貴族メル・ゼナ   作:一般通過龍

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一巻分は4話で書き終わった。後、三巻も邪王星団の話が残っている・・・
完結の道は以外と遠い。
そして誤字報告が来るたびに自分の文章力の至らなさを実感します。上手く書ける人は本当に凄いですね。
そして評価してくれてありがとうございます。


5

「動いたぞ」

 

蝋燭一本きりの光の中で声と同時に幾つもの影が動いた。

 

「あの村の周囲に張り巡らされていた北へのルートの糸が切れた。となると行く先はヤノシュか」

 

宿舎の天井から聞こえてくる声の主は成層圏すら戦いの場にする男の蜘蛛男のスピイネだった。

 

「誰が?」

 

と訊いたのは、僧形の影――クールベだ。彼の右腕は首から包帯で吊られていた。

 

「あの糸の切り方の凄絶さから見て――Dだろう。糸もそう言っている。」

 

「何のために?」

 

これは女の声である。廃屋としかいえない部屋の隅に、縁まで水を入れた陶器の水差しが置いてある。人の姿は見えないのに、声はそこからした。言うまでもなく、水妖女ルシアンに違いない。

 

「わからん」

 

スピイネが答えるのと、ほとんど同時に、

 

「やはりな」

 

と応じた声があった。

それは老人の落ち着きと、若さの張りを共に備えた響きだった。

 

「“説得者“キュリオ!」

 

クールベもルシアンもスピイネも畏怖する影は“伝道師“クールベと同じ型の頭巾付きの長衣を纏っていたがその色は禍々しい朱をしていて迂闊に近寄りがたい妖気を漂わせている妖人だった。どうやらヴァルキュアの七人の刺客の最強の存在らしい。

身体から分泌していた糸を切って天井から床に降りたスピイネがキュリオに質問した。

 

「では━━なぜ、Dのみがヤノシュの村へ?」

 

「あの村の生きる糧を想起すれば、すぐに答えは出る。おぬしらの取った手段は、スピイネの糸から聞いた。そこから考えるに、彼奴、〝時だましの香〟を求めにいったのよ。さすが、辺境随一にして、二、三とは月ほどの距離があるといわれる男よ。生き馬の眼を抜きかねぬ真似をする」

 

どよめきが三つの口から迸った。“時だましの香“――並の吸血貴族にとって、昼を夜に、夜を昼と偽るこの香は、時として永劫の生命を滅びから救い、また時として、不滅の夜においても致命的な運命に陥らせる二律背反の品であった。

 

「そうか、昼を夜に!?」

 

ルシアンの声に怒りがこもった。

 

「さすれば、昼とはいえ、向う側の戦力は四倍になる。貴族メル・ゼナとブロージュ伯とミランダ公爵夫人。――彼らにとっても陽光にみちた夜など、はじめての経験であろうよ」

 

「では、何としても阻止しなくては」

 

と、もうひとりの長衣僧服の主――クールベが呻いたが

 

「その傷で何ができる」

 

とキュリオは冷やかに指摘した。

 

「私の見たところ、ジュサップはDとメル・ゼナとの戦闘で死亡、スピイネはブロージュ伯爵の槍で貫かれて負傷し、ミランダだけではなく事前にDとも戦闘していたルシアンも無傷ではあるまい。あの四名――ひとりを除いては、さすがに生粋の貴族。しかも、唯一の例外が、はたして貴族に劣らぬ実力の持ち主と来ておる。いまのお主らでは容易に斃せまい」

 

「しかし、このまま傍観するわけには。あなたが到着するまでは待てとの指示に、何ら迎え討つ手は打っておりません。正直、どうなることかと思っておりました。無論、いざとなれば我ら、あの四人ごとき軽く斃してごらんにいれまするが、しかし、Dが単独で走ったならば、これは戦う以前の絶好の機会かと」

 

「そのとおり。彼奴は我らに気取られぬようにと、ひとりヤノシュをめざしたに相違ございません。こちらがそれを看破した以上は――」

 

