア記録を自由自在ますに操作する全知全能の力でももはや消えなかった。ヴァルキュアがひとこと放つごとに、それは太さを増し、血を噴いた。ガウンは黄金とはいえなかった。

 

「聞け、Dよ」

 

と"絶対貴族"はつづけた。

 

「わしは"神祖"によって造られたものだ。"神祖"は言った。成功したのは、おまえだけだ、と。その意味をわしは知らなんだ。わしが殺戮に狂い出したのは、その意味とその運命の果てに待つ絶望を知った五千年後のことよ。奴はもはや、唯一の成功例とはいわなんだ。それは別の者に与える、と奴は告げた。そして、わしの運命もな。それを知ってから、わしは戦わねば、殺さねば生きていけなくなったのだ。Dよ、滅びがある限り、貴族もまた絶対ではあり得ぬぞ」

 

どっと顔が裂け、あふれる鮮血が床に跳ねた。手がゆるんだのだ。ヴァルキュア大公━━"絶対貴族"の力は、いま尽きようとしていた。ふと、彼は頭上をふり仰いだ。千億の星々が宙天にあった。

 

「あの中へ放逐されている間に、わしは様々なことを学んだ。貴族のことも、人間のことも、その思いも━━Dよ、わしは地上へ戻りたくはなかったぞ」

 

鋭く咳き込み、彼は血を吐いた。血は空中でひとつの小球に変わり、音もなく滑り出した。マシュー達の方へ。

 

「誰が戻した?」

 

とDが訊いた。

 

「それができるのは、ひとりしかおらん。彼奴の狙いは、わしを斃すことにあった。いまこそわかる。彼奴はわしの中におるでな。宇宙の奥へと放ったままでは、いつ戻るかと不安を感じたのかも知れぬ。或いは宇宙そのものの脅威になるかと怖れたのかも知れぬ。五千年でわしを戻したのは、Dよ、おまえがいたからだ。数少ない成功例の中でも〝絶対貴族〟を斃し得る男━━神祖のお墨付きがついた唯ひとつの成功例が」

 

いまやスーの眼前に迫る血の球に気づかぬのか、Dは身じろぎもしなかった。マシューは何故かその手に握った武器を落として、涙を流して、スーもまた。その眼から、新たな涙が溢れようとしていた。ヴァルキュアが右手を翻してふった。血の球は弾けた。

 

「おお、ついに」

 

と"絶対貴族"は虚空をふり仰いで叫んだ。瞳も表情も、人外の歓喜に燃えていた。

 

「━━わしは憎しみのレベルを越えた。これでおぬしの望みを叶えたか〝神祖〟よ。わしは━━いま"絶対貴族"に━━」

 

次の瞬間、彼の身は縦に裂け、赤い海底と化したかのような血の奔騰とともに、その場へ崩れ落ちた。

 

「成功だ」

 

とDが低くつぶやいた。

 

「いいや、失敗だ」

 

と声が言った。ヴァルキュアの立っていた位置に、あの男が立っていた。〝神祖〟の顔で。それは同時にヴァルキュアの顔であり、Dの顔とも見えた。

 

「成功例は、依然、おまえだけだ」

 

と彼は言った。

 

「だが、いまだ完璧とは言えぬ。おまえの精神は強いが甘すぎる。そのために━━」

 

Dの背後で気配が動いた。

 

「メル・ゼナさん!?」

 

「━━何をする?」

 

とDは男から眼を離さずに訊いた。

 

「おい!何処へ行く!?」

 

マシューとスーには霧の中を遠ざかる死んだはずのメル・ゼナが映っていた。

 

「アカシア記録の保管庫へ向かったのだ」

 

と男が言った。

 

「あの貴族は、わしの━━ヴァルキュアの本質を植えつけられている。おそらく血を利用した攻撃をする際に取り込んで混ざってしまったのだろう。ただちにわしの遺志を継いで、記録の修正を強行するだろう。わしはまた甦り、世界は変わるかも知れん」

 

「D!メル・ゼナを元に戻してくれ!」

 

「私からもお願い。メル・ゼナさんを正気にしてください」

 

男とマシューとスーの言葉を聞いたDは走り出した。噴きつける霧の向うに黒い影がおぼろに見えた。

 

すでに四方は霧に包まれ、それでいて、自分たちが途方もなく広大な場所にいることをDは意識した。アカシア記録の保管庫に、メル・ゼナはいた。目測では一〇メートル。しかし、距離は無限だった。メル・ゼナは霧をちぎるように両手を動かした。Dは無言で走った。メル・ゼナがこちらを見た。顔は邪悪な貴族の笑いの形に歪んでいた。

 

「来れませんよ、D様」

 

と胸を反らして言った。

 

「わかっているでしょう?わたくしは"神祖"の力の一部を得た。そして、ヴァルキュアもいますわ。ブロージュとミランダの力を得た以前の偽りのわたくしではない、真の三位一体になったわたくしに貴方様だけじゃ、どうしようもないんですわ。ヴァルキュアがこう言ってます、自分を甦らせろ。"御神祖"は・・・・この世界を記録から抹殺してしまえと。そういう願望を"神祖"というモノが持っているとは面白いですわね、D。自分も叶えたい願いがありますが、わたくしはどっちを━━」

 

メル・ゼナは哄笑した。彼女には歪みがあったのだ。"神祖"といい、ヴァルキュアという。だが、それを受け入れ従っているのは、誰が見ても彼女自身の邪悪な貴族としての精神なのであった。メル・ゼナが領民から慕われる、人間と共存することに成功した仮初の客ではない存在と言われる程に人間に友好的な貴族だったのは、人間として自分と前世の存在があったからだ。限りない重さが拭い去られ、真の自己が解放されたとき、彼女は典型的な邪悪な貴族になることを厭わぬ精神の自分を発見した。