二つの異議は、クールベとスピイネが唱えたものである。それに対しての答えは

 

「カラスが行っておる」

 

と朱色の長衣は答えたのである。愕然たる声が噴き上がった。

 

「“歌姫“がついに甦りましたか!?」

 

歓喜のあまりか、スピイネの顔は、もはや勝利の笑みに歪んでいる。

 

「――あの歌ならば」

 

姿なき水妖ルシアンの声にさえ、決して快いとはいえぬ、しかし、畏怖の響きがあった。

 

「そして、念のためにカラスに私の加護をつける。」

 

「おお!それは更に心強い!」

 

歌姫に説得者の加護がつくと聞いて更に歓喜に震えている三人を脇目に見ながらキュリオはこう呟いた。

 

「ジュサップが生きていたらカラスの護衛につけていたものを・・・」

 

 

今、わたくしはヤノシュの村にD様と一緒に入っています。夜空に月が皓々と燃えていますがそれでもD様とわたしの美貌には及及びません。月のかがやきは反射光にすぎませんが、D様とわたくしの美しさは、自ら発光しますから美貌と比べたら月とスッポンになりますわ。

 

ヤノシュの村は訪れる旅人のために極力隠し通しているせいか、空気に異臭はないが、それでも致死性が高い隠蔽不能な極微の臭素があった。石造りの家々と並んで、塩化ビニールの幌で覆われたカマボコ型の施設が、月光の下に眠っている。それは匂いにすら死を含む凶猛なる毒草の成育ドームであり、その周囲に点在する畑にも、すべて毒花毒草が妖しく絢爛と咲き誇っているのであった。村の中央を走るメイン・ストリートを通って、Dとメル・ゼナは他の家と見分けがつかない平凡な一軒の家の前で馬を止めた。

 

「D様、この村には既に刺客がいます。わたくしが倒してきますわ。」

 

メル・ゼナは時だましの香を毒薬の専門家カリム・ムーベへが作り終わるのを待っているDにそう言うと村の広場に向かった。

夜の底を美しい音が漂っていた。音は風にまつわり、翻弄され、月光に押されながらも、長い時間をかけてやって来たのだった。目的地の村中央の石畳の広場の井戸には二人の影以外には誰もいない。丑三つ時。何もかも仮の死に浸っている。

 

メル・ゼナの目の前に女が立っていた。月光に裸身が浮いている。光を通したうすい紫のドレスで立の額から黒髪を飾る黄金の輪が月光にきらめいて、輪の中央はやや盛り上がって奇怪な生物の顔をレリーフし、その両眼には碧い宝石が嵌め込まれていた。静寂が落ちた。女が唇を閉じたのである。船人を魅了して、岩礁に船ごと打ちつける魔女の歌声を凌駕する歌声でここから村の入口まで、細くかすかに、しかも選択的に届いた歌超でメル・ゼナの意識を奪った女は誇る様子もなかった。

 

「私は“歌姫“カラス」

 

 

「――と言っても、答えられませんね。あなたは私の歌を聴いてしまった」

 

メル・ゼナの返事はない。呪縛の印と見たか、女はうすい唇に微笑を刻んだ。透明な笑みであった。

 

「あなたの手は、とうに読まれていました。私はあなた達を斃すために派遣された刺客です。本来なら、“時だましの香“ができるまで待つはずが、私は村へ入って来るあなた達を見てしまいました」

 

女の眼差しに不可思議な感情が宿った。哀しみと嫉妬だったかも知れない。

 

「あまりに美しい。私の胸は、あなたのその美貌で嫉妬の炎で灼き崩れそうです。――でも、それがあなたの不幸のもと。私はあなた以外にもDの美貌にもそう思って惚れてしまったのです。Dは必ず他の女性が放ってはおきません。あなたも黙ってはいないでしょう。ああ、そんなこと耐えられない。でも、私は想像せざるを得ないのです。Dに他の女性の手がのびるのを座視するくらいなら、私の手にかけます。“時だましの香“など待てません」

 

女の右手に、両端が鋭く研ぎ澄まされた短刀が現われた。優雅にそれをふりかぶり、カラスは手裏剣打ちに投げた。それはメル・ゼナの胸もとへと走り、寸前で停止した。

 

「――!?」

 

愕然と眼を剥く歌姫に、

 

「あなた――私の歌を?」

 

愕然と呻くカラスへ

 

「聴きましたわ」

 

返事は空中でした。目の前に跳躍しメル・ゼナが頭上からふり下ろした振り下ろされた尻尾の槍に、頭頂から胸骨全部を切り離されて、カラスはのけぞった――と見る間に、ドレス姿は動かず、メル・ゼナの槍のみがその左肩をわずかに外れて空を切る。そこから、メル・ゼナのマントが変形した鋭利な翼が夜気と胴を薙いだが、手応えは何も伝えなかった、カラスは高らかに笑った。

 

「――確かにお聴きになったようでございますね。そうなって私を討てた方はいらっしゃいません」

 

かつての伝説の妖女に魅せられた船人のように、カラスの歌声を耳にしたものは、我知らずその魂を吸われ、腑抜けと化してしまうのか。

 

「自死なさいませな」

 

と美女はささやいた。

だがカラスの表情に、驚愕が蠢いた。美少女貴族が、突如、別の存在に、言うならば威厳のある古の龍に変わったような印象を抱いたのである。

 

「そんな歌声がこのメル・ゼナに通じると思ったか?」

 

「あなたは……」

 

みなまで言う前にメル・ゼナの眼が変わった。それは血光を放った。ひい、と叫んだ歌い手の頭上に、もう一度、槍が舞った。前と同じ状況で、しかし、今度こそ、カラスの最期だった。

だが無理矢理、他者に身体が操られるようにあり得ない方向で身体を動かしてメル・ゼナの攻撃を避けたカラスは貴族も顔負けの猛スピードで逃げ出したのである。

これが説得者キュリオの加護であろうか。並の貴族のスピードならすぐに捕まえれる貴族メル・ゼナはまだ歌声の効力が微妙に残っているデバフと相手が強力な加護を受けた魔人のせいもあってカラスを取り逃がしてしまった。

 

 

 

「D様、刺客を取りにがっぁ!?」

 

Dに刺客の一人のカラスを取り逃がしたと報告しようと待っていたのは時だましの香で昼となった空間だった。気合いと根性等色々な方法で昼を耐えて普通に活動できる貴族は意外といるが夜から昼への急激な逆転はダンピールでもたやすく耐えれるものではない。人間だって新陳代謝は狂う。日光の下が平気な貴族メル・ゼナの前世を話そう。メル・ゼナ嬢の前世は生活スタイルが夜型で昼の日光をいきなり浴びるのは嫌いな部類に入る。

だから貴族メル・ゼナ嬢にとっては日光は貴族の本能以前に前世を思い出す点で弱点ではないけど苦手なのだ。

 

しかしメル・ゼナは痙攣するだけで済んだ。夜から昼の急激な逆転で日光空間を直に浴びることを想定していなかったとは言え神祖の実験で作られた龍と人間の血が入っている成功作故に。

 

「いかん━━お嬢さんが苦しんでいる!消すぞ」

 

Dの要望で効力が本物かを試していたカリム・ムーベはDの連れの苦しんでいたメル・ゼナを確認するとすぐに時だましの香を消した。

 

「大丈夫か?」

 

でもDに心配の声をかけて貰いながら起こしてもらったメル・ゼナは心配の声を聞いて起こしてもらった事実で今以上に元気になったのだ。実際にその顔にさっきまであった苦痛の欠片も無かった。いや、何も知らなければそもそもこの貴族が時だましの香で顔を歪めていた事実も信じがたいことだろう。それ程に明るい表情と声になっていた。

 

「大丈夫ですわ!」

 




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