おそらく、それが神祖から成功例扱いされなかった理由だろう。本来の貴族メル・ゼナは災害の如く暴れまわる怒り狂う古の龍のような存在だったに違いない。転生者と言う予想外の成分が入って変質したとは言え、"神祖"は、その本来のメル・ゼナの運命を見抜いて成功例扱いしないのだ。

 

アカシア記録が読める。全宇宙の、過去と現在と未来にいたるすべての出来事が━━読める。全知全能の力を得て"絶対貴族"メル・ゼナは高笑いをしていた。

 

"絶対貴族"メル・ゼナが高笑いをしている間に、Dはすでに二メートルまで近づいていたが、メル・ゼナは気にしなかった。目視では二メートルでも、二人の間には無限の隔たりが構成されているのだった。

 

「マシューとスーをどうする気だ?」

 

とDが訊いた。

 

「マシューとスー?誰ですか?それは?そんなことより、・・・・・ん?マシューとスーか?マシューとスーなら、あれだ、後で殺しますわ。今のわたくしには、ヴァルキュアの成分が入っていますので。そうなるように、記録を動かして。本当は、わたくしは、貴方様にここで斬られちまう運命ですが、それも変えてやります。安心してください。ただの"貴族"メル・ゼナとしての付き合いがあるので、マシューとスーという存在を消して作り変えるだけ━━」

 

止まらぬ笑いをしていたメル・ゼナの首に、びゅっと銀光が躍って笑いを断った。

 

「ああ・・・・やはり運命は変えれませんでしたか━━せめて、恋した貴方様と一緒に旅をしたい、という願いを叶えたかった━━」

 

メル・ゼナが倒れる音を聞きながら、Dは足下に転がったメル・ゼナの首に眼をやった。

彼女の眼は落ち着いていた。それは帰るべきところを見つけた古の龍の顔のようでもあり、永遠の生に幕を下ろして、死の安らぎを得ることが出来た貴族の顔のようであり、満たされた優しい人間の顔だった。

 

「これで一件落着かの」

 

と疲れたように嗄れ声が聞こえた。

 

「だが、これでは、後味が悪いな━━それもやむを得んか」

 

「マシューとスーからの約束がある。それを守る」

 

とDは言った。

 

「はん?」

 

訝しげな声と美影身の周囲で白い霧が愛しげに、恐ろしげに渦を巻いた。ひと月ほど置いて、「都」から新たな調査団が、ヴァルキュアの王国へ派遣された。彼らが見たものは、茫々たる大地と貧しげに点綴する木立ちからなる、まさしく辺境であった。ただ、荒野のほぼ中央に当たる岩石地帯で、半ば岩に埋もれた小さな赤い球体とひとふりの長剣が発見されたものの、どちらも異様に重く、トレーラーが総がかりで引いてもびくともしなかったため、写真のみ撮ってその場に放置された。見渡す限り灰色の荒野の果てから吹く風に、隊員たちは揃って身震いし、改めて、すべては夢ではないかと疑った。ひと月前、この地に存在した王国のすべてが、その球体に凝集されているとは、無論、気づくはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

五年後、スーはマシューとこの上なく見事なタッグを組んで経営していた故郷の農場を離れ、東部辺境区の楽器屋のもとへ嫁ぐことになった。マシューが赤い髪の娘を嫁に貰ったこともある。力はないが、あたたかい心根の町娘だった。

 

「おれみたいな男でいいのかね?」

 

と照れ臭そうな三つ年上の楽器屋へ、

 

「亡くなった母さんが、あなたみたいな人と一緒になれと言ったのよ」

 

とスーは微笑した。それから、ふと、本当にそうだったかな、と胸の裡で自問した。マシューと力を合わせて"絶対貴族"を斃してから、さざ波のような疑念が、時折、精神の水面を波立てるのだった。何処かが違っているような。本当の人生は、こうではなかった、というような。それは一生離れぬ疑惑に違いない。それならそう覚悟すればいいと、スーは納得した。愛する者と過ごす人生の中で、そんな疑問がどれほどの負担になるだろう。どうってことありゃしない。やがて結婚し、子を産み、育て、マシューの死を聞いて年老いていくうちに、スーは時折、不思議な夢を見た。黒づくめの世にも美しい若者が、白い霧の彼方から、じっと彼女を見つめているのだった。氷のような冷厳な眼差しが、スーには少しも怖くなかった。見るたびに、その胸は少女のようにときめいた。そして、必ずこう繰り返すのだった。大丈夫、しあわせな一生だったわよ。母さんの願ったとおり。すると、美しい若者の唇にかすかな笑みが浮き、スーはそれを浮かばせたことを、夢見るたびに誇りに思うのだった。それはそんな微笑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの・・・・・D様の旅に付いて行ってもよろしいですか?」

 

旅をしていたある黒づくめの美しい吸血鬼ハンターの元に、それに負けないくらいに、美しい美貌を持つ龍の少女の貴族が姿を現して、そういうお願いをしてきた。

 

「好きにしろ」

 

目の前に現れた少女の貴族に対してDはそう言った。

 

「!!ありがとうございますわ!」

 

それ以来、ある噂が辺境に流れるようになった。

貴族と一緒に旅をしている変わったハンターがいるらしい、だが連れている貴族も変わり者で人間のような優しい貴族らしいと。




当初の話の構想になかったのにいつの間にかオリ主の貴族メル・ゼナが実質、イベント戦ボス、追加DLCボスみたいなモノとは言え、ラスボス化していた。


これで吸血鬼ハンターDのオリ主二次創作の貴族メル・ゼナの話は完結です。
最後まで付き合ってくれた人、お気に入りにしてくれた人、感想、評価してくれた人等ありがとうございます!
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